2009/3/31

夢へ・・・  
 美容師の道を選び埼玉に就職した娘は、自分の本当の夢を叶える為に新たな道に挑戦しだした。就職して貯めたお金を元手に彼女はいばらの道へ進む。彼女にそれだけの積極性があったのかと感心している。そしてそれが出来るのも若い今の時期でしかないのかもしれない。歳をとって後悔するよりもいいかもしれない。そういえば彼女の太鼓は思い切りのいい感性の太鼓だった。それは親譲りだった。
 ホテルに戻り、コンビニで買ってきたワンカップを飲みながら彼女の親はしんみりとその話を始めた。心配で心配でという気持ちと、好きなことをやらせたいという気持ちが葛藤しているのである。美容師になって、いつかは北海道の店に転勤になればという気持ちもあったのだろうと思う。それがいつの間にか演劇を志したいという気持ちが復活したのである。
 学生時代にも演劇を確かにやってはいた。太鼓の練習もその演劇の練習期間は休みがちであった。だが、まさかなのである・・・。美容師の学校には特待生扱いでの入学であった。授業料が免除された親孝行娘であった。『入学が決まりました』と報告があった。そして無事に卒業し道内にもある大手の美容院に就職したのである。
 しかし、彼女の夢は抜け切れなかった。どうしたら夢を実現しようかと模索していたのだろう。その為の道を探り貯金をして行動となったのである。あっぱれである。
 父親に話した。『夢を追いかけている時に忠告は聞かないよ。でももしも駄目でも美容師という手に職を持っている。その点は安心かもしれない。凄い女優になったりして。・・・』。父親はうなずいていた。
 彼女の夢の実現を願いたい・・・。
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2009/3/30

相手あっての・・・  
 キャンビーのナンシーが亡き山田町長の墓参りに来るという未確認情報がある。時期や日程は定かではない。おそらく栗沢太鼓にも何らかの話は来るだろう。前回の訪問の時は子供達と讃岐うどんを打った交流があった。そしてその翌日の夜に、文化センターで階段を踏み外して骨折するハプニングもあった。ちょうどハワイ公演の打ち合わせがありメンバーが駆けつけて彼女を抱えて車に積み込んだ?。通訳の乃利〇ちゃんも同席していて会合から介護にいってもらった。
 町が合併する前の話である。それまでの功績にナンシーを招待して表彰した時のことであった。その翌日の表彰式も車椅子で出席したという。千歳空港に何人かで見送りにいった。彼女のギブスにマジックで栗沢太鼓とサインをしてやった。急遽AETのデマリーが車椅子のナンシーに付き添って帰国していった。ポートランドの空港には息子さんが迎えにくるということだった。うれしい来日であったがハプニングの来日でもあった。
 彼女は山田町長を尊敬していた。姉妹都市を探していたアッカーマンさんと山田町長が意気投合して姉妹都市となったと聞いている。アッカーマンさんは日本では教育長みたいな職であったらしい。ナンシーは全くのボランティアで国際交流を行っている。毎年、旧栗沢町、現岩見沢市の子供達を受け入れるサポートをしてくれている。大変な労力である。しかし子供達を愛し、そして厳しさをもった優しいおばさんである。キャンビーの交流は彼女がいなければ出来ないことだ。頭が下がる。
 合併という分岐点でも姉妹都市は継続してくれた。しかしその切欠を作ったアッカーマンさんと山田町長は亡き人になってしまった。世界同時不況など情勢はその都度変わっていく。ナンシーとはこれからのことを話せるいい機会となるだろう。こちらの希望だけでは事は進まない。相手あっての交流である。相手の気持ちが事を動かすのかもしれない。
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2009/3/29

