2008/10/31

性格と人格・・・  
 同じ活動をするならいやいやするよりも楽しんでする方がいい。どうせやるなら笑ってやった方がいい。どうせするなら積極的にやろう。それは日頃からメンバーに言っている事である。その気持ちはメンバーも解ってくれていると思っている。今のメンバーにいやいや練習している者はいない。
 先日のTVで脳の先生がこんなことを言っていた。笑っている時と難しい顔をしている時では脳の活性がぜんぜん違うという事だった。それは口元だけを笑い顔にしてでも違うのである。実際に脳波を表示して比べられた。
 楽しく・笑い顔で練習したり活動することは脳が活性化して取り組んでいることになる。早く習得して、早く上達することは笑顔で練習することなのである。
 人の本能には喜怒哀楽がある。いつも上機嫌の笑顔ばかりの生活とはならない。怒りや不満を思う時もあれば悲しい時もある。そしてそれを露骨に表現する者がいたり、心にしまう者・いい方に置き換える者もいる。それは大人も子供もである。
 だからといって『性格だから』で済まされないものでもある。自分の気に入らないことを全て怒りだけで済むものでもない。そして全て笑って済ますことでもない。人の喜怒哀楽の表現はその人の人格である。人の人生にとやかく言うものではないが、その人の人格はその人の経験が作り上げていくものだと思っている。親などの肉親、学校などの師や友人、社会などの環境で人の性格に大きくかかわるだろう。
 子供達と付き合うことは、その子達の人生に・性格に影響することになる。そう考えると自分の行動や考えを冷静に判断していかなければならない。一緒に太鼓をやっていて良かったとメンバーにそういってもらいたいと思う。
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2008/10/30

風穴を・・・  
 市民会館で喜寿記念の書作展を開いていた先生から礼状が届いた。先生には『栗沢太鼓』の書をお願いしている。今回の助成事業が本決まりとなればその書を袢天の背中に入れたいと思っている。
 書道展の出演・書の依頼・助成事業の話と、誰かがどこかで糸を繋いだそんな物語の様に事が運んでいる。しかし問題が全て解決したわけではない。これからの継続を考えたらその一部が解決に向かっているだけである。
 昨年の繰越金が7千円とギリギリの財政状態で切り盛りしているのである。1年を通じて安心して活動できる財政状態を築かなければと思うのである。歳入が増える要素は極めて難しい。会費を上げることは兄弟で入会している家族には大きな負担となる。出演謝礼も多くは望めない。N〇Oからの助成が増えるがその分市からの助成が減る。
 解決には歳出を減らすしかないのである。特に多くの負担となっている練習会場費を減らすしかない。この費用を減らすのは練習を休むか、値段を値切るかの二つに一つである。
 今黙っていたら物事は解決しない。アクションを起こし、運動を起こし、駄目で元々と考えて作戦を練る。メンバー達の情熱で御大達の重い腰を上げてもらう。町内だけで、民間だけで解決する状態ではない。支援する力を拡大して行〇に風穴を開けるしかないのである。
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2008/10/30

メール  
 練習から帰宅して風呂に使ってからメールを開ける。、助成事業の不足書類の催促が2通届いていた。その書類やパンフを作って送付しようとした時に、また不足のメールが1通。11時を過ぎていた。彼らはまだ仕事をしているのか。今、全ての書類をパソコンで作って添付して送付した。明日は、いや今日はないだろうな。
 今の時代、こんなこともメールで処理できるのであるから便利である。手書きだったら一日仕事になってしまうところだが、ものの1〜2時間で処理できた。
 無事に書類が通過するように祈る。
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2008/10/28

