2013/4/30

続けるテクニック・・・  
 寒冷のゴールデンウィークである。今日も寒い雨が・・・。一昨日・昨日と寒風の中の作業で腰を冷やしたのか腰痛が出た。午後から温泉へ・・・混んでいるかと思ったが普段より少ないお客さんであった。がっちりと温まってきた。この天気で明日も仕事になりそうに無い。仕事が進まず焦るのだが、逆に身体を休めるいいチャンスだ・・・と考えることにする。天候にはどうしようもない。気を揉んで焦ってもいい結果は生まれない。
 明日の練習には寧○とぜ○の福島のおじいちゃんがバチを持って見学に来る。どんな感想を言ってくれるか楽しみである。明日もいつもの様な練習スタイルである。普段の普通の練習である。ただ明日から練習場に暖房が入らない。暖かくして来てほしい。こちらも冬支度で行くか・・・。子供達は元気はつらつだろう。
 人が意欲を持って取り組むのに理由はない。この前のNPOの懇親会でも『よく、やるなあ?』と言われる・・『全然苦痛ではないです。』と答える。そして『手を抜く時は抜きます・・・』と言うのである。それはNPOのスポーツ大会だとか玉いれ大会とかいろいろな事業の役員名にあがるのである。・・・それらは勘弁してほしいというアピールなのである。実際に出ないことが多いのである。それも付き合ってしまうと全く予定は立たなくなってしまうのである。
 チームの活動を最優先にしている。仕事やその他はそのスケジュールで調整する。優先順位を決めて理解してもらうのである。・・・真面目だけでは世渡りは出来ない。ズルすることも時には必要なのである。ストレスとなる活動にしてしまっては意欲は続かない。
 週二回の練習で一年を通じて全員が揃うことはほとんど無い。出来ればいつも全員の顔を見たいがそんなことは無理な話である。社会では様々な付き合いや繋がりがある。家族・親戚・仕事や町内会・子供達は学校や部活・習い事に塾、そして趣味の域となる我々の様な活動・・・そんな全てを消化することなど出来るわけが無い。
 和を乱さず上手にやり繰りをしていく・・・それが活動を続けるテクニックかもしれない。
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2013/4/27

連休・・・  
 連休が始まって集まりは悪いと思っていたが13人が集まった。そこに連盟の事務局長が顔を出す。次長となったお姉さんとの打ち合わせである。
 いつもの様に基本練習の後、小学生班と中学生班に分かれての練習である。小学生班は豊穣祝太鼓の曲練習をしそれぞれの課題練習である。6年生3人は運動会の練習に余念が無い。少しずつ様になってきた。
 中学生班は雄飛の練習を繰り返す。中1となった彼らも変化が見え出した。その上の二人は自信を持った演奏になってきた。毎週見ているのだが・・・ここにきて身長が随分伸びたことに気がつく。伸び盛りの時期である。
 毎年、連休もスケジュール通りで練習をしている。それは地方に就職した先輩達が帰省して顔を出す事もあるからである。そんな時に休んでいたら彼らから叱られる。帰省して顔を出せる場所は用意してやらないと・・・。両腕に差し入れを一杯持ってやってくるのを待っているのだが??・・・。
 寧○から福島のおじいちゃんがやってくる報告を受ける。数組の完成したバチを持って来週の練習を見学に来るそうである。・・・孫達の練習風景を覗きたいのである。楽しんで頑張っている姿を見ていってほしい。そして我々からはバチの寄贈の感謝を直接伝えたい。
 我々のチームは沢山の人達から見守られ・応援や支援を受けている。・・・まさか福島にもサポーターが出来たとは・・・予想外だった。・・・あの震災がこんな縁を導いたのである。大変な不幸なことなのだが・・・しかし、それを引きずってはならない。今現在を、そしてこれからの未来を見ていかなければならない。子供達にはその権利がある。
 我々の代表曲は『雄飛』である。『未来に羽ばたき活躍していく・・・』そう願って作られた名曲である。この曲を一杯練習して・・・自信と勇気を育んで・・・雄飛してほしい。
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2013/4/26

