2011/10/31

心を動かす・・・  
 風邪は少しずつ良くなってはいるがまだ完治せず。罹患して3週間目に突入した。この咳のついた風邪は毎回長引くのである。そのペースは2〜3年おきである。大概は春が多いのだが今回は秋となった。毎回似たような症状である。症状が良くなりつつあるので完治は近いはずだ。
 親や親分が元気が無いと子や子分達も元気を無くするものである。今のチームもまだ本調子で無いようだ。休んだ子は多いのだが出席しているメンバーの練習は元気がいい。少しずつだが意欲も増してきている。お姉さん達にはまだ不満かもしれないがペースは毎年こんなものである。彼女らの頃も似たようなものであった。それが切羽詰ってくるに従いチームは結束してくるものである。しかしそれは導くものがあってのことでもある。どうまとめ戦闘モードに仕上げていくかは彼女らの腕の見せ所となる。
 『近頃の若い者は・・・』と先輩達は言うがとんでもないと思っている。今の子供達は・メンバー達はこれまでのメンバーの中で一番意欲的で優秀だと思っている。このスタッフがいれば来年の30周年はらくらくクリアしていけると思っている。コンクールも記念コンサートも海外公演もどれも成功させれる自信がある。それだけのメンバー達である。それは私の自慢のメンバー達だからである。
 街の人達は我々の活動に特別な目で見てくれているのである。部活を優先しながら子供達がこんなに意欲を持って活動している。農業祭の仮装盆踊りや海外公演や・・・それはこれまでの文化活動には無い異彩な発想である。
 『意欲を持て』といって意欲などは生まれない。いくら好きなことでもそこに夢や目標が無ければ意欲は作れない。・・・どうせやるならでっかいことをやる。それは心を動かすことになる・・・
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2011/10/29

3番目の活動・・・  
 お兄さん・お姉さん達が練習時間前の6:00から集まり自由曲の完成にこぎつけた。しかし練習は何人も休んで拍子抜けである。出演メンバーの提出は今月末と迫っている。今日の練習で15名のメンバーを決めたかったのだろうが高学年が何人も休みメンバー決定にも困っている。
 風邪で練習を何回か休み今日も早退した。コンクールはお姉さん達に任せている。しかし私が休んだ間もメンバーが揃ったことはなかったようだ。『練習が進まない・・・』と・・・。自分がこうしたいと意気込んでも人を動かすことは簡単なことではない。こんな経験は何十回も何百回も経験してきた。そんなことで一々切れていたなら指導者などは務まらない。この会は最優先の活動では無いのだから尚更である。我慢、我慢しかない・・・。そして辛抱、辛抱なのだ。
 中2の連中はキャンビー公演の来年は入試とぶつかる。その一番大切な冬休みとぶつかるのである。もう彼らはそのことを見越しているだろう。決行することを言ったミィーティングで彼らに私の口からも話しした。もう彼らはそのことを意識しているはずだ。コンクールよりも頭はキャンビーに向かっているはずである。
 若いメンバー達は大人達の行動や発言に敏感に反応する。今何が大切なのかということも簡単に判断も出来ないでいる。そういう若いメンバー達の指針となっていかなければならない。私達はやれたのだから・・・ではない。彼らはまだ中学生なのである。もっともっと彼らの中に入って、彼らと一緒に悩んでそして太鼓をやっていくのである。
 自分の気持ちを押し付ける指導者となってはいけない。自分の気持ちを理解してもらう指導者となることである。その為には彼らの気持ちも理解することなのである。それだけ大きな心を持つことである。一番望んだことだけではなく、その次となる手そしてその次となる手と・・・幅を大きく持つことである。
 まず勉強を一番に考えなさい。部活もしっかりやりなさい。そして太鼓をやろう・・・。その3番目の活動は当事者も指導者も難しい判断をしなければならないのである。・・・でもやれるはずだ。
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2011/10/27

