2008/1/31

魅力な太鼓と企画  
 大人は自分を認められる為に何かをしようとする。その発想はもうやめてもらいたい。今の打ち手はほとんどが子供達である。その子供達が主役になっている。その主役達の為に企画を練る必要があるはずだ。大人が先に目立っては何の為にこの活動をしているか疑問になる。そんな発想が最近多い。以前からも首をかしげることが間々あった。参加を選択していく、或いは企画に意見を言っていくことも必要だ。大人は子供達をどうやって育てていくかを考えるべきだ。利用しようという考えは許されない。
 太鼓を育てるのか、子供達を育てるのかその優先で考え方は大きく違う。太鼓など所詮太鼓なのだ。プレーヤーがいてはじめて成り立つもので、チームがあって成り立つものではない。いいプレーヤーがいい太鼓を打って、あの太鼓の名はとなる。
 あんな太鼓を打ちたい、あんな行事に参加したいと思って子供達は太鼓チームに入ってくる。そんな魅力的な太鼓や企画こそ必要になる。そして実際に太鼓を覚え参加できて満足感を味わうことが必要だ。そうしなければ子供達は太鼓を去っていくだろう。
 何人もの子供達が去っていった。部活やクラブ活動の両立が出来ない、或いは部活に専念したいといって。それも仕方のないことだ。選択は本人の決めることだ。だが、そういう時にいつも思う、部活に負けない魅力を太鼓に持たせられないだろうかと。
 あの太鼓はすごいなあ。あのやぐらの上で太鼓を打ちたいなあ。・・・そんなたくさんの魅力がないと子供達は太鼓を去っていくだろう。子供達にとっては魅力ある太鼓であって、そしてそれが子供達の成長に手助けになる太鼓であってほしい。
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2008/1/29

発展する企画  
 大仮装盆踊り大会を発想したのは、盆踊りが瀕死の状態だったからだ。そしてせっかく練習してきた自分達の太鼓を思いっきり打ちたかったからだ。その発想は当たった。こんにちには農業祭のメイン事業にまで育った。
 姉妹都市キャンビー公演を企画したのは、元気を失った栗沢太鼓を活き帰らせる為だった。その勢いはこんにちに繋がっている。
 両方のイベントは、今の栗沢太鼓の大きな柱であり大きな魅力である。その魅力となったのは両方の企画とも、自分達が発想して、自分達が企画し、そして自分達の気持ちが入っているからだ。打ち手達は目を輝かせ存分にその企画をエンジョイしてきた。終わった後の達成感は想像以上である。そして様々な人達がその企画を後押しして大きな輪となり、更に発展する可能性があるからだ。
 一つの小さな転がりが雪だるまを作るように大きく大きく転がっていく。ただ消化する企画から発展する企画に育っていく。それはすごい魅力となり夢となる。そんな中で子供達はのびのびと育っていく。
 子供達に夢を与え成長させる企画こそ大切だろう。大人中心の考えでは何の魅力もない。子供達が自分で苦労に向かっていく、そんな魅力のある企画こそ発展していくものだろう。

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2008/1/28

北海道の太鼓の原点  
 盆踊りを調査しているサイトがある。北海道観光大全は道内各地の盆踊りを実際に出かけていって映像と感想が細かに書かれている。2006年の農業祭の模様である。http://www.onitoge.org/bonodori/index.ht
 子供盆踊りを調べて紹介されているサイトがある。栗沢太鼓の紹介なども載せられている。http://kodomobonodoriuta.kirara.st/hokkaido/
 http://9011.teacup.com/kodomobonodori/bbs?OF=40&BD=16&CH=5
 
