2008/8/31

挑戦できるコンクールに  
 今のメンバー構成でJrコンクールに出場していいものか。今のコンクールは全国大会の予選会である。高校生以下の15名枠のメンバー構成で行われる。これは全国大会に準じたものではある。しかし審査は全国大会に準じたものとは思えない。
 上が中2、下が小2までのメンバー構成で他のチームとは現状では戦ってはいけない。高校生が何人も入った大きなチームや太鼓だけに専念するチームとは戦う前に結果が出ているようなものだ。今のコンクール方法では出場チームも限定されていくだろう。決まり事だからこれは仕方の無いことではある。しかし、管内の太鼓レベルはこれでは上がっていく事は出来ないだろう。小さな子供のメンバー構成や少人数でも出場する価値を作っていかなければコンクール自体も開催が出来なくなることにもなる。このルールは余りにも大枠すぎる。そして出場チームも限定される。
 幼いメンバーや少人数のチームでも手が届く可能性や目標が必要だ。それは全国大会の予選会だけと考えたら全く無意味ではある。しかし、出場することは子供達を大きく進化させていくチャンスである。ただ祭りに出演することとコンクールに出場することでは全く違う経験であるからだ。
 太刀打ちが出来ないコンクールに幼いメンバーを出場させるわけにはいかない。出場し挑戦できるものがあるのであれば、可能性のある目標があるのであれば考えは別となる。
 支部の全チームが、或いは多くのチームが出場できる新たな枠組みを作る必要もあるだろう。そして全国大会で通用するチームを選抜できる予選会ともなってほしい。
 
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2008/8/30

後から入った身だが  
 栗沢町時代、栗沢太鼓は社会教育の組織の一つであった。それが市町村合併と同時に栗沢太鼓は単なる愛好者のグループに位置づけられた。地域の活性化と青少年の育成を目的に誕生した太鼓チームは行政に見放されたわけだ。大きな社会変化の中でもがいている状況なのだ。
 行政とのパイプは太鼓チームを網羅している〇〇連しかないのである。その〇〇連の考えが行政とどう関わって行くかで市内の太鼓チームの存在は大きく変わることになる。
 昨日、その〇〇連の会議があった。今年になって始めての会議である。昨年から〇会も開かれていない。どうなっているのか疑問であった。後から入っていった団体ではある。しかし、言うべきことはいった。『なぜ〇会が無いのか?なぜ〇報告や〇査を行わないのか?そんな団体は組織ではない。私達と行政とのパイプはこの団体しかないはずだ。その団体がこんなことをしていてはただの太鼓の集まりにしかすぎないのではないか。行政としっかりパイプを結べるしっかりとした組織にしていただきたい』と。
 ただ演奏会を開く、ただ交流をするではこの会が持つ目的が全く違うのではないか。今の現状がどうなのか。ほとんどのチームが子供達のチームである。その子供達に太鼓を通し様々なことを教育しているのだ。それが単なる愛好者の集まりで終わっていいのだろうか。その理解を行政に働きかけるのが大きな役目であるべきだ。それが市内の太鼓チームを集めて組織している大きな目的ではないだろうか。
 今、市の施設を借りて練習をしている。町の時代は全く無料だった。それが合併と共に年間35〜6万円の使用料を払っている。会の財政状況は絶えず厳しい状況なのだ。だが、スポーツ少年団が使用するとその使用料は完全に無料なのだ。同じ子供達なのに、社会教育をしっかりしてやっているのにどうして行政はそんな差別をしているのだろうか。疑問しか残らない。『やめれ』と言われているようなものだ。
 この考えを何とかしなければ太鼓は潰れて行く道しかない。今の組織が変わらないのであれば去る道も考えなければならない。子供達を育てる役目はこの会に入っていなくても別の道もある。目標も目的もいっぱいある。大人達の我や見栄に付き合ってはいられない。
 変わっていってほしいと思う。いい方向に考えを変えていってほしいと思う。その為ならば微力だが手助けはしたい。それが出来ないなら考える余地は無い。
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2008/8/29

