2014/11/30

大変身の大チャンス・・・  
 町内会の総会があって来年は会長を務めることになった。これは順番なのである。みんなの総意となるといつも同じ人間となることが多い。それで持ち回りとなっているのである。田舎だから出来ることなのである。しかし来年はまた一仕事増えた。明日は町会の監査である。
 コンクールが終わって一番心配していたのは結果に落胆して意欲を無くされることだった。しかしそれは全く逆だった。むしろ更に意欲を増していた。『悔しい!』という気持ちを持ったのである。自分の弱さを知りそれを乗り越える目標を持ったのである。この気持が生まれたことはすごいことなのである。それこそ大爆発するターニングポイントである。
 今のメンバー達が弾けるシュチュエーションがなかなか取れない。コンクールだって一年に5分でしかない。それもワンチャンスである。農業祭や新年初打ちなど彼らが演奏するチャンスが毎年限られている。これはチームの方針であり社会の状況なのである。しかしその中で彼らを変えていかなければならないのである。それは練習しかないのである。
 太鼓を中心にした出演回数の多い活動のチームはやはり強いのである。それはステージ慣れをして度胸も付くのである。・・・キャンビー世代がその経験をした後の彼らのステージはずば抜けていた。帰国後の空知の演奏会は圧巻だった。自信に満ち溢れ余裕の心でステージに上っていた。今の子供達とそれを比べることは出来ない。それだけ大きな事業を組んで彼らを送り込めれない実情がある。しかしそれだけ窮地の経験を積むことが子供達の心を変えていけるのである。
 今年のコンクールはそんな一つの経験だった。みんな自信を持ってステージに上がったはずである。しかし一つの心を崩すことが彼らの演奏に狂いを生じさせたのである。それを彼らは解ったのである。私が指摘しなくても自分で思ったと思う。彼らが望んでいるのは、自分の心の弱さを脱したい気持ちである。それが作れたことが大きいのである。・・・彼らが大変身する大チャンスである。大きく大きく育ってほしい。
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2014/11/29

やさしさと強さ・・・  
 テストが終わってコンクールに出場したメンバーが全員集まった。メンバーのお祖父ちゃんが撮影してくれたDVDが出来上がってきてみんなに配った。そして主任コーチからコンクールの成績と審査員の講評をみんなにつげた。みんな神妙に聞き入っていた。
 そして私に感想を聞かれた。胸を叩いて『ここを鍛えなきゃなあ!。度胸が足りない。太鼓が台車に乗っていなかった位で動揺する様ではな。練習の演奏をそのままやればそこそこの成績を取れたと思う。みんなは部活優先で太鼓をやっているのだからステージも年に数度しかない。ステージ経験でステージ度胸を作れない。それなら練習で作るしかない。』腹に手を当てて『まずは気合だ。腹筋にぐっと力を入れるんだ。そうすると横隔膜で肺を押してくれるんだ。』そして声を出す。『エイ!』『いいかこれだ。まずはこれを覚えろ。』メンバーに向かって大きな気合を入れる。『オーオーオリャ!!』『この気合を出せる様になったら強い気持ちになれる。度胸がつく。』『少しのことで平常心を無くしていてはならない。そんな心を作れ。』・・・みんな聞き入っていた。中にはうなずく者もいた。みんなリベンジしたいのである。
 はっきりと彼らの最大の弱点を言った。そしてそれを抜け出す方法も言った。
 その後の練習はコンクールの練習より熱が入っていた。二班に分かれて一班は基本からもう一班はソロ演奏の連打を時間を決めて連続である。そして気合も入れ通しである。みんなくたくたになっている。
 休憩の一服をして会場に戻ると腹筋や腕立て伏せを全員でやっているのである。リーダーの指示である。それでもみんな笑顔である。
 自慢のメンバー達は素直でとても優しい子ばかりである。しかし挫ける子であってはならないのである。物に動じない強い心も持ってほしいのである。優しさと強さ・・・その両方を持った幅の広い心の持ち主になってほしいと思うのである。
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2014/11/28

