2012/8/31

絆は固い・・・  
 宵祭りの決算書を提出してきた。観光協会を通じて写真のデーターがほしいという仮装の出場者がいた。本来はホームページより取り出してもらうのだが、仮装のページを新設するのはしばらくかかりそうでCD−Rにコピーして送ることにした。このサービスをすると後が大変になるのだが・・・。
 ようやく各チームへの写真の印刷を終えた。ラミネートをかけて礼状を入れて来週発送する。事務局からは会長名で礼状を送ってもらう。そして私からは写真である。A4版に集合写真、チームの演奏の様子、そして大締太鼓をやぐらに載せた時の連続写真を1枚の中に入れた。・・・少しは見ごたえが・・・と思ってである。
 明日は大人達で反省会を予定している。会場は?・・・お兄さん・お姉さん達の希望で我が家ガレージとなった。ガレージ内はまだ農業祭の荷物がそのままで、明日はまずそれを整理してもらいそして掃除してそれから買出し・・・夕方から開始である。
 今回の農業祭は『自衛隊の応援が無い・・・』から事が始まった。心配していた大やぐらの建設は沢山の応援を得て予想以上に早く出来上がった。・・・ありがたかった。
 演奏会は予想をはるかに超えた出演チームが集まった。そして暑い中で多くの人が見てくれていた。・・・ただ物足りなかったのは仮装の出場者が少なかったことである。ここ数年個人の出場者が増えていた。それで入賞を個人は9位まで広げたのである。その個人が少なかった。優勝のレベルはかなり高い。しかしその差が広がっているようである。・・・時期的なことは・・・暑さか・・・その理由はわからない。・・・しかし来年もこういう状況になるのなら対策を考えなければならない。
 ・・・当てにしていた受付が都合が悪く佐○間さんが困った顔でやってきた。急遽、あ○ね太鼓のお母さん二人にお願いした。快く手伝ってくれた。・・・大人のメンバー達や父兄達は殆どがどこかのコーナーに張り付いている。そして出荷など仕事も重なる。・・・何とか消化した。それが現実なのである。・・・休みを取ってくれたり・・・仕事をおっぽって来てくれたり・・・あらためて我々の絆は固い・・・と感じる。
クリックすると元のサイズで表示します
0

2012/8/30

記念演奏会4  
 市場の帰り、ホームセンターによってプリンターのインク・写真用紙・ラミネートフィルム等を買い込む。夕食を済ませてから印刷開始である。今晩はメンバー一人一人の分、明日はチーム別に作成する。メンバーには次回練習日に子供盆踊りに余った景品を分配し写真も手渡す。各チームには礼状を添えて送付する。
 実行委員会の事務局によってやぐらに上げたユニック代はどうなのかと聞きにいった。『1万円位お礼でもしたらいいんでないか・・・』という返答だった。『こちらで持つ・・』或いは『かからない・・・』という返答を期待したのだが・・・。結局、運輸会社にいって支払いを聞いた。いらないといえば謝礼という形で用意をしていった。・・・そこの事務員は過去にメンバーにいた母親だった。『いや、かからないはず・・・』といいながら社長に確認の電話を入れた。・・・『9,000円だそうです。』・・・ガク・・・お礼の1万円より安く済んでなんともあっけない結果となった。
 ホームページのアップをすぐにやりたいのだが、決算や礼状などが先でやれても来週になりそうだ。宵祭りの決算は支払いも終えて決算書も作成し提出だけになった。演奏会は空○のチームには支払いは発生しない。記念の演奏会などは助け合うという申し合わせがある。各チームには何も支払いはしていない。飲み物を用意したに過ぎない。ありがたい話である。・・・ところが・・・何も期待などしてはいないお祝いを持ってきてくれたチームが何チームもあった。『それは困る・・・』と丁重に何度もお断りをしたが受け入れてくれなかった。こちらは来てくれただけで頭を下げる思いなのである。・・・おかげで会の負担はごく僅かで済みそうである・・・助かった。・・・この恩返しは何かの形で返していきたいと思う。
 母親の知人が最初から最後まで見入ったそうだ。『感動した・・・』といっていたという。そんなことを聞くとこの記念演奏会は成功だったのでは・・・と思うのである。これも10チームも参加してくれたおかげである・・・感謝したい。
クリックすると元のサイズで表示します
0

