2010/2/28

評価レベル  
 僅か0.02秒差の銀メダル。残念・・・。しかし、この2着は4年後に繋がる。15歳の美帆は4年後に表彰台でメダルを掛けられるじぶんを夢見ただろう。
 1番の満足感と2番の悔しさ。0.02秒の差で雲泥の差となる。しかしこれがタイムレースなのだ。そして惜しかったと言う言葉だけで終わってしまうのもタイムレースである。
 しかし、採点競技となるとそう簡単には納得が行かなくなる。審査員の一人は『元気があった。』しかし違う審査員は『元気が無い』という。『音がソフトだ』と言う感想もよく解からない。他の8チームに比べ我がチームの平均年齢は極端に低かった。それが審査員達の評価に繋がったのだと推測する。女の子の中学生が3人、後は小学生である。そして低学年が6人も入ったチームだ。他のチームは中学生以上が大半である。これはレースにはならない。しかし、評価は同じレベルで見るしかない。この辺の差が審査員の見方の違いとなったのだろう。
 全国大会に何度も出場しその成果が無いチームが、何の変化もさせないでまた全国大会に出場する。確かにパワーも統制感もずば抜けている。しかし全国では通用しないのだ。それを何故繰り返すのかが解からない。それだけの自力があるチームであり経験をしてきている。全国大会を何度も見てきているはずである。それが毎年同じではこの管内は何も変わってはいかない。全国を経験したチームはその手本を見せてもらいたい。
 コンクールはタイムレースでも無いし、得点を取り合う試合でもない。採点競技というコンクールなのだ。全国へ行っているチームは少なくともその経験をバックアップさせるべきである。それが全く無いのである。これでは何度挑戦してもただ参加するだけの全国大会となる。それでいいのか・・・。
 元気があった・無かったという評価レベルでは・・・望めないか・・・
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2010/2/27

欲望への挑戦  
 オリンピックもあと二日となった。明日のパシュートとアルペンの回転が少し楽しみである。目標のメダルも僅か4つ、それも金メダルが0である。1番になるというのはそれは至難の技なのだ。実力があっても、運があっても、そして幾ら欲しくても簡単には手に入らない。
 その後の人生を考えたなら、ナンバー1となるよりもナンバー2・3の方が楽かもしれない。小さな失敗をしても1番なら『優勝したのにねえ』と言われるが、2番なら『やっぱりねえ』となる。相撲界の横綱と同じである。普段の行動も制約されるだろう。2番なら、ある程度の存在感もあるだろうし自由もある。尊敬を受けて自由気ままな方が私には向いているが・・。
 しかし、1番・金メダル・最優秀はやはり魅力である。その魅力があるからみんながそれを目指すのである。1番を目指し努力し練習する。誰よりも早く・美しくそしてすぐれていることを目指すのである。それは人の欲望の一つなのである。
 ただ練習をし、ただ演奏をしていても何時かは飽きてしまい魅力を失っていく。そこに、目の前の目標があり、その先の目標があり、そしてその先があり、最後には1番がある。そう目指せることになれば欲望を持った活動となる。その欲望は意欲となり活力となる。
 『上手だったよ』『感動したよ』・・・それがメンバー達の活力の源だった。しかし成長するにつれ、そんな言葉は当たり前となってしまった。もっと、もっとという気持ちが彼らは持っている。そのモチベーションは大切にしたい。この先に1番という言葉がある以上、彼らの欲望への挑戦となるのである。それは我々も同じなのである。
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2010/2/26

