2014/9/30

思いを持って・・・  
 父兄への連絡文とコンクールまでの練習スケジュール表を作った。明日の練習で配布する。
 コンクールの会議の案内がFAXで届いた。コーチ達に出席してもらう。10月から練習は火曜日を追加して週3回となる。いよいよコンクールに本格的に向かっていくことになる。
 望んでいることは順調に成長してほしいことなのである。昨年の成績を少しでも上げていってくれればと思うのである。そして実力をしっかりつけてそして近い将来優勝し全国へ・・・出来れば今のリーダーが現役のうちにである。
 実力も無く誤魔化しで勝ってはならないのである。本当の実力を養って堂々と胸を張って勝者となってほしいのである。それがチームやメンバーの誇りとなるのである。その可能性は今のチームには十分にある。それは頑張れば今年かもしれない?・・・と信じてやってくれればと思う。望みとしては今年で優勝への下地を作り来年・再来年には全国大会へ・・・。
 どうせ全国に行くならば少しは暴れてくる実力は持ちたい。今の実力では何段階もアップしなければならない。それは短期間で促成栽培とはならない。基本フォームもリズム感も、そして何より足りないのは経験なのである。ステージ度胸も、気合ひとつも・・・技術と心をしっかりと養って実力のあるチームで行かなければ・・・。
 今のスタッフとメンバーならば必ずやれる。目先の結果を求めず次へという意欲を持ち続けることである。そして考えることである。この田舎のチームが海外公演をやり遂げたのである。それは頭を使い知恵を出し意欲を持ったからである。それが栗沢太鼓なのである。
 コンクールの優勝は必ずやる・・・それも理想的な活動の中でやる。そして全国大会でも暴れてくる。そういう思いを持ってやるのである。それを持たなければ実現はしないのである・・・栗沢太鼓というチームはその思いを全て実現させてきたのである。その思いを持ったならばこれもきっと実現するはずだ・・・。
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2014/9/29

経験・・・  
 課題曲で使う鉄筒は地元の鉄工所(現在廃業)で作ったものである。太い管と細い管の2台がある。鉄筒と受け台は長さを変えれる様に長い長ネジをシャフトにしていた。去年の演奏は小学生だったせいか多少は首を振っていたが使うことが出来た。今年はブラバンでパーパッションをやっている胡○が担当となりパワーがあるせいか2台の鉄筒が暴れるのである。シャフトを強化して首振りを無くさなければならないか?・・・。
 その2台を家に持ってきた。シャフトが揺れない対策を・・・第一案はパイプをシャフトに入れて補強する方法だった。ビニールハウスの19mmのパイプが上手く使えた。早速それを必要サイズに切断してシャフトに通しナットで締め付けた。鉄筒の揺れはピタリと止まった。まずはこれで練習で使わせてみる。演奏に支障があれば市販品の購入も頭にある。
 来月に歌志○の温泉で連盟が絡んだイベントがある。もうすでに参加することは連絡してある。今晩、連盟の事務局次長である主任コーチが現地でその打ち合わせに行っている。車2台で太鼓も移動してでジュニアメンバーは4〜5名となるか…。演奏曲は『雄飛』と合同曲となる。
 全員が『雄飛』のソロデビューを果たしている。誰を連れて行っても演奏ができるはずである。しかしアウェーとなるとまた別のデビューとなる。北○の演奏会でそのデビューをした子が何人かいた。今回もその経験が出来る子がいてくれればと思う。
 昨日の親戚のバーベキューでキャンビーの映像を見せたのである。『これは子供達にはすごい経験だよ・・・』という感想を言ってくれた。外に出て演奏することは頭にある想像を超えるのである。海外となればそれは刺激の嵐となるが、管内といえども子供達に与える刺激はあるはずである。
 メンバーの事情は優先する。しかし冒険して得られる経験は心の大きさになるのである。新しい刺激は心のゆとりを育むのである。そしてそのゆとりが更に新たな挑戦への糧となるのである。強い心、向上心がある心は経験が養うのである。・・・挫折と失敗は経験しなければ起きえないのである。
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2014/9/28

