2008/4/30

4月の最終練習  
 4月の最終日、燃料カードの請求書とともにタスポカードも届く。明日からの自動販売機での購入に間に合った。そして夜の燃料代が加算された練習の最終日だ。3,900円の会場費は次回から3,000円となる。そして明日からガソリンが値上がりする。
 ポリカン2缶に軽油の貯め置きをしようと練習前にスタンドへ行く。ついでに2日前に給油していた車にも補充する。岩見沢のセルフスタンドで給油して40数kmしか走行してなかったが満タンにしてもらった。給油量は7Lだった。明日から30円が上がるとスタンドの従業員は言っていた。210円得したか。
 今日の練習のミィーティングで、今練習している曲の名前案を壁に張った紙に書いてもらうことにした。帰りに見てみると7〜8の案が書かれてあった。曲のアレンジも少し変えた。より難度を増していく。
 そして8:30で早退する者にはその後のメンバーが使わない太鼓は片付けていってもらうことにした。最後まで練習する者達の負担が少し減る。全員で準備する、片付けることが実行できる。力の無い低学年には軽いものの片付けでいいということにもした。
 練習前や休憩時間のドッジボールもようやくルールが統一できるようになって来た。このレクレーション、私は一切口出しをしていない。1ヶ月前は滅茶苦茶だった。バレーボールを使っていて、低学年の顔に当たっては泣き出したり兄弟喧嘩はおこったりと毎回問題の種となった。ミニバレーボール様のボールを買った。それ以後、低学年も含めたレクが成り立ちだした。男子対女子の壮絶な戦いが毎回行っている。
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2008/4/29

ゴールデンウィーク  
 ゴールデンウィークとなった。地方に就職した何人かから練習に顔を出すという連絡が来ている。久しぶりに先輩達の迫力ある太鼓を後輩達に見せてやってほしいと思う。そして後輩達の成長しているところも見てほしい。
 今の時代、人と人との繋がりが希薄になっている。隣の人が何をしているのか解らない。顔を会わせても挨拶もない。会社勤めをすると、隣人との付き合いも中々出来なくなる。仕事によってはいつ帰宅するのも確約できない。どうしても会社中心の生活となる。たまの休みは休養したい。遊びたい。
 田舎生活はすごい。顔を合わすことがないと途端に電話がきたり様子を伺いに来る。冠婚葬祭もみんなが助け合って行う。困った時には声をかければすぐ応援に来る。具合の悪いことは秘密にしようとするが、知れ渡るのは時間の問題だ。
 どこの世界も、一言多い人間もいるしおしゃべりな人間もいる。余計と思うようなお節介をする者もいる。でも、そういう世界はありがたい世界ではないだろうか。人情味がありギスギスしてないほのぼのとした世界だ。
 うちの太鼓チームは、そんな太鼓チームでありたい。『太鼓を教わる』それは前提だ。が困った時は助け合い、うれしい時はみんなで喜びあう。余計なお節介といわれても心配する。そんな人を思う気持ちを養うことが大切だと思う。
 先輩の何人かが里帰りする。そのつき合いを栗沢太鼓が存在する限り続けたいものである。
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2008/4/28

自分の出来ること  
 あるお姉さんからメールを受ける。『中々行けなくてごめんなさい』という内容だった。
 このお姉さんが学生の頃、よく聞かれた。『なぜ大人の人は練習に来ないの?』と。今彼女はその時の大人の立場なのだ。『俺が来ているからいいじゃないか』と答えた。太鼓の練習にあわせて仕事を調整できる立場だったから出来たことだ。だが大変な苦労でもあった。
 それぞれに大切なものを背負って太鼓をしている。そのことをみんなが理解して活動していってほしいと思う。困った時は言葉を発して助けを求めることも必要になる。全てを自分一人で背負っていくわけには行かない。自分が出来ることをみんなが出していってくれればすばらしい活動が出来ると思う。
 メンバーが目を輝かせて太鼓を打つ。私はそれだけを見ている。自信がない時、具合が悪い時、悩んでいる時・・・メンバーの目は輝きを失っている。
 目標がある。やりたいことがある。夢がある。・・・そして可能性がある。メンバー全員がそうであったなら、それはみんな目を輝かせた凄いチームになる。
 たまにしか来れなくても後輩達に自分の持っている一部でも提供できれば、それは後輩達の大きな目標や夢を与えていることになる。そしてそれは自分でもうれしさと遣り甲斐ともなる。自分の持っているもの全てを後輩達に伝える。そういう気持ちを持った時、それは自分の新たな出発となる。カニが脱皮して大きくなっていくように自分も大きく育っていることの証拠でもある。大切なことだ。
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2008/4/27

