2012/3/31

コーチング・・・  
 中学生の男子達の演奏が変わりだして来た。それは心が変わりだした証だ。アドバイスも素直に聞き入れだした。そうなると面倒を見るコーチ達も真剣になる。互いが力を合わせる相乗効果となるのである。
 秘密兵器を活用して更にその効果は上がる。自分で確認しそしてアドバイスを受ける。それは言葉で受ける注意では理解できなかったことが自分の目で確認し理解できることになる。そして修正することを意識しイメージができる。上達速度は飛躍的に変わる。その効果は非常に大きいのである。しかし、それは活用しだいである。的確に利用して効果となる。
 『顔を上げろ!』・・・この指摘だけではお客さんに顔を見せなさいと受け取られる。しかし顔を上げ視線を変えるだけでフォームはがらっと変わる。視線を上げれば背筋が伸びる。それは加重や重心の位置を変えてしまう。前足にあった加重が中心に移動するのである。顔を上げれば肩の位置も変わる。それは腕を伸ばす方向が真上に上がるようになる。肩関節の稼動域も広がりより腕の振りも大きく使えるようになる。・・・何故、『顔を上げろ』というアドバイスをするのか・・・それは見てくれではなく、これだけの狙いがあってのアドバイスなのである。
 コーチングとは指摘することではない。その裏づけがあって指導することである。そしてその裏づけを彼らに理解してもらう。それがより早く、より高い技術に導いていくことになる。それはコーチとの信頼感も増すことになるのである。
 コーチをする彼らは私と一緒に今の技術を導き出した。そして今度は、彼らが若いメンバー達と一緒に若いメンバー達の技術を導いていくのである。・・・それはごく近い将来に実を結びそうだ。
0

2012/3/30

大変身へ・・・  
 恥ずかしさが拭えず思い切りがつかない子がいる。それは叱っても、怒っても解消できるようなことではない。太鼓が好きだからでもない。あくまでも個人の心の問題なのである。その心に立ち向かっていけるか・・・心の葛藤を彼らはしていくのである。・・・それに立ち向かい続けることが重要なのである。それを脱皮してしまう切欠が必ずやってくる。・・・それを機会に心は大きく成長する。しかし、我慢できずにリタイアする子も多いのである。
 ステージで演奏することはすごい緊張感との葛藤となる。それを振り切り、開き直り演奏やパフォーマンスを出せる人間と出せない人間がいる。出せる子は快感となり更にという意欲になる。しかしそれを吹っ切れない人間は負けていってしまうのである。
 それは性格だけでなく生活環境や成長期の心の変化でも現れるようだ。低学年の時には何も考えないでやれたことが成長してやれないこともある。男子は小・中の時に、女子は中・高の時に変わってくる事が多い。しかし、本当に好きな子は何事も無かったかのように乗り切っていく。
 太鼓だけでなくスポーツでも、音楽でも、勉強でも・・・同じ様なことがある。練習では出来たことが本番やテストでは実力が出ない。メンタルな面を鍛えることが大切なのである。・・・少なくとも他のチームの演奏にビビッていてはどうしようもない。逆に負けてたまるかという根性を持たなければ・・・。
 スキーの指導員時代にも感じたことだが、栗沢の子はおとなしくいい子が多い。それは逆に気弱な子が多いということになる。祖父母との同居であったり、農業などの自営業が多いや地域の人達との繋がりが多いなど・・・環境がそうさせているのではないかと思う。おっとりした性格の子が多いのである。それは悪いことではない。しかしそれは内向型が多く積極型の子が少ないということである。
 太鼓の演奏は内向型では務まらない。アピールしていく・・パフォーマンスを見せる・・そういう積極型の人間に導かなければならないのである。それにはどうしてもやらなければならないという状況を作ることかもしれない・・・その大変身を目撃している・・・。
0

