2010/6/30

手に豆ができた・・・  
 ミィーティングで今決まっている出演を口頭で伝えた。スケジュール表はまだ依頼のきていないイベントがあり作成できないでいる。今週から毎週の様にイベントが続く。
 今週は3人を引き連れて歌志○市へ。来週はお寺のお祭り(関係者と上級生が応援に)。再来週は福祉村の夏祭りと続く。8月上旬には3日連続がありそうだ。
 基本練習の後、各組に別れて強化練習である。男子組みも修○・雄○の委員二人が後輩達を教え込んでいる。女子組みはお姉さんが磨きをかけている。しかし、有○が小指に怪我をして故障者リスト入りである。
 そして小締太鼓組みは7名が一列にずらりと並んでいる。小1の章○から新人で中1の彩○までのデコボコ軍団である。この7人、まだ完璧な者は誰もいない。そして曲を覚えきれていない者が半分以上いる。しかしミィーティングでは農業祭には全員で出演してもらう。それまでに『完璧に覚えること』と伝えた。一番ビックリしていたのは1年生の章○だった。うれしそうだった。『覚えなかったら、ゲンコツだからな。』とハッパを掛けた。これで2年生の海○も風○もぼやぼやしていられない。
 7人との練習は30分以上続いた。その間彼らの顔を見続けた。みんな真剣な顔つきになって来た。今までに無かった顔である。この顔を見て『全員での出演』を決めた。
 人の性格を直すことは簡単ではない。強いから弱いへは逃げればいい。しかし弱いから強いへの成長は簡単ではない。新人・低学年のメンバー達はその第一歩なのである。
 それをクリアしてきた頼もしい先輩達がいる。これは彼らには心強いはずだ。しかしそれを頼りにしていてはいつまでも自立する心は育たない。だが、練習方法や指導方法で育てることは可能である。
 甘えん坊で駄々っ子で・・・どうしようか?・・・そんな子が、目を見開き、堂々と太鼓を打つプレーヤーに成長していく。
 『手に豆ができた』と何人も報告である。『そうか、それは頑張っている証拠だ。』・・・ようやく第一段階をクリアできるか・・・。
0

2010/6/28

まずは第一段階・・・  
 土曜日の練習は参加人数が少なかった。参加者には集中した練習を行った。
 新人の彩○はソロリズムをほぼ覚えた。さすがである。しかし、太鼓を打つことは素人である。この辺は先に入っている幼いメンバーにはかなわない。
 心配している海○と章○もやる気を見せだした。もう叱かりながらの練習はしたくない。何とか農業祭にはみんなと一緒に『雄飛』デビューをしてほしい。
 男子組みは二人組の練習を取り入れる。これで個人の力がついてくる。隼○と玲○が組んでの練習を行う。音が出るようになって来た。腕の振りも伸びて来た。前回から基本練習は交代で締太鼓での練習とした。まだ太鼓の真ん中までは届かない者もいるが、横打ちの筋力を付け、フォームも学ばせていく。来年の運動会ではこの中の何人かが演奏するのである。彼らもその気になって頑張るだろう。
 具体的な目標を持てば一生懸命に練習する。その成果は必ず出てくる。彼らにとってはそれはうれしい喜びとなる。『覚えた』『打てた』『誉めてくれた』・・・『間違った』『失敗した』・・・そんな結果がついてくる。まずはステージである。そして次へと繋げる目標が生まれる。・・・それを繰り返して彼らは強いプレーヤーに育っていく。
 まずは第一段階なのである。集中力もない、やる気も無い者をステージまで導くには、時には怒鳴り・叱ることもある。それを『こいつはダメだ』と決め付けて、諦めてしまっては彼らの未来は遠のいてしまう。それは彼らの為には決していいことではない。
 間違っても、みんなと一緒のステージで演奏できたことのうれしさを、終わった後の彼らの顔が物語る。・・・どこかに満足してると書いてある。
0

