2008/12/29

お年玉  
 あっという間に平年並みの積雪となる。3日続けての除雪である。夕べから50cm位は降っただろうか。今朝の除雪はし甲斐があった。おまけに水分が含んで重い雪だ。気になるのは大晦日の天気予報である。風雪マークとなっている。穏やかな夜になってほしい。
 初打ちは2曲を打つ予定でいる。1曲目は子供達だけでの『山彦』、2曲目は帰郷する者も入れて交代で『雄飛』を予定している。狭いスペースで『山彦』は人数が限定してしまうだろう。
 『新年初打ち』は栗沢太鼓が発足して2〜3年後から神社にお願いして始まった。子供達が参加しだしてからはまだ10年余りしか経っていない。最初は大人達からお金を出し合って『お年玉』として出していたが、演奏している最中に太鼓の上に500円玉を置いていった人がいた。それを見てその翌年に賽銭箱を作り置くようになった。中身は子供達の人数で均等に分けられて『お年玉』となる。1年生の姫〇や昨年参加しなかった2年生の新〇も話を聞きつけて「絶対に出る」と張り切っている。
 寒い夜中に頑張って演奏をしてくれる。『お年玉』はそのご褒美だ。さて今年は一人いくらの金額になるだろうか。・・暖かい夜であってほしい・・


              昨年のお年玉の分配
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2008/12/27

無くせない恒例行事  
 この二日で真冬へと変わる。年内最終の練習日となったが吹雪模様となり、原野地区のメンバーは欠席した。この日は練習後、太鼓を新年初打ちの行う神社の倉庫に運び込む予定であった。境内にある倉庫は、車が横付け出来ずいつも運搬に難儀していた。しかし、帰省組みやOB・父兄がその時間にやって来てくれた。助かった。
 大きい連中が抜けた今年は太鼓の運搬や準備に苦労すると思っていた。しかし、この時はという時に父兄や駆けつけてくれる先輩達に助けられた。そして子供達も準備や後片付けをしっかり出来るようになった。怒鳴り声もずんずん無くなっている。太鼓も気持ちも成長しているのだろう。
 『新年初打ち』には、懐かしい顔が集まってくる。それも楽しみの一つである。地方へいったメンバー達にも集まれる楽しみであるだろう。『農業祭』とこの『新年初打ち』は栗沢太鼓には無くせない恒例行事となった。
 そして今年も?いや来年もこの行事が行われて幸せと感じている。幼いメンバー達が頑張って先輩達の後を継いでいってくれている。それもいやいやな気持ちではない。寒い中なのに『絶対出る』と張り切っている。・・??お年玉が目当てのところも??・・・それもいいことだと思う。今まではそのお年玉が楽しみだった先輩達は今度は後輩達へお年玉をあげる喜びとなる。それがまた先輩達と後輩達との絆となる。参加する先輩も後輩も、思う存分の太鼓を打って新年を祝ってほしい。苦しいことや悩んでいることはこの時だけは忘れて・・・。
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2008/12/25

求める喜び  
 毎年正月に小中学生スキー教室を連盟が開催していた。一番多い年では1,200名の受講生だった。この状況では開催も危うい。
 ライセンスを取って最初の講習はこの教室だった。1年生の女の子15名の生徒達だった。集合場所から練習するゲレンデに移動するだけでも大変だった。それでもその頃の1年生はまだ予行練習をしていたのか、何とか後ろをついて歩けていた。その後は年々、スキーを履いて動けれない子や用具が合わない子などと大変な状態となっていった。懐かしい最初の授業である。
 今ではスキー授業が行われなかったり遊び事態が変わったりと、スキーをする子供達やスキー客は激減している。そしてこの温暖化である。更に斜陽なスポーツになりそうである。
 スキー学校やナイター教室、高校の授業なども行った。何人の生徒達を教えたかは定かではないが、講習は楽しかった。生徒達の上達が何物にもない喜びだった。そして、その頃の指導員は花形だった。スキーをする誰もが目標にしていた。ステータスもあった。その魅力に向かっていった。ライセンスを取ってからも技術の上達にのめり込んだ。何時しか一目置かれる存在にもなった。
 技術を上げていくことは大変だった。でもそれを身に付けることは凄い喜びとなった。しかし、それは自分自信のことでしかない。生徒達の技術を上げてやりたいという気持ちも自分自身の満足感である。スキーに関しては技術も指導力も自信はあった。だが喜びは役職を伴って少しずつ薄らいでいった。ゲレンデで一緒になって上達する喜びが私の求めていたものだった。
 太鼓に関しては今でも自信はない。自信はないが可能性がいっぱいあると思っている。そしてその可能性を子供達が形となって表現してくれる。泣き笑い、苦労して一緒に行う。未来がある子供達と接しているだけで夢もわく。それこそが私の求める喜びだと思っている。
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2008/12/24

