2009/1/31

今日の練習  
 今日の練習会場は寒かった。それでも何人かは裸足である。上靴を持ってこようという意思は無いようだ。
 1〜2年生、6人で『山彦』をA・B・C各2名ずつに、他の上級生は『雄飛』を配置を換えて3回の演奏練習。『山彦』はまだまだ自信なさげの演奏である。回数を重ねて自信をつけさせたい。『雄飛』はどの場所についても大丈夫の様にしておきたい練習だ。パフォーマンスを出し切る力量をと思う。
 後半は、『絶世』の練習に入った。この曲は栗沢太鼓で一番の難曲である。演奏する機会はしばらくは無いだろうが、難しいリズム・早いバチさばきを練習するのには持ってこいの曲である。脳にいい刺激となる。何回か練習を積めば、大人と上級生で1曲となるだろう。そして早い時期から難しい曲をマスターすることは、更にレベルも上がっていく。
 おめでたい話の本人は今日も病欠。食〇炎ということらしい。何を食ったのか?・・・変なものを〇に入れてないだろうな???・・・。早く完治して本番に備えないと???。
 しかし、今日は寒かった。本来の気温なのだろうが暖冬続きで寒く感じる。子供らは元気はつらつだが、おじさんにはこたえる・・・・。
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2009/1/30

成長の中に  
 小学校や中学校の子供達は一学年が1〜2学級だという。多くて一学年40名位か。その中で20名近いメンバーがいることは善戦しているといっていいかもしれない。入会者がいなくて困っている団体もある。そんな中で新人が1名でも入会してくることは喜ばしいことである。
 これまでも、これからもメンバーは大切に育てていく。親の気持ち子知らずなところがあって、時には煙たい存在となる時もある。メンバーとの距離をどう持って行くかは難しいことである。それぞれに性格が違い、接し方もそれぞれに変えないとならない。何時までも勉強の域である。
 成長していくことは自立していくこととなる。何時までも親の範ちゅうの中とはならない。それは中学生位から始まる。今まで親が見に来てくれることがうれしかったことから、見てほしくない方に変わってくる。更に、演奏の講釈がはじまったものならたまったものではないと思い始める。難しい成長の時期である。
 誰しもが成長の過程で通る反抗期や思春期である。この過程を卒業しなければ、また困ったことにもなる。メンバー達にはいい青春の時期を経験して、そしていい大人に成長していってほしいと思う。 その中に太鼓も一つの経験となるだろう。
 まだ助成事業決定の連絡が無い。待ちわびている。新品の太鼓・張り替えた太鼓、そして新しい揃いの法被に袖を通して打つメンバー達の笑った顔を想像する。
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2009/1/28

最適の性格  
 3名のメンバー離脱。1名は高校へ入ってからサッカー部に入部。農業祭以外は殆ど顔を出せなくなっていた。1名は昨年の10月から全く音沙汰なし。それまでも練習には来たり来なかったり。1名は新年初打ちにも参加していたので驚いている。その他にもう一人音沙汰のないものがいる。昨年高校に入ってから1年全く顔を見せない。もちろん会費は未納。しかしキャンビーの積み立てはしている。何の連絡もない。心配である。
 そんな寂しい話の中、今日の練習から元気いっぱいの女の子が入ってきた。バチをくれと催促される。それまでの新人には百円ショップで購入していた麺棒2本を渡していた。しかし、昨年からその商品が無くなり在庫も無くなった。困った。やめるメンバーのバチを回収して与えようか・・・。後輩が入って姫〇もはしゃぎまわっている。もう先輩気取りである。いい刺激である。
 成長していく中にはそれぞれ環境が変わっていく。進学や就職や或いは部活や家庭環境・・・。更には気持ちの変化もある。メンバーも流動的となる。くる者、去る者。寂しさあり、うれしさありである。
 太鼓演奏者には、性格があっている者と無い者がはっきりと分かれる。憧れで入会して諦めていった者も数多くいる。演奏が苦痛なのであれば、それは性格にはあっていないといっていい。演奏することを喜ぶ気持ちが必要だ。それは育てて出来るものだけではない。幼い時から育ててもその苦痛に負けて去っていった者もいる。才能や育成でとはならないのである。・・・そして残ったメンバーと新人は最適の性格に見える・・・。
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2009/1/26