一緒に成長していく・・・  
 NPOの理事会・総会そして懇親会を昨日終えてようやく落ち着けた。週末、最後の出荷をして半年に及んだ出荷作業を終える。これで新しい年の植付作業に専念である。
 何とか厳しい冬を乗り切った。結果はほぼ予定通りだった。そして次年度に繋がる希望が見えた。しかし作物を育てる一年のスパーンは余りにも長い。一度の失敗は一年の失敗となるのである。挽回するのは年単位の話しなのである。陶磁器の生産では週単位、月単位で修正が可能だったが、作物はそうはいかない。はがったらしいのである。それでいてその見返りも大したものでない。
 メンバー達の成長も作物を育てるが如しかもしれない。種をまき、苗を植え、適度の肥料を与え、雑草を取り害虫や病気の防除をする。・・・手間隙を掛けて成長を見守る。どこかで手を抜けば・・チョンボをすればそれで終わってしまうこともある。だからといって甘やかして育てても期待には答えてくれない。本当に難しい・・・。頑張っても一生懸命に取り組んでも・・・それで解決するわけではない。たとえマニュアルがあっても、それは技術にであって育てるということではないのである。
 作物や陶磁器の粘土も特質を探っていけば、ある程度のコントロールは出来るようになる。しかし・・人間はそうはいかない。そして全員のメンバー達の心には入ってはいけない。彼らは子供から大人にへと、女の子・男の子から女性・男性へと成長するのである。身体のの変化は見て解っても、心の変化を察するのは至難である。それは親も同様だと思う。
 我々がやることはほんのちっぽけなことである。太鼓というジャンルで一緒に練習をし、楽しみ、技術を身につけ、そしてチームを育てていく。その過程で様々な葛藤がある。それは子供達だけで無く我々大人も一緒に成長していくことになる。
 いつも彼らの行動の変化に驚かされている。それが楽しみにもなっている。そしてその変化に気持ちが変わっていく自分がいる。・・・毎回の練習にそれがある。良くても悪くても彼らのその変化はすごい刺激である・・・。
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2013/4/23

仲の良い仲間に・・・  
 やっと春らしい日がやってきた・・忙しい。昨日、最後の収穫を終え週末に出荷する。普通の農家と違うパターンである。収穫出荷は半年に及んだ。それも冬季間である。そして今年の作付けの準備が平行して始まった。この時期に会議も入ってくる。今晩は農業の、明日は太鼓で、明後日はNPOの総会である。
 前回の練習で6年生3人がやっと揃った。毎回、誰かが欠けていた。お兄さんにアレンジしてもらった運動会用の演奏をやっと聴けた。そして気になったことを告げて修正を頼んだ。
 ・・・6年生の練習を5年生・4年生が気になっている。来年は5年生がやらなければならない。5年生は二人である。この時期にその二人が心構えを持ったなら、きっと来年までにやれるだけの成長をしてくれると・・・期待している。この二人は入会するなり駄々をこねた二人であった。そのわがままは一切聞かなかった。ふくれた顔をしたが無視をした。女の子の○○は全く別人になった。明るく頑張る子になった。しかし・・・男の子の○○は・・・ところが先輩達の運動会の練習が始まりだして少しずつ変わりだしている。
 その下の4年生男子二人はすこぶる元気がいい。親達は手を焼いているようだが、こちらはその暴れん坊がたまらない魅力である。そしてである・・何も言っていないのに低学年を教えているのである。これは頼もしい。積極的で思いやりもある。これまでの栗沢太鼓の男子にいなかったキャラクターである。同級の女の子がいないせいもあるかもしれない。しかしこの二人は有難い存在である。この元気よさはその下の連中にも、そしてその上にも影響している。
 5年生にはアシストしてくれる4年生がいる。学年を超えて助け合うのである。しかし、先輩としてのプライドも持ってほしいのである。『負けてたまるか』という気持ちを持って強くなってほしい。・・・そして仲の良い仲間となってほしい。
 
