2010/1/31

会風・・・  
 その会がどんな会なのだろうかはメンバー達の顔を見ればすぐ解かる。東高校の放送部の取材を受けたことがあった。4人の部員が練習場に来て使っている太鼓の感想を取材しにきたのである。放送コンテストの題材が地元の太鼓屋さんだということである。
 チームの太鼓は全てがこの太鼓屋さんの製作である。大締太鼓を作った時は全道一のサイズだったことや海外公演にあの太鼓を持っていったなど説明をした。しかし彼らが一番興味を持ったのは『何で子供達はあんなに目を輝かせているのですか』ということだった。ちょっと趣旨とは違った質問である。しかし、それだけみんなの表情が印象深かったのだろう。『みんなに聞いてごらん』とあえて返答はしなかった。部員達は太鼓ではなく、何がそうさせているのかという質問をしていたようであった。
 部員達は不思議がっていた。その返答は『こうだから』と一言でいえるものでもない。それは会風といえるものかもしれない。それは指導者が作り上げたものではない。練習や出演などを通じてメンバー達が作り上げていったものなのである。
 笑顔であふれているのは安心して活動できるからである。目が輝いているのは意欲を持っているからである。
 厳しい練習をしてすごいチームも作れるだろうが、どうせやるなら笑いながらすごいチームを作った方がいい。いやいややるのではなく楽しんでやったほうがいい。
 批難するのではなく、不満を言うのではなく、考えを述べ意見を言うのである。それが一番大切なのかもしれない・・・。
0

2010/1/30

喜びを感じる  
 今まで分かれて取り組んで練習してきたことを曲にして試験演奏を行う。その印象を出し合いまた新たな取り組みとした。こんな修正はこれから何度も行うことになるだろう。コーチたちも真剣だがメンバー達もその修正に一生懸命となる。戦略曲は難産となりそうだ。
 目標があってその為の知恵を出し合う。その工程は苦しいものだ。成功するかしないかよりも、この工程が大切なのである。成功は失敗の連続を繰り返して生まれるものだ。簡単に成功してしまったら、それは値の無いものである。何度も試行錯誤し、悩み苦しんで完成させるのである。そこに価値が生まれる。諦めない強い精神が生まれる。
 与えられたことをするだけではつまらない。時間がかかっても、面倒であってもよりよいものに変化させていく。そこに『何となく』から『真剣に』という気持ちが変わる。それがメンバー全員となればそれはすごいことだ。
 メンバー達には何となくという活動をしてほしくない。演奏でも練習でも、楽しんで取り組んでほしいし輝いてほしいと思う。それはどういう事かと言えば、今何をするのかをメンバー全員が持っていることなのである。
 今日も新しい課題にみんな真剣に取り組んだ。また新しいことを吸収する。技術も上がるだろうが、それよりも新しいことに対応する能力が養われる。そしてここでも変化に対応出来た喜びを感じるはずだ。それが大切なのである。
0

2010/1/29

ネットワーク方式  
 我々のチームは創作のチームである。プレーヤーの主役は若い世代や子供達である。我々ロートル組みとは世代ギャップが著しい。
 今まではこの若いプレーヤー達にシュミレーションした技術やアイデア・プログラムを提案してきた。もちろんこれからもそうしたプロデューサー的なことや長年に培ったノウハウを提供する。しかし、若い世代には若い世代の感性がある。その感性はこれからのチーム作りには欠かせられないことだと思っている。
 技術を伝える、曲を伝える、これは指導者の役目である。しかし肝心なのはメンバー達の可能性を引き出していくことである。それは自分の考えを決め付けることが逆に邪魔になってしまうこともあるということでる。
 今までのチームの進化を更に加速させていく。その手段である。一人の指導者が全てを考え全てを導いていくというのは時代遅れである。沢山の頭をネットワークしていく。それは沢山のアイデアを引き出し沢山の選択肢が生まれてくる。そんな沢山の中から最良のものをチョイスしていく。或いは試していく。それこそメンバー全員での創作である。
 ネットワーク方式のチーム作りは少しずつ進んでいる。練習ではそれが見え出した。しかしもっとその先があると思っている。
 もちろんチームの運営もネットワーク方式に進化させる。『それぞれが同じ方向を共有する。』これがあってこのネットワーク方式の運営は成り立つ。それはメンバー全員が信頼する証である。今のチームならこれが出来る・・・。
 
