2009/8/31

3年後を目標に  
 Jrコンクールの申し込み書を送付した。今日が申し込み期限だった。明日、実行委員会が開催され麻○に出席してもらう。
 中3の亜○沙から小2の姫○まで、参加を取り止める一人を除いて14名の名簿を提出した。15名枠全てを埋めたかったが意思が明白ならばいかしかたない。
 このチームは3年後を目標に長いスパーンで取り組んでいく。その1年目は基礎固めの年となるだろう。基本リズム・基本運動の練習を中心に課題曲の習得、戦略曲の開発である。結果は急がない。
 戦略曲は一昨年の自由曲の様に『雄飛』をベース曲として再構築して行こうと思っている。『雄飛』は栗沢太鼓の代表曲である。この曲を外してどうして戦略曲となろうか。コンクール曲としてどうアレンジしていくかがこれからの大きな課題である。
 『雄飛』は何度も進化を繰り返して今日の曲になってきた。基本リズムを変更して速いスピードの曲となった。そしてソロとソロの間を短縮して更にハイテンポの曲ともなった。それは時代に合った曲への進化である。
 一昨年の出場の時とはメンバー構成は大きく変わっている。しかし、今のメンバー構成はこれから3年は変わらない。その3年後が目標となる。メンバー達が成長する様に、チームも一緒にいやそれ以上に成長していってくれればと思う。
 メンバー達にも話した。今年の出場に結果は必要ない。3年後に誰でもが認める実力と結果を目標とする。今のメンバーには充分に達成できる目標である。
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2009/8/30

農業祭終わる10  
 前々日までは雨対策をどうしようかと頭を痛めていた。雨が降れば入魂式は中止し別の日に、ご披露演奏会は???、盆踊りは???。
 日頃の行いがいいのか前日の予報は晴れマークが一日いっぱいとなった。胸をなでおろす。しかし、幌○盆踊りは農業祭前日に開催するという連絡が来る。この日は明日の演奏会の最終予行練習となっていた。申し訳なかったが応援にはいけなかった。4曲の演奏が続く演奏会で、低学年は図面だけでは把握することはまだ困難である。本番の様に太鼓を並べ自分の出演の場所について練習する必要があった。それが無ければ本番での余裕などまだ作れない。それでもまだいっぱいいっぱいなのである。
 演奏会は予想以上の高評価を受けている。一部の音の乱れはあったが失敗は皆無だった。うす曇で風も無く音も場内に響いていた。三層のステージも絵になっていた。選曲もそして進行もスムーズだった。
 このご披露演奏会は成功させたかった。その心配は必要なかったかもしれない。新しいお揃いの衣装・新しい太鼓そして何より家族上げての応援はメンバー達の背中を押していた。気合も気持ちも入った演奏だった。この成功はメンバー達に大きな自信になったことだろうと思う。そして応援に来てくれたメンバーの家族や街の人達に感謝したい。大きな勇気をもらったような気がする。
 今週の土曜日の練習はレル○アに頼まれ会場を譲った。空いたこの日に我が家ガレージでこの夏のなおらいを兼ねた焼肉パーティーをする。何人になるかドキドキだが、何人が来てもいいように準備したい。楽しい一時となって、また次の英気になってほしいと思う。

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2009/8/29

農業祭終わる9  
 子供盆踊りが終わり、実行委員長の挨拶で大人盆踊りが始まる。メンバー達は休む間もなく大人盆太鼓を打ち出す。若さである。大人盆太鼓は新人を除いたメンバーに引き下げた。いつもなら高学年と低学年の希望者であった。しかしメンバー達の技術の向上で低学年も大人盆太鼓にまで進出したのである。2〜3年生でも花太鼓を全て習得した者もいる。盆太鼓の打ち手は育っている。それもこの宵祭りを主催してきた成果であるだろう。
 今年の仮装の賞の範囲を変更した。ここ数年、団体の部が減りだし個人の参加が増えてきた。そこで個人の賞を9位までに広げた。その分、団体の準優勝の額が幾分引き下げた。今年の参加は団体が13チーム、個人が25人であった。昨年よりは幾分参加数が減っている。いつも大掛かりな仮装のチームがあった。そのチームが例年の優勝の常連であった。その影響があったのかもしれない。しかし今年はそのチームの参加がなかった。その分寂しさもあったが逆に来年は新たなチーム参加が期待できるかもしれない。
 それにしてもお客さんはすごかった。風も無く暖かい夜でもあった。昨年の震える夜とは違っていた。
 ひ孫の太鼓とひじいちゃんの唄のコラボは、ひじいちゃんがひとつも唄わずボツとなってしまった。しかし、ひ孫二人は民謡の横に用意した太鼓を一生懸命打ってくれた。事情があったのだろうが残念であった。
 殆んど休まず太鼓を打ち続けたメンバーが何人もいた。みんな頑張った。あてにしていた応援2団体が欠席ではいか仕方ない。まあそれでも例年こんなものでもある。太鼓を離れたくない嵯峨は遺伝したようである。それは後輩達にも受け継がれるだろう。
 宵祭りはいつもの様に盛会に終わる・・・。