2012/8/29

記念演奏会3  
 いつもの演奏会はチームごとに太鼓の配置換えをする。その労力は半端ではない。何人ものスタッフが必要になる。配置換えが終わっても、長ったらしいMCが入り更に間が空き観客は嫌気を見せるのである。
 やぐらステージにセットした太鼓を使ってもらう。いつもと違い2階にいったり・・3階に上がったり・・・演奏に使いづらいこともあったかもしれない。しかし太鼓を大幅に移動できないことを逆に利用しようと思った。交代の間を少しでも短かくし次々に演奏が入るようにする。それは見ている人を飽きさせないはずだ。
 MCをどういれようか?・・・それが問題だった。全てを一人の司会者に・・或いはチーム代表者にしても結局はそれぞれの間になってしまうのである。口上手な人は、ここはと力が入り長い時間になる。逆に苦手な人はあっさりとなってしまう。チーム紹介を2〜3分に・・・そして公平に・・・それがインタビュー方式という手になった。
 演奏会はオープニングの3:00から終了は5:20であった。総時間は開会の挨拶を入れて2時間20分(140分)である。1チーム当りおよそ12分30秒となる。演奏時間は10分以内にしてもらった。正確ではないがMCの時間は2分30秒となる。・・・計画どうりとなった。そして全員での集合写真を撮りゆとりを持って次のスケジュールに進めれた。
 あの暑さの中だったが殆どの人が最後まで見入ってくれた。それはテンポのいい進行があったからだと思っている。・・・インタビューの答えを用意してくれた各代表者にお礼を言いたい。
クリックすると元のサイズで表示します
0

2012/8/28

記念演奏会2  
 当日は朝から蒸しかえった猛烈な暑さとなった。・・・そして体調不良・・・何度もトイレへ・・参った・・・Tシャツは汗で・・・予備と取替え水洗いしてやぐらにかけて干した。
 暑さ除けにやぐら周りにブルーシートで屋根を張った。少し動いてはその日除けで休憩・・・その繰り返しで準備を続けた。やぐらに紅白幕を張り行燈を取り付ける。教壇でステージを作り太鼓をセットした。テント内に更衣室を作った。ロープを張ってホームセンターで買ってきた生地を安全ピンを使って幕を張り簡易な更衣室となった。結構利用してくれた。
 昼食は父兄がやっている焼きそばで済ます。差し入れの酎ハイは口をつけるだけでやめた。何としても体調を戻し夜遅くまで持たさなければ・・・。つと○君の車で家に忘れた引換券と定規を取りに戻り、ついでにまたTシャツや下着を取り替えた。
 舞い戻ってからあみだくじを作ったり子供盆踊りの景品の準備・・・そんなことをしていると夕○太鼓の一団が早々とやってきた。歓迎の言葉で迎える。・・・その後次々に太鼓チームがやってくる。出迎えの挨拶と準備で慌しくなる。・・・副実行委員長の会長は開会式に来た来賓の接待から全然戻らない。何度も催促の電話を入れる・・・。代表者会議が始まる直前にようやくやってきた。『帰らないのよう〜』と・・・
 会長の歓迎の挨拶、進行の仕方やインタビューの内容の確認、そしてあみだくじで演奏順を決めた。
 予定の3時きっぱりに智○・麻○の大締太鼓・小締太鼓のオープニング演奏からいよいよ演奏会が開始された・・・
クリックすると元のサイズで表示します
0