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2013/4/20

今を大事に・・・  
 NPOの会議の後の懇親会で、あるスポーツの代表者が(先輩である。)『いつまで継続していけるかと思っているんです・・・他の団体はどうなんでしょうか。』という話しが出た。実情は殆どの団体が似たり寄ったりである。次の代表者も決まらない団体もある。相撲などは子供相撲大会で何とかやっているのである。
 実際我々だって同じである。三役は交代はしたが発足当時の世代なのである。三役の平均年齢は発足から30歳上がっているのである。ただ20代の世代でコーチを務めれる指導者が育ち始めている。プレーヤーを経て学んだ技術を後輩達に伝える。そこから始まった彼らの指導能力は確実に成長してきている。そして人間性や常識も大人となってきた。しかしまだまだ経験不足である。責任を負わせる訳にはいかない。
 今の彼らには楽しい太鼓を継続してほしいと思う。プレーヤーとしても更に磨いてほしいし、自分を超える後輩達も育ててほしい。その中で任せる部分が出てくる。コンクールなどがそうである。どれもこれも押し付ける気はない。しかし今年から頭を引き受けてしまった私自身が去年とは違う環境になるかもしれない。たとえば農業祭ではやぐら周りや撮影に専念できないかもしれない。誰かにその変わりをやってもらうようになるかもしれない。そうやって少しずつみんなが変化して学んでいくのである。
 何もしなければ何も成長はしない。プレッシャーを与えれば成長するのではない。考えを染めてしまってもならない。困った時にアドバイスをし、さりげないアシストをする。それは任せる側も成長しなければならないことなのである。消化する為の活動にはしていかない。学ぶための事業が活力を生みやりがいとなるはずだ。
 先々のことは考えないようにしている。『何とかなる。』である。今を大事にしてメンバー達と楽しんで活動をしていく。それが一番である。
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2013/4/18

市と私・・・  
 昨日はNPOの理事会に運営委員会と連続の会議、そして懇親会で練習に出れずコーチ達に任せた。今のチームにはトラブルは無い。上達を目標に楽しんで練習をしている。欠席しても何も心配は無い。いつもの様にやっていたはずだ。
 NPOの会議は情報源である。家での仕事が大半で外出するのは出荷や買い物と太鼓の練習である。世間の情報は新聞やTV位となる。会議には議員や民間の業者もいて行政の動向や市内の情報を得られる。
 市長が変わって新支所の話しは全く変わった。支所を新たに建てる話しを聞いた時は『何でまた箱を作るの?』と思った。今の施設で余っているところは一杯あるのである。それを上手く活用すれば充分まかなえると思うのである。それよりも今の施設をリニューアルして活用した方がよっぽど経済的である。
 運動会に演奏にいっていた幼稚園の園児の数が今は5人なのだそうだ。それを聞いてビックリした。三○園長の後の園長がひどかった。あれでは父兄も預けられない。市営と私営ではまるで考え方は違う。市営の職員は面倒な営業活動など全く必要ない。時間から時間を消化すればいいのである。それで仕事をしていることになるのである。しかし私営となれば全く別である。収入を上げ益を得なければならない。一人でも多くの園児を集めなければならないのである。それは営業活動である。金銭に合う魅力やサービスをどうするのか・・その手腕となるのである。
 市の管理から民間となって我々の会は生き延びた。その管理は地元の人間達で構成する企業体となったからである。その中の一人の役員として協力している。今の運営は利益よりも街の人達へのサービスを基本にしている。無駄な経費を無くし、利用しやすい環境に努力する。その方針に共鳴している。但し過去に・・・管理人の言動に怒った事はある。トイレの手拭の紙が散らかっていたことがあった。それを練習会場に怒鳴り込んできたのである。・・・おいおい・・・その彼は町の職員OBで管理職をやっていた人間なのである。退職した彼は、NPOの管理になって共同する民間業者からの派遣なのである。しかし頭は・・・昔の管理職なのである。
 『問題があったら私に言ってくれ・・・。』・・・その後、彼の態度は一変した。市と私・・・職員の体質はまるで違う。
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2013/4/15

