2013/2/27

どんな変化を・・・  
 コーチ達が休みで上級生組は中学生3人に任せた。この春中学に上がる5人と気合の入った練習をしていた。遠巻きで見るだけで口出しは一切しなかった。時間を超過しても練習を続けていた。彼らの顔を見ているだけで内容のある練習なのだろう。
 低学年組は休みが多く6人であった。私も加わり『豊穣祝太鼓』の練習を行った。新人の兄弟も曲の様子が解りだしてきた。必要なリズムはやってきている。あとは曲の流れを覚えていくこと、そして演奏フォームである。・・・農業祭までには何とかしたい。
 あと二人の新人君は今日も休み・・前回の練習に顔を出して二人を受け持った。このペースでは農業祭・・・?
 上級生組はコーチ達が休んでも自発的に練習が出来ている。それもリーダーを中心に組織的にやっている。これは大きな変化である。指示しなければ何も出来ない・しない・・・一時のそんな状況とはまるで変わった。自分からという意欲的な練習はきっと彼らを化けらすことになる。
 中学生3人がいい手本を見せている。コンクール後の彼らの変わり方を後輩達も見ている。『俺達も・・・』と新中学生となる5人が思ったならこのチームは大きく変わる。どんな変化を見せるか・・・それを他人事の様に見守りたい。
 上から押し付ける指導方法では、このチームは育たない。そういうチームにしてしまった・・・。自由で楽しんでやるチームに向かったのである。そこに管理し強制するやり方に戻ることは出来ない。(ブログで何度も書いているが、自由とは・・・何をやってもいいということではない。あくまでもルールの中にである。)・・・今日も遊び半分な子に首根っこを持って『ふざけた練習をするな!』の一括があった・・・。
 人を育てる・・それが目標のチームである。その中には私もコーチ達も含まれる。太鼓演奏・太鼓チームを育てるのは、その手段にすぎない。毎年、毎年・・・反省し修正しそして次に向かう・・・その中には人としての生き方・考え方・・・も含まれる。
 
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2013/2/25

強い心を・・・  
 小学生達もソロ演奏を練習している。ようやく曲をマスターして自分一人での独奏である。チームを組んの演奏と違い実力がずばり出てくる。手を抜くことは一切出来ない。そして上達するのは自分の努力でしかないのである。チームのメンバーはライバルである。
 キャンビーの時の6人はライバル心が露骨だった。それが互いの実力を上げていった。曲や振りを自ら工夫し個性豊かなオリジナルを創っていった。それは彼らに絶対の自信も植え付けた。今のメンバー達にもそういう所まで導きたい・・・。
 先に取り組んだ中学生の3人は新年初打ちの実践を体験してか・・・演奏が大きく変わった。打ち込む太鼓の音は大人に遜色がない。日に日に腕の振りも大きくなってきた。しかし、まだまだ打ち込みが足りない。自分の曲が身体に染み込む位に・・・それは何度も何度も繰り返すことでしかない。
 メンバー達には絶対の自信が持てるソロ曲を持ってほしい。その一曲を持つことは、これからの人生も大きく変わる位のことになるのである。・・・どんなに技術が高くても、それを表に出すには強い気持ちが必要である。『エイ!』という気合一つを入れるのも大変なことなのである。開き直り恥ずかしさを無くす・・・それには絶対の自信が必要である。それをソロ演奏でやる・・・それは大変な冒険なのである。それをやり遂げて本当の栗沢太鼓のプレーヤーに・・・そして大人になっていくのである。
 一人一人ソロ演奏が出来る・・・それは強い心をメンバー達に養っていくことになる。そしてそれは大きな自信を作っていくことになるのである。
 誰かを当てにせず自分で切り開いていく・・・そういう人間になってほしい。
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2013/2/22