新学期・・・  
 夜の8時過ぎに火事の連絡。場所確認に行く。遠くからでも大きな火炎を確認できた。市外から離れた農家のようである。何台もの赤色灯が炎を囲み、サイレンを鳴らしながらパトカーが通り抜けていった。近くまでいった頃には火も小さくなっていた。大体の場所を確認して家に戻る。メンバーの家ではなさそうだ。春の乾燥期であるごみ焼きや野火から火災になることもある。気をつけなければ・・・。
 来週から新学期となる。楓〇は新1年生、育〇は中学生に進学、他のみんなは1学年ずつ進級する。新しく入るメンバーとは毎年年齢差がついていく。この時期になると年を取っていく自分と向き合うのである。平成生まれが入ってきたと驚いたのはちょっと前だったような気がするが、新入生の楓〇は平成14年生まれである。彼女の生まれた年は翌年のキャンビー公演に向けての猛練習の年だった。時の経つ早さに驚く。
 さて、進学・進級して子供達の環境も変わっていく。受験に向かう子や今年から部活に入る子もいる。その変化に苦しむことがあるかもしれないが立ち向かっていってほしいと思う。これ位の変化で音を上げていては、いい太鼓などは打てない。
 年を増すことに楽しみをもっている。彼らがどう変化し、どう進化していくか。様々な可能性を秘めているだけに、数年後の彼らの姿を早く見てみたい衝動になる。それは無理としても、忙しい環境の中で限られた練習で上達していく術を、大人が作っていかなければならないのだろう。プレッシャーは変わらない・・・。
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2009/3/28

子供から大人へ  
 全国大会から戻った幌〇太鼓からお土産をいただいた。大した餞別でもないのに申し訳なかった。今日の練習にみんなでお土産の『うなぎパイ』をいただいた。みんな『美味しい』とパクついていた。
 つ〇む兄さんをセンターに『絶世』を通して演奏してみた。課題は両サイドで打つパートだ。小さくゆっくりから強く早くを二人で合わせるのは至難の技である。このパートを高学年のお姉さん4人で受け持つ。誰が組んでも合わせられるようにと注文する。そしてセンターの後継者である。『希望する者?』誰もなし。・・・6年生へ進級する修〇と雄〇を指名した。
 後半の練習は、そのパートに分かれての練習となった。センター指名の二人はつ〇む君と特訓。サイドパートの4人は休憩時間も練習に打ち込んでいるが、なかなか息は合わない。この難しいパートをこなせたら本物である。スピードと強さをコントロールする技術は、遅いほど・弱いほど難しいのである。それに更に変化する技術も加わる。更に難度となる。きめ細かさと強さ、感性も磨かなければならない。彼女達は頑張れるか。子供の太鼓から大人への太鼓への脱皮である。期待したい。
 目の前に目標がないと練習もどこか気が抜けている。この時期に気が入っている者と気が抜けている者とは雲泥の差となってくる。その為にも刺激のある練習が必要なのだろう。メンバー全員が順調に成長・進化を繰り返していってほしいと望んでいる。
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2009/3/26

選択は難しい  
 呉服店から半天のカタログを貰ってくる。大人から低学年まで同じデザインで統一した半天をと思うとごく限られたものになってしまうのである。殆どは大人サイズの物しかないのが実情である。
 今回は染め半天と思っている。きらびやかなプリント半天とは違うものとなる。それはすばらしい書をあでやかに背中に背負いたいこと。そして大人用のサイズしかないところを呉服店でサイズ違いに作りかえる作業があることである。この二つを可能にするにはプリント半天では無理となる。3種類のサイズを用意して、メンバーの成長に合わせてサイズアップしていく。その為には各サイズとも余裕をもって用意したい。そして長い年月でも使っていけるいい品物にもしたい。
 カタログを見ながら、この品物で或いはこっちの品物でと演奏する姿を想像する。自分達の曲想に合い、若いメンバー達がステージで晴れやかに映る。そして他チームにはないオリジナリティーのあるもの。その選択は難しい。
 新しいスキーウェアーや新しいスキー用具に変えるたびに新たな意欲が生まれた。今回の助成事業はメンバー達の更なる意欲と上達の大きなチャンスだと思っている。いい衣装に、いい太鼓を打つことは、今までの我慢してきたうっぷんを一辺に晴らすことだろう。
 そして、いい太鼓を使いこなすだけのプレーヤーとなってももらいたい。・・・夏が待ち遠しい。
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2009/3/25