試練を取り返す・・・  
 呉服店から・・・半纏の2枚をナンシー夫婦へのお土産用に大判でお願いしている。そのサイズの確認の電話が入る。長さを10cm、袖も5cm長くしてもらう。
 設計屋さんから・・・支所の設計案を練っているということであった。太鼓の練習場の天井の高さはどれぐらい必要かという問い合わせだった。駅周辺と現文化センター地の2案を市に提出するそうだ。どちらも太鼓の練習場が入る。そして室内は吸音材を使うということだった。・・・練習場は確保されそうだ。
 20周年からのこの10年は栗沢太鼓も社会に翻弄され続けられてきた。合併によってこの街から失ったものは沢山ある。しかし我々は我慢しながら根気よく活動してきた。その活動は多くの街の人達から理解され応援してくれている。それは来年のキャンビー公演や支所の新設などにも影響してくるだろう。
 これからの活動も今まで同様、おごることなくコツコツとやっていく。勉強も部活も頑張りそして太鼓も楽しんでいく。それは結局、街の人達に元気と勇気を与えることに繋がるのである。
 試練が続いた活動だった。・・・これからはその試練を取り返していく番である。
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2011/10/26

燃料価格・・・  
 咳が出始めて2週間である。治まる様子が無く病院でCT検査を行った。肺等の臓器はクリーンという判定である。前回の完治も長く掛かっている。『長期戦だな・・・』と医者に言われ薬も違うものに変わった。
 練習場に顔を出す。『高○さん久しぶりだね・・・』と子供達から声が掛かる。ミィーティングで『風邪を引かないように・・・』と注意をして???早退した。
 代理店がこんな額を提示してきたのだろうかといろいろと調べてみた。前回の2003年には無かった燃料油サーチャージがとてつもない額になっていた。北米路線は10月から値下がりして50,000円である。それまでは6万円を超えていたのである。調べていると発行した時の価格であるということがわかった。それも円建てとドル建てなどもあるようである。だから出来るだけ安い時に予約してもらうしかない。空港費用などもいろいろある。利用税や入管手数料など多数である・・・ややこしい。こうなれば力のあるプロに任せるしか無い・・・。
 燃料は下落傾向になっているようである。・・・50,000円の燃料油サーチャージ代で、もし20名となれば100万円となるのである。これは大きい。大誤算である。100万円の助成をもらったとしてもこの代金で消えてしまうことになるのである。
 前回並みの会費でという目標に暗雲が・・・。しかし、今やれることはこの二つの助成事業を何としても得られなければ大変な負担となってしまうということである。・・・頑張るしかない。そしてその他でも手助けしてくれるところを探したい。そして燃料価格が下がってくれることを祈りたい。
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2011/10/25

信頼・・・  
 夕べ作った申請書類に重大なミスが・・・。予算額が大幅に違っていた。旅行代理店から来た見積書を誤って見ていた。発送前でよかった。ようやく修正を終えた。
 夕方、事務局長が会長印を持ってきてくれた。修正した申請書類に捺印して明日発送する。
 何故こんな見積もりが来たのか。見積もりの旅行日は来年の1月だった。3ヵ月後の旅費である。それで高かったのではないだろうか。前回までは半年前に仮予約をしている。キャンセルになってもいいから予約の名簿をあげてほしいといわれた。逆に追加が面倒のようだった。
 この円高である。キャンビーのナンシーに頼んだらかなり安いチケットが取れるかもしれない。しかし連絡が厄介である。確か彼女は旅行代理店みたいな仕事をしていたはずである。
 今までお世話になった代理店にまたお願いしようと考えている。社長も余りに高かったので『安いところを探してください。』といってくれた。これまでキャンビーへ行った人達の情報を聞くと通常で10〜11万円である。一番安いので6万円台で行った連中もいるらしい。これに新千歳までのバス代や空港利用税や燃料税が加わるのだろう。その費用がどれだけなのかも調べてみたい。空港までのバスも安いところを見つけたい。前回は往復3万円だったのである。
 前回は新千歳⇒成田⇒ロス⇒ポートランド、帰路はポートランド⇒サンフランシスコ⇒ホノルル、そしてホノルル⇒新千歳だった。旅費は一人16万5千円だった。それに空港利用税が全員で20万円余りかかったようだ。(その詳しいデーターが欠損している)それを足しても20万円は切っている。今回の見積もりは21万円を越えている。その見積もりは栗沢⇒新千歳⇒成田⇒ポートランドの往復である。これでは余りにも高額すぎる。
 今は助成金の申請段階での見積もりである。実際の費用はこれからである。成田⇒ポートランド便はデルタ航空の一便しかない。出来ればこれで行きたいのだが一便というのが価格の点でどうなのか?・・・前回もお願いした石○さんなら策を練ってくれるかもしれない。
 ハワイ公演では彼に大変お世話になった。公演会場の手配も彼がやってくれた。メンバーや太鼓の運搬は彼がレンタカーを運転して搬送してくれた。大変お世話になった。そして信頼もしている。また彼にお願いしたいと思っている。
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2011/10/24

