2012/2/29

リーダーの養成・・・  
 中学生が一班、小学生を二班にして『豊穣』『山彦』『雄飛』の3曲の連続演奏を二回り、計6曲行う。低学年も二班に分けて入れた5人体制である。全曲、何とか叩き終えた。開始からやり直しが一度。中途半端で終わったのが一度。それでも曲らしくなった。
 各班のメンバーは指名したが、オーダーは彼らに任せた。それぞれ自分の位置は決めているようである。小学生の二班はAもBもCも自然にその配置となったようだ。(演奏が出来るメンバー指定はしたが。)
 中学生班(小6が一人入ったが)は今日は3名。『雄飛』を二度演奏させた。3人で打ち合わせをし、予行練習をかかさない。・・・2回目に少しの余裕が出てきた。演奏はまだまだ練習の余地はあるが、思い切りが出てきた。これから伸びていく可能性が充分に見えた。
 団体で修正していくこと。個人で直していくこと。そういうことが見えてくる。人数限定のこの練習は個人レベルがすぐに現れる。特に自信のない子はなさけなくなる。自信の持っている子も不安げである。
 曲を覚えたからそれでいいということにはならない。一曲をどんなに緊張しようが間違いようが最後まで仕上げる能力を養うことなのである。そしてメンバー達の性格も把握しておかなければならない。メンバー達を引っ張っていけるリーダーの養成もその性格からはじまる。現段階では2名が適任と判断している。しかしその2名でとは考えていない。現時点でのリーダーに過ぎないのである。成長をしながらメンバー全てがリーダーとなっていってほしいのである。
 中学生班にすごい意欲を感じた。この意欲は大化けする兆候である。そして運動能力も充分に持ち合わせている。アドバイスも聞き入れる気持ちに変わっている。先輩達は真剣に彼らのパフォーマンスを引き出すアイデアを与えてやってほしい。・・・望んでいるはずだ。
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2012/2/28

先輩達を脅かす・・・  
 昨年一年ですごい伸びを見せたのは何人もいない。ほとんどが現状維持に見えた。一昨年、その前の年はメンバー達の成長は著しかった。ところが昨年はチーム全体がまるで伸びなかった。なぜそういう状況になったのだろうか。学校優先、部活優先が我々の方針である。低学年を除いてほとんどの子は部活を行っている。そしてその部活も活発なのである。練習への参加率も低く、早い時間で帰る子が大半なのである。演奏本番の数も少ないこともある。
 しかし、それだけが原因とは思わない。スキーの指導員時代・・・小・中学生で1級を合格してしまう子供達がその後の技術上達が無くなってしまうという現実があった。合格まではすごい努力をするが、合格してしまうとそれ以上の努力をしなくなってしまうのである。これはその1級技術を維持することも出来なくなってしまうのである。それと同じ様な現象である。コンクールには頑張る・・・しかしそれが終わったらまるで気の抜けた練習となる。彼らにはその目標が解らなくなるのかもしれない。
 先輩達の様な演奏を目標に・・・それが余りにも高く感じるのか・・・或いは満足感なのか・・・コンクールの結果が出ないせいか・・・更にという意欲を見せないのである。これは我々の導き方の悪さなのかもしれない。しかし、彼らの年齢で今の実力・センスは今までに無い高いレベルなのである。それだけ順調に育ってきたのである。
 今持っているもの・・・それでも通用する。町内でも札幌の祝賀会でも絶賛を受けた。それで満足していては困るのである。本当に自信の持った技術はこれから作っていくのである。少しばかり好評を得て満足していてはならない。・・・先輩達を脅かす存在に・・・なってほしい・・・・。
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2012/2/26

