2009/4/30

みんな成長している  
 例年4月末に決定の連絡が来るといっていた助成事業の決定通知がまだ来ない。待ち遠しいが何か不安もある。品物を決定し、衣装のサイズの集計をして決定と同時に発注をと思っている。太鼓屋さんも気を揉んでいるだろう。
 この助成事業は棚ぼたであった。合併して対象は市に1団体でしかないという情報があった。太鼓が足りないチームがあったり、皮の張替え時期のチームもあった。申し込んだチームは3チームだった。その中に更に我がチームも入り込んではという気持ちがあった。しかし、苦しんでいる合併が合併特例という形で舞い込むことになった。苦もあれば幸もありである。
 練習会場費の件はなかなか前に進まない。相談役をお願いした町内の議員さん達に委ねるしかないと思っている。今はじっと我慢の時期だろうか。メンバー達が頑張っている姿は社会は決して見捨てない。必ず朗報が舞い込むと信じている。
 雄〇が怪我をして練習を休んでいる。野球の練習には参加しているというが無理をしていないか心配である。怪我の箇所の肘は野球も太鼓も大切な場所である。目先を考えないで完治させてほしいと思う。
 一〇は今頃は筋肉痛だろう。しかし、昨日は張り切っていたなあ。『絶世』をみんな覚えたのがうれしかったのだろう。また来ると張り切っていた。
 先輩達は『さすが』な太鼓を打っていた。技術うんぬんよりも年齢を重ねた味が出て来た様に見えた。社会人の自信が人格を大きくし、そして太鼓を離れたことが違った感性を生んでいるのかもしれない。・・・みんな成長している。
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2009/4/29

普通のこと・・・  
 ゴールデンウィークとなって珍しい顔が練習に訪れた。旭川の一〇は見本の演奏に手に豆を作って手本を示してくれた。結婚式で一緒になったOBの妙〇顔を出す。子供達はいつもより力が入って打っている。両者ともいい刺激である。
 2〜3年生の『山彦』も音に張りが出て来た。もう一息だ。『絶世』ももう一息。大人数での『絶世』は従来の5人で打つとは別の魅力がありそうだ。
 ミィーティングで新半天の柄が決定した。少し誘導気味だったが全員一致である。他チームに無いグリーン系の2種類を候補に上げた。どちらも無地の染め半天である。サイズは大人サイズの一種類しかない。それを子供サイズに呉服店で調整してもらう。その為には無地の選択しかなかった。そして長い期間を使うことを想定して濃い方を推奨していたが、全一致でその色に決定した。背中には書の先生の『栗沢太鼓』(澤でない方)の書、そして前にはTシャツにも使用している元秋〇教育長に書いてもらった『栗沢太鼓』の文字をいれる。これで歴史も伝承できる。 
 子供達は全員が早上がりで、後半は大人達ばかりとなった。話に花が咲く。お互いに何も遠慮の無い、そしてお互いを信頼している仲間である。顔を合わすことが楽しいと目でそれが受け止められる。それは子供達も受け止めているのだろう。いつもとみんなの雰囲気は違って見えた。いい所を見せたいという気持ちも加わっている。
 逆に自分が地方に去ったら、戻っていけるふるさとがほしいだろう。そこには自分の打っていた曲を伝承している者がいる。そして見る度に上手くなっている。また帰りたいという気持ちが生まれるだろう。気持ちの休まらない生活の中で、気持ちが和む瞬間ともなる。それは大きな財産である。今のメンバー達も将来そういうことが出来る活動をしてほしいと思うのである。それは難しいことではない普通のことである・・・。
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2009/4/28

