2014/4/29

縁は異なもの・・・  
 スキー界にも、そして太鼓界にも常識の無い者がいた。いや身近な町内会や会社にも・・・指導員だった友達が『どの業界にも2割位おかしな奴がいる。』と言っていた。彼は今はどこかの高校の教頭か校長をやっている。その奥さんは小学校の校長先生である。この街に住宅を建てて道内各地の学校へ赴任?か、通っている?か・・・そんな生活をしている。夫婦とも面白いキャラである。
 何年も前に奥さんが月○小学校の教頭先生をしていた。その月○の祭りに助っ人で演奏に出かけた。この町は学校の先生も祭りのスタッフをしていたのである。そのスタッフの中には栗沢小学校から移動した先生が彼女だけでなくて2〜3人いたのである。メンバー達と再会を果たしたのである。
 その奥さん先生が『これを…』といってご祝儀袋を手渡してくれた。私は出演の礼金だと思い込んでいた。大したお礼も言わなかったかもしれない。そして演奏後に担当者がまたのし袋を持ってきた。『あれ、さっき貰ったよ。』・・『それ個人的なやつでないですか。』・・・
 スキー指導員を取得した時から地元の子供達の教室を開くことを目標にした。最初は民間のバスを借り上げて教室を開いた。予算が限られていてリフトも計算しながら講習をした。その努力が教育委員会を動かした。教育委員会の事業となり移動もスクールバスとなった。
 スキー場が無い街の子供達は初めてスキーをする子が多かった。この事業を始めて何年か後に彼女が街の小学校に赴任したのである。学校の授業にスキー授業もある。冬休み中にやるこの教室は学校の先生にとっては有難いのである。そしてその内容にびっくりもしていた。指導能力の高さを感心していた。
 その教室の中にうるさい中学生がいた。その子は・・・今は栗沢太鼓の主任コーチをやっている。これも何かの縁か・・・。
 ご祝儀を貰った帰り・・・メンバー達を焼肉屋に連れていった。
1

2014/4/28

大人の醜さ・・・  
 『世話したから言うことを聞け!』・・・それがその男のやり方だった。恩と思わせ無理やり言うことを聞かす。やくざである。
 出演を興行だと・・・お前たちはプロチームか。演奏しているのは普通の子供達でないか。それを興行といっていいのか。
 この男が絡んだことは全て胡散臭さがあった。それがチームの代表だけでなくて網羅する団体にまで絡めば加入している全てのチームにも被害が広がるのである。そんな事を考えてはいない自分さえよければそれでいいのである。絶好の利用価値となったのだろう。
 自分の思う様にいかなければ怒鳴り散らすのである。威圧して黙らす・・・今のやくざより悪い。それを止めれる人間がいなかった。みんな義理と考え抵抗出来なかった。そうなればやりたい放題である。
 うちのチームの立ち上げも彼が絡んでいる。彼が先生を紹介してくれたのである。そしてチームが立ち上がった。お世話になったことはお世話になった。しかしそれを傘にきて無理難題を言われては困るのである。そんな注文を何度も受けた。それも先生を介しているのである。それが厄介だった。それが彼のずる賢さである。
 ズルなやり方はいつかは墓穴を掘る。・・・それはお金だった。権力を使ってズルをしても帳簿という証拠が残るズルをすればおのずと解ってしまうのである。それが彼のバカなところである。最近、そんな政治家がいたか・・・。しかし会計を取り上げて帳簿も持たなかったのである???それで権力が維持できるはずがないだろう。それを言葉巧みにごまかせる世界は異常である。その男はチームの代表を去った。しかしまだ抜け抜けと行事に顔を出す。その度胸には驚く。しかしその男の後を継いだ代表がどんなに大変かである。そんなことは何も考えてはいないのだろう。それに気がつかない人間は哀れである…。
 市内のチームは楽しい新たな団体を望んでいる。しかしそれを阻害する分子がまだ存在する。そんなバカどもとケンカしてまで仲間を募ろうとは思わない。・・・年寄りは何時かはどこかに去る。それからでもいいではないか・・・。
 権力しか考えない頭では今の時代にはついていけないのである。親分と考えている時代遅れの連中がまだ生き延びていることが不思議である。自分の我だけで生きる人間はさっさと出ていってほしい。あなた達は社会の邪魔者である…。
1