2010/6/27

難しい運営  
 歌○内市民祭りの出演団体が集まらず困っているという。5〜6人位は何とかなるだろうと『少人数だけどいくよ。』と返答した。ところが最初に返答のくれた3人以外は全滅となった。小学生に望みをかけていたが午後から相撲大会だそうである。
 北○太鼓も3人位だそうで、二チームで一曲やろうか?。とりあえず、3人にはソロ演奏を二パターンでもやってもらうことにする。それで5〜6分の曲になるだろう。これもいい経験となる。
 他の出演が心配になって来た。同じ部活が多いだけに、ダメな時は何人もとなってしまう。高学年よりも低学年の方が当てになりそうである。低学年達の奮起に期待したい。
 農業祭やビールパーティーなど演出する出演がある。出演メンバーでプログラムが大きく変わってしまう。A案、B案と持ち駒を持っておくことが必要なのかもしれない。それだけに低学年達の底上げが必要なのだが練習時間が取れない。なるようになるしかないか。
 Wカップが面白くなって来た。もう岡田JAPANに批判は無い。もしベスト8になったならこれは大変だ。凱旋である。監督の立場は裏表である。その心境、田舎の太鼓チームでも解かる様な気がする。
 ベストメンバーでベストな太鼓を打ちたいが、そうならない実情がある。それに対応する運営をまた考えていく必要がある。
 年に何度かでいい。農業祭に新年初打ち・・・全員が集まれて演奏できる場を守りたい。
0

2010/6/25

真面目に楽しむ・・・  
 少しずつ今シーズンの日程が決まってくる。8月上旬に昨年の様な連続日がある。今年も北○のひまわり祭りには行けそうもない。そんな話を北○の代表としていると『絶世』に助っ人を頼みたいという話となった。昨年も一人で?出かけていって演奏をして来たという報告を受けている人物である。『じゃんじゃん使って!。』といっておいた。
 歌志○市の祭りは今のところ3人での演奏となりそうだ。高・中学生は高体連や中体連の試合や練習となり、当てにしていた小学生は相撲大会と重なった。3人で頑張ってもらおう。
 昨年好評だったビールパーティーでの演奏依頼がくる。来客者は昨年と同じ人達が大半である。昨年と同じ演目では芸がないか・・・。
 ○山夏祭りの案内が来ない。今年から縮小するという。○西支部は手を引いて、プロダクションが主体で運営となるらしい。係わりのある団体を優先するのだろう。元のやり方に戻ったということなのだろう。過去に苦い経験をしている。・・・よその町の話だが、地元の太鼓チームが主役になれない様な祭りはどうかと思う。
 市内の祭りもプロダクションに丸投げしているのが実情である。そんな祭りはただの消化の祭りにしかならない。ワンパターンで変化も冒険もない。無難にこなしさえすればそれでいいのである。そんな祭りはつまらない。しかし、となり町の祭りに出演できないのは寂しい。
 農業祭の盆踊りに助っ人を申し出てくれているチームがある。一昨年は中・高生のお兄ちゃん数名が頑張ってくれた。途中で合わないところがあって、うちの鬼さん二人が睨みつけたという。
 盆太鼓はそう簡単にマスターできるものではない。何回も苦い経験をして、考えて打つから身体で打てるようになって一人前となる。そして太鼓の醍醐味を味わえるようにもなる。
 若者達が『はまってしまう。』そういう場である。望むチームにはルールを守ってくれることを前提に提供する。そのルールは『遊び半分ではなく、真面目に楽しむ。』である。
 
