2009/9/30

ただ負けとはしない・・・  
 コンクールの練習に入っているが、メンバー達はまだのん気なものである。気をもんでいるのはコーチ陣である。
 準備をしても太鼓を1台出して自分の太鼓だと座り込み、後のメンバーなどどうでもいいという有様である。前回指示した各自の場所さえ無視である。どうなっているのやら。まずはこの辺から意識を変えて行かなければならない。
 全員を立たせる。等間隔に並んでいるかを見させ、そして指示した場所につかせる。話をしても下を向いたり横を向いたり、演奏中に頭をかいたり鼻をさすったり。・・・やんちゃ坊主で元気はいいのはいいが、これをまとめていくのは大変である。
 この中にしっかりとしたリーダー格がいれば楽にまとまるのだろうが、今だ親分格が存在しない状態である。また名指しできる存在がいないのにも困っている。
 次回の練習でこのメンバーで話し合いを持たせ、リーダーを決めさせようかと思っている。そうした方がチームワークが早く出来てくるかもしれない。一か八かの勝負である。2〜3年生で・・・それが出来るか。果たしてリーダーを決めれるか?・・・見ものだ。
 今日の練習で自由曲の大筋を決めた。時間も調整が済んだ。後は各パートで調整してもらう。今月中で課題曲を習得してという予定は早退組みが多くて出来なかった。しかし、もう時間がないので強引に予定を進めていく。次回からはチーム体型での練習に進める。
 どんなシュチュエーションでも演奏できる強い心を育てる。それが大きな目標の挑戦である。しかし、ただ出場だけではそれは育たない。完璧に演奏できるという自信をまず育て、そして出場してそして育っていくものなのである。最初からただ出場させるというのではない。その為のつらい練習があって互いが信頼できるメンバーとなる。それがチームワークを育て戦えるチームとなっていく。ただ経験を積ませ、ただ消化するだけなら何の意味もない。
 負けてもただ負けたくはない。その負けが次の勝ちになる負け方としなければ・・・。
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2009/9/29

将来への挑戦・・・  
 3年生の玲○に『お前、男らしくなったなあ。』というとニコッと笑顔を見せた。どうなるかと心配していたがいい戦士に成長してくれそうだ。
 3年生には男の子が5人揃っている。1年生から太鼓を始めて2年数ヶ月が経つが、その間に何度怒鳴りつけただろうか。入って慣れ出した頃には『全員首だ!』ということもあった。先輩達が間に入ってしんみりと『ごめんなさい』といってきたこともあった。5人という集団でいるばかりに、それがいい場面と悪い場面を作ってしまうことになる。『みんなでやれば怖くない。』ということなのである。
 あえてこの5人には一緒なチームで育てている。出来るならば全員が落ちこぼれなく成長してほしいと願っている。そして5人がお互いにライバルとなって切磋琢磨してくれることを望んでいる。
 農業祭が終わり、コンクールのオーダーを考えたときにこの5人と2年生の姫○の6人を小締太鼓でという考えを持った。チームのバランスと考えれば小締太鼓に6人は余りにも多い人数ではある。しかし新人の3人を含めて練習を統一できるというメリットがあり、そして彼らに大きな冒険をさせないでコンクールに出場させ、来年そして再来年を見越したチームにしていきたいと思ってのことである。
 緊張したコンクールでも6人が一緒なら心強いだろう。そして6人で一緒になって挑戦していいチームワークを育ててほしいと思うのである。成長し、力がつき、技術がついていくにしたがい彼らも一人立ちへの道へとなっていく。その道程の最初は力の無い者が集まり、力を合わせて巨像達に立ち向かっていくのである。そして成長にしたがい6人から3人・2人・・そして一人でと自立していってほしいと思う。
 百餅祭りでの彼らの演奏を見た時、ようやく大きな壁を彼らが越えたように感じた。これならコンクールに出場してもみんなで何とかやってくれるだろうと思った。・・・その為の練習は積まなければならないが・・・。将来へ向かった挑戦である。
 