ハート・・・  
 キム・ヨナはすごかった。そして日本の4選手(米国の長洲も含めて)もすばらしい挑戦だった。真央はキム・ヨナの持っている才能を乗り越えれなかった。しかし、女の子から女性に成長した演技を見せてくれた。いや、まだ成長する過程である。これから更に高いレベルの競演を見せてくれるだろう。ライバルはお互いを成長させていく。
 チーム内にもライバル意識が持てるメンバーがいるように仕向けている。そうすることは意識や意欲がまるっきり違ってくる。人は競うという気持ちがなければならないのだ。それは上達していくスピードも早くなるかもしれないが、競うという気持ちも養っていくことになる。ただ『楽しい』からだけでは心は育っていかない。競う負けん気はチーム内でも育てる必要がある。叱ったり注意したりでそんな気持ちは育たない。内面の心を育てて、いいプレーヤーとなりいいチームとなっていく。
 真央は2度のミスを犯した。トリプルアクセルの一番集中力が必要なところを難なくクリアーした。しかしその後の何でもないところでのミスだった。今までに全く失敗など無いところである。得てしてこういうことはよくある。極度に集中する箇所がある時、何でもないところで集中力を失ってしまうのである。2度のトリプルアクセルという高難度の集中は相当のことだったのだろう。それが何でもないところでのミスとなったと推測する。しかしこれも彼女の力量の無さだったのだ。
 発足の最初の開基90周年式典、そして開基百年のステージ、キャンビー公演のステージと・・・大舞台では決まってチョンボをしているのである。情けないが、これが我がハートの小ささである。
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2010/2/25

個性は大切・・・  
 さあ、いよいよ明日はフィギュア女子のフリーである。これは歴史に残る名勝負となりそうだ。それにしてもキム・ヨナの妖艶な表現力には見とれてしまう。顔の表情、腕のしなやかな動き、静と動の使い分け・・・天性のものだ。一方、浅田は技術育ちである。
 うちのお姉さん二人も違った個性を持っている。赤い方は柔的な表現の太鼓を打ち、青い方は剛的な太鼓を打つ。この二人の個性は栗沢太鼓の代表曲『雄飛』によって作り上げられたといっていい。一人一人の個性を重んじたこの曲が彼女達の個性を作り上げた。
 少人数の太鼓チームであった。プレーヤーの個性を寄せ合うということがチームの売りだった。しかしメンバーが増えだしてからはこの曲を生かす方法を変化せざるを得なくなっていた。そしてコンクール曲に活用するには個人の個性を無くしていく必要となる。それは個人競技から団体競技にこの曲を変えて行くことになる。
 その時代のメンバー編成や用具の変化によってチームは変化をしていっている。胴太鼓が5台の時代、大締太鼓や小締太鼓が追加した時代、何台もの太鼓が増えた今の時代。少人数の時代、大人が中心だった時代、ジュニアが中心になった時代・・・。
 個性を重んじることはなくしたくは無い。個性を出す時と協調する時、その両方を生かせるチームでありたい。それだけ豊かな表現力が必要になる。
 明日の二人、失敗で勝敗とならず完璧で優越をつける結果となってほしい。彼女二人ならがっぷり四つで戦ってくれそうだ・・・。
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2010/2/24

風穴を開ける・・・  
 今日の練習は欠席者0の全員出席である。年に何回も無い快挙である。
 基本練習、曲の練習の後、各パートに別れての練習となる。今日も新人の章○とのマンツウマンの練習だ。先週から子供盆太鼓を練習している。先週の水曜日に1番、土曜日に2番そして今日は3番である。まだ入学前の子である。そして晩生の男の子にしてはしっかりしている。3回の練習で1〜3番を理解した。これからはその繰り返しての練習となって身体にしみこませていく。ここまでくれば時間の問題となる。
 昨日、支部の会合があってコーチ主任に参加してもらった。ようやく審査員の好評を見せてもらった。がっかりした。ただ感想が書かれてあるだけで、技術や構成などの奥に入った言葉は誰も無かった。何の参考にもならない。一人は『元気があった』、しかし一人は『元気が無い』である。アレ・・・・。『音がソフトだ』・・??・・何を見て審査したのか皆目わからない。名前で審査したのか?。ごちゃごちゃといじくった曲でなければ点が出ないのか。ただでかい声を出せばいいのか・・・。『ジャッジを全て審査員に委ねる』統一した採点基準は無い。そして更に打つ技術には採点に加味しない。これでは張りぼてのチームばかりとなってしまう。コンクールのレベルを上げなければ管内のレベルは上がらない。何度全国大会に行っても通用しない。それでいいというのだからどうしようもない。
 まだうちのメンバーは幼い。しかし2,3年後にはこの体質に風穴を開けたい。それだけのチームに進化してくれるはずだ・・・。
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2010/2/23

