2009/7/31

難題への挑戦  
 和○連の合同チームでの始めて(?我がチームが入会して)の練習を栗沢太鼓の練習場で行った。みんなが楽しんでやれる様な工夫をして進めたつもりでいる。5チーム、31名の小4から大人までの構成である。最後に、一人一人自己紹介をしてもらい笑い声が出た練習会であった。
 今回、あえて遅いリズムを入れたスピード変化のある『山彦』に演出した。これは非常に難度の高い曲となっている。基本リズムにしっかり合わせられる能力が必要になる。それは大きな課題といっていいかもしれない。各チームの指導者にもその課題を認知してもらえるはずである。
 ゆっくりしたリズムに対応する能力は、一番の難しさなのである。この曲にその難しさを入れた。太鼓の音を雑音にしてはならない。人の身体に心地よい鼓動を伝えなければならない。その心地よさを伝える為には、この難題を克服していくことが必要である。
 始めての顔合わせの練習だったが、その難題の少しが見え出してきたのは収穫だった。もう1回の練習があるが、その課題は全て克服するとは思っていない。無難に演奏することは何とかクリアはするだろう。しかし完璧な演奏は各チームがこれから取り組んでいく課題として残るだろう。それが和○連全体のレベルアップに必ず役立つはずである。
 このアレンジ曲はすばらしい曲に変身するだろう。しかし、完成度に近づくには大きな壁がある。この壁を各チームのメンバーが意識してほしいと思う。それが、隠れた狙いでもある。
 意識を変えることが飛躍へと変わる。同じ考えを繰り返しても何も前へは進まない。新しい意識改革が進歩へ、進化へと導く。難しさはいつしか当たり前へとなっていく。
1

2009/7/30

いい刺激に・・・  
 農業祭の実行委員会が開催された。しかし、長雨が続いてやっと天候が回復、その遅れた仕事の挽回で農業関係の人達は欠席者が多かった。麦刈りを急いでいるのだろう。
 出店の数が増えて我がビールコーナーの周りに数店テントが増える。何とかメンバーの休憩所?、いや宴会場?を確保しなければ。
 明日は韓国舞踊の前座演奏の練習日である。心配している大○会長から電話が入る。そしてパートC−1の候補を出したいというアピールがあった。どのチームもこういう積極性が出てくると選ばれたメンバーも張り切りだす。大きなプレッシャーとなるが、この経験がその子を大きく羽ばたかせることになる。それはチームの指導者の役目でもある。
 事前にFAXで案を提示したのは、効率よい練習となってほしいからである。集まってからどうするではチームワークを育てる時間もない。案は幾らでも修正していける。その切欠だけで十分なのである。まずは集まった選抜メンバーが安心して練習に取り組むことが一番大切なのである。そしていい演奏が出来て、感動が出来て、交流が出来れば言うことはない。そうなってくれることを望んでいる。
 今回の演奏プログラムは今の和○連レベルでは簡単にこなせると思っている。今まではその準備を怠っていたに過ぎない。しっかりとした草案があればもっと複雑なことでもこなしていけるはずである。・・・いい刺激になればと思っている。
1

2009/7/29

いいサイクルで・・・  
 新しい半天のサイズ合わせを練習前に行った。何人かが欠席したが直接店に行くように連絡する。頭に巻く鉢巻は芯に針金が入ったものであった。前の鉢巻より太くカッコがいい。男の子用に色を変えればよかったと今反省している。男の子は豆絞りでもいいか。
 韓国舞踊の小締太鼓隊を『じゃじゃ馬隊』いや『なでしこ隊』にしたのは、今回のお披露目でたまたまこのチームがあったからである。曲の流れはみんなに伝え、それ用の練習も行った。
 農業祭用の曲は『速いスピードの曲にしてくれ』とコーチの麻○に注文している。そのスピードにみんなは驚いているが、これが今後に大きく役立つはずである。人が真似できないことをする。それが観衆の驚きとなる。それが『すごい』となるのである。
 そんな目標を持てるきっかけが必要になる。それが今なのである。5台の附締太鼓を揃えたのである。それは絶好のチャンスである。それを活用してカッコいい曲を披露したい。見てくれる人に『すごかった』『カッコよかった』と言ってくれる演奏にする。
 今のメンバーなら必ず出来ると思っているし、信じている。萌○や姫○の技術ではついていくことも大変だろうが、出来る範囲で頑張ってくれればその次が必ずある。
 そのチームが高いレベルの技術があれば、後から入ってくるメンバーもそのレベルに上がっていく。その技術は徐々に低い年齢層にも伝わっていく。底辺の力が上がる様になるのである。それは今のメンバーを見ていると身をもって解かった事である。
 大人達が苦労してやってきたことが、中・高校生達が受け継ぎそして今では小学生の低学年でもしてしまう。それは更に可能性が膨らむことになる。いいサイクルで進んでいる。
1

