2013/10/30

勝つことよりも大切なこと・・・  
 コンクールで我々のチームは単独で一度も入賞をしたことがない。しかしそれを卑下したことは一度も無い。そして常連の上位チームをうらやましいとも思わない。メンバー達もそう思っているはずである。入賞もしないチームなのに他のチームやメンバー達からうらやましがられる存在である。それが何なのかは解らない。
 取材に来た市内の高校生(放送部)の最初の質問は『子供達は何であんなに目が輝いているのですか?』だった。彼らの目的は市内の太鼓工場を題材にした放送を作る為にその工場の太鼓を愛用しているチームへの取材であった。その一番最初の質問がそれだった。・・・彼らが驚いたのは本題よりもメンバー達のその姿だった。
 演奏会やコンクールの控え室で一番騒がしいのはいつもうちのチームである。前回、主任コーチからその注意をしたが、そのコーチ時代も同じだった。うるさい控え室で、そして彼らも目を輝かせて自信満々に演奏していた。
 キャンビーのナンシーは帰国後『フレンドリーなメンバー達だった・・・』と第一報のメールを町役場に送ってきた。それも帰国したその日だった。
 我々のチームの良さはそこにある。コンクールで勝ち様が負け様が・・・我々の強さはそこなのである。それはどこのチームにも真似の出来ない我々のスタイルである。そのスタイルは絶対に崩したくはないのである。
 『プロセスを優先する。』それは、どうやって取り組み、どうやってチームを作っていくか。それが最大の目的である。優勝や入賞は目標にすぎないのである。
 農業祭も海外公演もコンクールも・・・どうやって取り組み、どうやって成功させるか。万全の準備をし、そしてチームを育てる。その取り組み方を子供達にも学んでいってほしいと思う。それは勝つことよりも大切なことだと思うのである。
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2013/10/29

恐れず迷わず・・・  
 この時期に喉を痛めて咳が出ることが2年続いた。暖房を入れた時の乾燥が原因である。去年は咳が出始めて加湿器を購入したという失敗をしてしまった。今年はしっかり加湿し換気に注意している。
 私はなんとかまだ無事でいるが、ついに風邪をひいた者が二名出現してしまった。一人が休み、もう一人は『風邪を引くんで無いよ・・・』と注意していた主任コーチである。マスクをつけてか細い声の練習となった。
 昨日、実行委員会があってそのコーチが出席した。今年は9チームが出場である。そして抽選で8番目の演奏順という報告があった。今年も選手宣誓を逃した。(最終組の主将が担当する・・・残念。)太○は安堵した顔をした。
 自由曲も何とか時間内に納まる構成となった。しかし何か物足りなさがある。腕の振りの切れ味も同調も随分良くなってきたが、ここまできたならもっともっと良くしたい。欲ばればきりが無いがやれることはすべてやって本番に送り出したい。
 メンバーの様子はまな板の鯉みたいな感じである。全てスタッフに委ねている。何人かの小学生は集中力を欠くところが時々見えるが、去年とは雲泥の差である。むしろ真剣すぎて固くなりすぎてないかと心配である。まだ完成品で無いのでしょうがないが、これからテンションを上げる練習にしていかなければならない。チームの売りは、生き生きと伸び伸びとした演奏である。それを本番で見せてほしいものである。
 メンバー達もきつい時期である。それ以上にきついのがコーチ達である。仕上げの時期は迷いの時期ともなるのである。それがまた魅力のある時期かもしれない。悩んで考えてベストなチームに導く・・・それが出来るのは限られた人間なのである。恐れず迷わずである・・・。
 