全員がエースに  
 全員がエースとなることを目標にしている。性格・運動能力・体力・リズム感・・・それぞれに個性がある。団体スポーツならエースを中心にしたチーム作りをする。多くの太鼓チームもそうだ。
 まだ力のない低学年や初心者は太鼓の音も大きく出すことが出来ないしリズムも不安定だ。今はチームとしてソロ打ちをしている。しかし成長し体力がつき技術もついてきたら、それぞれに一人打ちをしていってもらう。
 キャンビー公演やハワイ公演の時、センターは全曲違うメンバーが務めた。センターはその曲のキーマンである。その曲の責任者となりもちろん観衆の視線を一番に受ける立場となる。それだけ重責を負い、責任感と強い意志を持たなければならない。チームの誰かに依存するそんな弱い気持ちではとても務まるものではない。
 全員がエースという気持ちを持って育てなければ、各曲ごとにセンターを変えることは出来ない。各曲ごとに主役になったり脇役を務めたりできる。同じ曲を打っても様々な状況に対応してメンバー構成が出来る。そういう幅が広く奥の深いチームを作ることが必要だ。
 技術は練習すれば、意欲が芽生えれば育っていく。だが、強い気持ちは練習すれば育つものではない。経験を重ね、緊張をコントロール出来る能力を養う必要がある。自分一人だけの事だけでなくチーム全員のことを意識できる余裕も必要になる。それだけ心の大きな人にならなければならない。
 全員がエースを目標にとは、全員がそういう人となってほしいからだ。
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2008/4/27

頼れる兄弟  
 今練習している曲名をメンバーに宿題として出している。メンバーでいい名前を出し合って名付けてほしいと思う。父兄からも発案があった。これもよしとしよう。いくつも出してその中から選択することにしたい。
 今日のミィーティングで三つの話をした。一つ目は遊ぶ時と練習する時のけじめをすること。二つ目は準備や後片付けを全員ですること。三つ目は気持ちの問題を話した。
 それはこういうことだった。『ここに集まっているメンバーは太鼓が大好きなメンバーと親に進められてきているメンバーがいる。』・・・『俺は大好きだ』という声が聞こえた。『大好きな者は太鼓を一生懸命にしている。そんな一生懸命しているメンバーの足を引っ張るようなことをしては困る。いやな顔をせず真剣に取り組んでほしい。』・・・解ったか解らなかったか。いいたかった者は自分のこととは理解している様子はなかった。苦戦しそうだ。
 上の者がいなくなった今、最後の時間帯まで残った者たちの後片付けが大変になった。低学年や事情のある者は8:30で一区切り付けている。それは自由にしている。大きいメンバーがいた頃は体力に物をいわせ、残った太鼓を片付けてくれたが今はそんな状況ではなくなった。新しいルールを作らなければと思うが、先に帰るのは低学年が大半なのでどうしたものかと思案する。
 頼もしい兄弟がいる。後輩達の面倒をよく見てくれる。ちょっと前にもそんな兄弟がいたが、その跡を継ぐような頼りになる兄弟だ。大切に育てたい。
 どの子もみんないい子達ばかりだ。それだから尚更、望みを高く持ってしまうのか。幼い子では普通なのか。自分の能力はまだまだ未熟である。
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2008/4/26

