2014/10/31

認識を覆したい・・・  
 父兄へのコンクールの案内と慰労会の文書を印刷した。明日の練習で配布する。
 明日の練習でビデオを使いたいという主任コーチの要望である。機材はアナログである。このカメラも一年で一度か二度のコンクールの練習で使うことしか無いのである。去年の練習で使ってそのまま部屋の片隅に置いてある。今のデジタルの機材なら綺麗に映るのだろうが・・・勘弁してもらう。
 今月から練習と会議がぶつかる日が何日かある。練習はコーチ達がいるので心配はしていない。週に3日の練習だと私の我儘で日程も変えられないのである。大事な時期だがこれも勘弁してほしい。
 私の望みだが、今年の結果は○○位と書かれた賞状である。優勝は・・・まだまだ実力不足である。もっともっと苦しまなければ優勝という価値は生まれない。こんな中途半端な力量で優勝などしたならば彼らの成長に良いことはない。苦しんで苦しんで・・・やっとたどり着くというプロセスを望んでいる。それが彼らの為になるのである。
 これから新文化センターの話し合いが始まる。この会場の一番使用頻度が高いのは我がチームである。教育委員会は太鼓という名前がつけば郷土芸能というジャンルに分類するのである。しかし、それは大きな間違いである。現実の市内のチームで郷土芸能といえる活動をしているのはどこも無いのである。ほとんどのチームは和太鼓をというジャンルの中で人を育て継続していく団体なのである。保存会というジャンルに入るチームはどこも無いのである。
 しいて言えば盆踊りがこの地域の継承する文化かもしれない。しかしほとんどのチームは盆踊りをする為に立ち上がってはいないのである。(いや、南何とかという1団体があったか…)成り立ちがそれぞれに違うかもしれない。しかし少なくとも郷土芸能を継続することを目的にしたチームは無いのである。それは教育委員会の認識と大きくずれているのである。
 この認識の差を今回の会合で無くしたいと思っている。我がチームは継続する為が目標ではないのである。メンバー達が成長する為の活動なのである。そこに盆踊りがありコンクールがあるのである。そういうチームの考えを伝えたいと思う。
 市内に数団体の太鼓という名のチームがあるが、その内容は全く違うのである。傲慢なチームもあれば親身に子供達の成長に寄与しているチームもある。はっきり言って合併しておかしな連中と同じ扱いをされるのは迷惑な話である。
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2014/10/30

悔しさを晴らす・・・  
 どうせやるならば楽しくやらなければ損をする。笑って楽しくそして一生懸命にである。メンバー達の真剣な姿や笑顔そして輝いた目を見ると、このチームを継続した甲斐があるというものである。コンクールに勝とうが負け様がそれはどうでもいいのである。それに向かう姿勢が大切なのである。もちろんいい成績を望んではいる。しかしズルをして誤魔化してその成績を取ってはほしくない。本当の実力を付けて正々堂々と賞状を受け取ってほしいのである。それには出演するメンバーだけでなくチーム全員が総力を上げなければならないのである。
 我々のチームには天才的な指導者もプレーヤーもいないのである。しかし我々にはそれに向かって努力しているパワーがあるのである。指導者は考え方針を決めそして指導方法を模索している。プレーヤー達は自分の心と戦いながら成長を夢見ているのである。そういう姿勢を持ち始めているのである。
 素晴らしいチームは優勝するチームとは限らないのである。そして少人数でも大人数でもないのである。そういう姿勢を持つことなのである。
 『うらやましいです…』とあるチームの子から言われた。過去には他のチームを見てそんな思いを持ったこともあった。指導能力も無く少人数でコンクールに挑戦していた。ビリの時代を何年も続けた。しかしメンバー達は我々を信じチームのメンバーという誇りを持ってくれていた。たとえコンクールで結果が出なくてもチームに愛着があったのである。しかし我々は入賞をできなかったことを人数だとか学年だからと言い訳を言っていたのである。もちろんそうだったかもしれない。しかしそれは当時の子供達に失礼だった。何よりも先に我々の指導能力の無さを言うべきだったと思う。
 出場メンバーを選考するチームになるなど考えもしなかった。・・・念願の初入賞を去年成し遂げた。そしてそれ以上のことに挑戦をするのである・・・過去のメンバー達の悔しさを晴らしてほしい。
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2014/10/29