輝く運営・・・  
 30年も太鼓をやっていると、家族も世間もいつの間にか太鼓を優先することが当たり前となっている。会議もそのスケジュールで調整してくれる。いや、調整してもらう。それで不満も言われなくなった。
 このチームは私が中心になって運営されているが私のチームではない。このチームはあくまでもメンバー達のチームである。メンバー達が好きな太鼓が出来て活躍できること・・みんなが成長していけること・・そしてみんなが愉快な気持ちになれることである。
 子供達とは太鼓だけではなくて、いろいろな面で付き合っていきたい。だからと言って出しゃばることはしない・・プライバシーは尊重する・・束縛も強制もしない。・・・しかし・・最低限のマナーや常識は守ってもらう。普通の人なら何も問題は無い範中である。
 威張らず気張らず・・・それが基本にある。人から愛され応援してもらうチーム作り・・・それは私自身がそうならなければならないと思っている。だからといって、それを害することにはとことん戦うつもりでいる。
 メンバー達が上達しチームが強くなること・・・それは望むことだが、それがメンバー達の重荷になっては困る。あくまでも太鼓は趣味の域であり人を育てる手段に過ぎないのである。しかし、そんな趣味の域にも勢力だとか権力だとか・・・或いは宗教の様な・・・バカみたいなことをやっている集団もある。
 30年の歴史・・それは経験だけではなくて学んだ歴史でもある。・・今の状況に合わせた運営がチームの運営なのである。頭はいつも柔らかく柔軟にしてこのチームは輝くのである・・・。
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2013/2/21

豪雪・・・  
 朝、玄関を開けるととんでもない状況が・・・積もった雪は膝まで埋まる量に・・・スノーブロワーは故障のまま・・・。バケットで少しずつ押していくしか・・・国道まで開けるのに何度も往復・・・そして除雪を依頼されている隣家へ・・・除雪車で山盛りの国道入り口を入り込む・・・車の往来が切れ間ない・・・大量の雪は少しずつ押すしかない。そこにデーサービスの車が・・・間に合わなかった。隣のばあさんはお休みとなった。朝食を済ませ畑の除雪に・・・勝負ときめて強引に・・・右左へと・・・何とか開けきった。これからが稼ぎ時・・・安堵した。
 寧○とぜ○のおじいちゃんから申込書が届いた連絡を受ける。この春3人目のお孫さんが小学校に入学で勉強机を製作中だそうである。それは急がねば・・・バチの製作はその後となる。メンバー達のバチは練習には支障がない。たとえ破損しても補充できる在庫もある。
 そして特別な塗装もしてくれるそうだ。持つ感触は変わらずそれで丈夫になるという・・・これは有難い。大締太鼓用のバチはその塗料で発色が良くなるのだそうだ。・・・これは農業祭にはまた大やぐらの上に上げて、赤く光るバチで打たねば・・・。
 この時期にこの降雪・・・勘弁して・・・スキーをやっていた頃はこの雪が魅力だった・・・新雪を求めてそこにシュプールを刻んだ。しかし、今は厄介者である。適度な雪はほしいが、記録的は・・・迷惑である。夏のゲリラ豪雨・・そして3年続いての豪雪・・この地球は確実に変わった。これが当たり前になるのかもしれない。その原因を作ったのが人類なら・・・それも自然の一部なのかもしれない。いつか大やけどをする様な嫌な予感がする。あの大震災の原発みたいに・・・。
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2013/2/20

楽しみな目標を  
 練習を終えて外に出ると10cm位の雪が積もっていた。練習前はまだ降っていなかった。・・・そして今、雷がそして風が吹き出し吹雪となった。大雪警報が発令されていた。
 雄○の推薦内定の報告を受ける。彼の行く高校は私の母校でもある。そして彼の学科には太鼓の先輩が3人・・・一人はサッカー部主将を務め道職員に・・・一人は一○で雪冷房のプロジェクトで○○大賞を受賞、その後輩の朋○もそのプロジェクトを引き継ぎ全国大会へ・・・栗沢太鼓からその学科に進む者は大活躍している。・・・相性がいい。彼の活躍に期待したい。
 低学年が全員休んでソロ曲を習得目標にしているメンバーばかりだった。ソロ演奏のチェックを一人一人行った。主任コーチが地打ちをし演奏を見てアドバイスをする。そして私も気がついた事を伝える。彼らはほぼ演奏曲をマスターしている。これからは基本リズムに合わせること・・演奏技術のアップ・・そしてパフォーマンスである。より高い領域の太鼓へと進化させていく。彼らの先輩達が歩んできた道である。しかし去年離脱した連中はこの段階を踏めなかったが・・・。
 この練習方法もスキーの指導員時代に学んだ応用なのである。目標とする運動がある。その為の姿勢・フォームがある。それに近づく為に矯正して行くのである。理想の運動は理想のフォームで無ければ出来ない・・・それを彼ら達に伝える。・・・ただ演奏できるからではなく、美しさや力強さ或いは人をビックリさせるパフォーマンスへが最終目標である。
 コーチ達もこの練習方法を幾度もやってきた。修正する為のアドバイスを伝えそしてまた修正する。伝える側の指摘が受け止められなければまた違った表現でアドバイスをする。その繰り返しである。それが理想の運動が出来るポジションを導いていく。
 そういう練習方法をメンバー達が理解することが一番大切なのである。それが解ると彼ら達の意欲は数段に増していく。自分が変わっている・・・それに気がついたら練習が楽しくて仕方なくなる。
 リズムを覚えていく喜び・・・そして演奏技術が上達していく喜び・・・それぞれのレベルのそれぞれの楽しみな目標を持つ。そしてそれがチームの演奏に結びついていくならば・・・それは最高である。
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2013/2/18