夢を持った活動に  
 昨年の決算で数年ぶりに10万円を積み立てに回すことが出来た。といっても財政状況の厳しさは変わらない。農業祭のビールのバザーの売り上げとJrコンクールや一部の手出しの出演をキャンセルしたことがあっての積み立てである。バザーの売上げがなく、コンクールも含めて予定を全て出演していたならば積み立てまでは回らなかっただろう。ギリギリの決算となっていただろう。
 Jrコンクールで優勝し全国大会に出場するチームの遠征費用は一人8万円余りだと聞いた。その資金集めに苦慮しているようである。このご時世では賛助金もなかなか集まりづらいだろう。
 後援会は市町村合併してからも毎年助成してもらっている。しかし市町村合併に伴い、農業団体や付随する団体も合併や解散をしたりと町時代の組織力とは比べられないぐらいに弱体化した。その中でも何とか応援したいと頑張ってくれている。有難い。
 出来るならば今年の倍以上の額が毎年積み立てしていける財政状況とたればと思う。そういう基本の財源が積立てしていければ、もしかしての全国大会出場や遠征する費用の基本財源となる。
 2次会のスナックでキャンビーやハワイの話に盛り上がった。何年経ってもその興奮は冷めない。そして一緒にいったメンバー達の絆も強い。出来るならば今の子供達にもその経験を積ませたいと思う。しかし、それを実施するには絶妙なタイミングが必要である。だが諦めてしまえば、もうそういう話しとはならない。あくまでも行く事を前提に環境を整えていくべきだと思っている。
 まずは今現在の運営を適正化していくことである。大人達はその為の努力をしていっている。子供達が夢を持った活動にする為に・・・。
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2009/1/25

総会終わる  
 体調不良。夕方になっても体内にアルコールが残留中である。
 昨日午後から亜〇沙と恵〇・麻〇を引きつれ新年会のオードブル作成大作戦を行う。大皿や箸・・・もろもろの買い出し、そして盛り付け。帰りに寄った先生のコーヒー店からケーキの差し入れ。メンバーのおじいちゃんがうどんを打ってくれ、父兄が厨房でその準備をしてくれる。隣の会議室で幸〇町内会の会合と重なる。そこからオードブルや飲み物の差し入れ。いつも簡素なテーブルが今年は当たりがいい。新年会はめちゃくちゃな盛り上がりとなった。後片付けもメンバーみんなが協力してあっという間に終わる。
 宿題にしていた新年の抱負も、全員がしっかり話してくれた。1年でみんな成長している。そして新しいメンバーも増えた。助成事業で備品やそしてバックアップ体制も整いだす。栗沢太鼓にとって、今年は大きな変化となる年となりそうである。
 メンバーのあの元気良さこそ栗沢太鼓のよさである。その元気を太鼓を通して地域に還元する。それは更に地域全体が応援団となってくれるだろう。メンバー一人一人では小さな力だがスクラムを組んだ時の力は無限である。幼いメンバーだと馬鹿にしてはならない力となる。
 ・・・体調不良・・・昨日のお酒は美味しかった。そして楽しかった。
 
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2009/1/22

大きな励み  
 昨年の今頃、書道展の出演のきっかけを作った沢〇さんから携帯に突然の電話が入った。書道展の出演依頼だった。
 沢〇さんは栗沢太鼓のこれまでの活動をよく知っていた。その電話の次の練習には会場に顔を出し是が非でも出演してほしい勢いだった。その時点でサミット歓迎演奏会と重なっている日と解っていた。だが、その演奏会の具体的な会合も開かれていなかった。ただ、書道展の時間帯はお昼頃とのことで両方の出演の可能性はあると思っていた。しかし子供達のメンバー編成では5曲の消化は難しいとも感じた。秀〇・麻〇・一〇の協力の確約を取ってその出演を快諾した。
 その後、沢〇さんはその連絡などにちょくちょく練習前に顔を出してくれた。その度に子供達へ差し入れをしてくれた。チョコやキャンディーや飲み物など・・・。そして和鼓連の演奏会や農業祭・新年初打ちにも見に来てくれている。栗沢太鼓の大ファンである。そして応援団である。
 『書とのコラボ』は大成功に終わった。そして同じ日のサミット演奏会もメンバー全員が出演し大成功となった。
 住んでいる栗沢の街に元気のいい太鼓チームがある。それは沢〇さんや栗沢の人達にとっても誇らしく感じ取っている。そういう人達がいることは私達にとっては大きな励みである。
 小さな太鼓チームでも、子供達が中心のチームでも海外公演や書道展の様なイベントに参加が出来る。綿密な計画と練習を積めば挑戦できるいい見本の例となった。そしてこういう機会を作ってくれた沢〇さんに感謝したい。