 ホームページをもってそんなサイトの調査を受けてその中に紹介されていることはうれしい。盆太鼓を始めてそして太鼓の世界に入っていった人は多い。栗沢太鼓にも事務局長や何人かの人がいる。発足の頃は空知でも数チームしか太鼓チームはなかった。夕張・栗山・岩見沢豊年などである。私達の発足する何年も前からその太鼓チームはあったが、その頃の演奏を聴いたことはなかった。他のチームの演奏を聞くようになったのは、栗沢太鼓を発足させた以後である。その頃から各地に太鼓チームが誕生していく。そして各地のお祭がその太鼓チームを集めてイベントにしていった。
 1987年に札幌で千人太鼓のイベントを行った。しかし、猛烈な雨となってこのイベントは消滅した。後には室蘭でのギネスブックの挑戦イベントが行われる。そして今年7月、北海道サミットに合わせてイベントを開催する予定と連絡が来ている。
 栗山夏祭りなどでも行っている太鼓を集めるイベントは各地で行われている。更には連盟での演奏会である。少し多いかなあと感じている。
 原点は盆踊りでのやぐらで打つ太鼓だと思う。明治からの短い北海道の歴史で、伝統芸能としての太鼓はないだろう。ほとんどが創作太鼓である。その創作太鼓が独創的になって地域の太鼓になっていく。でもそれも薄らいでいっている。それだけ各太鼓の個性が無くなって行っている。時にはよその太鼓をコピーしているチームさえある。一番大きいのは室蘭でのギネスブックの挑戦だったかもしれない。いい面はたくさんあったが、この曲があるばかりに初心者の練習の最初がこの曲になってしまった。この曲を覚えないとステージ経験が遅れてしまう為である。
 北海道の夏の大きなイベントは盆踊りだと思う。その盆踊りも各地で姿を消している。栗沢の『大仮装盆踊り大会』はこの地域から無くせないイベントである。太鼓の魅力を存分に味わえる存在でもある。曲を披露する以前の大切な太鼓の原点ではなかろうか。

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2008/1/28

成長と財産  
 うどんや饅頭・ケーキの差し入れで今年の総会・新年会は豪勢だった。心使いに感謝したい。宿題の新年の抱負もみんな立派に話してくれた。2年生以上のメンバーはさすがだった。昨年何も話せなかったメンバーも一年で確実に成長した。
 大人だけの2次会も盛り上がった。後援会の役員とばったりと会う。同志会の元会員の彼は、同志会が存在する限り応援すると確約してくれた。後援会の支援は心配ない。
 キャンビーやハワイを経験したメンバー達は、いい大人になっていく。社会でみんな活躍してくれるだろう。その思い出は顔を合わす度に語られる。生涯の大きな財産となった。太鼓を介して世代の違うメンバー達が共通な話題を持っている。楽しかったこと、苦しかったこと、あの話題、この話題とその話は尽きることがない。若いメンバーとこのおじさんがそんな話が出来る。それは楽しいことだ。
 ただ太鼓を習い発表する。それで学ぶこともあるが、それはこの会で学ぶ一部のことかもしれない。お互いに教えあう練習はみんなの信頼感を作っていく。やぐらを建てみんなが役目を持って取り組む『大仮装盆踊り大会』は、祭のメイン事業となった。それはメンバー全員の誇りである。様々なステージはみんなを大きく成長してくれる。それらの集大成が海外公演だろう。全員が一つになって取り組まなければ成功などない。
 そんな経験は部活や学校では味わえない魅力だ。Jrコンクールで1番を取ることも魅力かもしれない。でもそれは1年に1チームしか体験できない。それよりも運営の仕方でみんなが達成できる目標を作ることが出来る。そこが大切だと思う。それは必ずみんなが成長しそして技術も押し上げてくれる。総会もその一部だ。