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2009/8/28

農業祭終わる8  
 夕方、豊○太鼓から電話が入る。今日はいけないという連絡だった。そして演奏会前にあ○ね太鼓も部活でこれなくなったと代表者が会場に来てくれる。『困った。』応援は幌○太鼓だけとなった。麻○に告げると『大丈夫・・』と心強い返事である。
 予定時間を5分押して『新栗沢音頭』に入る。メンバー達は太鼓を移動しながら音頭に合わせて太鼓を打ち始めた。私は教壇を移動しやぐら下にデモ太鼓を2箇所に設置した。そして民謡のステージに2台の太鼓も用意した。ひ孫とひじいちゃんのコラボ用である。
 太鼓の演奏・仮装の受付とメンバー達に余裕は無い。照明を移動していないことに気付き慌てて移動する。もう人にあふれ、避けて貰いながらの移動だった。すでに薄暗くなってきていた。
 写真を撮るまもなく『新栗沢音頭』は終了となった。どれだけの人が踊っていたかも定かではない。すぐにテープは変わり『子供盆太鼓』へと変更である。子供達は水を得た魚の様に太鼓にへばりついて子供盆太鼓を打っている。そこに幌○太鼓の面々が応援に駆けつけてくれる。これで一安心である。やっとカメラを取り出しメンバー達を撮り出す。踊りに来た子供達はもうすでに大きな輪となっている。
 時間の確認もしないまま佐○間さんの『もうそろそろ』という合図で、やぐら上の何人かを下げて景品の配布の準備となる。新人の風○・海○・雄○も元気はつらつで打ちまくっている。
 すっかり日も暮れ暗くなっていた。メンバーが4つに分かれて景品を配りだす。一昨年・去年と用意した景品が足りないというアクシデントとなった。十分に用意はしているが配り終わるまでひやひやである。そんなところに佐○間さん『足りないぞ・・』の声である。え・・・分かれての配布である。無くなった箇所とまだ配布している箇所がある。配り終えて余った景品が足りない箇所に回ってきた。よかった。数十個は残っていた。太鼓のメンバー達に配布する。
 今年も足りなかったら腹切りものである。安堵する。しかし、打ち手が足りない・・・安心する暇は無かった。演奏会から大人盆太鼓の終了までメンバー達は長い夜となるのであった。
 農業祭が終わっての練習日、風邪で2名がダウン(1名は大人)したが後は元気いっぱいに集合である。一人一人に農業祭の感想を聞く。『楽しかった』という言葉が続いたが『きつかった』『大人盆踊りが長かった』という感想も出てきた。『みんなよく頑張った』というほか無かった。
 メンバー達は大活躍であった・・・