ピカピカの一年生が・・・  
 ある雑誌に子供達との活動を載せたいとインタビューを受けた。その原稿がメールで届いた。チェックして送り返す。ある宗教団体の全国紙なのだが私が入信している訳ではない。母親が熱心で送迎などで教師の人とたまたま知り合い太鼓の活動の話が出て『是非紹介したい。』となったのである。・・・これも親孝行である。
 今回のコンクール、開会式を見ると寂しさを感じた。過去はステージいっぱいに子供達が並んでいた。出場数が減りそして出場する子供達の数が減っている。数人のチームが何組にもなった。このままだと更に出場チームが減っていくのではないかと心配する。
 幸いに我がチームは選抜する位のチーム人数になった。しかしこの先のことを考えたならば安心感は何もない。子供は間違いなく少なくなっていくのである。その中でどうやって子供達の気持ちを太鼓に向かわせるかである。
 過去のコンクールは出場チームの最少人数をずっと続けていた。出場数の多いチームをうらやましく見ていた。しかし今は15名枠を満たすのは我がチームでしかないのである。その時には選抜する様なチームになろうとは想像すら出来なかった。
 子供達が増えてきたのは練習会場を今の会場に移してからである。そして更に増えたのは20周年を過ぎた頃からである。その時期、チームに何が起こったかである。それまでの後ろ向きだった方針から積極的な方針に変えたのである。農業祭の大仮装盆踊り大会の主催、姉妹都市公演・・・それは逆に前向きでない大人達がついてこれないことにもなった。もしあの時何も変化させなかったならその後のチームはどうなっていたかは解らない。その頃の管内の他のチームは活動は活発だった。我々はぎりぎりでそれを乗り越えたのである。
 その頃ブームになったよさこいチームに『これからはよさこいだよ!。』と侮辱的に言われた。あの悔しさは忘れられない。
 子供達が『魅力』と思うチームにしなければならない。その保護者が『是非預けたい』と思う活動でなければならない。教育委員会や街の人達が地域に必要な組織だと思ってくれなければならない。そういうチームになることがこれからも元気なメンバーが集まってくる条件だと思うのである。
 来春ピカピカの1年生が一人・・・一緒に頑張るか。
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2014/11/27

強い絆に・・・  
 去年の慰労会に出てくれなかった親子が今年は参加してくれた。少し強引ぎみに誘ったところがある。チームの中では幼い兄弟でコンクールに選抜されるまでのレベルではない。親としては遠慮していることもあったかもしれない。しかしそれが二人がチームに打ち解けれないでいると思っていた。それは親と我々との距離もである。
 初めてメンバー達と兄弟は一緒にはしゃいだのである。それは昨日の練習でそれまでの彼らと雰囲気がまるで変ったのである。練習前の遊びの時間、下の子はいつも一人遊びだった。それがみんなの中で一緒に遊び始めたのである。少しは心が解き放たれたのではないかと思う。
 お父さんと同じ席となり話も出来た。チームの雰囲気や我々の考えも理解してくれたかと思っている。それは子供達の表情を見て理解できる。3番目の弟に『お前も太鼓へ入れ!』と我が子へ勧誘である。
 新米ママが湊○君を連れて応援に来てくれた。この子は親孝行だ。一度も泣くことも無く上機嫌である。やっと彼を抱きかかえれた。しかし『ジ〜ジだよ!』はないだろう・・・。
 コンクールが終わった後、ロビーにいると思いがけない人達と顔を合わせた。殆どはメンバーの家族達である。お祖父ちゃんやおばあちゃん達・・・入賞も出来なかったがみんな笑顔だった。救われる気持ちだった。一生懸命に打ち込めることがどんなに大切かを解ってくれているのである。
 良い成績となればみんな喜んでくれるはずである。しかし、そうならなかった。それでも家族達は我々の後押しをしてくれる。批判するのではなく応援をしてくれる。それはとてもうれしいのである。その気持ちはきっと我が子にも届いているはずである。
 このチームはやさしさと思いやりに満ち溢れた人達に見守れている。それがこのチームの強い絆である。そんな中で育つ子供達はきっと立派な大人に成長してくれると信じている。
 