悶々としたもの  
 市町村合併して活動も大変な状況となった。行政のスポンサーは無くなり、逆に我々が行政のスポンサーになったような感じである。もうすでに合併して行政には70〜80万円の使用料を支払っている。受け取った助成金は十数万円である。今年度からは2万5千円となる。私達の目的、地域の活性化・青少年の健全育成には行政は耳をかさないのだろうか。
 地元議〇に電話を入れた。コミュ〇ティー助〇事業の申請をしているという報告だったが、会場使用料の件も話した。現在のセンターは来春にはNPO法人が受託して運営する予定でいる。その法人には栗沢太鼓も参画している。法人から数万円の助成金もあるという話しは聞いた。しかし、使用料はこれまでとは変わらない。これでは私達の問題の解決とはならない。
 行政トップの市〇が総会に来て、私達と子供達の前で大見得を切って使用料を何とかするといって帰っていった。それは大嘘だった。町を失い冷え切った気持ちはこのバカ市〇の行動で深い不信感を持った。
 私達には一生懸命練習して頑張っている子供達がいる。栗沢太鼓の名前を背負って街の人達の希望の星となっている。そんなメンバーの為に大人達は動き出す必要があるだろう。何の変化も無いのであれば市に行政に或いは議会に、請願書か要望書を出す必要がある。
 二人の議〇にその話をした。ともに私達をバックアップしてくれている人達だ。その二人が支援してくれなければ、どんな運動をしてもうまく機能はしない。そういう活動をしなければ、胸の中にある悶々としたものは消え去らない。吸収合併され閉塞された街の人達の気持ちも変えて行きたい。太鼓の音が響き渡るように・・・。
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2008/10/27

みんな頑張った  
 フィギアスケートのグランプリが始まった。札幌オリンピックのジャネット・リンの話を書いたページへの訪問がこの2〜3日増えている。(http://sun.ap.teacup.com/nobu/77.html)今でもジャネット・リンのファンが多いようである。1972年の開催であるから、もう34〜5年も前の話である。今の日本選手とは違い男女とも入賞圏内とは程遠かった。日本の選手は強くなったなあ。それも層も厚い。男子も新人が優勝したし、女子も何人も上位にいる。これからのグランプリの行方が楽しみである。
 そして我がチームも層が厚くなってきた。去年の今頃は、卒業生達を失った後のことが心配だった。一気に年齢層も下がり、シーズンの演奏消化も不安だった。しかしみんな頑張ってくれて立派にこなしてきた。何とか消化したという感覚は無い。むしろ小さな子達が伸び伸びと演奏していると感じている。
 市町村合併から街の元気さが無くなった。しかし農業祭で栗沢太鼓の頑張りを街の人達に見せることが出来た。小・中学生の頑張りが街の人達に勇気を与えている。その勇気が祭に活気を生み、祭りを盛り上げた。それは街の人達みんなが知っている。メンバー達を誇りに思う。それは私だけでない。家族や親戚や街の人達である。
 小さないざこざは起こるだろうが、みんなの知恵で乗り越えて楽しい太鼓を続けていきたいと思う。街の人達はそれを望んでいる。
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2008/10/26

組織運営の難しさ  
 一生懸命活動していると自分が見えなくなってしまうことがある。自分の思いがついつい強くなって、無理強いをしてしまったり判断を狂わしてしまうことがまま起こるのである。周りのことが全く見えなくなって独りよがりとなる。
 みんなが同じ気持ちならそれもあるのだろうが、そんなことはほとんど無いといっていいのである。『太鼓をしたい。』という目的に集まったメンバーでも人それぞれに目的や目標は違う。太鼓は魅力はある。しかしちょっとした合間にちょっと出来ればいいと思う人もいれば、太鼓に熱中したいという者もいる。その考えは個人で全く違うのである。しかし、どの考えの者でも大切なメンバーである。
 一つの考えで全てを通してしまったらチームは崩壊してしまうだろう。組織は全てのメンバーの考えを吸収していくのが望ましいものである。だが実際にはそれは難しいのである。個人の気持ちと組織の運営する実情。そのどこにラインを引くかを決めなければならない。多数決が民主主義の根本かもしれない。それでいても満足する者と不満と思う者は生まれる。
 生徒会・青年会・会社組織・スポーツの組織・自治会・・・様々な組織を経験してきた。反論したこともあるし賛同してきたものもある。積極的に活動した時もあるし消極的になったこともある。組織を運営する難しさも十分知っている。それでもまだまだ難解なところはある。みんなの気持ちに答えてやりたい。それでも誰かに無理をしてもらう。それは仕方ないことなのである。全員が満足する。その努力は出来ても現実には決して出来ないのである。
 チームや組織を運営するには最後は信頼しかないと思っている。全ての人の気持ちを尊重するのは非常に難しい。でもその気持ちは受け止めたい。そして出来る時に報いたいと思う。
 
