2010/7/31

期待以上の・・・  
 昨日はNP○法人の理事会が開催されて各団体の事業支援金が決定された。昨年よりも多い額である。メンバー達に何かの形で還元出来るだろう。
 来週は3日続けての依頼がある。老人ホームの夏祭り、町内会の盆踊りそしてビールパーティーである。
 老人ホームの夏祭りは何年も続けているお手伝いである。毎年最初の盆太鼓の実践となっていたのだが、最近ははお寺のお祭りが加わりそちらが最初となった。しかし、小規模の為檀家のメンバーに何人かのお手伝いという形である。町内会の盆踊りも、その町内のメンバーに何人かのお手伝いだったが、昨年からは会に依頼されて全員で参加し賑やかになった。農業祭前にこの三つの盆踊りはメンバーには貴重な実践の場となる。これらの機会があってメンバー達はたくましくなってくれる。
 ビールパーティーは昨年からの出演である。会場のスペースを考慮して上級生のメンバーで構成している。その最初のリハを今日の練習で行った。昨年はすごい好評であった。それだけに昨年以上の演奏を目指している。昨年のコンクール後から練習してきた中・高校生女子のコラボを始めて投入する。男子のコラボに小学生2名を加えてという算段は野球部の合宿でボツとなった。しかし中学生二人の大締太鼓も昨年から取り組んだ新バージョンである。
 今日のリハは期待以上であった。あと1日の練習で更に修正して本番に向かいたい。
 農業祭にもと思っていたが、バレー部の合宿が入り女子の新バージョンはお披露目できそうに無い。今回のビールパーティーは見過ごせない演奏となりそうだ。
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2010/7/29

無駄な歴史でなかった  
 久しぶりに楽しい練習だった。いや、普段の練習も楽しいのだが、中学生以上のメンバーには話して理解できることが多い、ついつい語ってしまったのである。
 30年に近い歴史や経験で学んだことを、自分のチームだけでなくて若い世代に伝授するのは我々の責任だと思っている。何年もかかってつかんだ技もあっという間に若いメンバー達が吸収していく。それが歴史というものだ。そして無駄な歴史で無かった証拠でもある。それだけ成長してきた証なのである。
 メンバー達がいい演奏をすれば、その次に繋がる子供達が憧れや興味を持ってチームの扉を叩いてくれる。栗沢のチームにも、あ○ねのチームにも活力がある活動になっていくはずだ。
 『栗沢のチームは厳しい練習をしているのでしょう?』と聞かれるのだそうである。あ○ねのメンバー達も驚いたのではないだろうか。集合時間にまともに来ているのは何人もいない。集まると同時にレクである。休憩時間といったらすぐに遊びだす。控え室で一番うるさいのは栗沢のチームである。・・・これは私の至らぬところなのだが、これを直そうとは思わない。これがうちのカラーなのである。何たって私自体が騒いで楽しみたいのである。
 同じ練習や演奏をするなら、いやな気持ちやいやな顔をしないでやった方が楽しい。強制されてやるよりも、自分から望んでやった方が絶対に楽しい。挨拶だってそうだ、強制して仕方なくする挨拶など挨拶ではない。気持ちが通じる挨拶が互いの心を近づけるのだ。それが挨拶である。
 自信の持った技術を持つと見せびらかしたくなるし鼻も高くなる。有頂天となって威張ったりお調子に乗ったりするのである。そんなメンバーにはしたく無い。いい演奏が誰からも喜んでくれて尊敬されるメンバーになってほしいのである。
 ありがたい事に、お兄さんお姉さん達はそんな大人に成長してくれた。どのチームからも声を掛けられ親しまれる人柄となってくれた。彼らは自分のプレーを鼻にかけることは無い。でも、しっかりと自信は持っている。
 Jrのメンバー達も先輩達の様に成長してほしいと思う・・・。
 