変身大作戦  
 今日もサムライジャパンに酔いしれた。ニュースが在る事にイチローの決勝打が映し出され続けた。何度見ても見飽きないシーンである。日本中に勇気を与えてくれた。
 練習を1日空けただけなのに、なぜか何日も休んだような感じだった。基本練習の後に秀〇の結婚式のことをみんなに報告した。二人の写真をみんなに見せる。『これ秀〇ちゃん。』『かわいい。・・・』『違う人みたいだ。』・・・興味心身である。
 萌〇・姫〇・楓〇の3人と小締太鼓の特訓である。他の者はつ〇むと麻〇に預けて『絶世』の練習である。
 二人の抜けた小締隊を萌〇と姫〇の二人でやってもらわなければならない。いつも顔を下げ生き生きさの無い二人を自信にみなぎったプレーヤーへの変身大作戦である。様々な練習を取り入れている。強く打つこと、小さな音を正確に打つこと、早いリズムを打てる技を掴むこと・・・。
 萌〇が変わりはじめている。自主性を重んじすぎたせいか、彼女には目標があいまいになっていたのかもしれない。彼女には姫〇と新人の楓〇を引っ張っていく存在になっていってほしいのである。先輩達が小締隊から胴太鼓に移っていって彼女も戸惑ったのだろうと思う。それまでは先輩達を頼って演奏をしていた。そんな先輩達が抜けてしまった。心細さもあったのだろう。その彼女の背中を押して一歩前に成長させたいと思う。下の子たちのいいお姉さん的存在になってもらいたい。
 ただ太鼓が上手になればいいのではない。上達した者は尊敬される存在になってもらいたい。それは技術だけではなくて人としてでもある。成長すれば後輩達も入ってくる。いつまでも甘えるだけでは困る。後輩達から甘えられる人にもならなければならない。そうやって成長していくのである。
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2009/3/24

1番のプライド  
 凄いゲームだった。オリンピック金メダルのチームは実力どおりだった。だが、日本の1番を、本当のスーパースターを甘く見た。調子が悪かった1番は本来の1番に戻りかけていた。その1番のプライドを甘く見た韓国は敗れ去った。日本の1番は世界の1番である。役者が違うのである。
 勝ったからといってマウンドに国旗を立てたりすることは対戦相手を侮辱する行為だ。すばらしいゲームだったのに、勝った事を鼻にかけて見せびらかすのは武士道に、騎士道に反する行為である。本当の勝者は相手を尊敬し尊重するものである。それが出来て初めてライバルである。日韓は、野球もサッカーも或いはフィギアもいいライバルになってほしいと思う。相手を中傷し軽蔑する行為は決してしてはいけないことだ。
 野球の実力はアジアが本場を越えたかもしれない。だが、メジャーリーグはただの野球とは思わない。ただ勝つだけではなく、アメリカ流のエンターティーメントが加わった楽しむ為のベースボールではないだろうか。豪快なホームラン、100マイルを越える剛速球、華麗な守備、様々なスーパープレー・・・それらを表現できるスーパープレーヤーが世界から集まったエンターティーメントである。スポーツの域を超えた存在かもしれない。
 勝つ為にはどんなことでもする。そこには戦略や作戦がある。個人や組織的な精細なテクニックも加わる。それは力の無い者が強い者を負かす為の手段である。日本の野球、韓国の野球はそこのところが本場を越えているのだろう。だが、遠くへ飛ばすバッティングやかすりもしない剛速球を投げる身体能力は魅力いっぱいである。
 キャンビーで味わった感動できるものには惜しみない感情表現をする。それがエンターティーメントのベースボールなのだろう。そして太鼓は勝敗ということよりも、観衆を酔わすエンターティーメントではなかろうか。
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2009/3/23