2009/7/28

本当の郷土の太鼓・・・  
 ネットで注文した〇〇〇ライトが届く。部屋の蛍光灯をはずし、取り替えて試験点灯。無事についた。K○電気での値段は1灯6千円弱の3%引きであった。今日の着払いは運賃・手数料を入れ、2灯で5,370円である。ただちゃんとつくかが心配であった。
 今も部屋の中で点灯している。何に一番反応するかを確認している。わかった事は表面が光沢なものは白くても反応しないということだ。白い布でもそれをビニールテープで巻くと何も反応しなくなる。そしてコピー用紙でも上質の白い用紙の方がきれいに発色している。より白くて表面に凹凸が多いほどいい。そして蛍光塗料である。注文した白い半天は果たして・・・。後は会場が明るすぎないかが気がかりである。これは発表会でも演出に使えるだろう。
 夕方に太鼓屋のオヤジが追加していた太鼓の袋を持ってくる。これで太鼓関係は全て納品された。これからも地元の太鼓屋と太鼓チームとしてお付き合いしたいと話した。オヤジも出来るだけの希望に沿いたいと話してくれた。このオヤジとの付き合いはこれからも長く続きそうである。お土産にトマトを持たせた。
 考えはいろいろあるだろうが、地元に太鼓屋があるのであれば地元の太鼓チームとしてはその太鼓を使うべきだと思う。それこそが本当の郷土の太鼓ではないだろうか。それが値段の差や品質の差が遥かに違うのであれば別である。しかし、決してそれはない。むしろ親身に接してくれるし品質が悪いとはとても思えない。どこかに誰かの意図が有る様に受けるのである。それが自分の早合点ならいいが・・・。
1

2009/7/27

原点に返る・・・  
 韓国舞踊の前座演奏の演奏案を大○会長にFAXする。OKの返事を貰って出演予定の各チーム・役員に転送する。
 会長の希望はただの合同曲にせず、曲の開始前に色をつけろという希望であった。ベース曲は『山彦』である。入場を尺八で、大締太鼓の音出しから小締太鼓隊へ、そして曲へ入るのであるが、この曲もアレンジする。それはスピードの変化と少人数から大人数への入りである。
 ゆっくりしたスピードでA・B・Cと独奏で始まる。そして3人が増え、更に4人が増えて全員での演奏になっていく。それからリズムスピードを早くしていく。細かな変更は練習の中であるだろうが、『山彦』自体のアレンジは今回が初めてだろう。どんな曲となるか楽しみである。
 こんなアレンジをすることが始めてのメンバーもいると思う。いい勉強となってチームに戻っても生かしてくれればと思う。
 考える作業があり、話し合う作業があり、そして実行する作業となる。更に反省する作業があって、その次がある。これが組織活動の基本である。それを一人の人間が全てやっていては向上する、進歩することには限界がある。能力のある人が能力を発揮できるところをやればすばらしい結果となる。やれる人がやれる所を担当すれば負担も少ない。それがチームワークである。
 同じ太鼓を打つという目的を持つチームが結集する。しかし、チームの内情はチームごとに違う。その全てのチームを満足させることにはならないかもしれないが、話し合うことによって歩み寄れる結論がでてくる。それが民主的な組織である。
 単独チームで出来ないことが11チームが集まって出来ることをする。それがこの会の最大の目標であり魅力のはずである。この原点を踏み外してはならない。
1