0

2010/6/24

打ち手の性分・・  
 今夜、農業祭の第1回実行委員会が開催された。毎年第4週の土・日が開催日となるが今年はお盆の15日が日曜日となり第5週の28・29日の土・日にずれ込んだ。その前の週は北村の祭りとなる。合併後、農業祭、北村の祭りは市観光協会主催事業となった。協会ではこの二つの祭りの日取りを同日としない方針である。15日のお盆では祭りははずせざるを得ない。道内最後の盆踊りが農業祭の売りの一つでもある。8月28日では道内最後といっていいだろう。
 プログラムは昨年のを参考にして組まれる予定でいる。土曜日の午後5:00から栗沢太鼓主管の『ふれあい宵祭り』が行われる。栗沢太鼓の演奏(まだサブテーマは決めていない)、栗沢音頭、子供盆踊り、大仮装盆踊りと続く。
 太鼓の演奏は30〜40分の予定でいる。昨年の様に4曲位と思っている。やはり大やぐらステージでの演奏がいいと思っている。そして全員が主役となるプログラムを考えたい。街の人達に昨年からの一年でメンバー達の成長している姿を見せられたらと思う。
 数年前からメンバー達が集まりやすい土曜日の夕方に太鼓関係の行事を持って来た。それまでは人集めパンダの役目を日曜日の一番最初のプログラムに入れられていた。朝一のプログラムではメンバーの家族しかいない時もあった。そして前日の盆太鼓でメンバー達の手は豆だらけであり、眠たい目をこすりながらの演奏だった。メンバー達には過酷過ぎた。いや、今は土曜日の夜が過酷となったが・・・。しかし、この日程で日曜日は後片付けだけとなりビールのバザーも可能となった。
 一年の事業の中で『農業祭』は栗沢太鼓の最大の目標である。『農業祭』が合併後も継続してこれたのは、我々が『ふれあい宵祭り』を主管し活性化させたからだと思っている。そして栗沢太鼓の今日があるのはそれをやってきたからでもある。
 あれだけの盆踊りは『農業祭』があって可能にしている。逆にあの盆踊りがあるから『農業祭』が成り立っている。長い年月を掛けてこの関係が出来た。
 ・・・『いっぱい踊ってくれる人がいる盆踊りで太鼓を打ちたい。』・・・太鼓の打ち手の望みである。・・・手に豆ができるのを誇りに思った。・・・自分の太鼓を人に渡したくなかった。・・・それが太鼓の打ち手の性分である。・・・幼いメンバー達もいつかは気付かされるはずだ・・・・。
0

2010/6/23

『ひよこ組』が・・・  
 去年1年生でやってきてその駄々っ子ぶりに手を焼いた二人。2年生になってもその幼さは抜けない。太鼓の場所を毎回伝えても、また移動を支持する羽目となる。始めようとしても、どこかを見ていたりと落ち着いていない。注意し、怒鳴ってようやくこちらを見て始められる状態である。『手を止めるな。』と言った先に頭をなでたり鼻をこすったり・・・。先輩達の練習の足を引っ張る。
 2年生のこの二人に、いつまでも手を焼いているわけには行かない。上級生となったワルガキ軍団は今が伸びていく大切な時期である。彼らばかりに付き合っているわけには行かない。今日はかなり厳しく注意した。これで何も変わらなければ1〜2年生3人は別メニューとなってしまう。
 『お前達はまだ赤ん坊だ!。その辺の幼稚園の子より悪い。言ってもやらない。自分のわがままばかり。・・・そんなんでいいのか。・・・そういわれて悔しくないのか。・・・高○さんにいいとこ見せてみろよ。『赤ん坊でなんかでない。』と言わせて見ろ。』・・・風○と章○は応えた様子であるが、海○は・・・。言っている先に前を通るメンバーを目で追っている。2年生でこれだけ集中が出来ない子は始めてである。余りにも幼い・・・。ある程度練習に打ち込めれるようになったら高校生や中学生に任せたいと思うのだが、そこまで中々進まないのだ。・・・これからの事を考えたなら別に『ひよこ組』が必要か。・・・それを誰が見るかだ・・・。
 4年生以上の男子組は、今が変わるチャンスの時期に来ている。次回の出演までの間が肝心なのである。・・・見切りを付ける決断が必要なのかもしれない。
 練習時間は短時間である。やれることはしれているのである。出演が続けば赤ん坊をあやしている暇はない。
0

