2012/7/30

そろそろ本腰を・・・  
 この暑さとオリンピックの放送で疲れが・・・暑さには暑さで鍋を喰ってスタミナを・・・そして戴いた余市ワインを飲みながら今月のスケジュール表を作った。
 今日も出演依頼が一つ・・農業祭の出欠のFAXが・・・現在、参加が4団体・・不参加が2団体・・こ○ぶき太鼓からFAXは届いていないがおそらく参加はしてくれるはずだ。となると最低希望の5団体は確保しそうだ。締め切りが5日なので今週に連絡が幾つも舞い込む。・・・こうなったら後3〜5団体は・・・あつかましいか。
 農業祭の演奏会は伸び伸びとした形にしたい。太鼓の台数は限られるが、どこにも無い大やぐらを使った3Dステージやてっぺんの大締太鼓を大いに使ってプレーヤー達に楽しんでもらいたい。そして和気あいあいと交流を結べたならば大成功である。そして、その後の盆踊りにも自慢の盆太鼓で競演できれば、また楽しい・・・。
 ・・・そう思ってはいるがまだ内容はザックリとしか頭に無い。キャンビーがキャンセルになった以上、この演奏会が実際の30周年のメインとなった。各チームには無償でいいのだが・・夕食代ぐらい何とかならないか?・・・ティッシュの一箱でも?・・・感謝の気持ちを少しでも・・・積み立てを少し崩そうか・・・
 来てくれたチームに『来年も!・・・』とリクエストしてくれる様な演奏会に・・いや祭りにしたい。『宵祭り』には盆太鼓を打ちに何人でもやってきてほしいし仮装に参加もしてほしい。気の合う中間達が気軽に集まってくれる祭りになってくれればうれしい。
 もうそろそろ農業祭に向かって本腰を上げなければならない。オリンピックを見ながらアイデアを溜め込もう。
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2012/7/29

いい思いをするには・・・  
 今日も暑い・・・風は無くそして蒸す。外仕事は夕方までやめて明日予定の仕事を納屋の中で・・・日陰だが風が入らず汗だくであった。明日も暑いという・・・北海道でもこういう状況だ。亡きおやじの使っていた麦藁帽子を見つけそれをかぶっている。
 昨日の幸○夏祭りは子供が僅かに4人だった。小の野球部は合宿、サッカー部・バレー部・中の野球部は地方での試合など・・・大人3人を加えて何とか消化した。3年生・4年生、遠征先から早退してきた5年生・・・彼らの様子を見ながら時々休ませた。・・・すぐに音を上げるかと思ったが頑張った。大人盆太鼓にも挑戦した。・・・いいことだ。
 来週は老人ホームの夏祭りである。ホームの30周年ということで曲の演奏も頼まれた。しかし希望された時間が早く遅らせてもらった。平日なのである。大人も部活の子達も早い時間帯は厳しい。
 夏祭りで去年も頼まれた市議のビールパーティーのオープニングの演奏を頼まれた。即答は避けた・・・去年も次々にキャンセルで何とか消化したのであった。事前にメンバーの状況を確認したい。部活優先の活動はうかつに引き受けられないのである。大人達の協力で何とか消化しているが・・。
 農業祭の準備に自衛隊が来られない。前日の準備は平日の金曜日である。大人のメンバーに無理を言って都合をつけてもらっている。やぐら資材の運搬はメンバーだけでやら無ければならない。それを午前に行って午後の組み立てにはさすがに助っ人を頼んだ。・・・重労働となる。そのやぐらを使うのは我々なのである。・・・いい思いをするには労は必要だ。
 
