2008/6/30

ワンパクを出してほしい  
 『雄飛』の演奏最年少記録は昨年の雅〇の小学2年生である。雅〇はジュニアコンクールにも出場している。演奏者としては最年少だっただろう。
 その小学2年生という記録に今年は一辺に5人が加わる。毎回の様に叱られ、様々なトラブルを起こしてきたこの2年生のワンパク5人組みが、どんな太鼓を打ってくれるか楽しみでたまらない。神妙になって意気消沈するか、はたまたいつものがむしゃらを出し切ってくれるか。どちらにしても本人達には凄いプレッシャーとの戦いとなるだろう。そのプレッシャーに負けないで練習で養った自分らしさを出し切ってほしいものである。
 彼らに完璧など求めてはいない。彼らの持っている元気が良くてがむしゃらな太鼓を打つ姿を見せてくれればそれでいい。間違おうが失敗しようがそれは問題ではない。その場所にたえられるか、演奏が出来るかが第一段階だ。彼らより私の方が平常心でいられないかもしれない。
 1年生の姫〇は子供盆踊りの太鼓を憶えた。曲の練習は具体的にはやってはいない。みんなの練習の中に入って先輩の真似事をしている。でも彼女にもみんなと一緒に曲にも参加させようと思っている。物怖じしない彼女には将来を感じている。出来るならば1年生のうちに『雄飛』の演奏が出来るようになって最年少記録を更新してほしいと思っている。
 凄いメンバーを集めて演奏するチームとはならないが、今のチームにはまた別の魅力がある。元気な勢いのある演奏をする。それは技術以上の魅力となる。ワンパクを発揮してほしいものである。
              ワンパク5人組

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2008/6/29

環境作りが課題  
 いよいよ書道展・サミットが1週間と迫った。この最初の大事業をこなし今年の夏も暑い夏へと向かう。
 今年の夏の出演は、これからの大きなステップになる。幼いメンバー達が大きく羽ばたくきっかけのシーズンにしたい。そして太鼓チームとしてのこれからの進め方をも模索していきたい。
 太鼓の好きなメンバー達が部活と両立出来る環境であること。それは短時間での効率の良い練習であり運営である。出演機会をうまく消化していくことも考えなければならない。そして資金も大きな課題となる。
 今の子供達の全員が栗沢太鼓を卒業していく、そういう過程となれるようになっていけるか。進級する毎に子供達の環境は変わっていく。意識も絶えず変化していく。それでも太鼓をしたいという気持ちを持ち続けてくれるか。それはそれだけの魅力を作っていけるかということになる。
 加入している各団体の存在も考える必要がある。事業を主体とした考えは時には邪魔な存在となる。演奏会に向かっての活動と、演奏会に参加しなければならないという活動ではまるで正反対になる。今のメンバーに目標となる的確な事業が必要となる。今のほとんどのチームはジュニアが中心のチームだ。メンバー達は学校行事や部活動、勉強や塾など大人が考える以上の多忙さである。その中で太鼓もすることは大変な負担となる。それでも練習に参加し演奏活動をする。それだけ魅力を持っているのである。その魅力を大人が潰しては何にもならなくなる。
 出演する機会を作ってやることは大切だ。だが苦になるような機会は無用である。強制するようになったら子供達は太鼓を止めていくことになる。
 大人の付き合いに子供を巻き込むことはしたくない。今のメンバーに何が必要で何が余計なのかという判断はむずかしい。しかし、それを探っていくのも大切な作業となる。『太鼓を打ちたい』という気持ちを持ってもらえるような環境を作って行かなければ将来はない。 
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2008/6/28

