2007/11/30

有終の美で  
 和鼓連の演奏会も近くなった。出演も多い者は5回の出演機会となる。1年生は初めてのステージ出演となる。どんな顔をして、どんな太鼓を打って、どんな感想を持つか楽しみである。1年ぶりの『朋友』がどんな『空知の大地』を演奏してくれるかも楽しみだ。『悠久の響』も大人メンバーが加わりダイナミックさを増した曲になるだろう。和鼓連のJr選抜の合同曲も面白そうである。
 今回はそれぞれに楽しんで太鼓を演奏してほしいと思う。1年生達や新人達は凄い緊張をしてのステージとなるだろう。父兄達はハラハラして見入ることだろう。こういう経験を積んで子供達はたくましくなっていく。
 今年最後の出演、有終の美で終わりたい。
 
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2007/11/29

来シーズンを見越して  
 来年のシーズンに向かって対策をこの時期から練っていかなければならない。卒業する者・部活などによる都合を含めて、出演依頼に対応しなければならなくなる。この冬期間にその方法と練習・曲の企画を具体化していく。
 メイン曲『雄飛』の再構築、そして第2曲の対策が最低必要になる。メイン曲も3パターン位の余裕もほしい。1年生を含む新人達の早急なレベルアップとA・Bチームのバリエーション、女性隊の小締を含めた新企画が必要だ。今のところ青写真は何も無い。早急に知恵を絞りたい。
 ただ思っていることは、卒業生達には今持っているものを後輩達に受け継げさせてほしいと思う。後輩達はそれを受け継ぎ、そして受け継ぐ者はその前のものを新人達に伝承させようと思う。そして更に新しい企画にも挑戦していこうと思う。小学生が中心のチームとなっていくが、それなりのレベルを維持したい。そして脱落者をつくりたくない。
 みんなの協力がないと来シーズンには間に合わなくなる。しっかり各自の目標を持たせて練習していきたいものだ。そして先輩達にも自分のことだけでなくて後輩達に責任を持って伝承してほしいと思う。今のメンバーだったら必ずやってくれるだろう。
 身体が大きくて力がある者が打つ太鼓もあれば、小さな子がかわいらしく打つ太鼓もある。その環境で様々な太鼓の表現がある。メンバー構成で表現できる太鼓を考えていきたい。
 
 
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2007/11/29

これからのJrコンクール  
 来年のジュニアコンクールの出場のことを考えた。出来るならば出演したいが、あまりにもハンディを持って立ち向わなければならない。高校2年生が1名、中2が2名、中1が2名、後は小学生となる。15名フルとなると現小1年生を数名加わることになる。これで部活動と重なり参加できないものも出てくる。15名枠は埋まらないだろう。この一年で高校生中心のチームに対等に戦うチームが出来るだろうか。幼いメンバーを結果が解っている戦いに参加させていいものだろうか。
 少しの間、Jrコンクール出場を休むか、或いは無謀な出場をするか。考えなければならない。子供達の経験を考えれば挑戦することは大切かもしれない。だが、出場となると結果が求められる。普通の演奏会ならば無理してもそれは可能かもしれないが、コンクールとなるとそうも行かなくなってしまう。
 主催団体に、その開催内容の寛容な変更を望みたい。全国大会への選考会だけでなく編成人数・参加年齢による区分を増やして、より多くのチームが参加出来る体制のコンクールを望みたい。優勝など望めなくても参加する意義があるコンクールになってほしいと思う。
 現状のコンクール規定は余りにも条件が厳しく、メンバーの状況によって参加範囲が決まりきってしまう。その枠を大きく取り払って、弱小のチームの子供達にも参加出来るコンクールにしてほしいと思う。その方法はいろいろ考えれると思う。たとえば1年生が1〜高校3年生が12×人数の合計が100以上のA編成、それ以下のB編成などの条件出場があり、総合優勝が全国大会の出場権があり、他にA・B編成の優劣があるなど。工夫次第でコンクールの意義が大きく生まれてこないだろうか。
 普通の演奏会に出場することとコンクールに出場することとは、彼らの目標となり経験する意義は大きく違ってくる。このコンクールが今の太鼓の環境を大きく変えれる存在だと思う。支部全団体の子供達が出場できる臨機応変な編成枠を作って、子供達のいい目標と経験を作ってほしいと思う。
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2007/11/28