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2013/10/27

思って考える・・・  
 寧○とぜ○のおじいちゃんから『バチが出来ました・・・』というメールが届いた。新人3人と寧○達が担当する小締太鼓用のバチである。その他に変わった形状のサンプルも送ってくれるようである。・・・ありがたい。コンクールは頑張れねば・・・。
 自由曲の時間調整と構成にスタッフ達はアイデアを出し合っている。時間内に納めそしてインパクトのある曲に仕上げるのである。同じリズム構成でもアレンジが変われば観衆が受ける感覚はまるで変わるのである。それを僅か4分の中に納めなければならないのである。この部分はスタッフの能力の戦いである。それこそヒット曲を創れるか・・・みたいなものである。
 コンクールに出場するには様々な能力が必要になる。出場するメンバーの演奏技術やチームワークをまず築かなければならない。これが土台にあってそして演奏曲なのである。その両方の能力が高ければ入賞もし優勝にも結びつくかもしれない。・・・今のチームはその両方とも成長途中である。しかし、伸びしろは充分にあると思っている。
 優勝を目指すといって合併チームで挑んだことがあったが、結局は準優勝で終わった。『優勝』が先にあったチームの作り方をした。二つのチームにはその後に成長となることが無かった。むしろ、しこりとなって残った。それは大人の欲で無理やりに作ったチームだからである。その時の子供達に申し訳無かったと思っている。
 演奏会や公演とは違いコンクールは計算してやるものではないということである。優れた曲があっても、優れた技術があっても、どんなにチームワークが合っても思い通りにはならないのである。しかし思い通りにならないからといって辞めてしまったならチームの成長はなくなる。挑戦することは間違いなく前に向かっていくはずだ。思って考える・・・それが大切なのである。
 コーチ達の指導能力は毎年成長している。しかし今で満足しては困る。もっともっと研究しテクニックとしゃべりを鍛えてほしい。その才能は確信している。
 
 
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2013/10/25

パワーあるチームに・・・  
 本選まで練習は10回となった。メンバー提出は今日が期限である。その選考はコーチ達に任せた。相談は受けたが『思った通りでいいよ。』と告げた。彼らに苦渋の選択をさせた。その選択に余計な感情を加えないようにあえて何も言わなかった。現状の実力と期待を込めた選抜をしてくれるはずである。そしてメンバーへの発表は『2週間位前に・・・』と話した。最後の数回は本選メンバーだけの演奏練習となるが、それまでは誰が選抜されてもいいような心構えを養いたい。いや、サブとなってもすぐに対応できるような練習も加えたい。コンクール以外の出演は全員が出来るようにである。
 我が子が本選に出場できなくてがっかりする親や家族もいることになる。大変申し訳ないがそれがルールであり実力の世界なのである。メンバーの全員は、チームの大切な宝である。どの子にも愛情を込めて接している。少しでも上達してほしいと努めている。そこに、えこひいきをする様なことは一切ない。・・・理解してほしいと思う。
 始めて選抜しなければならない状況となった。そういう状況になると思ったことは一度も無い。この少子化の中で、こんな有難いチーム事情になったのが不思議でもある。『親が許してくれないで・・・』と言ってくる子もまだいるのである。子供達に魅力があるチームになったのかもしれない。・・・あの運動会での演奏は相当な刺激があるみたいである。
 勉強・部活を優先する。会費以外の経費は一切かからない。そういう方針をついている。・・・それは二股の心配が無く、出費の心配が無いということなのである。太鼓をやりたい子供達も、費用を心配する親達も計算ができるからかもしれない。しかし、送り迎えなど親の負担は大きくなる。それでも子供達のやりたい気持ちを理解してくれる・・・感謝したい。
 新しい顔が加わり、そして新キャラクターがチームに刺激を与える。チームはいつも新陳代謝をしている。それはすごい勢いとなり、パワーあふれるチームとなっている。
 みんながやれる範囲でやる。少ないパワーかもしれないが、寄せ集まったならすごいパワーとなる・・そんなチームにしたい。 
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2013/10/24