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2009/8/27

農業祭終わる7  
 最後の曲『雄飛』は出演者が全員主役である。ソロ演奏が連なるこの曲は、誰もが主役なのである。与えられたその時間帯は自分の・チームのパフォーマンスの自由時間である。いつもなら事前にそのソロ順を公表したことは無いが、今回はその順番を公表して紹介も兼ねた。
 1番育○、2番有○、3番太○と雅○、4番秀○、5番麻○、6番大締の修○と雄○、7番小締の麻○・有○・萌○・姫○・恵○・育○・亜○沙の7人、8番3年生の玲○・允○・新○・隼○・翔○、9番福島から帰省した智○、10番つと○、11番恵○、12番亜○沙。小締隊は7人をあてた。その間に抜けた胴太鼓に3年生の悪ガキ隊が入った。演奏途中での移動となった。これまでに経験の無い手法である。これは太鼓の不足を補い弱い部分を無くする妙案である。やぐらを利用してのステージがこの妙案を作り上げた。大成功となった。
 3年生達のソロが乱れて始まってしまった。しかし途中でいつの間にか修正した。これも大きな進歩である。去年には出来なかった芸当である。
 無事に4曲の演奏を終える。去年の農業祭からの1年でみんなたくましく成長している。彼らの成長は演出を取り入れられるレベルにまでなってきた。それは様々なバリエーシュンを組んだステージも組めれることになる。大きな進歩である。見てくれる観衆を飽きさせない、幅が広く奥の深い構成も視野に入ってきた。
 これからの太鼓は、ただ曲の演奏だけをするという時代ではない。会場の大小や室内・室外あるいは観衆の年齢や構成などによって、演奏曲はもちろんステージ全般を考慮した演出が必要である。それが太鼓の魅力を倍加すると思うのである。技術を上げることも大切ではあるが、それを生かす方法が尚必要になるだろう。
 新衣装・新太鼓披露の「NEW栗沢太鼓誕生」演奏会は成功裏に終了する。そして『栗沢音頭』『子供盆太鼓』『大仮装盆踊り大会』へと続いていった。

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2009/8/26

農業祭終わる6  
 『優美』の演奏が大成功に終わった。麻○の頑張りがこの演奏を引き出した。
 次の曲の合間に、やぐらの一番上に鎮座してある大締太鼓の紹介を入れた。去年の農業祭で紹介を抜かしてしまった。寄贈してくれた渡○春○さんの遺族に申し訳なく思っていた。春○さんとの盆太鼓の共演や子供盆太鼓を教えてもらい数チームがこの子供盆太鼓を使っていることも紹介した。
 そして次の曲の紹介である。次の曲は低学年の2〜3年生が主役の『山彦』である。2年生の姫○そして3年生男子ワルガキ軍団の5人の紹介を入れた。小締太鼓の真ん中で1年生の風○も加わった。先輩達がしっかりサポートして堂々と元気いっぱいに演奏してくれた。1月からの6人の練習がここで花咲いた。
 『山彦』の演奏が終わった後、まだ紹介のしていない新人二人の紹介をここで入れる。海○はおかしなことを口走った。『やぐらの上に上がってもいいの?』・・・この後が子供盆太鼓だと思ったらしい。この子はまだまだ幼い。子供盆太鼓も習得できるかと心配していたが、家で練習したのだろうか、しっかりと子供盆太鼓を打ってくれた。もう立派な栗沢太鼓のメンバーの一員である。みんなの中に入って成長して行ってくれるだろう。
 どうなるかと心配していたワルガキ軍団はこの1年で大きく成長した。この子らが揃って頑張ってくれれば数年後には栗沢太鼓の支柱となる存在となるだろう。そうなってくれることを願っている。しかし、この5人それぞれのキャラがいい味を出している。将来、この5人での『雄飛』は個性豊かな演奏となる予感がしている。それは初代の『雄飛』のメンバー達を彷彿するかも知れない。

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2009/8/26

農業祭終わる5  
 1曲目の後、昨年の書道展、新○先生に半天の背中の書を書いてもらった経緯を話しし先生を紹介した。そしてこの書を書いたイメージを話してもらった。元気のよい子供達が身体いっぱい使って演奏する姿を想像した作品とのことである。栗沢太鼓らしいイメージの書である。これからこの半天は今の子達そして彼らの後輩達に受け継いで行くだろう。
 2曲目は『じゃじゃ馬隊』いや『なでしこ隊』の小締太鼓7台で打つ『優美』の新曲である。企画・構成した麻○、演奏者全員を紹介した。露払いに修○・雄○の大締太鼓が奏でいよいよ『優美』の演奏である。『出来るだけ早く』が私の希望だった。みんな早いリズムに乗ったいい演奏だった。2年生の姫○も真剣に打ってくれた。ただ残念なのはこの中に萌○がいなかったことだ。
 5台の小締太鼓を購入したことは、新たな太鼓の魅力を表現できることとなった。そして女の子達のいい目標となるだろう。新しい太鼓の皮がもっと馴染み締め付けが出来るようになってくれば、もっといい音を奏で魅力いっぱいの『なでしこ隊』になるだろう。その進化を見守りたい。