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2012/7/25

実行委員会・・・  
 先日の結婚式の写真が送られてきた。・・・傑作なシーンが・・・練習場で見せると大うけとなる。送ってくれた方・・・ありがとう。
 夕べ、農業祭の実行委員会が行われた。やぐらに大締太鼓を上げる手配を頼んだ。4tトラックのユニックで上げられる。その費用はこちらで持つ。いくらといってくるか?・・・ちょっと不安である。土曜日の午前中に大やぐらに大締太鼓を上げる。そして日曜日の朝にそれを下ろし練習場に戻すのである。雨対策を考えなければならない。・・・やぐらに飾られている提灯が邪魔になりそうだ。
 自衛隊の応援が無く限られた人員で会場設営・片付けとなる。やたら名前が列記されているので『やぐら建でメイ一杯・・・』と告げた。前日の準備は午前中に太鼓メンバーで資材の運搬を行う。午後一でその組み立てである。その時に応援をお願いした。片付けも解体に人員をお願いした。その後の運搬はメンバーで何とかする・・・と。・・総勢40名余りの人員しかいない。その人員は去年と余り変わらない。それで自衛隊のいない分も補うのである。その分時間がかかる。
 ポスターが出来上がったと配布された。・・・ところがギッチョン・・・頼んでおいた後援に空○太鼓連盟の名が抜けている。更には演奏会の紹介も無い。・・・2回目の実行委員会で事務局にお願いしていたはずである。・・・事務局は退職者でボランティアでやってくれている。余り苦情もいえない。しかし・・・チクリと『これじゃ、空○連盟に送れない・・・』と皮肉を・・・これが精一杯の苦情である。1枚だけをもらいこれは地域のどこかに貼り付ける。
 休んでいた新人の一人が顔を出す。『・・・今日8:00で帰ります。』・・・『3回もなぜ休んだ。』・・・『おじいちゃんの葬式があって・・・』・・・少し安心したが言葉少なくそしておとなしく、感情を出さない彼を理解するにはしばらく時間が掛かりそうだ。この暗い性格・・・直してやりたいものだ。・・・彼にはまだ衣装の一つも渡していない。その準備は全て出来ている。後は、彼の行動を見て手渡す。・・・意欲的なところを見せてほしいのだが・・・。
 
 
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2012/7/23

躾け・・・  
 娘達の感情の変化に振り回された。
 3人がリタイア・・他の2名も顔を見せなくなった。父親も戸惑う・・・。5人のじゃじゃ馬隊は事実上解散である。・・彼女らの為に小締太鼓を5台用意した。・・成長に間に合わないと大人サイズの半纏を追加発注した。10着が最低のロットで高い買い物となった。呉服店に頼んで2年払いにしてもらった。・・・結局は必要の無い追加となってしまった。・・・楽しそうにやっている様に見えたが。
 彼女らの行動はチームに多大な迷惑をこうむった。それはお金で済まされることだけではない。チームの和を乱し、メンバー達の意欲をも失なわらせたのである。それは彼女らが考える以上の大きな迷惑なのである。・・・彼女らはそんなことを何も考えてはいないだろう。子供だからでは済まされない。・・・彼女らには親がついているのである。
 
 遠隔地に就職したOBが嫁取りをした。その婚礼に何人かのメンバーに案内が来て太鼓の演奏も頼まれた。その中に高校を卒業したばかりの一人がいた。この遠隔地の婚礼は一泊をしなければならなかった。・・現地に着いた彼の持ち金は婚礼の会費も持ってしていなかった。・・・びっくりした。こいつは全て無料だと考えたのだろうか???。少なくとも会費、宿泊費、移動費、食費・・・これだけは用意しなければならないはずである。・・・足りない金は先輩が貸してやって補った。・・・返したか?
 社会に出たばかりだとはいえ余りにも常識はずれである。宿泊の夜、その男にとんとんと説教をした。・・・それは俺の役目なのだろうか?・・・始めての結婚式の招待の対応を親は何もしなかったのだろうか。・・・結局、その男はいつの間にか姿をくらました。・・・そして1年後位にぬけぬけと練習に顔を出した・・・けつを蹴飛ばし追い出した。
 言わせてもらうが・・・こんな子達がこういう行動を取るのは我々のせいではない。最低の常識は親が躾けなければならない。『他人に迷惑をかけない・・・』それを躾けないで親とはいえない。・・・親も躾けなければならないのか?
 
 
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2012/7/22

終わり方・・・  
 何も連絡の無かった二人が神妙な顔をして会場に現れた。『お前達はクビだ!・・・』そしてしっかりと説教をした。預けてある衣装と未納の会費を受け取った。残念な最後だった。しかし・・・『お世話になりました・・・』という言葉は告げていった。
 新人の一人がここ3回顔を見せなくなった。新人3人は子供盆太鼓をほぼ習得し農業祭の演奏会を目指して曲習得に入った。それは厳しい目標なのだが後から入った兄弟は休み無く参加して頑張っている。しかし先に入った中学生は・・・ダメか・・・自分からという意欲が見えなかった。一度、その事を注意したが・・・一つも変わる様子が無かった。『人として当たりまえの行動をすれ!。挨拶をしなさい。ゴミはゴミ箱に捨てなさい。・・・』そういう注意をミィーティングでしたその回が最後になる。その日の帰りには『さようなら』の挨拶はなかった・・・。
 