一役できること・・・  
 今週・来週とNPO関係の監査や理事会・総会などが予定されている。NPO本体と共同事業体(センター運営)の両方を行うことになる。来年は更に市民センターも加わる。水曜日にもその会議の一つが重なり練習には参加できない。お兄さん・お姉さんに頼んである。年度替りの毎年の定例の会議と監査である。
 運動会の練習がもう始まったのか6年生が『よさこい』踊りの仕草を練習前にやっていたのである。新学期が始まってまもないが、運動会は6月初旬なのだから難しい演目はもう始めないと間に合わないかもしれない。6年生3人が張り切るのもわかる。そして5年生二人もそれに乗っかっている。『来年は・・・』と思えばうかうかしてはいられないと自覚するのだろう。
 この恒例となった運動会の演奏は彼らの大きな目標になった。その準備の練習は彼らを大きく成長させることになる。そしてそれは、その姿を見る後輩達にも繋がっていくのである。
 彼らは運動会のスターとなる・・・校長先生も生徒も父兄や家族も、会場にいる全員がグランドの真ん中で太鼓を打つ彼らに見入る。そんなシュチュエーションはなかなか得られることではない。緊張に負けないでこれをやってのける・・・それが栗沢太鼓のプレーヤーである。
 へたれだったり泣き虫だった子が、この晴れ舞台に挑む。そしてそれをやってのける。・・・その姿を見るのがとてもうれしい。海外で先輩らの活躍を見たのと同じである。それは彼らの成長を誇らしく思い尊敬するのである。・・・彼らの年齢の時にそんなことを私は出来なかったと思う。
 時代はすごいスピードで変わってきた。しかし、人の気持ちの尊厳は変わらないでいてほしいのである。競う強い心も必要である。思いやる優しさも、助け合う気持ちも・・・そんなバランスのある子を育てる・・・そんなことに一役できればと思うのである。
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2013/4/13

人生の経験者に過ぎない  
 中学生達・・野球部はもう練習試合が明日から始まるという。そんな前の日の練習だが熱が入っている。練習毎に彼らに成長が見える。身体が成長していくと一緒に強さや技術が上がるのである。理想的である。部活で疲れるだろうが、今が飛躍する時期なのである。太鼓にもスポーツにも上達する波がある。急激に進歩するサイクルがある。もちろんその逆もある。しかし今の彼らは打ち込めば打ち込むだけ成長する。そういうサイクルの時である。
 彼らもようやくこの時期となった。しかしそれは難しい年頃となる思春期と重なるのである。この時期を乗り切れれば間違いなく一目置かれるプレーヤーとなっていく。しかし彼らにも選択していく意思が芽生える。そして決断したならばその意思を尊重する。
 雄○はその決断を見事にやってのけた。ミィーティングでその事をみんなに話した。『自分の気持ちが決まったならばケンカ別れとならないで卒業していってほしい・・・そうすれば卒業してもまた遊びにこれる。農業祭に顔を出して盆太鼓も一緒に打てるだろう・・・そういう卒業をしてほしい。』
 幼い時から教えて導いてきた。それは楽しい時期を共有してきた。それが・・・どういう気持ちなのか、うやむやにして去っていくのである。・・・それは寂しい別れである。何も告げられなければ、持ちたくない嫌な気持ちも生まれるのである。
 お金でこと済む時代である。月謝を払い習わせる・・・それが今の時代では普通に考えることなのかもしれない。しかし我々の会は全く違うのである。必要経費は会費として全員から集めて活動する会なのである。新人も大ベテランも同じ会費を払って運営しているのである。技術を持っている者が後輩に伝える。人生経験がある者がその知恵を後輩に伝える。プロが教えるその場だけの講習ではない・・・それが大きな違いである。
 小学校の先生が『ボランティアですか?』と尋ねてきた。それは全く違うのである。我々はボランティアで子供達を面倒見ているわけではない。あくまでも太鼓をやりたい人の集まりの活動なのである。その中の経験がある存在に過ぎないのである。
 
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2013/4/11

教えて育つこと・・・  
 農業祭後に入った兄弟(4年生となるお姉ちゃんと2年生になった弟)に小締太鼓を、4年と5年になる男の子達に大締太鼓を・・・それぞれの先生は5・6年生の先輩達である。中学生達は『雄飛』のグレードアップに取り組む。練習会場のホールはいろいろな太鼓の音である。それぞれの目標と課題に取り組む。しかし練習を続けて休んでいる子がいる。この二人は立ち往生である。どこの場所にも入っていけなくなるのである。こちらとしても頭が痛い。
 気合を入れた○○は少し変わってきた。この気持ちを頑張って続けてくれれば一ヶ月もかからないで間違いなく変わる。彼との根競べである。あれから休まないで来るということは彼自身もそう思っているのだ。この変化だけでも彼は成長しているのである。・・・逞しくなってほしい。
 新中学生の5人・・・脱皮するか出来ないかの境目である。全力での打ち込みを何度も続けることである。それが今の彼らが上達していくことに一番必要なことである。そこにアドバイスを入れていけば大きく化けていくだろう。問題は彼らにまだない貪欲さである。それをどう作っていくか・・・それが生まれたら一目置かれるプレーヤーにきっと変身する。そして・・誰も落ちこぼれずに成長した同級生男子5人の『雄飛』を見てみたい・・・。
 どんなに才能があろうと続けている奴にはかなわないのである。やめる時が失う時である。過去にどんなに輝かしい活躍をしてもそれは歴史の一つに過ぎないのである。今の現実が輝くことが求めていることである。そのレベルが高かろうが低かろうがそれは関係は無い。過去と比べることはしない。今のメンバー達が成長しながらやっていくことなのである。
 育てることは我慢の連続である。そして新たな発想も必要なのである。どう教えたらどう答えてくれるか。そんなことを繰り返しながら彼らと付き合っているのである。それは彼らだけでなく教える立場も育てることなのである。
 子供達には教わるだけでなく教えることもさせている。それはすごい頭を使うことなのである。そして教わる・教えるが相乗効果となって絆も育つのである。
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2013/4/9

