2011/12/30

大きな挑戦・・・  
 明日は大晦日、明日の今頃は神社にメンバー達が集まっているだろう。
 やっと年賀状を書き終えた頃、プレス空○の記者が新年号を30部も携えてやってきた。その新年号は3部構成で1部と3部の見出しページは栗沢太鼓である。それも大見出しである。・・・何をそんなに気に入ってくれたのか。頑張って成功させてくれというのか・・・いや我々の勢いを求めているかのような・・・。
 ・・・今年はいやなことが沢山あった。雪害や震災・・・津波や原発事故・・・それらは明日の最後の一日で忘れさせよう・・・我々の新年の初打ちから新しいこれからを始めよう。・・・栗沢太鼓の30周年は区切りの30周年ではない。これからのスタートの為の30周年である。それはチームにとってもメンバーにとってもである。来年はみんなの大きな挑戦なのである。
 入試の者もいる。部活も頑張らなければならない。でもうちのメンバー達ならきっとやってくれると思っている。その為の戦略も練っていこう・・・。みんなで大きな挑戦をしていく・・・。そして大きな成果をあげるのである・・・。
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2011/12/27

相思相愛・・・  
 去年の再放送のTV映画を見てまた泣いてしまった。去年のことは記憶に無いがおそらくは泣いて見ていたのだろう。アメリカ移住の日系達の物語である。しかし、戦前の日本人達の行動はすごいと感じ入るのである。満州や南米・北米へと先人達は海を渡っていったのである。その北海道も明治となってからの開拓であった。そういう流れの時代だったのかもしれない。そして植民地から国家という独立の時代の最中でもあった。日本から海外へという移住は国内事情が以下に悪かったとも言えるし、夢を見させられたのかもしれない。それだけ動乱の時代背景だったのである。
 だからといって今の時代が平穏ばかりとはいえない。テロや海賊やと世界の全てが平和ということではない。人を信頼するではなく疑いを晴らす時代なのである。空港の出入りも全ての人を検査して始めて安心して空の旅が出来るのである。そういう、人を信頼できない社会に・・・いや世界になったのである。それは何なのだろうか。
 所詮は隣の人間をうらやましく思ったりうらんだりが国単位になっていることなのかもしれない。人間の本能がグローバル化したことなのかもしれない。それはごく一部の限られた考えである。しかしその限られた人間が世界中のセキュリティーをこうも大きく変えたのである。信頼することが普通ならばこんなことは無いはずである。それは寂しい社会ではないだろうか。疑うことが先で信頼が後では情けないと思う。
 キャンビーのナンシーという人を私は信頼している。彼女も栗沢太鼓のことをそう思っているはずだ。そういう関係をメンバー達に伝えたいと思うのである。地球の裏側に栗沢太鼓のファンがいるのである。『また来てほしい。』というリクエストされたのである。それはすごいことだと思うのである。
 市町村合併で亡き町長が置き土産の様にして姉妹都市関係を継続して行った。それは『また行ってくれ・・・』と我々にいってくれているのではないかと思っている。そしてナンシーも望んでいるのである。
 時代の流れというものがある。その流れの中で行動を起こしていると思っている。無理難題ではないのである。ナンシーは来てほしいと望んでいる。そして我々も行きたいと思っている。相思相愛なのである。・・・実現に全力をあげたい・・・。
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2011/12/26

悪いところ無し・・・  
 咳は大分治まってきたが息をするたびの胸の痛みが取れない。念の為に労○病院で検査してもらった。医者の弁『どこも悪いところは無いよ。』・・・前回のクリニックと同じ返答であった。年が明けてCT検査をもう一度行う。医者からもらった薬はシップ薬と咳止めだった。咳止めは飲まないことにした。咳は忘れた頃にしか出なくなっている。・・・ところでタバコは禁煙して10日となった。いまだ禁断症状と戦っている。いつまで我慢できるか、二人の自分との大戦である。
 道庁から電話が入った。来年に何にかの事業を組んでいる様である。そのアンケートを出したいが?という問い合わせだった。後日FAXで出すということだった。
 ナンシーにクリスマスギフトではないが、一年の写真を送った。ここ数年は写真が主である。写真だと郵送料も数百円で済むのである。それが小包となると何千円単位となり、手続きもややこしくなる。A4のファイルにA4版の写真を20枚余りつづってそれを封書に入れて送るだけである。文章も面倒くさいのでそのまま送った。
 ナンシーからは何の返事も来ない。毎年何人も受け入れしているのである。それら全員とやり取りは大変である。ただ、栗沢の誰かが行った時には決まってオレゴンの風景の入ったカレンダーを託ってきていた。それ位で収めないと彼女の付き合いは大変となる。こちらの発送は栗沢太鼓を代表してのものなのである。彼女は個人での扱いになると思う。
 肺活量は10年余りで500ccほど減っていた。それでも4,500ccで普通の人の120%なんだそうである。呼吸のスピードも118%だそうだ。・・・普通以上なんだそうだ。『どこも悪いところが無いのを見つけるのが大変なんだ・・・』・・この医者は信用できる。ヤブ医者は何か結論を言いたがる。それを真に受けるとたまったものではないのである・・・。
 