自動二輪免許  
 今の自動二輪免許は小型・中型・大型の三種類に分かれているが、高校生の頃は自動二輪免許として一種類だった。
 高校生になった夏休み。隣の一期上の幼馴染が学科試験を受けに真駒内免許試験場(現在は手稲にある)に行くという。自動車学校で実技試験は受かったが学科試験に落ちてしまいその学科試験を受けに行くということだった。よく聞くと実技試験と学科試験の両方をその一日で受けられるという。必要な手続きをして夏休みの快晴の日列車とバスを乗り継いで会場に行った。
 同居していた叔父がバイクを持っていた。中学生の時から手ほどきを受け野山を走り回っていた。(公道は走っていません)スズキの80ccのバイクである。腕には自信があった。
 記憶があいまいだが受験者は数十名いたと思う。学科の試験のことは記憶がないが、実技試験のことを憶えている。試験車はスズキの125ccのバイクだった。乗りなれたスズキ車だった。排気量だけが違うだけでほとんど全てが同じだった。『確認作業を大げさにすれ』という事前のアドバイスを受けスタートした。だが、緊張していたのだろう。スタートのウインカーを消し忘れたのを次の交差点まで気が付かなかった。だが幸いにも同じ方向のターンだったのだろう。試験管はそのミスを見逃したのだと思う。
 その日の合格者は1割程度だった。その中に私もいた。交通費を除いてかかった費用は1,600円だったと思う。その当時で自動車学校の費用は1万円位だったと思う。クラスで最初の免許取得者となったが、1年の全寮生活ではその免許を活用したのは2年生に進級して自宅通学となってからだった。親に頼み込んで中古のホンダCB350を手に入れた。その当時はバイクでの通学が許可されていた。自転車置き場はバイクがずらりと並んでいた。だが、その夏に相次いでバイク事故がつづいた。その中に同期生の死も含まれた。同級生も事故を起こし大怪我をする。秋にはバイク通学が全面禁止となった。
 3年生のある日寝坊してバスに遅れた。仕方なくバイクで学校前の病院に止めて遅刻を免れた。だが、清水という奴にちくられた。担任に大説教を受ける。
 大型バイクも乗れる免許だが、今は必要のないライセンスだ。北海道では快適にライディング出来る時期はわずかだ。そしてこけた時のリスクは死を意味する。しかし、あの加速感・スピード感の魅力は忘れられない。
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2008/4/25

親不孝と孝行  
 親父が脳梗塞で倒れたのは20周年の年だった。倒れた日の午前中に、知人から馬鈴薯がないかと電話があった、昼休みに家にあるかどうかの電話をしようと思っていた。だが前日のJr全道大会の入賞報告に教育委員会に出向いて家に電話する時間がなかった。定時で仕事を終えて帰宅途中に電話が入った。・・・裏玄関に親父は倒れていた。
 お昼の時点で具合が悪く、母親は私に電話をしようとしていたが本人はするなといったと言う。 脳梗塞だった。それも治療までの時間が遅かったばかりに右半身は完璧に不随となった。脳の左半分は壊死した状態となった。もしあの時、昼の時点で駆けつけていたなら治療に間に合っていたかもしれない。あの昼休みに電話を自宅にしていたらという後悔を今でもしている。親父には親不孝をいっぱいしてきたが、神様は最後の親不孝をさせたと思っている。
 右半身不随で言葉も行動もおかしなことを繰り返していた。医者や看護士に手を焼かせていた。大昔の話をしたり、おかしな会話をしていたという。20周年のその年、キャンビーへの海外公演を予定していた。ある時、看護士に自慢していったという。『うちの息子は海外に太鼓を演奏しに行く』と・・・。
 そう考えると尚更、あの昼休みのことが忘れることが出来ない。しかし、病床の中でも息子の晴れ舞台を思ってもらったことは親孝行だったのかもしれない。
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2008/4/23