主役中の主役  
 夕べ、農業祭の実行委員会から呼び出された。三役などの主だったメンバーでの今年の祭りの反省会である。その中に組み入れられた。挨拶どころか先にビールが注がれ焼き鳥と刺身の簡素な反省会だった。しかし終始にこやかで祭りの話題が尽きなかった。
 岩見沢市の中で農業祭は祭り作りのモデルケースとなっている。それは祭りの全てが街の人達の手作りで作られているからである。多くの祭りはプロダクションに委託したりプロの司会者や芸人を集めたり花火を上げたりという形である。この祭りの発端は行政が主導で誕生したわけではない。当時の農協青年部がこの祭りを作り上げた。青年部員が減って、一時この祭りは行政に預けられた。しかし、市町村合併と共にまた街の人達がやる祭りに戻ってきたのである。祭りのスタッフは全てボランティアで行っている。その成り立ちが今日の祭りの原点にある。
 話はつかず2次会に延長した。まずかったところはいっぱいあった。でもそれはほんの小さなことで祭りの本質を狂わせるものではない。予想以上の仮装の参加で受け付が大変だったことや。子供盆踊りに集まった子供達も毎年増えていることや、アームレスリングのことや・・寒くてビールが売れなかったこと・・・。それはうれしい悲鳴であったり笑い話となった。
 実行委員長に話した。『この祭りのいいところは、のどかな田舎の癒しの祭りでいいのではないだろうか』『そうだなあ』という会話だった。ステージは地元の園児だったり子供達であり、老人達であったり、青年だったりする。それぞれにこの祭りの主役達となる。
 栗沢太鼓のメンバーはこの祭りには無くてはならない存在なのだ。主役中の主役なのだ。そして一番この祭りを楽しんだ者達かも知れない。


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2008/8/27

祭りの火  
 農業祭が終わっての始めての練習である。2学期から水曜日の練習は小学生は8:30までにと決めた。土曜日の練習は今まで通り9:30までの自由参加とした。太鼓が好きでついつい遅くまで練習して、次の日の学校に影響が出ている子がいると聞いたからだ。学校に部活に太鼓では子供達の負担は大きい。その3番目の太鼓が1番目の学校より優先させてはならない。親や本人が決めることかもしれないが、あえて会として決めさせてもらった。
 今日の練習からまた基本の練習を取り入れた。基本のリズム、基本の運動を練習してレベルアップにつなげていきたい。そして体力・筋力がついた上級生には更に上級の太鼓を目指したい。
 農業祭の感想を聞いた。楽しかった人・・全員。きつかった人・・3分の2。手に豆ができた人・・3分の1。
 緊張もしただろう。長い盆踊りは身体もきつかったと思う。それでも最後まで音を上げないで打ち続けてくれた。そして全員が楽しかったと聞いてうれしかった。この祭りは幼いメンバー達に魅力となって映ったはずだ。
 親をはじめ家族中が子供達の太鼓を見に来てくれた。一人一人を紹介されて誇らしくも感じただろう。そして立派に演奏や盆太鼓を打ってくれた。子供達の晴れ舞台ともなった。
 地方へ卒業していったメンバー達も集まってくれた。そして楽しんで太鼓を打ってくれた。子供達の目標の打ち手達だ。その太鼓は無言の教えともなっている。今日の練習にも更にという気持ちが見える。先輩を超える打ち手達がこの中から何人も生まれるだろう。地方へ行ったメンバー達も帰ってこれる理由ともなる。そういう祭りの火は消してはならないと更に思った。