心配と期待の時期  
 明日の29日に「キタオン」のPR演奏を市内何箇所で行うという。残念ながら高学年はほとんどが部活と重なる。低学年では心もとがない。参加をお断りした。今のメンバー構成では時間帯や急な対応は困難である。予定を組むのもメンバーの状況を把握してないと簡単には受けられない状況だ。
 12日の福祉村の夏祭りも出演が終わり次第、小学生達は相撲大会へ参加する。その時間もギリギリである。みんな心配している。父兄の一人がその大会の役員をしている。配慮をお願いした。問題解決だ。でも低学年にはその説明もよく理解できない。
 父兄との連絡も密に取らないとならない。出演連絡はイベントごとに、諸連絡もプリントで連絡するように心がけている。しかしプリントを忘れていったり、渡さなかったりで連絡ミスが起きる。これからの出演時期が思いやられる。
 「キタオン」の出演も札幌行き組みをのぞいたメンバーを、朝のリハから参加させたかった。しかし収集がつかず役員の迷惑となってはと思い札幌組みと同じ時間の集合とした。練習も積んでいるのでぶっつけ本番でも大丈夫だろう。
 太鼓を教える以前の仕事が多い。これも仕方のないことだ。みんな成長してその心配がなくなるまで細かな配慮は必要だ。怒鳴る回数も少しずつ減ってきている。準備や片付けも率先して出来るようになってきた。本番を幾度も踏んで更に成長してくれるだろう。
 心配と期待のこの時期である。
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2008/6/27

キタオン情報  
 今日の夜、北饗祭最後の実行委員会が開催された。 
 北饗祭空知会場は31団体が参加する。団体演奏は26団体。山彦の演奏者は300名を越える。我がチームの団体演奏は26番目のトリとなるが、プログラムが押していたり、間に合わなかった時はキャンセルして構わない旨を伝えた。普段の日曜日なら何の問題も無いだろうがサミット期間である。何があるかわからない。
 参加チームには管内以外のチームも参加する。空知では今までで最大の人数となるだろう。それだけに好天になってもらいたいものである。
 プログラムのスタートは9:30、団体演奏は1部が10:00〜12:00、2部は13:00〜14:30。全9会場の一斉の『山彦』の演奏は15:00である。会場には巨大なモニターが置かれ、光回線で各会場がモニターに映し出される。そして参加者には北海道知事から感謝状がもらえる。
 1日に2会場を消化しなければならない。1会場目は初めての経験の書道とのコラボ、2会場目は世界初の光回線での合同演奏と1日に初体験が2度となる。そして2年生以下のメンバーはキタオンでの演奏が初めてともなる。みんな緊張の一日となろうが頑張ってほしいと思う。
 太鼓シーズン最初の出演が大きなイベントとなった。自分の持っているものを出し切って、そして楽しんでもらいたい。

           昨年のキタオン(空知太鼓連盟演奏会)

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2008/6/26

メンバーの為のチーム  
 4年生以上のメンバーは大半が部活との2足のわらじを履いている。男子は野球、女子はバレーボールと金管である。部活のあとの練習である。あくびしていたりと疲れた様子を見せる。
 今までは部活をはじめるからと太鼓をやめていった子が多かった。今のメンバーは、両立しようと頑張っている。頑張っているだけに、その両立を手助けしていくことも大切だと感じている。無理な練習は避けたいし、無理なスケジュールも回避したい。大切な出演は早くから日程を伝え、調整できる範囲の者で消化していく。
 組織はその構成するメンバーの為にある。そのメンバーが活動しやすいようにするのが当然だと考えている。出演依頼を受けてもメンバーの都合がつかなかったらお断りもする。無理な出演によって部活動に支障をきたしたくはない。部活優先という考えのもとで活動していきたい。
 子供中心の太鼓チームという前提で活動方針を考えていかなければならない。そうしなければこれからのチームは成り立たなくなっていく。子供達には様々なスポーツや文化活動をしていってほしいと思う。一つのことに熱中することも大切だが、様々な体験をし豊かな感受性を育てていってほしいと思う。組織の為の太鼓演奏ではなく、自分の為の太鼓であってほしい。
 魅力ある太鼓やイベントを育てる。そしてメンバーが参加しやすい環境にする。この二つは今後も組織が継続していく大きな課題だ。それが子供達が練習に行きたいという気持ちも育てることになるだろう。
 