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2009/8/25

農業祭終わる4  
 夕方、トイレに行く途中で書の新○先生夫妻とばったりと出くわす。わざわざ来ていただいた御礼を言って演奏会の時間帯と会場を説明する。それまで祭り会場を回ってくるとの事で別れた。
 大やぐら前に教壇を20台並べられた簡易ステージが、これが1段目そしてやぐらの1階が2段目、やぐらの2階が3段目の3Dステージに太鼓は配列された。この配列された太鼓は4曲全てが同じにして移動がないオーダーを組んだ。最上階に大締太鼓が新しい幕を掛けられ演奏を待ちわびている。
 集合時間近くなってメンバー達が真新しい衣装を着けて集まりだしてきた。みんな片手に鉢巻を携え『どうして巻くの?』という合唱である。と聞かれるものの私とて?である。試行錯誤でお姉さんたちの世話となる。
 1年生の海○は心ここにあらずの状態である。もうてんぱっている。・・・演奏は無いのだが。さすが雄大は2年生だけあって堂にいっている。新人のこの二人は演奏途中で紹介を入れる予定である。
 ドッグショーが終わり、いよいよ開演である。ステージ前には去年の2倍以上のお客さんが待ちわびている。開会を告げ、コミュニティー事業の説明に入る。皮の張替え、新太鼓・新衣装の購入が今回の大きな事業内容である。そして1曲目の『絶世』の説明である。主役は高学年チーム、栗沢太鼓の一番難しい曲であること。そして出演メンバーを一人一人紹介して演奏に入った。センターの雄○はさすがに緊張していた。修○が大締太鼓で七五三を打ち、すぐに2階の斜め台の太鼓へ移動、雄○と修○の二人でのセンターである。修○は福祉村での演奏のリベンジである。みんな緊張した顔つきでの最初の演奏を見事打ち終えた。この曲をこれだけ打てれば上出来である。まずは最初の難関をクリアする・・・。

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2009/8/25

農業祭終わる3  
 バザーコーナーの準備も完了して、カメラを片手に会場の様子を撮影。しかし、この時間帯はまだお客さんもまばらである。来賓多数が出席して開会式が行われた。その終了後、来賓客の接待を焼肉コーナーで行う。我が会長(副実行委員長)の側で接待に参加。この接待には特別な肉が用意されているという。・・・なるほど・・・1パック2,200円の肉は(通常販売の肉は1パック1,000円)さすがに柔らかくジューシーであった。肉の焼き状況と来賓達の食状態を垣間見て、数切れの肉をビールコーナーに運搬。合間を見て3度の配達だった。試食程度だったが手伝いのみんなに味わってもらった。
 ビールコーナーに隣接して例の簡易テントを増設。そこに我が家から持参した焼肉テーブルをセット。随時、炭を起こして立ち寄るメンバー達や関係者の休憩・食事所となった。しかし、いつもテーブル周りは乱雑であった。またそれもよし・・・。
 いちい荘からわたあめの機械を借りてきて販売を試みるが今一売れ行きがよくない。小締太鼓を1台テント前に設置して修○が客寄せの演奏である。隣は大型テントの休憩所である。何事かとお客さん達はこちらを見入っていた。
 これから始まる長い夜のひと時のほっとした時間帯である。どんな演奏会に、どんな盆踊りとなるか、楽しみと心配の合わさった複雑なひと時でもあった。・・・しかしビールは上手かった・・・。

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2009/8/24

農業祭終わる2  
 農業祭が開会される1時間前。やぐらステージに全太鼓を並べその前に祭壇を作り栗○神社の大神主に御祓いをしてもらった。栗沢太鼓の全太鼓はすべて大神主に入魂してもらっている。今回で4回目の入魂式である。
 発足して2年目の年に今回と同じ助成事業で5台の太鼓を購入した。その入魂式はお宮の中で行われ、お宮の中で最初の演奏も行った。その太鼓の振動で宮の中はすす払いをしたようなすさまじい埃が降ってきた。そして2回目は開基百年に向かって製作した大締太鼓であった。3回目は20周年を迎える前の年に胴太鼓を、そして今回である。
 雨が降れば中止して別の日にと・・・2日前にはそんな予定も組まざるを得ない状況だった。しかし、そんな心配は一切無い絶好の祭り日和となってくれた。
 太鼓達は早く入魂を済ませ、メンバー達の演奏を待っていたのかもしれない。それ位の天候の変化だった。
 12時の開会を前に、やぐらの飾りつけ・バザーの準備を急いだ。そしていよいよ開会である・・・。
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2009/8/24