2012/8/27

記念演奏会1  
 栗沢流の和気あいあいの演奏会に・・・。その開始は演奏順を決める『あみだくじ』だった。模造紙に横線を11本引き遅れてくる躍進滝○太鼓を10番目に、最後の11番目を栗沢太鼓にして残りの9本の道となるたて線を一○と智○がふざけながら引いていった。部活から戻った太○がその線を隠すダンボールを貼り付けた。
 代表者会議でチーム名を入れてもらった。この時点で『真直ぐでないべね・・・』『いや、わからないよ。』と冗談が出る。それだけで代表者達は笑顔となる。全チームが書き終わったあと、ダンボールがはがされ一番上にかかれたあか○太鼓から・・・バチを指示棒代わりにして『合唱をお願いします』とチャーン・チャカチャカ・チャーン・チャカチャカ・・・と線をたどっていく。順番決めが一つのイベントになった。番号を書いた箸を引くよりはづ〜といい・・・。この代表者会議の雰囲気で、もうこのコンサートは楽しくなると信じた。
 そしてもう一つは大集合写真である。この大やぐらの全体を入れて出演者全員が一緒に写真に写る。そして『アイーン』を全員でやる。・・・これはいつも楽しい雰囲気で終わり後味のいい思いとなった。それをやろうと考えた。
 楽しい雰囲気で始まり、楽しい雰囲気の後味で終わる・・・。始まりよければ全てよし。終わりよければ全てよし・・・。この二つがこのコンサートの私が考えた切り札である。
 進行はインタビュー方式でやろうと考えた。3つの質問を事前連絡し準備をしてもらった。事前に書類を書いて・送ってという手間も要らないし、演奏の間も統一できると思った。後は私の知っている範囲のアドリブを入れようと・・・。少し愛想がないかもしれないが間延びしたコンサートにはならないと思った。『最後に何かPRを・・・』と入れたのは正解だった。出演の決まったイベントの宣伝をしたチームもあった。一方通行とならない様にと思っての質問だった。
 失礼なことをいっていなかったか・・・あれで良かったか・・・
クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します
2

2012/8/26

大締太鼓、空を飛ぶ・・・  
 祭り初日の朝、出来上がった大やぐらに大締太鼓が五十○運輸の協力でクレーンで持ち上げられた。その模様は壮観だった。
 大やぐらにあの大締太鼓を上げたい・・・それは早くからの念願だった。それは幼いメンバー達が中学生へと成長した30周年記念の今年に実現出来た。それまでの数年は練習場で誇りをかぶりじっと出番を待ち続けていた。
 初めは4tトラックのユニック車で上げる予定だった。しかしクレーンの状態が悪く大型トラックが変わりにやってきた。まずは台を持ち上げ、そして6人でやっと上げれる大締太鼓は軽々と空へ持ち上げられた。・・・祭りの準備をする人達も手を止めその様子をうかがう。高く上がった太鼓は先に上げた台の上に静かに静かに鎮座した。
 祭り会場の中心に建てられた大やぐらのその天辺に・・・栗沢太鼓の旗艦の大締太鼓はその場所が自分の立つ位置と言いたげである。そして午後からの演奏会をじっとまった・・・。
クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します
0

2012/8/24

和気あいあいの・・・  
 早朝から大やぐら・テントの設営である。自衛隊の応援がなくメンバー達を総動員した。そして父兄の何人かも駆けつけてくれた。建設は順調すぎる位に早く進んだ。午前中に大方の部分は出来上がった。明日は紅白幕を張りステージを作り太鼓を配置する。そして空知の仲間達を待つことになる。
 最後の練習も前回とは比べ物にならない位に気合が入っている。・・いい演奏が披露できそうだ。少し安堵している。
 心配のやぐら建てそして演奏と主催者としてそれなりの準備と結果がほしかった。まずはその準備を無事終えた。天気もいい予報である。明日は賑やかになりそうだ。
 明日デビューの兄弟がいる。頑張った・・・。僅かな時間で覚え、ふるさと福島に帰った夏休みも約束した練習をしっかりやってきた。そしてみんなの中に入って見事デビューを果たす。迎えに来たおとうさんが『明日は仕事で・・・』と彼らの晴れ姿を見られない。・・・残念そうだった。『・・夜は来ます。』と楽しみのようだった。
 あんな災害がなかったら彼らと一緒に太鼓は出来なかったはずだ。しかし現実の今を前を向いていくしかない。・・・きっと彼らの笑顔を明日は見られるはずだ・・・。
 明日は栗沢流の一日を空知の仲間と過ごす事になる。いつも受身の演奏会だったが明日は我々のペースで全てが進むことになる。和気あいあいの・・・笑顔が絶えない・・・一日でありたい。
0