ミニ・サンタ登場  
 クリスマス・イブのこの日の練習に差し入れのプレゼントなど、練習にならない状態となる。8:30の中休みにはミニ・サンタクロースが巨大なプリンを携えて登場。また休みとなる。胃袋はプリンであふれる。
 その間に朝〇家の年賀状の写真撮り。6人兄弟の挙動が定まらず10数枚を撮影。さて、いい写真となったか。年賀状を受け取って確認しよう。
 帰路、また雨である。ホワイト・クリスマスとはならなかったが、父兄やミニ・サンタのお陰でいいクリスマスとなった。感謝・・・
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2008/12/23

勇気と希望を・・・  
 書を依頼した先生が個展の売り上げを市に寄付したという話が今日の道新に記載されていた。聞いた話によると結構高額なそうだという。書を頼んだのはいいが、もし請求されたらどうしようかと不安になった。
 ナンシーへのギフトはカレンダーにした。今年一年のみんなの活躍の写真を印刷ソフトを使ってカレンダーにした。A4サイズで12ヶ月を印刷してラミネート加工した。明日、送る。日本流の年賀状を添えて・・・。おそらくは年明けに届くだろうから。
 本来なら25周年の今年度が訪問予定の年だったが、ナンシーのリクエストには何年か後に伸びそうだ。円高で海外には絶好のチャンスだが、これだけ全世界が不景気では今行っても逆に迷惑でもあるだろう。社会情勢を見ながら、そしてメンバーの成長を見て目標も修正しながらと思う。
 少ないながらも積雪となりホワイト・クリスマスとなるか。新年初打ちも穏やかなでいい年越しとなってくれればと思う。
 ビッグ3が倒産寸前。トヨタが赤字に・・・。1年前には増産・増産といっていたことが一つのつまずきで全世界がひどい状況になっている。明日はどうなるのかという不安ばかりが襲っている。そんな中だからこそメンバーの奏でる太鼓の音が街の人達に勇気と希望を与えてほしいと思う。
 きっと来年はいい年になる・・・そう願って。
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2008/12/22

年賀状・ギフト・・・  
 頼んでいた書は、年内に書き上げ年明けに手元に届きそうである。申請中の事業が決まれば新衣装に活用できる。新年を新しい気持ちで、そして更に意欲を持って迎えたい。出来るならば1月の新年度総会までに事業決定してほしいが・・・。
 昨年は年末に突然にパソコンが壊れてしまった。住所録はバックアップしておらず手書きで年賀状の宛名書きとなった。印刷ソフトの中にエクセルでの住所録がありようやく住所録を作成した。これが結構便利で太鼓の名簿(エクセルで作成のもの)が利用できて、ラベル印刷でも応用が利く。何で早く気が付かなかったのか。新しいソフトを買わなくてもすんだ。しかし、喪中のはがきなどを整理したりと昨日遅くまでかかってしまった。
 年賀状というもの、この出す範囲に頭が痛い。4年前の父親の喪中からその範囲は大分少なくなった。更に減らそうと普段付き合いの無い人を減らしてきたが、それが相手からきてしまい後出しをしてしまう。結局は減らないのである。
 年中行事のお付き合い的になって殆どが印刷物である。そしてパソコンの活用で宛名も印刷では(私もその一人)なんとも味気ないものである。しまいに、新婚さんの婚礼写真付きや幸せいっぱいの家族写真(失礼)は相手を考えて出してもらいたいものである。
 おっと、毎年送っているナンシーへのクリスマスギフトを忘れている。今からではクリスマスには間に合いそうに無い。ハッピー・ニュー・イヤーギフトにするか。さて何を送ろうか。今年のみんなの写真にしようか。・・・また頭が痛い・・・。
 
