2008/9/30

太鼓運搬車  
  太鼓運搬車として活躍している〇菱ミニキャブのタイヤが丸坊主である。この軽トラに胴太鼓11台、その台と小締太鼓に鐘やと一式を積んで移送する。1段目に5台の胴太鼓を積み、開いた1台分のスペースに小締太鼓などを押し込む。その上にコンパネを載せ、2段目に6台の胴太鼓更にコンパネを載せその上に斜め台などを載せる。ロープでしっかりとくくりつけての移動となる。路上演奏などは狭い路地も入って行けて重宝である。太鼓台は荷物にならないように全て折りたたみ式に作り変えた。しかし、さすがに大締太鼓などの大物を出す時は2t車か箱車となる。こんなに載せても重量は350Kg以下だろう。
 その夏タイヤは溝も見えないぐらいに減ってしまった。しまいに1輪はエアーも抜ける始末である。12日の演奏会にはこの時期である、この車を出すしかない。移動中にバーストでもしたら大変だと思いスタッドレス・タイヤに交換した。
 全部載せてのブルーシートも用意はしているが、雨天とそして長距離が難敵なのでもある。所詮、軽トラである。 


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2008/9/28

尊重しあって  
 太鼓に興味を持ってチームに入会してきた。そして真剣に練習して曲を覚えプレーヤーの仲間入りをする。しかし、時の流れでその環境はたえず変わってくる。部活、進学、就職・・・・。それはどうしようもない事なのである。
 部活に専念するから太鼓はやめますという子が過去には大変多かった。その子達の結論は尊重した。それは身を削られるような思いだった。その子達が今でもやめないでいたら、それは凄いチームが出来ていただろう。だがそれは彼らが決めたことである。そして部活には勝てない魅力のない太鼓だったのだろうと思う。
 太鼓には部活にはない人を伸ばせていける沢山のものを持っている。音楽的要素、運動的要素、世代を超えた人のつながり、地域社会とのつながり、目的を同じにした協調性・・・。上げれば切がない位のものがある。
 この様々なよさをどうやってメンバー達と共有して活動していくかである。メンバーはチームの1つのパーツではない。どんな小さな子でもそれは一人の人間である。自分の考えや意見をもっているのである。それは尊重しなければならないことである。しかしチームを維持していく為には、全ての考えを全て受け入れるわけとは行かない。それはどこかに歩み寄ったり妥協していくしかないこともある。
 自分の好きな太鼓をしていくには、お互いがお互いを理解し信頼していくしかない。疑心暗鬼になることをできるだけ少なくしていくことである。それは個人の努力が必要になる。


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2008/9/27

リニューアル  
 和鼓連の演奏会に2年生軍団を斜め台で挑戦さすことに決めた。その特訓を今日の練習から始める。この5人の元気集団に期待している。遊び半分な練習に気合を入る。照れも半分あるのだろう。何とか本番で声の出た真剣な演奏ができるようにしていきたい。
 まだ力不足のある小締隊を生き生きとした隊に変身させたい。1年生の姫〇も曲を習得しつつある。自信をもっと持ってはつらつとした演奏となってくれればと思う。3年生以上は更に技術を磨いて、更にエネルギッシュな演奏になってほしい。
 演奏会までは余り期間がない。リニューアルには時間が短いが、昨年の先輩達がいた演奏に少しでも近づければと思う。いや、気持ちだけは負かしたい。
 幼いメンバーとそしてベテランが一緒になって演奏する。そしてそれぞれのメンバーが輝いている。みんながエースである。栗沢太鼓らしい、らしさを思う存分出してもらえれば・・・それでいい・・・。