シーズン  
 雪が降り出し、『雪を喜ぶのはお前と犬ぐらいだ』と友人が言った。初すべりを求めて中山峠まで朝早く出かけたこともあった。毎年新商品のスキーにときめいた。お金があるときはスキー用品やウエアーにつぎ込んだ。多い年はスキー場に40日以上はいただろう。初めてスキーをする子から上級を目指してるスキーヤーや高校の授業も受け持った。
 この季節は、どこか浮き足だすシーズン始めだった。1〜2月はハードなスケジュールをこなした。週2〜3日の残業をこなしながらスキーのナイター講習、太鼓の練習、土・日はスキー場である。3月始めには過労で風邪を引いてダウンすることがよくあった。
 スキーには魅力があった。新雪の深雪の中、それも30度を越える急斜面を舞い降りた。雪は息をする口に入り込み呼吸も出来ないことになった。だが、その征服感は快感である。こぶだらけの斜面をウェーデルンする醍醐味。子供達が上達していく過程。技術が上がった喜び。自分の技術を見せびらかす快感。
 太鼓にも同じような事があるだろう。しかし、スキーには自己満足できる要素が多いが、太鼓はどちらかというと見ていた人達・観衆の評価で満足感となる。その点がもどかしいことがある。一生懸命練習しても、誰も評価してくれなければメンバーの気持ちは落ち込んでしまうだろう。指導者はなお更となる。
 スキーにはシーズンがある。一年通して付き合えないところがある。だが太鼓にはシーズンはない。イベントシーズンはあるが、それを目指して練習できる期間がある。その期間が大切となる。スキーに没頭していた頃は、この期間はお休みみたいな感じだった。今はこの期間が次のシーズンを目指す大切な時期になった。2日の発表会が終わったら、また新たな出発となる。太鼓を去るメンバーは後輩達に置き土産をいっぱい残して卒業してほしいと望む。
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2007/11/25

いいチームに  
 人を育てることは地道で忍耐強さが必要だ。子供達は日に日に成長し、考えること望んでることも変わっていく。太鼓以上の魅力あるものが出来て、両立が出来ないのであれば去っていくのもやぶさかでない。ただ、横道に進むのであればそれは阻止しなければならない。
 気持ちとしては、せっかくここまで育てこれからが楽しみなのに残念ということはいっぱいある。これからもそんなケースがあるだろう。違う分野で彼等が活躍してくれればそれは喜ばなくてはならない。太鼓で経験したことがその分野で少しでも役になってくれればと思う。
 去る者がいれば、来る者が現れる。その繰り返しをしながら地道に忍耐強く子供達を育てることだろう。だが、メンバーの状況でこれからのプログラムも一喜一憂せざるを得ない。姉妹都市再訪問の計画も現状では再考せざるを得ない状況である。あくまでも子供達を育てることが大事で、栗沢太鼓の太鼓チームを育てるのが二番目と考えることだろうと思う。メンバーを使い捨てすることだけは決してしない。全てのメンバー達が自分の可能性を少しでも伸ばせ、そしてそれが我チームのレベルが上がる事になることを目標にしたい。
 今いるメンバーは、歳は関係なくみんな我子の様に思い接している。甘やかしもするし叱りもする。いいところは誉め、悪いことは怒る。ただ、みんな楽しく笑顔で太鼓をする環境に持っていきたいのが考えである。
 先輩達が後輩達に太鼓を教え、そしてみんなが一つになっていいチームになってほしいと思う。
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2007/11/24