陶板ジンギスカン鍋・・・  
 ジンギスカンが3Kgもあるということで2台の炭コンロの一台に陶磁器工場時代に自分で手作りした陶板のジンギスカン鍋を使うことにした。その鍋がどこに仕舞ったかと探しに探した。
 10年ぶりぐらいにこの陶板の鍋を持ちだした。ガスコンロで1〜2度使ったことがあったが炭のコンロでは初めての試みである。炭焼きとなるといつも網で焼くことになりたれ付けのジンギスカンの焼き汁でモヤシや野菜が食べれないのである。そしてうどんである。…前日にもやしとうどんを用意しておいた。
 お昼近くになって炭をおこし始めた。それを見こしたかのように集まりだした。総勢8名である。片方の陶板でジンギスカンを、片方では網焼きで開きホッケや焼き鳥、焼きナスをと2種類の焼き方でお昼の開始から夕方5時過ぎまで食いに食って飲みに飲んだ。
 この陶板のジンギスカンが大好評だった。形状はジンギスカン鍋の様になっていて周りに溝がありそこに野菜を煮る様になっているのである。その陶板で焼いた肉がすごく柔らかく焼きあがるのである。そしてモヤシや野菜・うどんが美味いのである。
 鉄鍋と違うのは熱伝導である。鉄鍋だと熱伝導がすばやく焦げ付きを起こしやすいがこの陶板はそれが無いのである。余熱で焼いているという感じである。すばやく焼けないというのが難点だが普段のジンギスカンとまた違った味わいとなるのである。
 お盆で繰り越した肉は無事消化した。しかし『来月もまたやろう!』とう催促が・・・陶板鍋がそんなによかったのか?・・・次回もモヤシとうどんを用意するか。炭もか・・・。
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2014/9/27

信頼のあるコンクールに・・・  
 明日は従兄達がお盆で余ったジンギスカンを持ってガレージに集まってくる。『自分達の飲み食い分は持ってこい!』が合言葉なのである。それが人数分を見越して各家族で用意してくればダブった量になってしまったのである。その消化の為の再バーべキュー開催なのである。その為に昨日今日と忙しい思いをした。天気も良くて頑張ったせいか今日の練習前から首が痛い。右側を向くとギクっと・・・練習場にある湿布をしていたら何だか柔らいだ。これで明日は彼らと付き合えれそうだ。
 今日は熱を出して一人が練習を休む。今年の課題曲は不快な曲である。早いだけ早くて魅力的なリズムは何もない。こんな課題曲でいいのか。コーチもメンバーも困惑しながら取り組んでいる。課題曲だけに習得し熟成しなければならない。
 この課題曲は前回の全国大会の課題曲なのである。今年の予選会に前年度の課題曲を使うのはどうしてなのか解らない。今年の課題曲の楽譜が支部に来ていないのだろうか?。総会でその質問もしなかったが、いつ今年の課題曲の楽譜が届けられているのか・・・出来れば今年の曲で予選会をやるべきである。その楽譜が届くのが遅いのならばそれは本部に請求しなければならない。一年遅れでやれば優勝してまた全国に向かって新たな課題曲に向かうことになるのである。それは大きなハンディーとなる。その答えを聞きたい。予選会だからそれでいいとは思わない。予選から全国大会を見越した大会にならなければと思うのである。全国大会でも勝てる要素を支部でアシストするのは当然のことである。
 成績発表で支部の役員が自チームが勝ってニンマリする姿を見るのである。それはうれしいかもしれないが人間としてどうなのかである。役員という立場なら外面はあくまでも中立な態度をしなければならないのである。内面はどうでもいい。しかしそれがマナーであり人格である。あからまさなその態度にはがっかりする。
 それでも支部長が変わり審査も公平感が出てきた。それだけに担当者はもっともっとシビアに行動しなければならないのである。前支部長でこのコンクールの信頼は地に落ちたのである。それを早く取り戻してほしい。子供達の為に・・・。
 