一つ上のレベルに・・・  
 20年前の10周年で演奏した『雄飛』の映像を久しぶりに見た。草創期のメンバー達が一番身体が動いていた頃、一番油が乗っていた頃の演奏である。コーチ達もその演奏には敵わないと脱帽する。その一番の違いは表現力の違いである。その雰囲気・味わいは大人の太鼓といえる。そう考えたならばコーチ達はこれからがこういう表現力を身に付けていくのだろう。
 子供達には統制の取れた技術を教えてきている。それは早い技術習得にはなる。しかし反面、表現力も均一化してしまう。少人数の時代から大人数となってその傾向は更に強くなっている。それは我々のチームだけでない。合同曲や日本太鼓連盟などが・・・個性・表現力・チームカラーが統一していく傾向にしていく。それはスポーツなどの一つの種目的な分野という形である。コンクールは更にそうさせていくだろう。
 統一した技術と、そしてそれぞれの個性・表現力の両面を持ち合わせる。技術プラス個性・独自性・表現力・・・個人の魅力とチームの魅力である。
 個性は指導者が作るものではない。アドバイスは出せてもそれは本人の努力でしかない。コピーからコピーではつまらないはずだ。同じことをして楽しんでいることを早く卒業することだ。自己主張すること、そして簡単に真似られない独自の個性を養うことである。
 最初は先輩達のコピーでいい。それを自分でアレンジし変化させていくのである。それを幾度も繰り返していくうちに独自の個性が作られていくはずだ。そしてコーチや仲間達の感想を聞き入れることである。それは更に自分の新たな感性や能力を養うことになるのである。
 ただ言われた事をする。それではつまらないではないか。・・・部活などはそういう傾向のトレーニングとなりつつある。監督の采配が全てとなる。・・・高学年達には自分で開拓していくという一つ上のレベルに上がってほしい。
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2012/2/25

立つ鳥、跡を濁さず・・・  
 先週のミィーティングからメンバー達の態度が変わった。真剣に、素直にアドバイスを聞き入れるようになった。それは練習の度に演奏が変わってるという結果となっている。・・・そうなればコーチ達も熱が入っていく。さらに・・・と研究し頭も身体も使う。互いが意欲を増すことになる。それはメンバー達も、コーチ達も一緒に成長していくことになるのである。・・・やっと歯車が回りだした。この雰囲気が出来れば心配は要らない。
 高学年のメンバー達は、今までの子供の太鼓から自立した大人の太鼓へと進化する・・・その時期となった。親離れをして巣立たせる・・大切な時期である。これを乗り越える者が一人前のプレーヤーに成長する。心を支える自信にみなぎった技をこれから磨いていくのである。楽しい太鼓から感動する太鼓への進化である。それはどんな大舞台でも負けない・・・いや、それが魅惑となる太鼓へにである。それは誰かが望んでする太鼓ではない。自分が演奏する喜びに浸り・酔いしれる・・自分の為の太鼓である。
 
 本当に太鼓が好きならば、どんな環境でも続けていける。・・・そうなるはずである。意欲を失なったことを何かの理由にする。それは自分への言い訳である。・・・それは大変失礼な話なのである。意欲を失ったならば自分一人で去っていってほしい。それを誰かと共存したり、言い訳にしたり・・・自分の正当性をアピールしたり・・・それは楽しんだチームのことを何も考えないで、ただ迷惑を残して去っていくことになる。・・・去る者は黙って静かに出て行ってほしい・・・。何の愚痴も悪口も言わず、波風を起こさないで・・・それが礼儀である。
 『飼い犬にかまれた・・・』そんな経験は幾度も経験済みである。バカなガキどもに翻弄されたこともある。・・・愛情の賭け捨てみたいなものである。・・・『立つ鳥、跡を濁さず・・・』そういう終わり方を・・・少なくとも大人達は教えてほしい。
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2012/2/24