楽しさと緊張と  
 今日の練習は、新人達の合同曲の練習と栗沢・幌向合同『朋友』チームの『空知の大地』の練習へと続いた。昨年のジュニアコンクールのこの曲を、出演したいメンバー全員での合奏となる。一番張り切っているのはジュニア卒業生達である。子供達の練習ばかりでストレスが溜まっていたようである。練習は盛りに盛り上がった。一年ぶりの演奏で忘れていた記憶を呼び戻しながら、太鼓の楽しさを確認しているようであった。あと二度の練習を合同で行い和鼓連の演奏会となる。
 一年生達は合同曲の『北の賑わい』と『山彦』の二曲の出演を予定している。まだ完璧とはいかない者もいるが、ステージを経験していっぱい緊張してほしいと思う。少しづつステージ度胸を身に付けていってほしい。一度のステージは練習の何倍も人を大きくしていく。そして少しづつステップアップしていってほしいと思う。何年か後には栗沢太鼓の主役へとなっていくだろう。早く戦力に加わる存在になってほしい。
 
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             楽しみな1年生の腕白一団
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2007/11/23

Jr選抜演奏  
 和鼓連のジュニア選抜の練習が今日の夜行われた。各チームの選ばれたメンバーでの最後の練習である。さすがに各チームの選抜組みである。2回の練習でマスターした。後は、各個人や組のソロ練習をしっかりやればいい演奏となるだろう。
 ある高校生にフォームチェックを頼まれた。この選抜演奏を発案した本人である。高校2年生の彼は、自分の太鼓に自信を持っているだけでなく更に上にという積極性を持っている。彼の運動は理想的であると前回から見ていた。ただスタンスの取り方を修正する必要があると思っていた。その点を指摘した。素直に聞き入ってくれた。スタンスを修正することで、より下半身の力を上半身に伝えることが出来るだろう。更にいいプレーヤーになってほしいと思う。
 個性豊かな選抜チームの演奏を期待したい。そしてそれに参加したメンバー達は何かを得て各チームのレベルアップに寄与してほしいと思う。技術を押し付けることは出来ない。しかし、アドバイスを求められれば、持っている全てを与えたいと思う。自分のチームのメンバーだけでなく、頑張っている子供達に太鼓の素晴らしさ楽しさを味わってほしいと思う。
 今回の取り組みが参加したメンバーの交流を深め、全体のレベルアップにもなったらいいなと思う。互いのチームを尊敬し互いに競い合って盛り上げていきたいものだ。
 
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2007/11/22

大人の役目  
 今回の出場チームを客席から見れたのは最後の夕張太鼓だけだった。他チームがどんな演奏をしていたかは全くわからない。うちのチームの演奏も前回の練習でビデオで始めて見ることになった。練習通りのいい演奏に見えた。でも入賞は出来なかった。個人賞も私が考えていたMVPではなくて、小さい子供の印象のいい子が選ばれていた。うちのメンバー達は頑張ったと思う。今回の出場チームの中で一番平均年齢が低かっただろう。審査員の中には一番いい点数もくれた。それだけが慰めでもある。
 このコンクールがこのままの体制でいくのであれば、数年の間我チームの参加を考えなければならない。前項にも記載したが、参加基準があまりにも広い。採点方法や受賞対象や様々な問題が山のようにある。だとするならば、このコンクールは余りにも酷な存在である。
 優劣をつけることによって、子供達は太鼓に魅力や自信を無くしてはしないかと心配でもある。太鼓にはそんな優劣以上の魅力があると思っている。子供達を教育する凄い力があると思っている。その太鼓の大きな魅力を崩さないような太鼓のコンクールにしてほしいと思う。そうしないとそのコンクールだけでなく、地域の各太鼓チーム自体が消滅していくことになる。
 各太鼓チームには地域の中で大きな存在感がある。太鼓の存在で町や村の活性化を応援しているはずだ。それがコンクールの優劣でその太鼓チームを評価されてはたまったものではない。うちのメンバー達は、その学年レベルでは決して恥ずかしい太鼓を打ってはいない。最小のメンバーが2年生のチームと方や6年生のチームで、同じ感性で採点されてはたまったものではない。子供達が参加することによって頑張り感動出来るルールを再考してほしいと思う。全国に出場するだけが太鼓の本質で無い。どんな環境のチームでも参加し、目標が持て得るジュニアコンクールを望みたい。それは、大人の役目である。
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2007/11/21