歴史と伝統  
 ミィーティングを練習途中に毎回入れるようにしている。一方的な時もあるが、なるべくメンバーが考えてくれる様にと思っている。
 教えられて伸びていくそれだけではつまらない。初心者を卒業した者は、意識を持たせ自分で開拓していく気持ちを持たせたい。全て私に依存されては困る。私の能力など大したものではない。むしろメンバー達の潜在能力は遥かに超えているはずだ。彼らの持っているものを導き出してチームに取り入れたい。25年の歴史や伝統などにこだわっていては、若いメンバーの創造力を潰してしまうことになる。
 25年の知識と経験は当然還元する。そしてそれに若いメンバーの感性と創造力を合わせていくことが大切だと思う。先輩達が創って来たことを土台として今のメンバーはスタートを切っている。スタートの位置が何メートルも先にあることになる。
 それこそが歴史なのだ。しかし、その歴史にはいい面だけではない。沢山の失敗と間違いもしてきた。それが知識であり経験である。歴史のいい面だけを習い、悪い面は繰り返さない。その繰り返しが次の世代が先輩達を超えていく大切な要素だ。
 歴史があるから良いものではない。その歴史の仕方が大切だ。伝統を守ることも大切だが、歴史はその時のメンバーが作っていくものだ。その繰り返しが続いて伝統というものが出来るのだろう。しかし、つまらない伝統を作るよりも、今現在のメンバー達が有意義になることだけを考えるべきだと思う。
 
 
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2008/4/22

頑張る気持ち  
 練習の前や休憩時間には元気いっぱいに遊びまわる子が、いざ太鼓の練習となると意気消沈。目は空ろだ。
 話してみた。『お前は太鼓が好きなのか?』・・『普通』・・・『嫌いなのか?』・・『いや普通』・・・『じゃどうして太鼓に来ている?』・・『 ・・』・・『お母さんが行けと言うからか?』・・『そうだよ』・・・『他のみんなは太鼓が好きで来ているんだよ。お前さんだけが太鼓が嫌いだという顔をしている。せっかく太鼓をしているのだから一生懸命やれよ』・・『うん』・・・。
 これからこの子は変わっていくのだろうか。他の皆は真剣に取り組んでくれている。それだけにこの子の行動が気になってしょうがない。好き嫌いは、叱っても怒ってもどうしようもない。ただ、この子だけが皆の輪の中から外れていくことになる。当然、皆の進歩にもついていけなくなる。下手でも間違っても一生懸命にやってくれれば出演はさせられる。しかし、出演させたくても今の意欲のない態度では出演させられない。
 手を変え品を変えて接しているが、遊びと本気という意識を変える事が出来ないでいる。今は他のメンバーに悪影響は出てはいないだけに、じっと我慢が正解か。多感な子も困るが、感情を出さない子の方がもっとやっかいだ。頑張るという気持ちを早くもってほしい。
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2008/4/21

良識を持った人格  
 自信を持てるものを持っている・持って無いでは大きな差がある。だがこの自信を持つ意味が間違ってしまったら、それは逆に不幸となる。
 観衆から沢山の賛辞をもらったり褒められて、自分は凄いプレーヤーだと自信を持つ。その気持ちを持つことはいいことだ。だが、それを鼻を高くして見栄を張ったり格好をつけたりでは、逆に自分の人格を下げていることになる。すばらしいプレーヤーは良識と人格を持った人であってほしいと思う。そんな人を育てるのが最終の目標である。
 先駆者達は見栄を張ってはならない。どんなにメンバーが凄い技術を持ってもそれを見せびらかす姿勢を持ってはならない。プレーヤーには自信や誇りは持ってもらいたい。そして同時に謙虚さと人を思いやる気持ちも持ってもらいたい。
 大人の権力で子供達を利用してほしくない。子供達の為の事業や出演機会を作っていくのが大人の役目だ。それが大人の見栄の為になったものがないだろうか。子供達は太鼓が好きだ。そんな太鼓が好きな純粋な気持ちを育て、人格を持った人を育てる事業が必要になる。
 25周年のこの年、式典や記念演奏会を開催することは大人の見栄とならないだろうかと感じている。だが、全く何もしないことにはならない。今の幼い子供達の為の25周年事業を考えたいと思う。それは具体的な事業とならないかもしれない。だが、25年の歴史の中にいるメンバーの一人と感じ取れるものにしたい。
 やりがいと自信と誇れるもの。難しい課題だ。だが、メンバーにはそれを持ってほしいと思う。そして良識を持った人格者になってほしい。
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2008/4/20