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2009/9/28

いい指導者に・・・  
 2003年のキャンビー・ハワイ公演、2006年のハワイ公演を経験しているお姉さん・お兄さん達が、栗沢太鼓に在籍しそして現役でいるのは子供達にとってはいい見本であり心強い存在である。子供達にとっての目標が彼らがいることによって、すごい高い位置にあるのは間違いない。高学年のレベルはキャンビー公演へ行った時の彼らに限りなく近づいている。しかし、技術ではあの時の彼らに近づいても年齢的な成長は、まだまだこれからといっていいだろう。
 技術と心の成長は比例することもあり別物でもある。幾ら頭がよくても小学生は小学生である。低学年から経験を幾ら積んでも上手だという域はクリアできても、心を打つ表現力は経験が必要な要素になる。年齢という域は追い越すことは出来ない。
 今のお姉さん・お兄さんの年齢の時に、まだ私の太鼓の履歴はない。その数年後に太鼓初心者の道を歩むことになる。スキ○指○員を合格した年と同時スタートなのである。かたや指導者であり、かたや初心者であった。指導者といっても卵であって自信など持つことになるのは何年もの経験の後である。沢山の生徒達を指導し技術も指導法も習得してやっと一人前の指導員というレッテルが張られるのである。
 お姉さん・お兄さんなどは、まだまだヒヨッコである。ただ管内の太鼓界では一人前のプレーヤーとして通用するかもしれないが、指導者となるとこれから多くのことを経験する必要がある。しかし素質と考えたなら充分にそれは持っているだろう。
 技術があるイコール指導者ということにはならない。経験がある。年齢がいっている。これで指導者ともならない。ライセンスを持っている。それがどうしたという様なことである。
 一般常識があって、物事の判断をしっかり出来て、人に好かれる人格があって・・・これでは聖人君子か。しかし最低限は持たなければならないが・・・。必要なのは『どこかに魅力がある』である。そして『どこか抜けている』のも必要なのかもしれない。
 ・・・難しく考えないで、いい太鼓を打って、いい後輩を育ててほしい。そういう方がいいのかもしれない。
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2009/9/27

飛躍する可能性は無限に・・  
 5台の小締太鼓を新調したのは正解だった。女の子だけの小締隊も出来たし、Jrコンクールの低学年もこの小締太鼓を活用する。そしてその太鼓の袋を作ったのも正解だった。積み込みで傷めることもない。台に滑車を付けたのも正解だった。移動が出来る台はステージ演奏の準備が早く楽になった。使わなくなった自作した小締太鼓は1年生の二人が自宅に持ち帰り練習に使っている。
 助成事業のおかげで備品類はすごく充実した内容になった。低学年から高学年や大人のメンバー構成でも対応できるし、様々な体系も組めれる様になった。活用のアイデアが無数に広がったのである。
 毎年恒例の演奏場面が多くある。その演奏が毎回同じ曲、同じ太鼓配置では新鮮さも薄らいでくる。今年の栗沢太鼓は?という楽しみもなかったら、見ている側も演奏するメンバーも張り合いが無くなってくる。低学年の小さなメンバー達も先輩達と一緒に演奏が出来るとなれば頑張って練習をするだろう。
 ちょっと前までは太鼓が足りなくてタイヤにコンパネを貼り付けそれを使って練習していた。今では太鼓を余す位の時もあるようになった。去年の今頃はボロボロの皮の太鼓で練習していた。1年で雲泥の差である。
 新しい衣装を着れればそれはみんなうれしいだろう。太鼓の皮はみんな新品である。出演する度に上達して観衆から沢山の拍手をもらえる。張り合いも生まれる。そして家族は、そんなメンバー達の応援をしてくれる。今のままでも充分な活動だと思っている。しかし、子供達は更に飛躍したいと望んでいる。それに答えていかなければならないだろう。まずはコンクールに挑戦して一歩も二歩も飛躍し、そして冬の間に更に何歩も飛躍して・・・飛躍の可能性は無限に広がる。

