2009/12/30

お年玉・・・  
 年内最後の練習を終えて、神社の神輿小屋に太鼓を搬入した。
 明日の予定曲は3曲、そのリハーサルが今日の練習内容だ。しかし天気予報は大荒れである。やってくる低気圧は984hPa、半端じゃない。ミィーティングでは悪天候の場合の対処をプリントして回した。午後9:00までに最終判断をして連絡ページに掲載する。実施するとしても状況に応じて対処して無理しないこと。降雪が多ければ曲数を減らすこともあることなど・・・。もし中止となったら初打ちを始めてから初めてのことになる。子供達も楽しみにしているだけに何とか出来ないかと思うのである。
 買い物に行ったストアーで苫小牧から帰省している貴○とバッタリと会う。太鼓の搬入を手伝ってほしいと頼む。神社に現れ搬入はあっという間に終わった。ガタイのデカイ人間が多いと大助かりである。まだ男の子達は小学生である。力仕事はまだ力不足である。
 寄贈の締太鼓の幕を作ったと寄贈してくれた家族に伝えた。そして新年初打ちにその幕を飾る事も伝えた。その家族は毎年欠かさず見に来てくれていた。寄贈してくれた春○さんの家族達は楽しみにしているはずである。
 旭川の一○もみんなの中に入って演奏するのを楽しみにしている。久しぶりに集まれる機会なのである。
 ただ消化すという行事は長続きはしない。楽しみが幾つもあって、そして新鮮さが加わるとその行事は毎年生き返るのである。そこにはお年玉を待っているメンバー達がいる。お年玉をもらっていたメンバーが、今度はお年玉をあげるメンバーとなって帰ってくる。ただお金をやり取りするだけの関係とは違う。そのお年玉にはメンバー達の気持ちが込められている。わずかな額かも知れないが、それは尊いものだと思うのである。
0

2009/12/29

年賀状  
 ようやく年賀状を書き終えた。去年までは宛名もパソコンで印刷していたが、今年は手書きで書いた。改めて自分の字の下手さを確認する。
 届く年賀状はほとんどがパソコンで印刷されている。宛名もパソコンの時代となった。子供の頃から面白い年賀状を作りたいといろいろなことをしていた。芋版で作ったり、毛筆で書いたり、ガリ版印刷もあった。ところが叔父が個人の印刷屋をやり出してから年賀状は印刷となった。何だかつまらなくなってしまった。届く年賀状もみんな印刷ものばかりで時には同じデザインのものもあった。
 印刷の年賀状からパソコンの年賀状に変わって、また手作りの個性豊かなものが増えているが、宛名も全て印刷となって何か味気なさもある。しかし一度アドレスを入れてしまえばいいのであるから便利この上ない。汚い字を見せずに済むし、書き損じもない。これも進化か。
 明日は年内最後の練習である。新年初打ちの練習を行って本番に備える。新衣装を着て新しい太鼓を打って新年を祝いたい。今年は栗沢太鼓にとってはいい年となった。そして来年も今年以上にいい年でありたい。
 福島の支部長は今年は初打ちには来ず、10日の成人式に合わせて来道予定である。彼も大人の仲間入りとなった。旭川の支部長は新年初打ちにお年玉をいっぱい持って参加するらしい。ところで陸別の支部長に子供が誕生していた。女の子ということである。報告が遅いと忘年会の席で電話をして叱っておいた。
0

2009/12/28

天候が心配に・・・  
 さあ大変だ。北日本、年末年始大荒れという予報が出た。ひょっとしたらお年玉は当たらなくなるかも・・・。北日本といっても広い、当日がどうなるかはなって見なければわからない。みんな楽しみにしているので何とか実施したいものである。
 夏の雨と違い、冬はべた雪でない限りかなりの雪でも太鼓演奏は出来る。しかし雪に強風がついた吹雪となると別である。まずは会場まで集まれるかということから始まる。地吹雪となれば車は走れなくなり、市街外の者は出て来れなくなる。何かあれば北海道では死に繋がることさえある。何が何でも集まれという強制は決して出来ないのである。また場所によってその環境は一変する。自宅付近は何でもなくても、100m先からは雪ということがあったり風道では一寸先も見えなくなることもある。
 定期練習も状況を見て無理をしないでほしいと伝えてある。会場を中心にメンバー達の住居は広いエリアとなる。状況も様々である。事故防止には最大限努めたい。
 1年生二人は欠席という連絡を受けた。その時間帯まで起きていられないそうである。2年生の一人が返事をもらっていないが、後は全員参加という連絡である。その外に大人が4名で総勢18名前後となりそうだ。参拝者も足を止めてかなりの人が見てくれる、いい演奏の場でもある。神社も初詣を賑やかにしてくれることを喜んでいる。それだけに何とか穏やかな夜であってほしい。
 控え室の社務所はまた賑やかになるだろう。メンバーの家族達も集まってくれる。いい正月となってほしい。
0