2014/4/27

線引きをしっかりと・・・  
 一回休んで参加した昨日の練習もみんな張り切っていた。小学生達は運動会に向かって、中・高校生達は『北の賑わい』をマスターしながら強い打ち込みを目指す。晃○と新人は私と子供盆太鼓を覚える。晃○はバチさばきがスムーズになっている。それよりも驚いたのは小3なのに胴太鼓を抱え上げて2段目に乗せるのである。恐るべしパワーである。将来はこのパワーで大締太鼓を打ち鳴らしそうだ。新人も子供盆太鼓を覚えた。まだぎごちないが次へ進むか。
 我々のチームは練習が中心である。休まず定期で練習を続けること、そして充実することが大切だと思っている。昨年の出演はコンクールを入れても年間に13回しかない。それでも充実した一年だったと思っている。出演する回数は問題ではないのである。充実した練習をして充実した発表の場があることが重要なのである。今年は4月にそういう場があったことはとても良かったと思っている。そしてそれが次の目標へのリズムを生んだ。
 年間に70回も80回も出演するチームがある。我々はそんな真似は出来ないし、うらやましいとも思わない。むしろ何の為にそんな無理をするのかが解らない。同じアマチュアのチームである。学校があり仕事があり、その合間にやる趣味の域の活動である。プロチームの様に生活を掛けてる訳ではないのである。その線引きをしっかりやらないと間違った方向に向かうのである。
 今の時代は地域の祭りもプロダクションなどに委託するケースが多いのである。プロダクションにとっては太鼓チームは使い勝手のいい芸人の集まりといっていいのである。安価な出費で人を集めれるのである。そんな連中に利用されたなら活動している意義も失っていくのである。
 所詮はアマチュアが何を考えているのかプロモーターみたいに話を持ちかけてくる。そんな連中にかき乱されるのはまっぴらである。大人はしっかりとそれを判断しなければならない。世話になっているから、上から言われたから・・・そんなことでメンバーを翻弄してはならないのである。
 技術が上がり上達すればちやほやされ出演の依頼も増えてくる。無理やり都合をつけさせそれに答えても決して良いことはない。出演する機会はあった方がいいが主導権はこちらで持ちたい。メンバーが都合がつく時間帯でなければお断りする。我々がどんなに優れた演奏をしようがアマチュアなのである。それをしっかり意識させなければならないのである。
 人を育てる活動が我々の目的である。それを利用されてはならないのである。
1