ハードとソフト  
 XPのサポートを来年の4月で中止するメールが届く・・・おいおい勘弁してくれよ。家電は動かなくなって・壊れて買い換えるものだ。それまではメーカーは責任を負うべきだ。OSを幾度も更新してこのマイクロソフ○という会社は儲けて来た。パソコンのOSが世界の2〜3の会社で牛耳ってきたのである。それはすごいことだと思うのだが、何故日本のメーカーがこれに負けたのか・・・。VHSが世界の標準を作ったのにである。
 今のパソコンの能力では『8』は無理そうだ。そうなればパソコン自体を更新しなければならないか・・・。パソコン屋に相談するか。まだ1年の猶予はある。今年1年はパソコンを作っているメーカーは儲かるぞ。TVのデジタル化と同じ様に買い替えを遅らせてサポートが無くなった後にするという手もあるか・・・それまでに一稼ぎをしなければ。
 チームの運営もハードとソフトなのである。ハードは運営であり、ソフトは演奏や技術である。この二つが充実してチームは成り立っているのである。どちらを重視するということではないのだが、少なくともハードがしっかりしなければソフトも機能はしない。パソコンと同じである。
 得てしてこれが逆転することがある。演奏や技術が勝り運営が疎かになるのである。組織の中で技術端が優位になっていくパターンである。こういうことはスポーツ界でよく起こる。最近では柔道界がいい例である。ス○ー界もそうだった。一般常識が技術という権力で逸脱するのである。そういう状況は異常な世界になっていくのである。不信感が生まれ・・それが憎悪という感情になっていく。互いを憎しみあって何の為の活動なのかである。
 技術というソフトは、しっかりとした運営のハードの中で花開くのである。社会の中で不信感をもたれる活動をしては絶対にならない。そう思っている。・・・帳簿もつけず監査もしない団体があった。そして威張り続けていたのである。それはやった本人だけでなく、それを許した側にも問題があるのである。それは信じがたかった。『世話をしたから黙っていろ・・・』それがそうさせたのである。人の弱みを利用して好き勝手にやってきた。それを止める度胸の持った者がいなかった。それが市町村合併で現れたのである。・・・焦ったことだろう。
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2013/4/8

口座名変更・・・  
 今朝は春の交通安全の街頭啓発の日だった。しかし、雨に風邪にとひどい状況で交通指導員と相談して中止した。この地方にも警報は出たがひどい雨とならず安堵した。この雨で雪解けは少し進んだが、春はまだまだ先のようだ。
 会計から口座の名前の変更は本人が行かないと出来ないということで印鑑と通帳を預かった。会計からは身分証明になるものをが必要だからということで窓口で免許証を見せた。・・・ところが『これだけではできない。会議などの資料が必要だ。』という。カチンときた。会計が聞いていて言い忘れたのかもしれないが、ここは会計を信じて『そんな説明は受けていない。ちゃんと説明したのか。』と窓口の女の子に怒ってしまった。町会の会計の変更の時にはそんなことは無かった。このご時世でやり方も変わってきているのかもしれない。この窓口の子には罪は無いかもしれないが・・・『申し訳ありません。』という言葉でまた日をあらためて来ることにした。しかし、銀行の開いている時間に合わせて来れる機会が中々なかったのである。やっと来れたのに・・・と思ってのことだった。今度は名簿を印刷して持っていくが、これでダメだったら大暴れしてくる。『俺の顔が犯罪者に見えるか・・・身分照明となる免許証だって出しているのだ。』
 ここの空○信用金庫の口座は助成金や補助金の入金に使われている。その関係からか会長名なのである。店内の振込みにも手数料がかかりそれ以外はJ○の口座を使っている。こちらは店内振込みに手数料がかからないので積立などに使われている。
 個人情報やら今回のことやらと面倒になってきた。それを利用する犯罪があるのがそういうことになっているのだろう。会の管理をしっかりやらなければ・・・ということなのである。 
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2013/4/7

