2012/9/30

全て想像である・・・  
 コンクールはいい面もいっぱい持っている・・しかし間違えれば意欲を失うということにもなる。高学年が意欲を失ったのはその弊害だと思っている。子供達は自分達の実力をコンクールの結果で判断する。今までのコンクールの審査がいかにめちゃくちゃ・・・いやコントロールされていたと思われる・・・そういう結果では意欲を失うのは当たり前である。どんなに練習しても・・・完成度を上げても・・・そしてどう見ても・・・それが結果に出ない。それでは自信安危となりコーチ達の信頼も失うことになるのである。
 汚いやり方をして勝っても・・・そんなことはみんな察ししているはずである。自業自得で終わる・・・それだけではない。他のチームに・・・いや我がチームにもどれだけの迷惑をかけたかである。
 汚いやり方にはとことん戦っていく。それが太鼓界が生き延びていく、発展していく道であると思うのである。これまで何人もの傲慢な人間がいたのである。『俺が』『俺が』というやからである。そのやり方が普通ならば・・・当たり前ならばそれでいいのだが・・・どこで勘違いするのか・・調子に乗るのか・・・当たり前を越した権力を振るいだすのである。・・・情けない。
 実力も無いのに優勝た、入賞した・・・それは子供達の為ではない・・・それは大人の都合じゃないか。そんなことはすぐに化けの皮が剥がれる・・・。一生懸命に審査する審査員にも失礼である。そして当たり前の評価を受けないチームにとっては地獄なのである。・・・それを狙ってやっているのか・・・。
 俺が気に入らないなら俺に向かって来い・・・チームは関係ないはずだ。それだけの度胸も無いか・・・いやうしろめたいか・・・汚いやり方は表には出せないものな・・・。
 ・・・全て想像である。
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2012/9/29

意欲がなければ・・・  
 父兄の一人からやる気の無い我が子の姿を見て驚いたと・・・はっきり言って我々も手を焼いているのである。厳しい注意は何度もやってはいるがまるで変化は見られない。こちらをバカにしているように見えてしまう・・・言っても聞かない者にこちらが根負けしてしまうのである。意欲的な子とそうでない子は当然差が出来る。同じ教え方をしてそういうことになるのである。
 叱って改めてもらう・・・それが現実に出来る我々の精一杯のことである。それ以上のこと・・・どう喝したり暴力だったり・・・それは出来ることではない。・・・我々がやれる範囲は叱ったり・怒ったり・・・せめてもの手段はチームオーダーからはずす・・・最終には出て行ってもらう・・・それしかないのである。
 ・・・出てこなくなり連絡も無い。最悪の場合は衣装も戻さずトンズラである。・・・一生懸命太鼓を教えていて・・・そういうことを何度も繰り返している。因果である・・・人の気持ちが変わってはどうしようもないのである。・・・しかし、少なくとも終わり方は綺麗にしてほしいと思う。
 意欲の無い子にやる気を出させるのは簡単なことではない。それに心が抜けたなら・・・どうしようもない。・・・それを我々のせいにした親がいたが迷惑な話である。我々は精一杯の努力はしているつもりでいる。しかし彼らの気持ちの中には踏み入ることは出来ない。親の気持ちと我々の期待・・・それは余り変わらないかもしれない。でも・・・子供達は確実に変化している。
 分岐点ということがある。いやいやでは・・・こちらに迷惑である。意欲は叱っては生まれない・・・。親と本人がしっかり話し合い判断をしてほしい。全員が栗沢太鼓の戦力である。それを失いたくはない。・・・しかし意欲を失った太鼓には魅力はない。
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2012/9/28