豊かな気持ち  
 〇美に〇美が自分の曲を伝承させた。憧れの先輩の曲を打てる。それは凄いうれしさだろう。いつも笑顔の〇美だが、更に増して笑顔が増える。まだまだ体力も技術も乏しいが1〜2年の期間を経ればきっと先輩も認める存在になっていくだろう。そして、伝えた先輩も楽しみが増えたに違いない。
 年季を踏むにつれてプレーヤーだけの存在だけでなくなってくる。時にはリーダーとなり、時には見本となり、時には相談相手、遊び友達或いは過ちを指摘する存在になる。それは後輩達の為だけではない。それは自分が大人に成長する為にもなっている。人に物事を教えることは、教わる人のことも考えなければならない。習得していく意欲や覚えていくスピード、グループならメンバー達をまとめていくことも必要だし集中させることも必要だ。それは大変な努力が必要になる。やり方によっては批判も受けるだろう。憶えの悪い子も必ずいる。それは叱っても、怒ってもどうしようも無い事だ。辛抱強さが必要になる。失敗も必ずある。そういう悩みや苦しみが自分を磨いていくことになる。
 そんな付き合いをしながらお互いに信頼が生まれ愛情が生まれてくる。それは自分の心を大きくしてくれる。豊かな気持ちが育つことになる。
 同じ人生を歩むなら、怒り怒る人生より笑い楽しむ人生であった方がどんなに豊かでなかろうか。チームにいつも笑い声と笑顔が絶えないことを望む。
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2008/4/19

大前提  
 練習に見学者。メンバーの顔つきが変わる。気になってしょうがない。真剣である。こういう見学が来てくれるとありがたい。本番のシュミレーションになる。
 第二曲も大分まとまってきた。低学年が加われて高学年の実力も出し、アンコールやサブ曲にと思っている。『空知の大地』の一部のリズムを応用しての曲である。あと少し手を加えて慣れてきだしたらまた手を加えて完成させたい。5分の曲となった。一応曲名も付けたい。募集しようか。
 本当に好きな子だけが集まっているわけではない。親が決めて預ける。そんな子もいる。好きな子とそうでない子にはおのずと差が出る。真剣さがまるっきり違う。そういう子を夢中にさせていくには相当の時間がかかる。何かのきっかけが必要になる。叱ったり怒ったりしても気持ちなど変わらない。出来るならばみんなが一緒になって前向きになっていってほしい。技術よりも気持ちが先だ。
 太鼓の魅力は上手い下手だけではない。いい太鼓はメンバー達の顔を見れば解る。目が輝き、はつらつとして太鼓を打つ。魅力とはそういう顔があって生まれてくる。それには『太鼓が好きだ』という気持ちが大前提にある。その気持ちを早くもってほしい。
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2008/4/18