 
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2010/7/28

楽しさが意欲を作る  
 あ○ね太鼓との二回目の練習日である。練習前に同じ会場で会議が行われていて、更にその団体の広報の写真撮りと練習開始は慌ただしかった。
 写真撮りの最中にうちのメンバーが揃い出して、そのまま基本練習へと続かせた。この練習方法をあ○ね太鼓に参考として見せたかったのである。スピード変化に合わせた正確なリズム、姿勢と腕の振りの習得にと毎回欠かさずしている練習である。
 その後、全員でのミーティングを行なった。強い太鼓を打つにはどういう方法がいいのか。運動の出来るフォームはどうなのかということを細かく説明した。
 ビールパーティーの出演に向けて男子組と女の子組は別メニューでの練習として、あ○ね太鼓のメンバーとそれ以外のうちのメンバーで盆太鼓の練習である。
 2回目の練習とあってあ○ねのメンバーも余裕を見せていた。しかし久しぶりに打つ我が身は汗だくである。全体で音合わせをしては自由練習とするパターンを繰り返す。仲間同士が集まっては教え合うという姿が見られた。気になる姿勢の子には修正のアドバイスを与えた。二人のお母さんにはメンバー全員の共通する弱点や修正の方法などを伝えた。
 メンバー達は一生懸命だった。休憩となっても太鼓を離れない。2回の練習でほとんどの子が花太鼓をマスターした。後は姿勢や振りの方法である。こればっかりは筋力や柔軟性などそう簡単にはいかない。指摘したことを意識しての練習や打ち込みが必要になる。
 二人のお母さんは2回の練習でマスターしたことと、メンバー達が楽しんで練習していることに驚きを見せていた。
 どうメンバー達が意欲を見せるか。それは楽しいからである。楽しければマスターすることも早くなる。そうなれば黙っていても上達していく。そんな時に気になる点を一つ伝えるのである。また上達するのである。相乗効果となる。・・怒鳴る数も減っていく。そして笑顔の数が増えていく・・・。
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2010/7/27

理論があって・・・  
 見本滑走して斜面の下で待つ。生徒達を一人ずつ滑走させ、瞬時に彼らの修正点を見出す。そして的確なアドバイスをする。それが基○スキー時代のフォーム作りと運動習得の練習だった。その方法を太鼓に応用した。
 応用を始めた頃は、理論も考えも中途半端なものだった。その頃の目標は一人一人の個性豊かな演奏だった。アドバイスもいろいろだった。メンバー達は私からOKを貰おうとアドバイスを素直に吸収していった。キャンビー公演の中枢となった6名のメンバーは、曲もスタイルも個性豊かなプレーヤーに成長した。
 その後、更に高いレベルの演奏を目指した。しかし壁とぶつかることになる。それはスキー時代にはアドバイスする一言一言には裏づけとなる理論があった。太鼓に関しては理論ではなく感覚的なことでしかなかった。『何故?』と聞かれたら戸惑うこととなっただろう。これではメンバー達を言葉で納得させることは出来ない。裏づけとなる理論があって、目標となるものがあって彼らを導いていけるのである。いや、自分が納得したかったのである。
 あるイベントの時に目を疑う演奏をするプレーヤーがいた。その姿を焼きつかせた。そしてその演奏フォームを分析した。それはスキー時代の応用である。運動として解析し理論として成り立たせた。
 チームの二人のプレーヤーにモルモットになってもらった。二人は苦労と努力をしてそれをマスターしてくれた。2ヶ月ぐらいの月日がかかったと思う。筋力と柔軟性がいるこの打ち方は、ベテランの彼らでもそれだけの時間を要した。しかし運動としては理にかなったものである。太鼓の音も大きく変わった。そしてそれはダイナミックなフォームとなり見る者を圧倒した。太鼓関係者にもセンセーショナルに受け止められた。
 ほとんどのプロ奏者はこの理論を使ったフォームである。しかし、何故そうしたフォームになるのかという裏づけがなかった。それが言葉で理由が言える事は早く理解してもらえることになるのである。
 モルモットの二人は模範となるプレーヤーとなった。それはその後のメンバー達の上達を早めることになるのである。
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2010/7/26