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2014/9/25

好きなことを・・・  
 数日前の道新に活動の拠点としている文化センターの建替えの記事が載せられていた。2018年に完成予定である。そこにはホールもある現状に即した建物になりそうである。それは我々の拠点が継続していけるということになる。合併して明るい材料が無かった。この記事で少し安堵している。ただ心配しているのは使用料が上がってしまわないかである。出来れば新文化センターもNPOで管理運営となればと思っている。
 新文化センターは我々の活動が大きく加味されているのである。それはホールもある施設にすることである。今のセンターのステージに大締太鼓がドンと居座っていて年に100回以上の練習をここで行っているのである。そして20人以上の若いメンバー達が目を輝かして練習をしているのである。農業祭のメイン事業も我々が主催しているのである。それはこの街の文化を先導しているのである。新センターの中心となる組織は我々なのである。
 週に二回の練習を休まずやる。しかし来る来ないはメンバーの意思である。それを続けてきた。冬の練習は凍える様な環境である。悪天候が無い限り練習は中止にしなかった。・・・合併後の時にお金が無くなり練習を中止したことがあった。その時に『俺達が金を出す…』と言った子がいた。情けなかった。そういう子達がいることは休むことは出来ないと・・・それだけの思いを持って取り組んでいるのである。その彼らに報いる為に努力をしなければと思った。
 新支所の意見交換会には一番最初に手を上げ思いを言った。発案された新支所に文化センターの機能も入れると言って我々の活動を疎外されていたのである。全く現実を把握もしない案だった。(座長はあの実行委員長である。)それにはあきれ返った。NPOの理事長は今でも『拍手喝采ものだ…』という。
 このチームを守る。それは街の文化を守ることになる。元気のいい子供達を育てる場を失ってはならないのである。彼らの可能性を無くしてはならないのである。
 今のメンバー達の活動を見ているとそれを改まって思うのである。この子達はすごいと思うのである。導き方を誤らなければ彼らはすごいことをやらかすのである。彼らに意欲が生まれたならそれは大人達が考える以上のことをやるのである。
 努力してやってきたとは思っていない。好きなことを継続したに過ぎない。それがこんな形になって今になったかも全く想像していなかった。町が無くなることも、それがどんなに苦しくなることも・・・これからも乗り越えなければならないことがあると思う。しかしメンバー達の顔を見たならばそんなことは楽勝である・・・。
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2014/9/24

魔法をかけることも・・・  
 これまでパートに別れていた課題曲の練習を今日は初めて全体で行った。音合わせから始まり全体へとその進め方は・・・上手になった。そして子供達も真剣そのものである。リーダー・サブリーダーがまた積極的に後輩達に指示を与える。そしてそれを受け入れている。そんな姿をニンマリとして見入った。
 スキーの指導員は組織の中の指導員だった。各講習や検定に割り振りされて受け持つのである。それは一方的に教えたり採点する立場である。受講生達や受検者達とはその場限りの付き合いがほとんどだった。これがライセンスを取った活動なのだろうかと感じていた。町内の子供達にスキーを教えたいとジュニア教室を立ち上げた。それは教育委員会を動かし町の事業となった。町協会として地区連に加盟しナイター教室も立ち上げた。町内の子供達や大人達を教えた。しかしどんなことをしてもそれは教えるだけの一方通行な付き合いしかならないのである。それは上辺だけの寂しい組織なのである。スキーが上手なことがこの組織では勝ち組なのである。それは矛盾がいっぱい起きたのである。私自身もその中にいたのである。
 実力があれば権力がある・・・得てしてスポーツに、いや太鼓団体だってそういうことが起こる。時には常識を逸脱することもその力でやってしまうのである。周りをだまらしてやるのである。それは醜い世界である。権力で動かす世界は大嫌いである。
 今のチームはメンバー達のプライベートなところまで踏み込むこともある。性格も癖も、成績が良いことも悪いことも・・・それだけ彼らとの距離が近いのである。それが信頼となっているのである。しかしそれは・・・心配事をいっぱい受け持つことにもなり・・・うれしいこともいっぱい受けることになるのである。
 そういうチームを作りたかったのである。飾らず全部をさらけ出して付き合えれるそういうチームにである。それは本当の彼らの能力を引き出すことになると思うのである。・・・私には裏も表も無い。ただし状況によっては魔法をかけることもあるかも・・・。
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2014/9/23