0

2010/1/28

また夢を見て・・・  
 新年の抱負で多かったのは『Jrコンクールで入賞するように頑張りたい!』ということだった。彼らは前回の大会に手ごたえを感じたのである。『上手だね』『すごいね』と言われるだけではもう満足出来ない。その裏には自分達の技術に自信を持っていると言える。
 その意思は『更に上達したい』『更に上手くなりたい』という欲求である。それをメンバー全員が持っている。必ずしも積極的でなかったメンバーもいた。しかし、そんな彼らも『上位を目指したい』と語りだした。これは大きな変化である。こんな彼らに大きな事をしてくれる可能性を感じる。
 前回のキャンビー公演の1年前も同じ様に感じた。可能性があると感じた時、キャンビーに向かっての行動となっていった。意欲的なメンバー達がいる。そのメンバー達に大きな目標を提供したい。そしてその可能性である。いくら情熱があっても可能性が無ければ、そんな大きな目標を提供は出来ない。
 コンクールで優勝を目指してもそれが必ずしも実現するとは限らない。相手があり、審査員がいる。それでは優勝を目指しても結果はどうなるかは他人任せとなってしまう。しかし、目標とすることによって得られることはいっぱいある。昨年の出場もメンバー達に与えた影響はすごいものがあった。
 総会の時にキャンビー再訪問のことを話した。それは今のメンバー達の太鼓技術や意欲などを加味した可能性を感じたからのことである。しかし、絶対に実現出来るという確約は今時点では出来なかった。メンバー達がいくら頑張って公演プログラムをマスターしても、それだけで実行出来るとはならない。実現する為には沢山の課題を一つずつクリアしていかなければならないからである。
 まずはこれから、3年後の再訪問実現の為の準備をしていく。また夢を見て・・・。
0

2010/1/27

ルールは柔軟に  
 総会が終わって新年度最初の練習となる。子供達は一人が欠席、全員元気がいい。今日から参加の新人はニコニコした顔でやってきた。彼の兄弟がしっかりとサポートしている。すぐに溶け込んでくれるだろう。
 ミィーティングでは総会に欠席した4人に新年の抱負を述べてもらった。総会でもそうだったが、この4人もしっかりと自分の目標を語った。
 ジュニアの委員を大幅に増やした。春から中学生に上がる3名を加え6名となった。彼らは今までも後輩達に太鼓を教え面倒を見てきた。そんな彼らは委員としての資格を十分に持っている。そして活動を円滑にしてくれる彼らはこの会の中心といっていい。
 ミィーティング後はそれぞれに分かれての練習である。その分担は委員に任せた。今までも意欲的だったが、委員となって尚更前向きに行動をしてくれた。これなら下のメンバー達の本当にいい手本である。
 今日は全員8:30の早上がりである。片付けやモップ賭けを全員でして練習を終える。練習時間はおおよそ60分である。7:00に集合からの30分はレクレーションタイムである。ドッジボールや追いかけっこで汗を流す。部活などで遅れてくるメンバーもこの時間には全員の顔が揃う。そして揃った頃に全員で太鼓の準備となる。
 部活との共存はこんなことである程度は解消できる。集合時間を強制してはこの会は存続しなくなる。それは先に来た者が太鼓の準備をしなければならないとなったら、先に来た者には不満となってしまう。それも解消したいし、全員が揃って練習を始めたいのである。それは部活をしている者も安心して遅れても来れる。ルールは柔軟性を持ってルールとしなければならない。そして定時に来ている者も楽しい時間がそこにある・・・。
 