ロートルの知恵・・・  
 今日は午後からクラインガルデンの施設管理のプレゼンテーションに出席した。NPOが施設管理に単独で挑戦したのである。現在は文化センターと市民センターを管理しているが民間会社との共同事業体である。もしこれが通るとその管理に私も携わることになる。理事長から白羽の矢が立ったのである。・・・実際は困っている。今栽培している製品がこの3年でようやく軌道に乗り市場も開拓してきたのである。理事長もこの製品を見て私に話を持ってきたのである。しかし私には農業と離れた10数年のハンディがある。その期間に農業は大きく変わっている。今生産している製品は市場の隙間を狙ったのである。概に同じ商品はある。同じ生産物だがパッケージは全くこれまでにない商品なのである。それが市場を動かしようやく軌道に乗りかかっているのである。・・・まあなるようになるか。
 父兄の一人が珍しく練習場に顔を出した。何かあったのか?・・・よく聞けば肩の腱を手術することになってコンクールを見に来れないのだそうだ。それで練習を見に来たようである。この父さんこれまでも旅行だとか仕事だとかでコンクールを何年も見に来ていないのである。『病院を抜け出せ!』といっておいた。
 自由曲は最後のアレンジの段階である。これが頭が痛い。私にもアイデアを求められたが・・・発想することはこれまでやってきたことが頭に残っているのか、そこからの発想はどうしても新しいものにならないのである。しかし何か役に立ちたいと頑張っている。コーチ達やメンバー達が一生懸命やっているのである。このロートルも無い知恵を絞る・・・。
 小学生から還暦まで、世代を超えて一つになって挑戦する。若い発想、ロートルの知恵・・・みんなの力を合わせればチームは大躍進する・・・楽しくなった。
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2014/10/28

好きなことをやれるのは・・・  
 小学校の野球部がコンクールの日に行事を開催する。5年の二人が部員である。『先生に相談してみろ?』と伝えた。開催日をずらしてくれるぐらいの粋なことをしてくれないかというもくろみがあった。・・・それは失敗となった。リーダーの太○も何かと重なった様だ。これは学校が対処してくれそうだ。開催要項を提出するという。彼が抜けたなら大変なことになる。それは本人も十分知っている。
 2足の草鞋を履く活動はそれなりのリスクはある。それでもやりたいことはやりたいのである。しかし学校内と外の活動は隔たりがどうしても起こる。そしてその主導権は学校側である。それは充分承知している。その中で歩み寄れるところが無いかと思っている。
 小学校から社会人になるまで長い付き合いのメンバーもいる。小1からのリーダーとは10年の付き合いとなった。主任コーチは中学生からだから15〜6年か・・・彼らの人生の半分以上の付き合いなのである。彼らの成長をずっと見てきたのである。それは子供や孫みたいな感覚なのである。
 小学校は6年、中学・高校は3年である。学校の先生はクラス替えもあってせいぜい2年か3年の付き合いである。途中でやめていった子だって何年もの付き合いの子が大半なのである。それを考えたならば私と彼らとの付き合いは彼らに大きな影響を与えたのである。
 練習前にJ○のストアーに寄った。中2でやめた子がレジのバイトをしていた。明るい笑顔で『こんばんは!』と挨拶をしてくれた。彼女はオシメをしていた時から知っているのである。そして一緒に太鼓を8年もやっていたのである。その笑顔で救われる思いである。とてもうれしかった。
 家庭の事情で複雑な環境になる子が多くいる。彼女もその中の一人である。しかし・・・あの笑顔を見た時、彼女は大丈夫だと思った。きっと幸せな、素晴らしい人生を歩んでくれると信じている。頑張っている子には・・・神様は絶対に見はなさない。そう信じている。
 好きなことをやれるということは幸せなのである。メンバー達は幸せだということである・・・そういう事は私は彼ら以上に幸せだということである。
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2014/10/27