丸投げかい・・・  
 練習会場と市民センターの運営委員会があって今日も練習場に出かけた。文化センターは計画以上の実績である。今年から施設運営をする市民センターは苦戦している。それはこれまでの市運営のいい加減なことが足を引っ張っているのである。屋根から水漏れがあったり、換気扇が用をたさなかったり、消火器の液の交換を10年以上もやっていなかったり、水道管が腐りさびた水が出たり・・・数限りない管理のずさんさがあったのである。この会場は緊急避難場所である。水さえまともに飲めないのである。そして、それを行政は把握していたというのである。この市の体質が改めて把握した。・・・学校給食の集団食中毒、1000人以上の子供達がその犠牲となった。その情け無い市に編入合併したのである。腐れた部分がいっぱいあるということである。
 農業祭の話も出てきた。あの実行委員長がNPOに事務局をと、泣きついてきたらしい。理事長はその返答に困っていた。実際には難題なのである。まずはお断りの返事をすることに・・・。
 祭りの体制作りがまるで出来なかった。一人二人のボランティアが引き受けて間に合わせていた。あれだけの講釈をするなら将来を見越した考えは出来なかったのだろうか。それが彼の能力だったのである。後ろ盾が無ければ何も出来ない。挨拶もまともでなかったのだから・・・それまでである。
 二次会はこの街の一大イベントの農業祭のこれからの行方の話にもなった。理事長は私に事務局をというような話しをした。それは無理な話しである。NPOに新たなスタッフを雇いそれに専念することが出来なければ解決は出来ないかもしれない。彼がもっと早い時期に判断することだったと思う。自分の見栄が跡を濁しているのである。後の処理をどう解決するのか。丸投げで逃げるならば本当に情け無い男である。
 一大イベントの最大の事業を我々がやっている。その自負はあるが、それはサポートする事務局があってやっとやっとやれているのである。準備に協力してくれる先輩達も私と同じロートルである。後を継ぐ子供達の為に尻を上げてくれているのである。有難いのである。
 このチームをどう継続しそして成長していくか・・・そのことしか考ていない。もちろんその中に農業祭もコンクールも・・・ある。しかしそれはチームに関連することしかない。イベントとは別問題である。
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2013/10/23

すばらしい指導者に・・・  
 昨日の課題曲とはまるで違っている。同じチームか?という位の変わり様である。楽譜が届かず遅れた課題曲の練習だったが、コーチ達の努力でこの時期に可能性が見出せた。そして自由曲も何とか通した曲が出来上がった。これからアレンジや調整を繰り返して仕上げた曲になっていく。まだまだ未完成だが見通しがついた。
 去年は佐久○さんの演奏曲をベースにした。彼のクロスの振りを早い時期から練習を繰り返した。まだ未熟な演奏をクロスの振りで誤魔化したといえるかもしれない。しかし、今年は正統派の真正面に向かっていく演奏になる。これはメンバー達の演奏技術での勝負である。コーチ達の構成やアイデアももちろんあってのことである。
 去年はコーチ達から相談を受けるまでは全く任せていた。今年もそうしようと思っていた。しかしコーチ達に余計な色気が出てしまった。任されたならそれは当然生まれる欲である。それだけ真剣なのである。それは逆に無用な肩の力が入ってしまうのである。・・・若かりし頃の我が身の失敗は自分の能力を過信したことである。正しいと思い込んでしまい視野を失ったことである。
 今年はあえてコーチ達に思ったことを伝えている。それは彼らが強い責任感を持ったからである。去年までは絶対の信頼を彼らに持てていなかった。・・・練習に遅れてきたり、不安げにメンバー達を教えていたり・・・その姿が今年は全く無くなった。自信に満ち溢れた指導者になった。
 視野が広く聞く耳を持ちそして判断する。その中で自分の意思ではっきりと結論を出す。それが指導者でありリーダーである。・・・彼らがすばらしい指導者となることを期待している。
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2013/10/22