2010/6/22

チームカラー・・・  
 夜、ガレージでTシャツ4枚を印刷。インクはもう5年ほど経過している。袋の外側が硬くなっているが内側はまだ大丈夫だった。1枚目が少し横を向いてしまった。150サイズは誰だったかなあ・・・。版下はまだ何枚もあるので何年も持ちそうだ。新人の彩○以外は衣装は揃うことになる。
 昨日の新聞に『キタオン』の記事が載っていた。うちのメンバーも何人か写真に納まっている。グリーンの衣装のチームは知る範囲内では記憶にない。そして背中には新○先生の書が白抜きで鮮やかに輝いている。
 去年までのバラバラの衣装からイメージは一新した。しかし、新しいチームカラーはまだ栗沢太鼓のイメージとはなっていない。これからである。メンバー達の活躍がこのチームカラーを浸透させていくだろう。そしてステータスとなっていってほしい。
 幼いメンバー達ではあるが、他チームからはうらやましがられる。元気のいい男の子達が何人もいるからである。小学生の男の子がこんなに揃っているチームは珍しいのである。太鼓界は女性上位である。
 休止するチームやメンバーが減少しているチームが増えて来た。しかし、毎年新しいメンバーを迎えて、高1以下ではあるが各学年を切らさないでいる。これはありがたいことである。 希望や夢を持ち続ける活動が大切である。絶えず前を見て、絶えず進化し続ける活動である。それはメンバーに活力を与えチームの活動は活発になっていく。そんなチームのメンバーは仲がいい。互いをかばい助け合う気持ちが自然に生まれてくるのである。
 チームカラーは衣装でも太鼓技術でもない・・・・。

クリックすると元のサイズで表示します
0

2010/6/21

今回の経験を・・・  
 『キタオン』に間に合わなかった衣装類が今日届いた。1日違いだった。Tシャツを印刷して今週中には手渡せるだろう。昨日も鉢巻にみんな苦労している。セットの方法に何かいい手立てはないか考えたい。盆踊りには豆絞りか手ぬぐいでも別に用意が必要かもしれない。
 部活を始めたメンバーや父兄にとっては出欠や時間の調整など初めて経験することがあり混乱することがあった。幼いメンバーには自分のスケジュールを把握することはまだ困難である。早く管理できるようになってもらいたい。
 送迎できる父兄の協力で出演可能なメンバーが全員欠けずに演奏できたのはよかった。今シーズン最初のステージを経験するしないは大きく違ってくる。デビューしたメンバーは尚更である。自分の不甲斐なさを自分で確かめただろう。これからの練習も変わってくるはずである。
 出演するシュチュエーションは様々で、今回の様に低学年も演奏に入れれるケースもあれば、上級生やベテラン達でなければならないケースもある。低学年達が加えられるのは近隣の開催場所に限定せざるを得ない。父兄が送迎し管理してもらはなければ難しいところがある。 一人で準備し行動も取れるメンバー達には、遠距離や様々なイベントなどに参加させ経験も積ませたい。しかし部活などの条件があり難しい面がでてくる。
 歌志○市の夏祭りに何人か引き連れて行きたいと考えている。これはソロ打ちの出来る上級生限定である。何とか5〜6名がそれってくれればと願っている。
 今回の出演で考えることがあった子は大きく飛躍していく。そうでない子はやっかいである・・・。

クリックすると元のサイズで表示します
0

2010/6/20

シーズン最初の・・・  
 空知太鼓連盟の演奏会が岩見沢『キタオン』で開催された。管内の12団体が集結、合同曲とチーム曲を演奏した。
 部活優先の我がチームは後半の時間帯にお願いした。野球・サッカーのメンバー達4名は昼食時間に何とかたどり着き演奏時間に間に合った。
 低学年の4人はステージデビューである。心ここに在らず?右を見たり左を見たりである。いつしか彼らも一人前のプレーヤーに成長する。その第一歩を踏んだ。
 中学生4人が抜けた演奏曲の『雄飛』は大人二人が先導を務めて何とかチームが成り立ったというところである。どんなメンバー編成でも消化していける力をつけていきたいものである。
 シーズン最初の演奏は足慣らしであった。これから何度も経験を積んで頼もしく成長してくれるだろう。
 父兄や家族達が何人も応援に駆けつけてくれた。メンバー達は幸せである。しかしこれからである。家族達を驚かせ、感動を呼ぶ演奏を彼らは必ず身に付ける。
クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します
1