夢を持って・・・  
 大泣きした子供達は、もうからっとしたものだ。もう次の目標に向かっている。後を引いているのは大人達かも知れない。「一番をつけた審査員もいたよ。」と告げるとにこっとした笑顔である。VTRを練習会場でプロジェクターで見た。正面から見るのは私もはじめてである。一つのミスも無い素晴らしい演奏だったことを確認した。入賞できなかったのは、私達指導者の問題かもしれない。課題曲も練習通りの59秒と申し分なかった。
 頭は来年のことにいっている。メンバーの編成のこと、部活との両立や一年生さらに入会してくるメンバーのこと、キャンビーのこと・・・。
 何年か前には、会の存続をどうするかまで悩む時期があった。それを考えたら、うれしい悩みである。上級メンバーが去れば一時チームのレベルが下がるだろうが、子供達の成長は早い。すぐに挽回するだろう。子供達の可能性は、大人が考えるより数段上を行っているようである。意欲を失わせず導き続けることが大切だろう。
 子供達には、夢を持った活動をしてほしいと思う。一番になる夢もあれば、姉妹都市公演の夢もある。素晴らしい太鼓を打って観衆を沸かせることも大きな励みである。大やぐらの上で太鼓を打つ醍醐味もある。メンバーには太鼓をやってよかった。父兄には太鼓をやらせて良かったという活動をしていきたい。
 きょうも輝く目をした子供達に元気を貰う・・・。
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2007/11/20

新しいルールを  
 今日和鼓連の会議があった。終わった後に道西支部長と事務局長とコンクールについて話す機会があった。うちのチームの子供達が大泣きしたことから始まり、出演チームが減ったこと、優勝チームが偏っていることなどである。
 大人数で高校生や中学生で15名枠いっぱいに組めるチームと小学生低学年も交えても15名が組めないチームが同じ土俵で戦う事態おかしなルールだ。三役以上の力士と序の口が相撲をしているみたいなものである。あくまでも全国大会の予選会としてこのコンクールを開催するのであれば、近い将来このコンクールは事業として成り立たなくなるだろう。更に参加チームは減っていくことは目に見えている。それはみんな思っているようである。
 幾つかのアイデアを話した。一つは青年団体がやっていたことで優勝チームは次年度には全国へ出場できないルールがあること。この大会で優勝できても1〜2年の間全国出場の権利が無くなればその分他チームの全国へのチャンスが増えてくる。その分道西支部全体のレベルも上がるだろう。
 二つ目は、出場人数や平均年齢で二部などに分ける方法である。全国へは全体の優勝チーム、二部の部でも優劣がある。ゴルフのオープン戦にあるプロ・アマが混じったような感じである。少人数のチームでも、小学生中心のチームでも参加する意義が生まれてくる。
 三つ目は、個人賞があるのであればMVPをまず作るべきだということ。少人数のチームでも違った目標が個人で持てるようになる。やりがいが生まれてくる。
 この三つのアイデアを話した。ジュニアコンクールは全国大会の予選会だけでなく、子供達の目標となる大会にすべきである。少人数で参加が出来ない、小学生だけで参加を取りやめる。それでは、日本太鼓連盟が太鼓を普及しようとしていることと逆方向になってはいないだろうか。
 子供達の涙を見た。一生懸命取り組んだ証拠だと思う。来年は本当に小さい子中心のチームになる。出場させて、また彼らの悔し涙を見るのはせつない。彼らにも頑張れば達成可能な目標がほしい。新たなライバルもほしい。そうやって切磋琢磨できる同等のライバル達がいて太鼓チームも活性化し、技術も上がっていくだろうと思う。
 このような現状は、うちのチームだけのことだけとは思わない。
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2007/11/19