街の誇りのチームに・・・  
 主任コーチから実行委員会の報告の電話があった。リーダーの太○も同席して演奏順番の抽選を彼が行ったそうだ。出場は例年より少なく8チームでそして演奏順は5番ということである。1〜3番は昨年の1〜3位が演奏をし、その後は他のチームが抽選をして順番が決められる。最後のチームとなったリーダーが選手宣誓の役目となる。
 昨年の上位の一チームが出場しないそうである。残念である。ライバルとは同じ土俵に上がって勝負をしたい。去年の上位の4チームは我々の目標なのである。歴代の優勝チームである。去年、チームは目標としていた入賞をやっと達成したのである。そしてこれからの目標がその上位のチームを超えていくことになったのである。ライバルとしたチームの一つが出場しないのは腰が砕ける思いである。
 上位の4チームは長年絶えず入賞をし優勝を争ってきた連中である。その点我がチームは入賞を目標にしたBクラスだったのである。BクラスからAクラスへようやく進めるチャンスが訪れたと思っているのである。
 今年は3位以内のAクラスを・・・2チームのライバルを食っていきたい。しかし優勝はまだまだその器ではない。来年、再来年が勝負の年と・・・。その為にその4チームは出場してほしかったのである。入賞するのにも何年もかかったのである。そして優勝するには・・・それ以上の努力が必要だと思うのである。それをメンバー達に経験をしてほしいと思うのである。・・・もし優勝を得られたならば、その価値は途方もないものを得られる。
 過去に優勝をしたが出場が出来なくなったチームが2チームにとなった。その原因が少子化だけとは思わない。太鼓チームを継続させる意義は、構成するメンバー達の思い、その父兄達の理解、そして地域の理解と応援が必要なのである。
 この街に栗沢太鼓がある。それが街の人達の誇りとなる・・・そんなチームにしていきたい。そういうチームには人がきっと集まってくるはずだ。それには誰にも後ろ指を指されられないチームにしなければならないのである。そして大きな目標に挑戦するパワーを持ち続けることである・・・いつかは優勝するぞ。
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2014/10/26

玉入選手権・・・  
 栗沢町のイベントで立ち上げた『全道玉入れ選手権』は23回の回数を数えて合併後も開催している。今年はジュニアの部も新設られて40チーム以上の参加となった。朝から運営の手助けに参加した。
 町内の大きな事業だが去年の大会に初めて役員として参加してその様子を始めて解ったのである。NPOの役員となっての関係ということである。主催は実行委員会なのだがその母体は今はNPOである。終わった後の慰労会でその経緯を聞いた。発足は旧町の教育委員会が主催していた。そして実行員会に鞍替えして継続してきたのである。去年、それまで20年の長い時代を束ねてきた会長が変わったのである。私も去年からの参加でそれまでの様子はまるで解るはずがない。まるでアウェーの中での役員だった。
 役員の三分の二位は顔見知りである。しかし普段は付き合いの無い人間である。もちろん新実行委員長もである。しかしこの男、町議会議員もしていて名前も噂も聞いていたのである。去年は慰労会も出れなく彼との接点は今までになかったのである。今晩の慰労会で初めて彼と話をしたのである。
 去年の表彰式も今年も…賞状を渡す言葉や挨拶の言い方にとんちが利いているのである。その最初は、本相撲の海外の航空会社からの表彰で行った『ヒョ・ウ・ショウ・ジョー…』と真似ていったのである。会場が爆笑となったのである。運営や進行は型苦しいぐらい型苦しく感じていたのである。それが最後の表彰式になって和気あいあいになって笑顔に溢れたのである。今年もそういう表彰式となった。それはとても勉強となった。
 そういう感想を彼に言ったのである。彼は『先輩諸氏から叱られるかと思ったが私の思う様にやった。』と・・・『あなたのことは知っていたがこんなキャラクターとは知らなかった。あなたは名物実行委員長になりますよ。あの表彰式はあなたでしかできないですよ。』と・・・それだけ好感の持てる雰囲気を彼は作ったのである。そういう事を出来る人間はなかなかいないのである。『私は今年でやめたいと思ったがあなたがそういう事を言うのなら来年もやる!・・・』(やめる気も無かったくせに・・・)と上機嫌だった。
 今年の大会は大学生が大勢集まった。それも数団体である。会場は華やかだった。去年の印象とはずいぶん違っていた。そこにあのキャラがまた似合っていた。
 親分が変わると組織も変わるのである。そのキャラで大会の事情は大きく変化するものである。そのことを再確認したのである。・・・私のキャラを・・・どう・・・変えようか。・・・イヤヨ・ダメダメ・・・といわれるか。
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2014/10/24