補うチャンス・・・  
 プルーク・ボーゲンにも運動要素によって種類があった。その要素ごとにシュテム・ターン、パラレル・ターンへと上達していくカリキュラムなのである。・・・しかし現実にはそれが検定の種目になっていたのである。その種目をマスターして次のステップへ・・・それが日本式なのである。年功序列的なところがスポーツ界では技術習得にもあるのである。
 太鼓の練習もそういうやり方をしていた。この曲をマスターし次のこの曲へと・・・そういうパターンを作っていた。今の栗沢太鼓にはそういうことがほとんどない。子供盆太鼓や大人盆太鼓というリズムを習得しながら演奏技術も学んでいく。『豊穣祝太鼓』や『雄飛』を覚えながら演奏技術を上げていく。リズム習得と演奏技術が同時進行なのである。それが小学生でもソロ演奏が出来る様になったのである。
 それはどんなメンバーが揃っても演奏が出来る。個人の能力を生かせるという利点が生まれた。しかし反面、基礎技術の習得が不足していた。たとえば習得の難しい基本リズムを無くしたりと・・・コンクールはその足りなかった練習を補うチャンスになっているのである。特に楽譜から学ぶ音楽の部分はコンクールに取り組まなければ得られないのである。
 メンバー達の得意としていることを集約する。能力を寄せ合いそして能力を引き出しそしてそれを膨らませる。コンクールがそんなきっかけになってくれればとも思う。
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2013/10/20

自信を持って・・・  
 太鼓を打ち込むのは身体運動である。リズムを打つ能力とまた別の運動能力が必要になるのである。どんなに難解なリズムを打ててもそれを表現する身体運動がなければ太鼓の魅力はまるで無いことになる。その身体運動をどう育てていくかなのである。
 上手なチームの外面を真似ても決して本物にはならない。『どうやってあの演奏が出来るのか?』そこにはその運動が出来るメカニズムが必ずある。プレーヤーの能力はもちろんある。しかしそのメカニズムを分解し、解析し、一から組み立てた練習をすれば必ずその運動に近づいていけるのである。
 チームが目指してきた演奏技術がある。それは毎回必ずやっている基本練習の技術である。この技術をしっかり身に付ければ、様々な運動に応用が利き様々な表現力を増やしていけることになる。
 『上下動を使え・・・』と言ったことはこれまで一度も無い。そしてそういったならば、今の基本練習の全てを失うのである。しかし私の思う上下動のある技術はある。それは今の基本技術を土台とした数段上の技術である。それには相当の脚力が必要である。
 上下動を使っているチームはある。これまでにその技術で『すごい・・・』と思ったチームもプレーヤーもいない。求めている上下動とは全く違うのである。むしろ暴れた太鼓であり、そして太鼓の音にも繊細さが無い。
 コンクールではそんな演奏チームでも入賞や優勝をしてしまうのである。それを個性といえばそうなのかもしれないが運動を理解する者としては全く理解できないのである。プロの奏者のほとんどは我々の基本技術の延長である。だから自信を持って練習をしてほしいと思う。
 私は頭が固い人間ではない。違ったと思ったならすぐに修正する。間違った時には誤る。見栄を張ってまで自分を守るようなことはしない。・・・いや、見栄を張るほどの能力はないか。
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2013/10/17

基本練習・・・  
 姿勢を安定させ肩を支点にした大きな腕の振りが出来る。基本練習の太鼓を打ち込む部分はこれを目標にしている。
 求めているのはただ姿勢を安定させることだけではない。より高いレベルの演奏である。目標は腰をブロックして脚の筋力で床を踏みつけることが出来ることである。今のメンバー達・コーチ達はこの腰をブロックするということを余り理解していない。それは筋力も無く意識も無いということである。
 基本練習で肩を支点にした振りがようやく見えるようになった。ようやくである。このようやく見え出した技術を演奏曲にそのまま使わなければならないのである。それを使わないのであれば何の為の基本練習なのかである。肩を支点の大きな振りが見えるということは、下半身が安定している証拠ともいえる。腰をブロックする筋力がついてきているのである。
 下半身が安定すれば無駄な力みは必要がなくなる。しなやかな大きな振りで強い打ち込みとなる。この技術の習熟なのである。
 目先の動きを求めるのは禁句である。(たとえば上下動を使え、これはまるで逆行なのである。幼稚園児の太鼓ならこれでいいが・・・)一番大切な基本を、基礎をまず育てることである。今年のコンクールに間に合わなくてもそれは構わない。しかしこのコンクールの為にそれを逸脱するならば、もっともっと回り道をすることになるのである。
 教えることは失敗の繰り返しだった。生徒やメンバーには悪いが、そうしなければ知識も技術も身についてはこなかった。そして自分の技術は見本ではないということである。それを越える技術を研究し解析し伝えていく。先へ先へと・・・。自分を越えるプレーヤーを育てる。それは指導者の求めることである。
 スキーの指導員となる為にプルーク・ボーゲンを何百回も何千回も滑った。そして脚の筋力と柔軟性を養った。それが急斜面の高度な技術に繋がっていったのである。
 うちのメンバーはまだプルーク・ボーゲンで育てる段階である。それを急斜面に出しては・・・破綻するだけである。
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2013/10/16

