2011/2/28

自由な活動・・・  
 民主主義は面倒くさいものである。案を練って会議にかけ多数決でようやく執行できる。そして報告をして了承を得る。最低でもこの手順を踏まなければ民主的な会とはいえない。組織とはいえないのである。
 ある会はそんな会ではなかった。権力の持ったボスが全てを誘導していた。更に悪いのは腑抜けの大ボスが存在したことである。こんな会がうまく機能するはずは無い。まずいところは言い訳と嘘で繕いでいく。権力を傘に怒鳴り散らす。・・・腹が立った。情けなかった。この平成の時代に『長い物に巻かれろ』という様な活動をしてどうなるというのか・・・。子供達が楽しんで学び成長していく会といえるのだろうか。逆に自分の我を子供達に押し付けているのである。そんな組織は組織ではない。・・・この世に必要の無い会である。
 こんな考えを持ったボスが何らかの形でも関係しているのであれば新しい組織は立ち上げない。既存の組織とケンカをする気持ちは一つも無い。争う原因となることをあえて行ってはならない。改めて組織を立ち上げなくても交流はできる。むしろ、ギスギスした関係ではなくて腹を割った付き合いとなるのではないかと思うのである。
 世間は甘いものではない。常識に欠け、力も無い組織はいつかは淘汰していく。喧嘩をして権力を奪い取って何になるのだろうか。今やらなければならないのは各チームの体力を育てることである。他人を当てにせず独力で活動していける能力を育てることである。その為のノウハウのアドバイスは提供できるだろう。そして交流も自由である。
 自由に活動できるのが今の時流である。組織に縛られた活動はみんな嫌がるのである。・・・練習の参加も自由、本番の参加も自由なのである。しかし楽しければ、練習をしたければ、出演をしたければ・・努力をして都合をつけてくれるのである。力で縛る活動は・・・時代遅れである。
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2011/2/27

希望にこたえる・・  
 昨日の練習は参加者が少なかった。野球部の試合があったらしい。この真冬でも野球の試合が出来る時代なのである。
 前半は『優美』、後半は『四季』の練習を行った。修○・雄○二人の大締太鼓での音出しから『優美』に繋ぐ。彼ら二人には間の取り方を伝える。MC無しで修○のドドンという音が会場に鳴り響く。その音で一瞬に会場が静まり返る大切な役目である。間の変化と強弱・スピードの変化・・センスが要求される。二人のパフォーマンスに期待する。そして甲高い小締太鼓6台でのハイスピードの演奏に変わる。静と動の変化で会場の目は彼らに向かれる。
 この前奏で2曲目の『雄飛』が生きてくる。小さい子から大人までの19名のメンバーが登場すれば、会場は『何が始まるのだろうか。』と注目する。大人のダイナミックなパフォーマンスと子供達の揃った演奏や変化のある演奏に見入るだろう。
 2曲の間に箸休めのMCが入る。これもプログラムの中に入る。MCを含めてアトラクション全体が流れなのである。音を出し注目させそして驚かせる。そこで紹介がある。みんな耳を傾ける。そして次への期待となる。『起承転結』がこの中に入っている。『起』が大締太鼓、『承』が『優美』、『転』がMCとなり『結』が『雄飛』なのである。これは考える基本のプログラムである。ただ曲を連なるだけでは人の目は注目してくれない。そして未熟さをカバーする作戦でもある。
 小○先生が進行表を見て感動して電話をくれた。それは情景や会場の雰囲気を頭の中でシュミレーションしてのことである。それは彼と私とそしてメンバー達のイメージが重なったことになる。それは大切なことなのである。主催者が考えることと提供する我々が共通することがイベントの成功に繋がるのである。
 今回は祝賀会というイベントにプログラムを提案した形である。しかし前回の書道展は彼らの希望にこちらが答えた形になのである。
 求められる希望に応えることが大切だと考えている。いくらすごい演奏でもその場の雰囲気を壊しては何もなら無いのである。いかに彼らの希望に答えられるか・・・。それが大切である。
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2011/2/26