2014/4/25

何の為の活動か・・・  
 チームが誕生した町90周年に、合唱団も産声を上げた。その合唱団は昨年の暮れに最後の発表会をやって解散した。その理由は高齢化である。ほとんどは発足当時からのメンバーで継続してきたのである。毎年、平均年齢が一歳づつ上がり続けたのである。70歳を超えたのではないだろうか。そういう団体は山ほどある。
 NPOの加盟団体で我がチームが一番若い年齢層である。ロートル達が足を引っ張っても10代の平均年齢になるのではないだろうか。そして会員数も増加傾向である。それは貴重な存在といっていいのである。
 街を拠点としている吹奏楽団がある。町の時代に優遇されて立ち上がった。そして今も継続しているが彼らの実態が街の人にはまるで伝わってこないのである。どんな人間が集まってやっているのかも解らないのである。
 練習場で顔を合わすことがあるが挨拶の一つもなく全くの無視である。しかし練習日を譲ってほしい時だけ頭を下げてくるのである。練習は学校の無料開放で行っている。しかし楽器は文化センターに保管しているのである。楽器を弾いたり吹いたりするのが彼らの楽しみなのかもしれないが・・・人としてどうなのかな?と考えさせる。
 自分達で固まってしまって世間を見ることをしない。そうなれば自分本位の考えになってしまう。そんな考えの彼らが果たして魅力的な演奏を奏でられるのだろうか。
 チームを立ち上げた頃は我々もそんな気持ちだったかもしれない。全てが自分達を中心にしていた考えだった。それなりの評価もあって調子にも乗っていた。しかし少し違うのは我々はもう大人だった。様々な組織活動を経験し運営のノウハウを持っていた。
 どんなに優れた演奏をしても世間が応援してくれなければ意味はないのである。誰も見向きもしてくれなければやる気も起きないのである。我々のチームはまだまだ未熟である。しかし成長しようという努力を怠ってはいない。それが大切なのである。
 運動会でヘタレだったあの子が演奏をする。それは上手でなくてもそれをやってのけることが大切なのである。彼らにとっては大きな試練になる。しかし『やってやる!』という意識がある。この気持である。
 素晴らしい演奏が全てではない。彼がドタバタでも何でもやり遂げることが大切なのである。そしてそれをチームメートも家族も応援するのである。そこに意義があるのである。
 コーチが『お前は6年生なのだから主役だ。』といった。ヘタレはもう逃げられない。一世一代の大勝負である。・・・大きな男に育て。
1

2014/4/24

たかがこの額で・・・  
 事務局長から電話が入る。内容は市助成金の申請を断った報告と市側から何故申請しないのかという問い合わせが来たということだった。うちのチームだけでなく他の太鼓チームからも申請しないといってきたらしく担当者が慌てたようだ。担当は教育委員会である。
 総会に、NPOの10周年には教育長が顔を出している。総会では挨拶も貰っている。そして演奏も10周年で聞いてる。それで助成申請を断ってきたとなれば?となるはずだ。
 この助成は『郷土芸能事業費補助金』という形で来ている。平成17年からの継続事業だが今の実情と全くかけ離れているのである。趣旨には『専門の人々が作り上げた芸術的な芸能ではなく、地域住民が生活の中から作りだし・・・継承し発展させ地域文化の振興を図る・・・』とある。この時点で我々の活動とは合わないのである。そして事業費補助なのである。活動費補助ではないのである。総会資料では要はなさないことになる。
 たかだか2万5千円の助成金に細かい要綱が作られ提出書類は5ページである。そして報告書も提出しなければならない。申請書と途中で変更があれば変更書類も出せ・・・である。
 こんな面倒なことを2万5千円を貰う為に仕事を犠牲にしてやる必要は無い。はっきり言って失礼である。この額位の助成しかできないならば実態の証拠となる総会資料の提出で充分である。私が教育長ならばそうする。それで充分な証拠ではないか。・・・その事務処理だけでどれだけの経費となるのか。
 NPOの助成は総会資料の提出だけである。総会資料には事業報告・事業案や監査報告、規約も名簿も添付されているのである。様式はチームごとに違うかもしれないが立派な公文書である。それを様式通りにしてしまうのである。それもややこしい言葉で翻弄するのである。まるで公務員は頭がいいという様なやり方である。国からの書式を参考にしているのかもしれないが、地方の公務員までいい振りをしていてどうするのか。自分で仕事を増やしているのである。そしてそれを指示する上司はバカである。
 この額を不正してまでもらいたいとは思わない。それよりもその苦労はこの額以上である。教育長が『応援しています。』ということが言えるのか?・・・嘆願してまでやる気はない。彼の能力に期待する。この市のふがいなさを考えてほしいものだ。
1