2010/6/19

磨く機会・・・  
 明日は『キタオン』での空○太鼓連盟の演奏会である。朝、父兄の一人から『午前中にサッカーの試合をしてからでいいでしょうか。』と電話が入る。4年生の5人のメンバーは二人がサッカー部、3人が野球部である。
 前回の練習後にサッカー部に入った父兄の一人からその話を受けていた。『もう一人のメンバーは?』と思っていた。・・・『大丈夫ですよ。』と返答した。こんなやり取りをどうにかして無くしたいと思っている。
 部活を優先にする方針は栗沢太鼓が存続する唯一の方法だと思っている。その方針の中で活動できる方策を作っていくしかない。だから何も遠慮しないで『どうゆうやり方にしてほしいか。』を提言してほしいと思う。
 本番をメンバー達には経験させたい。普段の練習の様に、全員が揃って出演することなどはほとんどまれと考えている。しかし、そんな条件の中でも都合がつくメンバーがいたならば、あえて演奏の機会を捨てることはしたくない。我々は少数のメンバーでも演奏が出来るチームなのである。そういう練習をしているのである。大人数の様な迫力はないかもしれないが、個人の個性を表現できる実力を育てているのである。それを磨く機会を捨てることはしたくない。
 『キタオン』は大人二人が入って何とかチームらしくなった。二人の大人達がいてこのチームは他チームと遜色なく演奏が出来ると思う。幼いメンバーはそんな先輩達と組んで成長していくのである。
 恐れることは何もない。今やれる精一杯のことをしてくれればいい。彼らには『真剣にやってほしい。それで間違ってもいい。しかし真剣でなければ俺は叱るからな。』と告げた。
 幼い低学年からも遊び半分な気持ちは無くしたい。その時の大切さを解かってもらいたい。
 
0

2010/6/18

『天下の宝刀』・・・  
 歯科医でメンバーの御祖父さんとバッタリと会う。『うちの孫はきかなくて手が付けられないでしょう。』と心配している。『いやそんなことはないよ。いい子だよ。』・・・『言うことを聞かなくて叩きつけるんだ。しばらくは聞くんだけど、またダメなんだ。』・・『全然問題ないよ。むしろ元気がいくていいよ。』
 肉親と私との付き合いは微妙に違うのである。肉親とはどんなことがあっても肉親である。とことん甘えることも出来るし、どんな過ちをしても許してくれる。
 メンバー達は大好きである。そしてそれなりの愛情も注いでいる。しかし我々はチームである。集団で活動しなければならない。その為のルールは守ってもらわなければならない。わがままな行動を取って集団を乱してもらっては困る。しかし、がんじがらめの一つも自由のないチームにはしたくない。メンバーのやりたいこと、望んでいることを少しでも実現させたいと思っている。
 天下の宝刀を持っている。それは『もうお前は栗沢太鼓には必要ない。さっさと出て行け!。』である。首根っこを持ってつまみ出すこともあった。
 『ふざける時はふざけていい。遊ぶ時は遊んでいい。しかし、いざ練習をする時、演奏する時は真剣に取り組め。』 その時間はわずかな時間なのである。幼いメンバーにはそれが中々出来ないのである。それが集団化した時、或いはひどいわがままをいった時『天下の宝刀』が飛ぶのである。優しいおじさんは鬼のおじさんに変身するのである。
 彼らが曲がった道に進まないように導きたい。そして立派な大人に育ってほしいと思っている。太鼓が彼らとの縁を作った。この腐れ縁は大切にしたい。
0