離れていった子・・・  
 高校へ進学してから全く顔を出さなくなった子がいる。小学生の時から腰痛に苦しみ太鼓も来たり来なかったりであった。性格もおとなしい内向的な子だった。しかし2006年のハワイ公演にはそれを打破した演奏を行っている。大きな皮を破ったと思った。その矢先にまた腰痛が再発した。それ以後、練習には顔を出さなくなった。
 今日の新聞に農業クラブのプロジェクト発表で全国大会に出場する話題が載っていた。このプロジェクトは雪冷房を応用した発表で過去に旭川へ就職した一○も取り組み、それを更に発展させたものである。そう一○の後を繋いでいるのである。一○はホクレン大賞を受賞している。
 彼の名前と写真を見て驚いた。そしてうれしかった。小学1年生に彼は太鼓に入ってきた。引っ込み思案でこの子が太鼓の演奏など出来るだろうかと心思った。彼が中1の時のハワイ公演をきっかけに彼はがらっと変わった。これで彼もみんなに負けないプレーヤーになったと安心した。ところが時間を経たずに腰痛が再発してしまった。そして太鼓を離れていった。その後どうしているかと心配していた。
 それが今日の新聞で彼の様子がわかった。頑張っている姿を見て安心した。それも一○の後を繋いだプロジェクトである。これも縁なのだろう。・・・全国大会で頑張ってきてほしい。
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2010/2/22

小さな力をあわせて・・  
 みんなの力で、みんながやれる範囲で・・・小さな力も一つにまとまれば大きな力となる。小さなアイデアを出し合えば大きな創造となる。小さな喜びはみんなとならば大きな喜びとなる。・・・そういうチームを作る。
 コンクールに勝つことがチームの目標ではない。海外公演行うことが目標ではない。農業祭の盆踊りをすることも目標ではない。それは手段の一つである。様々な目標を持ってそれを消化していく。これだけの大きな目標を行うことは、それだけのすばらしいチームを作る必要がある。それだけのプレーヤーを育てる必要がある。それが出来て目標を成功へ導いていく。
 先輩達はそれらの目標に挑んできた。成功したり挫折することもあった。しかしみんな前を見て挑戦してきた。すばらしいプレーヤーが何人も誕生しすばらしい演奏をしてきた。
 今のメンバー達はこの先輩達を追い越していく。その土台にはその先輩達の存在がある。彼らの作った実績は、今のメンバー達の目標になっている。それは技術も行動もである。そんな逞しい先輩達が、先輩達を追い越していくプレーヤーに導く。
 『私が育ててやる』と大それた事をいっても人は育たない。いま自分が何をすればいいのか、何が出来るのか。それは小さなことからでいいのだ。みんながそういう考えを持ったならこのチームは大きなチームに育っていく。
 先輩が後輩を育てる。後輩を育てることでその先輩も成長していく。そこに互いの信頼感が生まれチームワークが育っていく。その先に大きな目標を成功させるチームが作られていくだろう・・・。
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2010/2/21