2012/3/28

秘密兵器・・・  
 動画も撮影できるデジカメを練習に投入した。その場で速やかに演奏フォームを自分で確認できる。モニターは3インチだが機動性があり手軽である。フォームをチェックするには都合がいい。何よりも自分で判断できることが修正にすぐに役立てる。この秘密兵器、活用できそうだ。
 ビデオカメラがまだ普及されない頃から、スキーのフォームのチェックに活用した。他人のカメラを随分利用させてもらった。それは講習にも活用した。動画を見ながら自分の滑走を確認して理解する。それは手っ取り早く本人が納得し修正していけるのである。
 ビデオはコンクールの練習にも活用してきた。しかし一式をいつも用意するのはおっくうなのである。そして携帯の動画では画像が悪くとても活用できない。先日叔父から『これ要らないか。』とその秘密兵器を置いていった。12,000画素の写真撮影にHD内臓で80分の動画撮影が出来る。今日の練習にテスト撮影をした。・・・画像も活用に充分であった。個人練習をしている今の練習には大いに役立ちそうである。コーチにさっそく預け活用してもたった。
 動画は活用の仕方ですごくいい方向になる場合と逆になる場合がある。自分の演奏に自信のある子は興味津々となるが、自信の無い子は見ることを嫌がるのである。いつも注意ばかりを受ける子は尚更である。その辺の使い分けは必要なのかもしれない。・・・自分で自分の不甲斐なさは見たくないものである。
 更に・・・と思う子にはこれはすごい兵器となる。そしてアドバイスを素直に聞かない子には自分で自分へのダメだしである。このダメだし・・・何度も経験した。その都度、自分の鼻を自分で潰してきたのである。・・・それは他人の批評なんかより数段キツイのである。・・その後の修正に努力したものだった。
0

2012/3/27

夢・・・  
 スポーツ保険の更新時期に来た。掛け金が少し上がった。練習に来ない子や太鼓をやりたい子がいて更新をどうしようかと悩んでいる。しかし手数料をケチって、もし事故でもあったら・・・全員の更新を今週中にするつもりでいる。・・・何をやらかすかわからない連中である。念は必要である。
 修復したバチは充分練習に耐えているようだ。なんたって、今は技よりも力任せの太鼓なのである。低い姿勢でも胴を打たずに皮が打てる技術がまだマスター出来ない。脱皮途中なのである。これを超えることが上級者への進化となる。それまでは何本もバチを折ってしまうだろう・・・。これも上達する為の投資である。意識して打ち込みそしてそれが無意識でも出来る。そこまで行けば本物である。まだまだ無駄な力が入ったカチコチの演奏をしている。これでは手首を使うことは出来ない。柔らに筋肉を動かし余裕を持った運動が出来ればこれも解消する。・・・フォーム作りと曲作りを同時に進めている。
 本来ならばこの時期までに『四季』や『暁の音』を習得しておく目標だった。しかし、状況が変わった。曲習得を後回しにして個人技のレベルアップに向けた。練習に欠席者が多かったせいでもあるが・・・。この変更は良かったのかもしれない。キャンビーへ行くとすれば自信に満ちた技量を持って彼らに参加させたい。曲習得はぎりぎりの方が熱が入るだろう。そしてメンバー達の気持ちである。半端な気持ちで遠征団には加わってほしくない。
 夢も目標も無い活動には活力など生まれない。活力が無い活動に魅力はない。『太鼓をやりたい。』・・・そういう新たな子がいることは、まだまだ廃れていないのである。そんな子をまた一から育てることは未来があるということなのである。夢を持って来る子にその夢を提供することが我々の目標なのかもしれない・・・。
0

2012/3/25

悩みは変わらず・・・  
 高学年の演奏が変わり始めた。完成にはまだまだ先はあるが可能性が見えてきた。しかし、個人差がついてきている。
 アドバイスを素直に聞き入れ努力をする者としない者・・・教え方が悪いとかいいとかという以前の問題である。運動能力やリズム感など、当然個人差はある。しかし、現状のメンバー達にそんな大きな差は無い。あるのは本人達の気持ちの差である。ただ言えることは努力している者はすごいプレーヤーになってほしいことだ。逆に言えば聞き入れない、言い訳ばかりを言う者は上達する権利が無い。・・・誠意を持ってアドバイスを受けてほしいのである。
 上達しないの・・意欲をなくしたのは・・・指導者が悪い・・・そう思うならそう思えばいい。しかし我々のスタンスは変わっていない。変化を見せているのは子供達である。それを我々のせいにしてもらっては迷惑な話である。順調に成長し順調に大人になっていく子はめったにいない。思春期があり、反抗期があり・・・。心が揺れる時代に一緒に太鼓をやっているのは、それは本当に太鼓が好きな子といえる。そういう子はやはり上達していくのである。
 1年生に入ってきて4月から4年生になる子がいる。丸3年太鼓をやってきたことになる。しかしその子はまだ1曲もマスターしていないのである。自分で覚えようという意欲がまるで無く、いつも他人を頼りにする。何度注意しても横を見る。1年生の時よりはいくらかは成長したが4年生とはとても思えない。果たしてこのままで・・・。
 前回彼に告げた。『4年生になるまでにこの曲を覚えないのならば太鼓は首だ・・・。』・・・脅しつけるようなやり方だが、こうでもしなければ彼は変わらないと思ったからだ。しかし、そう告げても何分か後には元の態度になっている。おそらく勉強も・・・。
 そんな子も演奏の中に入れてきた。・・・しかしそれがいいことなのかと考えている。経験さすことが成長になると考えてきたが『こんなんでも演奏できる』と考えたならば逆効果となるのでは・・・。
 それはこの子だけのことではない。彼ら達に求めているのは、それぞれのレベルの1歩先のレベルである。一度の注意で済む子、注意しなければしない子、それすらしない子・・・ジュニア部を作ってから20数年経つが悩むことは同じことである・・・。
0