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2014/11/26

一から出直し・・・  
 コンクールが終わっての最初の練習日である。中学生は明日からテストで休んだ者が多かった。参加した者も早上りしていった。コンクールのショックが無いかと心配していたが、それは逆だった。コーチもメンバーもリベンジに燃えている。さっそく今日の練習から来年のコンクールを見越して基本からやり直しである。テスト前でありながら中学生の数名が顔を出した。それは悔しさの表れである。去年の入賞で甘い考えを持ったところがあったのである。そして今年のコンクールで自分達の不甲斐なさを思い知ったのである。
 主任コーチが一番悔しさを持っている。強いチームにしたい、してやりたいと思っている。彼らを頼もしいプレーヤーに進化させたいと思っている。その気持ちはメンバー達に伝わっている。そして今年の失敗を彼らが自分で解っている。もっともっと練習をしてもっともっと強い自分達になりたいと思っているのである。・・・大きく変われるターニングポイントになるかもしれない。
 後半に残ったのは高校生二人と小学生一人だった。そこにコーチ二人と延々のソロ演奏を繰り返していた。音を上げたのはコーチ達だったが最後まで付き合っていた。『明日は筋肉痛だ・・・』と言いながら彼らとの練習を楽しんでいた。こういう練習がシーズンオフの冬期間にあれば見違えるようなプレーヤーが育ってくれそうだ。
 負けることも勝つ為に必要なことなのかもしれない。あの中途半端な状態で良い成績を取ってしまったならむしろ悲惨だったかもしれない。太鼓の神様は『また出直して来い!』と言っているのである。
 一番、お調子に乗っていたのは私だったかもしれない。また彼らと一から出直しである。
 
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2014/11/25

発展途上・・・  
 町長室に挨拶に行った時、山田町長から子供達の教育に感謝された。ジュニア部を立ち上げて間もない頃である。『なかなか上達させられなくて・・・』と答えた。『いや高○さん、あのステージに上げることが大切なんです・・・』と言ってくれた。15名枠にこだわっているのはその言葉があるからである。一人でも多くステージ経験をさせたいのである。勝負を考えたならそうはならなくなる。
 春に入った子が今回選抜された。まだ半年の経験しかない。慰労会で『緊張したか?』と聞くと『すごく緊張した。』・・『バレーとどっちが緊張した?』『断然、太鼓…』と解放されたニコニコ顔で答えた。
 去年選抜から外れて初出場となった小6の男子は演奏が終わった礼の後、太鼓の前でただ立ち尽くしていた。『おい!おい!』と二度声をかけたが身動きが出来ないでいた。彼にとってはとんでもない冒険をしたのである。選抜される前に『最後までやり遂げるな?』・『やります!』という約束はしっかり果たしてくれた。
 今年の演奏曲は最初から最後まで全員が打ち続ける。それは5分間の長い時間を集中し続けることなのである。それは彼らにすごいプレッシャーとなった。結果はともかく全員がそれをやり遂げた。それは間違いなく何かを得たはずである。
 演奏後、一人泣いていた子がいる。センターを務めた女の子である。その涙は達成感の涙ではない。悔しさの涙である。『悔しいか?』・『はい』・『来年リベンジするぞ!』・『やります!』・・・泣くぐらい悔しい思いを持った子が一人いた・・・救いである。
 全員が泣く位の悔しさを持つ、そんなチームを作らなければ全国など夢の夢である。チームはまだ発展途上である。
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2014/11/24

布団に入りながら・・・  
 コーチ達は来年を見越して全員の演奏技術と気合の2点を重点にして取り組んだ。演奏技術はしっかりと両足で踏ん張り体軸を安定したフォームにする。それが肩を支点とした振りを作っていくのである。一つ目の目標のこの技術はコンクールの練習前はほとんどのメンバーが出来ていなかった。基本練習をしっかりとやり続けたのである。その成果はコンクールの2週間前からようやく見られる様になった。腕の振りに鞭の様なしなやかさが見え出した。去年の『腕を上げろ』という動作ではなく、大きな弧を描いた運動としての進化である。これが狙いである。これが出来たことはとても大きな成長である。
 コーチ達の世代からこの運動を目標にさせてきた。理にかなった運動が出来るフォームと振りである。スキーの指導員時代で学んだ運動理論を優秀なプレーヤーを参考にして彼らをモルモットにして築いてきた。その技術をメンバー全員が習得することが目標だったのである。
 これからもこの技術は栗沢太鼓の基本となると思う。しかし基本からの発展はこれからである。コーチ達・メンバー達がこの基本を土台にして様々な動きを取り入れていってほしいと思う。新たな表現力を作っていってほしい。
 もう一つの『気合』(声)である。『これが出来ないと優勝など無理だ!』とはっぱを掛けたが全く出来ないで本番に向かった。・・・これが全てかもしれない。我々もコーチ達も簡単に発声できるからとその教えることをないがしろにしてきた。
 夕べ、ベットに入ってそのことを考え続けた。これまでその発声方法を具体的に教えたことはない。布団に入りながら腹式呼吸がどういうものかを考えた。実際に腹筋に力を入れたり横隔膜を意識したり息の吐きかた・・・それは空手の練習の腹筋を使っての呼吸方法からかもしれない・・・。そこから教えていかなければならないのではないかと思った。『腹から声を出せ!』では誰も出来ないのである。彼らが思春期で恥ずかしいという判断は間違いなのである。一から考えたい。そしてその習得方法を模索していく。
 彼らが本番で舞い上がったのは彼らだけのせいではないのだ。我々の指導の未熟さを認めなければならないのである。そしてまた新たな気持ちで挑戦である。
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2014/11/23