2014/4/22

中途半端な人間だが・・・  
 腰痛を再発・・・腰をかばいながらNPOの監査を4つ行った。NPO本体に施設運営が3施設である。施設運営は民間との共同企業体である。会計士が帳簿を管理しているのでほとんど問題はない。全部の書類や証拠を照らし合わすのは容易ではない。現金の動く一部を抜き出してチェックした。その管理書類が解りずらく今後の書式を改めることになった。
 どういう訳かいくつもの監事職をやっている。町会・交通安全協会・NPOそして共同企業体が3つである。はっきり言って会計のことは詳しい訳ではない。町会や教会レベルのことは単純なので理解できるが貸借対照表となると・・・高校時代勉強したはずなのだが。工場を預かっていた時も事務員の報告を見るだけだった。情けないが…それが共同企業体の監査をやるのだからどうかしている。会計を担当している事務局も会計士任せのところはあるが…。
 真面目にそして誠意に運営されていることはその書類の管理で充分理解できるのである。現金や預金残高が帳簿とあっていれば不正など起こしようがない。ずるをしてもたかが知れている。むしろ融通が利かない位な硬さである。・・・これが本来の姿である。監査する度に勉強になっている。NPO関係は今回が最後の監査となった。来年からは監査を受ける側となる。
 理事長・事務局長はJAのOBである。そして管理職だった。私は農業と民間企業そして様々な組織を渡り歩いた経験はあるがどれもが中途半端である。彼らは私の先輩である。尊敬する部分は一杯ある。しかし彼らが持っていないことを私は持っていると思っている。彼らもそれを理解しているのである。
 『お前は何でもやるな…』と先輩に言われたが『みんな中途半端です。』と答えた。・・・ただ太鼓だけはやれるだけはやっていこうと思う。・・・メンバー達が可愛くてしょうがない。
1

2014/4/21

権力など存在しない  
 合併して市内を網羅する組織に入ったが、その組織がとんでもないところだった。常識の無い我の強い爺どもが何人もいていがみ合いながらやっているのである。後から入った我が身はおとなしく状況を見ていたが我慢できなかった。一度は解散を試みたが上手くいかなかった。自分に責任があるという意識を何も思わないバカ爺がいたのである。この爺には過去に我がチームもひどい目にあっている。その恨みは今も持っているが、そいつは何も感じていないのである。自己破産してまだそのチームのトップにいるのだから恐れ入る。
 ・・・こういう話は文書が滑らかである。
 こういう常識の無い人間がトップではチームもまとまるはずがない。内部分裂を起こしたのである。指導者として招いた人間が主要なメンバーを引き連れて独立したのである。爺どもはそれを今でも恨んでいるのである。自分も世間に迷惑をかけていることを何も考えないで裏切られたことだけを世間に言いふらすのである。・・・こんな奴らを誰が信用すかである。
 出てった奴も信用はしていない。自分の名前が入ったチームを作りそしてコンクールで連覇を果たし絶好調である。彼はその言い訳を一つも言うことはない。しかし分裂騒ぎを起こした張本人である。どんな経緯があったかは知りたくもないが、円満にことを起こせなかったのも事実である。どちらがいいとか悪いとかではない。両方とも人格がないということである。
 総会も無い、帳簿も無い・・・それが組織かよ。それを仕切っていた事務局長が大罪なのかもしれないが、会長(故人)・副会長(この爺)も同罪でないか。それをしきりに言った。しかし二人ともそれを認めなかった。常識も責任感も何も持ってない。こんな奴らとどうやって一緒にできるか。あきれるだけだった。
 信頼もできない、力だけでまとめる組織にうちのメンバーを引き入れることは出来ない。好きな太鼓をいがみ合ってやってはならない。大人のバカげたプライドで子供達を翻弄してはならないのである。それに気がつかない奴は太鼓界から出てってほしい。
 何の為にチームを率いているのか。それがトップの我儘なら個人のチームを作ればいいのである。それが自分でできないのならばチームを率いる資格はない。
 我がチームは私的なチームではない。同志会という太鼓が好きな人の集まりのチームである。みんなで会費を集め好きな太鼓を楽しむ為のチームである。しかし組織である。目標や目的を持って楽しみながら成長していかなければならない。トップはメンバーをまとめそして導いていくのである。そこに権力などは存在しない。
1