風は流れている・・・  
 今度の日曜日は『玉入れ選手権』の手伝いである。前日も頼まれたが勘弁してもらった。NPOに入って面倒なのがこういう事業の応援に駆り出されることなのである。しかし、もしこの団体に入らなかったならこの街では孤立した団体になってしまったのである。合併からの成り行きがあってこの街はこの団体が拠り所となったのである。その副理事長という立場となってしまった。チーム一つを束ねる立場から大きく変わったのである。そして期待されることが多くなっている。これから忙しくなりそうである。
 逆に言えばチームはNPO会員8百名余りのバックアップがあるということである。それは大きなサポーターがついているということである。もしコンクールで優勝し全国大会へ出場するとなったなら大きな支援をしてくれるだろう。いや、お願いする。NPOの中で子供達が入った団体は我がチームしかないのである。その活躍を見守ってくれているのである。
 チームを取り巻く環境は徐々に良くなってきている。寒くて古い練習場も3年後には新築の会場で練習が出来る様になる。これからその会合などがある。少しでも我々の活動を理解してもらって少しでも活動しやすい環境になってくれればと・・・。
 チームに20名というジュニアメンバーが在籍している。そして活発な活動をしているのである。これは望みなのだが、このタイミングでコンクールの成績が去年を超えてくれれば・・・彼らに余計なプレッシャーを与えたくはないが、成長しているチームの姿を結果で表現してくれればそれは大きな武器となる。行政は具体的な結果を重んじるのである。結果が良いのは新会場の我々の意思を後押ししてくれると思うのである。
 これからの後輩達の為にも今のメンバーは頑張ってほしい。・・・風はチームに流れている。
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2014/10/23

未知への挑戦・・・  
 ミィーティングで『昨年、初入賞をしました。もうこれからは入賞を目指すのではないです。去年の上位チームを一つでも二つでも追い越していかなければならない。そして優勝を目指していくんです。それには正確なリズム感、演奏技術、表現力・・・全てをレベルアップしなければなりません。それは全員がです。気合(声)も出せない何てのは優勝は到底無理だということです。与えられた課題を一つずつクリアする努力をしてください。それをしないで優勝をしても何の意味もありません。みんなが努力をして優勝を目指すのです・・・』
 去年まではチームは入賞を目標にしてきた。その入賞の目標をやっとやり遂げたのである。ここ数年のコンクールは昨年の上位の4チームが優勝を争っていた。それだけこの上位チームは抜きん出ているのである。今年はその中に割り込んでいきたいのである。
 今の実力ではまだ入賞を目指すレベルである。今までの練習で肩関節の動きが滑らかになっているのが見受けられるが、振りの切れ味はまだまだ足りない。気合は全くレベル以下である。口では優勝したいというが努力はまだまだ足りない。勝ちたいという欲が全く足りない。練習を消化すれば上位に入れるだろうという安易な気持ちである。この調子なら入賞が精一杯である。リーダーも休憩中にゲームに打ち込むようでは・・・。
 入賞へのプロセスは経験した。しかしこれからは優勝へのプロセスを作っていかなければならないのである。それは指導者もメンバーも未知の世界への挑戦なのである。平均年齢が一歳上がり体力も筋力も上がったとしても、去年と同じことをしていたならば同じ結論しか生まれないのである。彼らの成長はこんなものではないはずである。爆発的に変われる大きなチャンスなのである。彼らのモチベーションをどう作っていくかである。それは導く者の手腕かもしれない・・・。
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2014/10/22