電話・・・  
 伐採をしている神社の前で電話を受け取る。小○先生からであった。『今出張から帰ってFAXを見ました・・・・』『手が震える気持ちで見ました・・・』『演奏の情景が想像させられました・・・』とこちらはただ合いの手を打つ電話であった。
 FAXの1ページ目には、感謝の言葉にメンバーを設定した経緯や車両の数・着時間などを記し、2ページ目はプロフィールを書いた。プロフィールには難しい経緯を書かず今現在のメンバー編成や目標などを書いた。3ページ目は進行表である。進行に基づいて曲の紹介・太鼓配置図・出演メンバー・演奏時間などを詳細に書いた。そして検討してほしい旨を・・・。
 19名の予定メンバーには驚いていた。そして喜んでいた。こちらとしては大人数でいっていいものかと内心は心配していたのである。
 『地下1階に中華のレストランを用意しています・・・』そこで夕食を取って下さいという。そして『付き添いの人も一緒に・・・』更に用意してくれるメニューの値段から内容までも・・・。前回の書道展での実績はあるかもしれないが、本人がどんな形で太鼓演奏をするのかを事前に知っていてくれれば心配する気苦労が少しは無くなる。このFAXで安心したのでは無いだろうか。今度はこちらのプレッシャーである。当日の本番はいい演奏をしなければならなくなる。
 付き添いしてくれる父兄の観覧を事前にお願いした。快く了承してくれた。今度は父兄が服装をどうすればと心配している。ジーパンということには・・・。そこそこの格好で来て貰えばと思っている。メンバー達より親の方が張り切ってるようである。
 帰りの時間が少し遅くなるのが気がかりである。せっかくのこんな機会である。翌日は眠たいかもしれないが頑張っていい会場でいい演奏をしてきたいものである。
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2011/2/25

今が大切である  
 今日は朝から神社の木の伐採作業である。原始からの大木は優に30mは越えている。根元の直径は1m50cm以上か。隣の町会の機械に伐採経験者での作業である。大人数では危険と少数精鋭で行った。私はその作業の撮影担当である。
 伸びに伸びた枝が近くの住宅に折れて落ち屋根を痛めていた。根元から一気にとは危険すぎると枝だけの伐採である。しかしそれでも轟音をたてて倒れていった。何も作業をしていないのに昼食を用意されていた。会計長の特権?である。・・・支払いは全て私の担当なのである。大蔵省は強い・・・。明日もその作業が続く。『昼食を目掛けて撮影しにこい。』と担当主任からの指令である・・・。
 この町会も高齢化している。集会所や神社の維持は今後重荷になっていくだろう。それはみんな思っている。特に高齢者の先輩達が彼ら以後のこれからのことを心配している。彼らの子弟達はこの地にはいない。そうなれば他人の隣人達に委ねるしかないのである。
 栗沢太鼓も世代交代がうまくはいっていない。立ち上げた我々の世代もいい年になって来た。その後の世代はキャンビー世代のメンバーとなる。しかし、若い世代に丸投げしようとは思っていない。どれだけ続けれるかは解からないが頑張れるだけ頑張っていこうと思っている。その後はその後である。解散しようが、合併しようが時の流れに任せたい。若い世代に重荷となる責任は決して残さない。先のことは何も考えず今のことだけを考えていればいい。
 楽しんだり苦しんだりしながらメンバー達と愉快にやっていきたい。いつかは終焉を迎えることがあるかもしれない。そんなことはどうでもいいのである。今が大切なのである。今のメンバー達がやりがいを持ってやれることである。その為の方法を考えていくことだと思っている。
 栗沢太鼓の未来ではなくメンバー達の未来である。メンバー達が真っ直ぐに育ってくれることが栗沢太鼓の存在となるはずである。
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2011/2/24