2009/12/27

間違ったらお年玉なしと・・  
 助成事業の報告が1月号の市広報に載せられている。写真の撮り直しの催促はその後ない。助成事業はこれで一件落着か・・・。
 年内の練習は30日の1日となった。練習後、神社に太鼓を搬入する。太鼓は神社で越年である。心配なのが大晦日の天候である。余りいい予報ではない。20年以上続いたこの新年初打ちで中止となったことはない。雪が降ることはあっても大荒れとはならないだろう。なんたって、子供達のお年玉がかかっているのである。
 昨日の練習には参加希望者は全員出席となった。演奏するスペースは限られている。太鼓の台数も極力少なめにした。そしてその予行練習を行う。曲目は3曲。1曲目に低学年組みの『山彦』、2曲目に高学年組みの『絶世』、そして3曲目には全員が参加の『雄飛』とした。
 一人2曲以内でオーダーを組んだが低学年組みが怪しい、助っ人をつける必要がありそうだ。一人前の顔をしているがまだ2〜3年生である。・・・『間違ったらお年玉なし』と脅しでも入れるか。
 神社では演奏する会場をしめ縄で囲んで作ってくれている。10年前まではまるっきり雪の上で雪駄を履いて演奏していた。足元が滑り演奏どころではなかった。これではダメだと我が家のじゅうたんを取り替えて(まだ大丈夫だったのだが)そのじゅうたんを足場に敷いている。人数が増えて、更にもう1枚を追加。これは寝室のじゅうたんが犠牲になった。そのかいあってメンバー達は足元を気にせず演奏が出来るようになった。お蔭でじゅうたん代を出費したのだが・・・。
 当日は胴太鼓が7台・小締太鼓が8台・大締太鼓が1台とその台、敷物類である。それでもけっこうな荷物である。それらは神輿小屋に保管され当日を迎える。
 メンバーの元気な演奏で新しい年を祝い、いい年となることを願いたい・・・。
0

2009/12/25

育てる・・・  
 手打ちうどんがサンタさんに運ばれてきた。美味しく頂戴した。メンバー達にもサンタさんのプレゼントが来ただろう。そして今日から冬休みとなる。インフルエンザで休校が続き今年の冬休みは短縮されると聞いた。小学校も1日短いようだ。
 コンクールの前後はインフルエンザのピークとなって全員が揃ったのが前日と当日という綱渡りの大会だった。そんなピンチも気持ちを落さずよく辛抱してくれた。コンクールの演奏もすばらしかったが、その後の彼らの成長に驚く。技術はもちろんだが取り組む姿勢やチームワークも数段に上がっている。
 上級生組みは更に上へという意欲が増している。そして低学年組みは戦士へと飛躍した。やんちゃ集団のワルガキ軍団は栗沢太鼓の無くてはならない大切なプレーヤーである。今年よりも来年と・・・毎年彼らは考える以上の進化を繰り返している。それを下支えしてくれている先輩達に感謝している。私一人ではこうはいかない。新人達もそんな先輩達を頼りに成長しつつある。
 新しいことに取り組む事がメンバー達やチーム全体の意欲を生む活力となる。それは絶えず歩み続けることなのだ。どこかで満足をしてしまったらその成長を止めてしまうことになる。だからといって過度な要求では楽しい活動とはならない。メンバー個人に合わせた目標と進歩を合わせていくことが大切である。意欲を無くさなければ、どんな子も大切なメンバーの一員となり戦力に成長していく。
 人を育てることは繊細さが必要だ。注意することもあり、叱ることもあり、誉めることもあるだろう。しかし一番肝心なのは彼らの気持ちを察せるかということなのだろう。『わき合いあいに楽しい活動・・・』を作る・・・その目標はこれからも続く・・・
0