利用し・活用する・・・  
 ガレージにしまったVHSのダンボールを探し出し中身を見た。お目当てのテープが見当たらない。リクエストされた画像を探す。10周年の発表会にその画像があった。中学生達にまた草創期のメンバー達の力を借りる。30周年の歴史があってそしてそれを保存していて先輩達の力を借りれるのである。20周年の時もこの歴史の保存があって『栗沢の四季』を再リニューアルして復活した。それがキャンビーへの夢を実現した。
 先日、名前だけが名簿に・・・というメンバーから『名簿からはずしてほしい。支払っていない会費は振り込む・・・。』という連絡があった。地方に転出して活動など出来ない状態でそのままとなっていた。彼のけじめの連絡だった。『会費は無用・・・。』と伝えた。・・・その彼が残した演奏曲を今の後輩が復活させる。・・・彼からの連絡と、その彼の曲の復活・・・それが同時に起きた。・・・何やら因縁じみた出来事となった。
 第一曲の『豊穣祝太鼓』が小学生達で復活した。そして中学生達も草創期の『雄飛』をベースにして一人立ちしていく。・・更に『栗沢の四季』・『暁の音』・・・30年の歴史を集大成して本当に30周年の価値となるはずである。しかしこれらの多くの曲はこの地元で陽の目を見る機会は極めて少ないのである。・・・単独演奏会を開いたとしても観衆は集まるようなことはない。いや・・・大きな目標がない限り師が創ってくれたこれらの曲は埋もれてしまうのである。・・・それは歴史を失うことになる。
 目新しいことを追い求めるだけが活力とはならない。先輩達が築いた古い事も利用しそれを活用し、そして新しさも取り入れる。30周年ということが新たな歴史のスタートになっていく・・・。今のメンバー達が新たな歴史を築いていく・・・。歴史を守るのではなく、歴史を利用し・活用していくのである。・・・それが次の世代・・・40周年に向かって行けると思うのである。
 
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2012/2/22

可能性がある限り・・・  
 キャンビー公演への挑戦は、メンバー達を悩ませた・・・いや悩ませている。メンバーだけでなくこの大冒険は私も同じ思いでいる。2003年の前回もやはり難産だった。今回も同じ道を進みそうだ。ただ違うことは前回の実績があるということである。そして同じなのは情熱があるということである。
 まずはメンバー達の実力である。間違いなく単独公演が行えるという確信である。それは何年も前から準備を進めてきたつもりだった・・・しかしそれも軌道修正が必要かもしれない。予定はいつも狂うもの・・・その対応もしていかなければならない。
 そして肝心の資金である。・・・これも難産である。最大のいい結果はなくなった。しかしまだ最低の可能性は残されている。『全員で行きたい。』という野望は少しずつ薄らいでいっているが決行する意欲はまだまだ持っている。
 今チームは乱れている。その建て直しをはかっている。しかしそれはキャンビー公演だけが原因ではなさそうだ。幼かったチームは成長したが、成長した彼らは自己意識も芽生た。それぞれの感情は一人立ちし主張しだしたということなのである。太鼓への思いを超えた感情を持ったならばそれを抑えることは出来なくなる。その葛藤はまだまだ続くだろう。・・・その結論はいそがない・・・。
 前回のキャンビー公演は大人達も一杯一杯だった。滞在の期間、気を緩めることはなかった。それは新鮮な刺激だった。・・・週2回の練習をし、毎年恒例の演奏機会を消化する・・・それでいいのだろうか。それでもメンバー達は成長していくだろう。しかし、彼らには更に大きな人間に成長してほしいと思うのである。姉妹都市という関係がありそしてまた来てほしいというリクエストがある。それは大変な行動ではあるがやる価値は充分にあると思うのである。
 可能性がある限り・・・あきらめたくはない。 
 
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2012/2/20

分かれ目・・・  
 太鼓をやめていく通常のパターンは、練習に顔を出さなくなり何の連絡も無くなる。そんな時期が数ヶ月経ってそして『やめます。』といってくる。ほとんどがそういうパターンである。その間は悩んでいる時期なのだろう。そういう時期に保護者からの相談が何回かあったことはあるが、ほとんどは一方的に『やめます。』といってそれっきりとなる。ひどいのは何の連絡も無く今だ消息不明の奴もいる。
 ステージでの本番での演奏はそれはすごいプレッシャーである。そのプレッシャーを乗り越えるにはそれだけのクソ度胸がないと絶えられない。そしてそれが快感とならないと続けられないのである。そこに入り込めれるか・入り込めれないか・・・快感となるか・不快感となるか。・・・それは太鼓プレーヤーとなれるかなれないかの分かれ目となる。
 子供時代の次々に習得して褒められる楽しい太鼓はそれを知らないで、或いは褒められることを期待して乗り越えられる。しかし成長するにしたがい心は別れていくのである。それはいくら太鼓が好きでも技術があっても、演奏するステージの環境が楽しくなければ、そして燃えなければプレーヤーの素質はないということなのである。
 高学年のメンバー達はその分かれ目の時期である。子供の太鼓から大人の太鼓へ、それ以上の太鼓の世界に踏み入れるか入れないか・・・心の葛藤を全てクリアして演奏出来るか・・・これを乗り越えさせたいのである。・・・彼らの心の強さそして意欲を期待したい。
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2012/2/18