 事を始めるときはみんな意欲的で気持ちも熱い。しかし、それが期待していたことと違っていたり、他の事に気持ちが動いたり・・・それはいろいろな事情や感情が変わる時もある。そして終止符をうたなければならなくなる。・・・その人間の本性はそんな時に現れる。
 『お世話になりました。』『こういう事情で・・・』と去っていく者は極めて少ない。ほとんどの者は顔を出さずになって・・・そしていつの間にか消えていく。ひどい者は衣装も会費も何も残さず消えていった。それは子供だからではない。大の大人もである。
 新しいメンバーを迎えてもいつかは去るメンバーなのである。出来るならば卒業して・・・或いは綺麗に・・・立つ鳥跡を濁さず・・・そういう終わり方をしていってほしいのである。考えが合っても合わなくても、それは一人の人間としてのけじめである。それが出来る人間が・・・いかに少ないか。
 ・・・始まりがあり終わりがある。人生はそんな事を何度も繰り返す。『終わり良ければ総て良し・・・』・・誰にも迷惑をかけない終わり方・・・それは大切なはずである。
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2012/7/19

全団体に送付・・・  
 空○連盟の事務局から加盟全団体に農業祭での30周年演奏会の案内が送付された。今日、我が家にも送られてきた。そして1団体から参加できないというファックスも届いている。何団体が来てくれるかは皆目見当がつかない。・・・5〜6団体ぐらいは来てほしいが。
 うちのチームの演奏は午後5:00〜となっている。その前の3:00〜5:00が空○チームの演奏のスケジュールである。ステージのプログラムとは『野菜の詰め放題』が30分位、そしてスケートボードとも重なる。その時間帯は団体数によって調整しようと思っている。『宵祭り』に食いこませずそして間を空けすぎずである。
 農業祭までの練習も余り回数が取れない。夏祭りにお盆・・・部活と重なり休む者も・・・そして計画停電となれば会場が使えないことも・・・厳しい・・・。
 演奏会に向けて盆太鼓や栗沢音頭等の練習は省くこになるかも・・・。新人に目途が立てば演奏曲の練習を中心にしていく。離脱組がいて使えなくなってしまった曲が・・・その穴埋めを考えねば・・・。
 30周年の演奏会は楽勝と思っていたが・・・ことを合わせてやってくれたのには頭にくる。そんなに愛着心が無かったのか。それも何の相談も無くドタキャンのごとき行動である。自己中どころかしまいに我々が悪い・・・という。・・・情け無い。
 愚痴は言ってられない。・・・現勢力で乗り切らなければ・・・。
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2012/7/17

難しい運営・・・  
 ○張太鼓を復活させ、すごいチームに育て上げた彼と先日の結婚式で久しぶりにあった。彼は去年そのチームを離れた。その彼がその報告とけじめを付けたいと会うことになっていた。しかし、予定がたたず順延することになった。
 ○張太鼓を復活させたのは栗沢太鼓が誕生して間もなくのことである。我が先生と彼は旧○張太鼓のメンバーで過去を知っている貴重な存在なのである。復活した頃のメンバーは小学生が数名のチームであった。しかしその子供達の演奏には一目置かざるを得なかった。栗沢太鼓の5周年演奏会にそのメンバーで演奏してくれた。その後の10周年・15周年・20周年にも駆けつけてきてくれた。年々メンバーの人数も増えそして技術も右肩上がりで成長していた。・・・それは彼の情熱の賜物である。
 その彼の育てた・・・そのチームを離れることになったのはよっぽどのことがあったのだろう。信じがたい・・・。
 その飲み会は農業祭後に順延した。

 チームを導いていくこと、子供達を育てていくことは簡単なことではない。それはメンバーの子供達だけではなく大人のメンバーや父兄そして取り巻く社会と多義にわたる。それら全てが上手く機能し理解してもらうことは半端なことではない。
 大人や社会にはそれなりの常識で付き合えばそれで済むことである。自分の常識を信じその常識を離れればそれは喧嘩もする。・・・しかし子供達にはその常識ですまないのである。やはり子供なのである。
 キャンビー世代の子達との付き合いと今の世代の子達との付き合いには大きな違いがある。それは同じ中・高校生達でも今のメンバー達と私との間に父兄という存在がある。キャンビー世代にはその存在はまるで無かったといっていい。それこそ一対一という付き合いである。幼く入ってきた今の子達には父兄の存在は必要だった。しかしそれが中学生になっても引きずった。それは兄弟で入っているということも原因である。
 父兄の協力が無ければ運営は厳しかった。しかし子供達の一人立ちと考えたならば・・・。それは子供達に甘えが生まれることになった。自分の不満を親を解して言うのである。これでは彼らと私との接点は微弱になっていくのである。・・・彼らとの絆は生まれないのである。
 チームを継続し運営していくには今の形しか無いと思っている。しかし弱点はいっぱいある。それはその都度修正しながらやっていくしかない。
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2012/7/14