2014/4/20

導き方・・・  
 今日は何を書こうか・・・種がつきることは順調だということなのかもしれない。良いことがあった時と頭に来た時はブログネタはたらふくある。特に腹の立つ時は言いたいことを書いてストレスを発散できる。精神安定剤なものである。・・・ということは今日は非常に安定した状態ということである。何だか物足りない。怒りに満ちて、いいだけ悪口を書きたいのだが…。そういうと問題を抱える方が私にはあっているのか?・・・それは異常だ。
 若いコーチ達はそれぞれに自分で考えて子供達と向き合っている。その子供達も彼らを信頼して取り組んでいる。若い連中が思いを寄せて取り組む姿は大好きである。
 小学生達が運動会で太鼓を打つ、親達も知らない練習をして自分の技をグランドのど真ん中で発表するのである。コーチはそのシュミレーションをして彼らを導く。主役は運動会が最後の6年生達である。その彼らに小学生最後の華となる場面をつくってやるのである。
 中・高校生達はより高いレベルの演奏を目指す。太鼓という楽器を生かせる技術を習得するのである。見た目や格好ではなく太鼓を打ちこむ技である。それは自分が意識して自分で開拓していかなければならないのである。そういう気持ちを養うことである。
 コーチ達はそれをやっている。指導者として成長しているのである。今彼らに足りないもの、今彼らが求めているものを伝え彼らの目標にさせているのである。・・・伝えること、目標を持たせることは指導者の大切な基本なのである。
 『好きな太鼓がもっと好きになるのは上手になることです!』・・・会長になって最初の総会での挨拶の一部である。『太鼓をやりたい!』と思ってきた子供達なのである。彼らの意欲をさらに増していくのは指導者の導き方である。
1

2014/4/19

技術も心も・・・  
 小5・6年生は智○コーチが担当し新人の裕○と小3の晃○は私が、他のメンバーは麻○主任コーチが…分かれた練習体系である。それぞれに熱の入った練習をしている。
 コーチ達が目指すものを子供達に伝える。子供達はそれを目標として意識する。どちらにも課題がある。それが伸びていく練習となる。やみくもな練習をしては何の意味もないのである。いかに効率のよい方法を模索していくかである。
 いい演奏をすると鼻が高くなるものである。指導者も同じことが起こる。調子に乗ってはダメなのである。いい評価を受けた時こそ顧みるチャンスなのである。そこで有頂天となってはその先へとは伸びていかないのである。いい評価を受けた時が高みへ向かう大チャンスなのである。
 入賞をずっと待っていた。いきなりの優勝など一つも望んでいなかった。入賞するということが一つの壁を超えることだと思っていた。それはコーチやメンバー達の意識が大きく変わることになるのである。去年の今と今年の今は全く違うのである。入賞した誇りと自信とそしてそれ以上の目標をコーチもメンバーも持ったのである。
 その時期に今回の祝賀会の演奏があった。その演奏にも高い評価を貰った。また自信がついたはずである。そして欲も生まれたはずである。この時こそ弱点の克服である。これを超えたならまた一つの壁を乗り越えることになる。
 優勝はしてほしいが実力の無い勝ち方はしてほしくない。誰からも認められる勝ち方をしてほしいと思う。祝賀会の演奏後、控室へ行ってみると具合が悪いと寝込んでいる者、緊張で膝が震えていた者、忘れ物や他人の衣装を持って行く者・・・こんな心の弱さで勝っては困る。チャンピオンはチャンピオンになれる精神があってなれるものである。技術も心も・・・鍛えなければ。
1