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2008/10/25

新たな可能性  
 今日の練習に、早い時間からお姉さん二人が出没する。基本練習の後、平置きの胴・斜め台の胴・立ち台の小締・大締と4種類の太鼓を用意してそれぞれに好きな太鼓を使って順番にソロ打ちを続ける練習を入れた。小締2台の地打ちを交代で務め自分の打ちたい太鼓は自由とした。
 お姉さん二人も加わった。新しいリズム作りを楽しんでいる。子供達にはいい見本の太鼓である。
 出演機会が一段落した(来週に一つあるが)この時期から、一人一人の自力を高めていきたいと思っている。気の付いたところは小まめにアドバイスを与える。メンバー達は姿勢や運動の修正をしながら実力を上げて行くことになる。
 それは強制された練習ではない。自分の意思で選択が出来伸び伸びと楽しんで練習ができる。自分で創造して挑戦する場所にもしたい。練習というよりも遊びに近いかもしれない。『意欲を持ってそして楽しんで』その結果がみんなの実力を上げる。
 チーム力を上げることは、それぞれの個人の実力を上げなければならない。それが今の練習である。そして子供達の未知の部分も出てくるだろう。子供達の変化は私達の想像を超えるのである。それを見落とさないで発見したい。新たな可能性がきっと生まれる。
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2008/10/23

大切に扱ったお陰  
 前回の助〇金の手続きは大変だった。役場を何回も往復しては調整していた。しかし、今回はメールとFAXのやり取りで役所に出かけたのは一度限りであった。今日その手続きは終了した。後は結果待ちとなる。
 この事業が採用されればこれからの栗沢太鼓の未来は明るい。何よりもメンバー達の気持ちが変わるだろう。品物が揃った時のみんなのうれしそうな顔を創造してしまうと何とかなってほしいと思う。
 今回の事業は今の現状とそしてこれからの10年を見越して計画している。その頃には大人になっている子もいる。前回の太鼓購入と皮の整備は9年前になる。9年前には新品だった裏面も練習によってこんなに惨めになった。しかし、表面はまだまだ新しさを残している。今回はその裏面を張り替えて表面となる。練習は現在の表面となる。これを表も裏も関係なく使っていたら両面とも使い物にならなくなっていただろう。小締太鼓もそれに合ったバチを必ず使うようにしてきた。お陰でまだ皮は痛んではいない。そのお陰で今回の事業にも無駄な費用がかからなくなる。希望だった全員が揃った衣装にも予算が組める。これはみんなが用具を大切に扱ってくれたお陰である。
 太鼓は非常に高価なものだ。何十万円の物をそうたやすく購入などは出来ない。そして自分だけが使う物でもない。これからの後輩達もその太鼓を使っていく。それだけに更に大切に扱ってほしいのである。太鼓チームにとっては太鼓は命である。使い方によって、その寿命は大きく変わる。これからも物を大切扱う気持ちを養っていきたいものである。
 