チームの歴史・・・  
 農業祭の最終実行委員会が行われた。今年は自衛隊の応援がなく準備や片付けは実行委員会のメンバー達で行った。テントの設営はJA青年部のメンバー達が大活躍してくれた。彼らが殆どのテントを設営してくれたのだが、本来は出店する人が建てることになっている。それが逆に出店側を甘えさせてしまったようだ。解体せずそのままで帰った店もあったということだった。しかし、その青年部から頼もしい発言があった。『我々が協力しますので自衛隊の応援が無くても大丈夫でないですか・・・』・・・こちらとしては自衛隊はありがたいのだが・・・。
 農業祭はもともとは農協青年部が主催して始めたのである。始まりはテントどころではなかった。ステージはドラム缶を並べその上に足場の木を並べた。屋根は木を組んで組みその上に防水テントを張ったのである。各テナントは全て青年部の支部が担当した。そしてバザー券の前売りを各地区で行っていた。その頃の青年部部員は120名を超えていた。(合併前の町内である。)それだけ機動力があった。それは米の値段が上がり続ける時代だった背景がある。農村が恵まれていた時代だった頃である。
 その後、状況は変わった。米があふれ転作が始まり農業の状態は大きく変化していった。それは後継者がいない状態になっていった。それはこの祭りを維持できなくなっていったのである。青年部は手を上げてしまった。・・・もう出来ない・・・その維持は行政へと移った。そして市町村合併で観光協会に移譲したのが今日である。
 栗沢太鼓は依頼される側だった。しかし、その衰退に我慢が出来ず今は実行委員会の中に入って祭りを先導する側となった。その第一は盆踊りの低迷だった。自腹で賞金を出して大仮装盆踊り大会を立ち上げた。それが・・・今日になっている。
 祭りは36回目だった。・・・チームが誕生して30年である。誕生以後、この祭りに関わり続けている。それはチームの歴史ともいえる。
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2012/9/26

一番の目標・・・  
 コンクールの実行委員会の報告を受ける。実行委員長がコーチの智○になったという・・・おいおい毎年入賞もしないチームからでいいの?・・・優勝してもそういう人材が育っていないということなのだろうか。・・・智○には大変だろうが後輩達にいい見本を見せてほしい。
 コンクールに出場するのに高学年が何人も欠席である。・・・意欲的でないのが気がかりである。祭りにでも行っているのか・・・。コーチ達には『練習に参加するメンバーを優先しろ・・』と伝えた。・・・技術が最優先でない。意慾を持っている者を優先してメンバー構成する。技術があっても未来がない者を出場させてもチームにメリットはない。むしろ低学年でも意欲的でこれからのチームの力になる者を優先する。
 高学年の何人かには失望している。・・・本当に一緒に太鼓をやってきたのだろうか。恩を着せるつもりはないが・・・何も情を感じない。先輩達にどれほどお世話になってきたか・・・それが感謝という気持ちを何も見せない。・・・これはどういうことなのか。ガキだから・・・で済むのだろうか・・・。
 習い事だから・・・といった親がいたが、金を出して教えてもらうんだから・・・そういう考えなのか・・・これまでの活動でそういうところがどこにあった。その親は何を考えて付き合っていたのだろうか。・・・失礼千万である。
 我々は好きな太鼓を子供達に伝えそして彼らを成長させたい・・・。チームを存続させるためとか、有名なチームにするとか・・・そんな考えは無い。もちろん講師料を得ているわけでもない。同じ会費を払い活動しているのである。
 コーチ達には目標を無くしてはダメだ。コンクールに出場するということは彼らが成長するという手段である。・・・今のメンバーのレベルを一つでも二つでも上がればいい。そして・・・あの緊張感を経験させる・・・・それが一番の目標である。
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2012/9/25

アイデアが・・・  
 Tシャツ一枚から一気に秋の装いに・・・身体がついていけない。去年はこの時期に咳が出始めて3ヶ月間続いた苦い経験をした。・・・要注意の時期である。特に今年は少し前まで30℃だったのだから・・・。
 メロンの出荷はまだ続いている。収穫ごとに糖度計でチェックしている。夏場からは2〜3度落ちてはいるが食味はまだいい。そして価格もまだ落ち込んでいない。この天候の変化でいつまで出荷出来るかわからないがスタッドレスタイヤ分はこれから稼ぎたい。・・・なんたって11年履いたスタッドレスタイヤは・・・さすがにきびしい。去年もアイスバーンは恐ろしくて出来るだけ避けて走らせていた。しかし時にズルっと・・・くわばら・・くわばら・・・それはテクニックで・・・。
 28日に農業祭の最終実行委員会が開催される。どんな話が出るか・・・。栗沢太鼓にとって農業祭は無くてはならない存在である。この祭りがあるかないかは会存続に繋がる位の存在なのである。30周年の演奏会が開催できたのもこの祭りがあったからである。しかし、課題もある。主催の大仮装盆踊り大会の仮装参加が減っている。今では各地で大きな仮装盆踊りが開催されだした。三○の仮装は我々よりも何年も後から始めた。そして地元優位な仮装審査も我々のやり方を真似て無くして行っている。
 過去には各地の仮装大会をめぐって賞金稼ぎをしていたチームが多数あった。それに変わって最近は家族や身近な仲間での参加が増えている。特に親が子供に仮装をさせるというパターンである。それもいいのだが全体のレベルは年々下がっている。数年前までは完成度の高いチームが数チームは混在していた。それがこの仮装大会の魅力であった。・・・チャンピオン大会みたいなステータスがあった。・・・それが失いかけている。
 三○のような市を上げた盆踊りにはならない。しかし、我々のよさはあるはずだ。・・・子供盆踊りは毎年すごい人数が集まる。こんなに子供達がいるのかというぐらいにである。・・・景品があるから参加する。・・・しかし予算は限られる。・・・アイデアが・・・課題だ。 
 