2012/8/23

さあ〜祭りだ・・・  
 明日は朝から祭り会場の設営である。今年は自衛隊の応援がなく機動力が何分化の1になった。メンバー達に無理を言って仕事の都合を付けてもらった。午前中は我々だけでやぐら資材の運搬である。
 大やぐらの天辺に大締太鼓を乗せる・・・それは長年の夢だった。そしてやれるチャンスは幼いメンバー達が大締太鼓を打ち込めれる位に成長したこの30周年だと思っていた。それがついに実現する。
 空○連盟の会長に電話を入れた。感謝を伝え挨拶のお願いをした。『10チームも集まってくれるのは空○連盟へ貢献しているからです・・・』といってくれた。・・・私としては好きな写真を撮り続けているに過ぎないのだが・・・。それがこういう形で報われたなら幸せである。
 子供達よりもお姉さん・お兄さん達が浮かれている。明日の準備も楽しんでやれそうだ。・・・しかし、心配なのはそういう時の心の隙から起きる怪我や事故である。明日はまず訓示からか・・・。
 ・・・会場のど真ん中の大やぐらにあの大締太鼓が鎮座する。それは祭り会場のオブジェとなる。開始ののろしは智○が打ち込む大締太鼓の一音である。・・・会場中の全員が見入ることになる。そして麻○の打つ小締太鼓の軽快な音が鳴り響く・・・
 今までの演奏会には無い新鮮さが必ずある。プレーヤー達のその喜びの演奏がきっと見られる。そう思っている。そして『楽しかった。』と口々に言ってくれれば・・・・。
 この祭りの主役はやはり栗沢太鼓である。そしてその活動が正しかったという答えがこの演奏会になる。そう願っている・・・。
 
0

2012/8/22

成長のきっかけに・・・  
 本番間近なのにまるで気が入らない・・・やる気まるでなしの者が・・・普段の練習でもこんな態度を取られたらきっと怒っていただろう。首根っこをつかんで『出て行け!』・・・『いや・・やる・・・』と抵抗してきた。
 ミィーティングを何度も・・・彼らのテンションを本番に向かって上げていかなければ結局は彼らが恥をかくのである。・・・彼らのいいところを・・・魅力を少しでも引き出したい。
 『10チームの中には全国大会に行くチームもあれば入賞も出来ないチームもある。その一つのチームが栗沢太鼓だ。しかし、演奏で負けても勝てるところが一つある。・・・それは気持ちだ・・一生懸命やることだ。間違ったって、上手でなくたって・・・一生懸命だけは負けるな!・・・』
 『みんなは栗沢太鼓の半纏を着ている。それは会場にいる人全員が栗沢太鼓のメンバーだとわかることなんだ。』『よそのチームのメンバーもみんな衣装を着てやってくる。同じ太鼓の仲間だとすぐわかる。そんな人には必ず挨拶をしてほしい。普段、俺にも挨拶しない奴がいる。○○!・・お前挨拶できるんだろうな。出来ないんだったら会場に来るな!』
 『空○太鼓連盟の人達には俺が頭を下げて30周年に来てほしいと頼んできた。・・・俺に恥をかかすような態度を取ったら承知しないからな!。俺の顔を潰すようなことは絶対にするな!・・・』
 ・・・こういう言葉遣いをしたのは初めてのことである。それだけこの子達の行動は情けないのである。しつけをしていない子が何人もいるのである。こんなことを言わなくてもしっかりやっている子はしっかりしているのである。・・・それは家庭での違いしかないのである。・・・こういう機会に彼らをしつけたい。そしてそれが普通になってほしい・・・。
 自由な活動は自分で行動を決めていくことになる。それはその子の人格で変わるのである。自由な活動は一番厄介なのである。楽をすればいくらでも楽な活動にもなる。しかし、そこには個性は創れない。本当の積極性も生まれない。愛情も絆も薄っぺらになる。
 管理をした活動は運動部のように統制が取れた活動が出来るかもしれない。全体のレベルも上がるかもしれない。しかし自分からという積極性はなくなる。言われなければ行動を起こさない。自分の個性という表現力も他人任せとなる。
 今の子達は・・・自分からという行動を起こせないのである。親の言うとうり、先生の言うとうり、そして仲間からの感化である・・・自分の意思でという行動が取れないのである。・・・それはほとんどが過保護で育ったのではないか・・と感じる。
 親であろうと彼らを束縛してはならないと思うのである。そういう状況にならざる子もいるのだが・・・。栗沢太鼓は自由の部分が非常に多い。全員を集めて挨拶をするようなことはさせていない。それは個人を尊重しているからである。自分から挨拶をする。それを普通に出来るようになってほしいのである。・・・今回は『俺の顔を潰すな・・・』と強制させた。これをきっかけに成長を望むのである・・・。
0