危機的状態・・・  
 キャンビーに向かうという意識が強すぎてメンバー達が浮き足立っている。プレッシャーか、或いは煩雑なことか・・・太鼓まで心の余裕が無くなり意欲を失った子もいる。そして我々の方針に疑問を持った子もいる。チームが乱れる危機的な状態となった。
 今日のミィーティングでメンバー達に語った。・・・その抜粋である。
『キャンビー公演はまだはっきり決定してはいない。助成事業の状況で決まる。それは今苦戦している。年前から練習に取り組んでいるのは助成事業が決定してからでは準備が足りないからである。新学期が始まれば部活が盛んになってしまう。その前に必要な曲をマスターしておきたい。みんなは安心して部活に取り組める。・・・しかしそれはキャンビー公演だけのことではない。小学生の『豊穣』は農業祭などでも演奏する。
 キャンビー公演に向かって厳しさは増したかもしれない。それは今までのみんなの行動を見ると海外遠征だけでなくて地方の遠征でもその行動に自信が無かったからだ。昨年の札幌での演奏の時は写真を撮る時も、食事をする時もだらだらとした行動だった。これでは集団行動は取れない。もしキャンビーへ行ってバスに乗り遅れたり、飛行機に乗れなかったりしたならば大変なことになる。キャンビー公演だけに限らずしっかりとした行動が出来るように普段からやってもらおうと決めた。それが厳しさになった。
 我々が叱ったり怒ったりする原因はお前達がつくっている。コンクールの時に前の夕○太鼓を見て怖気ずいていた。彼ら位にビビッてはこまる。コーチ達には絶対の自信を持てるプレーヤーに育ててほしいと頼んだ。しかし、お前達は彼らのアドバイスに素直に聞いたか。茶化したり、言い訳を言ったりふざけたり・・・。もしお前達が教える立場になったらそういう行動をとられたら腹が立たないか、怒らないか・・・。怒られる原因はお前達が自分で作っているんだ。理由も無く怒ることは無い・・・。
 中学生のお前達は身体も大きくなったし力もついた。バチを何組も折ってしまう位になった。もう大人の太鼓を打たなければならない。先輩達の様な演奏をしなければならない。そして絶対に自信が持てるプレーヤーになってほしい・・・』
 ・・・その後の練習を見ると小学生達も、中・高校生達もはつらつと取り組んでいた。わだかまりは少しは取れただろうか。しかし・・・意欲を失った子に意欲を取り戻すのはきびしいかもしれない・・・。
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2012/2/17