2009/12/24

新年近し・・・  
 練習会場には大きな石油ストーブが2台設置されている。しかし厳冬期にこの広く古い会場を暖めるだけの能力はない。会場の温度はわずか9℃である。それでも子供達の中には裸足で練習している者もいる。私は凍えているだけである。
 冬の予報は暖冬だといっていたがとんでもない、先週からの気温は1月2月並みである。この会場であの暖房機では間に合うはずが無い。去年の冬は文句の言い放題だったが、会場費が下がってその不満もトーンダウンである。遊び回る広い会場はメンバー達にとっては不満もない。そして街の中心であり使い勝手もいい。寒さは我慢である。
 同じ会場で近くの町内会の会合が行われていた。会合が終わったのだろう、ドアを開けて数名の人達が覗いていった。この町内会の会長さんは小学校の校長先生だという。覗いている中に居た様であった。『小学生達は頑張っていますよ。』
 いつもの曲の練習の後、自由練習とする。新人の雄○は今日から小締太鼓の練習班に入れる。リーダー・サブリーダーのデュエットは中々前に進まない。お姉さんを助っ人につけた。男子組みは6年生を中心として練習に熱が入っている。日増しに完成度が増してきた。早い内に曲として組み立てたい。
 年内の練習はあと2回、次回には新年初打ちのメンバー編成を組まなければならない。最終練習日には終了後に神社に太鼓を搬入する。いよいよ新年に向かう・・・。
0

2009/12/23

忘年会  
 昨夜は大人の部の忘年会。言い出しっぺのストレス発散がこの忘年会の開催趣旨らしい。
 家族でもなく、職場でもなく、友人でもないこの集まりは、どの仲間達とも違う特別な存在となっている。大きな世代が違うにもかかわらず、時には親子であったり、先輩であったり、師であったりそして友人となる。心配したり、励ましあったり、愚痴を聞いてくれたりとただの太鼓仲間・趣味の仲間ではない。ともに苦労を重ね・一緒に苦しみ・一緒に笑い・一緒に涙を流し、幾つもの修羅場をくぐり抜けてきた。その絆はこれからも続き、そして更に下の子供達や父兄達も巻き込んで大きく膨らんでいくだろう。
 言い出しっぺはストレスを発散し元気を取り戻しただろうか。いつも笑っている彼女しか私は知らない。そしてその笑顔が、今の栗沢太鼓に復活させたのである。今の子供達が意欲を持ち前向きに取り組んでいるのは、彼女と彼女が声をかけて集まったメンバー達がその基礎を築いたのである。今の子供達は彼女達がなしえた夢を自分達も見て練習している。その夢は彼女達が作らせたものである。田舎の小さな太鼓チームでも大きな夢を持って活動できるのである。
 2次会のスナックに若奥さん達の集団が、その中に一人の父兄がいた。私達を見て最初に発したのは『聞いていない!』そして『こっちに入りたい!』である。背中あわせの席に座った彼女だが、メンバーがカラオケを歌う度に背を伸ばして誰が唄っているかのチェックである。時々隣に来てはみんなの様子を伺う。いつも子供達の送迎と応援である。父兄も加えたそんな飲み会も1度は必要なのかもしれない。
 『栗沢のチームは明るくて仲がいい。』が他チームが見た感想だという。仲間はずれを作らない。鼻を高くした人間を作らない。来る者は拒まない・去る者は追わない。そしてメンバー達の師はメンバーである。2年生の姫○は今日から生徒は3人となった。上の者が下のメンバーを育てる。知識と能力のある者は無い者に伝える。・・・空威張りはゴメンである。
 助け合い・競い合いそして誉めあう。いい仲間といい友人が必ず出来るはずだ・・・。
0

2009/12/21

戻ってくる場所がある  
 明日は忘年会である。栗沢太鼓の忘年会はいつ依頼だろうか。お姉さん二人が段取をつけてくれた。明日は盛り上がるぞう!
 ようやく神社と連絡がつき前回の練習で連絡表を渡す。『なるべくでない方が、出た人が有利だぞ』と告げる。それはお年玉に影響するからである。賽銭箱に入ったお金は出演メンバーで頭割りされる。出演者が少ないほど当たりがいい事になるからだ。上級生が1年生の子に『まだ小さいから出るんでない』とアドバイスである・・・。
 出演者は毎年増え続け、社務所の控え室も今年は和室から会議室に変更された。お年玉をもらっていたメンバーが、今ではお年玉を出すメンバーに成長した。その頃の出演者は10名そこそこだった。今はほとんどの子供達が出演し配分は20分の1に近い。この不景気で賽銭箱に入るお金も少なくなり、一人当たりのお年玉も少なくなっているようだ。
 寒い夜にただ参拝だけでは神社の境内も寂しい。毎年、参拝した人達は太鼓の演奏を終わるまで見届けてくれる。境内は人で埋まるほどになる。地方のメンバーもこれに合わせて帰ってくる。飛び入りで演奏したりお年玉を入れてくれたりと、彼らにとっても楽しみな行事である。
 今のメンバー達も地方に去ることもあるだろう。故郷に帰省する正月に、戻ってくる場所がここにある。戻れる場所があるというのは幸せなことだと思う。同窓会の様な集まりとなったり、受け継いだ後輩達の成長も見られる。
 他人同士だが太鼓を通じた親子や兄弟がここにある。それは見ている地域の人達にも勇気と癒しを与えるだろう。
0