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2008/9/26

礼状  
 書道展の主宰者自らの直筆で礼状を添えられDVDが送付されてきた。すごい達筆である。読み取れないところもある自分の不甲斐なさを感じ取る。しかし、ワープロではない心のこもった礼状であった。
 5日間の開催期間に1万1千人の入場者があったとの事であった。私達と書とのコラボの様子も編集して映像に入っている。主宰とは会場で挨拶を交わした。きさくに話さられる様子から多くの門下生がいることがうなずけた。道内最大の書道一門の会だという。その書道展の和太鼓とのコラボに栗沢太鼓が参加できたことは幸せだった。
 出演したメンバー達は凄い緊張をしていた。その緊張が大きな達成感となった。そしてそれを準備してきて好評を得られたことがまた大きな喜びでもある。この経歴は、幼い子供達も参加して作った歴史に組み込まれる。
 書道展の参加も今までに先輩達が作ってきた歴史があってこういう話が舞い込んできたのだろう。そしてキャンビーやハワイの海外公演を経験してきてこういう出演にも対応できたとも思っている。この経験は、また新たな分野からの依頼がくることにもなるかもしれない。
 太鼓界の狭い社会から、違った広い世界にでも太鼓が応用できるものを感じ取った。太鼓の可能性を広げていけるかもしれない。


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2008/9/26

時代の変化  
 最近の自分の文章が愚痴っぽくなっているところがある。不満が溜まっているようである。これは自分の悪いところでもある。自分の思うように行かないとついつい言葉に出してしまう。若かりし頃はもっとずばずばと言ってひんしゅくをかってもいた。
 でもそういう人間がいないと変わっては行かないと思うのである。自分の考える思いはメンバーのことである。今のメンバー達がいかに目を輝かして取り組んでくれるかである。その為の言いがかりなのである。それだけうちのメンバー達のことを考えていると受け止めてほしい。しかし、他のチームにはありがたくないことかもしれない。
 太鼓をやっている打ち手達はみんないい人間になってほしいと思う。それは自分のチームのメンバーだけではない。〇〇連のメンバーや〇地のメンバー達でもである。その為の組織になっていってほしいと思うのである。それがついつい不満を言ってしまっているのである。役員は一生懸命やっているのである。それは解っているのだが、悪い癖の意見を言っているのである。でもそれはいい方向に向かってほしいという事と理解してほしいと思う。
 ただ、これだけは変えてほしいことがある。それはワンマンなやり方であり権力を行使するような考えである。これは全く醜いのである。そして不快なのである。力のある者は爪を隠してほしいのである。そして若い指導者達のアドバイザーになってほしいのである。
 時代は変わっていっている。地域を活性化さすと立ち上げたものから、地域の子供達を育てる役目に変わったと思う。それは活動の目的や方法が変わって行っているのである。それは地域のニーズなのである。事業の為にチームがあるのではない。メンバーの為にチームがあり事業があるのである。それは大きな時代の変化である。


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2008/9/24

新しい発想  
 新しいものにみんなが挑戦し始めた。それは我がチームの方針でもある。与えられたものをこなすから、自分で考え創り上げていく。自由な発想と創作力を作っていく。それはちょっとしたことでもいい。考えることが大切なのである。・・・脳ナンカ症で発想能力がないおじさんでもあるからだが・・・。
 先輩達はみんなそういう方針で自分の曲を作り上げてきた。そして自信にみなぎる演奏をしてきた。今の子達はそんな先輩達から継承されて、そして編曲を重ねて自分のものしている。更に欲を子供達には期待したいのである。
 『雄飛』の基本リズムを変えた。それは時代にあったものに進化させたかったからである。よりスピードがあり、より乗りやすいリズムにである。それは成功したと思っている。幼いメンバー達がこの曲に参加できるようになった。曲時間の短縮ができて時間調整が容易になった。そして更には応用が可能なリズムが増えたことである。それは演奏するメンバー達の魅力を増したことにもなる。
 与えられたものから自分で創っていくもの。そういう考えを若いうちから作ることは未来の可能性が沢山できることになる。一人の人間ができることはしれている。沢山の頭があったら沢山の可能性が生まれる。それは年齢ではない。幼いメンバーでも、いや若い頭だからおじさん達の発想を超えたものが生まれるだろう。そういう脳力を出せる環境にしていきたいものである。