 
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2011/12/25

期待はずれ・・・  
 太○グループの助成事業が対象とならなかった。本来ならこの事業は旅行費用などは対象にはならない。そして新規の事業が優先される。そんな対象に成りづらい内容を新たな事業として立ち上げ申請したのである。そして栗○工場の社長の力を当てにし期待もしていた。それは残念ながら外れてしまったということである。
 今三つの助成事業を申請しているが、個人のコネを使っているのはこの事業だけである。内容を見て『この事業にはのりずらいなあ。』と感じていた。それでもやり方を変えて出せばという社長のアドバイスもあって申請したのである。はっきり言ってかなり無理な申請だった。しかし期待していた申請だった。・・・もう今の社会はコネは効かないということなのかもしれない。
 他の二つは海外公演の為の助成事業である。正当な申請である。周年事業などが優位で期待は大いにある。
 最悪の場合も想定内にある。・・・どの事業にも乗っからなかった場合には全て白紙にということも考えている。その場合にはキャンビーの人に迷惑をかけることもあるかもしれない。しかしそれは最悪の場合である。『行く』と決めた以上、どんな形でも・・・どんな状況になっても『行く』のである。
 他の二つの事業は3月頃でなければ解らない。そしてこれだけで終わるつもりも無い。何らかの形で個人負担が少なくなる様に努力したい。しかしそれはあくまでも子供達が優先である。
 世間は甘くは無かった・・・乗せられたこともある・・・だが、これも想定には入っていた。・・・難産の事業だと思っていた。それは前回もだった。そう簡単に海外などには行かせてくれないのである。しかし逆にファイトが沸いてきた・・・
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2011/12/24

2曲のノルマ・・・  
 イブの日となった練習日だが12〜3人が集まった。基本練習の後、高学年チームと小学生チームの二班に分けてオーダーを組み交互に4曲を演奏する。海外での基本的なプログラムの組み立てである。この基本に『栗沢の四季』の大作が入ったり小締太鼓だけの曲が入ったり『チャレンジコーナー』を入れたりとバリエーションを増やしていく。
 まずは今日の4曲を完璧に演奏出来ることである。2班から3班に分散したチームが出来れば一人への負担はそんなに多くない。小学生達にはこの2曲を目標にしていく。どこのパートも完璧にこなせる様にである。
 前回の時ははっきり言って行き当たりバッタリな所があった。その場になって演奏曲を変えたり時間を延ばしたり縮めたり・・・それは進行状況によって仕方なかった。次回もそんなことは起きるだろう。そんな時に彼らが臨機応変に対応できる能力は養っておきたい。
 小学生達は『山彦』『豊穣』の2曲を、そして高学年・大人のチームはそれ以外の全てを目標にする。その中には新たな試みもしていきたい。しかし今やることは演奏曲のレパートリーを増やしていくことである。レパートリーが多ければ多いほどプログラムを自在にコントロール出来る様になる。そのバリエーションを多く持って対応能力を増していくのである。
 我々はプロチームではない。だから甘えれるところもある。しかし真剣さだけは抜かしてはならないと思っている。やる気の無い様な態度や演奏フォームは絶対にしてほしくない。それは特に厳しくしていきたい。一生懸命やって間違ったり失敗することは必ずある。それはしかたない。しかし会場の雰囲気に飲まれ頭が真っ白になる様なことにはなってほしくない。それだけ自信を持ってキャンビーに行けるだけの練習をしていきたいのである。
 小学生達にはこの2曲がめい一杯だと思っている。いやこの二曲をこなしてくれれば充分なのかもしれない。・・・後の曲は先輩達に任せる。
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2011/12/22