花嫁3  
 狸小路の2次会の居酒屋へタクシーで移動。築数十年は経っていそうな建物に入る。細くて急な階段を2階へ、そこにはいっぱいのお客さんがひしめいている。その渕を身を小さくして通り抜け更に階段へ。会場はその3階の屋根裏みたいな部屋であった。壁には落書きや昭和初期の看板やポスターが貼られている。
 披露宴にいた他のお客さん達は先についていた。遅れて入った私達の座る席を作るのが大変だった。全員が座るには余りにも狭い空間だった。飲み物のオーダーを取り全員に届いたのはその後10数分の時間が要した。屋根裏のその座敷には3つのテーブル席があり、新郎の関係者のテーブル、新婦の職場のグループ、新婦の家族と太鼓のグループに分かれて座った。だが、座っただけで身動きできない状況となっていた。披露宴会場のモダンで清潔感のある会場とは雲泥の差であった。
 飲み物が届きだすと、どこかしこで乾杯の音頭である。それが次々に行われ、全員の乾杯の合唱がくどい位に続いた。宴はたけなわとなる。グループを離れての交流も続いた。その会場に新郎新婦が遅れてやって来た。新婦が『泣いた〜?』私のそばに座り込んできた。『あんな明るいしゃべり方で泣けるか。』・・・宴は更にたけなわとなっていく。
 弟の一〇がなかなか側にやって来ない。堪りかねて呼びつける。・・・事情聴取を行う???。聴取後は子供達のことになった。みんなが上達していることを喜んでいた。春には土曜の練習に顔を出したいということだった。
 2時間の予定の二次会は3時間を越えていた。同級生達はカラオケへ、そしてオジサン組みは居酒屋へ。会長、豚くし・焼き鳥・カツを注文。ビール1杯とそれらを平らげうたた寝となった。腹も収まりホテルに戻る。
 陸〇の彰〇は翌日10時に帯広で仕事だというが、無事に帰れたか。
 新婚旅行は石垣島だといっていた。今日が出発だろう。海外だったら成田の事故で出発できなかったかもしれない。いろいろあったが楽しかった結婚式だった。
 追伸:彰〇の嫁さんが懐妊したという情報があった。


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2009/3/22

花嫁2  
 静岡の先生から入賞は出来なかったという情報が来ている。残念。

 2台の車でビジネスホテルに集合する。陸〇の彰〇は遅れていて直接に会場に向かうらしい。ホテルから2台のタクシーで教会へ。正面は高い天井までのステンドグラス、キャンドルの明かりのチャペルに、父親に導かれて花嫁が入場してくる。待っている花婿に手渡され、型通りの式が厳かに執り行われた。教会正面で花嫁のブーケが投げられた。受け取ったのは栗沢の3人娘(その中に麻〇も入っている)であった。写真撮影が行われる。
 祝賀会はチャペルの隣にあるレストランである。始まる直前に彰〇がジーパン姿で登場(彼はクラス会の出席である?)。つ〇むが用意していた借り物のスーツに着替える。
 祝賀会はビュッフェスタイルである。好き好きに飲み物を頼み、好きな食べ物を取ってきて食べる肩の張らない祝賀会であった。花婿・花嫁は大きなテラスにイギリス製のクラシックカーにのって登場して来た。なかなか請った趣向である。途中には二人のことをモニターで紹介された。キャンドルサービスもいつもとは違い、花嫁花婿からお客さんへ、そして隣の人へと火を移していった。
 花嫁から両親への感謝の言葉があったが、あのキャラである。泣けるような内容なのだが、明るい言葉で表現されていた。最後に花婿の感謝の挨拶があり祝賀会は和やかにお開きとなった。
 2次会がセティングされていて、着替えと荷物を置きに一度ホテルに戻った。

・・・続く

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2009/3/22

花嫁1  
 21日17:00、宮の森フランセス教会で我がチームのお姉さん秀〇ちゃんと南〇町の佐〇木将〇さんが挙式を上げました。
 まずは第一報の写真を投稿します。