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2008/9/23

普及とブーム  
 ス〇ーは個人の競技である。技術認〇制度はその個人の競技だからこそス〇ー普及に貢献した。しかし歪みもいっぱいあった。
 まずはス〇ー教程に統一された技術になってしまったことが大きいだろう。斜面を自由自在に滑り降りるというス〇ー本来の醍醐味が失っていった。ス〇ー競技とは全く別物のスポーツを存在させてしまった。それは強い競技プレーヤーを育てることにはならなかった。大衆スポーツが謳歌しすぎたように思う。運動能力のある少年少女達が早い時期に目的の級を取得してしまうとその後の目標を失ってしまっていた。競技と連動できてないのであった。
 普及という目的と運営費用の捻出というバランスが崩れていった。それはス〇ーバブルといっていい現象だった。猫も杓子もというス〇ーがブームを起こした。各地にス〇ー場ができ、高額な新製品が次々に出された。講習会はいつも指〇者不足となるぐらいだった。そしてボランティアで行っていた稼動はブームの中で手当となり、それは講習料のアップともなった。それでも受講者や受験者は減っては行かなかった。しかし、ブームは去るのである。
 普及ということは成功しただろう。それによって毎年、多くの指〇員が誕生していった。それは大量生産といっていいほどだった。バッジを胸に着けるのが目的の者も多かった。そしてそれは指〇員のレベルを下げてもいた。滑れない、教えれない、見る目もない、更には一般常識も持たないペーパードライバーみたいな者達である。
 バブルが弾ける。ス〇ー客は減り、ス〇ー場も次々に閉鎖していく。しかしこれは本来の姿に戻ったに過ぎない。一つのスポーツになったのだ。
 技術〇定が太鼓界に必要なのかいなかは解らない。それを目標とするのも一つの技術アップの手段かもしれない。しかし、その高額な費用を負担させて講習や検定を受けさせてメリットはあるのだろうか。そしてそれがステータスになるのだろうか。
 滑れなくなった今、ライセンスを全て返上した。肩書きを持っていても活動できないのであれば不必要なものである。いや政〇的には残ることもできたであろう。しかし見本を見せれないものが肩書きだけを持っていても後輩達には何の徳もないだろう。『老兵は死なずとも消え去る・・・』か。まだ若いのだが・・・。
 

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2008/9/22

資格が全てではない  
 日〇太〇連〇が技術講習や検定会を行っている。全国組織でそれを統括するには、当然指導者認定・技術認定をしていかなければならないだろう。その為の試験やライセンス制度は持っていかなければ財団として成り立たなくなる。加盟すれば当然講習会や検定会の開催を義務ずけられてくる。新たな事業を起こさなければならないことになる。
 だが受講する受検するのは個人の話である。興味のある者は取り組めばいいだけの話である。ほとんどのプレーヤーはチームに所属してチームの方針や成り立ちで育成されている。そのチームは保存会であったり同好会であったりと様々で、どのチームも個性ある特色を持っているはずである。
 チームの方針は理屈にかなった運動での太鼓である。その中での個性を出せる太鼓と思っている。おそらくは連盟の指導方法とは大きな差は無いだろうと思う。強く打つ太鼓を詰めていけばそう大差はおきないはずである。その為の姿勢・運動となるからだ。
 ス〇ーの指〇員資格をとっても、その日から指導者となれるものではなかった。それからである。何年も生徒を指導し思考しながら状況を判断し、そして適切なアドバイスが出来るようになる。それだけではない。生徒達を飽きさせず集中させることや、生徒のレベルにあった指導方法や対処法など・・・年齢・性別・・・。出せば切が無い位の条件が出てくる。
 そんな指導者は太鼓界にはもう存在しているだろう。ただそこにはライセンスがないだけの話である。ライセンスを持つことは大きな自信になる。そして技術も上がっていく。それは当然である。だが大きな弱点もある。ライセンスを持っているという自尊心が曲がった根性を作り出すこともあるからだ。そんな人間を何人も見てきた。いいプレーヤーを育てたい。だがいい人間も一緒に作りたい。この二つが一つになれればライセンスなど不要だ。
 メンバー達は人に認められたいという意識を持っている。それが意欲にもなっている。そういうチームづくり、人づくり、そして発表の場づくりが必要である。資格という魅力はまた別物である。