レベルの高い組織に・・・  
 スキーの指導員になるには1級の合格、準指導員の養成講習を受け理論検定を合格し実技検定を合格して初めてライセンスを受け取る。指導員になるにはそれから2年の経験をしてまた理論・実技の検定をパスする必要がある。その他に検定員資格というものがある。準指導員がC級、指導員がB級そして経験を積んでA級を受検できる。それらはあくまでも資格なのである。それも一つの組織の資格である。国家認定制度とは別なのである。
 スキーバブルで指導員は大量に必要だった。そして大量の指導員が生まれていった。しかしライセンスを取ったからと言ってすぐに指導員とはならないのである。実践を経験し独自で勉強をし努力をしなければ一人前とはならないのである。
 受講者には幼児から老人まで、1級以上の上級者から始めてスキーを履く者まで多種多様なのである。そしてマンツーマンの時もあれば30人40人という大人数のクラスを持つこともあった。
 優秀な指導者は技術を持ち理論を持っていなければならない。まとめる能力、伝える能力、意欲を持たせる能力も必要である。そして何よりも必要なのは常識を持ち個性を持った人に尊敬される人間性なのである。そういう優秀な尊敬する指導員は何人もいた。しかし頭をかしげる指導員はその何倍もいたのである。そしてそんな彼らの検定を受けて合格する人間より落ちる人間の数は何百倍もいたのである。
 指導員時代に養ったことはとても大きいと思っている。しかしそれはスキーという組織の中での話である。太鼓チームの中ではあくまでもリーダーに過ぎないのである。そんな組織の良い面と悪い面の両方を見てきたのである。優秀な指導者やスキーヤーは育つかもしれない。しかし疎外される者、挫折する者の方が何倍もいたのである。
 今若いコーチ達が悩みながら子供達を育てている。そこにはライセンスだとか検定など無用である。スキーという組織の中と考えれば、彼らは優秀な指導員でありスキーヤーである。上級生は殆どが1級以上といっていい。しかしチームはそんなレベルの低い組織ではない。1級だとか指導員だとか・・・そんなライセンスで決められる組織ではないのである。
 チームのメンバーは同じ会員なのである。全員で会費を集め全員で楽しい太鼓をやっているのである。メンバー達は互いが指導者となり互いが教わるのである。みんなで目標を作りみんなで取り組むのである。そして全員で成長していくのである。・・・そこに線を引く必要は無い。
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2014/9/22

基本技術・・・  
 私がスキーの地区連の検定主任に就いた頃はスキーバブルの頃だった。級別テストには200人を超える受検者がいた。特に多かったのは2級である。多い時には百数十人の受検者となった。それを一日で消化しなければならなかった。前年度の受検者が多い時には終了するのが暗い時間になっていたのである。
 検定は主任検定員と2名の検定員の3名体制で4種目を検定するのである。この受検者を消化する為に初めて検定員をWスタッフにしたのである。検定員3名×2班で各2種目を検定するのである。受検者のローテーションも綿密に行って公正な検定を心掛けたのである。しかし結果は悲惨なものだった。それまでの2級合格者は40〜50%であったのである。ところがこの検定で一班が非常に辛い採点を行っていたのである。合格率は20%にも満たなかったのである。
 2級というレベルの判断は非常に難しいのである。2級には様々なレベルの受検者が集まるのである。1級を受検するには2級の合格が必要なのである。1級をすでに目標にする高いレベルの受検者もいるのである。逆に2級の受検には3級の合格は必要でなくターンがやっと出来るレベルの受検者もいるのである。高いレベルの受検者に惑わされて採点をしてしまうと20%という厳しい合格率となってしまうのである。たまたまその時がレベルの低い受検者だったとは言えない合格率なのである。
 私が2級の主任検定員の時に二人の検定員はどう採点していいか戸惑っていたのである。その時に『脚の運動を使ってターンをする人を合格点にしてください。多少のローテーションや内倒はいいでしょう…。』と指示をしたのである。それで二人は迷わず採点したのである。
 2級というレベルは1級に繋がる技術を持っていることである。1級もどきの高いレベルではないのである。そこまでの事を要求したならば合格率は極端に低くなりそして次に繋げる意欲も無くしてしまうのである。
 厳しかった採点の一種目を全員に3点を上乗せさせたのである。そして合格率を50数%に引き上げたのである。本来はやってはならないことなのである。採点するというのはとても難しいことなのである。検定員資格があるからと高をくくっていてはならないのである。基本の技術をしっかりと理解してそして瞬時に判断できる能力を磨かなければならないのである。
 チームの基本技術は太鼓を打つ運動の基本なのである。それはスキーの指導員で得た知識を太鼓に活用しているのである。それは太鼓だけでなく様々なスポーツの基本でもある。人の身体の運動メカニズムである。ただしこれを理解出来ない太鼓指導者は沢山いる。運動だけが太鼓でないのも事実なのである。それも尊重したい。
 しかし、うちのメンバーにはあの大締太鼓も、小締太鼓も、胴太鼓も打ちこなせる技術を持ってほしいのである。小学生や中学生でそれが出来るのは理にかなった技術を持ち合わせているからである。やみくもにやっては身体を壊すだけになるのである。
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2014/9/20