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2012/9/23

自立したチームに・・・  
 明日、コンクールの実行委員会が開催される。主任コーチに出席してもらう。内容については全て一任している。
 コンクールについては全てコーチ達に任せている。・・・責任は全て私が引き受ける。彼らには彼らの考えで子供達を仕込んでいってほしい。その結果がどうであれやれることをやってもらえばそれでいい。それは必ず次に・・未来に必ず役立っていく。・・・目先の結果にこだわる必要はない。
 過去のコンクールの審査には灰色の部分が見え隠れした。その影響は確実に受けている。・・・そこまでして入賞や優勝をさせたいのか?・・・オリンピックでさえやるのだから・・・こんなちっぽけなコンクールでは仕方ないのか・・・いや、そうではない。この地方のチームは、どのチームもこれからの存続を考えているのである。少子化や部活など・・・チームを維持していくには並々ならない努力をしているのである。その中で灰色の審査・・・意欲も失ってしまうのは当然である。
 高学年が何人も抜けてコーチ達は気が抜けた状態だった。しかし、ここでコンクールに出なかったならば目標を失い進歩も停滞してしまわないか・・・彼らにハッパをかけた。出れるメンバーでいい。結果はどうでもいい。出場することがメンバー達の成長になる。そしてコーチ達も経験を重ねられる。・・・それは未来に必ず生きてくる。
 チームはメンバー達だけで運営し成長して行く事が大切なのである。誰かに頼るのではなく自分達で何とかしていく。それが自立したチームである。それにはチームの中に舵取りが出来る役員がいる。そしていい指導者がいてメンバー達を導いていく。そして・・・継続していく努力である。
 外から見ればいい運営をしているように見えるかもしれないが、内情はいつも切羽迫った状態である。それは30年間ず〜とこんな調子である。今はまだましなのである。右腕・左腕・右足・左足と・・・そんな連中がそばにいる・・・これぐらい心強いことはない。それは・・・これからという期待を持てるし可能性もある・・・キャンビーへの夢も継続できる・・・前に向かっての活動となる・・・。
 子供達を鍛えてほしい・・・やめていく子はあきらめていい・・・いいチームには必ずいいメンバーが育つ・・・いいコーチ達になったのがいい例だ・・・。
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2012/9/21

最低限のモラル・・・  
 講習は指導員おのおののやり方である。初心者・中級者・上級者・・・生徒の年齢や性別・・・そして彼らの目的・・・それらに合わせて指導内容を決めてそして組み立てていく。もちろん言葉使いも気を使う。
 学校の先生もそうだが、楽しい授業もあれば眠くなる授業もある。それと同じで講習もその指導員の性格やテクニックで大きく変わるのである。・・・優秀なプレーヤーがいい指導者とはならないとはそういうことかもしれない。
 現場で生徒達にじかに教えることが好きだった。それが役員になってしまうと管理業務となり事務所でお茶を飲んで・・・つまらなかった。生徒達の成長を見る・・・それが指導者の醍醐味である。それが役員となれば各指導者のやり方にも口出す・・・プライドを持つ者もいれば、自信のない者もいる。頼られることもあれば、時には煙たがれることにもなる。・・・それもいやなものである。
 スポーツの世界は閉鎖的だった。誰かの門下生・・・師弟関係みたいな要素がまかり通る上下関係の世界である。そういうことは太鼓にもあるかもしれない。・・・それは余り褒められないと思うのである。
 お世話になった人には礼を尽くす・・・それは当たり前のことだ。しかしそれ以上のことを望んでしまったならそれは異常である。・・・メンバー達に恩を着せるつもりはない。彼らがどう思うかを強要することはない。・・・しかし・・・最低限のモラルで答えてほしい・・・そうでなかったなら・・・さみしいではないか・・・
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2012/9/20