新たなことへの挑み・冒険・・・  
 キャンビーやハワイに持ち込んだ太鼓類は1.5尺の胴太鼓が6台、小締太鼓が2台それに組み立て式の四本柱台が一式である。胴太鼓は皮の両面を丸く切ったベニア板で押さえプチプチで胴体をくるんで太鼓袋に詰めて輸送した。小締太鼓は座台を途中で2分割するように作ってもらいスーツケースに納められるようにした。その回りをパンフやお土産様の手ぬぐいなどで抑えた。四本柱台はスキーケースに収めた。胴太鼓の台は持っていかなかった。
 飛行機に預けられる荷物は一人で2個までである。重量は20Kg以内である。キャンビーへ行きたいと行政に言った時に『大締太鼓も持っていくのか?』と聞かれたという。それは無理な話である。その大締太鼓の代わりにしたのは1.5尺の胴太鼓である。その為に組み立て式の四本柱台を建具屋さんに作ってもらったのである。
 輸送できる様にするにはどうすればいいのかと模索していった。そしてその最低の道具で演奏が出来る方法を考えていった。1時間を越えるプログラムに最低の道具・・・その中で太鼓公演を行うのである。出来るならば全ての道具を持ち込み本領を発揮したいのだがそうは行かないのである。
 太鼓の台数が少ないことは演奏者の実力がそのまま出てしまうことになる。それだけメンバー達の実力を必要とすることになる。プログラムには一人の独奏であったり2台の小締太鼓の演奏だったり全太鼓の演奏だったりと活用する太鼓を変えながら行っていた。それは連続演奏をして疲れないようにする工夫でもあった。チャレンジコーナーを設けたのもメンバー達を休ませる為のものだった。しかしそれが好評となった。交流をすることに貢献するコーナーとなったのである。
 2曲連続が限界と考えていた。そういうオーダーを組みながら疲れずに消化していくプログラムを組んだ。しかし練習とは違いメンバー達はほぼ全力の演奏である。それでも気持ちが入り疲れを忘れて演奏したのだった。
 夢を実現するにはそれだけの苦労は必要である。そして夢が実現した時は普段以上の力が出るのである。いつもの慣れた環境では人は成長しない。毎年の恒例では羽ばたくとはいえない。人は新たなことに挑み・冒険して飛躍していくのである。彼らも我々も前に進まなければならない・・・。
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2011/2/23

プレッシャー・・・  
 ゲームで当たったアクエリアスを練習会場に持っていく。『喉が渇いたら自由に飲んでいいよ。』とみんなに伝える。
 お兄さん・お姉さん3人が顔を出す。基礎練習の後、祝賀会の演奏予定の『雄飛』を練習する。まだまだ先のことと思っているのか、まるで気持ちが入っていない。注意点を告げて連続の練習となる。また課題点が出てくる。しかしここでこの曲の練習を止めた。時間が無くなってしまった。今までの『春』『夏』を通した四季の練習を入れる。練習予定の時間を超過してしまった。
 久しぶりに集まった大人達は気合が入るが、切羽詰らない子供達はマイペースである。喉が渇いたとアクエリアスにむしゃぶりつく。・・・祝賀会はまだまだ先である。しかし本人とやり取りしている我が身は穏やかでない。だが、大人3人が顔を合わせたことで安心感となる。
 主催者から大きな期待で依頼される。その答えが不安を与える様な応対では先には進まない。大見得を切って了承することも出来ないし否定も出来ない難しい判断なのである。依頼された状況でその時のメンバー達の都合を想像して返答せざるを得ないのである。それは冒険に近いのだ。
 全員が顔を揃えればどんなシュチュエーションでも対応できる自信がある。しかし我々は太鼓を優先して生活をしているわけではない。あくまでも趣味の息のアマチュアなのである。
 気持ちは『演奏をしたい。』なのだろう。しかし、あえてメンバー達には優先順位を下げて伝えている。彼らの生活を歪めてはならないのである。仕事、勉強、部活をまずは大切にしてそして活動をしてほしいと思う。
 活動にプレッシャーは必要ない。しかし演奏は別である。緊張に緊張を経験して逞しくなってほしい。
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2011/2/22