強い気持ち・・・  
 いい仕上がりを見せて期待していたが・・・その本番は心ここに無い様な演奏だった。あれ程の練習をしてきたが全く余裕が無かった。演奏後は全員が落胆していた。去年の演奏後とはまるで違っていた。練習の演奏が出来なかったのである。何が原因だったのか。期待に潰されたのか。演奏前、滑車台のセットに手間取った。それが焦りを招いたのか。・・・審査員の講評の中に『表情が暗い…』と書いた人がいる。それが物語っている。練習の自信満々の顔とは全く違っていたのである。彼らはまだまだ未熟だった。もっともっと強い心を築かなければならない。
 本番までのプロセスは満点だった。それが弱さを隠していたかもしれない。油断だった。確かに彼らのステージ経験は少ないのである。中には一度の経験でコンクールに向かったのである。太鼓歴が去年からという者が何人もいるのである。そして演奏経験が数度ではステージ度胸は育たない。演奏技術は少しは様になってきたがまだまだである。気合の発声は一から作り直さなければならない。・・・彼らは本番に打ち砕かれた。この悔しさをリベンジしなければならない。
 スキーの指導員時代、町の子は市内の子と比べるとおとなしかった。素直で講習はやりやすかった。言い換えれば田舎の子なのである。それは内弁慶の子が多く育ってしまうのである。それに比べて市内の子は様々な個性の子がいた。多くの人と接し悪く言えば擦れた子が多いのである。環境が性格にも影響を及ぼすのである。
 この経験は彼らの大切な勉強なのである。コンクールに挑戦するとはそういうことなのである。勝つことが全てでは無いのである。こんなことに挫けずまた挑戦する。この失敗は次の糧なのである。何を直し何を強くしていくか。それが次の指針になるはずである。
 『悔しい!』という気持ちをもっともっと持って強い気持ちが育ってほしいと思う。
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2014/11/22

素晴らしい挑戦である。  
 コンクールの練習が始まる最初の日にメンバー達にこう告げた。『去年は念願の初入賞をしました。その成績に満足せずに今年はその成績以上の成績に挑戦してください。』と。
 初入賞は彼らに自信を植え付けそして欲も生まれた。今年の練習にはそれがよく見えた。真剣にコーチのアドバイスに聞き入っていた。今年の曲は身体には大きな負担となったはずである。それでも誰からも愚痴や不満など聞かれなかった。それだけみんな強くなったのである。
 チームの目標は毎年の様に上位を占める4チームにいかに近づきそして超えていくかである。少なくとも今年はその1〜2チームを実力で超えたい。そういう意識を全員が持ってほしかった。それが生まれなかったならそれ以上の成績は生まれないのである。
 最後の練習の一曲に何人かが間違った。しかしそれは我々なら見抜けたが普通の人なら見抜けないと思う。それだけ素早く修正して見せたのである。そういうレベルに成長したのである。
  最後の練習を終えてそして太鼓を積み込んだ。その作業はあっという間に終わった。その後、彼らははしゃいでいた。まるで優勝したかのような様子だった。それだけこの練習は彼らに大きな自信を植え付けたのである。
 今年の15人の中には4月から入った新人もいれば小学生もいる。そして出場出来ない5名がいる。20名全員が最後まで練習に参加した。選抜されなかった子も一緒に同じ思いを持ってやってくれた。それがとてもうれしい。・・・みんな上手になった。
 明日は自信を持って演奏してほしい。彼らの本番が楽しみでならない。素晴らしいコンクールの挑戦である。
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2014/11/21