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2009/9/26

成長する機会に  
 低学年達の練習を厳しくしている。『今までとは違う』と思っているかもしれない。低学年6人と新人3人は、まだまだ自分勝手である。今までの付き合いで『やさしい』という印象を持っているだろう。しかし練習に入ってからは無くしている。これはいじめではない。しっかりと聞くということ、そして自分でそれを理解して行動できる。そういう子供達に成長してほしいのである。もうワルガキ軍団は卒業してもらう。
 高学年のメンバーは、もうそんなことはとうに卒業している。先輩達のアドバイスを吸収しようという積極性を持っている。それは演奏が物語っている。
 太鼓プレーヤーの魅力は顔に表れる。自信のない顔に本当の太鼓の魅力はない。自信がみなぎり目が輝くことは自分が楽しんで演奏している表現である。自分が楽しんで演奏していることが観衆をうならせる原点である。いやいや演奏して魅力など生まれるはずがない。
 低学年のチームは百餅祭りで今までの最高の演奏をした。皆にそれを誉めた。ニコッとした笑顔となった。やっと彼らのスタートがきれたと思った。6人が一糸乱れないリズムを打ってくれた。それは彼らが一番感じたことだと思う。6人が全員『ヤッター』と思ったと思う。その気持ちが大切なのである。自分勝手から皆で協力してという気持ちが生まれただろう。それは大きな進歩である。
 個性豊かなプレーヤーを育てる。しかしその前にはお互いがメンバーを尊重し尊敬することがなければならない。それがチームワークを育ていいチームが生まれるのである。
 打ち合わせしても聞いていない。叱らなければ動かない。・・・もう卒業してほしい・・・
 
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2009/9/25

自問自答・・・  
 成長とともにメンバー達の生活も変わってくる。せっかく育ちこれからという時に離脱していくメンバーがいる。それは仕方の無いことだと思ってはいる。しかし、今やっている方法がまずくはないかと自問自答をしている。
 この2〜3年で何人ものメンバーが離脱して行った。部活と両立できない者、高校生活と両立できない者、理由の定かでない者もいたし我がままでやめてもらった者もいた。
 入会するも辞めるも、それは本人や家族の意思である。しかし、組織を運営していくには構成するメンバーがいなければならない。そして活性化していくには目標を持たせ夢を持ってもらわなければならない。当然それには技術の上達が必要になる。またそれが重荷となる原因ともなる。
 太鼓を演奏するには相当の度胸が必要である。物怖じのしない強い心である。その心を育てることは太鼓チームを育てる中で一番重要となる。ステージに上がることはすごいプレッシャーとの戦いである。そのプレッシャーに押し殺せられない強い心である。自信を持てる練習が必要であり、ステージ経験が必要になる。しかし、その心を育てる前に自滅していく子もいる。
 太鼓チームを育てること、そして継続させていくことは並大抵のことではないとつくづく感じている。この子がいつかは離脱していくのではないかと思って接した事はない。その時その時にメンバー達が最高の輝きを持ってくれればいい。それは離脱してしまっても、その子の将来に何か役立ってくれるだろうと思うのである。
 難しい課題は絶えず続いてある。その時にぶつかった課題はその時に考えればいいと思っている。社会はいつも変化し、人は一人として同じ人格とはならない。メンバーもいつも同じ心や技術ではない。・・・自問自答は永遠かもしれない・・・
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2009/9/24

大切な財産・・・  
 ようやく祭りなどのイベント演奏が終わって一段落となった。来月のコンクールに向かっての練習に集中できる。来月にはキャンビーのナンシーが亡き町長の墓参に来るという情報もある。おそらくお呼びがかかるだろう。
 キタオンから始まった今シーズンは、雨で中止になったイベントがあったり重なって出演が出来なかったイベントもあった。特に今年は町内の出演が増えた。町内会の盆踊りが新たに始まったりビールパーティーや秋祭りにもお呼びがかかった。秋祭りの出演はビールパーティーの出演を見て『是非お願いしたい』という連鎖したものだった。
 地元の出演が多かったのは地元に愛され、理解されてきた証だと思っている。そして元気の無い街が栗沢太鼓の元気よさに期待するものだとも思っている。
 小学校の運動会でメンバー達が活躍してくれたことはうれしい話題であった。そして校長先生や教頭先生が私達の活動を理解してくれて応援してくれていることに心強さを感じている。その理解が練習会場費を半額以下に出来たことに繋がった。
 去年の書道展の出演が新しい衣装の顔となる書に繋がった。これも地元の書道家が私達の活動を理解してくれていた。そんな縁が私達に新しい顔を結び付けてくれることになった。
 メンバーの家族が応援してくれている。街の人達も福祉村やいちい荘の人達も期待し応援してくれている。『おう!』と驚きの声が漏れたり、『すごい!』という声が聞こえたり、『はははあ・・・』と笑い声があったり・・・今年の出演はどの会場も有意義な出演だった。
 我慢に我慢してきた。合併後、週2回の年間の練習会場費の総額は35万円となった。それでも何とかやり繰りしながら継続させてきた。それをもし1回に減らしていたなら、今の様な現実は無かったかもしれない。そして、この我慢が沢山の応援団を得たのかもしれない。
 姉妹都市には『早く来い!』という栗沢太鼓のファンがいる。そして地元には街の人達全員が応援してくれる。これは大切な栗沢太鼓の財産である。