集中と真剣さ・・・  
 目標を持った人間は強い。小学生達は豊穣祝太鼓の習得に真剣である。この曲は彼らがキャンビーで演奏する曲なのである。何が何でも完璧にマスターしなければならない。黙って見ていると自然にみんなが集まって何やら話をしている。そして『もう一回演奏していいか・・・』といってくる。こうなることを待っていた。彼らは間違いなく大化けするだろう。
 高学年のメンバー達はまだ本気にはなっていない。自分から練習をしアドバイスを仰ぐ位にならなければ本物にはならない。今彼らに求めるのは自立した個人技なのである。小学生も中・高校生もまだ心が成長していない。まだまだヒヨッコなのである。それを自分で理解しなければ成長などは望めない。
 高学年達は一人前と勘違いをしている。ステージで平常心で演奏できる者は誰もいない。今の気持ちでキャンビーにはとても行かせられない。本当に真剣になってもらわないと海外公演などできようがない。まだまだ中途半端である。
 モチベーションがあって集中力があるのならば最小限の練習でも彼らを変身させることが出来る。しかし、モチベーションをこちらからの圧力で作ってではどうしようもない。はっきり言って無駄なのである。彼らが本気の気持ちを自ら作らなければならないのである。そうでなければ本物にはならないのである。そんな本物でない演奏ではキャンビーでは通用しないだろう。キャンビーの人達に誠意で演奏することが必要なのである。
 積み立てをしてても金を出しても・・・本人が真剣に取り組まないのであれば、それは連れてはいけない。キャンビーの人達をバカにしていることなのである。
 今までの様な練習とは変わっていく。それはこれからもっともっと変わっていく。実践で通用するパフォーマンスにしていく。来年の今頃にはまるで違う演奏になっていなければならないのである。そうでなければスタンディング・オベレーションなど受けられないのである。集中と真剣さ・・・それをまず作らなければ・・・。
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2011/12/21

お土産話・・・  
 しばれる・・・。夜中から鼻水が流れ出し・・・午前中、鼻水を流しながら外仕事・・・気温はー10度・・・気管支炎も・・・鼻炎薬で鼻水は止まったが・・・昼飯を食ってソファーに横になるといつの間にか寝てしまった。久しぶりに太陽が燦燦と・・・しかし寒さが・・・
 午後から休んで元気を取り戻し練習へ・・・この寒さなのに子供達の半分は裸足である。そしてTシャツ一枚の子も・・・恐るべし・・・そこへプレス空知の記者が新年号のゲラ刷りを持ってきた。『間違いがあれば訂正する・・・』と数枚を置いていった。大見出しである。彼にはもう一つの用件が・・・智○の取材である。インタビューをしたり、大締太鼓を打たせて撮影したりと・・・。
 何回か震災で福島から戻ったメンバーがいるという話をしたが大げさにならない様にしてきた。今年一年で一番活躍したのは彼で無いだろうか。栗沢に戻ってからはほとんどの練習や出演をしている。そして男子組を鍛えてくれた。子供達のいい兄貴分でもある。・・・今年のMVPは彼が適任である。
 今後の生活がどうなるかは会社の判断で決まることで、いつかは福島に戻ることになると思うが、どうにかして一緒にキャンビーへ行ってくれれば・・・と思っている。ナンシーのこともよく知っているはずである。正月休み明けに一週間の休みを取るのは勤め人には厳しいのである。前回の時、私は助成事業が決まった4月に栗沢太鼓の公文書で派遣願いを会社に送った。上司からこの時点でOKを取り準備に余裕を持って行えた。しかし、仕事の手配は一ヶ月前から準備であった。
 休みを取りやすい様な支援は出来るのではないかと思う。我々の遠征は姉妹都市の交流という大義名分がある。だから文書も出しやすい。しかし焦らず待ってほしいと思う。助成事業が決まれば行政にも働きかける。少なくとも公式訪問団という形にしたい。そうなれば文書の書き方も変わって来る。休みの取り方も有給から公休にも変わるかもしれない。・・・どちらにしても職場から応援が得られる様なやり方をしてほしいと思う。そしてお土産話をいっぱいしてほしいと思う。・・・そういうことが大切なのである。
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2011/12/20