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2008/8/26

心の祭り  
 祭りの後始末の清算に走る。『ふれあい宵祭り』も予算を増やしてくれた分、大きな出費をしないですんだ。はじめてやった『ビール販売』はあいにくの寒い天候で苦戦したが、他のビールコーナーよりは善戦したようだ。協力してくれた父兄の苦労が少しは報われた。大きなお金とはならなかったが価値のあるお金である。ただ消化するお金にはしたくない。
 大やぐらを使い、市民センターの教壇をステージにした演奏会は良かったように思った。何より太鼓の音が響いていた。まさしく『大地の響』だった。一番上に設置した締太鼓を修〇と雄〇が打ち始めた途端に拍手が来たのは予定以上だった。2年生のサポートに育〇を真ん中に置いたのも正解だった。低学年にはなるべくやさしいリズムにして高学年には見せる太鼓も入れた。このメンバー構成では、精一杯だった。
 1年生の姫〇から集まってくれたメンバー全員で演奏会が出来たのはうれしかった。メンバー紹介も自信をもって全員を紹介できた。『和気あいあいで・・・』が栗沢太鼓なのだ。その中で切磋琢磨してみんなで上達していく。『自分一人が・・・』という考えはご法度である。
 盆踊りも集まった4チームの全員が一つになって乱れることなく打ち続けてくれた。沢山の仮装を見るのも楽しみだが、大やぐらの太鼓を見るのも楽しみで観衆は集まって来ている。広い芝生の真ん中に大やぐらがあり、大きなスペースの周りを沢山のテントが囲む。ダイナミックだけど、どこかのどかで、そして見あきない。癒しのある盆踊りかもしれない。
 このお祭りはこれからも廃れないだろう。仮装に参加する人達がこのお祭りを楽しみに仮装してくる。それを見ようとする人達も沢山集まってくる。老人達が厚着になって敷物や椅子を持って早い時間から陣取っている。ただ、賞金だけでなくてそれ以上の魅力を作ってきたのかもしれない。
 主催者としては、そんな祭りを盛り上げる参加者・観衆に更に魅力を提供していくことが大切だろうと思う。それはただお金を投じることではない。祭りを作り上げる人達が前向きな気持ちを持った暖かいものを持っていることだと思う。
 時間通りでなくても、参加賞が足りなくなっても、音響をしくじっても、下手糞なアナウンスでも・・。そういうチョンボがあるのが田舎の祭りなのだと。そして手作りの祭りなのだと。それが魅力なのではないだろうか。
 デジタルの時代、せめて祭りはアナログの真空管の祭りであるべきだ。それは心の祭りでなかろうか。


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2008/8/25

祭りが終わり・・・  
 祭りが終わり、何となく気が抜けた。25周年の『大地の響』もその後の『子供盆踊り』『大仮装盆踊り大会』も自分が考える以上の盛会さだった。そしてメンバー達もよく頑張ってくれた。今やれる最高の力だっただろう。
 応援に来てくれた3チームのメンバー達は楽しめただろうか。始めて来てくれたあ〇ね太鼓のメンバーも締太鼓を打って頑張ってくれた。
 やぐらの準備にも沢山の応援が来てくれて助かった。民謡の人達も頑張って歌ってくれた。審査員もいい審査をしてくれた。受付を担当してくれた本部にも頭が下がる。副賞を提供してくれた人達、太鼓を貸してくれた幌〇太鼓、父兄の協力と沢山の人達がこの事業を支えてくれた。そして何よりも踊りに集まってくれた子供達、仮装の参加者にお礼を言いたい。参加してくれる人達がこの祭りを盛り上げ、多くの観衆を呼んでくれている。
 苫小牧の叔母が親戚が仮装に出るのでわざわざ見に来た。帰り際に『いい物を見せてもらった。来年はお父さんも連れてくる』と興奮していた。そういう感想が更に広がって人が集まってくるのだろうと思う。出来るならば参加してくれる仮装のみんなに賞金を出してやりたい気持ちだ。しかしこれだけは予算があってどうしようもならない。
 メンバー達も更に練習に励んでくれると思う。盆太鼓の醍醐味を残していきたいものだ。

              参加してくれた打ち手のメンバー達
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2008/8/24

楽しい祭り  
 寒い2日間の農業祭だった。だが雨が降らないのが幸いだった。それでも沢山のお客さんがきてくれた。そして沢山の仮装も参加してくれた。
 団体の部が18チーム、個人の部が35人と会場は今年も華やいだ仮装であふれた。その仮装を見ようと開始前から椅子や敷物を用意して沢山の見物人であふれた。踊るスペースを作るのに会場を2回まわって後ろに下がってもらった。打ち手達も栗沢太鼓・幌〇太鼓・豊〇太鼓、そしてあ〇ね太鼓の若いメンバー達が24台の太鼓を打ち鳴らしてくれた。
 夕方から風がやみ、踊り手も打ち手も歌い手もそして見物する人達も大仮装盆踊り大会を堪能した。どの人たちも寒さを忘れて楽しんだ盆踊りとなった。
 仮装には地元だけでなく近隣町村や遠くは深川・滝川・江別・恵庭など広い範囲から参加してくれた。特に今年は個人の部の参加が多かった。それはここ何年かの傾向である。個人の入賞の範囲を広げていく事も考えていこうと思う。しかし、予算は限られている。来年の課題である。
 入賞した仮装は今年もどれも見事だった。賞金を考えない位の経費をかけているようにも見受ける。その情熱を感謝したい。
 今年の大仮装盆踊りも大盛会であった。この祭りは私達のわがままで始まったことではある。その我がままを子供達に繋げて行きたいと思う。太鼓をやって張り合いがあり楽しんで出来るものでありたい。それは祭りの本質だ。楽しいから人が集まる。楽しみがあるから祭りとなる。