スケールアップ・・・  
 旅行代理店から何も連絡が無いので太○の社長に連絡してみた。見積書は社長のところに届いていた。NPOの会議が夕方行われるのでその前に取りに行った。見積書を見せながら「いや〜、高いんだわ〜」・・・なるほどその額は想定外だった。燃料税や空港利用税が高騰しているという説明だった。それでも予想をはるかに超えていた。・・・「他のところを見積もって安いところでもいいよ・・・」ということだった。・・・「予算はこの金額で作って提出しますから・・・」と伝えた。
 ようやく申請書が出来上がった。後は会長印を押して提出する。・・・この次は国際交○基金の申請である。・・・まだ市の担当者からの連絡は無い・・・。
 この二つの助成金が決まれば前回の個人負担額(子供)で実施できる可能性となる。しかしその額よりも更に安くしてなるべく多くのメンバーと父兄を・・・と思っている。(大見得はきれないが・・・)
 NPOの会議で先日の支所の話が出た。役員は審議○員会が出した案にみんな疑問に思っていた。会議は我々のペースとなった。しかしあのいかれた連中がどんな判断をするのかは全くわからない。彼らの判断があのままならば、この地域は死んだと同然となる。まったくズレている・・・。
 来年の農業祭の空知○奏会は実行委員会の了解を取った。やぐらステージでステージの催しと同時進行で行う。音などの関係もありやぐらの位置は大幅に変わるかもしれない。やぐらも少しグレードアップして前々から考えていた大締太鼓を天辺に乗せたい。そのクレーン代は・・・会場費に・・・それはこれからの作戦である。何チームが来てくれるかわからないが、来てくれたチームが『楽しかった・・・』といってくれると信じたい。・・・こんなステージは他には無いはずである。
 大締太鼓を打てる様にメンバー達が成長してきた。あの太鼓がようやく生かされるのである。今年の中締太鼓から大締太鼓へのスケールアップである。街の人達を驚かせたいものである・・・。
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2011/10/23

裏切るような・・・  
 まだ風邪が完治せず2回続けて練習を休んだ。土曜日の練習は順調だっただろうか。メンバー達は揃っただろうか? コーチ達が熱を上げすぎてないか?・・・
 このチームとなって3回目の挑戦となる。過去の2回は共にいい演奏を披露した。しかし入賞に一歩のところだった。毎年1歳の平均年齢を上げて、そしてフルメンバーの15名で挑戦できるのは今の栗沢太鼓の強みである。毎年力が増し、毎年右肩上がりで成長しているチームである。可能性を秘めた勢いのあるチームである。失うものは何も無い。堂々と強豪達に立ち向かっていってほしい。
 このレベルのコンクールではすべてをかけるだけの価値は無い。しかしやれる範囲で頑張れることはやってほしい。ちゃんと見てる人は必ずいる。
 キャンビーへという大きな夢の一つが現実となる。それは5分の演奏に全てをかけるよりももっと大きな成長の糧となる。見知らぬキャンビーの人達と太鼓を通じて交流を結ぶのである。その為の準備をこれからの一年でやっていかなければならない。新しい曲を覚え、プログラムを構成していく。想像のつかない環境や出来事に立ち向かう気持ちも養っていく。今のメンバー達を大きく大きく育ててキャンビーに向かうのである。・・・彼らの自信に満ちた演奏をキャンビーの地で聞きたいのである。
 ナンシーは前回の印象を頭の中に持っている。その印象を全て上回る、いや裏切るようなチームでキャンビーを訪ねたい。このメンバー達なら必ずやれると思っている。楽しみでならない・・・。
 