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2008/9/21

交流会  
 和鼓連の交流会が茂世丑集会所の体育館で行われた。昔の栗沢太鼓の練習会場である。懐かしく感じた。
 秋の時期では外での開催では寒いだろうとこの会場に決まった。床にブルーシートを敷き新聞紙を敷いてカセットコンロでジンギスカン、お腹が満たされた頃にゲームや自己紹介、太鼓を持ち込んで太鼓も打った。
 日曜日と農繁期で栗沢太鼓からは3人の子供と大人2人と寂しい参加となった。総勢で50数名。小さい子の参加が目立った。中学生は僅かに3人。
 中々チームの垣根は越えられない。大人でもそうなのだから子供達では尚更難しいだろう。でも、互いのメンバーの顔を知ることだけでも発表会などの活動に役立つだろう。他のチームの父兄の参加が多かったことに驚いた。農業が多い我がチームにはこの時期の開催は参加が限定されてしまう。部活で忙しい子達も参加できる時間帯もあるだろう。中学生・高校生・小学校の高学年や若い大人のメンバーなどと分散してする方法もあるかもしれない。今後の課題だ。
 市内にはこんなに沢山の子供達が太鼓をしている。この子達には市の中でもっと存在感をもってもらえるようにしていかなければと思う。スポーツ少年団が練習会場費は全くの無料で市内の施設が利用できる。しかし、子供中心の太鼓活動でなのに全く理解を得ていない。それはこれからの和鼓連の課題だと思う。どう行政に働きかけていくかの窓口はこの団体でしかないだろう。少しずつではあるかもしれないが、みんなの考えがまとまっていってほしいと思う。

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2008/9/20

変化の時期  
 基本の練習、そして曲を一曲練習して各パートに分かれての練習とする。2年生全員が揃った時間に斜め台の練習を入れる。初めての子は二人。変わった事を取り入れると目の色が変わる。いつも簡易太鼓しか当たらない小締メンバー達に小締太鼓で練習をする。気持ちが変わってくる。
 各パートにまた新たな課題や技術をアドバイスする。それは大きな変化ではないが手に入りやすい変化となる。その繰り返しが続きいつの間にか大きな変化となる。技術は積み重ねだ。同じ事をしていては新たなものは生まれない。少しずつ変化を繰り返していつしか大きく化ける。
 『気合』の練習を入れだしてからリズムののりが良くなってきた。そして自信あふれる演奏に変わってきた。まだまだ課題はいっぱいあるが、卒業して行ったメンバー達が抜けた後の挽回がやっと見えてきた。力では幼いメンバーでは太刀打ちは出来ない。しかし、見ている人に感動を与える太鼓は力だけではない。幼いメンバー達がけなげに打つ姿は感動を受ける。今求めているのは、がむしゃらで恐れを知らない太鼓である。そこには迷いや自信無げな姿をしてほしくない。
 何度かの出演を終えて場慣れもしてきた。自信もついてきた。そして意欲も増した。変化を求める一番いい時期である。この時期に少しでも前に向かってくれればと思う。今日も先輩達が刺激を与えてくれた。見る目は真剣である。いい師範者が、いい模範を見せてくれる。目標となるものがそこにある。