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2009/1/21

みんな応援している  
 20年度の最後の練習が終わった。土曜日に総会を行って、21年度の活動となる。20年度は何人ものメンバーが卒業して幼いメンバーが中心の年となった。どうなるか心配の年となったが、みんな頑張ってくれてそれぞれの演奏会やイベントを消化できた。立派だったと思う。春から見るとそれぞれの顔つきが変わったのが大きな進歩をしたと感じている。
 20年度は発足して25周年の記念の年であった。町時代は周年事業として5年単位で、農業祭などに他団体を招待しての演奏会を行っていたが、現状では会維持費用が精一杯であった。そしてメンバー構成も小・中学生中心となり大きなイベントを組めないと判断した。しかし何かを残したいという思いがあった。1年生から参加できる記念曲を作り農業祭に30分枠の演奏会を開催した。それが今できる精一杯の事だったと思う。それでも子供達はよく頑張ってくれた。その後の『宵祭り』も一生懸命演奏し大盛会であった。25周年の記念の年としてふさわしい栗沢太鼓の活躍だった。
 出演したイベントの中で書道展の出演は大きな収穫だった。太鼓と書とのコラボは初めての体験であった。狭い会場が隙間無く人で埋まった中で少しもミス無く立派にこなした。残念ながら会場のスペースで高学年しか参加できなかったが、参加したメンバー達は大きな経験となった。その同じ日に、全道9会場を繋いだサミット歓迎『北饗祭』がキタオンで開催された。時間調整が出来て全員がキタオンに集合できて参加できたのも大きな収穫だった。1〜2年生達も戸惑いながらも演奏に参加した。そして団体演奏も出来たのもラッキーだった。残念ながらJrコンクールは参加できなかったが、次年度以降に向かっての大切な1年に様々な経験を積んだ。
 合併してから身が細くなるような運営をしてきた。そして様々な紆余曲折があった。合併後3年を経過して、栗沢太鼓はメンバー達の頑張りでその存在感をアピールし続けた。それは間違いなく社会に浸透していっている。そして課題も問題も整理されつつある。これからはそれらの問題点を一つずつ解決していこうと思う。
 子供達には大人の利害や醜さの中に巻き込みさせたくはない。子供達に言い訳の出来ない活動にはしたくない。夢を持って太鼓に打ち込めれるものにしたい。・・・もう少し待ってほしい。大人達はみんな応援している。


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2009/1/19

CHANGE  
 総会が近づいた。市町村合併してから3年が経とうとしている。状況も少しずつ落ち着き出してもいる。合併特例の助成金も他団体と同じ額になる。町時代からのいい面はそのまま残し、合併してからの歪んだ一面を修正していくことも必要な時期である。そう考えたなら、今年の総会は大切である。
 市町村合併してから、会の財政は絶えず非常事態宣言である。それをまず解決しなければメンバー達に、子供達に夢を持った活動はなくなってしまう。助成事業で備品類は当面心配しないですむだろう。後は一番大切な運営費用である。会員が増え続けることは、この少子化では極めて難しい。助成金も大幅に増えることも無いだろう。出演で得る謝礼も毎年少なくなっている。そんな中で会場使用料や事務費・会議費・負担金などはどんなに節制しても変わりなく必要である。そして会費を上げることはもう限界である。むしろ下げて兄弟の多い家庭を支援したい気持ちである。
 総会での大きな議題はそこにある。子供達が安心して活動していける環境を作っていきたいと思う。その為には、多くの人達の支援が必要になってくる。そういう支援者が活動しやすい形にも持っていかなければならない。
 支援者からは応援の言葉やアドバイスをいっぱい貰っている。今年こそ「CHANGE」しなければ、栗沢太鼓の未来への夢は薄らいでいく。


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2009/1/17

目を輝かせた・・  
 今日の練習は『山彦』のAを憶えてない低学年達に先輩達が伝授する練習を行う。最後に低学年達がAを担当して演奏する。早い者はもう習得している。1年生の姫〇が元気よかった。もうすぐ彼女の後輩が出来る。
 この冬季の季節でやっておきたいことがいっぱいある。夏の太鼓シーズンに向かっての全員の技術の底上げが第一だが、それよりも全員がモチベーションを持てるようになることが大切だ。一人も落ちこぼれず全員が目を輝かせてほしいと思う。技術は後から必ずついてくる。
 コンクールに向かっての練習方法も考えていかなければと思っている。今年は低学年も入れて挑戦していく。その為の練習も早くから取り入れたい。その為には大人達も大きく考えの変化が必要であるだろう。情報収集と対策が必要にもなる。目標は3年後である。3年後には誰しもが優勝して当たり前のチームとなっていたい。さて・・・そうなるか。
 技術は変わるかもしれないが、今のやり方・進め方は大きくは変えない。学校が第一で、勉強・部活を大切にしてそして太鼓も頑張る。それでそういうチームとなったなら、それは凄いことだと思う。
 メンバーには太鼓をやっていてよかったと思ってほしい。その気持ちを作るのは大人の役目である。練習に顔を出したり、農業祭や初打ちに先輩達がやってくるのはその証だろう。今のメンバーにもそうなってほしいと思う。
 