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2009/9/23

スタートの年  
 3年生以下の低学年9人を小締太鼓につかせ基本練習をみっちり行う。姿勢・基本リズム・腕の振り・・・。普段の練習とは違うというところをはっきりさせている。『頭を下げるな!』『よそ見をするな!』『姿勢をよくしろ!』『腕を伸ばせ!』・・・
 まだ基本リズムに合わない。息が合わない。腕は伸びない・・・ないないずくしである。どこまで成長させられるか?。練習期間も時間も余り無い。やれる範囲でとは思っているがメンバーもコーチ達にも恥を欠かせない位には仕上げたいと思うのだが・・・。
 低学年組みは男の子が多い。ワルガキ軍団の3年生は5人の男の子達である。そして2年生に一人、1年生に一人と7人の男の子。女の子は1・2年生に各一人である。この中で一番しっかりしているのは2年生の姫○である。男の子はどうしても晩生である。
 出演直前の打ち合わせでも、まだ全く無いようなものである。何回も云って聞かせても理解していない者が一人二人。忘れ物は絶えず誰かが。手の焼く連中である。
 この連中を入れてコンクールに出場することは、それだけの覚悟が必要である。失敗はもちろん想定内である。しかし手を打てなかったからの失敗とはしたくない。出来ることをやってそれでダメだったら、それはそれである。少なくても失敗しても『出場してよかった』ということにしたい。
 大舞台に出場するという心構えとそのプレッシャーに負けない心を育てる。それが今回の最大の目標である。低学年達が同じ目標を共有してくれるか。そして立ち向かってくれるか。その気持ちを育てるのも今回の大切なことである。高学年達も低学年のメンバーを引っ張っていくというリーダーシップも育てなければならない。
 Jrチームはようやくスタートをきった。促成栽培ではなく、しっかりと根を生やした実力チームに進化させていく。その為にはまずは心を育てることからではないだろうか。
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2009/9/22

失敗を恐れず・・・  
 理屈で物事が全て収まるものではない。組織活動となるとそれはもっと複雑になる。失敗は全て許さないで組織活動などは出来ない。失敗は山ほどしてきた。その失敗は、素直に自分で認めてきた。そのことを批判した人もいた。しかしその都度、かばってくれた人がいた。励ましてくれた人がいた。その言葉で勇気をもらい、その失敗を次の糧にしてきた。
 人が成長することは失敗を繰り返して学んでいくことだと思っている。メンバーに失敗をして叱ったことは今だ一度も無い。それは私自身がいいだけ間違いや失敗をしてきたからである。そんな人間が失敗したのを叱る権利があろうはずが無い。
 メンバー達が失敗したり間違いをすることは、それは自分の力の無さだと思っている。メンバーの力の無さは私の力の無さであり、メンバーの間違いは私のアドバイスの足りなさである。
 いつも本番前に言うことは『間違ってもいいから思い切ってやれ!』である。それがなかったらパフォーマンスを出すメンバーは育たないと思っている。失敗を恐れない勇気と思い切りが、いいプレーヤーを育てるのである。
 プレーヤーを育てるのも、組織を育てるのも似通っては無いだろうか。失敗を恐れて企画などは練れない。そして失敗して学び次の本番がある。それは太鼓のメンバー達と同じ道をしていると思う。
 組織も間違いを繰り返しながら成長していくものである。その間違いを許さず問われたら、その組織に成長は無い。これを認めなければその組織は継続する意味はない。
 失敗を恐れない挑戦が人も組織も育てるのである。その失敗は次の挑戦に必ず役立つ・・・。
 