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2011/10/21

免疫・・・  
 今日も旅行代理店からも市からも連絡が無かった。太○の助成申請は来週中には提出したいが肝心の旅費の見積もりがこないと予算書が作れないでいる。それが来ればすぐにでも提出できるのだが・・・。
 この風邪は厄介だ。咳だけならまだしも身体のだるさと関節の痛みである。それで発熱は無い。罹患して1週間目であるがまだ完治せず・・・。股関節が痛い。明日の練習には顔を出したいのだが・・・。
 2006年のハワイ公演で同室だった彼から風邪をコピーされた。帰りのフライトから体調不良となり帰国して完治するのに3週間を要した。参った。その次の風邪は一昨年の1月である。これも長引いた。久しぶりのことで油断していた。今回も長引きそうだ。
 海外の遠征で心配するのはメンバー達の体調である。長旅・時差ぼけそして太鼓の演奏が加わる。緊張もするし体力も使う。食べ物や飲み物も普段と変わりお腹を壊す。新年の初打ちで薄着となって風邪を引きそれを旅行に持ち込まれた。飛行機の中もホテルの中も乾燥状態でその菌は繁殖し蔓延するのである。その男が隣で寝られてはたまらないのである。しかしその強力な菌はそれだけの免疫を作ってくれた。それ以後3年間風邪とのお付き合いは無かった。
 今回の風邪でまた免疫が出来てこの冬は大丈夫でありたい・・・。
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2011/10/20

信じること・・・  
 今年はまだ休んでいない練習をついに休んでしまった。皆勤賞は無くなった。身体を休めても何らよくならず病院へ・・・。咳は薬で幾らか楽に・・・しかし身体はだるく腰が痛い・・・。
 お姉さんから愚痴のメールと電話が・・・。コンクールの練習は任せた・・・始まったばかりの練習なのだが・・・。肩に力が入りすぎだ・・・。子供はあくまで子供である。大人相手でも大変なのだ。未熟なのが子供である。それを相手に思うように行かないで嘆いていてはまだまだ指導者には程遠い。『教えてやる。』という気持ちが先では子供達はついてこない。ドンと構えた気持ちになることである。
 どんなに知識があろうと、どんなに優れた技術を持とうがそれが優れた指導者ではない。いい演奏曲を作るから、技術を育てるかが先ではない。いかに子供達の気持ちをコンクールに向かわせていくか。チームをいかに一つにしていくかがベースなのである。普段の練習からそれは出来ているという事ではない。お姉さん達がそれだけ普段から練習に参加できていないこともある。スタートは新期にと考えるべきである。
 去年の挑戦で足りないことはなんだったのか。そして今年はどんな目標なのかを子供達に理解してもらうことである。自分の気持ちを伝えること。そしてはっきりとした目標を共有すること・・・一方通行にならないことである。
 メンバー達は全員がコンクールに挑戦したいといった。しかし、それを盾にした指導は絶対にしてほしくない。そんなちんけな指導者となってはほしくない。それは最後の切り札である。
 彼らは成長していくのである。今の彼らを評価してはならない。『ダメだ・・・』ではなく『どうしたら・・・』という指導者となってほしい。彼らはみんな可能性を秘めているのである。それを決め付ることは決してしてほしくない。
 焦り、先走りせず・・・今何をやるか。その繰り返しでいいのである。彼らは必ず期待に答えてくれる。・・・信じることである。
 