人づくりの組織に・・・  
 小雨の振る中、お姉さんを乗せて連盟の総会に出席した。2団体が欠席したが19団体の代表者と役員が集まった。会議は和やかに進行した。ギスギスした過去の会とはまるで違った。・・・そして新役員の紹介である。お姉さんが前に出て紹介された。総会終了後に役員会が開催されて私の役目はここまで・・・その会議が終わるまで温泉に浸かって会議の終了を待った。
 会議が終わった後役員達と夕食をとって岐路につこうとするが、事務局長が追いかけてきて新次長への伝達である。局長は少し舞い上がりぎみである。古巣の後輩が右腕を担ってくれる・・・うれしさが垣間見えた。雑用のような仕事だが、事務局が会の中心なのである。この機能と考えしだいでこの会の運営は大きく変わるのである。そしてその信用は組織内だけでなく社会にも及ぶのである。彼女に手ほどきを受け、視野を広めてそして新たな目でチームを見る機会にしてほしい。・・・そこにストレスがあったならば、幾らでもその愚痴を聞きバックアップもしていく。
 『慣例だから・・・』ですます組織は必ず弱体していく。世間が社会が変化していく中でチームもその変化に対応しなければならない。何かに頼る・・・行政に頼ったり、或いは政治家を動かす・・・もうそれは時代遅れである。そして頼られる行政も・政治家も困ってしまう時代なのである。それだけ権力がものをいう時代ではないのである。そんな今の時代で『誰々のお陰で・・・』という言葉は逆風となるのである。それだけ社会は民主的になっているのである。
 過去の時代は招待状を出せばご祝儀が来る・・・そんな時代であった。それはもう過去である。そんな考えを持っているじじいは去っていってもらうしかない。そしてその考えも捨てなければならない。自分達の力で、頑張りで、運営していく組織にならなければならないのである。
 『誰かの力で・・・』それもお払い箱である。これからは『みんなの力で・・・』でなければならない。そういうチーム・組織にならなければ絆もチームワークも楽しさも生まれないのである。そして助け合うことは負担も分散するのである。
 組織作りは人づくりである。いや、人づくりをする為の組織で無ければならない・・・。
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2013/4/6

我々の手腕・・・  
 爆弾低気圧が北海道に向かっている。雪解けは進まず雪はまだ大量にある。これで大雨が降ったら・・・国道の排水溝は昨年秋に大きな口径に変えてもらった。これで少しは気は楽なのだが・・不安である。
 明日は連盟の総会があって奈井江まで行かなければならないのだが、状況によっては・・と思っている。出席して昨年の30周年のお礼もしなければと思っているのだが・・・。
 前回の練習で気合を入れた○○は休まずやってきた。あのダラダラだった基本練習から全力である。『豊穣・・』もその後のソロ練習も・・・息を切らしそして手に豆をつくって・・・その練習にうなづいて褒めた。この頑張りが続けてくれれば彼はきっとへたれから抜け出せるはずだ。そして来年の運動会で立派に演奏できるまでに成長をしてくれると・・・望む。
 去年は30周年の演奏会で出来なかったが、農業祭でまた男子に大締太鼓一本打ちを・・・そして女子には小締太鼓の『優美』?・・・それはともかく農業祭までに30分以上のレパートリーを持ちたい。
 コンクール、そして冬季間の練習でみんな少なからず成長が見え出している。・・これから大化けするにはそのきっかけとなる目標が必要なのである。目標があれば取り組む気持ちが変わってくる。チームとしての目標もそうだがメンバー個人の具体的な目標が彼らの成長に欠かせないのである。その目標をどう作ってやるか・・・それは我々の手腕にかかっているのである。
 気持ちを切らせず継続していく、それが成長に繋がる。絶えず前に向かった気持ちを持つ。それが彼らの目を輝かせる・・・それは絶えず刺激を持った活動をしているからである。次から次へと課題ができクリアしていく。その成長が自分でも解るようになる。・・・それはたまらない魅力である。
 