奥深いもの・・・  
 スキーはいかに板を踏んでいけるかであった。その為にはどうしたらよいか。そこからそれに適したフォームが生まれた。
 太鼓のフォームの考えも同じ観点からである。太鼓の皮にいかにパワーを与えるかである。しかし、太鼓はただパワーを与えればいいというものではない。太鼓はエンターテイメントであるからだ。音楽であり芸術であり、人を楽しませる様々な要素も含まれる。
 初心者や中級者で芸術性とか表現力という事を考える必要は無い。必要なのは安定したフォーム作りや運動である。無駄な動きや癖を付けさせず素直な運動が出来ることが必要である。
 まずはリズム感の養成でありフォームと運動である。バチの振りもフォームが安定していなければ美しさが生まれてこない。飛んだり跳ねたり出来るのも体軸を安定したフォームでなければ出来ない。
 太鼓チームを育てることは沢山の要素を身に付けていかなければならないのである。それは促成栽培の様にはいかない。少しずつ少しずつである。
 見せ掛けだけの格好良さを作るチームがある。それでは観衆を楽しませる太鼓ではない。リズムに乗って身体を動かした演奏。その中に美しさや機敏さ、ダイナミックさが加わって観衆をうならせ感動させることができるのである。
 どんな修羅場にも動じない心を養うことも大切な要素である。リズム・運動・心・・・そう考えたなら太鼓とは・・・奥深いものだ。
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2010/7/25

まずは脱皮だ・・・  
 来週にあ○ね太鼓との合同練習が追加された。何でもそうだがやり始め、覚えたての時は楽しいものである。そんな楽しいときこそ上達する時なのである。
 幌○太鼓との合同チームを立ち上げた時には、彼らの持つプライドとの戦いがあった。その時の苦労を今でもトラウマになっている。他チームに太鼓を教えることは、それだけの覚悟と慎重さが必要なことを・・。兄弟太鼓でもそうだったのである。あ○ね太鼓ももちろん繋がりのあるチームである。末っ子か?、いとこか?・・・。 
 あ○ね太鼓は本当に真っ白なチームである。お母さん達がしっかりガードした純真で素朴なメンバー達である。それだけに彼らに与える影響は大きいと感じている。
 栗沢太鼓が今考えている太鼓の打ち方や考え方も伝えたいと思っている。それをどうのこうのとは考えてはいない。しかし、太鼓を見る目は確実に変わるはずである。ただ『上手だなあ。すごいなあ。』という感覚からまずは脱皮させなければならない。そして『どうやって上手くなろうか。』という意欲を育てたい。
 我がチームも、あ○ね太鼓も何からもしがらみを受けないチームである。今のメンバー達がこれからの歴史を作っていくのである。しがらみが無いことは、冒険も出来るし修正も出来るのである。何も恐れることは無いのである。
 ・・・メンバーが恐れるのは肝に座ったお母さん二人かも!?・・・。しかし、この二人のお母さんは、このチームを大化けさすかもしれない・・・。
 この二人のお母さんといい、北○太鼓の代表・・・そしてうちの赤鬼と青鬼・・・女の根性は座っている。
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2010/7/24