2009/7/26

熱く燃える祭りに  
 今日は豊幌の夏祭り。今日も曇り空のあやしい天候である。開始の盆踊り頃には小雨が振り出した。30分の盆踊りの後、豊幌太鼓・栗沢太鼓のチーム演奏と2チーム代表者の合同演奏が行われたが、最後の豊幌太鼓の演奏は雨の為キャンセルされた。
 演奏した『雄飛』は麻〇お姉さんがオーダーを組んだ。定番で1番の育〇がセンターを務めた。小学高学年〜中学生でのこのチームは誰でもどこでもこなせるチームに進化してきた。高校生のチームに比べれば、まだまだ音は出せないがじっくり見せれる・聞かせる太鼓であった。特にセンターを始めて務めた育〇の横バチは学生時代の秀〇をほうふつする位に成長した。見事だった。
 今日も雨で演奏出来ないのでは・・・と不安の中で出かけた。しかし何とか演奏が出来て夏祭りの手助けが出来たのは幸いであった。この太鼓シーズンに演奏機会がキャンセルされることはメンバー達の上達にも影響される。そしてストレスも溜まるだろう。早く夏らしい日となってほしいものである。
 農業祭は晴天の暖かい日となって沢山の仮装と人であふれ、バザーのビールは沢山売れて懐も暖かくなってくれることを祈りたい。
 『栗沢太鼓』に追い風が吹いている。きっといい日となって祭りもメンバーも熱く燃えるだろう。
0

2009/7/25

自然には勝てない  
 栗〇の夏祭りの演奏会は雨天で中止された。天候の悪さで中止は残念であるが、その中止の判断がなかなか出されず参加者に依存したのには驚いた。大きな資金を出してはいるだろうが、屋根の無い会場ではそのリスクはある。もし早期の判断があったなら痛手も少なかったはずである。太鼓チームを集めることはそういうことなのである。
 農業祭の盆踊りも何度もそんな状態になったことがあった。やぐら周りにテントを移動して太鼓をその中で演奏したこともあった。20数台の太鼓ならそんなことも出来るのだろうが20数チームの太鼓ではせいぜいポリの袋をかけることが精一杯である。路上に水が流れるではたまったものではない。張り替えたばかりの太鼓ではお金を返してでも遠慮したいと思った。
 明日も夏祭りの誘いがある。今日の雨の影響や天気模様もかんばしくはない。今年の夏は祭りも農作物も苦難な年となりそうだ。
 新半天が届いたという連絡が入った。祭りに向かう前に呉服店による。思った以上の出来上がりである。1枚を預かり何人かのメンバーに披露する。『いい』『いい』という評価だった。来週の練習日にひとりひとりサイズ合わせをして調整してもらう。
 新しい太鼓のお払いを農業祭のご披露演奏の前に出来ないかと検討している。会場はやぐら前のステージとなる。これもイベントになりそうである。・・・神主と相談である。
 この天候いつ回復するのか。北の大地に暑い夏がやってきてほしい・・・。
0

2009/7/24

前座演奏  
 8月12日の『韓国舞踊日本公演』前座演奏の打ち合わせを今してきた。和鼓連の選抜は総勢28名である。栗沢太鼓からは6年生以上の9名が加わる。大締のソロ打ちをつ〇む君、そして小締の6名を『じゃじゃ馬隊』いや『なでしこ隊』に受け持ってもらう。その他のパートは練習の時に決める。その練習は栗沢の練習会場で2度行う予定でいる。
 基本曲は『山彦』である。美〇田の森〇さんの尺八で入場、大締太鼓のつ〇む君が最後に入場しおもむろにゆったりとした大締の音を奏でる。わずかな間の跡、小締隊の甲高いリズミカルな音を刻む、そして全員への『山彦』に繋げる。これが大まかな演出である。
 和〇連の都合の付く小学生高学年以上で構成する。出来れば栗沢太鼓のメンバーが何人も入ってほしかったが他チームとのバランスもある。それでも参加団体では一番多い人数である。参加出来ないメンバーの分も頑張ってもらいたい。
 一つの国家の最高の出演者で構成される公演に、たとえ前座演奏ではあるが演奏に参加できることは太鼓の打ち手として名誉なことである。そして、この貴重な経験は将来に必ず役立つだろう。選ばれたメンバーは幸せと考えてほしい。
 和〇連の役員会も正常な会合になってきた。みんなで考え、知恵を絞り、助け合う会になってきた。そうなったら楽しい発表会や演奏会にも繋がる。それが更には技術交流だけではなくて大きな事にも向かう可能性も生まれる。
 各団体のメンバー達が目が輝く活動になって行ってほしいと思う。それは大人の役目である。
クリックすると元のサイズで表示します
0