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2008/6/26

海外で得られたもの  
 2006年のハワイ公演を実施できたのは、その前の2003年のキャンビー・ハワイ公演があったからだ。ただ、千歳直行便が無くなったのが想定外だった。運賃が2〜3割高くなってしまった。10万を切る予定を組んでいたが12万5千円の自己負担となった。2003年の費用は一人当たり25万円位だった。自己負担は子供達が8万位、大人はその倍だった。キャンビーとハワイという日程と姉妹都市への公式訪問であり、そして公費補助を受けることが逆に費用アップした。
 2006年のハワイは航空会社のツアーを利用したものである。無料のオプショナルで観光もついていた。だが優雅な食事などはほとんど無いに等しかった。でもみんなはハワイを楽しんでいた。公演プログラムは代理店(個人経営)が頑張ってくれた。3会場4回の予定だった。しかし騒音で4回が3回になり、1回は短縮してしまった。その分観光が出来たことにもなったが。
 太鼓の荷造りや運搬はもちろん、演奏プログラムや通訳など前回の経験とノウハウを応用できた。そして経験があるということはメンバー達も夢で終わらないという意識が生まれる。確実な目標がそこにはあるということになる。
 2003年には参加できなかったメンバー達も、ハワイ公演で海外での演奏ができた。行きはみんなびくびくした行動だったが、帰りは人が変わったように変身していた。騒音という苦い思い出もある。しかしジャパニーズ・カルチャーセンターの正月祭に参加でき日系の人達とも交流ができた。そしてアラモアナ・センターのステージも立派にこなした。そんな経験が人を変えていった。
 なぜ海外までというが、一言でいえるものではない。行った者しか解らないところがある。様々なイベントやコンクールに出演することとは全く別物である。なぜ山に登るのか?と同じ感覚かもしれない。それは大きな冒険である。初めて経験することがいっぱいある。移動するだけでも刺激的である。そしてどんな人と出会うのか?どんな会場なのか?どんなリアクションを受けるのか?・・・そして演奏する心配が加わる。
 どうしようもない逃げられない状況で太鼓演奏をする。それは人を大きく変えてしまう。一回りも二回りも人格が大きくなる。かかる費用は大きいが得られることも大きい。

           アラモアナセンター(2006年1月)
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2008/6/25

不謹慎だが  
 サミット当日の道路規制を調べてみた。札幌市内も6日から道路規制がかかる。(参照:http://www.police.pref.hokkaido.jp/info/summit/onegai/konzatu/chirashi-01.pdf)市民ギャラリーはかろうじて規制外ではあるが、1〜2丁先は規制されている。テロ防止なのか具体的な日程は公表されていない。まあこの期間はそちら方面へは立ち入らないのがベターだろう。だが書道展には行かなければならない。大きな混乱がないことを祈りたい。
 キャンビー公演は、不謹慎な言い方だが9・11テロのお蔭で助成金が貰えたところがある。テロ事件以後、海外への渡航は厳しかった。北海道文化財団には海外への文化活動を支援するシステムがあった。だがこのテロでその活動を中止した文化団体が多かった。申請団体も少なかったことになる。そしてオレゴン州はそれほど厳しい地域ではなかった。姉妹都市提携15周年の記念講演の助成申請はそんななかで対象になった。聞けば総予算はそれほど大きなものではなかった。その中での対象団体になったのはラッキーだった。そして厳しい財政の町も出さざるを得ない状況になったのだ。
 様々な状況の中でキャンビーに行けたのは、行こうとする強い意志だった。それがなかったら、テロ事件発生でその志は癒えていたかも知れない。そして今の活発な栗沢太鼓もなかったかもしれない。それは偶然がいくつも重なった産物だったのだろう。
 テロ事件で痛ましい人達が亡くなった。アッカーマン中学校にはビルの残骸が碑として中庭に作られていた。それだけアメリカでは衝撃的な出来事だった。そして片田舎のキャンビーにもその精神が伝えられていた。のんびりした日本とは根本的に違うと感じた。それが良い事か悪いことかは解らないが、目には目を繰り返していたならば永遠に平和は訪れないと思っている。
 太鼓が演奏できることは幸せなことだ。

            中庭にあった9・11テロの碑クリックすると元のサイズで表示します
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2008/6/23