いい機会がやってきた・・・  
 練習場のセンターが新しく建て替えられる。教育委員会からその会場を使っている団体に活動についての案内がきた。それは3回もテーマを変えて行われる。参加する予定である。
 チームの練習場は発足から4回会場が変わっている。それは太鼓の騒音なのである。発足時は旧砺波小学校だった。隣家のオヤジに怒鳴られ次の会場を探した。移動したのはその当時に開村した福祉村の体育館だった。そこに2〜3年いただろうか。その体育館が居住棟と繋ぐ通路が出来て、これも騒音で移動せざるを得なくなった。そして移動したのは茂世丑の旧学校の体育館となった。
 10周年を過ぎた頃から離脱するメンバーが増えていった。練習会場が遠隔地というのが最大の問題だったのである。旧町教育委員会に嘆願したのである。そして現在の文化センターへと移動したのである。
 ジリ貧となった活動はそこから変わっていった。新しい子供達が徐々に増えてきたのである。市街へ移動したことが様々なリスクを無くしたのである。中でも送迎ということが一番の問題だったのである。その大英断がこのチームを生き返らせたのである。しかし多くの迷惑を市街に移したことも忘れてはいない。今は表立った苦情は来ていないが、近くの民家やセンターの利用者には太鼓の騒音で苦痛を感じているはずである。活動が活発になればなるほどその迷惑は大きいのである。新しい会場には騒音対策もお願いしたいと思う。
 センターで一番利用しているのは我がチームである。そして一番お世話になっているのもチームなのである。大締太鼓をはじめ備品の全部を保管してもらっているのである。ここがチームの拠点なのである。この拠点を無くしてチームの存続は無いのである。
 合併してその出費は大変なこととなった。継続の模索を幾度もした。そこに集団で子供達が集まりだしたのである。それは大きな勇気となった。節制に節制をして活動を続けたのである。そこに管理運営が今のNPOになって生きを吹き返したのである。しかし財政は豊かでないギリギリの繰り越しである。
 今回の会合でスポーツ少年団との待遇の違いを言うつもりである。活動の内容は少年団とほとんど変わらないのである。いや、内容はそれを超えた活動だと思っている。そこに優遇の差が出るのは教育委員会が何も把握していないからなのである。この機会があることはチャンスかもしれない。和○連のあのアホどもが作った印象を覆したい。利害を何も考えず子供達の成長の為に活動しているチームがあることを伝えたいと思うのである。我々のチームは郷土芸能ではないことをである。
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2014/10/21