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2009/3/20

栗沢太鼓の娘  
 WBC。韓国に勝って1位通過した。ピッチャーはどちらもエース級ではなかったが、勝ちは勝ちである。決勝でまた再びの対戦を予感する。 
 幌〇太鼓は今頃は静岡。明日は本選だ。頑張ってほしい。合同チームの時の教え子やスタッフもその中にいる。幼いチームだが、何かを得てきてほしいと思う。そのいい所は盗み取る。
 明日午後から栗沢太鼓の娘の結婚式に行く。残念ながら今回は太鼓の演奏は無い。物足りなさはあるが、ゆっくり出来る安堵感もある。彼女の成人式の時は5人のメンバーが成人を迎えた。カメラを片手に成人式に出向いた。小柄な彼女の姿は七五三の記念撮影であった。
 会員が少なくなり活動も低迷した頃、練習会場を茂〇丑集会所から今の文化センターに嘆願して移動した。太鼓の騒音で練習場は移動に移動を重ね茂〇丑となってしまった。これが低迷への道だった。市街地から離れ道も山坂があった。太鼓をやりたくてもその交通手段が難題となった。活動は低迷していった。その対策の手を打った。
 その最初に太鼓の門を叩いたのが彼女と弟だった。積極的な彼女は同級生や友人を勧誘し、低迷を脱却するきっかけを作ってくれた。彼女らは一生懸命だった。その気持ちに答えたい為に、練習方法や技術を研究した。そして彼女らも急速に進化していった。その努力はキャンビー公演へと繋がる。もし彼女らがいなかったら『姉妹都市へ行く』という夢は途絶えただろう。
 彼女らが作った夢の実現は、今の子供達にも大きな夢を与えている。基礎となった彼女らの世代の上に今の子供達がいる。それは彼女ら以上に進化する期待をいだかせる。
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2009/3/19

1番・・・  
 日本の1番イチローから快音が聞かれた。『心が折れかけていた。』というコメントは、いつも自信満々で話す彼から聞かれるとは思わなかった言葉だ。何が彼を狂わせたのか。昨年の春も調子は悪かった。年齢から来る衰えなのか。
 レフト前のヒットは芯をはずした当たりだった。しかしそれまでの球に当てるだけの様ではなく、振り抜いたスイングだった。そのちょっとしたことが1〜2塁間を抜けていった。その後の3塁打はバットのヘッドが下がらず真芯に球を当て振り抜いたスイングをした。もう立ち直ったのではないか・・・。明日の韓国戦は勝つ!!
 さて栗沢太鼓の1番、秀〇の結婚式が土曜日夕方、札幌の教会で行われる。この間までこの1番も体調不良のスランプ状態だった。(原因は年末年始の暴飲暴食らしい)本番にスランプとならないだろうな。
 陸〇に幽閉の身の彰〇も強引に出席する??。内地に就職したあ〇ねは出席しないが(その親が出席する)キャンビー公演の主力メンバーが集まる。夕方の時間帯でもあり札幌市内のホテルに一泊することになった。楽しみと恐ろしさを想像する。思い出話に花が咲くだろうが、2次会がすすきのである。ギンギンギラギラのネオンと甘い言葉に誘われて悪さする奴がいるかもしれない。だが、もうみんな大人である。キャンビーの時の様な心配は無用だ。まあ自分で処理してもらおう。そして私はカメラマンをするらしい?。
 栗沢太鼓の孝行娘が嫁に行く。うれしさ半分、心配・さみしさ半分である。早くから報告は受けたが私から言ったことは『後悔のしない結論を出しなさい。』だった。幸あれ・・・。
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2009/3/18