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2009/9/21

顔つきが変わった  
 昨日の写真を見ながら感じたことがある。それは2〜3年生達の顔つきである。2年生の姫○の去年の写真はいつも下を向いて全く自信の無い顔をしていた。その兄の玲○もいつもキョロキョロして落ち着きが無かった。新○もいつも横を向いていた。
 写真を見ているとその表情はがらっと変わって見えた。姫○は人が変わったように自信を持った顔に変わっている。玲○も新○も落ち着いた顔に変わった。允○は余裕を持った顔をしている。翔○は男らしい面構えになってきた。まだ隼○はマイペースではあるが、これも彼のキャラである。
 このシーズン、幾つもの演奏を経験してみんな成長してきたのだろう。これならばJrコンクールも何とかなるか。多少の失敗など覚悟はしている。大舞台の緊張に挑戦して一皮向けたメンバー達に成長してくれることが狙いである。この低学年達が成長してくれれば栗沢太鼓の夢は限りなく膨らむだろう。楽しみがいっぱいである。
 昨日の演奏は、揃えた衣装を着てそして自信満々に演奏してくれた。ミスというものもほとんど無かった。・・・みんな格好よかった。・・・素敵だった。そして誇らしかった。
 観衆を移した写真が何枚かある。その人達はほとんど全員がみんなの姿に見入っている。足を運んでいる人もほとんど見えない。みんなの演奏に観衆が足を止めているのである。確かこんな経験が過去にあった。ハワイのロイヤルショッピングセンターステージだったろうか。あの時の人は昨日の数倍の人だったが・・・。それを経験した大人3人も満足した顔をしていた。
 低学年達は昨日の演奏で自信がまたついただろう。それはまた1つ飛躍したことになる。
 
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2009/9/20

駄々っ子治らず  
 駄々っ子はまだ治らず。『お前の出番は無いと昨日の練習でいったにか!!』お目玉を食らう。シュンとなる。もうこれ以上甘やかすわけにはいかない。これが続いては彼女の為にはならない。
 百餅祭の路上演奏会は、昨年の模様と異なり片面の路上を使い片方向きで一つおきに団体演奏となった。いつも合わない合同曲は中止した。
 栗沢太鼓は3番目に演奏した。小学生・中学生のバレー部は試合で都合が付かず16名の参加で久しぶりに大人をメインの場所で演奏した。1番は旭川から駆けつけた一○、2番はジュニアのリーダー亜莉○、3番は2〜3年生の小締隊6名、4番に斜め隊の太○と雅○、5番つと○、6番大締隊の雄○と修○そして最後を務めたのは麻○である。
 さすがに大人を中心のチームはすごかった。そして3人の大人達は燃えに燃えていた。そのテンションは子供達にも連鎖した。現時点での実力では最高の演奏だった。終わった後の採点は98点とみんなに告げた。
 1番の一○は今までのストレスを全て吐き出す様な迫力があった。2番の亜莉○はこの大人達に挟まれても何も見劣りなどしなくなった。3番の2〜3年生は今までの演奏の中で最高の出来だった。ピッタリと合っていたし堂々としていた。4番の斜め隊もコンビが合ってきたし力強さも出てきた。5番のつと○はさすがである。力強さ迫力と圧倒していた。6番の大締隊は自信満々で安心して見られるようになった。そしてセンターを務めた麻○は見ている人達に気迫が伝わるような演奏だった。
 先日の栗沢秋祭りと今日の出演では子供中心のオーダーから大人中心のオーダーに切り替えた。両演奏ともプレッシャーは大人が引き受けてくれた。その分、子供達は伸び伸びと演奏したはずである。そして大人の見本もしっかりと見ているはずである。それは必ず子供達に伝わっていると思っている。そして駄々っ子の風○も見ていたに違いない。
 中央部で演奏した私達を沢山の人達が見入っていた。お揃いの衣装は貫禄まで与えてくれたように見受けた。・・・それは私の勘違いか・・・ 