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2008/1/27

夢を現実に  
 今年もぎりぎりの繰越の決算だった。厳しい財政は続く。もっと余裕があってメンバー達にいい環境で太鼓を打ってほしい気持ちだ。
 キャンビーの訪問は延期された。構成メンバーがまだ幼すぎるのが現実だ。自分の衣装も自分で用意できない。自分の荷物も自分で管理できないではどうしようもない。ただ、夢はもってほしいと思う。夢は少し伸びたということだ。メンバー達が成長することを待つという時間となる。
 経験したメンバー達の成長をこの目で見てきた。この地方で様々な出演をして得ることも大きい。しかし、体力にも厳しく緊張も並みたていでない場所で演奏し、言葉も通じない場所に出かけることがどんなに子供達を成長させるか。それはお金で換算されるものではない。大きな子供達の変化は、その後の人生に大きく左右されるほどだと思う。
 ナンシーが待っている。そのナンシーのリクエストに少し時間がかかりそうだ。太鼓の問題はそれほどかからないで解消されるかもしれない。しかし、年齢は飛び越せない。その大きな問題は時間が解決してくれるしかない。子供達が頑張ってくれれば親達も理解してくれるだろう。
 頑張ってくれるみんなに期待したい。その頑張りがキャンビーを引き寄せる。その頑張りがなければ親もそして私も夢を捨てることになる。

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2008/1/25

再検討  
 二回目の姉妹都市訪問は来年一月を予定している。明日の役員会・総会でみんなと話し合いたいと思う。前回は、主力のメンバーは高校生・中学生の7名だった。来年決行するとなると、主力のメンバーは中学生・小学生高学年になる。それらのメンバーは部活と両方をこなしているメンバー達だ。現状の実力と一年間の上達とそして彼らの成長を加味して、果たして実行してよいものか。
 費用の問題もある。積み立てしているメンバーも少ない。前回のような助成も期待できない。個人負担が相当な額になる見込みでもある。
 飛行機運賃を調べてみると、成田ポートランド便が安い便で6万円台である。千歳成田便が往復1万5千円が加算される。これだけならそれほど高額に見えないが、それに足される費用が相当ある。燃油サーチャージャーが往復2万4千円(ポートランド便の現在、燃料の値段で変動する)、空港利用税が更にたされる。(成田の大人で4000円位)千歳への移動代、現地での移動代がこれにたされる。これらの総額が運賃費用となる。
 宿泊代、エコノロッジで1泊5000円位、4泊で2万円となる。(6日間の予定、前回と違い出発日にキャンビーまで移動可能、機中泊1泊)食費を安く済ませ一人1食千円として15食1万5千円。保険代(2〜3千円)。
 その他にパンフ・ポスター、お土産などの諸経費がある。そして通訳費用とキャンビーとのアクセス費用(これが馬鹿に出来ない)なる。これらは参加人数によって変わってくる。
 前回の費用は、帰りにハワイに寄ったこととポートランド直行便がなかったことで一人25〜6万円の費用となった。それよりはずっと安くはなる。更に現地でナンシー宅に宿泊すると宿泊代が浮くことになる。人数にもよるが。
 計算するとどうなるか、計算してください。これらの他に個人の費用がたされる。パスポートの取得やスーツケース・・・。
 2006年のハワイ公演の時は、個人費用は全額個人負担とした。それ以外の通訳・添乗員費用とパンフ代などの全体費用と夕食代4食を会費用でまかなった。一人12万5千円の参加料だったと思う。これよりは数万円は参加料がかかるだろう。出来るならばこれぐらいの参加費で行いたいが現状では無理だろう。
 姉妹都市との交流という大義名分が行政を動かすことになる。たとえば前回の提携15周年記念という大義名分である。そういうことが助成対象になった。次回もその大義名分にのった方法を取らないと全てが自己負担になるだろう。せめて行政からは通訳やアクセス費用、お土産代などの個人負担以外の費用を応援してほしいと思う。
 それを踏まえて明日の総会で再検討をしたい。