夢と現実  
 今年度は栗沢太鼓の25周年の年となる。周年事業を行う記念の年ではある。本来なら姉妹都市キャンビーへの記念公演を組む予定でいた。しかし、現状を考えその実行は無期延期した。この決断は消極的な決断ではない。むしろ積極的な計画と理解してほしい。
 メンバー達はまだ幼すぎる。現実的に今の子供達をキャンビーに連れて行っても満足いく演奏会の開催は困難だ。むしろ時期を遅らせ、みんなが自信満々で演奏できる時期にキャンビーに行った方が、受け入れしてくれる側も行く側もお互いに満足できると思った。周年事業にとらわれるよりメンバーに取って一番良い方法を選択すべきと思った。
 栗沢町であったなら25周年事業は無理をしても行っただろう。だが今はそんな無理をするよりも、幼いメンバー達を一人前の打ち手に育てることが最優先だと思っている。そしてその先には彼らの夢がいっぱい花開くことになる。その辛抱を彼らにしてもらいたい。じっくり技術を蓄え・経験を積み、どこへ出しても恥ずかしくない実力のあるチームに成長させたい。それが今の一番の目標だ。
 メンバーには無限の可能性がある。年齢での実力はどこのチームにも遜色などない。ただ、まだその実力はキャンビーへ行けれるものではない。太鼓を打つ技術と人と付き合えれる人格が備わって夢は実現する。その勉強を一緒にしていく。もう大丈夫だと私が思った時、夢は現実となる。その決断をさせてほしい。私の元気なうちに。
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2008/4/17

暗黙のルール  
 小さな意見や感情のすれ違いが最近目立つ。リーダーシップを取らなければという気負いもあるのだろう。兄弟という甘えも見受ける。
 強制的な方法でまとめるというやり方もあるが、なるべくなら自然にチームとしてまとまってほしい。学校の部活の様に長くて3年とは違い、やめない限りメンバーの付き合いは10年以上或いはそれ以上の長い付き合いとなる。お互いに肉親に近い存在になっていく。小さな意見の衝突はどんどんやっていい。しかし、その中には犯してはならない暗黙のルールもある。幼いメンバー達にそのルールは、そうたやすく出来るものではない。だがそのルールはメンバー達で育てていってほしいと思う。大人が決めてその道を作っていっても学習することは少ない。横道に外れた時は、しゃしゃり出る。
 メンバーが変われば、ルールも変わっていっていい。『みんなが仲良く好きな太鼓をしていく』その目標からずれない限り、強制的なことは最低の部分しかしたくない。それはこの会の名前が物語っている。同じ志で集まったメンバー達は、お互いを信頼してお互いが持っているものを分け与え、メンバー全員が前に進んでいってほしいと思うからだ。
 栗沢太鼓のエースは全員だ。『あいつは駄目だ』という考えはご法度だ。『あいつにはあんないいところがある』そういう気持ちが大切だ。みんな良いものがどこかに持っている。それを認め合ってルールを作っていってほしい。暗黙に・・・。
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2008/4/15

意志薄弱  
 taspoカードなる物の申し込み用紙を書いた。写真は壁に模造紙を貼ってその前にいすを置く。三脚にデジカメをセットしてタイマーセットした。パジャマの上だけを脱ぎYシャツにネクタイ、スーツの上だけを着て撮影。1回目は顔が半分しか写ってない。2回目もまだ下の位置。3度目でようやく上手く撮れる。それをトリミングして指定の割合にして、サイズをいろいろ変えて数枚をA4の用紙で印刷。ぴったりがあった。裁断する。免許証をスキャナーでコピーし印刷。やっと申し込み用紙完成。
 ・・・・なんでここまでしてタバコを買わなければならないのか・・・。いっぱい税金を払っているのに煙たがれ、自分の寿命を減らす。それが止められない意志の弱さ。確かタバコ会社も、専売公社でなかったか。
 国のやり方、問題が起こってから解決案を出す。たいがいは、いいだけ赤字を出してはどこかに税金をかけてその穴埋めをする。タバコも、確か昔の国鉄の赤字を埋めるのに価格が上がったはずだ。有る金のなかでやれよ。
 今に呼吸をするのにも税金をかけられるんじゃないか。お代官様・・お頼み申しますだ。
 ここで一句『無理にタバコを止めてメタボリックに、意志薄弱でメタ解消』
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