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2009/9/19

第一ステップ  
 明日の出演者の練習後、課題曲の班と新人3人の班に分けた。課題曲の班はお姉さんお兄さんに預け、新人3人と物品庫のトラの穴へ。
 全員での基本練習での3人の新人達は先輩達を見よう見まねで練習していた。そしてこの練習が何故必要なのかも知らないでいた。その基本練習を厳しく行った。『横を見るな』これは他人の動きに合わせようとしている。音を聞いて合わせるにはこれは余計な行為となってしまう。『強く打つな』これは筋肉を硬直させてしまう。そして自分の音で他人の音が聞こえなくなる。その他にも幾つかの注意を厳しく言った。『余計な(指示以外)音を出すな』『注意している時は俺の目を見ろ』・・・
 基本リズムも左右の手が違ったり、それに合わすリズムも正確でなかった。それを一人一人修正する。テンポを合わす為に私の声に合わせる様にして行く。わずか20分余りの練習で基本リズムが合ってくる。そしてそれに合わせるリズムも合ってくる。それはみんなの顔も明るい顔になってくる。そこで一時止めて『音が合ってきたぞ、気持ちがいいだろう。』みんなうなずく。そして『先輩達はこの基本のリズムに合わせて、それぞれの曲を打っているんだよ。その基本リズムが出来なかったら、ただうるさいだけの雑音になるんだ。』また明日の演奏にも出たいといった風○に『みんなに合わせるリズムが打てなかったら、それはみんなに迷惑をかけるんだ。それじゃダメだよな。』うなずいた。
 彼らはやっと意味が解かった様だった。みんなと音を合わせることが心地いいということを学んだ。それはみんなと仲間になる第一ステップを越したことになるのだろう。これからは物真似ではなく、音を合わせていくという自分で奏でる技術の習得になっていく。
 練習する目標を彼らに与えた。幼すぎてバチを手にして衣装を着れば、もうみんなと同じだと錯覚したのだろう。それでは上達はしない。何が出来れば、何をすればみんなと同じになっていくのかを早い時期に学ぶことは、上達だけでなくて気持ちの成長もあるはずである。
 早く『駄々をこねる』は卒業してほしいものである。

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2009/9/18

いい演奏の場だった  
 栗沢の秋祭りである。毎年神社ではプロの芸人の演芸会が催しされていた。しかし、お金はかかるがお客さんが来ないということだったらしい。それでその解決に文化協会の人達に出演をお願いした様である。カラオケや舞踊・よさこいにバンドなどでお客さんは回復していったという。
 初日の最後の出演を依頼された。用意されていた椅子席は満席である。回りには立ち見の人達も大勢いる。もちろんメンバー達の家族もぞくぞくと応援にやってくる。風も無くこの時期では暖かい夜である。誰も帰ろうとしない最後の出演となった。まるで栗沢太鼓を見ようと来てくれた様に感じるほどだった。
 演奏曲は2曲、1曲目は『優美』そして2曲目に『雄飛』である。MCを務めた私はその紹介をしてアンコール曲も用意はしていますとも伝えた。それが2曲目を終えて要求したようにアンコールの声となった。どうもこれはメンバー達の家族からのようだった。
 翔○が風邪をひいたらしく欠席するという電話が入った。1年生の風○には『出演は無いよ』と告げていたがしっかり衣装を着て準備万端でやってきた。猛アピールである。彼女はまだ1曲も演奏できる曲は無い。しかし、みんなと出演したいのである。
 2曲目の翔○が抜けた場所に彼女を入れることにした。その事をアナウンスした。『1年生の彼女は、まだぜんぜん演奏出来ないのですが出演したいと云うことでメンバーの中に入っています・・。』この紹介が俄然お客さんの目は彼女にいってしまうことになったのである。・・・右や左を見ながら先輩達の真似をしようと必死であった。
 アンコールの『山彦』もしっかりと小締太鼓に居座った。演奏途中で私が彼女の手を取りその手助けをした。それがお客さんにまた受けたのである。
 地元の知っている人達、いや老人達が多かった。演奏途中には拍手があったり、私のMCに笑いがあったりと楽しい出演であった。いい演奏の場と感じた。毎年恒例の出演になりそうである・・・。
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2009/9/17