2014/4/18

変化して・・・  
 NPOの会議が夕方からあった。会場に着くなり理事長から頼みがあると・・・前会長が副理事長を降りるということでその後釜を頼まれた。スポーツ大会など夏場の行事には出れないかもしれないことを了承してもらって承諾した。そして今の監事職を佐久○事務局長に頼めないか?とも・・・。帰宅後、彼に連絡をして承諾を貰った。
 事務局長が空○プレスの新聞を持ってきた。一面全面が式典の写真が載っていた。この写真の大半は私が撮影したものだった。翌日、プレスの記者から撮影が上手くいかなかったので私の撮った写真を使ったのだという。プロが失敗かよ…それよりも気にかけていた撮影が上手く撮れていたことに安堵した。映像でも撮影されていて後でダビングしてもらうことにした。
 会議の後の懇親会では『太鼓はすごかった。』『あんなに父兄が来るとは思わなかった。』・・・そんな感想を貰った。そして『最後に持っていったのは正解だった。』と・・・。
 評判のいい結果となって何よりだった。そして想定外の副理事長という大役が舞い込んでしまった。これからどういうことになるかは解らないが、言えることはチームとの関係は何も変わらない。若いコーチ達やリーダー達に委ねることは多くなるかも知れないが、これもチームが成長している証である。同じことをやっていてはならないのである。それぞれのメンバーがそれぞれに変化して成長していくのである。それは私もである。
 今回の出演は街の人達にメンバー達の存在を大きく伝えた。それはメンバー達の大きな励みとなったはずである。この勢いを崩さず更に前進あるのみである。
 
1

2014/4/17

愛されるチームに・・・  
 明日は夕方から会議、来週は2回、再来週にも・・・この時期の恒例である。今年は天候が昨年とは違い順調である。雪も解けて畑も乾燥してきた。その分仕事も忙しい。出荷作業と育苗作業が同時進行する。・・・くたくただ。
 明日はNPOの会議で先日の演奏の感想が聞かれると思う。どんな言葉を掛けてくれるか楽しみである。旧後援会長(後援会は解散したが、今でも後援会長だと思っているという人である。)が子供達に『格好良かったぞ!』と言葉を掛けてくれた。きっとうれしかったと思う。そんな言葉が彼らの意欲を深めていくのである。お誉めの言葉が最大の応援なのである。
 市の助成申請の書類が来た。昨年よりも煩雑なのだそうだ。その提出書類に事務局長が音を上げている。たかだか2万5千円の助成金を貰う為になんでこんなに複雑な書類を提出しなければならないのか・・・驚く。まるで金を出したくないようなやりかたである。何十万〜何百万の助成金ではないのである。もっと簡素化して応援してくれないものだろうか。・・・事務局長には『申請しなくていい。』と告げた。金を取るのは簡単にやるが、出す時は意地悪みたいなことをやる。この市の体質にはうんざりする。合併の頃に貧困の状態を経験した。これ位の収入減はどこかで節制して乗り切っていく。
 市は活動資金に出す考えはないのである。郷土芸能の事業に対する助成金なのである。彼らの考えは我々の会はあくまでも文化団体の一つなのである。その一団体に活動資金の援助は出せないのである。その例を作れば全文化団体が対象となると考えているのだと思う。要は弱みを見せないということなのである。育てるという考えは無いということである。総会に教育長が来ても体面にしか過ぎないのか??と思える。
 市の太鼓団体がこういう状況になったのは、それまでの先駆けとなった連中の不始末だといわざるを得ない。自分の利ばかりを考えたあの連中達である。その残党がまだいる。過去には我々も迷惑をこうむったのである。その常識の無さには怒りを覚えた。その考えは今だ変わらない。こんな連中が市の太鼓団体を網羅していたのである。行政とまともなパイプなど作れるはずがない。バカどもが今の現状を作ってしまったのである。これを作りかえるのは何十年単位のことになってしまうだろう。我々の世代の話にはならない。・・・まずは厄介者の排除である。これは時間の問題で自然淘汰する。
 我々は愉快な連中で楽しい太鼓をやっていく。見栄や利でない常識を持った連中でである。恨みつらみ、表・裏・・・うんざりする。地域に愛されそして応援を受けるチームにしていく・・・。
1