2010/6/17

幼いメンバーと・・・  
 運動会での演奏は後輩達に大きな刺激となっている。『私達も・・・』という気持ちを植えつけた。ワルガキ軍団の4年生も『来年は・・・』と思っている。これは彼らを飛躍させる大きな目標となる。
 今週はキタオンの練習に時間が費やされ、新人達の練習はなおざりとなる。中1の新人彩○の練習も見学が多い。先週の練習を見て、さすがに物覚えがいい。『雄飛』のパートは小締太鼓に指定した。幼いメンバーばかりで心もとなかった。彼女の成長しだいでは早い段階で小締太鼓の中心となってくれるだろう。期待したい。
 キタオンには今のところ大人2名が参加予定でいる。上級生が抜けるだけに心強い。小学生の高学年何人かは午前中に部活をして駆けつけてくる。後半の3番目の演奏である。何とか間に合うだろう。来週の奈井江温泉の出演は、ソロ演奏が出来る5名以上が可能ならば考えたいと思う。更にその翌週の7月4日にも依頼が来ている。地方の演奏会で太鼓持参となると厳しいかもしれない。しかし、可能性があれば出演はしたい。
 人数が増えて『雄飛』のソロ部分も複数のメンバーで演奏して来た。そんな彼らも成長にしたがい単独演奏が出来るようになってほしい。出演を消化していくには都合のつくメンバーで対応できることが必要になる。時には一人でも二人でも演奏が出来る。運動会での演奏はそういうことだ。それが出来ればどんなバリエーションでも対応ができることになる。『メンバーが揃わなければ演奏が出来ない。』では情け無いのである。
 全員がエースという目標は、それぞれのメンバーが独奏できる能力を持つことである。それに対応できる技術と強い心をみんなが持っていることである。
 『幼いメンバーと・・・』あなどられないチームにしていく。
0

2010/6/16

古巣に・・・  
 栗沢から北○に嫁入りして何年か後に、北○に太鼓チームを作りたいという相談があった。栗沢豊穣祝太鼓を使わせてほしいということだった。若奥さんを中心に北○太鼓は誕生した。そして彼女達の子供達も太鼓を始め主力は子供中心のチームにとなったが、その子供達も高校を卒業する年となったそうだ。
 代表の彼女は今年の春から空○太鼓連盟の事務局長となった。『20日の演奏会の準備にキタオンまで打ち合わせに来た。』と電話が入った。練習中だと解かり練習場に顔を出した。会場に入るなりメンバー達を数え始めた。第一声は『小さい子がこんなにいるんだ。』であった。練習はキタオンでの演奏曲に入ろうとした時である。
 何度か練習を訪ねてくれる機会があった。しかしたまたま中止の日だったりと巡り合わせが悪かった。何年ぶりかの古巣への訪問である。練習場も変わりそしてメンバーは子供達ばかりである。当時の栗沢太鼓とはまるで違うチームである。
 『すごいねえ。』という言葉が何度か聞こえた。まだまだこれからの幼いチームである。彼女はそれを充分理解している。『あの子何年生?』と何度も聞かれる。『へえ。』という感想を何度か・・・。『今年はJrコンクールは出れないかもしれない。』『小さい子を入れなければ。』とも。
 練習後にわずかの時間だったが話しこんだ。その時に父兄の一人が『キタオンの日に息子がサッカーの試合に出場したいといっている。』といってきた。その子からは何のアクションもなかった。午前中だということで『サッカーに出しなさい。』と伝えた。その後、キタオンに来れればいい。このコミュニケーション、まだまだ不足だということである。
 『部活・学校を優先する。そうしないとこのチームは無くなってしまうよ。』・・・『そうだ、やれる範囲でやるしかないよ。』・・・
 自分のチームを守る。その為には細かな面倒くさいやり取りが必要になる。メンバー達には好きな部活も太鼓もやってほしい。太鼓には遠慮しなくてもいい。しかし、こちらもチームである。オーダーを組み、人数の弁当も、必要な太鼓の数も用意しなければならない。
 やれる範囲での協力を、我々も父兄やメンバーも一緒にやれば本当に些細なことですんでしまう。そんな些細な力も集まれば大きくなる・・・。
 