2009/7/23

難題を乗り越えて・・・  
 8月12日に韓国舞踊の公演が市民会館で行われる。この出演者達の顔ぶれが凄い。殆んどが韓国の人間国宝である。その前座演奏を和鼓連に依頼された。昼夜2回の公演で昼間の部は幼稚園の太鼓チームが担当し夜の部を大人でという要望とのことだった。しかし、和鼓連全体を見ても大人のメンバーでの演奏チームは限られるし、若い大人のメンバー構成で合同チームを組んでも人数は限られてしまう。会長は市の担当者に実情を話して中・高校生或いは小学生高学年を加えたメンバー構成での合同チームで対応することにお願いしたという。明日の夜、その調整の会議が行われる。
 合同でとなると『山彦』ということになる。少し寂しい気もする。どこへいっても『山彦』である。
 子供達のレベルはどのチームも上がってはきている。この曲を活用できる効果なのだろう。しかし、個性豊かなチームが減ってきているような気がしてならない。我がチームとて同じである。この曲となるとこの曲の振りに統一した指導にせざるを得ない。我がチームではこの曲はあくまでも合同曲という考えでいるし新人達の課題曲という考えでいる。それが早くステージに上げれる早道だとも思っている。
 キャンビー・ハワイ公演でもこの曲は使わせてもらっている。それはアンコール曲として用意していたサブ的演奏曲である。あくまでも栗沢太鼓オリジナルを優先した。
 栗沢太鼓の曲は大人が中心の時に作られた曲である。その分勢いで押し通す曲は少ない。音の強弱、リズムスピードの変化など、表現力が必要とする難度の高い曲が多いのである。それはイベントでの演奏よりもステージ演奏に向いているということになる。
 なかでも『栗沢の四季』は20分近い長さの曲である。雪解けの音や、草花が息吹く様子や嵐・吹雪など自然を表現して創作された曲である。これらの情景を太鼓と身体の動きで表現することは並大抵の技術ではできることではない。しかし、この曲を演奏できる技術や精神を持たなければ単独の公演は無理といっていい。
 合同発表会やお祭りのイベントなどの時間制限に対応した曲と長時間に及ぶ単独公演用の曲、その両方をメンバー達は習得してほしいと思う。それらが習得されれば、どんな出演機会にも応じられるようになる。それが本当の実力チームとなる。1曲がすばらしいだけでは実力とはならない。
 『絶世』に取り組んで、太鼓の本当の難しさに入っていく。ただリズムを打てるから、表現するにシフトアップさせる。その大切なシーズンなのかもしれない。
 チームの大きかった難題が解消された。今度はメンバーの難題に取り組むことになる。難題の先には夢の実現がある。さて・・・メンバー達はその難題を乗り越えれるか。
1

2009/7/22

上達への道  
 免許の更新、真新しい免許証を取りに警察へ。帰りに太鼓屋さんによって小締太鼓用の袋を受け取る。そして注文して落ちていた追加の胴太鼓用の袋を再注文。これが収まってこの事業の太鼓関係は終了する。納品書と請求書を受け取る。
 その帰りに電気屋さんへ。農業祭の演出に使う蛍光灯の値段と納期を確認する。余りに高く発注しなかった。ネットで楽天市場の一番安い品を発注した。電気屋さんの半値以下であった。あとはこれを生かす半天の発注である。付き合いから呉服屋さんで頼もう。農業祭前にテストしたいと思う。太鼓の借用、打ち手の応援も心配無さそうである。むしろ太鼓を増やさないとならないかもしれない。ありがたい話しである。
 暇を見ては農業祭の準備をしている。大道具のほとんどは今までの物を利用する。大きな変化は出来ないが少しでも違った演出を加えて刺激できればと思う。
 農業祭の予算は殆んどが賞金と賞品に消えてしまう。その残ったお金で民謡会の礼金、打ち手達の食事や飲み物の費用となる。演出に回せる費用は本当に微々たるものしか残らない。しかし、知恵である。そのわずかな費用であっと言わせることが出来ないかと思うのである。それが失敗しても大金をはたいている訳ではない。叉違ったことを考えればいいだけのことなのである。その違った小さな試みが楽しさを作っていくのではないだろうか。
 太鼓の演出もそうではないだろうか。全てオリジナル通りでは打ち手達に刺激は与えられない。少しでもメンバー達に刺激を与えることが意欲を作っていくこととなる。それが上達していく道ともなる。
1