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2008/8/23

25周年演奏会  
 農業祭初日は寒い日となった。風の強さが肌身にしみた。しかし、夕方からその風が止んだ。25周年の演奏会には大やぐらの前に沢山の人達が集まりだした。20台の教壇で作られた第1層、やぐらの1階が2層、そして2階が3層となる3Dステージは思った以上に音が響いていた。
 メンバー達も自信に満ちたすばらしい演奏をしてくれた。1曲目の25周年記念曲『大地の響き』は街の人達には初披露の曲だった。小・中学生だけの演奏だったが見事にやってのけた。
 2曲目の前に出演メンバーを紹介した。一人ずつたくさんの拍手を受けた。2曲目の『雄飛』は来ているメンバー全員が参加した。それぞれに伸び伸びとした演奏をしてくれた。一人ずつのソロにはそれぞれ拍手をもらった。
 みんな上手になったと感じた。見に来てくれた家族も目を細めただろう。栗沢太鼓が頑張っていることを街の人達に伝えれた。幼いメンバー達、そして駆けつけて来た先輩達。祭りをやってその繋がりは絶えることはない。
 25周年が我がチームだけの、そして僅か30分余りの記念事業だったが価値があったものになったと思っている。そしてメンバー達は更に太鼓が好きになってくれただろう。


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2008/8/22

祭り前夜  
 星野JAPANは負けてしまった。プレッシャーに押しつぶされたのか。
 男子400mリレーが銅メダルを取った。快挙だ。感動した。
 朝から祭りの会場作りをしてきた。午後から10人位の青年部や農〇協から助っ人が来て大やぐらは組み立てられた。明日は朝から化粧され着飾る。太鼓の打ち手達の晴れ舞台となる。
 天候は良さそうだが気温が低い予報で少し残念である。でも楽しいお祭りとなるだろう。お客さんは少し厚着をして暖かい格好で出かけてくれればと思う。
 祭りの前の日の練習。皆の気持ちも高ぶっていた。失敗しても思い切りのいい太鼓を打ってくれればと思う。5時半から仮装の終了する8時半まで、長い夜となる。みんな頑張れるか・・・。
 25周年の歴史はこの長い夜の歴史だ。雨の中だったり、寒い夜だったり、時には暑い夜もあった。どんな時も太鼓を打ち続けた。若いメンバー達がその歴史を引き継ぐ。汗をかいて、手に豆を作って打ち続けてほしいと思う。頑張れ!メンバー達。
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2008/8/21

公平な大会  
 勝利の女神は日本だった。昨日からの日本ソフトチームは凄い試合を3試合続けた。上野投手の3試合連続完投。完璧だったアメリカチームの投手を打ち砕いたのは見事だった。壮絶な3試合を戦った選手達の表彰式は3チームともさわやかだった。全てをやり尽くして戦った日本・アメリカ・オーストラリアの差は全く無いに等しかった。ただ勝利の女神が日本にちょっと味方したに過ぎなかったのだろう。同じ時間に始まった『なでしこJPAN』は女神から見放された。残念。
 『大仮装盆踊り大会』を開催した3回目の大会。それまでの2回は地元の仮装チームが2連勝した。3回目は地方の仮装チームが優勝を飾った。地元のその仮装チームからクレームが来た。『なぜ地元を優先しないのだ』というクレームだった。他の街の仮装盆踊りは地元が必ず優勝しているという話だった。
 第1回目の開催から審査員に渡す審査用紙にはナンバーと作品名・人数しか記されていない。地元優位の審査をしてしまったら他町村からの参加は減少するに決まっているからだ。あくまでも作品の優劣を競うものにしたかった。公平でありそしてレベルの高い仮装作品が集まってほしかった。それが観衆を集め活力のある仮装盆踊りとなっていく。そのやり方は正解だったと思っている。様々な地方から沢山の仮装チームが集まる。中にはこの仮装を夏休みの自由研究にする子供達もいた。それは親子・兄弟の共同作品だった。この大会に向かっての家族の取り組みにもなっている。そんな人達が参加する仮装は誰が見ても納得する順位であるべきだ。
 仮装の受付をして、余りのレベルの高さに辞退して帰っていった人もいた。それだけレベルの高いチームや個人が集合してくる。毎年その仮装を見るだけでも楽しみである。(昨年の大会の入賞チームはhttp://www.geocities.jp/kurisawataiko/daikaso.htmlに写真を掲載してある。)
 さて、今年はどんな仮装が集まってくれるか。今日、親戚から電話が来る。仮装に出たい親戚筋があり会場と時間の問い合わせだった。
 この大会は確実に浸透していっている。そして農業祭のメイン事業にもなった。主催事業に乗り出したのは発足15周年の年だった。そして今年は発足25周年である。新たな1ページなのかもしれない。