アッカーマンさん  
 キャンビー市の人口は1万2千人だと言われた。中学校の生徒は1,200人であった。人口の一割が中学生とはならないだろう。おそらく行政区と学校区が違うのではないかと思う。小学校に高校もある。
 アッカーマン中学校で公演を行った。この学校の名前となった『アッカーマンさん』が教育長?なのかは解らないが・・・彼が姉妹都市となる町を探していたのだそうである。キャンビー市はポートランド市のベットタウンである。ポートランド市は札幌市と姉妹都市を結んでいた。キャンビー市は、いやアッカーマンさんはその札幌市の近郊の町で姉妹都市を探していたのだそうである。
 アッカーマンさんと山田町長とが会う機会があったらしい。そこでウマが合って姉妹都市へと進んだと聞く。南幌町も候補に上がったようだ・・・。姉妹都市のきっかけを作った二人は共に故人となってしまった。
 フレンドシップ・ガーデンという小さな庭がある。そこにはキャンビーを訪ねた栗沢の人達の石が置いてある。(交流の石という。)栗沢から持っていったものでその石にはそれぞれに漢字の一字が書かれてある。アッカーマンさんの遺灰の一部も撒かれているということで前回の訪問の時は献花してきている。
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2011/12/19

チャレンジ・コーナー  
 チャレンジ・コーナーのリズムはポートランドのホテルで決まった。『どうするんですか。』と子供達から聞かれた。それまで何も考えていなかった・・・なるべく難しくないリズムで、何人も消化できる・・・その時にに思いついたのが『豊穣』の最初のリズムであった。メンバーのリズムに合わせてドドンと打つだけの単純なものなのだが意外にタイミングが難しい。『そんなのでいいの?』とみんなからの疑問の声であった。
 『チャレンジ・コーナー』はキャンビーが最初ではない。1991年にキャンビーから中学生達が栗沢にやってきた。そのレセプションに演奏を頼まれた。その演奏の間に『太鼓を叩いてみたい人はステージの上へ・・・』といってみた。期待はなかったのだがそれが何人もステージに上がってきたのだった。その時は見本のリズムを浩○に打たせた。そのリズムを3回・・・そしてこのリズムを3回と・・・複雑だった。・・・積極性は予想以上・・・後はどういう方法がいいかだった。
 より多くの市民に太鼓を打ってもらえること。説明が無くても出来ること。そして以外に難しさがあること。単純でそして楽しさがあること。最初の人がやっているのを見て『これなら・・・』と思えること・・・。
 このチョイスは正解だった。一回目の中学校では1,200名の生徒達が大騒ぎを起こした原因であった。その後の公演でも大好評で何人もの挑戦者がいた。もちろんハワイでもである。逆にどこで終わらせるかが難しかった。しかし、この『チャレンジ・コーナー』があって姉妹都市交流がより深くなったと思っている。
 1991年の経験が生かされたということである。単純で明快でそして楽しんで・・・それが『チャレンジ・コーナー』の成功だった。もし難度があるコーナーにしたならばこうはならなかったと思う。・・・次回もこれで行く。
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2011/12/18

可能性を重視・・・  
 ここ何日かは除雪が主役をなしている。今も降り続いている。明日もまた除雪から一日が始まりそうだ。今日の会合も雪の話が主役をなした。
 キャンビーはやはり遠い地である。太平洋を飛んでいくのである。前回は成田・シスコそしてポートランド、帰りはポーロランド・ロス・ホノルル・千歳と帰ってきた。今回の予定は千歳・成田・ポートランドの往復である。前回の後、成田・ポートランドの直行便がデルタ航空で飛んでいる。アメリカ国内の移動がなくなってその点は楽である。
 『今回はハワイはないんですね。』という声も聞かれたが、前回は千歳への直行便がホノルルから飛んでいた。それが無い事もあるが資金が一番の理由でもある。
 今回3つの助成申請をしているが、出来るだけ可能性を重んじた。ハワイを加えるとその大義名分が薄れてしまうのである。姉妹都市との文化交流が最大の理由付けであり、それは頭に提携25周年が付くことになる。ハワイは全く関係がないのである。前回はその後のハワイ公演を理由付けして経由して来た。そして2006年にホノルル公演が実現した。キャンビーに行けなかった、そしてその次のキャンビー公演にも可能性のないメンバー達にはいいチャンスを作れたのである。しかしその公演は全て実費であった。助成を仰ぐ理由付けが一つもないのである。しかし、ハワイは観光地であり安いツアーがある。それに乗っかっていったのである。
 旅行会社にはハワイでのイベントツアーがある。それは開催期間が決まっていて時期的に我々には向かない。そのフェスティバルに参加することになれば、それは楽しい会場が用意されているのである。それは6月位だったと思う。我々の会には時期的に無理である。
 前回にはなかった燃油サーチャージ代が加わる。その額を加えると前回の旅行代金とほとんど変わらない額になる。いや、それを超えるかもしれない。そして助成事業の可能性を考えると冒険は避けざるを得なかった。少しでも自己負担を軽くしたい。そして一人でも多くナンシーの元へ連れて行きたい。それが今回の目標なのである。
 出来ればまたハワイによってきたいが、そういう理由があることで勘弁してほしい・・・ハワイは個人で出かけるチャンスはいっぱいあるだろう。
 