2012/8/21

雨の農業祭・・・  
 町内でまた不幸が・・・暑さなのか・・・高齢とはいえ今月は二人目である。・・・今日も暑いお通夜だった。
 父兄への協力依頼とスケジュール表を書き上げ印刷・・・明日の練習で配布する。テント内に『更衣室を作る』と連絡していた。テントの角にロープを張って幕を張れば・・・と思っていたのだが・・・その布をどうしようか?・・・安いカーテンでも買ってくるか。
 大締太鼓を覆う農業用ビニールをJA資材課に頼んだ。6m×7mで4,000円位だった。このビニールを覆って一夜を大やぐらの上で過ごしてもらう。ブルーシートでも・・・と思うかもしれないが雨の時には透明のビニールシートで覆って演奏も出来るのである。値は張るがブルーシートでは太鼓は見えない。安いポリフィルムではすぐに破れてしまうのである。ビニールシートは非常に強いのである。胴太鼓を覆うポリ袋にはビニールシートを補強して上に張ってある。それで簡単には痛まない・・盆踊り一晩は大丈夫である。・・・多少の雨ならばプレーヤーが濡れても太鼓は濡らさない対策は充分に練ってある。
 大荒れの農業祭があった。ほとんどのイベントは中止となった。『どうにかしてやってくれないか・・・』とその時の実行委員長に嘆願された。大風と大雨であった。・・・頭を使った・・・『大やぐらの周りにテントを張ってくれないか。』と頼んだ。夜に空いているテントを4張りやぐら周りに置いた。小さなテントがあった。それをやぐらの天辺に建てた。太鼓と打ち手・民謡もテント内で濡れることはない。ただ、仮装や踊り手は濡れることになった。芝生は雨水がたまり踊り手達は濡れ鼠となった。それでもどうにか最後まで続けれた。・・・踊り手達は立派だったと感謝している。
 ・・・実行委員長は涙を流して感謝の言葉を言っていたが・・・それは我々の意地でもあったのである。『中止』という最後の切り札を我々からは切りたくない。
 過去の実行委員長で大雨の時に『雨でもやれ!』と命令調で言ってきた奴がいる。『太鼓が濡れてもいいの?』と誰かが言った。『・・・それでもいい』と・・・絶句した。彼は太鼓の立ち上げのメンバーの一人だった。・・・みんな腹を立てた。その時の実行委員会は農協青年部で行っていた。青年部長が委員長だった。祭りとなるとみんな熱くなるのである。『・・・なんか考えは無いか?』といってほしかった。感情を表に出しては委員長は失格である。・・・それは彼の人格の無さを表に出したのである。
 ・・・バザー券を売るテントがあった。『あのテントやぐらの上に建てられないか?』・・・それが熱い気持ちに答えたことだった。・・・委員長はバツが悪そうな顔でいた・・・。
0