2014/4/16

いい演奏をしたが・・・  
 夕方、市民センターから太鼓を練習場に移動した。早い時間に来ていた新○と雄○が活躍してくれた。早い時間に移動を終えた。
 ミィーティングで次の目標を告げた。『5・6年生は運動会の演奏に専念する。』ニコッとしてうなずいた。『ただし真剣にやらない奴は外すからな。』新人の裕○に『俺と二人でやるぞ。』他の者には『強く打てる様になるように『北の賑わい』の練習をする。手首を上手く使えて強く打てる様になってください。』・・・それぞれに課題と目標を与えた。小3の晃○は状況を見て新人に付き合ってもらう。
 前回の演奏はみんな気分がよかったのだろう。有頂天になっている。演奏については褒めたが忘れ物などに釘を刺した。注意をしていても何人かがトラブルを起こす。この辺がまだまだガキである。
 新人と二人で虎の穴(物品庫)で子供盆太鼓の練習をする。新人の登竜門である。雑音から離れて集中できる。この子も早くみんなの元へ送り出したい。
 コーチ達が熱の入った練習をしていた。先日の演奏に彼らも刺激を受けたのである。上達すること、成長することが次への意欲の源なのである。そのサイクルに入っているのである。このチームは想像を超えることをやってしまうかもしれない。この雰囲気を無くさないことだ…。
 欠席した連盟の総会の報告を受ける。自分で自分のチームを壊すバカな爺どもの話を聞く。連盟に来てまで我が身で自分のふがいなさを披露していたそうだ。恥ずかしくないのか…それに気がつかないで怒りだけで続けているのである。メンバーは気の毒だ。さっさと身を引くことだ。みんなの迷惑である。昭和の古い考えは今の組織活動では足を引っ張ることになるのである。そして連盟もまだ古い慣習から脱皮できないでいる。
 帰りに父兄の一人が会費を納めに来た。『演奏よかったね。』・・『よかった…』とニコニコ顔だった。見に来ていた父兄達はみんな我が子の演奏に感動したのではないだろうか。私の自慢のメンバーはあなた達の子供です・・・なかなかのものですよ。・・・ただ、忘れ物をしたりとまだまだガキですが。
1

2014/4/15

重なった収穫  
 演奏後、控室へ行くと女の子二人が頭が痛いと横になっている。足が震えたという者も・・・相当緊張したようだ。小3の晃○に『間違えなかったか?』・・『間違えた』・・『何回よ』・・指を数えだした。『そんなにか』・・『俺も間違えた』という者が次々に・・・しかし見ている側は解らなかったはずだ。「間違った」という顔が見られなかった。それだけ進歩したのである。
 緊張して演奏することは練習の何倍もの成長がある。それにしても拍手を貰った。演奏の途中であんなに拍手を貰ったのは今だかつてない。海外ならスタンディング・オベレーションだっただろう。祝賀会の最後にしたのはズバリ的中した。祝賀会も盛り上がって終了した。
 今週・来週とNPOの会議や監査がある。胸を張って出席できる。これもメンバー達の活躍のおかげだ。鼻が高い。
 コンクールの様な緊張した演奏は街の人達は見たことがない。その絶好の機会だった。1か月余りの練習をしてコンクール以上に仕上がった。おまけに『山彦』も見せれるレベルに上がった。いくつも重なった収穫だった。
 演奏したメンバー達も手ごたえを感じ取ったはずだ。それが次への意欲となってくれればと思う。・・・間違いなく、また一段階段を上がった。
1