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2009/1/15

『書』編集  
 送られてきた書は墨が乾燥してしわしわの状態である。そして1m四方位の大きさで普通のコピー機では乗らないサイズである。試しにアイロンをかけてしわを伸ばそうとしたが無理だった。
 壁に画鋲を十数本使ってなるべく伸ばすようにして貼り付けた。三脚にカメラをセットして各書を数枚ずつ撮る。それをパソコンに取り込みトリミング。編集ソフトで着色した。太鼓にあったダイナミックな力強い書である。沢の字と澤の字で書かれた2種類がある。どちらともいい出来なのだが、私の好みとしては澤の文字の書体がいいと感じている。だが、今までは沢の文字で統一してきたのでどうなのだろう?そこまで考えないでもいいか。総会でみんなと相談したい。公開は総会と思っていたが内緒で掲載する。みんなの感想を聞きたい。


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2009/1/13

書届く  
 昨夜、役員会を開催。他の行事とぶつかって出席したのは5人だった。主な議題は助成事業・顧問相談役の依頼・会場費の要望書について。会議は数十分で終了。その後、松〇ジンギスカンで2時間余りの食事となった。そのジンギスカン屋さんに三〇さん。急遽、合体する。
 しばらく太鼓に顔を出さない会長と事務局長は、その間の隠れ情報に目を丸くする。苗字の変わった人や消息不明者のこと、〇別の〇〇の〇さんのこと、農業祭の賞〇事件、〇〇の彼女の・・・などなど。話は惜しみなく続くが、その続きは総会までに情報収集してのこととなった。
 ポストに巨大な封筒が半分はみ出して入っている。送り主を見ると書道の先生からだった。明けてみると全紙サイズに書かれた書が2通と縦書きの2通。頼んでおいた『栗沢太鼓』の書を送ってくれたのである。早速お礼の電話を入れた。その中の一つを新しい半天の背中に入れる。そのデザインは太鼓をイメージした円形模様とその中に子供達の元気いっぱいで勇壮に打つ姿をイメージして書いた書とのことだった。
 余りにも大きいサイズなのでスキャナーできない。仕方なく、写真撮影する。現物の書は総会でみんなにお披露目したい。その前にちょっとだけ掲載しよう。

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2009/1/11

成人式  
 今日は市の成人式である。和鼓連に今年も依頼が来たらしいが時間が短く、新成人で演奏することになった。我がチームには2名の該当者がいるが、一人は寮生活、もう一人は音信不通と演奏参加はお断りした。ここ数年は恒例の様に成人式会場に顔を出していた。何か物足りない。
 発足して10年余りは1月15日の成人式が年度総会の日であった。その頃の町の成人式は午前中から始まり午後の2時位までの長い時間であった。昼食は讃岐うどんが振舞われた。そしてアトラクションに栗沢太鼓が演奏された。
 総会はその成人式終了後に大会議室で行うのが恒例となっていた。来賓はそのまま成人式から総会へと移動していた。その成人式も時間短縮等で出演する機会はなくなった。町での出演は20周年を迎える年に演奏したのが最後であった。その年に教育奨励賞を受賞している。
 合併してからは合併した翌年に北村・豊年・栗沢の3団体での記念演奏、そして昨年は新成人の一〇と栗沢太鼓を代表して3名が演奏している。
 成人式に太鼓がないというのはなにか寂しい。そして今の成人式もあい素っ気の無いものである。市になって尚更感じる。よその成人式のような暴れたもので無いからまだ良しではあるが。
 毎年、成人式は天候が荒れ模様である。この近辺はそうでもなかったが太平洋側は相当に荒れたらしい。今日が成人式を行ったところは延期したところもあったのではないだろうか。
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2009/1/9