2009/12/20

ストーブ不調  
 この寒さの中で茶の間の石油ストーブが不調。オーバーホールを敢行する。分解掃除は既に経験済みだが床暖付のストーブは始めてである。床暖部分は手をつけずにするには茶の間で行うしかない。煙突を外し、裏側の盤を外す。その誇りの凄まじいこと。掃除機で掃除しながらの分解である。重点は燃料と送風の2箇所。既に送風ファンは誇りの山とかし、送風機を分解して絵筆を使いファン1枚1枚の誇りを掻きなで掃除機で吸い取る。燃焼の悪かったのはこれが原因か。
 前面の盤を外し燃焼室へ繋がる燃料パイプを外す。たいがいは燃焼室の入り口にカスがたまり燃料が流れなくなるトラブルが多い。燃焼室入るパイプはこのメーカーは6mmである。6mmのドリルでそのパイプを掃除するが今回はほとんどカスはなかった。麺棒などを使ってすすなどを掃除。点火ヒーターを抜き出し確認するがこれもまだ大丈夫である。
 結局、原因は送風ファンの誇りと判明する。そして組み立てをしたのだが、何故かネジが4本残ったのである。心配して燃焼室回りを再確認、わからないのである・・・。まあいいか・・・。燃焼室のガラスをきれいにし、煙突をつけテスト燃焼となった。
 1回目のテストはエラー表示が出る。おそらく燃料がまだ届いてないのだろう。2回目のテストで正常な燃焼となる。炎のきれいなこと。ガラスはピカピカ・・・。
 ストーブの横に前回の分解掃除のシールが貼ってあった。H14年であった。その時は3万円以上支払っただろうか。その時は床暖のパイプ掃除もし、不凍液も交換していた。まあ、その辺がおかしくなったらエラーが出るだろう。その時はさすがに業者任せとなるか。
 ちなみにホームセンターには点火ヒーターなどの部品がおいてあった。次回は交換しよう。
・・・炎がきれいだ・・・暖かい・・・
0

2009/12/18

楽しんでやる  
 キャンビーのナンシーにアルバムを贈った。1年間のメンバー達の写真をA4サイズで20ページ。100枚近い写真をセレクトして印刷した。航空便で夕方送ったがクリスマスまでに届くだろうか?。
 今年の農業祭に合わせて来町の予定だった。しかし、新型インフルエンザの影響でその予定はキャンセルされた。その時に来ていれば農業祭も更に大きく盛り上がっていただろう。・・・残念である。しかし、来年の春に来町の予定だ。亡き山田町長の墓参が目的である。おそらく栗沢太鼓との交流の日があるだろう。またうどん作りかな?
 神社に2晩続けて電話をかけているが一向に出ない。神社サイドも今年も来るだろうとは思っているだろうが、一応先に確認を入れなければと思っている。明日の昼にでもまた電話してみよう。出演者も増えて何曲を演奏しようかと思案中である。低学年の『山彦』に高学年の『絶世』に・・・『雄飛』は無くせないだろうから3曲となるのか。20分以上の演奏となるが寒い中でもつだろうか。・・お年玉に釣られて頑張るか。
 年内の練習も後4回である。今年はいろいろなことがあった。いい事も、おかしな事も・・・。栗沢太鼓に関してはいいことばかりの1年であった。メンバーには関係のないところでおかしな事があった。いがみ合ったり・批判したり・・同じ太鼓をしているのに何でこうなるのかと寂しささえ感じた。まあ、それはばっさりとかたをつけた。
 我々は楽しんでやればいいのである。楽しみながら上達し成長する。楽しい仲間と太鼓をし語りあう。批判し、いがみ合うことは、もうこりごりである。
 笑って練習し、緊張して出演する。そしてその演奏がいい思い出となる。それは次も頑張ろうという意欲となる。次ぎはやりたくないという活動はゴメンである。
0