いい組織に・・・  
 和〇連の総会は今だ連絡なし。お昼に大〇会長が2月にあった『こぶし座公演』の公演益金の分配金をわざわざ持って来てくれた。買い取ったチケット代よりもわずか多かった。
 総会は今月の後半に行う予定であった。事務局の事情もあるのだろうが、おかしな団体である。市町村合併に入会してから、今だ一度も無いのである。その間、監査も無ければ事業報告・会計報告もない。当然、各団体の意見や考えを言える場など無い事になる。・・・ただ事業だけが一人歩きしていることになる。発表会が・・・交流会が・・・なにか変でないか。
 昨年のお祭りの会合でその事を強く話した。合併して後から加入した身だが、それだけに合併によって私達が困っていることや私達の活動に合わない所など様々な問題がある。そんな事を意見集約できる会合が全く無くて、事業運営の会合だけでは連絡協議会とは名ばかりのものではないか。組織は目的があって初めて成り立つものだ。そしてその目的に合わせて事業が組まれ、予算が組まれる。この組織は全く反対のやり方をしていないかと思うのである。
 市内にある同じ目的のチームが、同じ主観で進めていくことが必要だ。太鼓の普及活動やチームの抱える様々な問題を助け合って解決したり・・・まずはやらなければならないことが先にいっぱいあるのではないか。現状では将来を見越したビジョンが何も見えてこない。ただ毎年消化していくそんな団体である。
 今までのことはいつかリセットする時が必要だと思った。それが今年の総会だと思った。それが開催されないでうやむやとなるのか。腹にある不満やうっぷんはどのチームもあると思う。それを吐き出さなければいい組織とはならない。
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2009/4/26

昔話・・・  
 同じ町内に住みながら職業や活動がちょっと違うだけで顔を合わせるのも滅多になくなっていた、そんな昔の仲間と酒を交わすこととなった。お互いに(私のほうが若いが)いい年となって30年以上前の昔話に花が咲いた。
 毎年20数名のキャンプがあった。担当役員は下見をしてキャンプの会場を決めていた。場所は積丹や島牧・・・会場設定は役員の腕の見せ所だった。
 車両は4トントラックとマイクロバス。テントは農業用のハウスに防水テントをかけた幅5m長さ20mの巨大なものだった。宴会場が手前、宿泊場所が奥になっていて男も女も入り乱れての雑魚寝である。
 積丹のイリカという所が会場の時は驚いた。『ついたぞ』という言葉の駐車場は海は見えない山の中だった。その駐車場から人が通れる位のトンネルがあった。その2〜30mのトンネルを抜けると断崖絶壁である。そしてテントを張るところは4〜50m下の崖下だという。『何〜』であった。道は左右にクランクしながら何百mも下らなければならなかった。その荷物の搬入が凄まじかった。ハウスの骨材にテント類、飲食物など・・・。汗だくとなって7〜8回の往復をした。すれ違うお客さんが口々に『若いね〜』とつぶやいていた。そのハウスが建てられた場所も石だらけだった。しかし、下ろしに下ろしたが撤収ではこの荷物を上げることを断念。猟師にお願いして漁船で近くの漁港まで搬送を頼んだのだった。この話は私が高校を卒業した年の18歳の時の話である。そのインパクトが凄まじかった。
 そんな話に花が咲き、楽しい宴であった。

         テントの前で食事風景

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2009/4/25

今日の練習・・  
 昨夜、「NPO法人くり〇わプロモーションクラブ」の総会が開催された。この団体は旧栗〇体育協会から変わった団体であるが、昨年度から文化団体も加わり栗沢町内の文化・スポーツを網羅した団体に生まれ変わった。ただし、文化協会はまだその動向を見送っている。栗沢太鼓はいち早く加盟した。うちの会長は副理事長に就任した。そして4月より私達の練習会場の指定管理団体の業務も行う。尚、今後の使用についても便宜を図りたいというお話もしていただいた。財政的な支援も期待できる。大締太鼓を出せなくなった自動ドアの件もお話してある。
 今日の練習にはお姉さん二人が久しぶりに揃って登場。話が尽きない。結婚式のアルバム(これが凄いアルバム)や新半天のこと、バカの乱入のこと・・・。休憩時間が長くなった。 つ〇むとお姉さん二人の三人による『雄飛』も演奏した。この子らの学生時代が懐かしい。その後に演奏した幼いメンバー達も、いつかはこの先輩達を追い越していってほしいと思いつつ見ていた。2〜3年生の『山彦』や『絶世』も日増しに安心感が増す。完成も近い。
 新学期になり新しいメンバーの加入を期待していたが、今だ見学者も現れない。揃ったら新人達の盆太鼓の練習と思っていたが、見切り発車をしなければならないか。楓〇が待ち望んでいる。そして今年の農業祭には3年生も大人盆踊りに挑戦させたいと思っている。さて、あのワンパクどもは耐えれるか・・・。いや、今の頑張りならきっと挑戦してくれるだろう。
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2009/4/23