得たものは大きい  
 審査員の考えや感じ方で採点が様々であった。それは審査員を否定している訳ではない。我チームにも一番いい点数を付けてくれた審査員もいた。おそらくは、幼いメンバーが頑張っているところを評価してくれたのだろうと思う。メンバー達も意欲を増してくれるだろう。ありがたい。
 審査員の考え方が様々であるように、太鼓を思う気持ちもチーム様々だと思う。栗沢太鼓が考える組織の考え方や太鼓の打ち方、或いは環境などの周りからの影響など、そのチームによって様々な状況の中で運営され維持している。チームによっては、大人のメンバー中心のチームもあれば小学生中心だったり中学生・高校生などだったり・・・そんな中でどのチームも模索し努力しながら頑張っている。
 たとえばそんなチームに或いはメンバーに、他のチームから批判を受けたらそのチームのメンバー達はどんなに傷つくだろうかと思う。それがそのチームの指導者なら尚のことである。チームの指導者は、そのチームだけでなく全ての子供達への心配りが必要となる。指導者の資質というものである。上級チーム・上級者には特に心配りをしてほしいと思う。太鼓など、所詮太鼓である。
 注目を受け、鼻を高くして人格を失う様な人間を育てるような組織は必ず滅びていく。人を育て、太鼓を育てるのが目標である。その手段にジュニアコンクールや公演の開催などの様々な取り組みがある。人を育てることこそ大切なのであって、一番になることはその目標であるにすぎない。競争意識をあまりにも感じすぎることは、決していい事とはいえない。コンクールに参加することによって、チームワークや互いの思いやり・絆そして強い意志など技術以上のものが必ず得られるだろう。
 メンバー達もこの経験で一回り大きな人間になっただろう。

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2007/11/18

悔しさを含めて  
 若いメンバー達は、普段の実力を出せ切れなかった。早朝から、普段の様子とは違っていた。夕べの練習の時とは全く違う顔だった。何とか平常心に持っていきたかったが、不安を取りされず演奏となった。若さというより幼い彼らには、心のコントロールが難しかった。
 だが悔いは無い。これが現実の実力だろう。小学生9名、中学生2名、高校生2名でよくぞ戦ってくれたと思う。この経験は今後に期待を残すものであり、彼ら彼女らが悔しがって泣いた涙はこの日に大きなステップアップをしたと思う。巨像たちは大きな壁を作って跳ね返した。それほど甘くないということをみんなは知ったことだろう。この負け試合で、大きな心の変化を得たと思いたい。
 ジュニアコンクールの今後の考え方・進め方も考える時がきたと思う。層の厚いチームは、高学年を中心にしたチーム作りが出来る。人数が限られるチームはやっとの思いで参加せざるをえない。小学生を中心にしたチームの採点と高校生が中心のチームの採点方法を変えろとは言わない。だが、最初から勝負が決まってしまうのであれば今後の参加チームは激減してしまうだろう。今のままのコンクールでは、低学年達のチームのやりがいを失ってしまうと思う。全国大会を目標とすることだけでなく、こういう少数・小学生を中心にしたメンバー達の目標も持たせるルール作り・目標作りの大会にしてほしいと思う。そうしないとこのコンクールは、今年の参加チームが激減したように成り立っては行かないように必ずなる。
 採点者によってメンバー構成を意識した採点者と、それを全く意識せず実力いっぺんで採点した採点者がいる。どちらも正しいと思うが表彰の方法などの検討をしてもらいたいと思う。現状では意欲を失わせるコンクールになっているような気がする。
 今年採用した個人の表彰にも疑問が残る。コンクールの中での表彰対象を明確にしてほしい。個人表彰があることによって、少数チームが参加しても意味があるコンクールにもなるはずだ。MVPがあることによって、その目標も新たに作れるであろう。今年の個人表彰の方法はコンクールの対象とは思えない。再考をお願いしたい。
 全国大会の選考会がこの大会であれば、その可能性があるチームしか参加しなくなってしまうだろう。より太鼓を普及して地域のレベルを上げることに貢献するのであれば、将来を見越したコンクールにしてほしいと思う。子供達の純粋な情熱を吸収する日本太鼓連盟になってほしい。そういうコンクールを目指してほしいと思う。
 悔しさを含めて・・・。
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2007/11/17