 
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2011/12/17

押し迫った・・・  
 昨日から雪が降り止まず、そして予報では夜も雪となっていた。夕方早くに練習を中止した。ところが中止した途端に雪は止み天気も良くなってしまった。一日損したか?
 プレス空○から来週の練習日にお邪魔したいという連絡が入る。前回の取材した記事も出来上がりそれを見せると言うことである。そしてメンバーの一人を取材したい要望もあった。
 この12月にこの雪の量は・・・今日も二度の雪ハネである。1月の雪と比べたらまだまだ甘いが12月である。春までにどれだけ降るのか?・・・でもスノー・ブロワーがあるのでそれは心強い。明日も出動か・・・。
 そろそろ神社に連絡する時期となった。ナンシーにもクリスマス・ギフトを贈らなければならない。年賀状もか・・・。明日の会議が終わって魔の会議続きから逃れる。新年に向かって最後の一頑張りである。
 よく考えれば新年初打ちまで練習は3回と無いわけである。そうか来週はクリスマスか。押し迫った・・・。
 
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2011/12/16

素敵な再現・・・  
 アメリカ人の評価ははっきりしている。日本人の様な曖昧な表現はしない。いいものは身体全体を使って歓喜し褒め称える。しかし駄目なものははっきりと駄目だという。
 ナンシーも目を光らせていた。部屋が騒がしければ『メンバー達の部屋ではないか・・・』大人達のマナーにもダメだしされた。・・・ナンシーは中途半端な表現をしなかった。日本人ならお客さんと扱うかもしれない。しかし彼女はシビアだった。
 第1会場の中学校では彼女は生徒達の間に入った観客席にいた。生徒達の大騒ぎの会場を見て目を丸くしていた。驚いたその表情を思い出す。その夜の第2会場ではスタンディング・オベレーションとなった。すかさずアンコール曲を打つ。またスタンヂィング・オベレーションである。翌日にそんなことは普通なのかと訪ねた。『いや、滅多にないことです。』ということだった。
 昼食の時に秀○の肩を揉んでやった。2回の公演で彼女の肩はコリにこっていた。その様子を見ていたナンシーは私にもやってくれとリクエストされた。その巨大な肩を揉んでやった。気持ち良さそうな顔となった。『うちの旦那にもマッサージをしてやってほしい。』と頼まれた。その夜のカラオケバーでは旦那のデイビットそして彼女の友人と連続にその巨大な身体のマッサージをする羽目となったのである。こちらの肩がこった・・・。
 その後、デイビットの様子が変わった。それまでは何か距離を感じていた。それが友人の様な間柄となった。最後の夜、彼は見たこともない蟹をどっさりと買い込みみんなに振舞った。そして手作りだというワインをご馳走してくれた。そのお返しにまた彼をマッサージした。
 僅かな期間に子供達はナンシーやデイビットのファンとなった。その最後の夜の光景は普通では考えれない様な別れの夜であった。
 帰町して2日後に町にナンシーからメールが届いた。『メンバー達はフレンドリーだった・・・という文面から始まっていた。』そして『また来てほしい・・・』というリクエストで終わっていた。
 彼女のリクエストには10年の歳月が掛かった。いろいろな状況の変化がそうさせた。新たなメンバーを彼女の元に連れて行く。あの時の光景を新たなメンバーが体験する。・・・素敵である。
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2011/12/15