採点競技  
 フィギュアの男子、4回転を跳んで銀メダルとなった選手が採点について異議を唱えている。採点が絡む競技はいつの時代もその論議でゆれる。今のフィギュアの採点はかなり細かく決められているようだ。映像も活用して細部まで見られている。しかし、表現力などの構成点はどうしても人による主観が入る。採点競技である以上これは仕方の無いことである。
 高い技術と人を感動させる表現力や構成があってこの競技は成り立っている。だから技術の評価と構成の評価という2つの要素の合算で採点されている。この方法は太鼓にも言えることである。
 前回のコンクールの審査員の中にジャンルの違う人が一人入っていた。結局はこの人の異常点でチームは入賞を逃した。ジャンルが違えば太鼓を打つ技術は全く解からないだろう。演奏曲の感想で採点していることになる。彼には技術点としての採点は無いということになる。曲の構成や表現力しか見ていない片手落ちの採点ということだ。それが異常に点数幅があったなら、簡単に順位は変わってしまう。それは採点競技としてはおかしな事だといえる。
 子供達は真剣に練習をしてコンクールに望んでいる。それが片手落ちの採点をされてはたまったものではない。採点競技である以上審査員の主観が入るのは仕方の無いことだと思う。しかし異常という点数を出されてはたまったものではない。少なくともフィギュアの採点方法の様に技術点と構成点の合算という採点方法は必要だ。だとしたら分野が違う審査員では技術点は評価外とするしかないか。となれば点数は半分ということか。
 過去に採点方法についての会議を何度もしたことがあった。結局は結論は出なかった。このコンクールは非常にレベルの低いジャッジの大会なのだ。そして選抜されたチームは全国大会ではまったく通用しないのである。・・・これでいいのか・・・
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2010/2/20

試練を乗り越える・・・  
 練習場に顔を出してすぐに亜○沙の高校内定の報告を受ける。まずは一安心である。めでたい。今年から毎年こういう報告を聞くことになる。いい報告ばかりであってほしい。
 今日も練習場は熱気があった。元気が無いのは1年生の一人。遊んでいる時は元気満々だが、いざ練習に入ると目は虚ろとなりしょげ返る。しばらくは静観である。新人の章○は借りてきた猫から本領発揮に様変わりである。練習場を駆け回っている。
 女の子組みは更に複雑なアレンジが加わっている。それを楽しんでいる。男子組みは斜め台の練習が加わった。これはきつさが加わる。逞しいプレーヤーになる道程だ。
 春には進学したり進級したりと、それぞれ環境が変わってくる。メンバー達は新しいプレッシャーと向かい合っていくことになる。太鼓の活動が重荷とならないように、新学期が始まる前に戦略曲の大筋を作っておきたい。余裕を持った活動がメンバー達の安心感となる。楽しい学校生活を送ってほしい。
 まずは内定を受けて安心した。高校入試や就職とメンバー達の試練を一緒に味わっている。いい報告もあればそうでないこともある。それはどうしようもない事なのかもしれないが力無さを感じることもある。彼らの試練は、やはり自分で乗り越えていかなければならないことなのだ。我々が出来ることは、そんな試練に負けない強い心を育てることである。
 活動は楽しくなければならない。しかしただ楽しいでは何も得られない。その楽しさの作り方である。その作り方一つで人は大きく変化していく。どんな試練も乗り越える大きな人間に成長してほしいと思う。その為の一役が出来れば幸せである・・・。
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2010/2/19

パフォーマンス・・・  
 もし4回転を入れなかったら果たしてどうなっていただろうか。彼は逃げなかった。怪我をして彼の心は強くなったのかもしれない。彼のパフォーマンスは他のどのプレーヤーよりも光っていた。それは高い技術だけで表現できるものではない。集中力を超えた神の粋に達した演技だった。あの会場にいたプレーヤーの中で1番楽しんだのは彼だったと思う。会場にいた観衆は魅了しただろう。
 大きな舞台で自分の持っている技術以上の事をしてしまう。そんなことが我々だって体験することがある。2006年のアラモアナショッピングセンターのステージは神が降りてきたかのような演奏だった。全員が普段の練習では見せないすごいパフォーマンスを出した。
 すごい緊張感をみんな持っていた。しかしその緊張感を彼らは乗り越えてしまった。心は開き直り失敗など微塵も考えなかった。集中力はみなぎり普段以上に身体が動いた。そして自分の演奏に酔いしれた。アドレナリンが身体中を走り回った・・・。
 普段の活動でそんなことを経験することはまず無い。『高い金を払ってなぜわざわざ海外まで・・・。』そんな事をよく言われた。しかしそれを経験した者は、また再びという気持ちが湧き出てくる。
 その準備は大変な作業となる。費用も莫大にかかる。しかしその価値は遥かにそれを上まわる。普段の生活には無い特別なシュチュエーション。見たことも無い人達・・・。そんな中で自分の演奏が彼らを驚かせ魅了してしまう。歓声が轟き、歓喜に包まれる。手を叩きスタンディング・オベレーションとなる。それは心地よい快感である・・・。
 この田舎の太鼓チームだが、今日の彼の演技を見て重なるところを感じた。
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2010/2/18