2012/3/22

カルチャーショック・・・  
 太鼓に入りたいという問い合わせが・・・近々、見学に来るようだ。
 2006年のハワイ公演・・・小・中学生達の演奏には不安があった。会場に負けて怖気づくのではないか・・・演奏が途中で止まってしまわないか・・・。そんな心配は不要だった。むしろ普段見せない思い切ったはつらつとした演奏をしてくれた。
 『旅の恥は掻き捨て・・・』そう割り切ったのかもしれない。・・・海外へわざわざ行くのはそういう狙いが一番ある。国内の演奏のプレッシャーと海外でのプレッシャーは全く別物なのである。大の大人の我々も独特の緊張感を味わった。しかし、そのプレッシャーは国内の方がよっぽどきついのである。間違うとか失敗するという考えはまるで無かった。もちろんチョンボは誰でもやった。しかしそのチョンボも笑ってしまうのである。
 大丈夫だろうかと心配したへたれの子が、まるで人が違うような演奏をした。それはとても考えられないような変身だった。それはどの子もである。普段の実力を超える演奏を見せた。・・・もしこの経験が出来なかったなら、彼らはそれで終わっていたと思う。
 この満足感は国内では絶対に経験することは出来ない。カルチャーショックをいいだけ受けるのである。それはとても心地のよいもので、そしてすごい自信となるのである。
 助成事業の最後の砦が来月決まる。・・・今はじっと祈る気持ちで待っている。もう一回のチャンスはあるが、楽な気持ちになる結果を期待している。
 幾度も言いだしっぺの案を出した。それらは沢山の人達が理解してくれ、バックアップしてくれたお陰で実行できた。今回も応援している人達は多い。その為にも実現させたいのである。
0

2012/3/21

初めての経験・・・  
 年前から休んでいた子が練習に顔を出した。何も言わずに参加させた。その子がどうして休んでいたかを問い詰めるつもりは無い。そして今まで通り平等に接する。・・・『来る者は拒まない、去る者は追わない。』が基本の考えである。ただ、足を引っ張る行動には断固たる手段はとらせてもらう。・・・練習に来ることは意欲があると判断する。そういう子は歓迎する。
 今の練習は彼らにとっては一番きつい練習かもしれない。これまでの甘えたフォームから求めるフォームへの大転換だからである。それに付き合う我々もきついのである。しかしこれを超えれれば彼らは間違いなく大きく変わるのである。
 斜め台を使い出してからそのフォームを研究した。そして彼らはそのフォームをマスターした。しかし、いざ平台になると平台のフォームがまるで出来なくなっていた。・・・申し訳ないがこれは初めての経験なのである。一○や智○は平台のフォームをマスターしてそして横打ちに進んだ。彼らはどちらもこなしていくフォームを持っている。しかし子供達にはその応用は出来ないのである。
 横打ちで作ってしまったフォームは、平台には悪い癖となったのである。それを彼らに理解してもらい、そして平台のフォームもマスターするのである。どちらの台でも応用する能力を身に付けるのである。それが出来た時、彼らは飛躍的に変わるはずである。
 大締太鼓や斜め太鼓のように横方向に打ち込む演奏は、重力や体重を利用できない力太鼓なのである。それをそれに合うフォームを作って小学生達でも打ち込めることが出来た。難度としてはこちらが高いと思うのが普通なのである。しかしそればかりをやっていては応用能力がなくなるということが解った。・・・これは我々の予想外だった。しかし、一つがマスターした彼らにはそんなに時間が掛からず二つ目も消化してくれるだろう・・・。
 久しぶりに来た子が彼らの変わりように驚いていたという。・・・いい感じになりつつあるが、まだまだ修正する箇所が幾つもある。そして彼らも変えようと努力をしている。これは大化けするぞ・・・。
0