優勝へのプロローグと・・・  
 池の掃除を2年ぶりにやった。2年前の水害で池にいた10匹の鯉は2匹となってしまった。それもあって掃除も怠慢となっていた。この池の水源は湧水である。ここ2〜3年は7月が雨量が少なく涙の様な水しか出なかった。池の水は彼らの糞とヘドロで淀んだひどい状況だった。それでもその二匹は耐え忍んで生き延びている。
 はっきり言って残った二匹はブスの二匹なのである。一匹は10年位前に私が釣ってきた普通の鯉である。釣ってきた時は12〜3cmだった。今日見たその姿は40cmを超えていた。あの鯉太郎に匹敵する大魚に成長していた。もう一匹は池にいた錦鯉の中の一番のチビで一番のブスだった。白一色なのである。何でこいつが残ったかと・・・水害の後、水路の途中でバタついていた。鯉太郎2世はふさがった横断管の中でもがいていた。・・・縁があったのか。色鮮やかだったあの連中は今頃どうしているか。狭い池で買い餌で育った彼らは自然の世界で生き延びているだろうか…。
 さて、うちの鯉どもはいやメンバー達はコンクールの練習を頑張っている。頑張ってはいるが課題はいっぱいある。課題曲や自由曲のリズムは努力すれば何とか覚えられる。これまでは演奏まではいい結果となっている。それが入賞する最低の条件をクリアしたことなのである。更に上位を望むのには、そこに表現力というプラスが必要なのである。まずは第二の音源の『気合』(声)である。これに苦戦している。
 主任コーチはこれに今年の目標を持っている。この『気合』の発声を習得しなければ優勝など絶対にありえないのである。それは彼らの『恥ずかしさ』との戦いなのである。今のメンバー達はやる気は十分にあるのである。しかしクソ度胸を出す、思い切ってやるということが出来ないのである。これが上位に向かう最大のネックなのである。
 一生懸命やれば優勝できる。そんなことにはならないのである。スポーツならそれは出来るかもしれない。しかしエンターテイメントの太鼓は表現力という大切な部分があるのである。技術があっても協調性があっても肝心の表現力が無くてはならないのである。
 主任コーチが求めていることをマスターしなければ優勝などあり得ないのである。優勝へのプロローグとなる挑戦となってほしい。
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2014/10/20

鉄筒・・・  
 大小の鉄筒を一つの台にセットし滑車をストッパー付きにした。木製の台なので軽いものになった。台のウエイトが足りないか?・・・胡○が打ってどういうことになるか。明日の練習でテストをしてみる。
 この鉄筒はキャンビー公演に行く時に小締太鼓の座台を鉄工所で作る時についでに頼んだのである。鉄工所に転がっていた鉄管にボルトを付けてもらいその受け台も作ってもらった。その両方は長ネジで繋ぐと思っていた。その費用はキャンビー公演の中に繰り入れた。その時はコンクールで実際に使うとは思っていなかったのである。必要なことがあるのではないかと頼んだのである。それがコンクールの中に鉄筒が必要となりこれが活かされたのである。
 コンクールはチームの20周年の年から始まったのである。その年は異常な忙しさだった。主任コーチ達が高3の時である。20周年演奏会(農業祭)、道ジュニアコンクール、20周年記念曲、20周年式典そしてキャンビー公演と・・・それで初回のコンクールは参加を辞退したのである。キャンビー公演が最大の目標だったのである。主任コーチの世代はジュニアコンクールには出場しなかったのである。日本太鼓連盟の道西支部が誕生しコンクールを開催した年なのである。
 その翌年からコンクールに出場した。出場した中で最小の5人だった。結果は最下位だったと思う。小学生だけのチームの時もあった。成績は徐々に上がっていったが入賞とは縁が無かった。もう一歩という年が2〜3年続いた。そして去年、やっと入賞の目標にたどり着いたのである。
 合同チームで挑戦した年がある。優勝を目標にしたが準優勝だった。その翌年は低学年だけのメンバーとなり出場を断念した。あの合同チームの出場は失敗だったと思っている。あれがあって様々なシコリを作ってしまった。今で言うことではないが勝つことを意識した臨時のチームに得られ事は何もないということである。その後の弊害は想像以上だった。
 大きな勉強をしたと思っている。勝つチームを育てるのではない。人を育てることなのである。それは結局強いチームとなるはずである。一段一段、階段を上がっていく。進歩し成長し挑戦していくことなのである。そこに得られる大きなことがあると思っている。
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2014/10/19