3回公演に決定・・・  
 ナンシーから市を通して公演回数の確認が来る。会場の狭かったアダルト・センターはキャンセルとして公演回数は前回と同じ3回にとお願いした。これで3回に決定である。会場はどこになるかは彼女に任せるしかない。予想のつかない会場があることは刺激である。
 日程的には前回より余裕がある。しかしこのプログラムのボリュームならば3回でもメンバー達には相当の負担となるはずだ。小中学生が多いだけに余裕の分は休息になればと思う。
 前回好評だったチャレンジ・コーナーは今回も各会場に入れたい。このコーナーで会場の雰囲気は一辺に変わる。そして彼らとの距離が一気に縮まる。姉妹都市交流の目玉みたいなプログラムだ。不評だったおかめとひょっとこは止めて、何か違うプログラムを考えたい。
 女子組の『優美』を活用する為に小締太鼓を5台以上持って行きたい。新しい太鼓は軽いのでスーツケースに2台入らないかと思っている。男子の為に斜め台を組み立て式にして持ち込めないか。これらは参加人数がはっきりしてから検討する。
 前回は曲を繋げてのプログラムだった。今のメンバー達は『雄飛』から発生したバリエーションが幾つかある。これをプログラムに活用できないか・・・メンバー達の得意な部分を盛り込めれれば舞台も栄える。それをどうプログラムするかだ。
 前回アンコール用にしていた『山彦』は今回は小学生達の曲に利用する。アンコール曲も考えなければ・・・。
 前回はプレーヤーで参加した。今回はメンバー達に演奏は任せる。・・・しかしどこかで一回ぐらいは・・・
 
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2011/12/14

構成と戦略・・・  
 キャンビーに持っていく太鼓は手荷物で持っていく。飛行機には一人二つの荷物を預けることが出来る。その重量や大きさは決められている。1.5尺の胴太鼓6台と小締太鼓数台・組み立ての出来る四本柱台である。前回の太鼓の運搬費用は現地での宅配に掛かったぐらいである。
 太鼓の台数が限られるということは演奏の人数も限られる。普段演奏する時の様に20台も台数があれば小学生達も中に加えた演奏は出来るが、台数が限られるとごまかしは聞かなくなるのである。それだけ一人一人の能力が必要になる。
 小学生と中学生以上の二班とそれに大人を交えたもう一班、その3班体制となりそうだ。小学生チームは豊穣と山彦を完璧に演奏できるように、中学生から大人の2班はその他の全曲となる。そして全演奏曲のセンターは全部変えるつもりでいる。同じ演奏曲となっても会場が変わればメンバー配置は全て違うということになる。それはどのパートでも全て演奏できるレベルに上げるということになる。それはプレッシャーの分散になったり、体調不良が出た時の保険ともなる。
 全てのパートをこなすにはそれだけの練習量が必要である。そしてその曲を全てマスターすることであり全員が一つとなるチームワークが出来、何よりも自信が出来るのである。
 小学生だけの班にしたのは彼らの成長の為である。上級生を一人でも入れたなら全て彼を頼ってしまうだろう。それでは彼らの自立心は生まれなくなる。小学生達の年代でそのプレッシャーを共にして絆を作っていってほしい。
 絶世は中・高校生達で編成する。そのセンターは誰でも出来るようにする。センターはこの曲の花形である。それは誰しもがなってもらいたい。その練習は今日から始まった。
 これからの練習で気が入らない者は自然に淘汰していくことになる。意気地になったり、やる気がなかったり、反抗したり・・・そんな者を相手にしている暇はない。経験豊かな先輩達のアドバイスを素直に聞き入れる。そういうメンバーでキャンビー公演の訪問団を組織する。そうでなければ成功はしない。
 
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2011/12/13

スノーブロワー出動  
 12月の降雪がいつになく多い。昨日、スノーブロワーを初出動させた。降り積もった60cm位の雪をを一気にはねた。これはいい・・・。これでどんなに降ってもOKだ。ただしばれる前に降った為地盤が悪い。これで地面もしばれてこの次から楽に動けるようになる。
 14万円で購入しレストアした代物だが充分に活用できそうだ。しかしバックをしての除雪となる。バックは微足・低速・高速・超高速の4速しかない。微速では遅すぎ、低速では早すぎと速度調整が上手くいかない。低速で進み排雪し切れなければ走行を止めるという繰り返しである。少量の雪なら問題はなさそうだが。
 ダクトの向きは手動だがスムーズに回っている。ナイス、レストアである。調整はすこぶるいい。 あの着いた時のみすぼらしい姿では値段相応だった。しかし塗装し不良箇所を調整しグリースアップした姿はその値段の数倍と見られるだろう。これは価値ある安い買い物だった。
 今年の冬も雪が多そうだ。利用頻度も多くなるだろう・・・。
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