太鼓を貰ったが・・・  
 前会長が『太鼓を貰った。』と持ってきた。それがとんでもないガラクタで太鼓屋でレストアしなければ全く使い物にならない代物である。戦前か?戦後か?そんな品物である。使える様にするのには10数万円以上は掛かるだろう。そして使い物になるのかも疑問である。太鼓はあっていいのだが費用が掛かるのでは足手まといとなる。今のチームにはそんな余裕はないのである。ガレージにそれはあるが・・・どうしたものか。
 チームの立ち上げの時、各町内会の神社にある太鼓を借りてきた。それらの太鼓は楽器としての太鼓ではないのである。神社の神儀に使うだけの代物なのである。材質も雑木でただ音が鳴るだけの代物だったのである。この太鼓も同じ様な物である。借りてきた太鼓のほとんどは皮を張り替えて返すことになったのである。数十万円の費用が掛かった。
 今使っている1.5尺の6台の片面は2〜3年位しかもたないと思っている。その時にはまとまった費用が掛かる。積立金はそれを見越している。単年度の予算は運転するだけでやっとである。3年後には新しい文化センターが我々の練習場になる。(そうなる様に頑張っている。)新しい施設になれば利用料も上がるだろう。そのことも出来るだけ少ない額にと・・・。メンバー達の会費を上げないで現状でやれるように努力したい。
 教育委員会の担当者に子供達がのびのびと太鼓をやっている姿を見せることが出来た。それは言葉だけでなく現実を見てもらったのである。それが大きいと思っている。それも運よくコンクール間近で仕上がった時期だった。彼らは我々を見捨てる様なことはしないはずである。いや…より我々の活動を支援してくれると信じている。それでなかったなら本当にこの市の行政を信じることは出来ない。
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2014/11/20

苦労して苦労して・・・  
 このコンクールの練習は彼らをどう成長させたかである。技術的なことを言えば、女課長の『すごい体幹ですね。』という感想の様にしっかり足の裏で踏ん張って体軸がぶれないフォームとなった。しかし全員が理想のフォームとは言えない。まだまだ進歩する可能性がある。
 ぶれなくなったフォームは肩が支点の運動となった。そして使えなかった手首を使える様になっている。それは太鼓を打ちこむことに繋がるのである。これもまだまだ可能性がある。
 コーチ達がほんの些細なところまで指摘するようになった。それは大きな課題が少しづつ解消して来たからである。しかし彼らの能力がもっと上がれば要求することはもっともっとあるのである。それは更に高い次元の演奏曲が出来るのである。
 元々あるチームワークも深まったかもしれない。しかし手を抜く子や集中できない子も見受ける。もっともっと心を強くしていかなければならない。これでは優勝するチームには程遠い。こんな中途半端で変な結果はほしくない。全メンバーが優勝をもぎ取るという意識を持てる心に成長してほしい。そして苦労して苦労して目標に向かってくれればと思う。それを望んでいる。
 今の彼らでやれることはやってきた。いや、想像以上のチームになったかもしれない。しかしまだまだ発展途上である。メンバー達の可能性はこんなものではないと思っている。
 見学した人達は驚いていた。しかしそれは審査とは全く違うのである。審査員が驚かなければ優勝などないのである。私もコーチ達もすごいチームを見てきている。そんなチームと比べればまだまだ足りないことが多いのである。しかし、今のレベルでこれだけのチームが作れたことは立派だと思う。コーチ達・メンバー達の努力に感謝している。そして・・・とんでもないことをやらかす夢が現実に向かっている。
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2014/11/19

発想は無限・・・  
 今日がコンクールの最後の練習といっていいかもしれない。前日にもあるが確認作業の調整で終わる。実質の最後の練習日である。そして父兄達への披露の日とした。
 連日となり疲れた顔をしている者もいる。手が上がり切れなかったり腕が張っている者も・・・父兄達は驚きの感想を持ったようである。『今年の曲は全員が最初から最後まで打ち続けるのできついです…』と説明する。初めて太鼓演奏を見た父兄は相当に驚いていた。
 本番まで3日間の休養がある。体調を整えて前日にチェックしていよいよ大勝負である。
 長い期間、コンクールに向かってのきつい練習が続いた。一人も泣き言を言わず最後まで頑張ってくれた。そして父兄達も送迎に協力してくれた。出場する子も出来ない子も全員が一緒になって練習してきた。昨日の市の職員や今日の父兄達もメンバー達の演奏に驚いていた。ここまでの挑戦するプロセスは満点である。私の求めていることを彼らは全てやってくれた。これからの本番は満点にプラスする部分である。それが120点にも、150点にも・・・その可能性を感じる。
 コンクールの挑戦は我々もコーチ達もそして子供達も成長させているのである。消化する事業ではなく挑戦する事業なのである。参加することに意義があるのではなく挑戦することに意義があるのである。そういうチームになってくれたことがうれしい。
 組織は前を向かはなければ成長は無いのである。その前に向く姿勢が意欲的な子供達を育てるのである。コーチ達もメンバー達もごく普通の人間である。しかし、目的を持ち意欲を持ったならば人はとんでもないこともやらかすのである。才能があるからで人は育たない。権力で人など育つはずはないのである。
 教育委員会の職員が我々の活動の一端を見ていった。それは彼らに新しい意識を持たせたと思っている。上辺だけでその実態は知れないということをである。『太鼓』と名がつけば郷土芸能と分別するその姿勢を変えさせなければならないのである。その発信を我がチームがやっていく。
 太鼓をやる活動は無限の可能性を秘めているのである。運動会の演奏から海外公演まで・・・発想は無限にある。
 