アイロン印刷  
 ホワイトラベルフイルムの印刷は見事な発色でテスト終了。問題はアイロン印刷である。買い求めたのはインクジェット白生地用である。説明書を読むとこの用紙では綿素材の物にしか印刷が出来ないのであった。厚手のフェルト地に印刷してそれを縫い止めればと思っていた。フェルト地はポリエステルでこの用紙では印刷は出来ない。困った・・・。
 インターネットで調べてみると化繊用の用紙が別にあった。認識不足だった。電気店でその用紙を発見。ところが2枚入りで値段も高い。取りあえずはその2枚入りを1冊購入してテストしてみることにした。
 シールの版下はインターネットからダウンロードが出来る。ホワイトラベルでは見事な発色となったが、アイロン用紙では赤の色が茶色に発色してしまった。版下の色を何色かに変えてテストしてみた。ピンク系が混ざった色がホワイトラベルの赤に近い色になった。
 半天用のシールをテストしてみる。A4の用紙からは8着分しか取れなかった。アイロン用紙に印刷。そしてそれをフェルト地にアイロンで転写した。白生地用は印刷方法をアイロン印刷(反転印刷)に設定しなければならないが、化繊用はそのまま印刷する。薄いビニールの様な用紙に印刷したものをそのまま貼り付けるようになるのである。見事完成した。これなら渕縫いをせずにそのまま縫い付けれるだろう。欲を言えばまだ色調整が必要かも・・・。そして更に用紙代が・・・。
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2009/4/22

つかれた・・・  
 『こんなうるさいところにいられない・・・』と捨て台詞を掲示板に書き込み音信普通となった人間をどうして歓迎など出来ようか。
 その男は練習場にニヤニヤとした顔をして入って来た。一言の挨拶も詫びもなく、よくぞ敷居を跨いできたものだ。『お前なんか出て行け。』と怒鳴りつけた。しかしその男はまだニヤケタ顔でそこにい座った。自分でケンカを打って出ていった人間が何でここにいる・・。俺がそんなに甘い人間だと思っていたのか。世の中をバカにしたこの男を黙ってここに置いて置く訳にはいかない。『ふざけるな・・』頭を叩きつけ蹴飛ばして会場を追い出した。
 この男S.〇磨は破門させたので栗沢太鼓とは一切係わりはありません。お知らせします。
 人としての最低の礼儀がなければその人間とは係わりたくはない。もう小学生や中学生ではない。社会が認める成人が礼儀一つ、詫びの一つも言えない人間をどうして受け入れられようか。そこまで私は懐の大きな人間ではない。裏切られるようなことは今までもいっぱいあった。だが普通はもう顔を出せないのだが・・・。
 私がやってきたことを何故理解できなかったのか・・・。やり方が悪かったのか。甘く接しすぎたのか。自分でも理解が出来ない。・・・ただこんな化け物と太鼓をやってきたことを後悔している。そして他の太鼓関係の人達にも迷惑をかけなかったかと心配している。もう彼との係わりは一切ない。遠慮しないで追い出してほしい。
 つかれた・・・。
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2009/4/21

一流のプレーヤー  
 理にかなった運動は、理にかなったフォームを創り出す。それだけで美しさが生まれる。
 投球やバッティング・ゴルフ・・・様々なスポーツの一流のプレーヤーのフォームは美しい。その共通することは、手の先から足先までの筋肉を途切れずに使っていることだ。それは鞭の様なしなやかなフォームを創り出すことになる。
 強い力は強い筋力だけでは生まれない。身体の全ての筋力が強くても強い力とはならない。必要なのはそれらの筋力をいかに連動して使うかである。短い部位の筋力を使うよりもより長い筋力として使う方が理にかなう。その為には各関節で筋肉をきらずに繋げて使うことが必要になる。それをマスターするには、その意識を持った練習が必要である。必要な筋肉・間接を維持するパワーと柔軟性を養っていかなければならない。それはつらい練習かもしれない。しかし、それをマスターすることは一流へと向かうことになる。
 卒業していった先輩達は高校生の後半になってようやくマスターしていった。現役では中学生の一人二人がその域に近づいている。他のメンバーも一歩ずつ階段を登りつつある。筋力と柔軟性は突然に生まれるものではない。本人の意識を持った取り組みと身体の成長と共に育っていくのである。つらさと努力は本人が決めることである。その為のアドバイスは惜しみなく与えたい。
 幼いといっていたメンバー達も成長して来た。その成長に負けないように大人達も成長していかなければ・・・。
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2009/4/19