ナンシーの元へ・・・  
 キャンビーの時も、ハワイの時も現地の事前情報は全くなかった。会場も、何もかもが行きあたりバッタリであった。開始前のわずかな時間のミィーティングでメンバー達と打ち合わせをして本番に臨んだ。突然に曲目の変更や追加もあった。
 時差ぼけや寝不足そして緊張の中での演奏、国内での演奏とはまるで違う環境であった。しかし彼らはそれを目標にして練習をしてきたのである。逃げるわけにはいかないのである。そんな切羽詰った限界の中での演奏は彼らの心を大きく育てるのである。帰路につく彼らの顔は出発前のあの不安で情け無い顔から自信に満ちた達成感にあふれた顔に変わっていた。わずか1週間の出来事で人はこんなに変わるのかという変化である。
 ナンシーは栗沢(現在は岩見沢も含む)の子供達を何人も受け入れしている。ホームステー先やスケジュールも彼女がプログラムしている。『ホームステー先がなかなか見つからない。』とこぼしていた。前回はナンシーになるべく負担のかからない様にと考えていた。しかしこの人はこちらが休ませてほしいとお願いしたいぐらいに詳細なスケジュールを用意していた。ゆっくりとホテルでくつろげる時間は殆んどなかった。倒れるのではないかと思うぐらいのスケジュールだった。きっと彼女も疲れたと思う。
 合併前に彼女は栗沢町にやって来た。一日をメンバー達とうどんを打ったりゲームをしてすごした。その時に彼女は『費用がなければ我が家に泊まれ。キャンピングカーでも寝泊りできる。また来てほしい。』と語ってくれた。それを聞いた時、一緒に交流した子供達をナンシーの元へ連れて行きたいと思った。彼女の希望の『すぐに来い。』には応えられなかった。合併という試練を乗り越えそして子供達の成長という時間が必要だった。
 今のメンバー達を彼女の元へ連れて行きたい。どうにかして・・・
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2011/2/21

成長の証・・・  
 小○先生にFAXを送った。プロフィールに祝賀会の進行案・太鼓配置図を添えた。メンバーの選考に悩み小3以上とした旨も記載した。これでプログラムやMC・会場の準備などに活用できるだろう。おそらくは担当者に渡され細かな打ち合わせは後日連絡が来ると思う。
 我々は何度かの練習をして心の準備と移動の準備をしなければならない。大きな会場の大きな祝賀会だがメンバー達の演奏には心配はしていない。むしろ楽しみにしている。彼らのパフォーマンスはきっと会場を沸かしてくれると確信している。・・それだけ彼らに自信を持っているのである。
 農業祭や秋祭り・コンクールに新年初打ち・・・どれも観衆の受けは良かった。『すごいねえ。』『たいしたもんだあ。』『来年も頼むよ。』・・・そんな声が聞こえてくる。顔には出さないが内心は『にんまり』しているのである。そんな声が出てきたのが成長の証でもある。まだまだ成長過程のメンバー達ではあるが、見せれる・聞かせる力が確実についてきているといえる。
 大人や高学年の中に幼いメンバーも一緒に演奏している。それがまた魅力となる。幼いメンバーが懸命に打つ姿は間違っても・狂わせてもいいのである。それは彼らの特権なのである。それもエンターテェーメントの一部なのである。
 絶対に間違えない演奏は求めてはいない。間違いや失敗を恐れては心や気持ちが入った演奏などできるはずが無い。もちろんパーフェクトが一番いいのだが人間である以上間違いはついてくるのである。それも次への糧なのである。一度失敗したことは次は無いものである。
 大きな出演は、大きなプレッシャーとの戦いとなる。我がメンバー達はそんなプレッシャーには負けない。むしろそのプレッシャーが快感となるはずだ。普段には考えられないようなパフォーマンスを出してくれるだろう・・・。
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2011/2/20