心が・・・  
 天候が悪く仕事を休んで温泉へ・・身体も休めと・・・露天風呂を独占していると・・・轟音が・・・隕石か?・・・落雪だった。屋根が崩落しないか?・・気持ちが悪いので屋内に戻る・・たっぷりと温まってきた。帰宅してビールを飲みながらのマッサージ器・・・たまらない。凝った身体もほぐれるが、大きな湯船につかり心もほぐれた。・・・英気がよみがえる。
 スキーの指導員時代。一期4日間のスキー学校がシーズンに何期か行われていた。特に冬休みの期間のスキー学校は受講生が多く幾つものグループに分かれていた。一グループ7〜8名、能力別に組み4日間を受け持った。
 同じ顔ぶれの生徒と4日間を共にする。そしてその4日間で見違える様に上達させる。それは指導員の能力を試されることにもなる。経験の浅かった指導者には試練であった。しかし、この経験はその後の指導員キャリアの源であった。
 技術を教える・伝える・・・それは当然の役目である。問題はその方法なのである。それが指導テクニックなのである。ただ模範を見せ指摘するだけではつまらない講習になってしまう。生徒達が乗り乗りになって楽しんで講習をするか・・・それは結局は意欲を作っていくのである。自分の技術がいかに高かろうが講習をするテクニックは別物なのである。
 講習は彼らの上達が目標である。しかしつまらない講習では彼らの気持ちも萎えてしまう。いかに彼らのテンションを上げる講習をするか、そして成長させられるか・・・それが指導者の能力となる。
 去年のコンクール・・・『コーチ達が成長した。』その一番がここにある。メンバー達が全員意欲を持ってまとまった。・・・それが作れた。指導能力の一番難しいことをやってのけたのである。
 どんなに技術が高くても、どんなに優れた曲でも・・・そこに心が加わらなかったら・・・何にもならない。
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2013/2/17

優しさ・・・  
 一○が久しぶりに練習に顔を出す。『来月からまた出張が始まる。』と報告に・・・。札幌から練習に来るのである。そう度々にはこられない。たまに顔を出してくれるだけでも心強い。
 大人も子供もみんなそれぞれに生活がある。それは大切にして活動してくれればいい。強制したり強要する活動にはしたくない。自由で伸び伸びとした活動にしたい。しかし、それを甘く見られては困る。
 子供達の何人かは『お前は栗沢太鼓にはいらない。出て行け!・・・』と雷を落としている。首根っこを捕まえて『やる気が無いなら練習場から出て行け・・・』なども・・・。中には窓から逃げ出した集団もあった。女の子が集団で口紅をつけて茶化した態度で現れた時だった。親には『太鼓に行きます。』といって遊び歩いていた子もいた。親の身勝手で心が壊れた子もいた。不登校なのだが太鼓には顔を出していた・・・でも助けられなかった。
 今のチームにも心配の子はいる。今年になって練習には一度しか顔を出していない。しかし連絡は受けている。ただ、この練習回数では演奏曲までは進められない。仲間にも入っていけなくなる。親の考えも?・・・我々の思いとは少し外れている。このままではデビューは無理かもしれない。
 優しさと厳しさ・・・人はやはり優しさを求める。しかしその優しさは自分勝手にやってもいいということではない。自由と同じでその優しさは常識があるなかでしか生まれないのである。優しく扱ってくれるから好きだ。しかしそれに甘えて我がままを言っていいということではない。幼い子供達は大半がそうだ。『駄々をこねる』・・・それは優しく扱っているからする行動である。しかし過ぎることには雷が鳴るのである・・・。本当の優しさとは甘やかすことではない。その裏には常識な厳しさを持つことだと思うのである。
 それが・・・大の大人にも・・・
 