シルエット・・・  
 ある年のJrコンクールの時に父兄の一人からこんな質問をされた。『何故、うちのチームは横向きなんですか?』それは斜台を使っての演奏であった。
 目標は太鼓を打つ運動が理想的な演奏フォームであるということである。それは美しく華麗であり力強くダイナミックなシルエットとなって表現される。斜台を使った演奏ではプレーヤーの全身のシルエットを見せれるのは太鼓に隠れない真横の配置がベストだと考えたからであった。
 半天の帯もそうである。半天をただ羽織るだけのチームが最近多くなっている。それがカッコイイとかイナセだと思っているのかは解らない・・・。当然、身だしなみということもあるが、それだけでの判断でもない。
 ある時の農業祭で最後の演奏曲の『雄飛』となった。何曲か続けての最後の曲でメンバーは汗だくであった。その演奏の途中で帯を解きだした者がいた。暑かったせいでもあった。しかしみっとも無い行為に見えた。そして更にそのみっとも無さを上積みさせた。その彼の演奏である。帯の解かれた半天が汗まみれの身体にまつわりついたのである。演奏どころではなかった。その後の注意は解ると思う。
 せっかくのきれいな太鼓フォームが帯を解くことによって、逆に半天で隠れてしまうことになる。それは大きな損失ではないだろうか。または先のような失敗ともなりかねない。身だしなみだけで強制しているわけではない。・・・しかし、臨機応変に物事を判断してほしいと思う。・・・その後、失敗した彼は帯を解く時は半天は決して着なかった。
 太鼓の上手さはカッコをつけることではない。上手さは薄暗い中でも解る美しいシルエットとなる。そのシルエットを見せることが本当のカッコよさである。
 
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2009/4/18

実を重んじている・・  
 久しぶりに顔を出した新婚のH、『絶世が叩けるようになったんだ』と驚いている。『つ〇む先生のおかげだよ』。つ〇む先生、にんまり顔となる。まだまだ未完成だが確実に進歩している。後半に残ったメンバーと先輩二人を入れて演奏してみた。
 2〜3年生の『山彦』も少しずつ変化している。どこへ出しても恥ずかしくない位に早く進化してほしい。
 ミィーティングで候補にあがっている半天のカタログを見せた。中には『どちらでもいい』という者や他のあでやかなプリント柄に目がいっている者、『黒がいい』といい出す者と様々である。候補に上げた理由を言うがどこまで理解しているか。助成事業が本決まりしたら2種類の候補の中から多数決で決定することにした。まあ、どっちになっても不満と同意は必ずあるだろう。恐ろしいのはサポーターの声だ・・。・・・これも全て背負い込むことにしよう。そうしなければ一つの結論は出まい。・・・この半天の選択で何度も苦い経験をしている・・。七五三やよさこいでないのだから、余り衣装にとらわれてほしくないというのが本音だ。どんなにあでやかな衣装を着ても下手糞は隠せない。それよりも、ダサい衣装で凄い太鼓を打つほうがどんなに素敵ではないかと思うのだが・・・。サポーターは許してくれないか・・・。
 『旗も新調しては・・・』という声も聞かれる。今はその予算は組んでない。実を重んじた計画を練っている。希望を言えば限りなくある。旗はその希望の最後の選択と思っている。そこまでお金が回せれれば希望の全てが揃うと考えてほしい。多額の予算だが楽器という物はその予算の様に高額なのだ。旗を立派にする為にメンバーに一番必要な太鼓をおろそかにすることは出来ない。
 出来ることは極力手作りしてきた。新人のバチは100均の麺棒である。手作りの台や麺棒でも、立派な台や高価なバチでも太鼓は太鼓である。むしろ子供達が学ぶことの方が多いと思うのである。全てが立派だからすばらしいとはならない。そしてそれが恥ずかしさだとは思わない。我慢ということも必要ではなかろうか・・・。
 