期待しながら楽しんでいく・・・  
 昨日、湊○君が練習場に現れメンバー達と初対面を果たした。湿疹で少し哀れな姿だったが泣くことも無く始めての太鼓を経験した。どんな反応をするかと気がかりだった。太鼓が鳴り出すと身体を動かしだし腕を持ちあげた。もうバチを握っているかのようだった。子供達も赤ちゃんに興味津々である。お母さんは『太鼓に入れるから…』そして『同じ誕生日の人は?』と・・・コンクールの練習で緊張した練習場が和やかな雰囲気となった。この子の成長をみんなで見守っていく。
 一○が珍しく顔を出した。そして報告が『一年東京へ出張…』だそうだ。頑張って来い。彼が顔を出さない分、甥っ子が交代で現れる。
 『今年もイートアップで慰労会をするか?』の質問に全員が大賛成である。休憩中に予約を入れた。その日はすでに150人の予約が入っていた。まだ一月前と油断していた。希望の小上りは埋まっていて椅子席となった。それでも予約が取れてよかった。料金は消費税分が上がっていた。
 大・小の鉄筒がまだ暴れる。大と小は別々の台となっていてそれを寄せて使っている。その大改造を行うことに・・・台を一つにしてそこに2台を固定することにした。その資材を買いにホームセンターに行ったが思う様な資材が無い。適当な資材を購入してきた。まずは作ってみる。それでダメならまた改造だ。
 自由曲も佳境に入っている。コーチ達の苦心の曲はどういう風になるか楽しみである。
 コンクール挑戦はメンバー達の成長の糧なのである。勝つことも大切であり、負けることも大切なのである。その結果が全てではないのである。挑戦するその方法、その姿勢、その思い・・・どんなチームを作り、どんな演奏技術を養い、どんな演奏を披露するかである。それはいかにメンバー達を育てるかなのである。
 メンバーもチームも成長期である。どこまで成長していくか・・・期待しながら楽しんでいく。
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2014/10/17

組織は信頼・・・  
 農業祭の最終実行会の案内が来た。欠席で返事をした。後味の悪い役員の対応に怒っている。出席すればまたあの委員長は後ろ向きの話をするだろうし、事務局長はしらばっくれるだろう。彼らの無能さに呆れている。
 彼らは限界である。あとの処理をあいつはどうするつもりなのだろうか。本人は辞めたいのである。しかし批判の嵐の中で辞め方が解らないのである。そういう状況になったのは自業自得といえる。
 ろくな挨拶もできない奴が会合があるごとに自分は賢いという様に知識を見せびらかすのである。それはほとんどが他人がやっていることのオウム返しなのである。自分の発想ではないのである。能力も無いのに親分でいたいのである。
 農業祭をけん引していたのは前事務局長と実行部隊なのである。今年はその片肺を失ったのである。代わりの事務局長は自分の感情もコントロールできないそして実践で右往左往するどうしようもない奴だった。肝心の二役が祭りの足を引っ張っているのである。それでも祭りは盛会に行われた。それは各担当がしっかりと仕事をしていたからである。
 祭りはそれに参加する人達の思いが一つになることなのである。それにはトップが信頼されなければならないのである。町内には観光協会の役員が何人かいるはずである。何故?彼らを集めて対応策を考えないのかと思うのである。能力のあるトップならトップダウンが出来るかもしれないが彼にはそんな能力は無いのである。それには知恵を寄せ合うしかないのである。そしてこの祭りに必要な人事を彼らが中心になって模索しなければならないのである。
 この祭りを止めたのならば、それこそあの男は街中の人達から批判を浴びるのである。NPOに事務局の依頼に来て講釈をぶちまけたと聞いた。理事長に『引き受けてはだめだ。』といった。彼らは観光協会の人間なのである。その役員の話し合いも無く彼は一人で動いているのである。組織活動は信頼なのである。祭りだって一緒である。信頼が無い役員でどうして祭りが盛り上がるかである。観光協会の役員の奮起に期待する。
 チームのボスは私である。小学生だろうが私の顔色を窺って活動はしていない。私からはチームの方針や目標、計画を伝えることである。しかし『こうでいいですか。』『こうしたい。』という報告や相談が来る。その内容は彼らと相談しながら決めている。このチームは私のチームでありメンバー達のチームなのである。みんなが楽しんで活動しなければこのチームの意義は無いのである。・・・祭りも同じである。
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2014/10/15