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2011/10/18

最後のチャンスかもしれない・・・  
 風邪を引いてしまった。この寒暖の差の天気である。昼間汗をかいて夕方に急に寒くなる。・・・咳が出始めて3日目となるがそれが快方ではなく悪くなっていくみたいだ。身体中の節々も痛み出した。明日もこんな調子なら病院へ行こうか・・・。誰かさんみたいに肺炎になったら大変だ。・・・メンバーに配るパイン飴をまたしゃぶる・・・。
 市からも旅行代理店からもまだ連絡が無い。これがこなければまだ先には進めない。連絡待ちである。コンクールはお姉さん・お兄さん達が頑張ってくれている。彼らになるべく委ねたい。手に負えないことはサポートしていく。
 毎年コンクールの挑戦で成長が見られる。来年の30周年に向けてどれだけ進歩してくれるか楽しみでもある。
 メンバー達のキャンビーへの道にはハードルがある。まずは演奏曲である。最低の曲数のマスターのノルマは作る。そして団体行動が出来ること。自分で衣装が着替えれることや荷造りや小遣いが管理できること・・・。それらが一人で出来なければならない。
 どういう選考にするか。一番頭の痛いところなのである。そこに自己負担も加わる。大人のメンバーやサポーターが何人になるか・・・。これによってもメンバーの選定の条件も変わってくる。基本的には全員にチャンスを与えたい。しかし保護者同伴が条件になることもあるだろう。・・・普段の演奏活動とは全く違うのである。演奏する会場は地球の裏側にある。そこには言葉が通じない見たことの無い顔の人達がいるのである。観光地とは全く違うのである。
 道中は基本的には団体行動となる。しかし出国や入国の手続きは個人である。買い物なども個人の活動である。トラブルは極力避けたいのである。すべての責任は負えれないのである。
 このキャンビーへの旅は最後となるかもしれない。それは私の代での話であって後を継ぐメンバー達が現れたならばそれは別である。受け入れしてくれるキャンビー市の条件もそうである。ナンシーがいつまでやれるかも解らない。その点、今回はラッキーな条件なのである。だからなるべく多くのメンバー達を連れて行きたいのである。 
 
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2011/10/17

最後の砦・・・  
 ジュニアコンクールの実行委員会が今晩行われ主任コーチが出席した。その情報によると出場チームは11チームで出演順は4番目とのことである。
 我が練習会場の文化センターに市内のサッカー少年団が練習をに来ている。11月の借用を忘れていて11日に借用願を出した。水・土曜日は栗沢太鼓が優先して使わせてもらっている。ただコンクール前日の22日(水)はサッカーチームの借用が入っていた。前日に練習場が使えないのは大変な痛手である。そのサッカーチームにお願いした。理由を言って何とかお願いできないかと頼んだ。電話の相手は父兄の方だった。指導者と相談してと・・・そして連絡をいただいた。『是非使ってください。』という返事だった。そして指導者から『頑張ってください。』という伝言もいただいた。ありがたかった。
 それとは反対にバンドのレルシ○からコンクールの前の日なので・・・とお願いされることがある。そういう時は譲ってやる。お互い様なのである。分野が違っても前向きに取り組んでいることは素敵なことである。
 支所の意見交換会の時には我々のことだけでなくレルシ○も文化センターは拠点の施設だと伝えてある。彼らも我々と同じ様に合併後は大変な活動だったはずである。町の肝いりで立ち上げたバンドである。それが我々と同じ様に手の平を返した様な状態になった。それでも頑張っている。彼らも街の大切な文化なのである。お互いに活動しやすい環境になっていってほしいものである。
 文化センターの利用料が一晩幾らから1時間幾らとなった。これは行政の一角に風穴を開けたと思っている。せっかくの施設が利用料が余りにも高くて活用できない。それは地域の文化も封じてしまうことにもなるのである。合併前によさこいのチームと組んで会場を使えないかと考えた。一晩の会場費を半分に出来れば互いが継続できると思ったのである。その作戦前によさこいチームは解散してしまった。意気盛んな立ち上げの頃とは・・・情け無い解散だった。
 我慢に我慢して苦しい時期を乗り越えた。我々もレルシ○もこの街の最後の砦の文化である。
 