三度目の頂点・・・  
 練習で『春』と『夏』ではあったが『栗沢の四季』のセンターを打った。記憶が途切れたり手が遅れたりではあったが少しずつ思い出してきた。
 開基百年式典は今の小学校の体育館で行われた。式典担当者からは演奏時間を5〜6分でという依頼だった。この日の為に創作されたこの曲は20分という長い曲であった。お願いにお願いをして『春』『夏』そして『秋』の一部の12分の時間に短縮しての演奏であった。
 大締太鼓と小締太鼓はこの日の為に購入した。出演謝礼を積み立てし100万円の自己資金があった。町が100万円そして後援会が30万円を出費しての購入だった。
 この四季以前の演奏は胴太鼓5台が栗沢太鼓の演奏だった。大締太鼓・小締太鼓を組み入れた曲への始めての挑戦でもあった。当時のメンバー達には、この曲をマスターするのに大変な時間と苦労があった。それだけみんなレベルが低かった。実はその中で引っ張ってくれたのは当時の小締太鼓を担当した小学生達だった。彼らが我々大人達をリードしてくれたのだった。センターを担当した私は何度も彼らにダメだしされたのである。あれから18年以上が過ぎた・・・。
 また『栗沢の四季』が蘇えろうとしている。今の若いメンバー達での三度目の復活である。この曲が復活すればまた新たな時代が作られていく様な気がする。
 開基百年の後、この曲は真駒内のアイスアリーナでも演奏された。二度目の復活ではキャンビーのファインアート・センターやハワイのアラモアナ・ショッピングセンターでそれぞれ演奏された。そして三度目の復活ではどんなところで演奏の機会があるだろうか・・・。
 この曲が復活されることはその時の状況が充実している時である。そこそこの技術を持ったメンバー達がそろっているということになるのである。逆に言えばそれだけ波があった活動だったといえるのだ。・・その三度目の波の頂点がまたやってくるということなのである。
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2011/2/19

『春』と『夏』・・・  
 今日はお姉さんと『春』の習得練習である。『春』は『ごくゆっくり』なテンポである。特別な難しいリズムは無い。しかしこの『ごくゆっくり』なテンポが難しいのである。ゆっくりなテンポを狂わせない。その中で強弱を入れていく。しっかりとしたリズム感が無いと打ちこなせないのである。
 強く打とうとするとテンポが速くなっていく。それが人間の持つ普通のリズム感なのである。同じテンポを刻むのは遅くなればなるほど難しくなる。それが『春』の難解さなのである。若いメンバー達がこの遅いテンポをものに出来るかが鍵となる。
 雪解けの音・・・暖かくなるにつれ草木が芽を息吹き緑を増していく・・・そんな情景をこの曲は表している。
 一方『夏』は『ごく早い』テンポに変わる。燦燦と輝く太陽、花開く大地、そして人々の活動する息吹・・・そして嵐の到来、雨が降り雷も鳴り響く・・・嵐は去りまた人々も大地も活気ずく・・そしてお盆となる・・・ここで夏は終わる。
 今日は『春』の練習をして、前回までの『夏』へと繋いだ。およそ9分か。大締太鼓の二人はここで倒れこんだ。他のメンバーは半信半疑である・・・。
 17分の曲を全て通すことは一辺には出来ない。まずは『春』と『夏』、この半分をマスターしてそして『秋』『冬』へと繋いでいく。この長い曲を頭に叩き込むのは容易ではない。しかし若いメンバー達の頭は柔らかい。このロートルでもやれたのである。立派に演奏出来るようになってくれるだろう。彼らの新しい『栗沢の四季』に期待する。
 前回に渡した祝賀会の出演出欠表がもう何通か提出されて来た。メンバーも父兄もうれしい出演機会と思っているようだ。何とかして大成功に終わらせたい。
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2011/2/18