 
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2008/12/20

打ち負かす太鼓  
 新年初打ちが近づいてきた。地方のメンバーからの参加希望の連絡もきている。ところが今だ積雪は0。しまいに雨である。大晦日当日の天候が気になる。多少の雪ならば問題は無いが、雨では・・・?。みんな楽しみにしている。何とかいつもの年の天候に戻ってほしい。
 北極や南極の気象変動のニュースはよく流れているが、ここ1〜2年でその温暖化が身近に感じるようになってきた。昨年の夏の暑さ、そしてこの12月の異常な暑さである。スキー場は今だオープンしていない。スキーをやめた今では余り気にはならないが担当者は大変だろう。北国では雪は大敵ではあるが、逆にそれが経済を動かす一つでもある。明日から予報には雪マークがついているが、すんなり冬になるのか。根雪となるのは何時になるかは結果でしかない。
 書道展でお世話になった沢〇さんが練習前に訪ねてくれた。書道展の写真をCDにコピーしてあげたつもりだったが、返却しにきてくれた。お土産をまた持参してくれる。文化団体の広報にその1枚が載せられるということであった。頼んでいた書が届いているか聞かれた。まだ届いていないことと、その書を今計画中の新半天に使いたいことをお話した。心配してくれて、先生に連絡すると言っていただいた。帰宅して携帯に電話があったことに気が付くが遅くなったので遠慮した。明日にでも電話してみたい。
 この師走、全世界が異常な状況になっている。その中で苦しんでいるOBもいる。明日がどうなるのか、みんな不安の中での年越しである。来年こそ、いい年になるように邪悪なものを打ち負かす太鼓をみんなで奏でてほしいと思う。
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2008/12/19

大きな目標  
 ジュニアコンクールの結果にイチャモンをつけた話を聞いた。今年は出場していないが、昨年の結果やその前の年の結果でも私はその採点結果には納得いかなかった。その不満は内々では言ったかもしれないが、組織に対しては言ったことはない。ただ、昨年の個人賞についてはMVPにしてほしかったことは話した。
 結果が出て、それに不満を言うのは『いかがなものか』と感じている。自分の思う様な結果で無いからクレームをつける。そういう考えで出場して何が得られるのだろうか。しまいには金が動いているのでないかという。心が腐っている。そんなやからは太鼓界から去ってもらいたい。
 組織には大義名分の目的や方針がある。『地域の活性化と青少年の健全な育成』が我がチームの大義名分である。その為に、定期の練習を行い技術を育成する。地域のイベントに積極的に参加する。地元祭りの主管を務める。・・・更には姉妹都市への訪問や海外公演の開催もある。
 ジュニアコンクールは、そんな大義名分の一つにしかならない。もちろん出場するからには1番を目指したい。しかし、努力しても得られないからでクレームをつける気持ちも無い。コンクールに勝つ為にはそれなりの条件があると思っている。その条件になかなか合致しなかったと思っている。勝つ時は圧倒的な条件で勝ちたいと思う。そういう時が来るのを待っている。というのが本音である。
 メンバーに目標を持たせるのは大変なことである。順位のつくコンクールがその目標のトップになってはならないと思っている。あくまでもその一つに過ぎない。勝つ為の条件があるからである。そんなチッポケなコンクールよりはもっと大きな目標をメンバーに持ってもらいたいと思っている。
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2008/12/18