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2008/9/19

活動しやすい環境  
 21日に和鼓連の交流会を行う。昨年はクラインガルデンで行ったが時期は夏休みだった。この秋の時期に外の開催では天候によっては開催も難しい。会場の選択に困っていた。昔の練習会場の体育館でジンギスカンをしたことがあった。それを思いだし茂世丑集会所の体育館で行うことにした。
 日曜日は部活と重なり何人集まるか解らないという話はしていた。そして農繁期の時期とも重なる。うちのチームは案の定、少ない参加となる。他のチームも少ない人数である。総勢で50名位だろうか。開催の時期や時間帯などで集まれる人数は何倍にもなるだろう。せっかく開催するならばもっと計画性を持ってしたいものである。
 今の時代、活動を継続するのは並大抵ではない。資金もそうだが構成するメンバーの育成が大きな課題である。活動に大きな魅力がないと新しいメンバーは入ってはこない。そしてメンバー達が自由に選択できる活動も必要だ。部活も出来てそして太鼓も出来る。そういう環境を作らないと子供達は太鼓を止めていくだろう。更に父兄達がその活動を支援できる環境にもならなければならない。
 メンバーの考えるもの、メンバーに必要なものを絶えず模索していかないと活動は困難になっていく。今までの慣例では通用もしなくなっている。柔軟な発想と変化に対応していくおおらかさも必要だ。
 主役はメンバー達である。メンバー達が活動しやすい環境になるようにしていくのは大人たちの役目だと考えている。


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2008/9/18

メンバー達の組織に  
 編入合併した栗沢と北〇は主産業が農業である。当然太鼓のメンバーも農業を職業にしていたり親が農業をしている子供達も多い。それまでの〇〇連は市街地を中心にしていたチームが多い。農業を主産業にしていた地域は太鼓の活動も農繁期をはずして行ってきた。特に主催事業は農繁期には一切行わなかった。
 今年の〇〇連の事業はその農繁期にぶつけてきた。その不満は話した。しかし、聞き入れてはくれなかった。総会も行わない組織である。一部の役員が自分の都合で全てを進めていく、それが我慢できない。お付き合いできることだけでは済まなくなっている。組織で一番大切なのは構成するメンバーである。そのメンバーの意見を集約できない組織は衰退していく。一部の役員で全てを決めていく傲慢な組織は変えていかなければならない。
 長いものには巻かれろ。そんなことではメンバー達に申し訳が立たないと思っている。子供達に言い訳が出来ない大人とはなりたくはない。意見や考えを物申せる団体になってもらわなければ入っている意味はない。
 昨日の高校生達が『子供達は目が輝いていますね』という感想を言ってくれた。それは高校生達にはすごい刺激となっただろう。大好きな太鼓を楽しくやっていく。目標や夢がある。そんな子供達の為の組織になっていってほしいと思う。一つの町の太鼓チームから多くのチームを抱える市のチームに変わった。しかし、求めるものは変わらない。その求めるものを吸収していく組織に変貌してほしいと思う。そこには『目が輝いていますね』という子供達であふれるだろう。