体力の差が・・・  
 台風の影響はそれ程でもなく夕方には小雨となり練習を決行した。ただ寒かった。(雪が舞い降りた。)遠距離の一人が休んだが他のメンバーは元気いっぱいである。短パンにTシャツの者まで・・・私は冬支度である。
 連日のそして繰り返しの練習となり疲れが見える子が出始めた。特に体力の無い小学生である。新人でも身体能力のある中学生は、あれほどあった差を徐々に縮ませている。
 まだ自由曲は完成されていない。課題曲の習熟と自由曲の構成を同時進行で行うことになる。理解力もそこに加わる。体力と集中力のある者が15名の枠をゲットしそうである。メンバー提出の期限は迫っている・・・。
 メンバー達には『この曲はコンクールでは15名で演奏するが他の出演の時には全員で演奏する。』『新年初打ちにはこの曲を演奏する一曲に入れる。全員で取り組んで全員でマスターしてほしい』と伝えた。
 『焼肉屋を予約しました。全員無料です。』・・『よし!』という声が、『祝勝会となったらいいなあ。』と、張り切る材料も提供しなければ・・・。
 寒い中での2日連続の練習だった。休みが2日あって身体を休めれば、体力の無い子も元気がよみがえって頑張れるだろう。
 コーチの考えるスケジュールは、今月中に演奏曲を完成させ来月はそれを習熟して本番を迎える考えである。練習回数は限られる。風邪や怪我がまず大敵である。アクシデント無く自信満々で当日を向かえたいものである。
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2013/10/15

保管庫・・・  
 台風が向かって来るのにやけに冷えだした。ついにストーブに火を入れた。練習場も暖房が入った。
 課題曲を連続して練習する。ミスは目立ちリズムも不安定である。・・・先週から始めた習得練習なのに、もうこの段階まで進んでいる。予想を超えた進みようだ。コーチのテクニックとメンバーの意欲が伺えれる。
 運動靴を保管庫に置いていく者が何人かいた。その靴は無造作に投げ散らかした状態だった。靴置き場にと先日ホームセンターでラックを買って置いた。何の注意もしなかったがちゃんとそのラックに靴を並べている。
 ボロな保管庫の壁のベニアが剥がれ落ちて、掃除してもいつも床は木屑だらけとなっていた。去年の30周年の看板に使ったベニアを持ちこんでその壁をふさいだ。そして綺麗に掃除をした。手にマメを作ると救急箱の絆創膏を張るのだが剥がしたシールをその場に投げ捨てる者がいた。床はベニアの木屑でいつも汚れた状態だった。その真理がよく解るような気がする。これで木屑は落ちないで保管庫の床も綺麗に保てる。綺麗な床を汚すようなことがあれば・・・今度は・・・。
 市の方針も二転三転して、古くなったこの練習場もどうなるかは解らない。大切なのは行き場を失わないことである。古い会場だから掃除もしない散らかし放題では・・・。拠点となる場所を持ち続けなければ、このチームの未来はない。
 保管庫の整理をコンクールの後やろうと思う。備品は増えに増えた。しかし不要な物もある。綺麗に整理し大切に使わなければならない。それはメンバー達にも伝わっていくはずである。注意してもそこが汚れていればゴミを捨ててしまうのである。もし、そこをみんなで掃除し整理すれば気持ちは変わるはずだ。練習を休んででもやらなければならないことである。
 