2012/8/19

大成功の予感が・・・  
 農業祭もいよいよ今週となった。ハードの部分の準備はだいたい終わった。あとはソフトの部分である。まずは演奏曲・・・あと2回の練習で少しでもメンバー達に余裕が出れば・・・演奏が始まってしまえば彼らに任せるしかない。
 肝心なのは担当の進行である。各チームには代表者へのインタビュー方式で進めると連絡した。その内容はメンバー構成・演奏曲の紹介・PRしたいこと・・・の3点の質問の形である。あとはアドリブである。・・・長ったらしい合間は持たないようにしたい。何せ・・太鼓の配置換えが何も無いのである。指定の太鼓にプレーヤーが揃えばすぐに演奏が開始である。これまでの演奏会とは異にした形である。
 中央公園のステージを使うことも考えたが・・・それは祭りのプログラムに大きく影響する。そしてその労力は半端なことではない。・・・祭りの流れが途切れず、むしろ会場が盛り上がるプロセスを作る。今まで経験の無いステージでの演奏はプレーヤー達に新鮮さを与えられないか・・・。それには大締太鼓を大やぐらの天辺に上げる・・・が条件ではないか。
 今までの自分達の太鼓配置とはならないかもしれない。大人数での太鼓演奏は捨ててしまう。しかし、各チームは手ぶらで来られるメリットがある。そして悪天候の場合のリスクが最小で済む。・・・ただ、こちらの勝手な条件でどれだけのチームが来てくれるかは?だった。
 天候の条件は今のところクリアしそうだ。これでこの演奏会の成功は90%確実である。しかし油断は出来ない。秋の空はすぐに心変わりをする。・・・大締太鼓はあの大やぐらの上で一晩をすごすのである。その対策もしておかなければ・・・。
 お兄さん・お姉さん達が前向きに動いてくれるのが心強い。・・・大成功の予感がする。
0

2012/8/18

天気は良さそうだ・・・  
 週間予報で25日の天候は晴時々曇と出た。それを見て子供盆踊りの景品を昨年より百個増やして発注した。大人盆踊りの参加賞に箱ティッシュを300個。演奏会の出演者に150本、夜の盆踊りに80本の飲み物を発注・・・。
 昨日、最終の実行委員会があり事業費総額を受け取った。経費の大半は賞金・賞品・謝礼である。賞金や謝礼は当日の運営の中で消化する。賞金は最後の最後となる。毎年、その管理に頭を痛めている。・・もし紛失してしまったらと想像するとぞっとする。今年は腹巻でもしてその中に入れるか・・・けっこう分厚いが・・・。
 お盆をはさんでようやく農業祭の練習となった。今日を入れて3回の仕上げである。福島に行っていた新人の兄弟はしっかり向うで練習をしてきたようだ。合同で出来なかった部分を練習し『雄飛』の出演に間に合った。もう一人の新人は今日も顔を出さなかった。彼は子供盆踊りのみの参加しか出来ない。意欲のある者と無い者の差がはっきり別れる。そして緊張を経験するかしないかという差がまたつくのである。
 看板類を仕上げてほぼ準備は終わる。前日のやぐら建ても何とか人員の目途がついた。あとは演奏の仕上げである。今日は小さなミスが幾度も出ていた。緊張感もまだ無い。・・・上手下手ではない・・・ミスをいかに少なくするかである。そして思いっきり打ち込むことである。
 