可能性のある若者達・・・  
 練習場には子供達がすでに沢山集合していた。あ○ね太鼓のメンバー達である。持参の太鼓とチームの太鼓を合わせると20台を超えていた。うちのメンバー達はいつもの時間に出勤である。いるメンバー達を太鼓に尽かさせた。それでも足りずタイヤも持ち出す。
 まずは全体でやっていたが栗沢のメンバーも増えてきたので、小学生と中学生の二班に分けた。小学生は子供盆太鼓を、中学生は大人盆太鼓の練習である。中学生達に大人盆太鼓の基本を、そして続けて花太鼓の1〜4番を連続して教える。そこまでやったのは小学生の練習の間に、きっとタイヤで復習をするだろうという予想があったからだ。案の定、彼らは真剣に復習である。
 小学生達の班は子供盆太鼓である。基本の1〜3番を練習後はテープを回し、人数を変えて交代での練習をした。よその会場での練習である。緊張もあったのだろう。真剣に一生懸命に打ち鳴らしてくれた。それは栗沢太鼓のメンバー達もである。いつもと顔つきが違っていた。
 休憩の後、小学生や早上がりの子を帰し、また中学生達の続きである。もうここからは一○と麻○に任せた。残りの花太鼓を練習し音合わせとなる。あ○ね太鼓のメンバー達は次々の課題に頭を痛くしただろうが、笑い顔が出て楽しそうな様子だった。
 今回、あえて早回しに知識を伝えた。それは彼らは太鼓を何年もやっている経験者だからである。ただ、盆太鼓の経験が少なかったり無かったりという環境だったに過ぎない。下地はすでにあるのである。そこに知識を与えれば独力で開拓していけると思ったからである。
 彼らに意欲と輝きが見えた。彼らは必ず上達するだろう。彼らに欠けていたものは知識である。どんな練習をしたらいいのか、どんな方法があるのか。これは大切なことなのである。その方法で楽しくもなり苦しくもなる。メンバー達に意欲が生まれたり無くしたりともなる。『頑張れ、頑張れ』では空回りとなるのだ。
 彼らの様子が少しわかった。助言できることもあるかもしれない。しかし、他のチームをコピーしては決していいことは無い。彼ら独自のアレンジである。それは素人でも、いや素人だから出来ることもある。
 可能性のある若者がいる。原石が何人もいるのである。磨いてやらねば・・・。
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2010/7/23

勇気がいる結論・・・  
 外での祭りは天気が全てといっていい。特に楽器を使うイベントは雨は大敵である。多少の雨ならばビニール袋などで対応が出来るが、それも限界がある。楽器を使うイベントはその対応策を最初から考えておかなければならない。最悪の場合は中止とする結論である。
 農業祭も何度も雨での盆踊りがあった。しかし、今までは一度も中止とはなってはいない。その対応策も一応は考えてある。多少の雨はビニール袋をかぶせて、それ以上はやぐら周りにテントを立てその中に太鼓を置いてという方法である。しかし踊り手達にはテントは無い。過去にはそれでもびしょ濡れになって踊ってくれた。
 去年の○山夏祭りは大雨で中止となった。しかしその対応、結論の出し方が余りにもお粗末だった。当日は朝から雨が降っていた。天気予報は一日中が雨の予報であった。中止という連絡が来ると思っていた。しかしその連絡は来ない。路上に20数団体が並んでの太鼓演奏ではその雨対策は難しい。小降りであったなら何とかなるだろうが、あの朝での決行の判断は余りにもリスクがあった。もし責任者という立場なら苦汁の決断で中止の判断を朝の段階で出していたと思う。それだけで何十万円の出費を抑えれたはずである。そういう天候であった。
 過去に10○0人太鼓というイベントが札○で行われた。全道各地から太鼓チームが集まった。その日も朝から大雨だった。イベントは予定外の翌日への順延となった。開催要項には雨天順延という記載は無かった。翌日に参加できる団体だけのイベントとなった。我がチームはメンバーが揃わず順延に対応が出来なかった。
 この二つのイベントは共に某プロダクションのプロデュースのイベントである。はっきり言ってプロか?と思うのである。いや主催者と請負業者の意思疎通の無さがこうなったのだろう。明日も雨模様である。我々は招待も受けていないが、もし去年と同じことになればこのイベントは頓挫するだろう。
 最悪の場合のシナリオは準備しておかなければならない。何が何でも決行とはならないことを頭の中で考えておかなければならない。それは今年限りというイベントとしたくないからである。結論が早ければ、それだけの度胸があれば縮小化しないで翌年に開催が出来ることもありうる。
 これは他人事ではない。農業祭もどんな天候となるかは神様のみ知ることである。そして我々が出来るのは、取りあえずは祈ることでしかない。
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2010/7/22