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2008/1/24

新しい道  
 我が町の様に市町村合併したり地方の自治体の財政が厳しくなると、行政に依存していた文化活動は非常に厳しい状態になる。この厳しい状況を打開していくにはそれまでの考えを一新しないと生き延びる道はない。これから数年以内に地方の太鼓チームは激減するような予感さえする。
 今の太鼓チームを継続する為には、もう行政に依存する体質は無くさなければならないだろう。助成金頼み、他人依存型の組織の考えでは先はない。自己財源で最低限の維持管理が出来る状態にしなければならない。そういうメンバーの意識革命を持つことを前提に運営するべきだ。
 太鼓チームがあることが子供達の情操教育に不可欠であるということ、そして地域の活性化になくてはならない存在であるという認識を知らしめることだと思う。今までの様に、誰かの力を借りてでは何も物事は解決しない。大切なのは各チームがその大切な本質をしっかりやることである。一番きつい選択ではある。が、それをしなければ太鼓が好きな次の世代が育たない環境になっていく。
 太鼓という組織に子供達を預け、そしてそれがすばらしい結果となるようなことだ。そういう組織作りをすることは大変な努力が必要となる。その為には卓越したリーダーと指導者、そしてサポーターが必要になる。
 今の栗沢太鼓にはそのようになっていく可能性があるだろう。地域に理解される活動もしている。父兄の理解も得られている。若い指導者も育ち始めている。何よりも子供達が笑顔で活動できる現実がある。魅力がある活動は次も新しいメンバーが加わってくれるだろう。
 今することはいい活動を続けることだ。いい活動はみんなの理解が得られるはずだ。そして、それを鼻にかけないことだと思う。
 

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2008/1/23

小さな力を寄せ合って  
 今日の練習会場も寒い。会場にある暖房機は焼け石に水、いや氷河にお湯か。それでも大概の者は裸足で練習している。あいつらの足の裏はマンモスになるぞ。学校が始まっているのに子供達で休んだ者は一人もいなかった。太鼓の好きなもの達だ。
 最初のレクで私のパワーは壊滅。寒さで消沈した。元気のないのが一人いたのが気がかりだった。何が原因か・・・。次回にはいつもの元気良さを出してほしい。
 次の練習日は一年に一度の総会である。普段顔を見ない大人達も集まってくる。年末に寄付してもらった締太鼓の感謝状を家族に贈ることになった。気持ちしか出来ないがこれからその太鼓を打つ子供達にはいい勉強になるだろう。きっと大切に扱ってくれると思う。
 父兄の方で、いやおじいちゃんおばあちゃんもか。手打ちのうどんを用意してくれるという。何か申し訳ないが、気持ちはありがたく受け取ろうと思う。そんな付き合いが大きな輪になってくれると思う。ただ、他の父兄に余計な気を使ってくれないことを願いたい。
 私達の会は好きなものが集まって太鼓をする集まりだ。誰が中心の会でもない。誰が主役の会でもない。出来るものがこの会の役割をしていけばいい。うどんをみんなに食べてほしいとメンバーのおじいちゃんが一生懸命打ってくれるのだろう。その気持ちは子供達に必ず伝わると思う。私がみんなの太鼓が上手くなってほしいと思う気持ちと変わらないと思う。そういう気持ちがいっぱい集まったら、子供達は必ず健やかに育ってくれると思う。
 ほんの小さなことでもみんなが寄せ集めたら、それは大きな力となる。そういうチームは必ず強いチームとなる。子供達の成長をみんなでサポートしていきたいものだ。