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2008/10/22

いやな話といい話  
 今日の練習にメンバーを集め話をした。一つ目は家族の協力に感謝していること。練習や出演に送り迎えをしてくれる。これだけで栗沢太鼓に協力して応援してくれていると。しかし仕事等で都合が悪い時は無理をせず相談してほしいこと。その事を伝えてほしいこと。
 二つ目は暴力ということについて話した。昨年、上の者が下の者にボールをぶつける事件があった。その子には太鼓を止めて貰った。暴力は許されない行為だと判断した。しかし、殴る蹴るだけが暴力ではないと話した。人には身体を痛める暴力ともう一つ傷がつくものがある。それは心だと。人の悪口やいじめや仲間はずれはその人の心が傷つく暴力になることだと。みんなには決してしてほしくないということをである。
 そして三つ目には助〇金が当たる可能性があることを継げた。本来なら全てが決まってから話をしたかったが、いやな話ばかりで終わらしたく無かった。いや、話したくてしょうがなかった方が先かもしれない。みんなの目が輝いた。
 合併してからお金の心配ばかりだった。太鼓も皮の張りが無くなったボロボロの太鼓で練習している。小締太鼓は手作りの情けない物を本番でも使っている。衣装は20年以上前の物を使い回している。一生懸命練習しているみんなには申し訳なく思っていた。それを何とか解消したかった。渡りに船の話が舞い込んできた。みんなの気持ちに何とか答えれればと思う。
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2008/10/21

助成金の為に・・・  
 朝、本州の浅〇太鼓に見積書の依頼。市〇所の担当者に申請書の下書きをメールに添付して送信。電話をするが会議中。夕べ、見積もりを頼んだ呉服店から電話が来る。切った直後に市〇所の担当者から電話が入る。一部を直し、必要書類を持って市〇所に出かける。
 担当者は熱心な人だった。送付した書類も印刷されていた。先にメールで送信していたのは正解だった。申請書・必要書類を確認して、少し雑談もしてきた。合併してから困っていたことを話した。助成を受ける可能性はかなり高いと言ってくれた。ありがたい話である。愚痴も少しは減るだろう。
 見積書は2箇所からのものが必要である。その足で市内の太鼓店に寄る。『やせたねぇ』が最初の挨拶だった。この社長、会長と間違って話をしていた。いきさつを言うと途端に上機嫌となる。見積もりの依頼を頼む。
 その帰り、某コーヒー店で一服。情報を伝える。それは良かったと、またここでも笑顔となる。
 更に呉服店へ。ここ何年かは協賛金のお願いばかりで、店に入る足も重かったが、この日はいつもと違った入店となる。笑顔で迎えてくれる。内容を確認して明日の練習前に正式な見積書を受け取ることになった。
 ようやく帰宅して、遅い昼食を取る。メールをチェックすると市〇所の担当者からの連絡だった。不足の連絡だった。張り替える太鼓の状態を写真で撮ってほしいということだった。そして夜にもメールで助成要項を送ってくれる。
 浅〇太鼓に電話をしようとした時に、緊急援助隊の依頼がくる。トラクターを側溝に落したらしい。Myトラクターでワイヤーをもって駆けつける。とんでもない事になっていた。左両輪が側溝に落とし横転寸前の状態である。しばらく絶句。どうしたものかと思案する。結論、一台が横転を防ぐ為に横から引っ張る。そしてもう一台が斜め後方から引き上げる作戦である。この作戦、的中となる。無事引き上げに成功。緊急援助隊帰宅。
 帰宅後、浅〇太鼓店に電話。夕方、2通の見積書がFAXで届く。電話がなりお礼を述べる。明日には必要な見積書は揃いそうである。明日の練習に太鼓を撮影して全てを提出して終了である。後は結果を祈るのみとなる。
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2008/10/20