貴重な宝・・・  
 前回のキャンビーへ行った時に一番感じたのは中学生達の行動だった。1,200名の生徒達が体育館に集合し解散する、そしてセレモニーの時の態度・行動はまるで統制したかのようなものだった。それでいて太鼓の演奏に対する反応やチャレンジ・コーナーへの参加のアピールは異常なぐらいだった。自由なアメリカである。しかしその自由とは自分勝手ではないという教育である。チャレンジ・コーナーに来てくれた子達もはしゃいでいても気持ちのよい行動をしていた。しかし反面、気に入らないことには露骨にそれを表面に出す・・・自分の感情を表に素直に出すのである。・・・国民性が見て取れた。
 お客さんには気に入らないことでも不快感を見せないのが日本のやり方である。それはそれでその場を上手くこなすのかもしれないが、腹の中は何を考えているかが見えない。好きなのか、嫌いなのか・・・気に入っているのか、気に入らないのか・・・それがなかなか見て取れない。
 高学年になると腹の中が見て取れないことがよくある。一緒に楽しくやっている様に見えるのだが突然にその行動が変わる。特に女の子の行動には驚かされる。溜まりに溜めて爆発するのである。そしてその不満を仲のよい連中で共存させようとする。
 逆に男の子はその不満が素直に言葉や行動で出てくる。それにはこちらも真正面に太刀打ち出来る。彼らにとっては気に入らないのだろうが、こちらが正しければそれは戦っていくしかない。心に溜めない分男の子達はそれで吹っ切れるところがある。しかしそれに戦っていかなければ彼らは暴走していくのである。彼らがいくら腹が立っても間違っていることを修正してやらなければ、それは横道にそれていくことになるのである。ほとんどの男の子はその変化を見抜けるだけに対処はしやすいのである。
 女の子のSOSはなかなか見抜けない。それが早く解っていればその対処はあるかもしれない。腹に溜めた不満は何倍にもふくらんでいく。爆発した時には手遅れとなるのである。大好きなことも一つの不満で大嫌いになるのである。
 自分で思い悩みそして判断してしまう。そこでちょっとでも悩みが聞けたなら、彼らの気持ちが察しできアドバイスも出せるかもしれない。不満だから練習に行かない。そしてその不満も言わない。それでの解決は辞めるという結論になってしまう。それは最悪の結論である。
 彼ら・彼女らが培った技術は貴重な宝である。それは本人だけでなくチームにとっても地域にとってもである。その宝は大切にしたいのである・・・。
 
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2012/2/16

翻弄はされない・・・  
 Jrコンクールが終わって姉妹都市に向かった練習になった。それは遠征出来るメンバーだけの練習ではない。確かに普段演奏していない新しい曲の習得もある。それはキャンビー公演に不可欠な曲ではあるが、もし習得をしていれば普段の出演でも演奏する機会は充分にある。特に小学生達の『豊穣祝太鼓』はこれから何度も演奏するだろう。キャンビー行けないとしても低学年達は一生懸命である。
 そしてメンバー達の実力のアップは欠かせないのである。それも遠征メンバーだけの話ではない。高学年達の実力はまだまだ足りないのである。自分の技術を上げる・・・もし行けなくなってもそれは必ず身につく。
 メンバー達への説明が足りなかったと反省している。もっと彼らの気持ちになって詳しく話をしておけばよかったと思っている。それは次回の練習でみんなに話をしたい。
 先輩達は真剣に子供達のレベルアップに取り組んでいる。それはキャンビー公演になってのことではない。思春期を向かえ或いは反抗期となった連中もいる。今まで仲がよくわがままを言っても聞き入っていた小学生時代とは違うのである。彼らを鍛えたいと思えばそれは真剣となる。そんな時、彼らから茶化した言葉が出たりふざけた行動をとればそれは怒りたくもなる。(この練習が始まる前はそれを大目に見てきたことがある・・・)・・・お互いが違う人格に成長しつつあるということかもしれない。・・・自立心が生まれた子供達・・・一人前のプレーヤーに育てたい先輩達・・・そこに角が立つことは起こる。・・・互いがまだ半人前のプレーヤーと指導者ということである。・・・この関係・・・今のままで静観したい。きっと、解り合える結果となるはずだ。・・・その兆候は見えている。
 子供達に翻弄はされない・・・我々の考えは貫ぬく。しかし、修正しなければならないことは変えていく。情緒不安定でまだ心が育っていない子供達の判断を鵜呑みにしてはならない。楽しい練習はただやりたい放題ではない。『自分の技術が上がっていくこと・・・』それが楽しい練習とならなければならない。・・・ただし、その方法・やり方で子供達の取り組みは変わる。それは指導者の能力となる。
 