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2008/1/22

満足の繰り返し  
 スキーは個人のスポーツだ。自分が滑ることに自分が満足したり悔やんだりするそんなスポーツである。基礎スキーはそこに他人が評価する部分が加わった。他人が評価し採点されて、その評価に満足したり悔やむスポーツとなった。自己満足のスポーツに他人が評価してそのスポーツは成り立った。
 太鼓の成り立ちは様々である。そしてその太鼓の世界に入るきっかけも様々だ。太鼓の音が好きだったり、打つ姿に憧れたり・・・そんなきっかけで太鼓の世界に入ってきた。ちなみに私はその役員にされて入ってきたが。
 どんなスポーツも芸能も誰かが評価してくれなければ成り立たない。観衆が感動してくれたり褒めてくれたり、或いはコンクールに入賞したりそんな目標があるから挑戦がある。そして進歩がある。
 自分の進歩によって自分の満足感も変わってくる。やぐらの上で打ちたいという気持ちで太鼓に入ってきた。それができた。そして満足した。これで終わっても太鼓である。だがここに更に目標が出来たら、また挑戦していく。自分の満足感を更に求めていく。太鼓を打つことはすごい度胸がいる。すごい思い切りがないと太鼓は打てない。自分の気持ちの弱さとまともに戦わないと、そのパフォーマンスは出せない。好きだから、憧れたからの世界はそのきっかけであった。だが自分の進歩によって満足感も更に高いものを求めることになる。
 きっかけは何であれ、どの世界もそれで良かった満足したで終わっては前はない。満足したことを忘れないで更に上の満足させれる目標が必要になる。その目標を作ることは大切なことだ。

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2008/1/21

厳しい財政  
 昨年一年の私なりの仮決算をしてみた。かろうじて黒字で繰り越せそうだ。農業祭費用の実費を実行委員会で見てくれたのが大きい。これがなかったらやばかったかもしれない。
 市長の約束が保護にされた。安い小締太鼓を何台か揃えようと思っていた予定が変更である。簡易練習用小締太鼓を作った。練習には支障ないが本番となるとメンバーには申し訳なく思う。もう少しの間我慢してほしい。練習の胴太鼓の裏面も、もう限界である。合併しての出演機会は多くなったが、支出も増えた。
 今年は、市の助成金が昨年の2割減となる。後援会も合併とともに活動が停滞してこれ以上の協力は望めない。財政緊迫は今後も続く。対策を練らなければといつも思っているがなかなか先に進まない。
 総予算の半分以上が練習会場費の負担だ。他の場所をと思っても太鼓の保管や移動など問題もある。会費負担もしばらくは考えたくない。出演謝礼もこの不景気で下降気味だ。練習の回数を減らすのもメンバーの意欲をそいでしまっては何にもならない。
 今のまま手をこまねいていたくはないが、対策を考えないと債権団体になりそうである。農業祭での出店なども考えて収入の道を模索していかなければと思う。さて、大人の協力を得られるか・・・。

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2008/1/20

将来の為に  
 子供の時にそれに出会い、そして大人になるまでそれを続ける。そんな出会いとなる時に子供たちに接することは大変なことだと思う。ひょっとしてそれはその子の人生にも影響を与えかねないからだ。
 それはただ太鼓やスキーをするということだけではない。大人としての様々な事を自分を通して学ぶことになる。半端なことは出来ない。
 太鼓が好きだ。ただそれだけの事だけで物事を正当化は出来ない。好きなことをすることは、それだけの心構えも必要になる。
 準備や片付けはみんなでする。練習は裏面しか使わない。休憩の時と練習の時のけじめをつける。衣装は帯も鉢巻もしっかりつける。みんなが助け合って曲を教え覚える。・・・そんなちょっとした決まりから物事は始まる。そこに太鼓がうまい下手、先輩後輩はない。
 太鼓が上手いからと鼻を高くして肩を張って歩くような子供達を作りたくはない。上手いことで誰からも尊敬されるような人になってほしいと思う。それは口でいって出来るものではない。普段の何気ないことがそういう雰囲気を作り当たり前となっていく。
 太鼓と出会ったことが彼らの将来に影響を与える。その責任の一部は私達にはある。慎重な判断をもって進めなければと思う。