農業祭終わる1  
 宵祭りの決算・バザーの決算と支払いをようやく終えた。宵祭りはもともと赤字覚悟で、不足分は同志会から手出しして何とかやり繰りしてきた。今年はその手出し分が去年より増えそうだ。実行委員会では補填できれば・・・と考えてはくれている。
 バザーのビールは初日の売上げが多かったので期待していたが、利益は大きくは増えなかった。収入で5万円が増えたが、経費を払うと1万円位が増額、しかし『なおらい』の肉代でその分が飛んでしまった。
 大変な忙しさだった。しかし、みんな楽しんだ祭りだった。前日のやぐらたて・テント設営から始まり、昨日の片付けまでメンバー達も父兄達も一生懸命に動いてくれた。そしてみんな笑顔で終えたのが何よりだった。
 土曜日、午前に新太鼓などの入魂式。夕方のご披露演奏会も盛会だった。4曲の演奏もどれもが見事な演奏だった。沢山の人達からお褒めの言葉をいただいた。新栗沢音頭に子供盆踊り、大人盆踊りも沢山の人達や仮装で賑わった。メンバー達は一生懸命最後まで打ち切ってくれた。
 何よりよかったのは、天候である。1〜2日前までは雨の予報だった。よくぞ、晴れてくれた。よくぞ、もってくれた。メンバー達の熱い気持ちがこの天気を呼んだのだろう・・・。
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2009/8/21

思いっきり楽しめ・・・  
 やぐらの組み立て完了。明日は紅白幕や看板をつけて完成である。演奏会の予行練習も一通り行えた。本番でどんな太鼓を打つかはメンバー次第である。いい演奏を披露してくれるだろう。
 朝より、昼よりそして夜になるにつれて天気予報がいい予報に変わっていく。明日は絶好の秋晴れの中での農業祭となりそうだ。みんなの気持ちがまた神様に通じたか・・・。
 新人3人も、子供盆太鼓を無事習得。福島県も無事到着。メンバー全員が晴れ晴れとした日となる予感である。
 午前にやぐらの飾りつけ、新太鼓の入魂式、12時祭り開始とともにバザーの開始。午後4時半、メンバー集合。そして5時から『宵祭り』が始まる。まずは新衣装・新太鼓・張り替えた太鼓のご披露である。練習してきた4曲を披露する。やぐらを使った3Dステージはみんなの演奏を光らせてくれるだろう。『栗沢音頭』の踊りが始まり子供盆太鼓へと繋がる。そして大人盆踊り『大仮装盆踊り大会』である。今年はどんな作品が集まってくるのかも楽しみの一つである。その間、みんなは太鼓を打ちっぱなしとなる。頑張ってほしい。
 ミィーティングで明日の宵祭りの話をした。この祭りは栗沢太鼓の主催する祭りであること。そしてみんなが頑張ってくれるからこの祭りが成り立っていること。栗沢太鼓には1年で最大の目標な事・・・。メンバー達は理解してくれただろうか。一生懸命太鼓を打って、いい汗をかいて、思いっきり楽しんでほしいと思う。
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2009/8/20

雨対策か・・・  
 どうも天気が怪しい。明日は朝から会場の設営である。しかし午前中までは荒れ模様という予報である。午後から晴れマークは出ているが、1日目の予報は曇りのち雨である。2日目も時々雨となんともうらやむ天気予報だ。
 太○と允○のお母さんが入院していた。二人の衣装を届けた。明日の練習はおじいちゃんが送迎してくれる。これで全員に・・・いや手直しが二人いたか。
 幕の文字が、それも書の方が誤印刷されていた。三ずいが点一個しかない。慌てて呉服店に連絡、作り直すという。しかし、土曜日のご披露はお預けとなった。
 夜、ビールコップのトレーを作る。使っていた穴あけは用を足さず。ぎざぎざとなってしまった。ホームセンターで別のホールソーを買ってようやく出来上がった。準備は出来たが・・・天気が・・・。
 20日盆の盆踊りも延期となる。しかし、農業祭の盆踊りの延期は無い。今までは土砂降りの中でも行ってきた。もう勘弁してほしい。何とか雨よ降らずである。みんな楽しみにしているのである。
 取りあえずは雨対策を練らなければ・・・。
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2009/8/19