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2011/10/16

街の人達に元気を・・・  
 市町村合併する前年の11月に町の招待でナンシーが来町した。町長から感謝状が渡され市民センターでレセプションが行われた。その翌日にナンシーとメンバー達で一日をすごした。讃岐うどんをみんなで打って食べ、ゲームをして楽しんだ。その最後の挨拶で『キャンビーにまた太鼓を打ちに来てほしい。予算が無ければ我が家に泊まってほしい。自宅だけでなくキャンピングカーにも泊まれるから・・・』と。
 会長と通訳の乃○江さんと三人でホテルに迎えに行った。乗車するなり『今度は何時来る。』と会長に尋ねた。会長は『30周年には・・・。』と答えた。『それまでは待っていられない・・・。』・・・そんな会話があった。
 彼女の希望には添えれなかった。メンバー達も幼かったが、それよりも合併という嵐があった。それでもみんなの元気で乗り切った。街の人達のバックアップもあった。ようやく二度目のチャンスとなったのである。結局は会長が話した30周年となってしまったが・・・。
 市町村合併しても姉妹都市の関係が続けられた。もしそれが無くなったならそのチャンスも消えただろう。これも亡き町長の遺産なのかもしれない。・・・最後の砦であった。
 合併した街は予想以上に衰退してしまった。しかし文化やスポーツなどの団体は苦しいながら栗沢流をついて頑張っている。我々はその先人を進んでいく。この田舎のチームで海外に公演に行く。それはキャンビーという姉妹都市を結んだ栗沢の文化なのである。
 この二度目の訪問で市は姉妹都市を継続しなければならなくなるだろう。それだけのインパクトとなるはずである。市には金は一切要求をしていない。それは大切だと思うのである。それだけキャンビーと大切な交流を結んでいるという証なのである。
 『栗沢』という意地である。編入合併されたすさんだ街の人達の気持ちを変えていくのである。我々がやっている三度となる海外公演は市内にも・管内にも出来るチームは無いのである。それはメンバー達の誇りとなると思うのである。
 ・・・メンバー達が得られることは沢山ある。しかし、それ以上に街の人達に沢山の元気を与えられるはずだ・・・。クリックすると元のサイズで表示します
                  2005年ナンシーとの交流で・・・
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2011/10/15

円高・・・  
 前回の会計から詳細のデーターをもらう。今回の予算の参考資料である。といっても助成資料の予算書を作成するための最初の予算書となる。実際には旅費も半年前でなければ正確には出てこないし、人数や具体的な内容(準備の費用やお土産など)で決算は大きく変わるのである。
 前回の時の為替は1ドルが125円であった。今は円高で80円を切っている。前回と同じ費用ならば観光バスや宿泊費などの滞在費用は70%位で済むことになる。前回は太鼓の台や梱包資材などの制作費が10万円ほど掛かった。これも必要が無い。ポスターも作ったが実際には使われなかった。これも必要が無い。プログラムも極力安く済ませたい。お土産などももう少し安いもので・・・。そういったことを考えると前回よりかなり圧縮できそうだ。旅費の大部分を占める航空運賃がまだ見積もられてこないので全体像が出来ない状態であるが。
 助成金しだいなのだがそう考えていくと明るくなってきた。最悪の場合はナンシーの家に泊まるか・・・。合併前に栗沢で交流した時にそんな話しをしていたのである。
 日本経済は円高で大変なのだが訪問の時は円高でいてほしくなった。前回の宿泊費は4泊で一人147.2ドル=18、400円で1泊4,600円であった。同じ額ならば80円換算で4泊の宿泊費は11、776円となり1泊2,944円である。およそ3,000円だ。朝食ったマクドナルドのハンバーガーのセットは2ドルしなかった。2ドルとしても160円の朝食となる。ちなみに、宿泊したエコノロッジでは無料でコーヒーとドーナッツのサービスがあった。それを発見して利用したのは私だけだった。あとでそれを言うとみんなに叱られた。
 観光地と違い食事も宿泊費も日本よりずっと安くすむ。それは物価が安いからで更に円高となると我々の感覚では非常に安いと感じるはずだ。おまけにオレゴン州は消費税が無いのである。・・・ナイキのショップでも寄るか・・・。
 しかしなじめないのがチップである。毎朝、枕元に小銭を置くのが当たり前なのである。飲んでも食ってもである。10〜15%のチップ・・・なんだかぼったくられた気分となる。しかしこれが当たり前でその領収書はもらえ?ないのである。・・・そしてこのデーターにはそれが含まれていないはずだ。いや、雑費に入っているのか??・・・それは解らない。
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2011/10/14