夢が持てる可能性・・・  
 水没した草刈機は復活しなかった。水没前も辛うじて動いていた古参の機械であった。アイドリング状態は保てなかったり、キャップから燃料が漏れたりと・・・ただ用が経つにすぎない状態だった。水害が止めを刺した。・・・しかし、現実にすぐ使いたい状況でホームセンターに走った。在庫整理の値引き機種があってすぐに購入した。そして燃料を・・・そのガソリンが入っていたタンク内にも水が・・・タンクを清掃している暇も無くまたホームセンターへ・・・混合油をすぐ使う分だけ購入した。・・・しかし・・新品はいい・・・。
 風呂から上がったら・・・ボイラー室からすごい水音が・・・なんと水道管から水が吹き出ている。腐食で穴が開いたのか・・・。とりあえずは元栓を止めた。
 30年も経つとあちらこちらが痛み出している。今の蛍光灯は器具がダメになり30W4本のうちの1灯しか点かなくなった。
 物置と漬物置き場を兼ねたスパーハウスは床板が腐り穴が開いた。・・・暇を見て張替え中である。
 次から次へと・・・栗沢太鼓が30周年を迎えたが住宅もその前後に建てた。身体もあちこちガタが来ているが・・・古いものはやはり・・・しかし同じ30年も経つ栗沢太鼓は・・ガタつかせないで元気な会にしていきたいものだ。
 新人達の意欲にこちらも元気をもらっている。新陳代謝は会の活力となるとあらためて感じている。・・・夢がもてる可能性がまた一つ増えた。それはすごい力である・・・。
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2012/9/19

いい指導者に・・・  
 秋祭りの夜の出演はまるで夏祭りの夜のように錯覚する。それだけ暑い夜だった。
 お客さんは高齢者が多かったがすごい人数が集まってくれた。小学生達の演奏に沢山の拍手・・・そして最後の演奏の後・・・少し間をおいてアンコールが・・・だがタイミングが悪い。お神輿が神社に戻ったところなのである。そのちょっとした間で半分のお客さんは席を立ちそちらに向かう。・・・アンコールに『山彦』を・・・打ち終わった後はみんなぐったり・・・そして子供達や父兄は神社へ一目散・・・餅まきが狙いである。
 大人3人で太鼓を片付け遅い夕食をとった。・・・話は子供達のことが多かった。そして真剣である。それだけ愛情を持って子供達を見ているのである。
 前回の練習でやる気のない子を見てコーチ達が愚痴るのである。こちらの気持ち・・・そしてそれに答えない子供達・・・こちらの熱い気持ちを出せば出すほど子供達は引いていく。・・そういうパターンなのである。
 2時間のスキー講習をする。指導員によって、楽しい講習となったりつまらない講習ともなる。同じことを講習していても、その雰囲気は指導者によって大きく違ってくる。それが講習テクニックなのである。・・・指導者の手の内に持っていくか・・それは興味をいかに持たせるか。最初の時間帯にそれを作ることがいかに大切か・・・その最初の段階がよければ、その2時間の講習は最後までこちらのペースで進められるのである。・・・それは楽しく笑って集中してという講習になる。結局は受講生達が進歩していくことになる。
 久しぶりに最初の基本練習をやった。いつもは高学年やコーチ達がやってくれている。・・・いつもパターン通りで終わらせる。それはそれでいい。真面目にそれをこなすことはいいことである。しかし、慣れてくると子供達はすぐに気を抜いてしまうのである。それをやる気がない・・・と結論付けてはどうなのか・・・。基本練習は毎回同じパターンでやる。今日は、何度も止めて気になる子に言葉をかけた。・・それだけで他の子も気になってくる。それは全員が集中してくることになるのである。・・・そこに冗談を入れると全員が笑うのである。
 コーチ達が『今日の練習は良かった・・・みんな集中していた。』という感想をいった。・・・新人を持ってその彼らが『9:00までにすればよかった・・』と残念がった。
 今日の練習は充実していたのだろう。教えること、伝えることはやり方しだいで大きく変わるということなのである。そういうテクニックはコーチ達には持ち合わせてはいない。しかし、学んでいってほしいのである。まだ彼らは兜をかぶって子供達を教えているのである。それは子供達には威圧となるのである。・・・あれだけ真剣に子供達を思うことは指導者としてふさわしいのである。そしてなにより我慢強い・・・それは指導者としての資質が充分にあるといえる。
 自分のテクニックで子供達を引き付ける。真面目である人柄だけでなく、そういうテクニックも持って信頼を築いてほしいと思う。・・・いい指導者になってほしい・・・
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2012/9/16