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2009/4/17

頭は狂い誤解する  
 『絶世』のセンターに指名した6年生の男の子二人。その胴太鼓の打つ姿に愕然とした。思わず『何だその打ち方は・・・』。下半身を一つも使わず腰折れの打ち方だった。しばらく締太鼓ばかりを打っていた弊害がここに出たのか?。それまではこんな打ち方ではなかった。一度上達したからといって安心してただ楽な方を選べばおのずと結果は見えてくる。スポーツでも同じことだ。上達した。よかった。それで終わってはその上は無い。ただ落ちていくばかりだ。そんなことが小学生にあってはいけない。
 スキーのライセンスを取った時もそうだった。目標としていたことを消化してしまうと安心感が生まれてしまう。それまでの努力してきたことでの筋力・体力・リズム・精神力がいつの間にか狂ってくる。それは上達したどのレベルでも起き得る。今まで簡単に出来たことがどこかが狂い出来なくなっている。
 本物になっていくには、それらを絶えず修正し続けることしかない。それが頭で理解されて身体で表現できるようになって、はじめて本物に近づいていくことになる。そこに近づくことはそうたやすいことではない。どんなに優秀なプレーヤーでも狂った自分のプレーをチェックしてもらうコーチを必要としている。それだけ自分の頭は、脳は誤解していくことが多いということかもしれない。
 ライセンスを取得してからはコーチされる機会が少なくなった。それを解消する為にVTRを活用した。講習をビデオで取ってもらったのだが、一番活用していたのは生徒ではなくて私自身だった。フォームや体軸・回旋方向などをチェックして頭の修正を繰り返した。調子のいい時と悪い時のその滑りは歴然と違った。いい時はどんなに急でコブだらけの斜面も苦にしなかった。ところが悪い時はそんな斜面が怖くてたまらなかった。
 頭はすぐに狂い誤解する。それを知っておくことだ。それは心のおごりという事もなくしていくことになる。
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2009/4/15

今、必要なこと  
 雨のこの日、電気屋さんに出かけた。助成事業で用意しなければならないシールの用紙やインク等を買い求めた。ホワイトフイルムラベル・アイロンプリントペーパーなどである。暇を見て試験印刷をする。
 ホワイトフイルムムラベルは、新規の太鼓や鉢巻などの保存箱に貼り付ける。アイロンプリントペーパーは、半天・帯・太鼓袋に貼り付ける。これはちょっと面倒になる。白地の布にアイロンプリントで印刷してそれを縫い付けるようになるだろう。裁縫は呉服店にお願いしようと思うが、そのものはこちらで印刷するようになる。サイズ違いなどを入れると5種類の数となる。印刷屋さんに頼むと数万円が見積もられるという。インクと用紙代で1万円もかからなかった。後はテクニックとなるか。
 今日の練習は気合をいれた。新しいことに挑戦することは、おっかなびっくりで自信など無いことではある。だが、いつまでも他人を当てにした思い切りの悪い態度が気に入らなかった。それは『山彦』チームも『絶世』チームもである。
 「みんな自信がない」そんな中で演奏などは出来るものではない。そんな中で誰か一人が失敗いを恐れない思い切りを出したら、事は速やかに前に進む。どんなに練習を積むことよりも必要なことである。たとえそこで失敗しても修正は容易である。幼いメンバー達に今一番欠けていることである。大きな大黒柱を育成していかなければならない。それも各学年にいる位に・・・。
 それは誰かが中心のチームということではない。その役目は1番バッターでも9番バッターでもいい。一番上級生とも限らない。それは名指しして出来るものではなく、自然にチームの中で育っていってほしいのである。そうなったなら強い絆で結ばれた強いチームとなるだろう。
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2009/4/14

通学・・・  
 交通安全の街頭啓蒙最終日。ひどい寒い朝となった。この町会からのスクールバスで通学する子供は6人である。ちなみに、私は幼稚園より汽車通学だった。定期券は必須アイテムだった。10両余りの列車はいつも満席。この停車駅からは通学の子供や通勤する大人で何十人も乗り込んだ。通学の時間は列車時間で規制され学校にはいつも一番乗り、そして帰りの時間は遅い時間となった。結局、短大を卒業するまでの学生時代は列車かバスなどの公共交通機関を利用した。
 いや、禁止されるまでの1年余りはバイクで通ったこともあった。しかしバイクでの事故が多発して禁止の負い目となった。ある時、寝坊してバスに遅れ仕方なくバイクで違法登校。学校の迎えの病院に無断注射いや駐車する。ところがこれを密告した不埒な奴がいた。こいつは毎日の様に遅刻する常習犯でバイクでしょっちゅう登校していた。それが担任にばれた。そのバカが私までも巻き込んだのだった。・・・なんでこんな話に・・・。
 もう一つ記憶に残っているバイク事件。禁止されたバイク通学だったが遠方の者は無断で学校近くまで通っていた。バスで通っていた朝。窓越しにバイクと乗用車の事故を目撃した。バイクの男は同級生だった。苦痛にゆがんだ顔で路上に倒れていた。それを見た私は次ぎの停留所で下車し走って彼の元へ。両足首が折れていた。衝突事故のその乗用車に彼を乗せて病院まで運んだ。その両足は足首がだらんと垂れ下がっていた。その後、彼は長い入院生活となった。たしか、修学旅行もいけなかったはずだ。担任の計らいで何とか卒業出来たことを記憶している。
 高校に入学の頃に驚いたのは、自転車置き場が何十台もの250ccや350ccのバイク置き場だったことだ。登校時間はけたたましいバイクの音だった。しかし、犠牲者も現実にいた。同期生で命を落した者もいたし、前述した様な事故もいくつもあっただろう。事故とはならなかったが『危ない』ということもあった。無事に生き延びてこれたのはラッキーだったのか・・・。だが・・・バイクは楽しかった・・・。・・・今はあの寒さや暑さはごめんだが・・・。
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2009/4/12