2012/3/20

意識改革・・・  
 低い姿勢をとれ・・・前を見れ・・・そんなことを今までは理屈なしで一方的に注意してきたかもしれない。何故低い姿勢にならなければならないのか。何故前を見なければならないのか。・・・そういう注意を『こういう理由で・・・』と説明するように努めている。
 幼かったメンバー達も成長してきた。理屈で理解する年齢になってきた。それは身体だけでなく頭でも理解して上達させていくことになる。どういうフォームで、どういう運動で・・・その見る目も同時に養っていくのである。それは同年代が互いにライバルになっていくことにも繋がる。
 理解し習得していくことが、早く成長していくことになる。・・それがマスター出来ない子は立ち遅れるという事実である。互いが技術アップしていく過程の切磋琢磨していく環境が大切なのである。仲良しこよしから早く脱却しなければチーム全体の底上げにはならない。個人レベルの技術アップがチーム全体のレベルを押し上げる。
 『・・・みんなでやれば怖くない。』・・・そういう環境になっていた。それを早く脱却しなければ海外公演など出来るはずが無い。肝心な時に怖気づいていてはこまるのである。その為には絶対の自信を持った演奏が不可欠なのである。自分に自信を持ち開き直る気持ちが必要なのだ。それも期間は限られている。
 意欲が無くなった、太鼓がいやになった、そんな人間など相手にしている暇は無い。今練習に来ている前向きなメンバー達を、見知らぬ地でも堂々とパフォーマンスが出来るプレーヤーに育てる。それが自分に課せられた任務と思っている。『誰かを当てにする。』から『自分がやる!』という積極な気持ちにである。
 
0

2012/3/18

インパクト・・・  
 打ち込む最後は、手首のインパクトである。・・・ほとんどの子がうまく使えないのである。その共通の弱点・・・それを解消しようと取り組んでいる。
 太鼓を上手く打ち込めれるプレーヤーは、打ち込んで返ってくる反動を上手く活用している。太鼓の皮の反動・・・それはパワーが大きくなればなるほど返ってくるのである。それを活用することはパワーを効率よく使っていくことになる。・・・それを使えるか、使えないかは大変な違いなのである。
 手首のインパクトの使い方が皮の反動をうまく活用できることに直接関係している。・・・最近、気がついた。
 手首を上手く使えないということは、太鼓の胴を打ったり、皮を大きく震わすパワーとならなかったり、その反動も使えないということになる。さて、そのインパクトをどう強くしていくかである。
 効率の良い打点はバチの角度が極力皮の角度に近い方がいい。パワーを与えるには重力や体重や筋力・速度を強く・早くすればいい。遠心力は支点から遠い程強くなる。・・・それらの全てがクリアできるフォームが理想になるはずである。
 遠心力は支点から遠い程あるということは、腕を伸ばせるだけ伸ばして打つということになる。それはインパクトの時に肘が曲がっていないということになる。そしてその角度が皮に近い角度ということになる。バチが胴に触れるぎりぎりに肘を伸ばして手首を使って打ち込む。これが一番パワーを伝えることになるのである。・・・それがマキシマムである。そのマキシマムになれる、そして更に運動が出来るフォーム作りである。
 ちなみに・・・インパクトは手首だけではない。肘の使い方が一番大切である。
 