               昨年の優勝チーム
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2008/8/20

最後の夏  
 今日は幌〇の最後の盆踊りだった。20日盆のこの日が一番の賑わいとなる。太鼓の打ち手達も地元の他に4チームから応援に来ていた。ここ数日、日毎に夜の気温が下がっているのが気がかりだ。昨年の暑い夏とは違い過ごしやすい夏となった。いよいよ3日後が農業祭の盆踊りとなる。本番近しである。
 明日から日曜日までの天気予報は晴れマークが続くが夜の気温が低い予報なのが気になる。打ち手達や踊り手達には調度よい気温になるかもしれないが、見に来る人には厚着して来てもらはなければならないかもしれない。ただ、雨だけが無いだけでもよしとしたい。雨予報が無いだけで安堵な気持ちでいられる。
 何度もの農業祭の開催で、何度もの雨の中の開催が会った。時には大嵐に見舞われた時もあった。他の催しが軒並み中止になってもあきらめなかった。やぐら周りにテントを建て太鼓を配置した。でも、開催途中から雨がやみ1台1台太鼓をやぐらに移していった。踊り手達はずぶ濡れとなりながらも踊ってくれた。そんなひどい雨の中の開催が3度ある。普通の盆踊りには考えずらい事だろう。でも、それは開催した。語り草となる盆踊りであった。
 出来るならば、最高のコンディションで祭りを盛り上げたいものである。暑い夏とはならなかったが、メンバー達には暑い最後の夏になってほしいと思う。最後の盆太鼓を思う存分打って、最後の夏を満喫してほしい・・・。
 
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2008/8/19

祭りの原動力だ  
 毎年農業祭後に何名かの子供達が入会してくる。大やぐらの太鼓を見て憧れて入ってくる者達だ。
 農業祭は栗沢の街の最大のイベントでもある。そして栗沢太鼓でも1年間の中で最大の目標である。メンバー達が街の人達にいいところを見せられる最大のイベントである。それは太鼓をやっていることが家族や近所の人達に誇れる場となり、『やりがい』を持てる場となってほしいと思っている。
 それが農業祭の最大の目標である。『やりがい』をもって行動することは積極的で前向きな気持ちを持つことになる。この気持ちを持ってもらうことが一番大切なことである。その気持ちは祭りを輝かせ・光らせる原動力となる。
 いやいや仕方なくやる事と、前向きに積極的にやる事とは全く別物となる。行政が中心だった頃の祭りと昨年からの自分達でやる祭りの大きな違いといっていい。
 自分達が祭りの中心を担う。その心意気が栗沢太鼓の原点である。『同じやるのであれば、いやいややるのではなくて積極的に楽しんでやる。』それが子供達に伝えてることである。それは先輩達が見本を見せている。いい顔をして楽しんで前向きにやっている。無言の後輩達へのアドバイスである。
 どんなに太鼓が上手でも気持ちが入らない太鼓はただの雑音となる。目を輝かせて、積極的にそして楽しんで太鼓を打ってほしいと思う。それはまだまだ下手糞でも必ず輝いた太鼓となる。そして上達する。