創造すること・・・  
 4年生達は新人や低学年達の立派な指導者である。手取り足取りと講釈を交えて指導している。『海○が覚えた。』と報告にも来る。自分の技術を見せつけ、自分の力を後輩に鼓舞するのである。それは彼らを成長させていく源にもなる。
 教えられた者は次は教える立場になる。先輩達が教えてくれた。今度は自分達が後輩達を教えなければならない。教えられるという一方通行ではなく、教えるということが彼らを成長させていくのである。どう後輩に教えたらいいのか、創造することが彼らの技術も上げていくことになる。
 高学年の男子に課題を与えた。ビールパーティーの『優美』の前に男子4人での前座演奏である。大締太鼓と斜め台を使って『優美』の露払いである。こういう感じでというイメージを伝えた。それぞれ4人が違う感じでと考えさせている。彼らがどんな感じで創造してくるか楽しみと期待である。・・・与えられるから自ら創っていくへ彼らを進化させたい。
 教えられるという一方通行は、つまらないものになっていくものである。自分でリズムを作ったり、振りを考えたり、パフォーマンスを創作する。それを彼らと一緒にまた考えるのである。お姉さん・お兄さん達とはそうして彼らのオリジナリティーを創ってきた。それは楽しいものである。上級生達もそんなレベルになってきている。
 観衆を湧かせる術が太鼓の力である。創造することは無限にあるのである。些細なことでもそれはかまわないのである。その些細なことが観衆に受ける術になる。上手に乱さないで演奏するから、いかにパフォーマンスを創りだしていくかである。みんなで一緒にではなく、いかに個性をである。その個性が集まればチームは更に大きく飛躍する。太鼓に決まりごとは無い・・・。
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2010/7/21

互いの刺激に・・・  
 基本練習の後のミィーティングで、次回の練習日はあ○ね太鼓のメンバーと盆太鼓の合同練習を行うと告げる。そして3組に分けて課題を与えた。4年生に1〜3年生へ子供盆踊りの指導を頼む。女の子組は『優美』の練習、そして高学年の男子4人にビールパーティーでの課題である。
 合同練習が刺激になってるのか低学年達の様子が変わった。テープを回し人数を指示して練習をさせる。全員でから半分の人数へ、そして二人へ最後は一人の独奏へ。この練習方法は段階を経て個人の技術と気持ちを鍛えるのに役立っていく。そしてメンバー一人一人の状況が把握できる。いつもみんなでという練習はいつの間にか緊張感を無くしていくのである。
 一人での太鼓は低学年にはかなりのプレッシャーである。誰も当てには出来ないのである。あのへたれの順番になった。顔つきが変わり、そして歯を食いしばるようになって来た。間違いも少なくなっている。いい兆候である。一つでも自信がつけば次へ繋がる。
 さて合同練習をどうしようか。まずはメンバー達の技術の把握からである。全体練習をして何組かのグループ練習にと考えている。集団の演奏に合わせれればやぐらの上で実践である。 上級組は花太鼓も覚えてほしいと思っている。盆太鼓の楽しさが倍加する。すぐに実践で使えなくても覚えることが技術を上げる要素となる。
 経験と知識の差を埋めるのは大変な努力が必要である。それを一人でやろうとせず覚えた人が後輩に伝える、そしてその後輩が更に後輩に伝える。そういう循環がチーム力を上げるのである。
 互いのチームにいい刺激となることを期待する。もう我がチームには刺激となっている者がいる・・・。
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2010/7/20

地道な活動・・・  
 福祉村の夏まつりは、栗沢太鼓の太鼓の音で始まった。2曲の演奏は完璧ではなかったが祭りの開始に元気な音を響かせた。
 高学年は部活で何人かが欠席したが低学年は全員が参加した。まだまだ未熟な幼いメンバー達だがその緊張したり真剣な顔だったりが、お客さん達へほのぼのとしたものを伝えると思っている。それが許されるのは地元での演奏だからでもある。
 お祭りの演奏に必要なのは、楽しい雰囲気を作ることだと思っている。立派なすごい演奏ならそれはそれでいいのだが、そうでなくても一生懸命な顔や緊張した顔の幼いメンバー達も祭りに花を添えるのである。それがお祭りなのである。
 先輩達の見事な演奏の中に、小さなメンバー達が戸惑いながら太鼓を打っている。見ている人達は『きっとこの子達も、大きくなったらあの子達の様ないい演奏をするのだろうなあ。』と思ってくれているはずだ。間違ったり、しくじったりしても『頑張れ!』と心の中で応援してくれているだろう。地元での演奏は、そんなやさしさのある中での演奏なのだ。『頑張れ!』と言葉で聞こえなくても伝わってくるのである。
 郷土の中に太鼓チームがある。盆踊りやお祭りにメンバー達が活躍してくれる。お年寄り達は目を細めてメンバー達を見てくれる。親達はヒヤヒヤしながら気を揉んでいる。成長したメンバー達は見事な演奏をしてくれる。『地元の・・・』と誇りに思ってくれるだろう。
 『栗沢太鼓』という名が、全道に全国に轟かさすことが目的ではない。しかし、メンバー達の成長の為ならば海外にも雄飛する。そういう下地を築いていく。それは地道な普段の活動なのである・・・。