2009/7/22

まずは前に一歩進んだ  
 〇〇連の総会の続きである。荒療治を覚悟で乗り込む。トップは他の会合で遅れてきた。その前に会の雰囲気をあかるくするように務めた。まずは全チームがまとまることが今一番必要なことだと思っていた。
 新しい挑戦はまだまだ未知数のところがある。課題は資金が今以上に必要なことである。この課題を農業祭に栗沢太鼓が入り込んで行った様なそんな方法がないか。模索していけばいい方法が見つかるかもしれない。
 そして発表会はあくまでも自己満足に徹する。資金も方法も出来るだけコンパクトに納める。収入はチケットの販売だけにしてその資金の中で行う。業者に委託した写真やビデオはもちろん止める。プログラムはモノクロで少ないページに抑える。もちろんゲストなどない。自分達のメンバーが主役となり家族的雰囲気の発表会に変貌させる。
 この二つを発案した。ほとんど全員がこの発案に賛同してくれた。この二つとも栗沢式の考えの延長である。発表会を行っても集客は望めない。それなら集客を最初からあきらめて、メンバー達の発表の場に徹する。メンバー達の家族をいっぱい集めてもらってその中でメンバー紹介を必ず入れる。大きなお金を動かさず自分達で出来ることをする。手作りの発表会に徹する。
 トップは相当の反省をしてこの会合に現れた。私の求める風通しが良くて和気あいあいの会に変えていくのは彼も思っているはずである。その為には今までのトップの考えではなり様がない。彼を変えていくのも私の役目かもしれない。そういう巡り合わせなのだろうか。
1

2009/7/20

魅力的な脇役に  
 この二日で出演依頼が3つ舞い込んでいる。夏祭りに、盆踊り、ビールパーティーである。その他にも盆踊りの打ち手の派遣依頼や出演依頼とこの時期には太鼓は引き手あまたである。しかし、演奏会となるとお客さんはまばらとなる。
 お祭りやお盆となると太鼓は欠かせられない存在となる。これは太鼓チームが存続する為の大きなヒントである。『太鼓は主役になってはならない。』これが長い間、太鼓チームを率いてきて感じていることである。(主役となりたい時は、海外へ出かければいい。)
 太鼓はイベントを盛り上げる為の一つの出し物である。盆踊りでは踊り手達の為の太鼓であって主役ではない。主役となる発表会でも、太鼓を聞く為にわざわざ出かけてくるのは打ち手達の応援団達でしかない。それをしっかり認識して取り組まなければ大きく道を踏み外すことになる。
 農業祭の盆踊りの主催者に入り込んで行った。それは太鼓を主役にしようと考えたからではない。太鼓を打てる盆踊りを盛り上げようという考えだった。それは盆太鼓を打つメンバー達のモチベーションとなっていった。主役は踊り手であり、仮装の参加者であり、観衆なのである。しかし、ここに栗沢太鼓という存在感が生まれた。
 『太鼓は頑張っている。』という街の人達の評価となり応援となっていった。そこに『我々がやっている』というエゴはない。地域に、街の人達に理解されなければ我々の存在する意義はない。
 発足して26年の年月となる。その間に何度も山坂を繰り返してきた。一時は存続すら考えた時期もあった。依頼される受動的体質から、主催する能動的体質に変換させた。積極的な考えは若者達に新鮮さを感じさせ魅力を生んでいった。それが今の我がチームに継承されている。・・・我々は主役ではない。・・・魅力的な脇役でありたい。
1

2009/7/19

離脱か、荒療治か  
 自分の考えが全て正しい。そう思っていてもいいが、それを他人に押し付けるのは傲慢としか言いようがない。自分のチームをいかに良くしていくかを代表者たちは考えて行動している。チームの内情などどうでもいいという奴が、それを頭ごなしに批判する。頭がどうにかなっているというしかない。会〇という職が権力を持っていることだと思っている。自分の考えていることを全て正当化し、批判を受けると全て敵体化する。
 前回の会合の後、いろいろと考えている。・・・合併とともにこの会に入ることとなった。後から仲間に入れてもらった身である。しかし、内情が解かればわかるほど不信感が増して行った。総会が開かれないのである。それはもちろん決算も監査報告もないことになる。行事では怒鳴り声が乱れ飛ぶ。・・・なんだこの会は。
 市を網羅している団体ではあるが、行政とのパイプが無いに等しかった。この団体はただのグループでしかなかったのである。我がチームでは合併とともに会場使用料で金銭的に困り果てていた。しかしこの団体はそんなことはどうでもいいのである。ただ多くの団体を集めて権力だけを持とうとしたやからの会なのであった。
 この会を離脱するのか。或いは荒療治をするのか。・・・出来るならば話し合いの中でこの会が変化していってくれるのを望んでいた。役員会から行動をお越してきたが、総会では全てがご破算になる傲慢さだった。
 この会にとって我がチームが離脱する方がいいのだろうか。もう少し我慢するのか。それともこの人にも去ってもらった方がいいのか。・・・出来るならば丸く治めたい。
 うちのメンバーだけでなく、他のチームのメンバー達の為にもこの会は変わらなければならない。どういう行動が一番いいのだろうか・・・。
1