成長の一手段  
 ジュニアコンクールの反省会が行われた報告を受ける。自分のチームがいい評価を受けなかったと文句をいっている者がいるらしい。情けない話である。大なり小なりそんなことは毎回の話である。誰が審査員をやってもそんなことは必ず起こる。審査員にクレームをつけるより先にしなければならないことがあるはずである。少なくとも出場している子供達には何の罪も無いことである。入賞できなかったのは指導している者の指導の無さと無知ということを悟るべきである。それに文句をつけるのは恥の上塗りというしかない。
 チームがどんなやり方でどんな方針で行っているかは、そのチームの考えである。それを他のチームが批判したり講釈するのは自分の腹の中で抑えていてもらいたい。それを他のチームのメンバーの前ですることは、大人として最低である。それが指導者であるならばどこかにいって貰いたいものである。
 どのチームにもいいところがあり尊敬するところもある。それを順位で判断するのはナンセンスである。同じ太鼓をしているのに上位も下位も無い。同じ太鼓をしている仲間達である。それが大前提でコンクールがある。切磋琢磨して技術を上げていく切欠である。
 今年は年齢編成で参加しなかった。しかしメンバー達が育ち成長していく為には、コンクールに挑戦していくプログラムも必要になる。成長いる過程が結果となる様なプログラムとなってほしいと思っている。それはメンバー達の心と技術がマッチして上達していってほしいからである。いい結果が出たからとうぬぼれる様な、どこかの誰かさんの様な人を育てたくは無いからである。
 もちろん勝って、そして全国大会でも優勝を目指せるチームとはなりたい。しかし、それはあくまでも子供達の成長の為である。自信を持つことと見栄を張ることは全く違うことである。コンクールはあくまでも子供達の成長の為に参加するのである。しかし優勝するチームは1チームしかない。勝負事に努力はあっても結果は解らない。それが現実である。コンクール出場は、子供達の成長の為の一手段だと思っている。
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2008/12/16

花を咲かせる条件  
 出演が一段落してから個人レベルの練習を行って来た。その成果は頑張っている者とそうでない者で大きく分かれてきている。アドバイスの内容はより具体的により細かくもなってきた。個人の進歩に合わせて更に難度の高いものを要求もしていく。
 同じ学年だから同じ進行で進めていきたいという気持ちはある。しかし、伸びていく者には更に伸びていってもらいたいと思っている。個人でそれぞれに成長も気持ちも違う。出来るならば全員が一緒に成長していってほしいというのが気持ちである。だが、意欲が有る・無し、体力の有る・無しではどうしても同じ様にとはいかなくなってしまう。これはえこひいきでも差別でも決してない。
 身体の成長は個人差がでる。晩生の子はどうしても体力負けをしてしまう。しかし、これは時が解決をしてくれる。いつの間にか追いつき、或いは追い越すこともある。長い目で考えている。
 進歩には必ず個人差がでる。一生懸命頑張ってもなかなか上達していかないこともある。だからといって諦めないで続ける努力である。続けることが花を咲かせる最低の条件だからである。才能豊かな者が過去にもいっぱいいたが止めてしまえばそれが全ての終わりである。今のメンバーで可能性の無い子は一人もいない。むしろ、これからの成長が楽しみなメンバー達である。
 我がチームは選りすぐりで組むチームではない。メンバー全員が育って組むチームである。それだけに意欲こそ失いたくないことなのである。これは強制して作られることではない。魅力は作っていっても個人の気持ちは別である・・・。
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2008/12/14