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2008/1/19

難しい決断  
 地方の小さな太鼓チームが、海外公演を2度経験している。それも中・高校生の子供中心のチームでだ。決して大きなステージではないが、その経験は参加したメンバーの人生観を変える大きな出来事だった。
 太鼓を打つ技術は、行く前と後では雲泥の差の変化だった。それよりも増して大きく変わったのは、子供達の気持ちの変化だ。メンバーを思いあう仲の良さだけでなく、人に対する接し方が変わった。自分は太鼓がうまいと見せびらかすようなことがなくなった。余裕が謙虚さとなった。そしてどんな状況でも臆することがなくなった。
 再度姉妹都市に行きたいと思っている。今のメンバーに大きな目標と夢を与えたいと思う。太鼓を打つ技術は1年後には間に合うかもしれない。それを目標に集中すれば可能かもしれない。だが、主力となるメンバーはまだ幼すぎる。もう少しの猶予があったほうがいいと思っている。彼らの受ける感性も小学生より中学生以上の方が大きいのではと思う。
 キャンビーのナンシーはすぐにでも来いと言ってくれた。そのリクエストにはもう少しの猶予をもらいたい。そして前回行った以上のインパクトをキャンビーの地に残してきたいと思う。
 26日の総会にはそのことを相談したいと思う。行きたい者はすべて連れて行きたい。しかし、私には全責任はおえない。サポートできるスタッフや準備がどこまで出来るかにもよる。金銭も大きな障害にもなろう。兄弟の多いところはなお更である。難しい決断となる。

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2008/1/18

やる気とやりがい  
 才能のある者ない者という区別はつけたくはない。メンバーの中に天才はいない。そして全くセンスのない者もいない。人によって物覚えがいいか、或いは時間がかかるかの違いだ。その辺のことは本人のやる気があるかないかの違いで変わる程度のことである。
 メンバー達にやる気を持たせるにはどうしたらよいのか。それはメンバー全員に大きな課題とかなえられる課題を絶えず持ってもらうことだと思う。更には本人だけのオリジナリティーだったら理想だ。やる気とやりがいが生まれる。そしてその発表の場も必要になる。
 一人のエースを育てようとは思わない。全員をエースにしたい。一人一人が自信を持てるプレーヤーになってほしいと思う。小締を打っては彼女にかなわない。大締はあいつだ。音を鳴らすのはあいつにかなわない。腕の振りは彼女だ。ダイナミックさは彼だ。難しいリズムは彼女にはかなわない。表現力が抜群だ・・・・など、個性を光らせればみんながエースとなる。それは一人のエースに頼ったチームとはならない。全員がそれぞれの魅力を集めたチームとなる。そこに年の差などない。小さい子も、力のない子も参加できて魅力を出せるチームにと思う。
 2006年のハワイ公演のセンターは、全曲を全て違うメンバーにした。『雄飛』は全てメンバーを変えた。一人のエースに頼ったチーム作りをしたらこんなことは出来ない。そしてそれは、全員にやる気とやりがいをもたらす。

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2008/1/17

強さと優しさ  
 笑顔で人に接せられると、こちらも笑顔で対応する。不機嫌そうな顔で接せられたら、こちらも不機嫌な顔で対応するだろう。その人の印象によって自分の気持ちも変わる。それは逆に自分の顔が不機嫌なら相手も不機嫌になる。
 世の中には、相手の気持ちなど何も考えない人もいる。自分本位で自分の感情を押し付ける人もいる。また、それとは全く逆の人間もいる。
 自分の気持ちを主張することは大切だ。何も主張できない・話せないではリーダーシップなど一つもない、自立心も一つもないことになる。しかし、主張するだけではだめだ。聞く耳も持ち、そして最良の判断が出来なければならない。
 「相手はどう考えるだろうか」という気持ちを持つことも大切だ。そういう気持ちを持てる人は優しさと包容力を持った大きな人間だ。
 みんなには、主張する強さと相手を思う優しさを持った人になってほしいと思う。受け入れることと主張することは相反することだ。だが、この両面を持たないと社会の中ではうまく生きていくことは出来ない。どちらが強くても弱くてもだめだ。バランスの取れた人になってほしい。
 子供達が当たり前のこと・常識的なことを学んでもらうには、組織も指導者も誰が見ても当たり前のこと・常識的なことをする必要がある。私達は大変なことをしている自負が必要なのだ。自分の我の為の活動ではないのだ。あくまでもメンバー達が主役なのだから。その主役達が立派な人に、当たり前の常識人に育てることなのだ。そのための太鼓であってほしい。