感情の絆  
 太鼓衣装はほとんどをネットで購入している。それまでは地元の呉服店等で購入していたが余りにも価格差がある。運賃を掛けても価格は安くなる。注文した3日以内には手元に届く。ただ正確なサイズを加味しないと、サイズが合わなかったりするトラブルともなる。今までは予想内で終わっている。
 先輩達が購入していた時代は財政状況もよかった。会から補助金を出して衣装を購入していた。しかし、合併してからはそんな余裕は一つもない。子供達の衣装は使い回しし経費負担を極力押さえることにした。しかしメンバーが増えるとそれも限界になってきている。使い回しが出来ないものは個人負担となる。黒足袋で揃えたいがそれが高価である。子供達は1年毎にサイズアップしていくことになる。過去には白足袋も使っていた時期もあり、黒も白もどちらでもいいようにした。それでも不足となる。
 今足りないのは、女の子用のねじり鉢巻が1本、21cmの足袋が1足、同サイズのセッタが1足である。Tシャツは多めに購入していたので何とか今年は間に合いそうだ。最初のイベントに間に合うように購入したいと思っている。
 衣装を預けてそれっきりという不届きな奴がいる。自分がやりたくて太鼓に入ってきた。そのアシストはしてきたつもりだ。だが突然にこなくなり、預けた衣装も戻さず音信普通となっている奴が何人かいる。信用した私がバカなのか、そういう人間だったのか情けなくなる。しかし、バカといわれても信用を先に考えないとこういう活動は出来ない。信用しなければ信用はされなくなる。裏切られることを前提には物事は始まらない。裏切られても裏切ることは出来ない。・・・人の感情を把握するのは難しい。
 衣装の交換は感情の絆も作っていくことになると考えたい。
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2008/6/22

楽しみなスタート  
 朝、書道展の事務局長から電話が入る。最終の打ち合わせだ。2週間後と迫った。
 朝の出発は余裕を持ってスケジュールを組んだ。サミット開催中で交通事情がどうなるかは当日でないと解らない。何もないことを祈りたい。
 『北饗祭』の団体演奏は、スケジュールに支障がない場合のみお願いすることにした。いつも練習に来る小2〜中2のメンバーで構成した『雄飛』とした。時間調整した曲となる。一番自信曲がいいだろう。大人を抜いたメンバーでの挑戦となる。出来るならば演奏したいものである。
 イベントは天候しだいだ。この日も好天であってほしい。悪天候は何倍もの労力となる。そして人の集まらない寂しいものとなる。
 農業祭はよくその悪天候に見舞われた。水害が起こって中止されたこともある。やぐらの上にテントを上げたこともあった。水浸しの会場で踊り手たちはずぶ濡れになって踊っていた。そんな経験は1度や2度ではない。今年も昨年の様に好天であってほしい。いい祭になっただけに、そして25周年を祝う為にも、更には遠くからこの日のために戻ってくるメンバーの為にでもだ。
 今年のシーズン初めは札幌となった。札幌での出演も久しぶりだ。それが書道展というのも面白い。こういう経験は初めてなのはもちろんだが、二度とない経験ともなるかもしれない。そんな経験が出来るメンバーは幸せである。いつもの練習の様に一生懸命打つ姿を、そして楽しんで打つ太鼓をしてくれれば満足だ。きっとみんなの太鼓は成功へと導いてくれるだろう。楽しみだ。
 