30周年の目玉・・・・  
 大人5人と中学生二人の7人で大締太鼓を持ち上げる。車輪のついた台を小学生が引き抜く。ようやく太鼓が下ろされた。その太鼓を立てに立てて縄を解き一から締めなおす。体重と腕力を使い締め上げる。バキバキ・・・と皮は悲鳴を上げた。
 30周年というだけでなく、男子組が中学生になってこの大太鼓に挑戦できる身体に成長した。この太鼓を打ち込むのは大変な体力がいる。しかし、あの大やぐらの天辺で打ち鳴らすのはそれは爽快なはずだ。・・・頑張ってもらう。
 大やぐらの天辺に上げたい・・・ずっとそれを考えていた。しかし、そのきっかけが中々なかった。今年が30周年という筋目となり空○連盟の協力も得られるいいチャンスとなった。そして男子組の中学生達も体力がつき打ちこなせるところまで来た。・・・大人組と一緒に祭りの主役をつとめてもらう。
 この太鼓を作るきっかけは栗沢町の開基百年に向かってのことだった。その頃はバブルの頃で町も社会も豊かだった。会の積み立てが百万円を超えた。・・・今では考えられないことである。それを元手に町と後援会のバックを得て二百数十万円で購入した。・・・・本当はこんな大きなサイズとは思っていなかった。相談に行った太鼓屋にすっかり乗せられたのである。その当時は大人会員が何人もいて、活動の中枢は大人であった。・・・その時は開基百年だけしか頭に無かった。それでも練習場の出入りが可能の最大限のサイズにした。しかし、その時の練習場の出入りは長い廊下を運ばなければならなかった。頼みに頼み町に新しい出入り口を作ってもらったのであった。・・・現在の練習場も出入りが出来た正面自動ドアは、安全のためのストッパーがつき出入りが出来ない状態となった。出せるのは狭いふじゅうな出入り口一箇所である。
 男子組の成長を待っていた・・・そして30周年の目玉の一つにしたい。
  
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2012/7/13

あきれ果てた・・・  
 老人ホームの夏祭りの依頼がくる。今年は30周年だそうで・・・(うちと同じか)・・・子供盆踊りと大人盆踊りの間に曲を演奏してほしいという要望だ。
 新人3人を加えた小締太鼓チームを農業祭までに作り上げる。福島に帰省する兄弟には『出発前までに曲を覚えて向うで練習をしてきなさい。』と告げた。先生は5年生の姫○と4年生の風○だ。張り切っている。姫○の教え方も上手になった。基本練習もおぼつかない新人達だが農業祭にはみんなと一緒に演奏の輪に入ってほしい。・・・土曜日の練習は9:00までと話し合った。
 男子組には今年も一本打ちをやってもらう。5尺1寸の大締太鼓は中学生以上、2尺の締大鼓は小学生と分けた。大締太鼓はさすがに小学生には無理・・・という判断である。
 女子組は事実上解散である。小締太鼓だけの『優美』は彼女らの自分勝手で消滅した。近い将来、姫○達が成長して復活させてくれると信じる。その土台はすぐに出来上がる。
 30周年に向かって『優美』をつくり『絶世』・『豊穣』を・・・そして『四季』をと進む予定であった。しかし身勝手で情は無いそして根性無のバカ娘どもに翻弄された。・・・愛情を注いできたつもりでいる。そして期待もしてきた。彼女らの行動にはあきれ果てた。こんなことは何度かあったが彼らがそんな行動を取るとは思わなかった。外ズラは上手く見せて・・本心はうす汚い・・・我が子ならば叩き付けていただろう。・・・あきれ果てる。
 現戦力で30周年を乗り切る。・・・見栄を張ってやるつもりは無い。新人を含めたメンバー達でやれることをやる。
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2012/7/11