自分の為に・・・  
 祝賀会のメンバーを3年生以上とした。何年生で区切るか思案した。しかしコンクールのあの演奏は捨てがたかった。そうなったら3年生以上という考えしかなくなった。あのメンバーに大人が加わればどんなことでも出来るし安心していられる。こんな機会は滅多に無い。それだけになるべく多くのメンバーに経験をしてほしい。会場もステージも大きい事を聞いて3年生以上と決めた。
 大人の個人技に男子組・女子組のパートも活用できる。小締太鼓の不安な部分はお姉さん二人の力を借りる。これでみんなが自信を持って普段の力を出し切ってくれるだろう。
 1曲目の『優美』も2曲目の『雄飛』もこのメンバー構成なら充分に観衆を満足させられるだろう。町内で演奏してきた経験を北都のホテルで輝かせる。みんなで思いっきり楽しんで来たい。
 新年まもなくこの一年の弾みをつけるような出演依頼が舞い込んだ。こんな機会が来たのも、これまでの真面目に地道に活動してきたからだと思っている。我々の会は有名になろうとか一番になろうとかという考えは無い。自分の為に、自分達の為に活動をしているのである。大好きな太鼓の技を磨き、心も身体も鍛え成長させていくのである。それは結局、見てくれる人達に元気を与えることになるのである。
 どんな小さな演奏の機会でも必ずプログラムを構成し頭でシュミレーションしてそれに向かっている。会場のサイズや観衆の構成や人数・・・その状況に合わせたプログラムをである。小さな会場に大人数での演奏では、それはただの騒音になってしまうのである。
 これから何曲ものレパートリーを増やし、メンバー達が成長すればその構成は無限に広がっていく。それはまた新たな冒険が生まれるのである。それはまた成長へと繋がるのである。
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2011/2/17

人間らしい・・・  
 女の子達からバレンタインのチョコやクッキーを貰った。女の子達がメンバーのみんなに配っていた。どれも美味しかった。
 今年の練習会場はいつもの年より暖かい。開始の1時間以上前には暖房を入れてくれている。昨年までは一桁の温度の時が何度もあった。白い息が出る位なのである。NPOの管理となってから利用者へのサービスが良くなった。
 定期的にアンケートをとっている。『利用時間を1時間単位にしてほしい。』この要望は現実になった。『冬のホールが寒い。』この要望は開始前早くから暖房を入れてくれるようになった。市管理の時代とは大きく変わった。書類だけの薄っぺらい繋がりから人間らしい付き合いへとなった。
 チームも同じである。ただ太鼓を教える・伝えるというそれだけの繋がりではない。このチームは大家族なのである。どのメンバーもチームには必要な存在なのである。それぞれの持っているキャラが合わさってこのチームは成り立っているのである。・・いや、そういうチームを目指してきたのかもしれない。
 駄々っ子だった風○やへたれの海○も少しずつ成長して来た。みんなの輪の中にようやく入り始めた。自分の殻から抜け出せれれば彼らは大きく変わる。その殻と彼らは戦っているのである。その手助けをちょっとやっているに過ぎない。その道は彼ら自身が開いていかなければならないのである。
 『これだけは絶対の自信がある。』それを持てば人は大きく変わる。メンバー達にはそれを持ってもらいたい。それが心の中にあればどんな苦難も乗り越えていく力となる。
 風○も海○もそんな力を得て成長してほしい・・・。
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2011/2/16

我々の良さの一番・・  
 風○が子供盆踊り唄を歌いながら太鼓を打ち出した・・・。1〜2年生3人は他のメンバーと離れ子供盆太鼓を使って練習して来た。先週の練習に歌詞に番号を付けたプリントを渡した。それを見て家で練習をしたのだろう。大きな声で歌いながら太鼓を打っていた。同級生の海○はかなわない・・・。
 ミィーティングでロイソン札幌での出演連絡表を渡した。小学生3年生以上を対象とした。その不満を言ったのは2年生の風○達であった。それを聞いた時、3年生まで出演メンバーを下げたことで良かったと思った。
 当事者の先生には12名位と話している。それが総勢19名(全員が都合がよければ)のメンバーでの演奏プログラムにした。それはこんな機会は滅多に無いこともそうなのだが、うちのメンバー達を信じて経験をさせたいという気持ちからである。頭の中には『失敗』という文字は無い。コンクールでのあの堂々としたパーフェクトな演奏がある。あれを考えた時にどこで線を引くかという考えはなくなった。メンバー達を信頼している。みんなで思う存分、太鼓を打ってほしい。
 駄々っ子のメンバー達が不満を言い出した。これは大きく成長する切っ掛けになる。先輩達の演奏をしっかり見て私達も・・と思ってくれるだろう。一生懸命練習をしなければと思っていると思う。
 今月中にプロフィールやプログラムを送付することになっている。伝えた人数よりも多くなって驚くかもしれない。メンバー選考の苦悩も記して理解してもらう。出来れば出演しない低学年達も見学させたい。
 我々のチームは全員があってのチームなのである。そこには初心者や小さな子もいる。それもひっくるめての栗沢太鼓なのである。我々の良さの一番はそこなのである。
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2011/2/15