問題意識・・・  
 救われた2匹の鯉は餌の声かけにようやく応じるようになった。2匹はいつも寄り添って泳いでいる。何を話しているのか・・・。
 この残暑で我が家のメロンは今が最盛期のように量が増えてきた。ところがそれを入れるダンボールが間に合わない。水害の後片付けに追われ発注を連休前に出来なかった。来週は今ある在庫分しか出来ない。・・・大量に出しても値崩れしてしまう。逆によかったかもしれない。
 このメロンは恐ろしい。作付けは僅かに200本なのだが、もうすでに2,000個以上を収穫している。この天候が続き枝葉がもてば更に数百個以上は収穫できそうだ。・・・さすがに糖度は落ちているが市場にはメロン類は殆ど出てこないのが付け目なのである。出荷調整をしながらもう一稼ぎである。
 18日に秋祭りの出演がある。天候が気がかりなところだ。ここのお客さんは町内のお年寄りが多い。栗沢太鼓の出演が好評なのだそうだ。小さな子供達の演奏する姿で癒されるのかもしれない。去年は寒い夜だったが今年は調度いいかもしれない。ただ雨が心配である。
 Jrコンクールは出場できるメンバーで構成していく。他のチームから見れば幼いメンバーではある。しかし挑戦しなければ成長はない。今やれることをやってコーチ達も子供達も進化していく。そしてチームを一つにしていく。・・・去る者、そして来る者とチームは生き物の様に変化している。育てた優秀なメンバーは去っていっても、それ以上になりうる新たなメンバーが加わっているのである。学校の部活と同じである・・・そう考えればいい。・・ただやめ方は褒められないが・・・。
 元気のいい子供達が増えた・・・それが栗沢太鼓の魅力の一つだ。その魅力はすごい演奏をする大人や高学年がいて光るのである。・・・コーチ達が問題意識を持って取り組んでいる。それが大切なのである。なあなあでも活動は出来るのである。それを黙っていない・・・それがいい。
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2012/9/15

腹をくくらせろ・・・  
 受験生の一人が顔を出さない・・・勉強か?・・・弟に『話があるから次回の練習日に必ず来てくれ・・』と伝言を頼んだ。
 Jrチームの最高学年は中3男子二人である。そのどちらかがリーダー・サブリーダーを務めてほしい。しかし、コンクールに出場出来ないのならば、その人選からまた考えなければならない。
 今日の練習に顔を出した。率直に『出場出来るか。』と尋ねた。・・・思わしい返答はなかった。・・・『考えてきてほしい。』というしかなかった。
 二人になってどういう状況なのかを尋ねた。成績が志望校に厳しいということらしい。親からは太鼓どころでない・・・と言われている。本人は太鼓もやりたいと思っているようだ。高校入試は一番最初の人生をかける大一番である。我々が強制することは決して出来ない。・・・『勉強を頑張るから太鼓もやらせてほしい・・・』と親を説得できるか・・・。これまでの子供達はそうやって乗り切ってきた。・・・結論は本人次第である。それだけの腹をくくった根性が彼にあるか・・・。
 好きなことをやるには、それだけのリスクを背負うことになる。本当に好きな連中は太鼓のスケジュールで仕事も、部活も勉強も調整していた。こちらが『大丈夫か・・・』と心配したほどである。それは彼らの努力である。泣き言一つ聞いたことはなかった。そして彼らの家族も、彼らの環境も彼らを後押ししていた。
 今のメンバー達は本当に情けない。中学や高校生になっても親の言いなりである。そして自分から行動を起こさない。思春期・・・反抗期・・・これも甘っちょろい。それも親頼みである。我々に真正面に向かってくることはない。いつもいい子ぶる。しかし内心は全く違う。不満は親に言いつける。わがまま言い放題である。それを鵜のみにする親がいるのにはあきれる。どこまで甘いのか・・・。
 反抗する子には、こちらも臨戦態勢である。彼が腹をさらに立てても構わない。親は縁を切れないが我々はそんなことは関係ない。・・・それが最終手段として持っている。本当に好きな子はやめることはない。・・・意欲を無くしてやめる子はどんなことでも理由にする。それを我々のせいにするのはとんだお門違いである。
 太鼓と入試を一緒にされてはこまる。むしろ、勉強の為の発奮材料にする位のことをしてほしい。それ位の腹をくくらせることが彼の為でないだろうか・・・。
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2012/9/14