問われる時  
 突然に助〇事業が飛び込んできた。市に合併してからボヤキばかりだったが久しぶりの朗報だ。今日が最終の申し込み日だったという。市内の団体が申し込みにいって合併特例があるという情報が舞い込んだ。合併してからはいつ順番が来るだろうかと頭を悩ましていた。
 すぐ担当者に電話した。旧栗沢町・旧〇村に特例で枠が各1つずつあるという説明だった。それも5年以内で消えてしまうという。明日の午前中に提出してほしいという。メールで書類が転送されてきた。今やっと書き終えて必要な書類が揃った。見積書だけは今週中になりそうである。
 今回の助〇金は大型である。予定の内容は皮張替えが11面、法被人数分、小締太鼓5台、胴太鼓2台の予定でいる。さて、当たってくれるか。天は我に・・・。
 頑張って活動していれば必ず支援してくれる人が現れる。キャンビー公演もそうだし書道展の出演機会もそうだ。見ている人はちゃんと見てくれている。
 だが、頑張っているからといっていい気になっては何もならない。上手いからといって鼻を高くしたり、協力をしているから他の人に強要したりはけっしてしてほしくない。ほめられる事は上手いからだけではない。技術とその行動や考えがその人の人間の大きさとなる。それが技量のある人といわれる。それは自分だけで育てられるものではない。その人の環境や社会や本人の努力が技量のある人になっていく。
 技術のある者は育てられる。しかし技量のある者は育たない。それは組織としては失格である。技術を育てそして一緒に心も育てる。のぶちゃんの問われる時かもしれない。!!!
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2008/10/19

人の気持ちを・・・  
 人に悪口を言えば、言った者も悪口を言われる。人を批判すれば、自分も批判される。暴力をふるえば暴力で帰ってくる。そんなことをしていれば、何時まで経ってもいい社会など生まれない。
 自分の考えが全て正しく、自分の思うように行かないことには批判する。それは紛れも無いエゴイストの身勝手な人間だ。大人なら『また言っている』と我慢していればそれですむことかもしれない。しかし、幼い子供達にはそれは通用しない。心に傷を生み、精神を歪ませる。人の付き合いや協調することも出来なくなる。仕舞いにはいじめとなる。
 太鼓をする子供達にそんなことを持ち込ませない。そういう芽は潰していく。純真な気持ちで純真な太鼓を打ってもらいたい。
 メンバーにはえこひいきや差別を決してしない。全員を同じ様に接っする。それはこれからも変える気持ちは無い。上手いからという特別扱いなどは無い。
 子供達には人を傷つけていることがまだ解らないかもしれない。人を中傷していることと意見をいうことをまだ判断が出来ないかもしれない。それを教えていくのは大人の役目である。それは学校だけではなく、社会全体の役目である。特に親の役目は大きい。
 人の気持ちを思い、そして自分の意志が持てる。そういう人になっていってほしいと思う。そう導いているつもりでいるが・・・。
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2008/10/18

笑い話にしたい  
 人と人が付き合うことは難しいことが一杯おきる。それは大人だけの世界だけではない。子供の世界も同じである。言葉を発することは難しい。その一言が人を傷つけたり反発心をあおったりする。時にはそれがいじめともなりかねない。
 前にも書いたことがあるが、子供は親の、特に母親の言葉をそのまま鵜呑みにしてしまう。親と同じ言葉遣いをするし、親と同じ批判もする。子供の前では絶対に人の悪口や批判をしてほしくないのである。それも他人の兄弟がいる前なんかは常識に外れる。
 今の太鼓の運営には父兄の協力が必要である。しかし、父兄にだって事情があるのは理解している。その家族によっては様々でもある。自分のところは協力しているのにあんたん所とは・・・ならないのである。お互いが理解しながら協力をしていかなければこの会は成り立たなくなる。それを批判し合っては太鼓どころの話ではない。私はメンバー達と楽しくわき合いあいと太鼓をしていきたいのである。そしてメンバー達を育てていきたい。いがみ合うことは決してしてほしくないのである。それは暗黙のルールである。
 今日の練習に一つの事件があった。一人の子の何気ない言葉が一人の子を傷つけた。言った本人は何も気づいてはいない。そのことに気づかなかった私も情けなかった。まだ子供とばかり思っていた。もう成長して思春期の時期となっていた。感受性が人一倍強い年齢である。どちらが悪い・いいではない。その二人はお互いに成長期である。人を思いやる気持ち、人を信じる気持ちをお互いがまだ育ってはいないのだ。この事件が二人の気持ちを大人にしていく切欠になってくれればと思う。二人が大人に成長して笑い話になるような・・・。
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2008/10/17