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2012/2/15

また雪で中止・・・  
 今日は風邪が強かったが一日晴れていた。雪が舞い始めたのは午後6:00過ぎでその後すぐに吹雪となった。急遽、練習を中止した。・・・練習中止の連絡は午後6:00までに連絡ページに掲載することになっている。しかし今日はその時間が過ぎていた。何人かのメンバーに中止の連絡を入れた。
 我が家は市内で一番南に位置する。練習場は北へ4km、岩見沢市街までは15kmである。一日晴天でも北の空は一日曇り空であった。おそらく雪が舞っていたのかもしれない。市街は2m近い積雪だが我が家は1m40〜50cm位である。ほんの数距離でそれだけの違いがある。我が家の状況で実施・決行の判断はなかなか出来ないのである。・・・メンバー達には自己判断で決めてほしいと伝えている。
 この冬はこれで3回目の中止である。この後も何回かあるかもしれない。去年今年と気象は確実に変わった。自治体も除雪費に悲鳴を上げているが、我が家も除雪の燃料代がすでに昨年の一冬分を超えた。また補充しなければならない。隣家の除雪を請け負っているがそれも燃料代で消えてしまいそうだ。・・・スノーブロワーを買わなかったら大変なことになっていた。
 明日も除雪である。年前から除雪をしなかった日が少ないのではないだろうか。昨日の暖気で落雪した雪もまた撥ね無ければならない。・・・お陰で体力がついた。
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2012/2/14

意欲を導き出す・・・  
 暖かい日(最高気温が+2℃だった)がやっときたが明日からまた寒気の予報である。また雪か?うんざりである。
 高学年の練習をお兄さん・お姉さんに任せるている。私よりリズムも曲も彼らの方が師範できる能力を持っているし技術の見分ける能力もある。・・・ただ経験不足と若さというところがある。それはまだまだ中途半端な指導者ということなのである。どんなに優れた演奏をしようが、どんなに優れた理論を持っていようが、指導していくというのは全く別次元である。覚えた者が知らない者に教える。それが指導者の最初の経験である。そして教え方・方法そしてそのアイデアを独創して一人前になっていくのである。
 指導者の最後の切り札がある。それは説教なのである。・・・それはよっぽどのことが無ければ出してはいけない最終手段である。叱って、怒って育てるのは自分の指導能力の無さを表していることにすぎない。出来なければ・・・どうして教えようか、どう伝えようかということを考えなければならない。子供達のやる気の無さを理由にするのは自分の能力不足ということである。
 太鼓が好きだから入ってきた子だけではない。親が鍛えてほしいと入れてきた子もいる。・・・内心にはいやいや始めた子もいるはずだ。そんな子達も太鼓の魅力を知ってそして仲間になっていくのである。
 子供達に意欲を作っていく・・・そういう方法が大切なのである。意欲が無いと叱って意欲は決して生まれない・・・。
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2012/2/13

柔軟なやり方・・・  
 顧問・相談役の依頼に町内を回ってきた。どこもかしこも雪で覆われている。この前排雪したばかりの道も交差するのがやっとという調子だ。その後、岩見沢まで・・・そこは更に道幅が狭く脇線に入ると徐行したり譲り合っての走行であった。
 キャンビー公演の練習となってから子供達の様子が変わってきた。小学生達はやたら意欲的となったが、主力となるはずの中・高校生達の様子がおかしい。確かに彼らは大変な環境の中に入っていくかもしれない。受験を向かえる子もいるし、部活との両立ということもある。・・・そしてお金ということも。順序を経て進めてきたつもりだったが子供達との話し合いが少なかったのではないかと反省している。
 一年も前から・・・と思っているかもしれないが、出発前の1〜2ヶ月に集中してというスケジュールはまず組めない。助成事業の申請は前年の12月が締め切りである。その結果は翌年の(今年の)春となる。助成金も決まらない見切り発車である。しかし小学生がいたり、夏は部活が盛んになったり出演にも追われる。受験などの勉強で練習を休むことも多いだろう。・・・助成が決まってからのスタートでは『間に合わない・・・』という判断だった。・・・そんな話もしたと思うが、そういうメンバー達の条件の中で公演を成功させられる方法だと考えたからである。
 コンクールの練習でも全員が揃うことは幾度も無かった。それでも何とか参加できた。ただ一曲の演奏でそんな状態である。それを何曲も演奏するには長期間からの準備が必要なのである。それは焦っているからではない。条件に合わせた対策なのである。子供達だけでなく大人達もそれを理解して取り組んでほしい。無理な強要や指導は子供達の意欲を失ったり迷わせる原因を作ってしまうかもしれない。慎重に、言葉を選んでアドバイスしてほしいと思う。
 前回の時も子供達が意欲を持ってまとまりだしたのは出発間近になってからだった。完成品はそういう時期でいい。今やるのはその下準備なのである。演奏技術、演奏リズムの習得である。そしてメンバーが揃えば演奏曲の練習にと・・・その練習の時の状況で方法も変える。そういう柔軟なやり方しかない。・・・太鼓一色にはこのチームは染まらない。
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2012/2/11