0

2012/8/16

選挙・・・  
 市長候補の後援会の一人から『決起集会で演奏できないか?』という問い合わせが来る。『選挙は全てお断りしている。』と伝えた。『いやいいんだ、どうなんだろうかと聞かれたので・・・』
 市長村合併はしたが栗沢太鼓は栗沢地域の文化の一つである。そこにイデオロギーが絡むとやりずらいことが多く出てくる。選挙は選択することであり、その出演がチームの選択と捕らえられたならば困るのである。我々の会には右も左も無いのである。・・・個人では応援するがチームを使っては出来ない相談である。
 町長選が終わり新しい町長の当選祝に依頼された。選挙とは関係ないといえばそうなのかもしれないが、チーム名を全て捨てて太鼓有志にしてもらった。半纏の名前もガムテープで隠した。そこに来ている人は栗沢太鼓の連中だとみんなが知ってはいるのだが、チームではなくあくまでも個人での演奏であると主張した。
 合併後は体制がまるで変わった。町というスポンサーが無くなり行政とのパイプは失った。しかし栗沢太鼓は地域に根ざした団体である。それまで顧問は町長や議長であった。それが無くなった今は地域から出ている3人の議員さんにお願いしているのである。前回の市議主催のビールパーティーへの出演はそういう体制の変化なのである。他の二人の議員さんからも頼まれれば答える。しかし、選挙となった場合には全てお断りする。
 ・・・露骨にそれをやっている太鼓関係者がいる。非常に迷惑である。太鼓はあくまでも文化でありイデオロギーを持つことは個人の問題である。それを太鼓界に利用することは偏ったゆがんだ団体になってしまうのである。『権力を利用する・・・』そういう考えを持っているのだろう。それは昭和時代の悪習である。
 時代はデジタルの時代となった。権力や圧力で物事は動かない。そしてお金でも事はすまなくなった。それは本来の正しいやり方・付き合い方が絶対に必要なのである。裏も表も無い純粋な活動をやって、社会は我々の活動を応援してくれると思うのである。
0

2012/8/15

夜は連日・・・  
 夜は連日看板類の作成である。昨日今日と演奏会に出演するチーム名の入った看板である。ビールで使った看板に名前を貼り付ける。工夫に工夫をしA4用紙の横に倍の長さのチーム名の文字盤をラミネートをかけて制作。それを看板に演奏順に貼り付ける作戦である。当日の抽選でも変更できる様にしている。
 賞金や謝礼の入れるのしの印刷も行った。明日は参加賞の依頼をする。これは頭が痛い。返却の出来ない子供盆踊りの景品である。天候がよければ演奏会の後だけに相当の人数になると予想する。しかし、悪天候で中止となったならば全てが狂ってしまう。週間予報が出る一週間前で用意が出来るか確認する。・・・昨年は30個位しか余らなかった。調度良かったといえばいいのだが、誤れば過去の二の前となってしまう。昨年の数に100個を追加する予定である。大人盆踊りは箱ティッシュで返却が利くので問題は無いが・・・。
 本番まで3回の練習である。その3回で仕上げなければ・・・
クリックすると元のサイズで表示します
0

2012/8/14

演奏会準備・・・  
 買い物を済ませガレージの冷蔵庫を掃除し起動・・ビールやジュースそして肉類を詰め込む。明日は親戚が10人位・・・ガレージでの大焼肉作戦である。
 それを済ませてから演奏会の準備をする。演奏会ステージに貼る看板の文字書きをする。素材は製図などに使うフィルムである。盆踊りの看板にも使った残りがあってそれに書き込むことにした。油性のペンキを用意して書き始めたが文字が散ってしまい断念・・・油性マジックで試した。これがいい・・・買ってきたペンキは使えなかった。やむなくホームセンターにいってマジックを10本買いこむ。夕食をはさんで3時間余りを要して書きあげた。
 やっと一息の頃、出演する長○○年太鼓から演奏時間の問い合わせが来る。・・・そうか何も連絡しなければ練習に支障がくるか・・・すぐに書類作りである。ステージの太鼓配置図や会場図面など本文以外の添付書類は作ってあった。後は肝心の連絡本文と印刷、宛名書きである。全て終了したのは・・12時を過ぎてしまった。・・・10団体へ発送準備が出来た。明日発送する。・・・風呂に入れなかった。
 明日は焼肉だ・・・
 
クリックすると元のサイズで表示します
0


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