強い心・・・  
 このへたれの子をどう導いていくか。頭を悩ます。今まで何人もの幼い子達が太鼓に入ってきた。それぞれに様々な個性を持っていた。しかし、これだけのへたれは初めてだ。このへたれをどうやってガッツのある性格に変えられるだろうか。
 わがままや駄々をこねるのと、へたれとではまるで違う。わがままな子は自己主張をしている子なのだ。それは自分の意思を主張するという行動が出来る気持ちの強さがある。こういう子は余り心配は要らない。しかし、へたれとなると別だ。意思を主張できない弱い心の持ち主なのだ。少しでもいやなことがあるとすぐに逃げ出してしまうのである。
 しばらくは今の方針を貫きながら彼の変化を静観していこうと思っている。少しの苦痛で逃げ出してしまう今のままでは、学校生活にもついていけなくなるかもしれない、いじめを受けるかもしれない。
 少しのことでも挫けない、強い心を彼につけさせなければならない。メンバーの一員になるには持ってもらわなければならない最低の条件である。今の弱い心ではステージにも立てないだろうし、仲間の信頼も得られなくなる。
 ステージで演奏することは大変なプレッシャーとの戦いとなる。そのプレッシャーに負けない強い心を養っていく。上手な演奏はもちろんだが、その心を鍛える方がもっとも重要なのである。
 緊張せざるを得ない場面がこれから何度もやってくる。それに負けない強い心を持ってもらいたい。そうでなくては大きなチャレンジは出来ない・・・。
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2010/2/17

甘えっ子・・・  
 春に小学校に入学する男の子が入ってきた。新人の最初の面倒は大概私が担当している。今回もその例外なく彼とマンツウマンの練習となる。昨年入ってきた甘えっ子の1年生がいる。もちろん彼も私が最初に手ほどきをしてきた子である。ある程度の段階を経てからは、新人達は先輩達の手で育てられていく。それがチームの育て方である。
 新人の男の子が入ってから、この甘えっ子の様子がおかしくなってきた。大した傷でもないのに『指が痛い』とか『お腹が痛い』とかと泣きそうな顔で訴えてくる。その都度『大したこと無い』『もう練習が終わる』と突っぱねてきた。それが前回までの様子である。
 今日の練習でも私は新人の子と一緒の練習となり、他のメンバーは分かれていつもの練習となった。ところがこの甘えっ子は先輩の教えることを一つもしようとはせず、うつむいているだけだった。その様子を見て『どうした』と彼らのもとに行った。『ぜんぜん練習しないんだ』という先輩達の声である。『お前太鼓が嫌いなのか』『いや好きだ』という返事である。『それならちゃんと教えてもらえよ』・・・返事無である。『いやなら帰れ。もう来なくていい』と強い言葉で叱った。その後、しぶしぶ練習をしていた。
 私は甘やかすことはしない。『甘えることが出来ない』ということを彼がわかることが今必要なのだ。ここで私が折れてしまっては、彼はこのまま変わらずに自立していかなくなる。その彼を面倒見ている先輩には申し訳ないが、もう少しの間我慢して面倒を見てほしい。
 『もうお前は太鼓にはいらない。もう来るな。』と怒鳴られた子は何人もいる。だからといって厳しい人だなあと思われても困る。本心は、甘い人間なのだ。その甘い気持ちが、必要な時に注意や叱らないで失敗をしたことが過去には何回もある。『あの時にと・・・』と後で思ってもそれは後悔でしかない。甘やかすことは逃げることなのだ。我がままを聞いてやればいい人とはならない。
 この甘えっ子を変えてやらなければならない。これも縁なのだ・・・。
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2010/2/16