2009/12/17

組織活動  
 12月のこの日で外に雪がない。そしてこのしばれである。どうなっちゃったんだろう。もう例年という言葉で表せない気候になったのか。地球は壊れ始めたのか・・・。
 我がチームは地縁で結ばれているといっていい。メンバー達の大半の家族は知っているし付き合いもある。ジュニアの部を始めた時もメンバー達の子供やその友達が大半だった。全員が町民・或いは関係しているチームである。地域に根ざした地域の為のチームである。
 市町村合併してもそれは変わらない。我々のチームは地域があって成り立ち地域の為にある。この基本があってチームは成り立っている。しかしメンバーには大それた責任感を持つ必要はない。自分が太鼓をやりたい、興味がある、或いは子供を鍛えたい、それでいい。
 我がチームも組織活動なのだが、組織活動と考えたら嫌がられることがよくある。しかしチームの考えは『来る者はこばまない、去るものは追わない』である。師弟という昔気質な考えもない。メンバー全員で構成する会なのである。
 現役プレーヤーで無い今、現役の頃のいやな自分と向き合う。鼻にかかったその自分は、たいして上手くもないのに調子に乗っていたことがあった。その頃のメンバー達もそうだった。それを考えたら恥ずかしく感じる。今のメンバー達には、それと同じ事をしてほしくないと思っている。自分の技術には大いに自信を持ってほしい。しかしそれを鼻にかける見栄っ張りにはなってほしくない。これも自分の経験を後輩達に伝えたいことなのである。
 年齢が多い分、その経験をしてきている。いやな経験は今のメンバー達にはしてほしくない。我々が出来なかったことを、今のメンバー達がやってくれたらこれ以上の喜びはない。
 ややこしい組織の活動は我々が引き受ける。メンバー達は伸び伸びと太鼓を打ってほしい。
0

2009/12/16

熱のある練習が・・・  
 忘年会を切望していたお姉さんが動き出した。期日と場所をメールしてくる。全て任せると返信。開催が決定した。大人ばかりの7〜8人になりそうだ。楽しみである。
 このシバレル練習会場でも若者は裸足である。さすがに冷たいとは言っていた。しかし寒い会場も子供達の声と太鼓の音でこだましている。私はたえず身体を動かして冷え防止である。 あいまいだった戦略曲を少しずつ具体化させていく。メンバー達は与えられた目標に夢中である。新人達も目標に真剣な練習をしている。
 前回の練習に後半まで残った修○と太○に曲の構成を伝えた。それを男子組みに周到してもらった。大騒ぎである。サブリーダーが病欠ではあったが、リーダーにデュエットの構想を伝えた。その後の構成は彼女らに創作してもらう。有○は新人二人を引き連れ『山彦』を教え込んでいる。お姉さんには小締の姫○、抜擢の允○と楓○の3人を預けた。あっちこっちで熱のある練習である。
 基本とする曲はすでにある。それを時短しながら今回のコンクールに演奏した。結果は満足するものだった。関係者にもインパクトを与えた。しかしそれが得点には出てこなかった。2年前もこの曲がベースの曲であった。それも得点が出なかった。
 自由曲は変えるつもりはない。この曲は栗沢太鼓の代表曲である。この曲が認められないことは栗沢太鼓が認められないことだと思っている。個性を尊重し、個人技が集まったこの曲がコンクールに向かないならばその対策を考えるしかない。その為には今以上の高度な技術と構成が必要になるのだろう・・・。
0

2009/12/15

事業仕分け  
 市○所から助成事業の追加写真の催促がメールで舞い込む。衣装類の数が把握できる写真を送ってほしいということである。支○からの請求ということだ。
 折り返し、衣装類はすでにメンバーに配布していてすぐに撮影できない。地方の者もいるので時間が必要で何時までなのか連絡してほしいと返信した。
 その後まだ連絡は来ていない。全員から回収して写真撮りとなるとそうたやすいことではない。まいった。
 ビデオを見ながらリーダー・サブリーダー二人の曲を模索する。そして全体の曲パターンを考える。男子は締太鼓と斜め台6台、その前列に4台の平置き台、そして3台の座台の小締太鼓という配置がまずは第1案である。我がチームではオーソドックスな配置である。
 そして曲もオリジナリティーを変えずチームらしいものにする。しかし段階的に複雑化していくことになるだろう。冬季間にそのベース曲を作り実践でも活用し修正をして完成度を増していく。幼いチームで戦っていくには促成栽培とはならない。ゆっくりとじっくりと育てていくしかない。なんたって今の新人の1〜2年生も加わるのである。メンバー全員での挑戦である。
 人づくりは、物づくりとは違う。事業仕分けの様に収支で判断されたなら、郷土の各地の太鼓はどんな判断をされるかがわからない。今回の助成事業も『何で栗沢太鼓にこんな多額の助成を・・・』と言う人もいるかもしれない。26年の活動期間に今回でこの助成事業を3度支給されたことになる。しかし、この3回ともチームにとっては意義のあるものであった。今回も困り果てていた時の大きなプレゼントであった。破れる寸前の皮が張り替えられ、足りない太鼓が補充され、寄せ集めの衣装は全員がお揃いとなった。それは会が活性化し子供達に意欲を作ることになった。その価値は仕分けられるものではない。
0