0

2010/1/26

一歩前へ  
 お姉さんがメンバー達の性格を話しする。それは私に注意をすれという言い方である。これでは注意をされる側となんら変わらない。
 何も言われないからやさしいとはならない。本当のやさしさは自分の為に何かをしてくれる人だ。それは注意してくれたり、叱ってくれたり、誉めてくれたり、慰めてくれたりそして一緒に悩んでくれたり・・・。
 注意をすることは簡単なことではない。どういう場所で、どういう言葉でと、相手の身になって考えてしまう。しかし、太鼓のメンバー達なら、さらっと言ってしまうことがいいのかもしれない。気になってしまうことが溜まってしまうと深い感情となってしまうことがある。出来るならば早いうちに、さらっと注意を促す。わだかまり無く終わってしまうだろう。
 人間である以上、いいところも悪いところも持ち合わせている。その両方を解かり合って本当の仲間となっていく。しかし、どんなに仲がよくてもやってはいけない暗黙のルールがある。子供達はまだまだ幼く成長過程の中にいる。そして彼らを育てるのは太鼓仲間や先輩達の役目でもあるのだ。
 メンバー達にはずる賢い人になってほしくない。誰からも愛され、誰からも尊敬される人になってもらいたい。仲間同士で相手の目を気にしていてはいい太鼓など打てるはずが無い。評論家はもう卒業して指導者に一歩前へ進んでほしい。それは自分を磨くことにもなる。そして将来はいい親ににもなってもらいたい。
1

2010/1/25

自由な活動  
 総会の席でメンバー達に話しをした。『仕事や学校や部活を優先して活動してください』『今自分の出来る範囲で活動してください』・・・栗沢太鼓がこれからも継続していくには、一生懸命になりすぎてしまったらきっと続かないだろう。上手にやり繰りしながら、時には適当になることもやぶさかではない。一人の人間が頑張るのではなく、出来る者が力を合わせて活動していく。小さな力を寄せあってみんなで協力し合っていく。そこに栗沢太鼓の未来がある。メンバー達は太鼓だけの活動でないのだから。
 2次会の席で会長に話したことがある。『活動を続けられなくなったら解散する。』その横には次代の中心となる若い役員も聞いていた。これで若いメンバー達は『継続させなければ・・・』という重責を持たなくていい。自分の生活を犠牲にせずに、自分のやりたい活動にしていく。
 これらの方針は何年も前から行っていることである。自由に参加し、自由に行動できる環境である。しかし、活動に支障を来たした事はほとんど無い。メンバー達のまとまりも非常にいい。みんな仲がよく伸び伸びと楽しく活動をしている。今の状況を継続させたいと思っている。
 これだけ自由でも活力のある活動であるのは、一つには情報を綿密に伝えてることだと思っている。活動の様子はプリントやウェブページで切らさず連絡している。父兄も安心して預けてくれる。そして何よりもメンバー達を信頼している。信頼すれば信頼で返してくれる。
 メンバー達は自分の意思で活動し意欲を持って太鼓を打っている。それは押し付けてそうなるものではない。そういう環境を試行錯誤しながら少しずつ作り上げてきた。練習場はいつも笑い顔が絶えない。定時に揃い、欠席者が誰もいないというのは稀である。しかし、それが当たり前となっている。それでもメンバー達は確実に上達していっている・・・。
0

2010/1/24

総会・新年会  
 町内で5人の不幸と重なり来賓の出席は後援会長一人となった。それも会合が重なり挨拶が終わると次の会場へと・・・。結局は身内だけの総会となった。
 宿題の『今年の抱負』を全員が立派に述べた。1年前には何も話せれなかった子が1年の成長でしっかりと話せるようになっている。それも積極的な前向きな内容だった。毎年頼もしく成長していっている。ただ残念なのは全員の出席とならなかった事である。部活と重なってしまったのはどうしようもないが、何の連絡も無く来なかった子が気がかりである。
 その後の新年会は盛り上がった。役員の女の子達で作ったオードブルは、まるで仕出屋さんのものかと思わせる出来であった。毎年腕が上がっていく。ここからの進行は若いお兄さん・お姉さんが中心に進められた。手作りのうどんや手作りのオードブル、景品を持ち寄ってのビンゴゲームなど。この新年会はお金を使わない質素なものだが、自分達で作り楽しもうとするこのやり方はメンバー達にはいい勉強となる場である。
 こういう経験は、様々な演奏会や公演などの企画や構成していくことにも繋がることである。そして全員が一つにまとまっていく協調性を養う場でもある。ただ太鼓をやっていればそれでいいということにはならない。いい演奏の場を作っていくには『どうやるのか』『どうすべきなのか』。総会や新年会を開催することでも学ぶものがいっぱいある。
 型通りの総会でなく内容のある総会や新年会だった。子供達は大人の行動をよく見ている。お姉さんやお兄さんは太鼓だけでなく、こういうことでも範を示した。それは次のエースとなる高学年達に伝わったはずだ。みんなに愛され尊敬を受ける人に、そしてプレーヤーに成長してほしいと思う。
0