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2008/8/18

オリンピック  
 北京オリンピックも中盤となってきた。前回のオリンピックよりメダルは取れそうもなさそうだ。期待の種目が以外に苦戦している。しかし意外な種目で健闘もしている。開催国の中国はさすがに強い。どの競技でもメダルを取ったりそこそこの検討をしている。このオリンピックに合わせた補強を物語る。
 30年前頃、上海に研修で立ち寄ったことがある。周恩来主席がまだ生きていた頃で、国交が再会してまもない頃である。どこへ行っても『熱烈歓迎』を受けた。しかし、規制された中での行動で質問や写真撮影も制限されていた。街中は薄暗く買い物のデパートも品数は少なかった。人民公社や工業などを見学した。『毛主席のお陰で・・・』が返答の前に必ずついていた。
 少年宮という学校というのか課外活動というのか、そんな施設も訪ねた。小さい子供の頃から文化・スポーツの各分野で英才教育されていた。子供達の希望で選択されているかは解らないが、10億を超える人口の中には才能豊かな人間はいっぱいいるだろうと思った。
 ドキッとした記憶があるのは、陸上競技の中に『手榴弾投げ競技』というのがあった。子供達がその練習をしていた。
 このオリンピック開催で大気汚染をコントロールしたり、水の供給を北京に集めたり、見せたくないところは目隠ししたりとまだこの国は30年前とやり方の本質は変わっていそうにない。この国の動向が日本の経済に与える影響は大きい。このオリンピックが終わった後がどうなるかが気がかりだ。


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2008/8/17

アライグマ  
 天気予報では農業祭は好天の予報である。少し安心している。子供盆踊りの参加賞を100個追加して400個にした。盆踊りなどで練習が前日しかないのが気がかりだ。しかし、これまでやって来た事だし前日の練習で大丈夫だろうと思っている。
 アライグマが町内を荒らしまわっている。まだ我が家の被害はないが隣の家まで近づいている。主な被害はトウモロコシで、収穫間近のものを選び根こそぎ荒らしているというから堪ったものではない。全く収穫できず耕起してしまった家もある。トラバサミを掛けて壮絶な戦闘をした家もあって、1匹をそのトラバサミで捕獲。ホークで刺したが逃亡したと嘆いていた。1〜2匹の数ではなさそうだ。我が池の鯉太郎もこいつらがやったに違いない。何とか隣家で止まっているが収穫間近のトウモロコシが何時狙われるか解らない。困ったものだ。
 この辺には青サギがいなかったが数年前から近辺の大木に営巣しだした。鯉次郎はこのサギにやられた節がある。この辺にサギが移ってきたのはアライグマがサギの巣を荒らしたのが原因と聞く。だがそのサギも最近見なくなっている。
 簡単にペットとしてかいだして手に負えなくなって放した。それが次々に増えてひどいことになりだした。生態系まで変わってくる。年寄り達が楽しみにしていた家庭菜園までが荒らされ最近の町内の話題はアライグマばかりだ。
 さてこのアライグマの天敵はいないのか。・・・人間が一番の天敵か。
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2008/8/16

またゲット  
 このお盆の時期に街に盆太鼓の音がないのはなぜか寂しさがある。14日、16日、20日と毎年幌〇の盆踊りの助っ人に行く。今日も数名が手伝いに出かけた。その手間換えではないが農業祭にも助っ人としてやってくる。
 今日は抽選会を入れた盆踊りで14日の余りにも寂しいよりは人は集まっていた。しかし、楽しんでやる盆踊りにはどう見ても見られなかった。仕方なくやっているそんな感じに受け取られた。踊りも仕方なく、太鼓も仕方なく、何ともそんな感じだった。
 ただ、この抽選会に栗沢太鼓のメンバーの誰かがいい賞品をゲットしている。過去には自転車などの1等を当てた者がいる。
 夏休みで帰省している貴〇が遅れてやってきた。そして憎らしくこいつが賞品をゲットした。ちなみにこれからのシーズンには使いそうにない扇風機だった。私はティッシュ1箱である。
 帰宅後、オリンピックの野球、韓国戦を見る。負けてしまった。ショックを受けてチャンネルを変えると100m決勝を行っていた。凄いレースを見た。9秒69の世界新である。それも後半は遊んでいるような走りだった。異星人か。人間の域を超えた走りだ。怪物である。日本人に出来る芸当ではない。別の人種差別である。今だアジア人は10秒を切れないでいる。このレースだけは体重別ではないが色別でやってもらいたいものだ。
 学校もまもなく始まる。そして農業祭も近づいた。しかし体調を崩している者もいると聞く。早く体調を整えて新学期・農業祭に万全の体調でのぞんでほしいものだ。

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