半纏発注・・・  
 余裕を持って30着を揃えた。・・・と思ったが僅か2年でその余裕が無くなった。大人サイズの在庫は2着となりその反対に小さいサイズが増えだした。ツンツクテンの半纏を着ている子が何人かいる。その後を追っている子も・・・。当初予定は35着の予定だった。それだと予算オーバーとなり30着に減らした。新しいメンバーが加わったこともあり上手く回せなくなった。それにロートルのメンバーまでは当たっていない。キャンビーに行くとなれば彼らも着る事が必要になる・・・。
 先月、呉服店に追加の発注のロット数や値段を聞いてもらっていた。今朝その返事が来た。やはり10着単位の発注ということである。値段は版があるので1,000円程安い価格だった。しかし10着となると総額が多く今年度で決算するのは苦しくなる。2年払いでお願いして了承してもらい発注した。そしてそのうちの2枚を大判で出来ないか確認してもらっている。その2枚はキャンビーのデイビット・ナンシー夫妻へのお土産に使いたい。なんたってビックパパ・ママ達であるから・・・。
 小さい半纏が余り出している。・・・これが着れるメンバーが増えてほしいものである。
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2011/10/13

明るく・楽しく・前に向かって・・・  
 コーチ達が自由曲の構成に頑張ってくれている。メンバー達も頑張ってくれるだろう。きっといい曲になる・・・。
 メンバー達はみんな楽しんで活動している。いつも明るく笑顔が絶えない和やかな練習会場である。このいい雰囲気の会場を失うわけには行かない。
 かなり熱を持って発言したと思っている。集まってくれた人達はそれを理解してくれた。我々の会場は新しい建物となってもそこに必ずあると信じたい。
 太○の助成事業の活動名は『街を元気に・人に夢と勇気を・・・プロジェクト』とした。これは今我々がやっている活動そのものと思っている。活動の中には農業祭の盆踊りの主催があったり、地域や施設の応援があったりする。それは街を少しでも元気にしていくことになる。キャンビー公演はメンバー達の夢でありそして勇気を持って挑戦することなのである。そのものの活動を申請書に託した。
 『コンクールに出たいか?』みんな迷わず手を上げた。後ろ向きの者は誰もいない。みんな前を向いている。『明るくて積極的なこと・・・』これは前回のキャンビーのメンバー達もそうだった。ナンシーが我々のファンになったのはそれだと思う。『キャンビーに連絡しても返事が何時来るか解らないんですよ。・・・』と担当者が言っていた。ところがその返答はすぐに帰ってきた。『大歓迎で・・・』と。担当者は驚いたようだった。
 太鼓だけの魅力でナンシーが歓迎すると言ってきたのではない。太鼓のメンバー達の魅力であり、チームの前向きなことだと思うのである。それはナンシーだけではなく沢山の人達がそう思ってくれているのである。
 『明るく・楽しく・前に向かって・・・』である。
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