2009/12/14

楽しみの一つ  
 ミスプリで作り直した締太鼓様の幕がようやく手元に届いた。幕の両端には何箇所かに紐がつけられ連れ落ちないようにしてもらった。新年初打ちに何とか間に合った。今週は雪マークの予報が続くが、新年初打ちはの様相が想像つかないでいる。果たして雪景色の初打ちになるだろうか。
 そろそろ初打ちの打ち合わせをしなければと思っている。そして年末年始、そして総会の予定も組む時期となった。また1年のけじめの時期である。子供のメンバー達はお年玉の皮算用か・・・。
 神社で初打ちを始めたのは何時からだったろうか。発足して2〜3年後だと思う。最初は大人だけであった。社務所にはお神酒や沢山のご馳走も用意されていた。終わった後は宴会となって神社で大騒ぎをしたこともあった。子供達が初打ちに参加するようになってから大人のメンバーでお金を出し合い子供達のお年玉となった。集まったお金を均等に分けてそれぞれに渡したのが恒例となった。
 ある年、初打ちを終えた後、太鼓の上に500円玉を置いて行った初詣客がいた。それを見て、翌年に賽銭箱を作って太鼓の前に置くことにした。しかし最初の頃は参拝者がいれてくれたのはいくらもなかった。今は数千円は入れてくれているだろうか。大半は大人のメンバー達が入れてくれている。それを聞きつけてか子供達の参加者が年々多くなっている。1円単位までの分配である。昨年は2000円位だったろうか。多い年は4000円近く当たった年もあった。さて今年はいくらになるだろうか。これも子供達の楽しみの一つである。
 栗沢太鼓にとって今年はいい年だった。来年は更にいい年であってほしい。その願いを神頼みだ・・・。
0

2009/12/13

若返りのエキス  
 小6の有○が一番ヒヨッコ1年生の海○の先生をしている。身体も精神もこの子は幼い。ちょっとぶつかるだけで怖気ずく気弱さである。しかし、このお坊ちゃんも子供盆太鼓を覚えてやぐらデビューを飾った。今取り組んでいる『山彦』は時間がかかりそうだが。
 面倒くさがり屋だった有○が最近変わり始めた。海○の先生を積極的に行っている。練習の集中力も増し、大人になったなあと感じている。兄貴の練習に連れられてきて、お兄さん達を惑わしていた彼女も来年は中学生である。身長も追い越されそうだ。
 小6が3人いる。小学校最後の運動会でこの3人での太鼓デモンストレーションを行った。この運動会の主役となった。いい思い出となっただろう。
 この3人とその上の中学生3人は、後輩達の面倒をよく見てくれる。まずは彼らに伝え、そしてその下達に伝達されていく。この工程は非常にありがたい。新しいことが予想以上に早く全員がマスターしていく。彼らはすばらしい指導者である。
 久しぶりに高校受験者がいる。何とか無事に進学してほしい。来年は高校生が一人に中学生が5人となる。ワルガキ軍団は低学年を卒業して4年生となる。それぞれに状況が変わるだろうが、何とか太鼓を継続してほしいと望んでいる。しかしこればっかりは彼らの事情を重んじたい。
 成長していく姿を見ることは、私の若返りのエキスである。彼らの成長は=私の衰え、となるはずだが気持ちは何も変わってはいない。むしろ彼らの成長で彼らを更に光らせたいという気持ちがモリモリと湧いてくる。孫達の世代といえる彼らと、一緒に楽しんで太鼓をやれることは幸せである。もっともっといい人に、そしていいプレーヤーに成長してくれることをを望んでいる。
0


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