辛抱してきたが・・・  
 太鼓の保管庫に食べた後のお菓子の袋が捨てられていた。会場に怒鳴り声が・・・『誰だ!』・・・『あいつだ』『こいつだ』と・・・傷テープのはがしたテープが捨てられていたり、バチを置きっ放しにしていたり・・・だらしない行動が目に付く。
 ミィーティングで注意をした。『理由が無く叱ることはしない。・・・挨拶をする。太鼓の準備や後片付けをやる。ゴミはゴミ箱に捨てる。・・・当たり前のことをしてください。間違ったことには怒鳴りつけるからな・・・。』みんなうなずいて聞いていた。そして行動も変わった?と思ったが・・・帰り・・目も合わそうとせず一言も発せず帰る者が・・・この親はこの子をどうしてほしいのか・・『・・・ちゃんと挨拶してきたかい?・・・』おそらくはそんな一言も無いのだろう。その親も同じ様な行動を・・・そう思ってしまう。・・・そのしつけも他人任せということなのか。
 伸び伸びと太鼓を楽しませたい。しかしそれには最低のことはやってもらわなければならない。総会から何も告げず現れない奴・・・。どんな理由だろうと勘弁するつもりは無い。来た時に『クビ』を告げさせてもらう。そしてそれまでの会費は徴収するし衣装類もクリーニングして返してもらう。『長期の休みは連絡してくれ』と親には話してある。しかし何の連絡も無い・・・。彼らは長い時間をかけて育てたメンバーなのである。我々は彼らをどうしたら成長させられるかと頭を悩ませたり用具を用意したり・・・と努力してきたつもりだ。それが彼らのわがままでいい加減な行動を取る。それははっきり言って親のしつけの悪さである。我々を批判するのであるのならば・・さっさと出て行ってもらいたい。
 ・・・かなり辛抱したつもりでいる。わがままも聞いてきた。しかしチームを乱したことは許されない。・・・そしてそれを許していたならば彼らの為にもならない・・・。
 
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2012/7/8

開き直って・・・  
 大締太鼓の縄の締め直しの予定だった。招集をかけたが4人の男手しか集まらず来週の土曜日に延期した。最低でも6人以上の力持ちが必要だ。修○や太○では・・・まだまだかよわい。助っ人がほしいが・・・。
 福○村の夏祭りからのお呼びは無さそうだ。祭りの予算か?イベントの内容か?・・・少し残念である。福○村とは開村からの付き合いだ。体育館を練習で使わせてもらったこともある。職員もメンバーにいた時期もある。
 開村時の村長は地元との付き合いを重んじていた。夏祭りには盆踊りもやっていて新人の職員に盆太鼓を教えてほしいとその練習も行った。規模も小さなものだった。車椅子リレーなどにも参加して入村者チームに勝ってしまった。開村10周年の祝賀会で演奏して何人かの職員がメンバーに加わったこともある。道立から法人になって事情も変わったのかもしれない。しかし、親が職員のメンバーもいて残念である。
 地域のイベントへの参加が減るのはすごく寂しい。メンバー達の活躍で地域に少しでも貢献したい。それはメンバー達のはりあいにもなる。・・・大きなイベントに参加することよりも大切なのである。
 30周年の記念の年だが・・・いろいろな・・・ここは開き直っていくしかないか・・・。
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2012/7/5

農業祭に向かって・・・  
 毎年依頼されている福○村から何も連絡が来ない。こちらから催促をするわけにも行かない。この祭りは毎年担当者が変わる。それも若い職員が担当である。彼らの考え方でプログラムも変わるのである。今年はもう無いかもしれない。残念である・・・。
 農業祭の準備に取り掛かっている。プログラムではステージの催しとかぶらない様に考慮してくれやぐら位置は動かさないで去年の場所となった。自衛隊の応援が無く前日の準備は朝から召集となった。平日であり大人のメンバーの要員が何人確保できるかである。
 空知の事務局に演奏会の原案を送った。来週、役員会があるそうで検討してもらう。取り次ぎだけやってもらい、あとはこちらで参加チームとコンタクトを取り段取りを組む。やぐらステージでの各チームの演奏となる。・・・いつもと違う新鮮な気持ちの演奏となるはずである。祭り会場の中央で車両の出入りが出来ないのでうちの太鼓で演奏してもらう。・・・まだ内容は白紙に近いが・・・ある太鼓で来てくれたチームで合同曲も・・・それもいいかとも・・・。
 土曜日の練習に大人達に招集をかけている。大締太鼓の緩んだロープの締め直しをする。何年も練習場に置いている状況だった。何年ぶりかの大一番である。
 3:00からの演奏会は5:00から栗沢太鼓のコンサートにつなげる。問題は当日のうちのプログラムである・・・。高学年女子が当日使えるのか?・・・それで状況が一変する。間に合うかどうか解らないが新人達を入れた小締太鼓チームを育成する。昨年の2尺の一本打ちから今年は大締太鼓の一本打ちへと思っている。・・・どういうプログラムになるか・・・
 10周年や20周年の様な晴れ晴れとしたことにはならないかもしれないが、今のメンバーでやれることを模索していく。少しでも彼らが輝けるように・・・
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2012/7/3