 
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2013/2/15

今が大切・・・  
 顧問・相談役の依頼をようやく終えた。これでいよいよ新年度がスタートである。・・・といっても1年の区切りでしかない。定期の練習は今までと変わらず続けている。それぞれの課題や目標を持ちながら楽しんでいるようだ。
 受験生の雄○は推薦の面接を終えた。彼の判断ではうまくいったようだ。・・・彼は3月いっぱいでチームを卒業する。野球に勉強に・・・太鼓との両立は厳しい・・・そう判断しての結論である。過去の先輩達には、学校生活やアルバイトをしながら高校を卒業するまで・・・いやその後も継続している者もいる。いいプレーヤーになっているだけに手放すのはさみしい。しかし、彼が決めたことである。それは尊重する。少し生真面目すぎるのが・・気がかりである。
 高校生まで続けられない・・・部活や通学・・・太鼓以外に夢中になることもいろいろと出てくる。いろいろな制約が年齢と共に増えてくる。それでも続けてきた子は太鼓が本当に好きだったのである。そういう子達は彼らから率先して入ってきた子達である。その後の世代は親が決めたり・・誘われたりという子が多い。しかし、決して太鼓が嫌いだったわけではないと思っている。
 部活と板ばさみにならないように・・・部活を優先して構わない。それがいつの間にか太鼓への愛情が薄れていったのか・・・。自由で束縛しない・・・それがだらしの無い行動へとなったのか。しかし、好きならばそんなことにはならないはずである。こればかりは本人の気持ちだと思っている。
 好きな連中でやっていく・・・彼らの成長の先がどうであろうと今が大切である。
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2013/2/13

新たな知識・・・  
 全員のバチの申込書が集まり(3人は欠席で見本品に・・)明日おじいちゃんに送付する。中には面倒くさい注文を書き込んでいる者も・・・迷惑をかけないか・・。この有難い申し出はチームに活気を与えてくれた。
 前回休んだ海○が来るなりバチの申込書の催促である。書き方を他のメンバーに聞いて定規やノギスで採寸して書き込んでいる。『これでいい・・』と見せに来てはダメだしを受けやり直しである。
 主任コーチも前回休んでいて申込書とにらめっこである。・・・練習どころではない。
 地方の一○の分は電話で・・・仕事でこれないつ○むの分は彼の好みを想像で・・・さすが仲間である。
 上級生達は大締太鼓用のバチを頼んでいる子が多かった。アドバイスはしたが選択や希望は全て彼らが決めた。・・・私は橋渡しである。
 彼らにとっては始めての用具の選択・・・いやオーダーの発注である。こういうことの経験も大切なのである。初心者から上級者へ・・・そこには用具の選択ということが必ず起こる。重さや硬さの材料の選択、長さや太さ等のサイズ。同じ太鼓を打つのにもそれに合った中で用具を選ぶ・・・それは上級者になっていくことの知識でもある。
 太鼓の音をどう表現するか・・・そこにも伝えるバチの存在がある。しかし、我々のレベルでは自分にあったバチ、そして太鼓にあったバチが精一杯である。
 今回のおじいちゃんの申し出でメンバー達にバチの選択という課題が与えられた。私も含めて勉強になることとなった・・・。
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2013/2/12

まだまだ未熟・・・  
 いろいろなイベントの控え室・・・一番明るくてうるさいのはうちのチームである。静まり返る他のチームとはまるで違う。コンクールの控え室もそうである。それは今ではなく過去からそんな感じなのである。・・・他のチームからは『仲がいいねえ・・・』といつも言われる。
 なかには統制した軍隊か・・・と思うようなチームもある。それがいいとも悪いとも・・・でも我々のチームは我々のチームである。
 何かを目標にして組織は活動をしている。『コンクールで勝つ・・・』『海外公演を・・・』・・・それはあくまでも一時期の単発な目標に過ぎない。我々の目標は太鼓を通じて人を成長させることなのである。その一つの手段に演奏会やコンクールがあり、チャンスがあれば海外へ・・・となる。
 チームの状況は絶えず変化している。その時代、その時代で構成メンバーのレベルや意識はまるで違う。今の現実に合った活動が一番大切なのである。現実にあった目標が彼らの意欲を生み成長に繋がるのである。
 去年の30周年・・・再びのキャンビー公演の目標は現実に合わなかったのである。それは資金不足だけでなく、メンバー達の気持ちを理解できなかった我々の判断ミスと思っている。彼らには重い重圧となったかもしれない。
 抜けていった連中を一方的に批判するつもりは無い。そこには我々が理解できなかった理由もあったのだと思う。ただ・・・それを何も告げないのは・・・聞く耳持たない一方的な環境ではないと思っていたが・・・。
 難しい年頃だから・・・それでこと済ます気持ちは無い。楽しかった活動をその時代に一緒にしてきた。一時でも彼らはチームの花形だった。そんな子達と後味の悪い終わり方をした。それは私にも原因があると思っている。・・・まだまだ未熟である。
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2013/2/11