救出作戦・・・  
 池の鯉達は増水と共にどこかに行ってしまった。
 去年買った彼らの餌が底をつき、ホームセンターで一袋買って来た。今日からその餌になるその日だった。
 叔父が会社を休んで駆けつけてきてくれた。引いていく水の中からチビの一匹を救ってきてくれた。壊れた池にはその一匹しかいない・・・今日、砂利で埋まった水路を修復していた。砂利で埋まった水路は水溜りとなっていた。その水が抜け出すと土管の中からパシャパシャと魚の跳ねる音が聞こえたのである。土管のどこかで水がなくなり苦しんでいるようだった。
 鯉の救出作戦である。長い竹ざおに更に竹ざおをガムテーぺで継ぎ足しその先にペットボトルをつけて反対側から土管の中の鯉を押し出す作戦である。・・・作戦成功・・・数年前に釣り上げてきた鯉だった。・・・彼は暴れることなく私の手に委ねていた。・・・そして池に放した。これで池の中には2匹の鯉である。・・・相棒が出来てよかった。
 今日も暑かった。・・・片づけをしながら収穫作業と汗まみれである。
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2012/9/13

集中豪雨・・・  
 この異常気象は灼熱の残暑から豪雨に続いた。九州の大雨・・・北海道にも・・・その予感は的中した。
 我が家はこの沢の一番末端で一番低い位置にある。子供の時から何度も浸水の憂き目となっていた。その為、住宅やガレージは国道よりも高い土台の高さにして新築した。しかしその国道は何度もかさ上げされ新築した当時よりも30cmは高くなっているのである。
 11日の夕刻から雨脚はすさまじくなった。それが長時間続く・・・眠れなかった。そしてすさまじい音の雷・・・ベットから降りて辺りを見回した。・・・この雷、栗丘駅隣の踏み切りに落ちた。ず〜とキンコンカンカンと鳴り続けていたようだ。・・4時頃・・傘を差し懐中電灯で照らしながら辺りを見て回った。排水溝が限界を超えていた。・・・やばい・・・これは冠水する・・・56年の水害で床上浸水した納屋の中に入り、箱詰めされて床に置いていたメロンを台の上に上げた。農薬や未使用のダンボールも棚の上に・・・消防に電話する・・・全くでなかった。町内会長を電話でたたき起こして状況を報告した。
 薄明るくなる頃、鉄砲水が猛烈な勢いで入ってきた。その勢いはすさまじかった。見る間に国道への道は浸かり納屋も浸かっていった。そして住宅にまで迫ってくる。・・・玄関先で見守るだけだった。・・・一時は住宅やガレージも・・・そう思った。しかし、その勢いはそれ以上は続かなかった。隣家への道路を越えたのである。・・・ガレージまでは10cmあったか・・・。
 その頃やっと消防や市役所の職員が来た。その頃には水の勢いもなくなっていた。・・・その様子を見て『他のところから救助要請が・・・状況が悪くなったら連絡ください。』と2台の消防車は消えていった。・・・昼頃までに水は引いていった。市内で床上浸水は2件・・・その1件は我が家の納屋である。
 ・・・せめてもの助かったことは1箱を除いてメロンは無事に・・・ダンボール類も・・・今日も・・明日も・・後始末が・・・。
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2012/9/10