いい肥やしに・・・  
 最後まで残ったのは・・・やはり・・・帰宅して時間を見ると午前3時だった。
 翌日は朝から松村組のワークショップそして夕方から公演である。ワークショップには3人が参加する。その太鼓を運搬しなければならなかった。『開始前に運ばねば・・・。』目覚ましが鳴る前に何とか目覚めて朝食を取り会場へ・・・。一番乗りだった。夕べの主役だった新郎が会場に来ていた。『仕事を終わらせてくるから。』と太鼓を預けた。・・・メロンの開花期が始まり休めないのである。
 仕事を終わらせ会場へ・・・。リハーサルを終えたばかりだった。3時まで付き合った北○のお姉さんが肩で息をしながら(ワークショップに参加していたのである。・・・ご立派)状況を伝えてくれた。うちのメンバー達は課題曲の『北の灘』の前の『山彦』を演奏するという。一○は一週間出張で『DVDを見ることが出来なかった・・・』他の二人は『間違いそうで・・・』と断念したと・・・彼らの自己判断である・・・残念。
 10年ぐらい前の松村組とはまるで違うチームとなっていた。10年前は『和太鼓』オンリーで強さだけを見せ付けた印象があった。今の構成は様々な楽器を取り入れ表現豊かなエンターティーメントであった。90分の公演はあっという間に終わった。それだけ観客を引き付けた魅力的なものだった。
 我々の田舎チームでも何か得られるものはないかと会場の最後列の中央で全てを見いった。前回の時は大締太鼓の横打ちの技術をメンバー達の演奏に使わせてもらった。そして・・・今回感じたのは観衆から起こる拍手のタイミングである。それは演奏曲の構成である。拍手が起こるのは全て共通したパターンがあった。・・・それは私も思っていたパターンなのだが、それを確認した思いである。・・・これは自信を持って使える。
 3人と一緒に最後まで彼らの演奏を見届けた。彼らは参加して何かを得たはずである。・・・いい肥やしとなったはずだ・・・。
 
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2012/7/2

楽しかった宴・・・  
 結婚式も2次会も・・そして3次会も盛り上がった。愉快な仲間達と楽しく飲んだ。お祝いの宴であったが・・・ストレスを発散した。
 北○のアネさんとは何年ぶりに飲んだだろうか・・・テンションが高かった。ようしゃっべっていた。
 あ○ね太鼓のお母さんたちは相変わらず明るい・・・『農業祭を楽しみにしている・・・』と・・・。
 こ○ぶき太鼓のおじいちゃん達は『農業祭に呼べ・・』と・・『演奏会をやるから・・』という話の前に催促である。
 太鼓・・太鼓の宴であった。太鼓が飾られたケーキのケーキ入刀・・プロ松村組の演奏・・・最後は新郎・新婦も・・・。
 二人の明るい性格がそのまま会場の雰囲気となった宴であった。・・・しかしそれをぶち壊すような行動をしていた者が・・・この宴の席で選挙活動のような・・・。その非常識かげんに頭にくる。この日は彼らをただ祝いたいと・・・横にいたお姉さんから『笑顔・・笑顔と・・』と注意である。
 太鼓から離れた仲間や『10年ぶり・・・』と挨拶に来た新郎の同級生・・・と懐かしい顔と対面した。・・・予想していない顔を見て元の笑顔に戻る。
 太鼓界にはただ楽しいことだけではない。どの世界もそうかもしれないが、醜いことやいやらしい非常識なことも混在する。・・・しかし出来ることならば・・・常識の中で・・・そして裏表の無いまっとうな世界であってほしいのである。子供達に言い訳が出来ないようなことは決してするべきことではない。たとえ、どんなに権力があってもそれは・・・いや、そういう人ほどやってはいけないと思うのである。
 作り笑いの付き合いが出来ない・・・因果な性格である。
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