100円ショップ  
 携帯のデーターの移し変えの時間帯に100円ショップに寄った。風〇用の麺棒(バチの代用)や竹バチの握りの部分に巻くのに何かいいものは無いかと物色した。栗〇のダ〇ソーから姿を消した26cmの麺棒がちょうど2本並んでいた。早速買い物籠へ。テープコーナーにコルクのテープを発見。これは代用になりそうだ。4本を籠へ。材木コーナーに太さ30mmと35mm、長さ50cmの丸棒を発見。締太鼓用のバチに角を落して使えそうだ。小学生の手には35mmは太いか?。30mmが7本。6本を籠へ。
 今日の練習で風〇に真新しいバチ(麺棒だが)を手渡す。ニコニコ顔である。上手になった頃に本物のバチに変えればいいだろう。締太鼓用は角を落して実践に使いたいが、さて上手く角を落せるか。コルクのテープを竹バチに巻いた。でこぼこに仕上がったのは佐〇間さん作である。厚みがあって少し太目となった。
 太鼓の購入の時にまとめてバチを購入予定でいる。そして全員にプレゼントしようと思っている。それまでは今あるバチを我慢して使ってほしい。
 いよいよ秀〇の結婚式が今週の土曜日となった。ごく内輪でのことで招待客は50名余りだそうだ。太鼓関係は三役と同級生3名が出席する。子供達にお祝いのメッセージを色紙に書き込んでもらった。間違いなく手渡したい。彼女にはまだまだ栗沢太鼓に貢献してもらう。子供達も望んでいるだろう。
 『子供が出来たら、栗沢太鼓に入れる。』というが・・・。あいつのガキは元気がいいだろうなあ。
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2009/3/17

未来の夢  
 この時期さして使わない携帯である。最低の利用プランなのだが毎月未使用分があり今は最大の繰越となった。そんな携帯なので新機種に交換という気も起こらなかったが、電池が余りにも持たなくなってしまった。前回の機種変更はハワイ公演の時である。これも電池の寿命が短くなっていた。その前はキャンビー公演の時でグローバルパスポートの機種に変更して町や家族との緊急連絡用に用いた。ちょうど3年周期となり今年がその3年目だった。
 先週、電話会社からダイレクトメールが来ていた。もうそろそろかとは思ってはいた。前日にフル充電しておいた携帯に電話が入る。そんなに長電話ではないのにバッテリーマークが1メモリー下がっている。その後にもう一電話。また1メモリー下がっていた。『これは駄目だ。』
 早速ダイレクトメールの割引機種の中から選択を開始する。これが決まらない。性能か実用性か・・・。たいして使わないのに、こういう時だけはカタログを見比べるのである。そして結局は実用性よりも能力を選択する自分がいるのである。買ってきた今、また選択を失敗したと後悔するのであった。
 まあ何でもこの小さな箱に組み込まれている。カメラに、ムービーに、TVに、インターネット・・・。さすがに洗濯機や冷蔵庫は組み込まれていないが、この能力がこの小さな中に組み込む現代科学は凄いものである。だが、はるか過去に真空管の白黒TVが我が家に来た時のあの感動は、携帯の機種変更では無いのである。
 自家用車がある。自宅にいて世界に情報が発信でき情報も得られる。わずか1〜2mmの厚さのTVが発売された。世界中のどこへでも行かれる。二足歩行のロボットが誕生した。・・・それらは子供の頃の未来に起こる夢の世界であった。さて、今の子の未来にある夢は何なのだろうか。・・・月に別荘を持ち、連休に火星へ旅行することかな?・・・
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2009/3/16

今楽しみなのは  
 今楽しみなのはWBCである。今日はキューバを完封して気分がいい。打線は164Kmの豪速ピッチャーを打ち込み、投手陣が完璧なピッチングで押さえ込んだ。爽快ではあるが、何か胸につかえた心境でいる。勝ったとはいえ、日本の1番の活躍がないとどうも調子が悪い。しかし、松坂はさすがであった。日本のエースが快投すればあのキューバ打線も沈黙させた。堂々たるものだった。役者が違うとはああいうものか。スーパースター、日本の1番の復活をこのWBCの期間で見てみたい。さて、彼は日本中の期待に応えられるだろうか。それが出来たならば本当のスーパースターであり天才である。
 やはり次戦は因縁のライバル、韓国となった。先発はダルビッシュとなるだろう。今日の松坂のピッチングを見て彼も燃えているだろう。相当の好投をすると思う。希望としては全試合を日本のピッチャーが完封して優勝する。どうだろうか。全く可能性がないとは言えない。次戦もまた面白い試合を見せてくれると思う。楽しみである。
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