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2010/7/19

紳士、淑女・・・  
 昨年一方的に無視された団体から祭りへの誘いである。予定が埋まっている(実際にも予定はある)と丁重にお断りした。誘いの電話をよくかけてきたものだと呆れ返る。常識を逸脱した自分本位の考えではないか・・・。
 チームとチームの関係は、人と人との信頼関係と同じである。ずる賢いやり方や権力を利用したり、上手さを見せびらかすのは大嫌いである。もちろんメンバーがそんな態度を取ったなら、すぐさま鼻をへし折ってやる。そんな曲がった根性を作るために太鼓をしているのではない。
 昨年、○鼓連を潰すことにした。(まだ残党はいるみたいだが・・・)それは上に書いたことが全て当てはまる。そんな組織など我々にとっては百害あって一利も無いのである。彼らのまきぞいになって我々のチームをおかしくはしたくない。手塩にかけて育てたメンバーやチームは、我々だけでなく街にとっても大切な宝なのである。それは市内を統括する以前の問題である。
 地域に愛され可愛がられてこそ、我々の太鼓は輝きを見せるのである。その為には汚いこと、常識を外すことを絶対にしてはならない。我々の行動は紳士であり淑女で無ければならない。
 我々のチームは地域を最優先で考えている。そしてメンバー達の意思を尊重している。それがチームを活性化させる最大の要因だと思っている。
 名を轟かせて、見栄を張って・・・そんなチームにしてメンバー達に何が残るのだろうか・・・。
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2010/7/18

自由に伸び伸びと・・・  
 旭川にいる一○が北○太鼓に助っ人に行っている。栗沢太鼓の『絶世太鼓』を曲名を変えて北○太鼓の演奏曲としている。8月のひまわりの里演奏会でその曲のセンターの助っ人なのである。練習にも何度か参加してその調整をしているという。
 福祉村の出演の後、大人4人で夕食となり北○太鼓の様子も聞かされた。『センスのいい子や手を加えたい子がいるんだ。』・・・『いいアドバイスをしてやれ。』・・・『いいんかい。』・・・『いい刺激となるはずだ。』・・・『代表に許可を取って、アドバイスするよ。』・・・
 栗沢太鼓で一緒に太鼓を打っていた代表は、自分達で試行錯誤しながら今の太鼓チームを立ち上げ今日まで引っ張って来た。その彼女が一○を貸してくれといってきたのである。それは1曲のセンターの代役だけでなく、それ以上の期待をかけているはずである。一○は私の右腕の男である。考えも技術も指導能力も一級品である。北○太鼓にあったいいアドバイスが必ず出来ると思っている。・・・そしてそれは彼にはいい勉強の場となるはずである。
 『こうでなければなら無い』という技術の考えは無い。・・・今の技術に支障が出た。気になるところがある。・・・それならばどうしたらいいだろうか。・・・それを繰り返して進化させているのである。今の技術が最良の打ち方や表現方法だとは思ってはいない。そしてメンバー一人一人の個性も重んじたい。
 リズム感・・・これは個人の感性が大きく左右される。これはどうしようも出来ないところがある。それだけの能力を私は持ち合わせていないのである。しかし難しいリズムを打てなくても、発想が出来なくても、正確なテンポを刻める能力をメンバー達を育てながら養って来た。
 運動という観点から見た太鼓技術、そして正確なリズム。この二つが基本である。その中で自由で束縛されない太鼓であってほしいと思う。『こうでなければなら無い。』という考えは若いメンバー達の可能性を消し去ってしまう。自由に伸び伸びと太鼓を楽しんでほしいと思う。
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2010/7/17