0

2012/3/17

まめに・・汗を流して・・・  
 見本を見せながら小学生達のフォームの修正を行っている。すぐに手を抜く彼らより見本を見せる身になってもらいたい。毎回、汗だくとなり脚の筋肉にも・・そして腰にもくる。身を挺して伝えることが徐々にようやく伝わりだした。太鼓の音が変わりフォームが安定し振りが変わってきた。
 市内の野球選抜候補がそのパワーでバチを折ってきた。修理が出来そうな折れ方である。『打ち方を変えないと何度でも折ることになるぞ・・・』『ウン〜』といいながら新品のバチを手渡した。『修理が済むまで使っていろ・・・折るなよ。』・・・その後、彼のフォーム修正と打つ方法の違いを教える。
 小学生も高学年も共通した弱点があった。強く打つことがパワーという勘違いである。パワーはもちろん必要だが音を出すのはパワーだけではない。打ち込む最終の段階のインパクトがみんな誤解していたようだ。それがバチを折るという結果となった。今までの練習に取り入れていなかった我々の未熟さである。練習時間の短さが基本の練習をおろそかにしてきた。決まりきったことの繰り返しでは手を抜く練習となるということである。それが表に出たのである。少し遠回りとなってもこれだけは解決して於かなければならない。化ける為には必要な感覚である。
 打つ音が変わることを知ると彼らも納得する。苦しくてもそのフォームや打ち方をするようになる。言葉で指示をしても彼らは納得はしない。実際に自分が変わってくることが解るとやらざるを得なくなるのである。師範して見本を見せる。身体を理想的なフォームに修正させ打たせる。その繰り返しである。・・・まめに・・・汗を流してである。
 意欲は・・・待っていて出来るものじゃない。・・・きっかけが必要なのだ・・・。
0

2012/3/16

二つのフォーム・・・  
 木の目にそって真っ二つに折れたバチを木工ボンドで接着した。強度を増すためにドリルで穴を開け竹串を刺した。万力で圧着させた。
 全部のバチを折って低学年の時の短いバチで練習していた5年生に、私の使っていたバチを渡し練習させていた。練習後、神妙な顔で『折れました。』といってそのバチを返してきた。・・・彼は過去にもバチを折り補充をしている。彼の演奏技術に問題があるわけである。
 それは彼だけのことではない。横打ちや斜め太鼓を主にやってきた男子組の平台の打つ共通する弱点なのである。横打ちのフォームで平台の演奏をしてしまうのである。平台の演奏フォームの矯正が最大の課題なのである。
 体重や重力を使えない横打ちの方が本来ならば大変なのである。それだけ身体全体の筋力を使うことになる。そのフォームで平台を打つ技術もあるが、それは更に難度の高い技術である。下半身の柔軟性と筋力が要求される。それを習得するには相当の努力が必要になる。子供達にはこの技術はまだ先の先である。
 彼らに求めているのは重力と体重を使える技術である。高学年は、そのフォームをつくりながら個人の演奏曲を創っていく。そこにパワーとスピードそしてオリジナリティーを加えていく。小学生達は、そのフォームを作りながら『豊穣』『山彦』を完璧にする。
 横打ちのフォーム作りも大変だった。それが出来たのだから平台のフォームも必ずマスターできるはずだ。・・・この二つのフォームを持つことは様々な表現力に繋がる幅の広い技術となるのである。
 ・・・様々な打ち方がある。研究し、貪欲に吸収していってほしい・・・これでいいで終わらせないで・・・。
0

2012/3/14

本人しだい・・・  
 小学生と高学年と二班に分けて練習している。一緒に同じメニューの練習となると小学生達は高学年に頼ってしまう。自立心が生まれないのである。彼らにははっきりと2曲を完璧に・・・と伝えている。しかしまだ真剣に取り組む姿勢が見えない子もいる。・・・これが厄介である。
 演奏曲の習得は一応順調に進んだ。しかし演奏フォームや技術が課題である。これは小学生だけでなく高学年もレベルが違う中で課題なのである。演奏曲を習得しながら演奏技術を上げていく。どれだけいい曲を持とうが技術が伴わなければ何にもならないということである。彼らはそこそこのセンスを持っている。技術をアップしていく能力は充分にある。その導き方と彼らの努力ということである。
 高学年はコーチ達に任せるつもりだったが、でしゃばることにした。コーチ達の彼らの引き出しも広げてやりたいし、彼らの技術も高学年達と一緒に上げて行きたい。彼らは練習も参加が少ないしコーチすることが練習にもなっている。彼らも更にステップアップさせたい。高学年をコーチしながら自分の技術アップとなってほしい。
 演奏曲をどう表現していくか。感性を磨き、その感性を身体全体を使いながら表していく。気合があれば・・・それだけでは・・・そして手先だけでも・・・。最後は身体能力が伴ってくる。その身体が使える運動やフォームがどうしても必要になるのである。
 努力をしなければ超えられないことがある。そしてその努力することがわかっている。・・・それは本人しだいということである。
0