大きな変化・・・  
 前回体調が悪いと休んだ兄弟は元気よくやってきた。それでもマスクを付けている子が二人…ここ数日で急に気温が下がった。季節の変わり目である。自分も含めて要注意である。
 今年のチームオーダーはメンバー達に決めさせている。主任コーチは大締太鼓パートの男子6名に大締太鼓や斜め太鼓を誰が打つかを話し合いで決めさせた。話し合いの結果、2名が大締太鼓の両面を打つことに、その中に2尺の胴太鼓を打ちたいと言う者が…それも彼らの意思に任せた。しかしこの太鼓を打ち込むのは半端ではないよ・・・しっかりと練習をせねば。今年の曲で重要な鐘パートはブラバンの胡○が担当する。チームオーダーは少しずつ形作られていく。そして練習も回を追うごとに熱が入っている。
 数年前のコンクールは練習以前の問題があった。集中心まるで無しの子が何人もいた。やる気があるのかないのか…そこからのスタートだった。しかし今年のチームは今までにないまとまりである。去年の初入賞もあるかもしれない。みんな積極的であり何よりも明るい。課題曲の習得練習は殆どが子供達でやっているのである。みんなが助け合い、みんなでこのチームを作り上げていく、そんなチームなのである。
 主任コーチが一番気を使っているのは15名しか出場できないことである。これはルールなのである。その中で全員がモチベーションを持って取り組んでほしいと思っているのである。・・・それは全く心配いらない。うちのメンバーにそんな子は誰もいない。出れなくてもみんなと同じ気持ちである。最後まで、本番までみんな一緒に頑張ってくれるはずだ。そして出れた子も出れない子も、互いに心配りをするはずである。うちのメンバー達はそれだけ暖かい子達である。
 入賞を初めて成し遂げた。それは大きな変化となった。それまで無かった欲が生まれたのである。自分達の可能性を感じたのである。この変化をずっと待っていた。変わり始めたチームは想像以上のチームになっていく・・・いや、そうなってほしい。
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2014/9/19

『うらやましいです。』・・・  
 教育委員会から小学2年(栗小)の音楽で太鼓の授業が出来ないかという問い合わせが来る。取りあえずは『協力は出来る。』という返事をした。具体的には教育委員会・学校との相談をしてとなる。低学年が興味を持つ機会となって何人かでも入ってくれれば・・・。現状では小学生の層が薄く1・2・4年生が一人もいない状態である。これはブーム見たいなところもあって一人が入ると二人・三人の同級生がまとまって来ることが多いのである。それだけに低学年に2〜3人が入ってくれればと願うのである。
 『うらやましいです。』という感想を言われた。周りのチームから見てそう思われているのかと・・・理想的なチームは作ろうと思って作れるものではない。大切なのは今のメンバー達の気持ちである。我々は今をどうやって楽しんでやるかを考えているだけである。楽しむというのは夢中になるということである。そんな子達は黙っていたって上手くなるのである。そういう環境を無理に作り出すのではなく自然になってくれればと思うのである。
 コンクールに向かって練習をしている。みんなが助け合って課題曲に取り組んでいる。私はそれを微笑ましく見つめていられるのである。それが『うらやましいです。』という感想なのかもしれない。
 