和を乱す者はいらない  
 去年の今頃、上級生達の行動がおかしくなっていた。男子の何人かは反抗心丸出しであり、女子の何人かは顔を出さなくなった。まるで打ち合わせしたようにであった。
 そんな彼らの行動に我々を批判する親もいた。『教え方が悪いのではないか・・・。楽しい練習をしてほしい・・・』逆に反抗期の我が子に『反抗がひどくて・・・何とかよろしくお願いします。』両極端な考え方である。批判した親には『我々のやり方は何も変わっていない・・・。』と話している。・・・反抗期の言い訳を他人のせいにしているのである。それよりも、そんな子のいい訳を真に受けて批判するとは・・・我々を信用していないのか?
 『・・・先輩達がお前を少しでも上達させたいとアドバイスしているのに、その反抗的な態度は何よ。人間として最低だぞ・・・』そう話ししたその子は人が変わったかのように変わった。明るく積極的になりジュニアチームを引っ張っていった。ジュニアチームのリーダーである。
 批判したその子はコンクールの練習が始まると何も告げず練習に顔を出さなくなった。メンバーから外させた。・・・最上級生だったその子がいなくなって子供達の様子が変わっていった。伸び伸びとした明るさに満ちた雰囲気となった。子供達の目が輝き始めた。
 コンクールが終わった次の練習にその子が現れた。・・・チームの和を乱す行動は許せなかった。クビを告げた・・・。今だ会費も払わず衣装も戻してこない。また人のせいにしているのか・・・。
 我々も人の子であり失敗も間違いもする。しかし、批判や説教を親から受ける筋合いはない。教え方が気に入らないとか、やり方が悪いと思うのならばさっさと出て行ってほしい。そこまでして預かる気はさらさら無い。
 モンスターはもうこりごりだ。今後こんなことは起こさせない。和を乱す者はこのチームにはいらない。
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2013/2/9

オーダーメイド・・・  
 基礎練習の後、バチの申込書をみんなに配る。見本のバチや参考になるバチの寸法を紙に書いて陳列。数本の鉛筆に定規やノギスを用意して各自の希望を申込書に書かせた。・・・多少のアドバイスはしたが彼らが考えるバチを作ってもらうことにした。彼らには始めてのオーダーメイドかもしれない。
 今日は練習にならないだろう・・・そう思っていた。案の定・・・定規やノギスや鉛筆が飛び交った。私には何人も相談者が・・・『お前には長くないか?』と言うのだが聞く耳持たず。ここでも性格が出る。提供してくれるおじいちゃんには悪いが、きっと『失敗した・・・』という子が出そうだ。だが大概は大きめである。すぐには無理かもしれないが後々には活用できるだろう。お兄さんは胴太鼓用と大締太鼓用の二本をぬけぬけと注文・・・甘えよう。『書き終わった者から練習しろ!』・・残り時間は僅かだった。解かりずらい書き方のものをチェックし呼び出し書き換える・・・。
 何人かが休んだ。次回の練習で締め切る。それで休んだ者は細工は無しである。申込書を封書で郵送する。
 ところで・・私も一本・・出番は盆太鼓でしかないのであるが・・・。淵を打つ盆太鼓はすぐにバチを傷めてしまうのである。・・・大切に思ってもやはりバチは消耗品なのである。これまで何十本いや何百単位かもしれない・・・それだけのバチを使ってきたのである。・・・様々な思い出の出演もバチだけはこの場には残っていない。彼にとってはむなしい気持ちの存在だが・・・彼があって我々の思い出は作られてきたのである・・・。
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2013/2/7