強く・やさしく・思いやる  
 昨日の練習に来年1年生に上がる新〇の妹が両親と一緒に見学に来る。新年度の総会後から仲間入りすることになった。新〇の練習に同行したり出演の度についてきては笑顔を振りまいていた。本人はもちろん前向きである。そして家族も応援態勢万全のようである。フレッシュな仲間がまた来年から加わる。1年生が姫〇一人で寂しかったが、後輩が出来て姫〇も今以上に張り切ってくれるだろう。
 チームには兄弟が多い。最高は5人の兄弟で、その他にも何組もの兄弟がメンバー構成にいる。これは伝統的なことで、過去には親子でのメンバーが何組もあった。当然、会の雰囲気は家族的である。それがこの会の持ち味である。しかし、逆にそれが悪い面も併せ持ってもいる。
 今のチームは子供達とその家族も巻き込んで活動をしている。それは理想的かも知れない。しかし、それが強制的となった活動となったらそれは逆に難しい面が現れだす。そして、子供達の成長である。子供達は成長に従い独立心を養い自立していくことも学んでいかなければならない。何時までも親の過保護の中でいてはならない。
 和気あいあいの活動だけでは子供達の成長には邪魔な部分もある。しかし、これは基本だと思っている。楽しんでするのがチームの方針である。その楽しむ太鼓の為にはルールがあり、上達する為の厳しさもある。その二つがあるからこのチームがあると思っている。楽しんで上達し、上達して誉められやりがいが生まれる。しかし、ルールはある。
 今年も何人かの涙顔を見た。『出て行け』と怒鳴られた子もいた。しかし、どの子もかわいいのである。強く・やさしく・思いやりのあるメンバーになってもらいたい。そして、いい太鼓を打ってほしいと思う。
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2008/12/13

全員が主役に  
 今日のフリーは見られなかったが、フィギア女子の浅田真央とヨン・ソナとのデスマッチは技術と表現力の戦いであった。SPを見るとヨン・ソナのミスはその表現力で補い浅田を上まった。見ている素人もヨン・ソナの魅力ある滑りに見入った。フリーはまだ映像を見ていないが、2度の3回転半を成功させた浅田が逆転で勝ったようである。得点を見るとヨン・ソナが恐らくミスしたのだろう。本来なら190点台は簡単に出す選手ではあるが地元の利よりプレッシャーの方が大きかったのだろう。そして、最終滑走である。
 実力がどんなにあっても、そのパフォーマンスが出せなかったら結局は勝負に負けたことになる。どんな状況でもその実力を発揮できる強い気持ちを育てることは、技術を身に付けることと同じ位必要である。ステージに上がり演奏することは、それだけで大きなプレッシャーとの戦いとなる。そのプレッシャーに押し潰されず逆にそのプレッシャーを楽しむ位の強い気持ちである。それを育てるのは簡単なことではない。自分で自分の気持ちをコントロールできるまでには、気の強さだけではなく多くの経験もまた必要になる。
 自分の技術に自信を持てる位の練習を積み、そして多くのステージを経験して本来の実力が生まれる。
 今は自分の技術を上げる時である。そして春までのこの期間がチームを一新させる大切な時期となる。この期間で頑張れる者が主役の座を射止める。全員が頑張って、全員が主役となってもらいたい。そう望んでいる。
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2008/12/11

上達は努力である  
 新しい技術に挑戦する時は、頭で考えるイメージを全て白紙にして、そこから始める。足の先から手の感覚まで、全てを意識し直し細部から組み立てていく。そうしなければ一つ上のレベルアップは難しい。
 今の技術を熟成していってもより高いレベルに進まないことがある。一つの線上に求めていく技術があるとは限らないし、初心者から身についた癖が上の技術にステップアップする時に邪魔になったりもする。それだけ新しい技術に向かうのには勇気が必要である。
 足の位置、腰の位置、身体の向き、重心の位置、腕の振り方・・・。それらを変化さすことは、全く新しい感覚となる。しかし、今まで練習してきたことが全て捨てるということではない。今までの練習で得たものがあるから次のステップがあるのである。今までのことが全く無駄だったわけではない。技術の積み重ねとはそういうことである。
 切れ味があって腕の伸びた振りをするには、それにあったフォームが必要である。それには下半身や上半身の必要な筋力や柔軟性が必要になる。腕を振り込む運動も必要になる。それは初心者の時からの延長では限界となる。
 上達する為にはコーチからのアドバイスを聞くだけでは習得は出来ない。コーチを受けながら打ち込む練習を積まないと本物にはならない。結局は本人の努力が必要となる。本人が上手くなりたいという気持ちと努力、そして聞く耳を持つことが一番の近道となる。
 才能が無いからと諦めるのは、本人が辛い努力をしたくないからなのだろう。週2回の練習は最低の練習回数である。しかし、休まず努力している子はこの回数でも確実に上達している。練習を大切にしてほしい。
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2008/12/10