いいライバルを・・・  
 スピードスケートの男子500mは感動のあるレースだった。1番は取れなかったが、あの二人の選手はアッパレであった。すがすがしいスポーツマンの姿を見せてくれた。あの姿はまさしく金を取りに行っている姿だった。それを狙える実力を持っていた。金を目指した二人の『くやしい!』という言葉が物語る。アスリートにとってはメダルは金しかないのかもしれない。
 メダルを取った二人はライバル心を持って競い合ってきたという。我がチームにもお互いに競い合っているところがある。そういうライバル心を持てる仲間がいることは幸せである。
 キャンビーの時のメンバー達も競い合いながら上達していった。互いが『負けてたまるか』と努力していった。その意欲は彼らのパフォーマンスとなって開花していった。会う度に、その頃の思い出話となる。
 ライバル心は敵対心とは全く違うものだ。相手を認め・尊重してその気持ちが存在する。メンバー達には自分のチーム内にも、そして他のチームのプレーヤーにもそんな存在を持ってほしいと思う。それは自分を大きくしてくれる存在にもなる。
 いいライバルがいて互いが成長していく。同じチームで高い目標を共有して競い合う。お互いが分かり合えば弱点も見えてくる。そんな弱いところがあれば補い合うのもライバルである。
 互いのいいところも悪いところも認め合う。そういうライバルを作ってほしい。
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2010/2/15

一番・・・  
 どの分野でも1番となるのは至難である。市内で1番、管内で1番、都道府県で1番、日本で1番そして世界で1番となるのは選びに選べぬかれた一人でしかない。それはとてつもないことだということだ。
 太鼓でもスポーツでも楽しんでやる分には上達など関係ないだろうという。しかしそれは人間の本能が許してくれない。楽しむだけだからといっても『あいつより』『もっと上手くなりたい』という欲求が必ず生まれる。またそれがあるから楽しんでもいるのである。
 一つをマスターし喜びとなり、次の課題へと向かう。その先には大きな目標がある。そんな目標があるから真剣に取り組めるのだ。その目標はメンバーの実力が上がるにつれて大きくなっていく。メンバー達の目標が少しでも大きな目標となってももらいたい。
 目標があることは夢を持つことになる。夢を持つことは若者達には必要なことなのだ。夢の実現のために努力をしなければならない。夢の実現のために沢山の困難を乗り越えなければならない。そんな若いメンバー達の夢に付き合うのである。それは自身の夢でもあるのかもしれない。
 メンバー達は一番でなくてもいい。しかし太鼓をやっていて一番よかったとなってほしい。それも一番だ・・・。
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2010/2/14

ハンディはチャンス  
 愛子はメダルを取れなかった。昨シーズンの活躍はカービングターンによるスピードだった。その補強は各チームが行っていたということだ。特にアメリカの選手達のスピードは愛子を上まった。技術が近づけば、身体能力の差が物をいう。身体の大きさがのそのハンディとなる。コブ斜面を吸収するには長い足の方が部がいい。車のショックアブソーバーとなるこの足は、ストロークが大きいほど雪面を捉える時間が多い。そして体重が重いほどスピードに乗れる。あの小さな身体で一度は世界のトップを極めた。それが1年違っていたならオリンピックのメダリストになっていただろう。4年に1度の開催は巡り合わせといえる。
 幼いメンバー達の技術は自信を持っていいレベルである。しかし同じレベルの大きな子達と比べられてはどうしようもない。愛子と外人選手との差はそれと同じようなものである。しかし競技となれば、それはただの言い訳としかならない。より努力をして、より強いもの、より早いもの、よりすぐれているものが勝者となる。
 ハンディはチャンスである。『どうすれば』という思考が生まれ、挑戦するという意欲が生まれる。もうそれでメンバー達は一歩前に進んでいるのだ。
 コンクールが終わった後のメンバー達の晴れやかな顔を思い出す・・・。
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