2010/1/22

ただの太鼓チームではない  
 明日は総会である。午後からお姉さんと中学生の女の子3人で買出し。新年会用のオードブルを自前で作る。毎年、修○のおじいちゃんがうどんを打ってくれてお母さんが準備をしてくれていた。今年は都合がつかないということだった。しかし、昨日都合がつき準備するという連絡が入った。今年も美味しいうどんが食える。
 野球部の父兄から、明日夜に練習試合をする連絡が入り出席できないということだった。子供のメンバーは全員揃うと思っていたが2〜3名は欠席しそうだ。真冬の夜中に練習試合とは・・・。抜けるメンバーも残念と思っているだろう。
 総会は堅苦しいとみんなは思う。おおよそ型通りの事ですんでしまう。面倒なことだが、しかし1年をリセットすることは必要なことである。意見を言える機会でもあるが、新たな出発点があれば気持ちもまた新たとなる。失敗や悔やむことはここで捨てればいい。
 堅苦しい総会の席にも子供達は全員出席する。メンバーである以上、その権利は全員が持っている。そして恒例の宿題を出している。今年の抱負を一人一人発表してもらう。演奏以上の緊張かもしれない。その後は新年会となる。ビンゴゲームは一人一つの景品を出しあって行う。進行はジュニアの役員達である。毎年大騒ぎとなる。
 総会はメンバー達の学ぶ機会である。買出しをしたり、オードブルをお姉さんの指導で作ったり、抱負をいう緊張を味わったり、みんなでゲームをして楽しんだり・・・。
 我々の会はただ太鼓プレーヤーを育てることではない。常識や協調力や強い心・優しい心・・そんな心や身体を育てる会なのである。
 そこには信頼できるメンバーがいる。楽しさや苦しさを共有できるメンバーがいる。互いに助け合い励ましあうメンバーがいる。・・・そういう会でありたい・・・。
 
0

2010/1/21

新しいメンバー  
 新しいメンバーが総会からやってくる。春に1年生に上がる男の子である。兄弟4人の3番目で上二人は太鼓メンバーである。昨日の練習に母親と一緒に見学に来た。真新しいバチ(100均の麺棒なのだが)を手渡すとニコリと笑った。お兄ちゃん・お姉ちゃん達に早く追いついてほしい。いや、むしろ上の子達の方が刺激を受けるかもしれない。
 メンバーが増えることはうれしいことである。毎年平均年齢が1歳づつ上がる様な会は、刺激の無いただ1年を消化していくような会となってしまう。彼も先輩達の様に一段ずつステップアップして成長してほしい。
 新しいめんばーが入ってくることは、この会がそれだけの活動をしているという目安である。太鼓が好きだからだけではないはずで、子供達を安心して預けられるというところが必要である。そして彼らが成長していく姿を親が見ることが出来るということである。
 最近、メンバー達を叱ったり注意することがほとんどなくなった。太鼓の技術とか、間違ったりとかで叱ることや注意することはしない。しかし我がままを言ったり、駄々をこねたり、ミィーティングでうるさかったり・・・そういうことにはしっかりと注意する。メンバー達はそれを解かってきているのである。ふざけていい時と真剣になる時、それが出来なければ楽しい会とはならない。あくまでもみんなが楽しんで、みんなが上達していく会にならなければならない。それが出来て、その先に沢山の夢や楽しみが生まれてくるのである。
 言われなければ何もしないということが無くなった。自主的にそれぞれの練習に取り組むようになった。それは大きな成長である。
0