失うこと・・・  
 夕べ、コーチ二人と居酒屋で一杯やった。終始、楽しい話題が続いた。二人とは彼らが中学生の時からの付き合いとなる。二人とも決して問題が無かったわけではない。生意気なことを言っていたこともあるし、感情的になったこともある。その都度真正面に接してきた。その時の彼らに嫌なことも言ったかもしれない。しかしそれは大人になってその時のバカさ加減が解るのである。思春期の子達には常識は通用しないことも間々あるのである。
 こんな親父が彼らとこうやった付き合いが続いているのは、絶えず同じ目線で物事を考えてるからだと思っている。発想や願望もそうだし悩みも彼らに相談する。自分の持っていない能力は彼らも知っているし、それを補ってくれる。そしてお互いが成長してきたと思っている。
 チームは絶えず進行形でメンバー達も日に日に成長している。身体はもちろん心も絶えず変化している。思春期の子達はそれは敏感である。それを察しそして導くのは並大抵のことではない。それを心の内に溜め込まれては我々は手に負えない。不満を露骨に出してくれる方が彼らと話し合え妥協もしやすいのである。
 我々は一緒に成長しようというチームである。お互いの弱点を補っていくのである。互いの悩みも共有するのである。しかし、チームを去ったならそれはもう補えなくなる。もう我々の手の届く範囲とはならなくなる。メンバーでいたならば、それは兄弟であり親父であり孫であり友人なのである。・・・去ってしまったなら、それらを全て失ってしまうのである。
 活動は全て自由という考えを持っている。メンバー達がチームに束縛されないで活動できる。・・・部活も仕事もプライベートも尊重する・・・それでも不満を言うのは本人のエゴというしかない。・・・気づいてほしい・・・。
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2012/2/9

苦労を楽しんで・・・  
 市町村合併の前の年の秋、町からの感謝状を受け取りにナンシーが来町した。歓迎のセレモニーに歓迎の演奏をし、その翌日にナンシーと一日をすごした。うどんをみんなで打ち試食しゲームを行った。その朝、市内のホテルに会長と通訳の乃○恵さんと3人で迎えにいった。彼女の第一声は『いつまた来るのか?・・・』だった。・・・会長は『30周年に・・・』と答えた。彼女は『そんなに待っていられない。』・・・と。
 市町村合併の荒波はチームに重くのしかかった。キャンビー公演どころの話ではなかった。継続する為の資金がやっとという状況だった。辛抱に辛抱をして何とかそれを乗り越えた。そしてやっとナンシーのリクエストに答えられるところまでに近づいたのである。・・・やはり会長の答えた30周年になってしまった・・・。最後のチャンスだと思っている。このチャンスは何が何でも成功させたい。・・・申請した国○交流基金の助成は、今回がダメでも6月にもう一回の申請機会がある。・・・諦めないで取り組んでいく。
 前回には町という大きなスポンサーがあった。そして万全のバックアップをしてくれた。しかし今回は行政に頼るところは現地との連絡しか無いのである。助成事業の申請もお手伝いは何も受けていない。行政からは案内だけである。全て自力でこの道を開拓していくしかないのである。
 2006年のハワイ公演のように助成を頼らず全て自己負担の出費ならばこんな苦労はしなくてもいい。しかしそれは現実にはならない。その経費はハワイ公演の倍に近い額になる。そして一人でも多くの子供達を連れて行きたい。そして・・・兄弟が多い家庭への負担も少なくしたいのである。
 前回も今回も学ぶことが多い。・・・自分を鍛えるいい機会である。・・・そう考えたならば苦労とはならない。むしろこの苦労を楽しんでチャレンジしている。メンバー達も楽しんで練習をし準備をしてくれればと思う。
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