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2008/9/17

取材  
 今日の練習に東高校放送部の取材が入った。市内にある川〇太鼓店が70周年を向かえる。その太鼓店を題した放送の取材だった。製作した太鼓を使っている太鼓チームの感想等のインタビューであった。
 高校1〜2年生4名が列車で栗沢まで訪ねてくれて子供達のインタビューや演奏も収録して行った。太鼓チームの立ち上げから、大締太鼓の製作のいきさつや姉妹都市への海外公演の話などに高校生達は興味心身であった。
 子供達はインタビューに逃げ回っていたが、いざ演奏となると本番さながらで一生懸命演奏してくれた。小さい子が音を外さず演奏する姿に高校生達も驚いていた。
 取材の趣旨とはちょっと違い、『何の為に太鼓をしているのか?』というのが高校生達の一番の疑問だったのかもしれない。子供達には太鼓を始めた理由や太鼓の楽しさを聞いていたようだった。
 『どんなところが一番良かったことですか?』という質問があった。子供達を指差して『こんな子達と一緒に出来ることだろうか。こんなおじさんもいればお姉さんもいる。これだけ世代を超えて出来るのがいい所かな』・・・『太鼓の子供達は目が輝いているのはなぜですか?』『ステージで演奏することは、放送部のみんなが始めてマイクを前に立つ時と同じで、すごい度胸のいることです。それを克服して誉められたりする。それは魅力です。また上手くなろうと練習する。また誉められる。そういうことだと思います』
 高校生達はどんな印象を持って、どんな放送にするか。聞いてみたいものである。メンバーにとってもこんな取材を受けたことは大切な経験だっただろう。列車を利用して取材に来た高校生達の期待に応えれただろうか・・・。


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2008/9/16

浮世絵  
 栗沢太鼓の衣装が浮世絵の半天やTシャツを使い出したのは、大締太鼓の幕のデザインから始まった。開基百年に向けて大締太鼓を購入することになった。その太鼓に掛ける幕のデザインを福〇村の職員に依頼したのだった。そのデザインは浮世絵風のものだった。その後、半天を新規に購入することになりそのデザインに合わせて浮世絵を入れた半天を購入したのだった。そして中に着るTシャツのデザインも浮世絵を使った。その時は黒のタンクトップに写楽の浮世絵を印刷した。
 先日、NHKスペシャルでボストン美術館にある海外に流出した浮世絵のことが放送された。その中に、今メンバー達が着ているTシャツの浮世絵が出てきた。
 その浮世絵を使うことになったのは、図書館でいい図柄の浮世絵を探していてたまたま目に留まったものだった。浮世絵集からその図柄をコピーしてシルクスクリーンに版を起こしTシャツに印刷した。その時は作者も覚えていたのだろうが全く忘れていた。その放送の中にTシャツに使った浮世絵が紹介された。
 作者は『歌川国政』である。歌舞伎役者の浮世絵を10数点書いているその中の1点である。歌舞伎役者、3代目市川八百蔵が演じた『梅王丸』という作品であった。
 
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2008/9/15

互いが成長して  
 1年生の〇華はお客さんが目の前ではさすがに緊張をしていた様子だった。目線はいつも下を向き先輩達に合わせようと必死だった。この子も来年には自信満々の太鼓を打てるようになるだろう。
 大人一人の〇美で始まった『雄飛』は、落ち着いて始まりそしてそれぞれのパフォーマンスを出してくれた。昨年は演奏に参加できなかった2年生達も、力いっぱいの演奏をしてくれた。1年の成長を物語る。どのメンバーも太鼓を楽しみ、生き生きとして見えた。
 このメンバー達は、本当に太鼓が大好きである。部活で疲れていてもほとんどのメンバーが練習に参加している。逆にこちらが心配をして水曜日の小学生の練習時間を短縮した。正味の練習時間は60分もない。
 練習はいやいややっても何の意味もない。本人が上手くなりたい、吸収したいと思う積極性があると僅かな時間でも必ず上達していく。練習開始の前や休憩時間はみんなでドッジボール等で楽しんでいる。これも大切だと思っている。そんな環境でチームワークが生まれ仲間意識が生まれる。
 でも、メンバーには輝いてほしいと思う。やるからにはみんなに認めてもらえる太鼓を打ってほしいと思う。いや、私が思うより本人達が思っている方が強いかもしれない。
 私達が思う気持ちと子供達が思う気持ち、そのバランスはどちらが大きくても小さくてもうまくはいかないだろう。お互いに身の丈はある。指導者が上達していかなければ子供達の上達はない。絶対の指導者などはいない。指導者もメンバーとともに成長していかなければならない。それは太鼓だけではなく人としてでもある。


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