温暖化  
 今日の定期の練習を今年初めて中止した。サッカー部の練習でボールが照明に直撃、配線のどこかでシォートを起こしているらしい。その工事が終わるまでは使用禁止となってしまった。1日練習が抜けると1週間が長く感じてしまいそうである。
 新年初打ちも近づいて来た。まだ神社とはコンタクトを取ってはいないが毎年の恒例である。向うも来てくれるものと思っているだろう。そろそろその準備に取り掛かりたい。まだ雪のない12月だが明日から雪マークの予報である。いくらか雪があって穏やかな大晦日であってくれればと思う。
 暖かいのはいいが雪のない冬はどうかしている。これも温暖化なのだろうか。スキーをしていた頃は、雪が降るのを待ち望んでいた。シーズンに向かっての新商品の物色が終わり何時初滑りするかという時期であった。雪を求めて高い山を目指し11月には初滑りを終えていた。12月の今頃には近隣の各スキー場は営業を始めていたが今年はどうなるのか検討もつかない。スキー関係者は固唾を飲んでいるだろう。毎年の総降雪量はそれほど変わらないのが今までだったが、これからはそうならないのかもしれない。 温暖化は極地ほど顕著な変化だそうだ。北極の氷が毎年減っているのであるから、信じられないスピードで変化しているのだろう。その変化は更に広がっていきそうである。我が家の池は地下水を水源にしている。数年前までは池のほとんどが凍りついていた。それが毎年その凍る部分が少なくなっている。まるで北極海の様にである。暖かい冬は有難いが自然界に住む者はそうならないだろう。極地に住む白熊達がまずは犠牲となりそうである。
 地球は何度も変化してきたが、それは自然界が作り上げた変化であった。しかし、この温暖化は人間がいたばかりに起きた人災となる。過去から未来に残す負の遺産である。便利で楽しむ世界の代償なのである。白熊たちはその犠牲者達である・・・。
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2008/12/8

化ける  
 1級の技術を持っていても準〇導員の技術に上げるには並大抵の努力では習得は出来なかった。シーズンが始まって受検までの期間はほとんど毎日ゲレンデの上にいた。それだけの努力をしなければ合格はない。そして合格してもその上の技術が更にあった。その技術をマスターする為に更に努力した。用具も進歩していった。そしてその用具に合わせる技術も習得していくことになる。
 技術は積み重ねである。しかし更に上の技術を目指す時は、蓄積した技術を全て投げ出さなければならない時がある。それは自分の持っているイメージを引きずっている時である。同じイメージを持ち続けることが、違う技術を習得する妨げとなる。こんな時にスランプというものが起きる。
 たとえば、今までは上下動を使えと言われてきた事が、突然動きを止めろと言われる。それは求めている技術がフォームの安定により効率のいい打ち方に変わってきたからである。それは大きな技術アップがあって、そしてアドバイスが変わってきたことになる。飛躍的な進歩である。本人の努力がその技術の進歩を促した。形を物まねして出来るものではない。
 本人の運動能力があるから出来たことではない。これは本人の努力で習得した技術である。この変化が出来る・出来ないかが大きな分岐点となる。それは『化ける』時となる。どんなに優秀な指導者もプレーする本人がその気でなかったら『化ける』事はない。遊び半分の気持ちから抜け出さなければ化けれないだろう。でも、太鼓をすることにどちらを選ぶかは本人の気持ちしだいである。そこまでは強制する気持ちはない。だが、せっかくするからには皆には『化けて』もらいたいものである。
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