2009/7/18

臨機応変さに欠けた  
 小雨の降る中での福祉村の夏祭りに出演した。『絶世』を高学年のメンバーで初演奏した。しかし、センターを務めている雄〇が体調不良でリタイア。同じパートを二人で分割して練習していた修〇に全てを委ねた。始まる前に『自信がない』といっていたことが現実となった。途中でリズムが出てこなくなってしまった。これは私の判断ミスである。初めての演奏曲をメンバー変更で対応してしまった。演奏曲を臨機応変に変更できなかった。開始前のわずかな時間に『山彦』に変更してオーダーを組み直せばこんなことにはならなかっただろう。申し訳なかった。
 しかし、2曲目の『雄飛』はその失敗を取り返す以上の出来だった。お姉さん二人を1番2番に起用したことは、しっかりとしたリズムを繋げすばらしい流れを作った。見てくれたお客さん達から沢山の拍手を貰った。お菓子や焼き鳥や飲み物など沢山の差し入れも貰いみんなも楽しんだようであった。
 太鼓を戻し終える頃には本降りとなった。危ないところだった。太鼓を仕舞い終わって雑談をしていると、二人のお姉さん達が練習をしたいと言い出した。これまでとは違い会場費は1時間単位となった。それまではちょっとの練習でも一晩の支払いで、こんなことは出来る状況でなかった。仕事が終わったつ〇む君を呼び出し、大人4人での1時間の練習を楽しんだ。いつもは子供達の練習が中心で自分の為の練習がなかなか出来ないでいた。そのうっぷんを晴らし、そして新たな試みの出来た1時間であったようだ。
 1時間単位となった会場費で、これからもこんなことが突然に出来る。それは本当の栗沢太鼓の拠点といっていい。遠方から帰省しても会場が開いていれば、自由に太鼓を使いストレスを発散させてほしいと思う。


クリックすると元のサイズで表示します
1

2009/7/16

切り札・・・  
 気に入らなければ怒鳴り散らす。自分の考えを変えようともしない。こんなトップの組織に入っていていいのだろうか。
 市を網羅する組織なのに行政とのパイプは些細なものでしかない。ただ発表会を開く為の会だと言い出す。チームの内情など関係ないという。・・・これがトップの考えならばこの組織は無い方がいい。ただトップで威張っていたいだけにしかうつらない。
 この組織を離脱しても私達が失うものは微々たるものだ。しかし、もしこの組織が無くなったら目標を失う団体が沢山ある。そう考えたならば他団体の為にも簡単にさようならともいえない。ならば、このバカ親父の頭を変えさせていくか、或いはトップを変えるしかないということになる。
 役員を抜ける、会を去るという切り札を2枚持っている。出来るならばこの2枚は切りたくは無い。しかし拒絶することが続くのであればそうせざるを得ない。場合によっては組織を解体することもありうる。百害あって一利も無いのであれば組織は必要ない。賛同する団体を集めて、新たな組織を立ち上げてもいい。それだけの気概を持たなければこの会は変わらないだろう。それだけいい加減なめちゃくちゃな組織なのである。
 総会の席でトップは一言も謝罪しなかった。今回の不祥事は当事者だけでなくてトップも同罪である。むしろ野放し続けたトップの方が罪が深いと思っている。次回の会合で彼がどんな行動を取るかによって私の気持ちも決めたい。
 メンバー達がそして私達が成長する為に組織があると思っている。意見を出し合うことは当然だが、醜い争いはゴメンこうむりたい。それが出来ないのであれば未練は無い。
1


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