将来のメンバーの為に  
 まだ新人と云われるメンバーが3人いる。1年生の女の子が一人、この子は入学前の2月から練習に参加している。1年生と2年生の男の子が二人、この二人は6月から参加している。3人には子ども盆太鼓を覚えて農業祭の大やぐらで打つ事を目標にさせてきた。心配していたが3人ともその目標を何とかクリアした。3人とも立派だったと思っている。
 今は10月のJrコンクールがチームの目標である。この3人にもコンクールの練習に他の先輩達と同じ様に参加させている。基本練習のリズムがやっと覚えた位でコンクールに出場などほど遠いのではある。今は、彼らを別メニューで練習させる余裕も無いのが現状なのである。彼らに合ったカリキュラムの練習方法が望ましいとは思うがしばらくはこの練習に付き合ってもらうことになる。
 その中の女の子が駄々をこねる様になった。『小締太鼓を叩きたい!』と何度も言い出す。コンクールに配置した小締太鼓のメンバーが優先して使わしている。その練習で空いている時は使わしているが、彼女にはその判断はまだ無理の様である。前回の練習にもそれを言い出した。これを認めてしまったらチームは機能しなくなる。そしてみんなでやるということも覚えてもらわなければならない。ちょっときつく注意せざるを得なかった。『お前はまだ幼稚園へ行っているのか。もう小学生なら駄々をこねるな。駄々をこねる子は栗沢太鼓には必要ない。そんな子はもう来なくていい。』
 メンバーはそれぞれ希望するポジションがあるとは思う。しかしそれは許してはいない。不満顔を露骨に出す子もいる。それも全て無視している。
 一つのパターンにオーダーは組まない様にしている。もちろん出来ない所に入れる様なことはしない。限られた者が主役となる様なチーム作りはしない。それは曲がった心を持たせてしまう原因になる。そして、どんな場所でも誰でもこなせるという幅のあるチームとなってほしいという狙いもある。その為には早い時期からわがままは云えないと言う気持ちを養う必要がある。
 少しうまくなると頭に乗って鼻を高くする者が生まれてくる。それはチーム作りには弊害となり、人作りとはならない。エースを育てることは、チームを作る時には手っ取り早い手法である。しかしそれは問題の火種も作っていくことになる。
 今を大切にしてしまうとそういう道に入っていくことになる。今は我慢に我慢をし、将来のメンバー達の為になることが必要だと思っている。
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2009/9/16

楽しい会はいい  
 昨夜は農業祭実行委員会の役員会が開催され決算の報告や反省が行われた。その後は居酒屋へ直行となり2次会へと進んで午前様となった。
 このメンバーの飲み会はいつも和やかとなる。話に話でいつの間にか0時となる。栗沢太鼓の理解者達であり応援団でもある。楽しい一時であった。 秋祭りの演芸会にお呼びが掛かった。担当者がビールパーティーの演奏を見て感動しての招待である。また街の人達にメンバー達の成長をご披露する機会となる。今日の練習の後、太鼓を積み込んだ。我が軽トラには8台の胴太鼓とその台、8台の小締太鼓とその台、その他に斜め台が2台と締太鼓の台が1台。さすがに6年生達の締太鼓は載せられなかった。しかし、コンパクトに作られた台などでこの軽トラと父兄のワゴン車で収まる。今回は準備を早める為に小締太鼓以外は全て滑車の付いた台にしてみた。演奏に支障が無いかも確認してみたい。しかし、台数が増えて積み込みも時間がかかってしまう。早くメンバー達が成長して力持ちになってほしいものである。そうなったら今度は大締太鼓の出番となるのか・・・。待ち遠しい。
 夕べは会長も出席していて焼肉大作戦の報告もしておいた。総勢29名となって大騒ぎだったと報告した。本人も出席したかったが都合が付かなかったと残念がっていた。実行委員会の役員達も喜んでくれていた。会の中身がいい事は、演奏もよくなり祭りもいい中身の祭りとなる。いつも笑顔でいれる楽しい会や祭りでありたい。
 
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