思う存分・・・  
 記念演奏会のページを新設した。
ページはこちら⇒http://2nd.geocities.jp/kurisawa234/30syunen.html
 MCをしながらの撮影で枚数も限られ足りない部分もあったが出来るだけ大判で掲載した。空の青さが印象に残る。猛暑だったが・・それは贅沢というものか・・・雨となっていたなら大締太鼓も・・また夢となっていたかもしれない。・・・来年もまた上げようか・・・小6の連中の目標となるかもしれない。彼らが成長してくれたならあの太鼓も喜んで答えてくれるだろう。
 男の子達は、春光さんの形見の2尺の太鼓で基礎を学び、身体が出来上がって大締太鼓にステップアップする。農業祭が彼らの晴れ舞台となる。会場中から視線を受ける。
 女の子達は小締太鼓を軽快に鳴り響かせる。・・・今年の演奏会でそれを予定していたのだが・・・それは姫○や風○達が・・・そして寧○や夢○達の新人達が加わって・・・きっと成し遂げれるはずだ。
 一本打ちも、豊穣もそして雄飛も・・・いい演奏だったと思う。さすがホームである。どこのチームにも負けていない立派な演奏だった。・・・30周年にふさわしい・・・。
 いままでの方針は変えるつもりはない。今のメンバー達で出来ることをみんなで力をあわせてやっていく。覚えてる子は、まだマスターしていない子に伝える。コーチ達は自分の感性を信じて・・・新しいチャレンジをしていってほしい。・・・それを阻むものはとことん潰す。だから・・楽しんで思いっきりやってほしい。
 我々の活動は独特かもしれないが、レベルの高いものだと思っている。それは様々な組織を経験して得たノウハウがあるからである。・・・なんでも文句を言うやからもいれば、講釈で正しさを強調するやからもいる。しかし、どんなことをいってきても我々のやり方に付け入るすきはない。もし、不満を言うやからがいたならばとことん戦ってやる。・・・安心して思う存分の活動をやってほしいと思う。
 去年からゆがんだ部分が出てきていた。・・・露骨に不満も聞いた。しかしそれは我々が修正することではない。家族の問題を我々の責任に転化しているのだ。・・・人のせいにしてしまう・・・それは・・・情けない。
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2012/9/10

次々に達人が・・・  
 投票を済ませメロンを箱詰し市場へ、その帰りに太鼓屋によって新人のバチを購入してきた。そしてやっとホームページのアップに取り組んだ。その最初の『大仮装盆踊り大会』の成績ページを新設した。⇒http://2nd.geocities.jp/kurisawa234/kaso2012.html
 今年の仮装の参加がこれまでにない位に少なかった。特に個人の部が昨年の半分近くに激減した。・・今年の異常気象なのか・・確かに猛暑である。衣装を着ての踊りはしんどい・・・。この暑さでは意欲も失う。
 しかし・・・やぐらの上は熱かった。みんないやな顔をせず笑顔で太鼓を楽しんでいた。割り込んで少し打とうかと思っても、その顔を見てしまうと中々入り込めなかった。・・・若い連中に任せて・・・そして思う存分楽しんでほしかった。
 この盆踊りは我々が我々のペースで思う存分打ち鳴らし楽しむ為に始めたのである。そして若い連中に盆太鼓の醍醐味と楽しさを体験してほしかったのである。
 最初の何年間は打ち手の確保が先だった。そして太鼓技術も貧弱だった。・・・何年も先頭に立って引っ張った。それだけ若さがあり体力があった。子供達も果敢に挑んでくれた。・・・仮装も沢山やってきた。そして祭りの中心となっていた。それがまた新たなメンバー達が集まる効果ともなった。今年も3人の子供が門を叩いてきた。・・・きっと、来年のやぐらの上には彼らも笑顔で太鼓を打ち鳴らしているはずだ。
 今の盆太鼓は何も心配は要らない。音のズレはほとんど起こらない。最初から最後まで一糸乱れない。それだけみんなの技術が上がった証拠である。・・・その頃の目標は想像以上に上に行ったようである。
 太鼓を楽しむ者・・・その技術を習得しようとする者・・・やぐらに上がりたい夢を持った者・・・それはこの事業を継続してきたからである。子供達が夢を持つ・・・それがこの事業にはあるということなのである。・・・次々に盆太鼓の達人が生まれるはずだ・・・。
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