通過点・・・  
『風邪に気を付けろ!』と言っていた本人が夕方から鼻水が・・・練習中もボックスティッシュを横に置いて・・・帰宅して風邪薬を飲んだ。この時期は毎年の様に風邪をひく。3年前は咳が2ヶ月も止まらず検査を幾度もやったが異常は見当たらなかった。今年は回避したいと思った矢先である。鼻水ぐらいで終わらせたい。
 昨日、玲○が『大豊作で…』と言って椎茸をいっぱい持ってきてくれた。早速、バター焼きで食った。美味かった。これで風邪予防だ・・・。
 昨日・今日の練習に連絡も無く休んだ兄弟がいる。心配している。小学生二人の兄弟で練習を休むのはコンクールには致命傷である。本番の出演は彼らの技量では無理かもしれない。しかし、一緒に練習をして、そして一緒に慰労会にも出て仲間意識を築いてほしいのである。彼らは何年か後にはコンクールの主要なメンバーとなるのである。
 人は変わるのである・・・『あいつはダメだ!』という指導者は失格なのである。それはその子を導けない指導者ということである。無能な指導者ということである。
 リーダーとなった太○もちょっと前までは???だった。それがいつの間にか頼りになるプレーヤーとリーダーに成長した。主任コーチも、あの学生の頃の性格では指導者とは???・・・人は変われるということである。
 才能などはほんのちっぽけなことなのである。太鼓が好きなこと、そして上達したいという意欲こそ才能なのである。我々がやることはそういう意欲を持たせる環境にしていくことなのである。今のメンバーは全員が素晴らしいプレーヤーになる。そう思って彼らと付き合っている。
 我が子のことを親が判断してはならいと思うのである。『うちの子は・・・』そんなことを言っていたなら彼らの本当の才能は開花しない。彼らが真剣に打ち込むことを後押しして彼らの才能は開花するのである。決して他人と比べないことである。それは今の彼らの通過点に過ぎないからである。

 
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2014/10/14

輝いた活動に・・・  
 台風の影響はほとんどなかった。多少の雨が降ったぐらいだ。しかし急激に気温が下がった。毎年この時期に風邪をひいているのである。今日の練習場の暖房は一台を最後まで入れていた。室内は乾燥していた。咽喉があやしい。帰宅して加湿器を掃除し早速入れた。もちろん暖房も・・・こういう時期が要注意である。風邪で何人かが練習を休んだ。
 自由曲に入っている。主任コーチは自由曲を毎年変えている。今年の曲のチョイスは『絶世』と『四季』からである。私には懐かしいリズムである。
 『絶世』のリズムの時には全国大会へ行ったことや万字線廃線の時の演奏を思い出す。『四季』のリズムの時は開基百年の練習や祝賀会・キャンビーの演奏を思い出す。この懐かしい…いや…我々ロートル達の輝かしかった時代のリズムが、今の世代でリニューアルされてコンクール曲に活用されるのである。それがとてもうれしく思う。そしてそれだけ活用できるオリジナル曲を創ってくれた先生に感謝したい・・・。
 チームを継続させ成長させていくのは演奏曲を増やしていくことではないのである。今のメンバーではオリジナル曲は2〜3曲しか演奏できないのである。それは今の活動がそういう事情の中で活動をしているからである。20周年の時はキャンビー公演という目標があって全曲を彼らにマスターさせた。しかし今の現状はそうではない。単独公演をする機会も目標も無いのである。今の彼らの目標は独自のソロ曲創作でありコンクールへの挑戦なのである。それがメンバー達の現実なのである。・・・いや、そういう目標を持たせているのである。
 社会は変化している。その中でメンバー達がやりたいことを、冒険出来ることを模索していきたい。それはチームの為ではないのである。今のメンバー達が輝けることをである。我々ロートル達もその時代で輝いていた。今のメンバー達も今の時代で輝いてほしい・・・。 
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