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2014/9/18

彼らの判断を尊重するが・・・  
 市場へ行って眼○市場へ、発注していた眼鏡を受け取りにいく。それまでの中近の眼鏡は傷だらけとなって霞がかかった様になっていた。度数も調整してPCは快適に見える。だが度数調整にまだ馴染めず目が疲れる。
 その足で太鼓屋へ…。今年は高学年男子二人が小締太鼓を担当する。去年は女子が担当していて彼女達の要望のサイズで寧○のお祖父ちゃんにバチを作ってもらった。しかし大男達にはそのバチでは細すぎた。要望のサイズのバチを買ってきた。今回は二人分で予備を入れて4組を購入した。栗沢太鼓価格で購入は出来るが、もし全員の分と考えたなら・・・バチを作ってくれる寧○のお祖父ちゃんに改めて感謝である。
 今日・明日と中学生達は中間テストである。そして地元の秋祭りでもある。昨日の練習は中学生の大半が休んだ。去年の秋祭りには太鼓を頼まれていて去年の今日である。太鼓を積んでいくと順延と言われた。翌日の同じ時間に行くともう出し物は全て終わっていた。お客さんは太鼓を来るのを待っていた。その時間に次々に『明日テストなので行けません。』という電話が来る。太鼓の準備とオーダーの組み直しと散々なこととなった。お客さんには30分位待たせてそして演奏をすることになったのだった。
 テスト期間ということを知らないでいた。それを聞いていたなら対策を練っていたと思う。彼らは演奏をしたかったのである。それで言わなかったのである。父兄が気を揉んで連絡してきたのである。昨日の練習には中学生二人が来ていた。『心配はいらない…』と・・・彼らの判断を尊重するが安易すぎて後で後悔とならなければいいが。
 学校に部活そして太鼓、中には塾へ行っている者もいる。ハードである。上手にコントロールしてやってくれればと思う。
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2014/9/16

将来のチームメート?  
 赤ちゃんは元気に育っているようだ。そして名前が決まった。『湊○』(Minato)君である。色男を紹介しよう。将来のチームメート?である。
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2014/9/15

チームの成り立ち・・・  
 来月、歌志○のチロ○の湯でイベントが行われる。何人行けるか解らないが参加する旨を連絡した。これも手出しの出演で大人数は連れて行けそうにない。選抜で数人の予定でいる。
 チームを立ち上げた頃、時代はバブルに向かっていた。太鼓チームも今の様には無くチームは引っ張りだこだった。結婚式や様々な祝賀会から依頼が舞い込んだ。ご祝儀の金額も多かった。一回の出演人数は当時の太鼓台数の5人である。ご祝儀はその半分を食事代に使ってもいいということになっていた。血気盛んの青年達はその都度宴会となっていたのである。
 町百周年(チーム10周年)を2年後に迎えることになり大締太鼓の制作をすることになった。このご祝儀は積立金として貯められその時には100万を超えたのである。その資金を元手に百周年に向かって町や後援会へ補助を申し入れたのである。自己資金百万円は大きな力となった。町も後援会も一発OKであった。それだけ豊かな時代だったのである。大締太鼓は練習場に出し入れできる最大のサイズ(5尺1寸)となった。その当時では道内最大だった。しかし、その翌年にそのサイズ以上の太鼓が作られた。それはその太鼓を納める場所も一緒に作られたと聞いた。
 今年は今だ出演したご祝儀を戴いていない。出演回数も当時から見れば何分の一でありそれも連盟などの手弁当のイベントである。そういう時代になったのである。遣り繰りがやっとで積立も出来ない状態なのである。しかし活動の保険となる積立金は辛うじて保持している。合併前に貯めたお金である。合併した翌年に一部を使ったがその後は何とか守っている。皮の張替などに使ったならばあっという間に無くなってしまう様な額なのである。
 組織の運営はお金なのである。どんなに優れた理念を持っていてもお金無くしては活動は出来ないのである。そして逆に活かせた使い方をしなければならないのである。太鼓の扱いは今のメンバー達はすごく気を使っている。余裕のある時代のメンバー達はその意識は今の様には無かった。そういう気持ちを植え付けたのもお金なのである。
 財産・資金そして運営・方法・目標そして人・・・それがチームの成り立ちである。
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2014/9/13