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2008/6/21

楽な気持ちと判断  
 佐〇間さんが久しぶりに顔を出す。みんなの上達に驚いている。練習も子供盆踊りから始まり多彩に消化していく。時間はあっという間にすぎる。そして休憩はレクレーションだ。子供達のタフさには驚く。
 幼いメンバー達のチームも形が出来つつある。ただ、音が出せない分、屋外の演奏は見劣りもあるだろうが、今のチームは今年が完成品ではない。衣装が毎年小さくなるように、太鼓も1年1年大きな太鼓に育っていく。じっくりと経験を積み技術を積み重ねて、卒業していったメンバーに早く近づき追い越していってほしい。それぞれに与えた今シーズンの目標は、それぞれに達成しつつある。来月からはそれを披露していく期間となる。
 朝、佐〇間さんから出演依頼がきたという突然の電話があった。今月の日曜日では動きようが無い。メンバーの大半は部活と重なっている。今の予定しているイベントも早くからみんなに連絡して調整をしている。そのスケジュールに追加は現実に厳しいのだ。「学校活動を優先する。」子供達にはそれを伝えている。みんなは安心して結論が出せる。それが方針なのだ。その方針を変えることは子供達に不安を与えることになる。不安が無い活動をする為には念入りなスケジュールを練って出来るだけ早い時期から情報を伝えなければならない。それが気持ちを楽にした活動となる。
 活動を継続していくからには、楽な気持ちで打ち込めれる環境が必要だ。それは厳しさとは別物だ。出来るだけ多くの情報を与え判断は当人や家族がする。希望はしても強制は絶対にしない。日本の社会は、それが出来ない人間が多い。全てを指示されなければ行動できない、判断できない人が多い。結局はうやむやで終わるケースとなる。
 毎回のイベントの出欠を必ず取る。本人が納得尽くめでなければいい太鼓にはならない。楽しい太鼓にはならない。本人の踏ん切りも生まれない。
 自分に判断を委ねられる。それは逆に厳しさとなるのかもしれない。
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2008/6/20

衣装が歴史を物語る  
 7月からの太鼓シーズンを迎え衣装の確認をしてもらっている。みんなそれぞれに成長して去年は良かったサイズも合わない者もいるだろう。経費や自己負担を抑える為に衣装は使い回しをしている。子供達の赤半纏は20年物となる古さである。そして大人半纏も10年を超える。
 歴代の先輩達が着込んだ衣装は、色もあせている物もある。しかしそれが歴史のある味となっている。華やかな新しい衣装に変えても成長する子供達はすぐにサイズが合わなくなる。また更新では大変な出費となる。お古や多少のサイズが合わなくても我慢して着る気持ちも育てたい。先輩から後輩へ受け継がれる衣装は、みんなの緊張して打った汗や涙をも受け継ぐことになる。それは技術とともにである。
 スキーウエアーを2年ごとに更新していた。華やかなウエアーがゲレンデを舞っていた。毎年の様に流行が変わり競うように買い換えたものだった。その額は半端なものではなかった。よさこいも毎年衣装を新調する。見たくれも大切なかっこよさなのだろう。
 だが太鼓はそんな競争の中に入り込みたくない。確かな技術があれば、みすぼらしい衣装を着ても人は必ず評価してくれる。見たくれよりもしっかりとした行動と技術が大切だと思う。
 今年も赤組と青組、大人組の衣装が会場を沸かせてほしい。
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2008/6/19

目先を追って・・・  
 幼稚園から汽車通をしていた。ランドセルには定期券が付けられ、毎朝同じ時間の汽車に乗り、帰りも同じ時間の汽車で帰った。民間のバスが運行され便利も良くなった。しかし、定期券の料金は3倍近かった。親達がそれを補助してほしいと町に折衝していたことを憶えている。しかし、ほとんどは汽車で通学し時間が合わない時だけバスを利用していた。今の料金はその頃の料金の10倍である。10数両が連なっていた列車は今は1両、それも人はまばらだ。30分於きのバス運行は通勤通学時間以外は1時間於き位に減った。ほとんどが車を使う時代だ、利用することも年に数回しかないのだからそうなってしまう。バス停までは1分、駅までは3分の距離と便利のよい環境にはある。都会では絶好の場所だが、この田舎では何をするにも車は必須アイテムとなる。
 だが、年寄り達が困っている。地域にあった商店は採算が合わず店を閉じた。車の無い年寄り達には、惣菜などを調達するのに便利が良かった。しかし、ほとんどの人は品揃えのいい市街の大型店舗を利用するようになった。商品を揃えても売れ残っては採算割れを起こす。品数を減らす。利用者が減る。そんな繰り返しとなる。だが車が使えなくなった時に困ることになる。
 スタンドが近くにあれば、燃料を入れにいく無駄な燃料を使わなくてすむ。安いスタンドで燃料を入れにわざわざ遠くまで行く。それは逆に無駄な燃料を使うことになる。そして近くのスタンドが閉鎖を招くことになる。
 子供の頃は不便だった。寒い中をバスが繰るのをじっと待っていた。今は僅か数分の距離もエンジンスターターで余熱をかけて暖かい車で移動する。折込を見て卵が安いとわざわざ出かけていく。エコを叫ぶ現代、考え直すことがまだまだいっぱいありそうだ。不便だった時代を知っている我々は元に戻ることが出来るかもしれないが、現代っ子は果たして出来るだろうか。いや我々も元には戻れないかもしれない。
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2008/6/18