申し込み用紙  
 メンバー達の希望をどう伝えようか?・・・申し込み用紙を作った。それに希望を書き込み送付する。bフ入った名簿と名前入りのラベルシールを同封する。クリックすると元のサイズで表示します
 次回の練習に定規とノギスを持っていって用紙に記入してもらう。・・・これまた一騒ぎが起きそうだ。
 天気が悪く仕事にならずまたユ○ニの湯に・・・この時間になっても身体がほとっている。湯船につかりながら去年の様々な出来事を省みた。ごたごたもあったが演奏会も盛会だったし・・・何よりコンクールがよかった。チーム作り、曲作り・・・その過程がすばらしかった。あの慰労会のはしゃぎ様・・・あれが全てを物語っている。隣にいた優勝チームはお通夜みたいに見えた。他のチームからも『栗沢の子達は仲がいいねえ・・・』と羨ましがられるのだそうだ。私自身がお祭り騒ぎが大好きだから・・・みんなそうなるか。
 去年の今頃の様な、ギスギスした活動には戻したくない。その元凶になるような子は今はいない。しかし、みんな難しい年頃はやってくる。去年の二の前にならないように注意していかなければ・・・。
 コーチ達が教え方に工夫をし始めた。それは大切でいろいろ試していって幅のある練習にしていってほしい。一番大切なのは1年に百回もやる練習なのである。この練習が楽しみならばこのチームは安泰である。・・・今はそうなっている。それにバチ・・・これも励みとなる。
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2013/2/6

バチの効果か・・・  
 ミーティングで寧○とぜ○のおじいちゃんから来たメールを紹介した。そしてみんなのバチの希望を取り直すことを話しした。・・・みんな幸せだなあ。
 長さや太さ・溝などのサイズ違いとなると個人個人バラバラとなる。・・・希望用紙を作りみんなに配り記入してもらう・・・それが一番間違いがないか。次回練習日に配布し集まるごとに郵送かFAXか或いはメールかで連絡するか・・・。プロでもないのに・・・何とも贅沢な話である。その分しっかり練習をして上達してくれなくては・・・。
 そんな話しをしたせいか、今日の練習は盛り上がっていた。見本のバチを使っては調子を見ている者も・・・。お兄さんは大締太鼓用のバチを・・・。こうしてこうしてとおのおの考えて来るだろう。・・・それはうれしいはずだ。
 スキー時代もそうだったが新しい用具を手にした時のうきうき感・・・新しい用具は気持ちを高揚させ意欲も数段に上がるのである。バチも同じこと、それも自分のオリジナルである。練習も熱が入る・・・。
 6年生になる雄○・姫○・寧○もソロ曲の習得が進んでいる。その曲を利用し3人の演奏にアレンジして運動会用にする。3人の気持ちはもうそこにいっている。その下の連中も彼らに引っ張られている。・・・あの駄々っ子だった二人(風○・海○)も5年生に上がる。彼らの運動会までは1年と数ヶ月である。今の調子なら何とかなりそうだ。
 今日の練習も笑顔があふれていた・・・。
 
 
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2013/2/5

楽しんで太鼓を・・・  
 今晩NPOの会議があった。文化センターの(練習場)運営委員会である。元相談役や顧問そして新顧問(会長いや元会長となるのか・・・)そんな集まりだった。
 会議の後、新年会があった。先日の総会の話しだったり、コンクールでメンバー達がすごい演奏をしたことや、メンバーのおじいちゃんがバチを作ってくれるなど・・・栗沢太鼓の話題がいっぱい出ていた。みんな誉め言葉だった。このNPOの役員達は我々の活動を全面的にバックアップしてくれる、町に変わって生まれた新たなサポーターなのである。その理解に頼もしくそして有難さを感謝してならない。
 臨席した中に顧問が二人(その中の一人は会長・・いや元会長か・・)相談役の市議が一人・・・その依頼を会議の後お願いした。会長(元会長か・・)その書類を受け取って安堵した表情だった。2次会を二人で・・・その会話はその前とは何も変わらない。いつまでも会長である。メンバー達はこれからも『会長』と言って構わない。誰が会長に・・・そんなことはどうでもいい、私の存在は『のぶちゃん』であり『たかは○』さんでいいい・・・責任や行動は何も変わらず今までと同じでしっかり引き受ける。
 トップが、私が主役ではない・・・このチームの主役は太鼓を楽しみたいメンバー達である。その環境をサポートするのが私の役目である。いや、それだけでなくて私も太鼓を楽しみたい・・・。そんな仲間達でこのチームを作っていく。
 バックアップはしっかりお願いした。その応援の答えも受けている。メンバー達は何も心配せず楽しんだ太鼓をやってくれればいい・・・。
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