2012/3/12

課題の技術・・・  
 明日は中学校の卒業式である。育○が義務教育を終了、入試結果を待つ・・・。大丈夫のようだ。

 上下動を使った打ち方は簡単に入っていけると感じる。小学生達にも意識して脚部を動かすように指示している。しかしこれは上下動の取っ掛かりにすぎない。脚部の運動を使う打ち方は非常に難しいといっていい。
 脚を伸ばす・脚を曲げる・・・この両方の動作には共に押すという筋力なのである。ただ身体を上下さすということではない。伸ばし押しと曲げ押しという押しつける運動なのである。バネには伸ばすバネと押し付けるバネの2種類があるようにである。そのどちらかを利用するのではなく伸ばし押し曲げ押していく、この両方が使えて本当の質の高い運動になるのである。
 その両方を使えている者は顔を見ればすぐにわかる。使えてない動きの者はいつも顔が上下している。本人は視界がいつも動いて見えているはずである。一見すれば動きのあるプレーと思うかもしれない。しかしそれは落ち着きの無い暴れた演奏なのだ。そしてパワーが伝わらず太鼓を打ち込んでいないということになる。音も鮮明とはならない。
 この高度なプレーをするプレーヤーはほとんどいない。いや、それを解っている指導者がいないということなのかもしれない。運動能力が優れたプレーヤーで無意識にそれを使っているプレーヤーはいる・・・。『上手いなあ・・・』で終わってしまっている。それは指導者が見抜けないということである。それは特別と思ってしまってはそれ以上のプレーヤーが育たないということなのである。脚の運動を一から教えれれば、すぐれたプレーヤーが何人も育つことになるのである。
 この上下動を使ったプレーはあえて封印してきた。簡単に見えるがそれを会得するにはそれだけの苦労となる。筋力を使うことはそれだけしんどいのである。その意欲を持たなければ自分のものにはならないのである。
 この運動を意識して使っているのはチームの中にもいない。ほとんどは曲げ押しのバネしか使えない。無意識にお姉さん達が学生の時に使っていた時もあるが・・・。そういう時のプレーは身体から無駄な力が抜け流れるような動きとなっているのである。・・・これからの課題である。
 
0

2012/3/11

震災一年・・・  
 ラジオの『黙祷・・』という声に合わせて黙祷していた。・・・特番が組まれ一日中震災の模様が映し出されていた。胸が痛くなるようなあの映像をまた胸を痛くして見入った。同胞が受けたこのキズは簡単には消えそうに無い。我々が彼らと同じ境遇に置かれたなら・・・想像するだけで怖い思いである。
 昨年の今日、夕方に智○からの『無事だから・・・』という連絡が入った。その時はまさか北海道に戻り一緒に太鼓をやろうとは・・・。ブランクの身体は引き締まり、彼の持ち味の切れのいい振りが復活した。
 戻ってから・・いや、避難してから・・いや、転勤してから・・・随分チームを助けてくれた。ほとんどの出演機会に演奏してくれた。なによりも後輩の男の子達を鍛えてくれたのはありがたかった。農業祭で男子組の大締太鼓の一本打ちが出来たのも彼のお陰である。小4以上の全員が大やぐらの天辺で打ち鳴らしてくれた。
 
 30年の歴史は山あり谷ありであった。何度も窮地に陥った。そして何度も立ち直った。メンバーを失えば、また一から育てた。死んだ曲は、また復活させた。・・・そんなことを何度も繰り返してきた。そして今年の30周年となった。
 順調に30周年を迎えた・・・と思ったがまたいろいろとありそうである。音信をとだしたメンバーがいる。何が不満なのか・根性なしか・・・一番迷惑をかけるパターンである。・・・甘ったれなのだ。
0

2012/3/10

義援金・・・  
 昨年の出演の度に義援金箱を設置した。そして出演謝礼の中から3万円を加えた36,375円を智○の住む南相馬市に贈った。いや、智○に委ねたのだが・・・。南相馬市からその礼状が届いた・・。
クリックすると元のサイズで表示します
 日本太鼓連盟や関連の様々な団体から義援金の協力を依頼された。しかしそれらに出金すればそれで事足りるのだろうが、チームの仲間がいる以上、チーム単独で彼の住む市へ贈りたかった。我々のチームの力ではこれぐらいのことしか出来なかった。少ない額だが何かに役立ててくれればうれしい。早い復興と智○が我が家に戻れることを祈りたい。
0


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