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2013/10/14

キャスター・・・  
 斜め台を2台使う配置にすることになった。斜め台は7〜8台あるのだが、キャスターが付いてない物があった。付けられてなかった3台と鐘の台にも付けることにしてホームセンターにある最小のキャスターを20個購入した。棚はほぼ空となった。
 斜め台は3種類位のサイズ違いを作ってあった。プレーヤーの体格に合わせて作ったのである。その全部の台にキャスターをつけたのでどの台も本番で使えることになる。彼らの好む物をこれでチョイス出来ることになった。
 鐘は地元の鉄工所(廃業してなくなった。)に鉄管を利用して2種類作ってもらった。鉄管と受け台は長ねじを利用して高さを替えられるようにした。受け台は一台は漬物の重石を、もう一台は庭にあったレンガを2個材木で覆って作った。今回は音色が違う鐘が必要だということでこの2台を使うことになる。(借用できれば本番には使わないが)それでこの2台にも付ける事にした。
 今回の大会から太鼓のセッティングは出場者が自ら行うことになった。小さい子も自分で自分の使う太鼓類を配置しなければならない。その為には全ての台にキャスターが必要になる。それで付けることにしたのである。・・・その練習も必要になるか。
 胴太鼓の台もキャスターを付けた台はあるのだが、太鼓を置くと打面が我々の演奏フォームには高いのである。それで低い位置の台を作ることにした。しかしそれにキャスターはどうしても付けれなかった。本番は他チームの太鼓を借りることになるかもしれない。そうすると太鼓のコンディションは全くわからなくなる。・・・うちの太鼓の本番用の面は完璧なのである。それが使えないのは惜しいのである。
 本番に向かってその準備は充分にやっておきたい。メンバー達が動揺せず安心して演奏できる為に。
 小締太鼓のパートに決まった寧○に『おじいちゃんに小締太鼓用のバチを作ってもらえ・・・』と耳打ちした。うれしそうにうなずいていた。おじいちゃんに・・また仕事を増やしたか・・・。
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2013/10/13

クリーンなコンクールに・・・  
 出場するチームの中で一番いいチームを作る。それは優勝するとか入賞するとかではない。目標に向かい一丸となって取り組むことであり、スタッフもメンバーも互いを信じ互いを思いやる強い絆の持ったチームを作るのである。
 今まで単独ではまだ入賞すらしていないチームである。しかし、チームのまとまりはどこのチームより勝っていると思っている。そして個人技では誰にも一目置かれるプレーヤーを何人も輩出しているのである。それが栗沢太鼓の持ち味である。
 ただコンクールでは善戦しても賞がつかないという・・・ジレンマはある。いつも僅かの点数差で入賞を逃している。・・・コンクールの不信感を持ったこともある。(実際にあったと思っている・・・)それは過去のことでこれからはそんなことは起きないと信じていた。しかし、楽譜事件でまた不信感が再発である。今回、チクリとやったが今後こんなことがあったなら黙ってはいないよ・・・(のぶちゃんは怖いよ・・・)
 どこのチームも一生懸命に取り組んでいると思う。それが大人達の余計は感情で阻害したならば、それは黙ってはいられない。大人は子供達の見本となる行動をしなければならない。子供達に言い訳をすることを絶対にしない。それが私の・・・いや大人がする責任である。(こんなことを書くこと自体が情け無い。その情け無いことをする大人がいるのである。)クリーンなコンクールを望みたい。
 いい感じでチームの練習は進んでいる。純粋で前向きな心はきっといい結果となると思っている。
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2013/10/12