ポジティブにアグレッシブに・・・  
 給食で食中毒のニュースが流れた。心配して父兄に問い合わせた。栗沢小・中学校の子供達は無事だった。給食にはAとBの2コースがあるのだそうである。今回食中毒を起こしたのはAコースで栗沢はBコースで助かったのだそうだ。しかし給食は中止でみんな弁当持参だそうである。不幸中の幸いであった。入試の恵○も実力を出せただろう。明日の練習もみんなの元気な顔が見れそうだ。
 明日からは祝賀会への対応も考えた練習をする。特に『雄飛』は全員が都合がよければ19名での演奏となる。そのオーダーも組んで早くからその練習もする。新人と3年生になる小締太鼓のパートにお姉さん二人を加える。これでこのパートは俄然パワーアップする。どこにもスキの無い安定感のあるチームとなる。大人男子が1・2番を務め小締隊・男子隊・女子隊へと繋ぐ。この布陣ならどこのチームにも引けは取らない。間違いなく祝賀会に花を添える。大喝采を受けるだろう。
 お姉さん二人にはソロ演奏がしたいだろうと思う。しかし3年生達も一緒に演奏をする為には手薄の所をカバーしてもらわないと彼らを加えたチームは出来なくなる。新人や3年生にも晴れ晴れしい会場を経験してほしいと思う。1〜2年生は抜けるがあとのメンバー全員で演奏をしたい。この経験は仲の良いメンバー達が更に絆を深めて行くことになるだろう。
 やることがいっぱいある。1ヶ月先を見据えたもの、半年先のもの、そして2年後のもの・・・そのどれもが不可能なものではない。ただ途中であきらめてしまったら、そのどれもが無くなってしまう。あくまでもポジティブにアグレッシブに(積極的に、攻撃的に)である。ネガティブ(消極的)な考えでは楽しさも夢も何も無い。メンバー達には目標を持って夢を持って太鼓を楽しんでほしい・・・。
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2011/2/14

みんなで行くか・・・  
 本州に仕事に行っていたつ○むから『明日帰る。』との電話である。会長に箱車の要請をする。・・・メンバーも車も準備が整いだした。
 こんな会場での演奏の機会はそう滅多に無い。それならば少しでも多くのメンバーに経験をしてほしい。・・・祝賀会の構成を思案中である。栗沢太鼓のいい所を存分に出してこの祝賀会に花を添える。・・・みんなでいくか・・・。1〜2年生はまだ無理かもしれないが3年生以上の全員でこの大仕事をやれないものか。また、お姉さん達の力を借りるしかないか。小さな子が多少間違ってもそれは愛嬌になるだろう・・・。それも栗沢太鼓の魅力のはずだ・・・。
 想像のつかない会場で見知らぬ人達ばかりである。そんな会場で演奏をする。・・・これは度胸がいるぞ。しかしうちのメンバー達なら難なくやってしまうだろう。下のメンバー達を上のメンバー達や大人達がサポートすれば何とかなると思うのである。これを経験するのとしないのでは今後に大きな影響となるのでは無いだろうか。
 5〜6年生以上なら何の心配も無い。そこに3〜4年生も入れる。彼らも冒険だが私も冒険の判断である。しかし大人4人がこれに加われば冒険から完成度に・・・。練習状況を見て腹を決めるか・・・。
 少人数でと思った考えが毎日メンバーが増えだす。会場スペースが大きいということがこの考えに変化して来た。そして太鼓の運搬も心配ない・・・。コンクールの演奏を思い出すとあのメンバー達で挑戦するか・・・。
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