活躍を見守る  
 何も失うものは無い。今までの練習を全て出してくれればいい。様子を見ていると、明日が本番というのを楽しみにしている感じに見えた。むしろ、周りの父兄や関係者の方が浮き足立っているようである。結果よりも今日までのプロセスが大切だった。
 センターのデュエットは秀〇が作曲した。大締を中心にしたコラボは、一〇・拓〇・智〇が誕生させた。それを編曲・編成した。課題曲は麻〇が担当した。休みがちの上級生達の代役を拓〇が務めた。
 2年生の雅〇や3年生の太〇も日増しに様になってきた。修〇・雄〇コンビの元気のいい太鼓は気持ちがいい。〇歩がこのひと月で様変わりの上達を見た。未〇・ヒ〇シのその気になった時の太鼓は迫力満点だ。このチームのキーマンとなる育〇の安定感が更に増した。風〇・萌〇の二人もリズムが安定し振りも素晴らしくなった。センター二人の振りや動きもシャープである。そして主役の智〇の太鼓は抜群である。
 残念だったのはバレーの試合とぶつかった恵〇が参加できなかったことだ。そして更に残念なのは、そのバレーの試合に敗退して明日が空いたことだ。可哀想だがこれも運命である。彼女はこれから活躍してくれる機会が何度もある。忘れられた存在ではない。これからの栗沢太鼓のエースになる素材である。今後に期待したい。
 明日の本番、思いっきり緊張して、思いっきり太鼓を叩いて、思いっきり楽しんでほしい。みんなの活躍を見守りたい。
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2007/11/16

13人での挑戦  
 13名の内、2〜3年生を含む小学生が9人である。そんなメンバー達が立ち向うジュニアコンクールも後2日となった。明日は最後の練習日となった。何を最後の励ましの言葉にしようか悩んでいる。
 気持ちは、伸び伸びと力いっぱい太鼓を打ってほしいだけだ。そしていい成績が出ればいうことは無い。栗沢太鼓がこんな人数で挑戦するのは始めての事になる。過去の挑戦は6人での挑戦だった。それが2度である。キャンビー公演の開催年に高校3年生が5人揃った時があった。その年は栗沢太鼓の20周年で全道ジュアコンクールの開催や20周年式典の開催そしてキャンビー公演と、道西支部のジュニアコンクールに参加するスケジュールが組めなかった。
 メンバー構成もまばらで小学生の低学年が数名、中学生が2〜3人とレベルも低い状態の時である。高校生5人と一〇をメインにキャンビー公演スタッフを養成するのがやっとだった。そして彼らは期待に答え1時間以上の曲をマスターしたのである。それが限界だった。それ以後は、6人のメンバーを組むのがやっとだった。少人数で戦うには高校生主体のパワーのあるメンバーが揃わないと対等には戦えない。層の薄い団体には15名枠のジュニアコンクールは厳しいといえる。そして昨年の合同チームでの挑戦となったわけである。
 少人数だった。だからこそ一人一人のレベルを上げることに躍起になった。高校生まで頑張ったメンバー達は、みんないい打ち手に育った。どのメンバーも私の自慢のメンバー達である。そのメンバーを手本にしている小学生達も日に日にレベルが上がっているのが解る。彼等がこのまま続けてくれたら、更にレベルの高いチームになっていくだろうと思う。部活の両立など本人達は辛い選択をすることもあるだろうが、頑張って続けてほしいと思う。
 さて明日だが・・・実行委員長と主任にまかせようか・・・。
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2007/11/15

失敗を恐れず・・・。  
 どんなに練習をしても、どんなに場数を踏んでも失敗や間違いは必ず起こす。人間に生まれた以上、ロボットや機械のようにはならない。そんな間違いや失敗を少しでも少なくするために練習をする。そんな失敗や間違いを恐れない為に練習があるのだ。しかしそれでも失敗や間違いを起こす。それをどうしてとがめられようか。そんなことを叱ることはナンセンスである。
 だが、叱る必要がある時もある。失敗を恐れた時だ。自身を失い思い切った行動が取れない時だ。そんな踏ん切りが取れない時に叱るべきだ。人は自信喪失になった時に、思い切った自分の能力を出せなくなってしまう。そんな時に、ほんの一言の励ましやアドバイスで嘘のような変化をもたらす。子供ならなおさらのことである。気持ちの持ちようで人の能力は天地のように変わってしまう。叱るというやり方は、やりようによってはその子の背中を押すことになるのである。
 失敗を恐れず、思い切った演技を期待したい。少しの失敗など何の問題も無い。それだけの太鼓を打っているのだから・・・。
 
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