一つ目のイベント  
 最上の丘の夏祭り会場は入村者と沢山のお客さんで埋まっていた。その開始は栗沢太鼓に委ねられた。
 一○が大締太鼓で七五三を打ち、そして『山彦』が祭りの開始を奏でた。そして開会式へと繋げた。
 『山彦』の前列には4年生男子5人が並び、二列目にサポートの先輩達、低学年が並んだ。ステージには6台の小締太鼓が並びその後ろに大締太鼓を配置した。1年生の章○も小締太鼓についた。小さな乱れはあったが、すぐに修正しリズムに乗った演奏だった。
 開会式の後、マイクが手渡され挨拶とこれまでの太鼓と福祉村の経緯を話た。過去に体育館が練習場だったことや車椅子リレーのエピソードなどである。そして『雄飛』の演奏である。
 都合の悪いメンバーを除いた全員での演奏である。1〜2年生はまだ完璧にマスターはしていないが、あえて参加させた。次への飛躍の為には、まずは経験することである。ステージ度胸を養うには、ステージに上がらなければ養われない。苦い経験は次の糧となる。ステージでの味方はメンバー達しかいないのだ。泣き言はいっては入られない・・・。
 今回の演奏には昨年から取り組んできた事も一部取り入れた。個人技とコラボを組み合わせた『雄飛』への道程である。それはJrコンクールへとつなげて行く。幼いメンバーには少しでも実戦経験としたいのである。
 二曲の演奏は無難な演奏だった。会場から沢山の拍手を戴いた。そして次へつなげる課題も出してくれた。村から飲み物やお土産をもらってメンバー達は満足げだった。
 まずは地元での一つ目のイベントを消化した。村の人達にも喜んでもらい、少しは祭りに貢献できただろう。
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2010/7/16

人を育てるイベントに・・・  
 太鼓チームを立ち上げた頃、有頂天となっていた。俗にいうお調子に乗ってしまったのである。現実は厳しかった。それを一番に感じたのが盆太鼓だった。全く甘かった。
 駅前の盆踊りは人があふれるぐらいの賑やかさだった。『太鼓の半天を着ているメンバーはビールは無料だった。』飲んではやぐらの上に上がり太鼓を打った。調子に乗っていた。しかし何度も民謡からのクレームが来る。遅いと言われれれば早くなり、早いと言われれば早くなりすぎる。焦りとなってリズムを乱す繰り返しだった。盆踊りがどういうものかなど全く無知であった。ただ太鼓を教えてもらい打てるようになっただけだった。惨めだった。
 盆太鼓の打ち手として自信を持てる様になったのは、民謡の人達から『あんたらの太鼓はすごいよ』と言われるようになってからである。太鼓を始めて何年も経っての話である。しかし心の中は『当たり前だ』と生意気なことを考えていた。太鼓の打ち手の独りよがりである。
 しかし、街には盆踊りがなくなる様になっていた。農業祭の前夜祭で始まった盆踊りもしぼみかけていた。肝心の盆踊りがなくなれば独りよがりどころではない。それは農業祭でのイベントとしての盆踊りに傾いていった。
 主催する側となった盆踊りは、それまでの太鼓の打ち手が考えるものとは変わっていった。それまでの狭い考えからプロデュースするトータルな考えである。打ち手という立場だけでなく全ての人達の考えも吸収していかなければならない。しかし、けっこう無茶なことをして今日のイベントに定着したが・・・。
 このイベントがあることでメンバー達は盆太鼓が上手になった。低学年もこれを目標に盆太鼓を練習し覚えていく。上級生達はもう立派な盆太鼓の打ち手である。そして応援の他チームにも影響を与えている。ただ楽しむだけのイベントではなく、人を育てるイベントでもある。 今年も手に豆をいっぱい作って、いい太鼓の打ち手を育んでくれればと思う。
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