0

2010/6/15

綱渡りの・・・  
 今一盛り上がらなかったWカップだが、初戦を征して手の平を返したかのような激変である。それは自らも含めてなのだが、日本人の熱しやすく冷めやすい国民性なのだろうか。
 高校生の頃、日本中がボーリングブームとなった。TVでは連日ボーリングの放送が流れていた。どこの町にもボーリング場が出来て、誰でも彼でもボーリングだった。早朝割引や学割を利かしてボーリングをしたものだった。ちなみにハイスコアは208、アベは160位だった。
 スキーブームがやって来た。それ以前の子供の頃からスキーは続けていた。バブルの時代はそれが爆発した。ゴルフ場林立と同時期にスキー場も各地で作られていった。スポーツ店に並べてあるスキーは高い順に売れる時代だった。リフトには長い列になってスキーヤーが並んだ。高速のゴンドラやリフトが作られ一気に頂上に人を運んだ。スキーツアーが流行し道内に海外にとスキーヤーを運んだ。スキー講習やスキー学校は人でうまった。しかし、そんなブームはどれも長くは続かなかった。
 栗沢太鼓もそんなブームとなった時期が在る。発足してまもない頃である。太鼓にあこがれるかのようにして若い青年達が何人も加入してきた。その何年か後には子供達もである。今のメンバー数を越える人数だった。
 何をやりだしても、本気に取り組まなければ上達などはしない。上達がしなければ好きにはならない。ブーム(流行)の中で始めてもそれが本当に好きにならなかったら長続きなどするはずがない。
 指導力や運営能力もお粗末だった。へんな自尊心も持ってしまった。そんな組織は衰退する。案の定、長い低迷の時期があった。農業祭の大仮装盆踊りの主催やキャンビー公演を契機にこの会は大きく進路を変えた。消極的な活動から積極的な活動へと生まれ変わった。それは太鼓が大好きなメンバー達の集まりとなってくる。当然、会はまとまり技術も上がっていく。
 苦しかった市町村合併も何とか乗り越えた。もしも以前の消極的な運営であったなら、このチームはこの世から消えていたかもしれない。ブームではない、しっかりとした方針が28年の歴史をかろうじてつないだ。・・・綱渡りの歴史である。
0

2010/6/14

廃品の音響、直る  
 練習場に於いてある音響の調子が悪い。アンプがいかれたか?。練習の後に持ち帰り調子を見る。配線を違うものにして電源を入れる。ちゃんと音が出るではないか・・・。
 この音響、中古品の寄せ集めである。初めは会員のステレオのお古からである。しかし、何台もの太鼓が鳴り出したら、全然音など聞き取れなかった。叔父がカラオケ用のアンプ(100W×100W)とトランペットスピーカーを持ってきてくれた。ホームセンターで車輪のついた棚を購入し、それにセットすることにした。
 一番上の段にトランペットスピーカーを2台、その間にステレオのカセットデッキをセット。2段目にアンプを置いた。そして3段目にはTVを置いたりプロジェクターを置いたりする。棚以外は全て廃品みたいな物である。去年までは何とか使っていたのだが最近調子が悪かった。何とか復活したが寒い冬は??どうなるか。
 この棚1台で音響が会場を自由に移動できる優れものなのである。しかし、音が出ないのでは用は成さないのである。今年の夏に向かって『子供盆太鼓』や『新栗沢音頭』の太鼓の練習には何とか活用出来るだろう。
 呉服店に不足分の衣装類を発注した。今週のキタオンに間に合うかは?である。全員のアンケートが集まりきらず、見切り発車である。足りない分はまた発注する。
 キタオンの出演は水曜日の練習日で決定する。その日で未確定の子はあきらめてもらう。オーダーの決定や太鼓の運搬・弁当の発注とまだどれも決められないでいる。・・・まあ何とか成るか。
 
0


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