2010/1/20

実現させたい・・・  
 JALが破綻した。キャンビー公演もハワイ公演もJALを利用した。太平洋を2度往復している。キャンビー公演の帰りはハワイから千歳への直行便だった。千歳空港に着陸する際、パーサーの案内がある。その中に『栗沢太鼓の皆さん、キャンビー・ハワイ公演ご苦労様でした』という一文を入れてもらった。メンバー達は湧き上がるという意図だったが、疲れ果てていたのだろう喝采が上がらなかった。
 JALは日の丸を背負った航空会社として日本人にとっては思い入れがある。海外便は特にそれを感じていた。日本人のパイロットやパーサーがいるとどこか安心した。
 ロスとポートランドの移動はユナイテッド航空だった。全て英語だった。隣のお客ももちろんアメリカ人であった。わざとばらばらにメンバー達の席を配置したのである。客室乗務員との会話は『オレンジジュース』の一言だった。2時間余りのフライトは時差ぼけでほとんどは寝ていたが・・・。しかし、心細いものだった。やはり日本の飛行機がいい・・・。
 また3年後にキャンビーに行くかもしれない。しかし、ポートランドへの直行便はJALには無く、ノースウエストでの太平洋横断となるだろう。
 大きな援助をしてくれる資金が必要だ。それを得られるかがキャンビー再訪問の条件となるだろう。やれるだけの努力はするつもりだが確約できるものではない。だが、実現に近づけるにはチームが一枚岩となった団結力と情熱と努力が必要である。
 一人の人間がいくら頑張ってもやれることはしれている。しかしメンバー全員が力を合わせれば大きな岩をも動かせるものである。・・・実現させたい・・・
0

2010/1/20

可能性が高まった・・  
 メンバー達は順調に実力を上げてきている。高学年はキャンビー公演の時のメンバー達に近づいている。現時点では30〜40分のプログラムを消化できる実力である。キャンビー公演のメンバーは中・高校生の編成だった。それを考えたら大したものである。
 2度目のキャンビー公演の計画がある。2013年の冬休みの期間を計画している。後3年後である。その年は姉妹都市25周年の年であり、栗沢太鼓の30周年の年となる。
 この公演を実現する為には二つの最低の条件をクリアしなければならない。その一つは1時間以上のプログラムを消化できる実力があること。もう一つは資金の捻出である。
 一つ目の条件は今のメンバー達の熱心さを考えたならばらくらくクリア出来る。前回の公演以上の演奏が期待できる。そしてもう一つの経済的な面である。これも可能性が出てきた。
 前回のキャンビー公演を計画した時、誰も実現出来るとは思わなかった。しかしメンバーの情熱と多くの人達の支援でそれを実現した。その実現は、その後の栗沢太鼓を活性化させた。沢山の子供達がチームに入ってきた。経験してきたノウハウは技術の上達を促しハワイ公演へと繋がる。
 次は、今のメンバー達の番である。夢を見て一生懸命取り組んでいるメンバー達をキャンビーに送り込み文化の交流を実現さす。この経験はその後の彼らの大きな財産となる。実現の可能性が高まった・・・。
0

2010/1/18

二つに一つではない  
 15歳、中学生の高木美帆がオリンピックに出場する。彼女はスピードスケートだけでなくサッカーやダンスと何足の草鞋を履いている。このスーパー中学生には目を離せない。
 亜○○は彼女と同級生である。栗沢太鼓のスーパー中学生の一人だ。高校進学の年で落ち着かない日々を送っているだろう。吉報を早く聞きたいものだ。
 栗沢太鼓のほとんどのメンバーは部活との2足の草鞋をはいている。過去には部活を始めると同時に太鼓を辞めた子が多かった。中にはその両立が出来なくて去っていった子もいる。チームにとっては今のメンバー達が継続してくれることを望んではいる。しかし、彼らは彼らの事情がある。
 『野球か太鼓かどちらかを選べ』そういう風潮がこの国にはある。しかし、このスーパー中学生の様に様々な経験が様々な才能を引き出すチャンスなのである。この道一本というのはこの国では美徳と考えるところがあった。しかしそれは狭い社会を子供達に与えてしまうことになる。
 一生懸命になってしまうと、自分の考えを強要してしまうことがある。必要な時にそのメンバーがいなかったら、野球チームでもバレーチームでもそして太鼓チームでもそれは手痛いのである。そのどれを選ぶかを子供達に選択させるというのは、それはかわいそうな話である。幾つもの分野を活動することは、しっかりと選択して行動する必要がある。それは本人の考えが最重要なのかもしれないが、それを導いてやる大人の考えが大切だと思っている。
 選択という板ばさみを子供達に与えない。両方をうまくこなし両方を楽しめる環境にしていくことがこれからの活動には絶対必要なことである。そしてそれをメンバー全員が理解することである。
 都合のつくメンバーで出演していく、それが今のチームでは充分に出来るようになった。大した進歩だ・・・。
0