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2013/4/4

人生観が変わるぐらいに・・・  
 お兄さんの構成で運動会用のアレンジが出来たようだ。この時期に準備が出来ていれば立派な演奏がきっと出来る。小学生最後の運動会を自信満々で打ってほしい。
 チームを組めなければ演奏が出来ない。そういうチームが多い。小学生でもソロ演奏が出来るように・・・それが6年生で運動会の演奏ができることになったのである。この運動会の演奏は4年続けている。今年も行えれば5年となる恒例の事業となる。
 独奏するのは、それはすごい度胸が必要である。他人を頼らず自分でリズムを刻み表現していく。太鼓の醍醐味であり憧れである。チームのメンバーは全員がソロ演奏が出来るように練習をする。この独奏を鍛えて一人前のプレーヤーに導く。
 過去の先輩達はこのソロ演奏を数え切れない位繰り返して練習をさせた。その練習の数が彼らの実力となった。コンクールではいい成績は無いが、個人の自力はどこのチームにも劣らない・・彼らはみんなそう思っていた。控え室の様子が他のチームのメンバーと違うのはそんなところからである。
 『太鼓をやってる。』と聞けば、盆太鼓は当然打てると世間の人は思う。盆太鼓を打てること、そして一人で自信満々に独奏できること・・・この二つは栗沢太鼓のメンバーとして身に付けてほしいことである。そして何度も打ち込んで誰にも真似の出来ないオリジナルの演奏にしてほしいと思う。
 絶対の自信を持ったソロ曲を持つ・・・それは自信と誇りを自分で手に入れるのである。人生観が変わることになるはずである。
 どうせやるならば・・・そこまでに到達してほしいと思う。
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2013/4/3

脱皮・・・  
 あと一人・・・ダルビッシュの快投・・・残念。今シーズンの彼の活躍に期待できるスタートを切った。今日の様な快投を幾度も見れそうだ・・・。録画を忘れないようにしたい。
 春休みなのか気合の入らない練習をする者が・・・今日は気合を入れた。新年度のスタート、学年が上がるこの時期に彼らの気持ちも変えさせる。
 5年生に上がる○○、前回にも書いたがこのへたれはまるで変わらない。今のままならば来年の運動会の演奏は途切れてしまう。知らない人が見たならば2〜3年生の低学年である。彼のじいちゃんは先輩である。話しをした訳ではないが『きたえてほしい・・・』そう思って入れたのだろうと思う。
 案の定、今日も防寒着を着たままへらへらとした練習である。『お前何着ているのよ。脱げ・・・。』しぶしぶ上着を脱ぐ。『やる気があるのか?無いなら首にするぞ。』『・・・ある。』彼の下の4年生となる二人を入れて3人で練習をさせる。・・・もうすでにこの二人に追い越されているのである。
 『お前真剣にやってないべや!』・・・神妙になる。『この3人の中でお前が一番へたくそなんだぞ・・・お前5年生になるんだべ・・悔しくないのか。』泣きべそをかき始める。『泣けばいいべや・・悔しくないのか。悔しいんだったら、真剣に打て!』そしてまた演奏をさせた。
 唇を噛み、眉間にしわを寄せ全力を出して打ちだした・・・『やれば出来るんでないか。なぜいつもそうしない。それをやらなかったら上手くなどならないんだぞ。』
 こういうやり取りをこれまでも何度もやっている。・・・ただ毎回では彼はつぶれてしまうだろう。精神は驚くほど幼い。しかし、学年は毎年上がっていくのである。そして来年は6年生になる。その運動会で先輩達がやってきた晴れ舞台を彼にもさせてやりたい。その心構えを今から準備してやらなければ可能性は・・・・。
 6年生となった雄○も1〜2年前までは心もとなかった。コンクールの前には腹痛を起こしていた。そして積極性もまるで無かった。・・・ところが今では様変わりである。『運動会の演奏が楽しみだ!』そういう前向きな子になった。もちろん太鼓も上手になった。・・・その変わり様に驚いている。
 その彼が変わったのは農業祭でやった『大締太鼓一本打ち』だった。彼が4年生の時である。最年少での挑戦で彼はへたれから脱皮した。・・・運動会の演奏が楽しみである。
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