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2008/1/16

自信と自尊心  
 2月上旬、私は留〇都高原〇キー場にいた。その翌日より全〇本〇キー技〇選手権大会北〇道予選会が開催される。その前日である。
 その頃の〇キー界は、〇キーバブルといっていい時代であった。各地に〇キー場が乱立し、老若男女が〇キーに飛びついた時代である。国産〇キーメーカーも何社もあった時代だ。ゲレンデは指〇員がバッジを胸にかざし自分の技術を見せびらかしていた。基礎〇キー界は、メーカーとタイアップして主要な役員はメーカーから用具が支給され動く広告塔となっていた。アマチュアリズムという観念は薄らいでいった。指〇員からボランティアという考えもなくなっていく。講習日当が得られるという考えは当たり前となった。そこには企業がありそして講習が集客する手段ともなった。〇キーを普及する目的は曲がった形に変わっていった。
 初めて出場する予選会の前日、ゲレンデは各チームが練習を行っていた。練習はメーカーで作るワークスチームと各地〇連のチームとに分かれてチーム単位で練習滑走していた。M社のデ〇チーム、Y社の〇モチームと次から次へと滑走してくる。異彩を放っていたのは、O社のデ〇チームである。全〇本のデ〇ンストレーターを何人も輩出しているこのチームは基礎〇キー界を牛耳っていた。O社の〇キーを履かないと指〇員も受からないとまでいわれていた時代である。チームも1軍・2軍とがありその出来で〇キーの支給や遠征費の支給まで違うということを聞いていた。
 全〇本級の滑りには度肝を抜いてしまった。こんな場所に来なければよかったと思うぐらいのショックであった。少しは自信のあった頃である。しかしその自尊心は根底から失うことになった。散々な予選であり結果であった。地元の〇キー場ではちやほやされたその頃、その自信は無くなり自分の不甲斐なさをいやというほど知った時である。
 これで終わったら今の私はいないだろう。それからの2年で私の滑りは一変する。いい師との出会いもあった。運動を分解するという考えを知り、全く違うスキー技術とも出会うことになる。自分の思考は別物となっていく。コンプレックスはその時点で消えていた。自分の能力も自分で知ることになる。
 その翌年同じ場所に立つ。年齢的にも最後と思っていた。大回り〇ーンの改造はほぼ終わっていた。小回り〇ーンは、改造の真っ只中だった。その技術はマスターできないで出場した。予選通過順位を突破した種目もあった。だが、小回り〇ーンは散々だった。自信の無さがそのまま出た。
 その翌年の〇樽〇狗山での指〇員検定は絶好調の中での検定だった。何種目も検〇員を寄せ集め採点を悩ませた。生涯の中での最高の滑りだったろう。総合〇降、停止すると受検する他のメンバー達からポールを叩いて喝采を受けた。急斜面ウ〇ーデルン、A級〇定員受験に来た先輩から絶賛を受けた。ステップ〇ーン、知らない指導員から賛辞を受ける。シュテムターン、採点に妙に時間がかかっていた。前の受検者からいい滑りの採点を調整していると聞かされた。
 全〇本級からは程遠いスキーヤーだったが、その中を垣間見たことは大きな財産となった。それからの講習方法は大きく変わった。その考え方は太鼓にも応用している。
 自分の力を自分で把握することが大切だ。自信と自尊心は全く別物である。自信は持っても、自尊心は簡単に持たないほうがいい。いや自尊心を一度は失うことが前に進む大きな進歩かもしれない。

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