郷愁の祭りに  
 真新しい衣装を受け取ったメンバー達は、もう有頂天である。じっとしていろという言葉は寝耳に水。演奏会の曲の練習は2曲しか消化できなかった。おまけに殆んどは早上がりである。真剣モードにはほど遠い。ビールパーティーのちょっと誉められたことが頭に乗っているのか、お祭り気分なのか・・・。
 天気予報に頭が痛い。明日から祭り当日までいい予報が出ていない。メンバー達の統率と雨対策である。どちらかが安心ならまだしも・・・。
 父兄の一人が入院。バザーの手伝いは無理だろう。福島の智○に期待するか。J○南○も今年は使い物になりそうだし、その穴埋めとなるか。
 演奏だけで終わらない農業祭となって、忙しい祭りとなった。その分気合も入るのだが、子供達にはその気合がなかなか乗り移らないのである。彼らはまだまだ祭り気分なのだろう。それが普通の子供ではある。
 大人が一生懸命になっていることを伝える役目もある。祭りを楽しむということも必要である。その両方は相反するように思うが、それはそうではない。一生懸命になる熱い気持ちは、楽しくなる為の必須条件なのである。ただ祭りに行って楽しむのは本当の楽しさの何分の一しかない。本当の楽しさはその祭りの中の一員となって熱くなることである。自分のアイデアや行動力が祭りに関与出来ることは、祭り本来の楽しさに巡り合える事になる。
 その点、子供達はその土壌の中で育っていることにはなる。大人となったメンバー達はその事をよく理解している。この祭りは栗沢太鼓にとって大切な存在と思っている。その気持ちを子供達に持たせたいと思う。彼らが卒業してそして戻ってこれるそんな存在の祭りなのである。そういう郷愁を子供の頃から育てなければならないだろう。
 地方から戻ってくるメンバーがいる。彼らを暖かく待っているのもそんな気持ちがあってのことである。それが熱くもならず、冷めた祭りになってはつまらないではないか。
 
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2009/8/18

頑張ったご褒美  
 夕方、神社にお邪魔して新太鼓の入魂式をお願いしてきた。この時期で、別の日に設定する時間が無くて農業祭の開催前の土曜日の午前11:00からやぐら前のステージに太鼓を並べお供えをして神主に祈祷してもらう。メンバーは子供達も含めてなるべく参加してほしい。これもいい経験と勉強になる。
 最後の調整をした半天が全部揃った。明日は練習前に今回の事業で揃えた全部を入れた撮影を行う。市の広報用の写真である。その写真撮影を終えてから全員に新しい衣装を手渡す。いよいよ『NEW栗沢太鼓』の誕生である。
 2年前から新しい衣装の要望があった。会にはお金に余裕は全く無かった。衣装を揃えることは、すべて自己負担にならざるを得なかった。それまでは発足当時の衣装までかき集めて全員が揃った衣装などとはならないでいた。古い衣装で何とか我慢してもらっていた。『全員がそろえるなら』が条件で自己負担での購入の許可をした。しかし、意見はまとまらなかった。 『もう少し待っていてくれ』とその時は言ったものの確約など出来ない苦しい時だった。何も文句を言わずにみんな我慢してくれた。そんな姿を神様は見過ごさなかった。今年になって『みんなが頑張っている』ご褒美が次々にやってきた。そのご披露である・・・。
 新しいスキーウェアーを身に付けるときは、年齢は関係なくワクワクしたものである。そして意欲もいつも以上に湧くものだった。メンバー達の気持ちもそんな感じではないだろうか。『もう少し待ってくれ』といったことが現実になってホッとしている。これが現実に起こらなかったらと思うと恐ろしくなる。
 頑張っているご褒美は、これで終わったわけではない。これからもこの頑張りがあったら、もっともっとすばらしいことが現実になる。そういう社会であってほしい。
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