祭りの決算  
 昨日の夜、今年の農業祭の最後の実行委員会が行われた。事業報告や決算報告、反省などが話された。入り込み数は約16,000人、経済効果は1,300万円余りと昨年の祭りを大幅に上まった。仮装は団体が1組少なかったが個人の参加が10数組増えた。あいにくの寒い日となった祭りだったが、数字や雰囲気を見ると大成功な祭りだったといえる。
 実行委員の婦人の一人から声を掛けられた。小さな子達が長い曲をよく覚えれるものだ。太鼓を続けている人達の上達ぶりにも驚いているという。そして、うちの孫も太鼓に入れていいだろうか。という話だった。小1だという。是非という返事をした。
 祭りが終わってから期間も経ち、前回の役員だけの反省会から見るとテンションは冷めていた。しかし、話は盛り上がり2次会へと流れた。
 市内では幾つかの祭りが催されている。その中で全てが手作りの祭りはこの農業祭しかない。プロダクションに運営を依頼したり、テントもリース会社に委託したりする祭りが大半なのだ。その点農業祭は違うものである。それは元々がそういう成り立ちで作られてきた祭りだからである。一時は行政が主導権を取った時期もあった。その時の祭りは主役となる街の人達の祭りとはいえなかった。
 評判のいい祭りとなれば更に人が集まってくる。そこには更にテントが増え、そして更にまた人が集まる。そんな祭りの一役をメンバーと一緒に担っているのである。祭りが育てばメンバーも育っていくと思うのである。『うちの孫にも太鼓をやらせたい。』という気持ちが生まれる。新しい仲間がこの祭りを通じてまたやってくるのである。そして地方に行ったメンバー達も戻ってこれる場所ともなる。
 うきうきして、そして楽しみで待ち遠しいそんな祭りとなった。

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2008/10/15

無駄な心配か  
 発表会が終わり参加したメンバーの感想を聞く。楽しくなかったという者、楽しかったという者、演奏に満足した者、間違ったという者とそれぞれ感想を言ってくれた。
 今の幼いメンバー構成であれだけの演奏が出来たことに満足している。お姉さん2人が前半を引っ張り、それに引きずられてみんな元気いっぱいの演奏をしてくれた。
 大きな声も出ていた。格好をつけることなくがむしゃらにも打っていた。それは栗沢太鼓の25年の歴史の伝承である。多少の音のずれや振りの乱れなどは問題ではない。その太鼓の生き様を後輩達は間違いなく受け継いでいる。それは本当の格好よさだ。
 Jrコンクールに出ない今年は、その目標を失いモチベーションを失いがちになる可能性がある。しかしそれだけは回避したい。同じ学年なら他チームのメンバーには負けない打ち手になってもらいたい。未来には全国を目指し、全国で暴れられる位のチームに進化してほしい。その基本作りがもう始まっている。
 今日の練習から振りの練習、ソロを使って一人での練習を取り入れた。4月から入会した〇華が驚くような演奏をした。今までは小締太鼓での演奏ばかりだった。今日が初めての胴でのソロ打ちだった。ビックリした。1年生でこれだけの演奏をしたのは彼女が始めてである。1年生は彼女一人で心配していた。しかし、振る舞いも堂に入っている。宝がまた一人加わった。
 2年生達もそしてその上の連中達も俄然張り切っている。モチベーションを無くすのではないかという心配は無駄な心配かもしれない。私が考える以上の気持ちが彼らにはあるのかもしれない。その気持ちに答えなければならない。

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