書道展、情報  
 練習前に書道展の関係者が来てくれる。コラボ用のVTRを見ながらの練習風景の写真をわざわざ持ってきてくれた。8名の予定だったコラボメンバーは6名に変わったそうだ。クリックすると元のサイズで表示します
   ビデオを見ながら書き込む練習

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   コラボを組む6名のみなさん

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   練習の全体風景

 当初、録音だけとの要望だったが録音とビデオを収録してカセットとDVDで人数分を渡した。せっかくのこの機会を成功に導きたいという気持ちを込めた。お互いが満足にいくものになってほしいと思う気持ちだ。
 今回のおかげで『栗沢の四季の春』を練習するきっかけとなった。小規模なメンバー編成を組み5曲を演奏できる機会ともなる。それはメンバー達が自立していく過程となる。ありがたい経験となる。だが残念なのは連れて行けないメンバー達だ。これも成長の過程である。全員がエースになる目標は変わらない。成長とともにこういう未知の部分に参加させていく。そして一人でも多くのエースを育てたい。
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2008/6/17

神を憎みたい  
 町内会の会計を務めていたが任期途中に会長になった。隣人の会長が癌の宣告を受けた。摘出手術が出来ない状況だという。会長代理を申し出た。
 今年の2月、肉親が癌の摘出手術をした。以前に胆石を取り出した手術を受けていた。その定期の検査でたまたま見つかったものだった。十二指腸とすい臓をつなぐ入り口に癌があった。それは大手術ではあったが初期段階のものだった。だが、十二指腸・胆のう・すい臓の一部・胃の一部を切り取った。病名はすい臓がんだった。全ての腫瘍を取り除き、今はその転位を防ぐ為の抗がん剤を定期に投与しに通院している。
 隣人も同じすい臓癌と診断された。だが、自覚症状まで進んでいた。お腹が病み診断してそれが解った。他の部位にもそれは転位されているという。手術の出来ない状況になっていた。本人は明るくその事を話してくれた。『何も心配しないで養生してください』という他無かった。
 肉親の病状に心配してくれていた。それが今は逆どころの話ではない。ここ数年、隣人には何度も助けられてきた。これからは延命の為の抗がん剤を射ち、病気との闘いとなる。
 手助け出来ることは何でもしたい。少しでも延命してくれることを祈りたい。誰からも憎まれないそんな人間が、そんな病気になったのは神様のいたずらか。そんな神をにくみたい。
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2008/6/16

純粋な気持ちで  
 力強くダイナミックな太鼓が目標だった。だが、力の無い小さい子や女の子だって太鼓をする権利はある。筋肉もりもりなパワーのある太鼓が最終の目標ではない。そういう分野もあると考えたい。
 小さい子だって、パワーが無くたって魅力のある太鼓は打てる。パワーが無ければ技術や表現力を磨けばいいしメンバーを増やして組めばいい。或いはアイデアを出して奇策を考えればいい。そう考えれば太鼓というものが無限に広がっていく。
 力強いダイナミックな太鼓は、今の幼いメンバーにも受け継がれている。力が無くてもがむしゃらに打つ姿こそ力強さを感じる。その姿は、きっと多くの観衆にインパクトを与えるだろう。上手い下手を超えたものでもある。
 25年の歴史の中に今の太鼓チームはある。その歴史が数多くの曲や今の技術を生み出している。それは継承された部分だけではなく、代々のメンバー達が創り出してきたものでもある。そういう積み重ねがこんにちのメンバーにも活かされている。今のメンバー達が頑張っていることは、代々のメンバー達もきっとうれしいはずだ。
 今のメンバーには、伸び伸びとした活動をしてほしいと思う。大人の嫌なしがらみに翻弄させたくない。純粋な気持ちで好きな太鼓を打ってほしい。その環境を作っていくのは私達の役目だろう。
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