経験は高いものにつく  
 6年前の今頃はキャンビーにいた。3年前はホノルルだった。太鼓を担いでえっちらおっちらの旅だった。年数が経ち記憶も徐々に薄らいでいっている。
 パソコンを本格的に始めたのはキャンビーから帰ってからのことである。キャンビーへはフイルムの一眼カメラでの撮影だった。メンバーの中にはデジカメを持ち込んだ者もいたが・・・。その頃はデジカメ一眼も高価な製品しか販売されていなかった。その年の秋に普及版の一眼カメラが販売されて、ついつい衝動買いをしてしまった。今もそのカメラを愛用している。今では購入価格が半分で性能が倍位よくなっている。パソコンもしかり・・・。
 20万を越えて購入したパソコンは今は納屋の片隅にある。そして今は398で購入した中古パソコンである。現状では画像の処理にメモリー不足を感じるが十分に用を足してくれている。いとこの誰かさんは新年早々パソコンが壊れビスタの新しいものを購入したが、XP用の古いソフトが使えず大変なことになっているらしい。昨年、A3ノビまでのプリンターが壊れその修理代の見積もりが1万数千円。廃棄をお願いした。古いA4のプリンターを使っていたが、インクを買いにいってそのインク代に千円ほど上乗せすればプリンターが買えた。ずっと性能もいい。希望する能力も発揮しているので数千円のもので十分役立っている。
 高性能のものは魅力的である。カタログを見るとついつい性能のいいものを物色してしまう。しかし、その性能は殆どが宝の持ち腐れである。A3ノビまでが使えたプリンターもその大きさのプリントは数回しか使わなかっただろう。あの1台で今のプリンターが6台は買えたことになる。
 経験してその無駄が解ることになる。これも勉強代か。この勉強代、高いものである・・・。


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2009/1/8

1年の区切り  
 新年初めての練習を行う。みんな元気いっぱいに集まってくれた。何人かは神社で太鼓の運搬を手伝ってくれた。助かった。新年総会も24日に開催の予定である。いよいよ新しい年のスタートを切る。
 1年の中で区切りをつけることは大切だと思う。新たな気持ちで、そして新たな目標を持って前進する。その区切りは栗沢太鼓では年1度の総会となるだろう。ただ恒例だけではなくて、昨年一年を振り返りそして新たな一年を迎える気持ちの切り替える時でもある。また総会ではメンバー全員の新年の抱負を語ってもらう。去年の総会では何も話せなかった2年生達が(昨年は1年生)今年は抱負を語れるか、1年でどれだけ成長しているかを見る機会でもある。内心は心配であるが・・・。
 一年で太鼓が上手くなったからだけでは成長しているとはいえない。自分で衣装が着れて、団体活動が出来て、そしてステージ演奏が出来る・・・。太鼓をすることは沢山のことが出来るようにならなければならない。上手に打つことは練習を重ねれば出来るが、その実力を出し切ることは様々な体験と成長が必要になる。
 去年も何人も練習中に泣かせることがあった。厳しい練習をしている訳ではない。たいがいは個人のわがままで集中できないことでの注意である。出来る・出来ないでで叱ることはない。やろうとしていることを理解していることが大切で、そしてそれに向かって集中することが大切なのである。自分の我を張りわがままを通す者には容赦はしないのである。・・それで叱られ泣きじゃくる子は去年は何人かいたなあ・・・。
 さて、今年はJrコンクールに出場できるまでに成長をしてほしいと思うが・・・。


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2009/1/6

極寒の地  
 陸別町が−25℃、彰〇はしばれてないか。旭川の一〇は、旭川は凄いところだと興奮してしゃべっていた。
 学生の頃、剣淵の友人宅に一泊した。その夜は−30℃まで下がった。夜中に住宅からミシっと音がした。『−30℃以下になるとこういう音がする』と言っていた。翌朝、車のエンジンは「ビ」といったきりセルは回らなかった。大きなバッテリーを繋ぎやっと「ウーウー」とセルが回り「ドド」とエンジンが動き出した。その頃の車はそんなものである。タクシーは一晩中エンジンをかけていると言っていた。時にはジェットヒーターでエンジンを暖めるとも話していた。同じ北海道でもとんでもない所だと思った。
 帰路、その寒さで車の水温は上がらずヒーターは冷気を出しっぱなしであった。旭川市内で商店の前にあったダンボールでラジエターにあてた。ようやく水温が上がり始め車内が暖まり始めた。その頃、今もそうかもしれないが車は私達の地域では寒冷地仕様であるが、彼らが住む地域は極寒地仕様であった。エンジンオイルも粘土の低い物を使用していた。
 車自体も今の様なコンピューターで制御されたエンジンではない。キャブレターを使ったアナログエンジンでもある。冬の朝エンジンが掛からなかったり、滑って発進し無かったりとトラブルがよくあったものだ。しかし、今の車でのトラブルは皆無である。凄い進化をしたものである。
 その車も売れないという。日本経済を引っ張ってきた車と家電がピンチである。大きな時代の変化が起こるのかもしれない。
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