太鼓のセンス・・・  
 3回目の練習で課題曲を最後まで通した・・・といってもバタバタではある。それでも速いペースである。授業中にもリズムを練習した者がいたという・・先生から注意を受けたらしい。おいおい勘弁してくれよ。前回のミィーティングで『余り飲めり込まないように・・・』と注意をしておいた。勉強、部活とバランスを取った生活をしてほしいが、真剣な気持ちがそうさせたのである。それはそれでうれしいが・・・。
 ベテランに新人や低学年と技術は様々である。新人でも楽団組はリズムをすぐに習得していく。しかし太鼓を打つ能力は新人である。小締隊に選考された4人はリズム習得は早いが揃って強い音を出せないという弱点がある。それで4人編成にしたようであるが・・・。
 そこから外れた怜○はリズム習得も演奏技術も初心者の域である。これが普通である。しかしこの子には期待をしている。最上級生だが取り組み方がいい。上級生ぶったことはしないし、出来ないことで落ち込みもしない。注意したことに耳を貸しやろうとする努力が見える。彼女には野球部で養った柔軟でバネのある下肢がある。しかし思った以上に上半身の体幹が無い。そして不器用である。・・・それがいいと思っている。簡単に上達しない分、努力は必要である。彼女には『お前の良さを引き出すには少し時間が掛かる。諦めないで頑張れ。』と伝えてある。このコンクールの練習でどこまで成長していくか・・・。太鼓を打てる体幹とリズム感を養ったならば、彼女の持っている下肢の柔軟でバネがきっと生かされる。そこの域に行くまで頑張ってほしいものだ。
 太鼓を継続していく連中に共通したことがある。それは物覚えが悪い不器用なところである。その中に私も含まれる。才能豊かな人間は他の分野でもそれなりのことをやってしまうのである。選択肢が増えて別の道を選択するのである。それはそれでいい。しかし不器用でも諦めない者は確実に上達していくのである。続けることこそプロレベルに近づくのである。
 太鼓は総合的なエンターテイメントである。音楽的要素もあればスポーツ的なこともある。自分の持っている能力によってそれを生かせる方法があるのである。リズム感豊かな者は難しいリズムを生かした演奏をすればいい。運動能力がある者は身体運動を生かせばいい。体力のある者は大きな音を奏でればいいのである。
 『好きだ』・・・それが太鼓のセンスである。
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2013/10/11

挑戦する意味・・・  
 農業祭から顔を出さなくなった子の父親から電話が入る。やめるということだった。衣装はクリーニングの途中だと・・・そして未納の会費は?の問いに農業祭までの8月分までもらうことにした。家庭内が複雑で・・・この子のこれからが心配である。野球だけはやめさせないで続けてほしいが・・・。
 ジュニアメンバーは19名となった。コンクールの練習には全員で取り組んでいる。出場枠は15名である。全員で出場したいがルールには従わなければならない。選考は・・・頭が痛い。『全員で取り組んで、みんなで頑張ろう。』と励ます。コンクール当日は出れないメンバーも一緒に控え室に入り行動も一緒に取りたいと思っている。みんなと一緒に同じ緊張感を味わい、一心同体の気持ちになってほしいと思う。そしてコンクール以外の出演には全員で演奏する。
 実行委員会でコーチに「当日、体調が悪くなって出場できなくなったなら代わりの者が出場出来る。」という大会ルールの要望をしてもらう。登録したメンバーしか出場出来ないでは、外れたメンバーのモチベーションはまるで失ってしまう。いつでも代われるという気持ちで一緒に取り組めれればと思うのである。それこそサブメンバーも同じ緊張感でチームは一つになっていくはずである。全員が一緒に成長していってほしいと思う。
 勝つ為に出場する訳ではない。それは目的ではない。コンクールは成長する為の手段である。メンバーがチームがどう育ちどう成長していくか・・・それが大切なのである。そこに実力が作られたならば、きっと結果を残してくれるはずである。薄っぺらな形だけの実力で勝ったとしても何の値打ちも無いのである。19名の子供達とスタッフが一丸となって取り組むのである。全員が納得する練習をして挑戦する。そこに意味がある。
 
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