いいスタート・・・  
 秋祭りのポスターが張られていた。ただお呼びが掛からなかっただけだった。それは逆によかった。調度この祭り期間が中学校の試験日とぶつかるのである。来週の水曜日の練習は中学生達はほとんど休みである。去年は雨で順延となって中学生の何人かが参加出来なくなった。主催者はそれも考慮してくれたのかもしれない。有難い。練習を休んで勉強なのだからいい点数を取ってもらわないと・・・。
 中学生の一人が夜中に痙攣を起こし救急車で病院へ行った報告を受ける。検査では異常は見られなかった。来週に精密検査を受ける。今日は大事を取って練習を休んだ。・・・心配である。
 今の練習場での私の役目はただ見守ることとモップ掛けと会場費の支払いである。みんな一所懸命課題曲の習得に取り組んでいる。その練習をみんな笑顔で楽しんでやっている。それがとてもうれしい。どうせやるのだったら楽しんで笑ってやる方がずっといい。何と言ってもチームに輪ができる。・・・助け合いながら練習をする姿を微笑ましく見守っているのである。
 私の大きな役目はそういうチームに導くことなのである。コーチやメンバー達のそれぞれの能力を引き出し育てるのである。時には尻を叩き背中を押す。一緒に悩み一緒に喜ぶ。そして暖かく見守る。安心して自分のやりたいことをやれる環境にすることなのである。
 不信、不満、怒り・・・それらをすべて排除した活動にしていく。祭りの時のあんな男の様にチームをかき乱す行為にはとことん戦っていく。気持ちよく気分のいい活動が全てなのである。あの男にみんなの練習を見てほしい位である。あの風景を見たならばひとりでに笑顔となるはずである。それだけ純粋で心から楽しんでいる姿なのである。
 コンクールに向かっていいスタートを切れた。メンバーもチームも大きく進化していくと確信している。今やれることをやる。それを重ねれば結果も付いてくる。焦る必要は一つも無いのである。じっくりとしっかりとである。
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2014/9/12

幸せな活動である・・・  
 昨年まであった秋祭りの依頼が来なかった。中止したのだろうか。老人ホーム・町会の夏祭りの中止など今年は今だ出演謝礼が1円も無いのである。こんな年は初めてである。こんな状態になるとは予想外である。
 内向きの活動はこういう状況になっていくのである。出演して謝礼を貰う。或はそれを当てにして活動をするという時代は終わったのである。活動費用は自分達で捻出していく時代となったのである。
 市の補助金も申請をしなかった。補助対象が我々の活動に合わないからである。創作して申請する様なことになってしまうのである。そして申請書も複雑でそれに見合う額でも無いのである。市も現実にあった補助金を出してほしいと思うのである。我々の活動はそれだけの価値がある活動だと自負するのである。
 会場使用料の変更やバチを作ってもらったりと多くの人に支援してもらって何とか切り盛りしている。想定していた収入が減ることは非常に厳しいが、必要な物は補充したいしコンクールの後の楽しみの慰労会もしたい。贅沢なことは出来ないかもしれないが活動に支障が無い様にしていきたい。
 市はスポーツ少年団には厚い補助をしているが我々の活動には中々理解してくれない。これは和○連という組織の不甲斐なさである。間違った組織を作ったのである。その弊害が続いているのである。編入合併してこの市の一員となったが何の特典も無かった。我々は被害者である。このバカみたいな組織は無かった方がよかった。
 活動は現状を維持していこうと思っている。しかし技術も組織力も今以上に上げていく。チームを理解し応援してくれている人達が沢山いるのである。その人達に見守れてやれるのである・・・それはとても幸せなことである。
 
 
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