ゴミの山  
 今日は朝から町会のゴミ拾いであった。『きらら街道』の長栗橋から加茂川に抜ける丘を切り通した箇所は、住宅から離れ普段も人通りの無い場所である。その両サイドに不法投棄が絶えない。合併前は役所が定期に片付けてくれたが、合併後はさっぱりとなった。役所では地域住民で集めて堆積してほしいということだったらしい。
 全戸に招集がかかり『きらら街道』を中心に一斉にゴミ拾いとなった。道路脇は凄まじいほどのゴミであった。用意したゴミ袋や肥料袋は10mも進まないうちにいっぱいとなった。ペットボトル、空き缶、弁当の空はもちろんだが大型のゴミも凄まじかった。オートバイが3台、TVが数台、洗濯機、自転車、タイヤが30本余り、ジュータンやラジカセ、廃材や壊れた車のフェンダー・・・。とても手に負えず、運送会社のユニックで運び出さなければならなかった。集めたゴミは山の様になった。
 日本人はこんなにマナーが悪かったのか。特に目立ったのは買い物袋やゴミ袋に詰まったゴミの投棄だった。それも一箇所に何個も投げられていた。同じ人間の仕業だろう。おそらくは地方の人間だと思う。通勤の途中とか、レジャーの帰りとかに投げていくのだろう。自分の家がきれいならそれでいいというヤカラだ。
 そして各地でゴミが有料化されて、そのツケがこんなところにも来ているのかもしれない。TVの廃棄にもお金がかかる。それならよそに投げてしまえだろう。
 ちなみに金目の物は皆無だった・・・。1000万円ぐらい入ったバックぐらい投げて置け・・・。
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2009/4/10

今年もお金・・・  
 ようやく会計が金を持って来た。総会後から会員の払ってくれている会費で賄っていたがついに底をついた。大人組みの会費の支払いが年度総会である。その会費も会計からは貰っていなかった。年度末の帳尻ではお金があることにはなるが、毎回支払う練習会場費が回せなくなることになる。大人のメンバーには休会状況の中で会費を貰っている訳で無理難題もいえないのである。会計には、積み立てを一時運営に回してもらうようにしてもらった。個人の立替払いともならないだろう。来年からは無理な積み立てよりも余裕を持った繰越金を確保していかなければならないだろう。
 助成事業が今月末に本決定する予定でいる。決定後に契約書を交わし発注する。納品が済んでその状況を報告して支払いが行われる。その間は業者には1円も支払われないことになる。10年前のこの助成事業の時は商品に助成事業の名前を記入しなければならなかった。ところが何年か前から指定された事業のマークをシールにして這ったり縫い付けなければならなくなった。印刷業者に頼めばかなりの額となるということで自分で印刷して用意することにした。太鼓などはフィルムラベル、衣装などはアイロン印刷で用意する。そのマークはすでにホームページよりダウンロードして取り込んでいる。 事業が終了するまでは会の立替費用とならざるを得ない。各加盟団体の総会の時期、当然会費も納入しなければならない。
 なんだかんだで、現時点の今年の財政は去年より厳しくなっている。取りあえずは積み立てを崩して対処する。年度末には・・・???なんとか黒字決算としたいものだ。
 誰かの話では『全道で会場費が一番高いのでは・・・。』と言われた。合併していいこともあったのだろうが、一番影響を受けているのは我が団体か・・・。行政が変わってこんなに変わっていいものか。頭の固さに参る。
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