2014/4/14

弱点の克服  
 Windows updateをしてからパソコンの調子が悪くなった。ネット画面が全く動かない。どうしたのか?。トラブルシューティングをすると・・・その犯人は旧Windows版のソフトだった。ホームページビルダーにCANONのソフト類と何種類も入れたのである。入ったので「よし」としていたのである。やむなくクーリングを行って元に戻した。インターネットへのセットアップを再度やってようやくこのブログを書いている。旧Windows版のソフトも互換性の操作をすれば使えるようになるみたいだ。またチャレンジである。
 
 祝賀会の演奏を父兄達が見られる様にお願いした。快諾してくれた。『席も用意するかい?』と気を回してくれたが遠慮した。『10名位は来るのでは・・・』と話してあった。
 演奏の時間が近づくと正面のドア(ステージの反対側)からぞろぞろと家族達が入ってきた。その数は10名どころではない。20名以上はいたのではなかっただろうか。役員の人達が慌てて椅子席を用意してくれた。・・・家族達がこんなに応援してくれているのである。子供達もそして私達も幸せである。
 その夜、大人達は居酒屋で2次会を・・・『今日は2曲ともよかった…』とそしてこの後の練習内容を話し合った。小5・6年生は運動会の演奏に集中させる。他のメンバーは『北の賑わい』を使って共通の弱点の手首の弱さを克服する。新人は私と付き合ってもらうか。
 『山彦』の練習は振りのキレを生んだ。そして今度は手首の強さである。太鼓の面を打つ最後の関節が手首である。野球でいえばインパクトの強さである。どの太鼓もそうだが、特に小締太鼓はこの使い方で鳴りは全く変わる。2・1のリズムを刻むのもこの手首の使い方をマスターしなければならない。
 レベルを上げていくには弱点を補強することである。その一つ一つをコツコツと潰していく。そして飽きさせないように補強できる演奏曲を利用する。曲を覚えながら弱点を克服するのである。短い練習時間で効率よくでである。
1

2014/4/13

誇りに思う…  
 朝から落ち着かない一日だった。午前中に予定の仕事を終えて久しぶりにスーツを着て会場に向かった。事務局からカメラを預かり今日一日はカメラマンである。記念講演を聞いてても写真を撮影していてもどこかいつもと違っていた。
 式典が終わって祝賀会となる。乾杯の撮影を終えて席に着き渇いたのどをビールで潤した。途端にアルコールが体内を回った。何人かにつがれすぐに酔いが回った。・・・イカン!これから大仕事が待ち受ける。その後のビールを避けていた。
 我々の前の出し物三つが終わった。気がつくと大人のメンバー達が太鼓のセッティングに席をはずしていた。後を追う様にステージに向かった。メンバー達はもうバチを持って準備をしていた。『演奏時間は5:15だよ・・』と告げセッティングを終えて控室に戻した。
 祝賀会は90分を予定していた。しかし帰ろうとしている人が現れ予定を早めた。我々の出演は最後の締めの前に頼んだのである。すぐにスタンバイを指示した。そしてMCが私に変わった。
 会場はざわめいていた。演奏曲の説明をしても聞く耳を持つ人は限られた人だった。それでも我慢をしてコンクールの説明をした。そして演奏開始である。
 太鼓の音とともに会場のざわめきは全て無くなった。会場全員が太鼓の演奏に見入っている。メンバー達の顔を見る・・・怯えた顔など誰もいなかった。自信にみなぎった顔で堂々と演奏をしていた。安心感がそこで生まれた。
 課題曲を終えると会場から拍手が起こった。自由曲になっても何度も演奏途中で拍手があった。この街の演奏でこんなことは初めてかもしれない。演奏したメンバー達はきっと気持ちよく打てただろう。
 そしてアンコール曲へ、これも見事だった。久しぶりにいい『山彦』が聞かれた。そしてこれも喝采を受けた。
 『コンクール並みの演奏をしてほしい…!』その要望以上の演奏をしてくれた。メンバー達を誇りに思う。私の自慢のメンバーはたいしたものだ・・・。
1


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