2010/1/17

思う存分エンジョイ・・・  
 栗沢太鼓は今年で27年を迎えた。今の3役や役員の中枢は、その27年前の会の立ち上げから大きな変更をせず、いや出来ずに今日に至っている。それはこの会の特殊性があることも起因しているし社会構造の変化でもある。
 20代、30代の青年を中心で立ち上げた太鼓チームであった。そして当時は元気のいい青年達が沢山地域にはいた。そんな青年達が次々に入会してきた。会の草創期のことである。
 太鼓は町内のブームといっていい現象を引き起こした。しかしブームは去るものである。結婚を契機にチームを去っていったり、仕事や他の役職など太鼓をやれる状況でなくなったりと大人のメンバーは次々に離れていった。そんな会を継続する為にジュニアの部を設けた。メンバーの子供達を中心に沢山の子供達が集まった。しかし、まだ途上状態の太鼓チームは役員を一新することは事実上出来なかった。この時点では『継続させなければ』という事しかなかったのかもしれない。
 太鼓という組織はただ集まって楽しむ会ではない。太鼓を習い上達させ演奏することが目標の組織である。しかし、この田舎には同世代が集まって交流する組織が沢山ある。そういう組織は毎年役員を一新させている。そういう風潮が身についている。立ち上げた大部分の青年達は同じ考えを持っていた。組織を立ち上げれば次の若いメンバーに役員を渡せばそれで終わりという風潮である。ただ地域の太鼓チームさえ作ればということしか考えていなかった者が大半だったのだろう。それは1年に1回の祭りをするというような安易なものである。
 会長は我々の数年上の先輩である。しかし今のメンバー構成では、キャンビー世代を除いてはみんな同世代なのである。この中で役員をいじくっても組織の活性化の為とはならない。むしろバランスが崩れ衰退の道に進むかもしれない。
 我々の立ち上げた世代は、この組織に責任を持っていなければならない。少なくとも我々の世代は、若い後輩達に責任を丸投げすることはしない。活動が出来なくなったら『この組織は解体する』。しかし、継続したいというメンバーがいるならばそれも良しだが・・・。
 だから、未来がどうなるかという心配をしないで好きな太鼓を思いっきりやってほしいと思う。今を思う存分エンジョイしてほしい。
0

2010/1/15

小さな力と役目・・・  
 昨日の役員会で会を思う気持ちをみんな持っていることを確認した。一人一人は小さな力かもしれないが、その力が寄せ集まればそれは大きなパワーとなる。
 こんな田舎の太鼓チームでも2度の海外公演を行った。それは一人の力で出来るものではない。メンバーみんなが一つの目標に向かって行動を起こした。それが大きなパワーとなった。
 幼いメンバー達のジュニアチームも同じである。2年生や3年生達でもみんなが一つになってコンクールに立ち向かった。中学生以上が中心の他チームに堂々と渡り合った。
 出来ないことを無理押しは一切しない。出来る人が出来ることをする。それぞれが小さな力を出し合う。大きなそりをみんなで引っ張れば、小さな力でもそのそりは引っ張ることが出来る。
 一軒の家は様々な材木が集まって形が出来る。その中の1本でも失えば、形が崩れ傾いていく。この会も同じである。大黒柱があって沢山の柱がある。それに梁が乗っかり鎹が傾きを抑える。それぞれがそんな役目を担ってこの会はバランスを保っている。その一つでも失えばこれだけの活性化した活動は出来なくなる。一人がいくら頑張ってもそれは無理である。みんなが少しでもその一つを担っているのである。
 有名な有数なチームになろうとは思わない。しかし、メンバー達がやりがいがあって、目標があって、その目標を実現する力があるチームとなりたい。それはメンバー達が誇れることになる、大きな自信を持つことになる。
 コンクールが終わって、あの幼いメンバー達の顔つきががらっと変わった。技術も一気に上がった。同じ人間とは思えない位の変わり様だった。メンバー達の目はそれまで以上に輝いている。この輝きは失いたくは無い・・・。
0


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