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2014/11/18

女課長・・・  
 2回目のワークショップとコンクールの練習日と重なった。教育委員会に知ってもらう大チャンスとなった。ワークショップの途中から太鼓の音が鳴り出した。
 今日の課題は『活動が継続できる条件』である。残念だったのは代表者の出席が少なかったことである。急遽、前回の3班から2班に減らして討議を行った。そして旧役場職員が講釈を言いだし進行を妨げた。市の用意した住民からの意見の吸い上げの邪魔である。相変わらず上から目線のバカ者である。
 チームが継続する為にお願いすることを全て話している。会場のスペースと太鼓の保管そして出し入れしやすいことをである。そして使用料を今の様な時間単位にしてくれることと定期に使用できることである。
 もう一つの議題は幼稚園が隣接するならばどんな関わり合いが出来るか?ということだった。『我々は沢山の太鼓を持っています。その太鼓は自由に使ってもらって構いません。そして必要とならば指導にも手助けできるかもしれません…。』その話に一番飛びついたのが女課長だった。
 前回と同じ様に話し合った内容を班で発表した。今回も私が担当した。
 会合が終わった最後に『栗沢太鼓ですが、今週末にコンクールがあります。その練習をやっていますので是非見学していってください。子供達の励みになります。お願いします。』と・・・そしてまた飛びついたのがその課長だった。
 会合が終わって最初は街の人達数名が・・・片付けが終わって課長と職員そしてコンサルタント会社の職員も見学に来た。演奏を見てすぐに『体幹がすごい!』という感想を言った。この人は普通の人と違い運動を見れる人だと感じた。
 大締太鼓の大きさに驚いていた。『この太鼓を打てるのですか?』・・『中学生達のほとんどは打ち込めます。』・・・『ジュニアチームを立ち上げて29年になりますが、今が最大の人数になりました。それは部活を最優先とし会費以外の費用を徴収しないからです。』『この子達は全員がソロ演奏します。』驚いた顔をして『どのくらいの練習でですか?』・・『最短の子は4ヶ月でやりました。』・・『それはすごい指導力ですね。』・・『それは違いますよ。彼らがやる気を持っているからです。』・・・コンクールの演奏を聴いて『この演奏を子供達に見せたい!』彼女はそういう感想を言った。
 街の人達は充分に我々の活動を理解している。話のそこそこに我々の活動の後押しをしてくれていた。今回は力まないで話した。それはバックミュージックに太鼓の音があったからである。そしてメンバー達の演奏である。
 市職員やコンサルタント会社の職員にはすごいインパクトを与えた。変われるそして変えていけるチャンスである。これまでの市内が作った太鼓というイメージを我々が払拭させたい。純粋でそしてとんでもないことをやらかす…それが我々のチームである。彼らはその一部を見ていったのである。その全てを知ったなら度肝を抜かすだろう。
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2014/11/17

伸び伸びと太鼓を・・・  
 ジュニア部を立ち上げて29年が経った。そのジュニア部の人数が今までの最大の20名となった。コンクールに選抜しなければならないことになるとは夢にも思わなかったことである。どうしてこんなに子供達が集まって来たのか・・・それは偶然なのか?・・・いやそうだとは思わない。昨年から4人の中学生達がチームに入ってきた。彼らは太鼓に憧れていたのである。親に嘆願してようやく許可を取って入ってきたのである。彼らはチームに太鼓に魅力を感じていたのである。これからまた新しい子供達が入って来るかは全く解らない。しかし少なくとも彼らに魅力となる活動を我々は求めていかなければならないと思っている。
 太鼓の演奏する姿が彼らに格好よく憧れとならなければならない。そして彼らが活動できる環境を作ってやらなければならない。その二つがこれからも集まって来る条件だと思っている。
 今は小学生が少ないが部活と共存できると解れば上級生達が入ってくるケースが増えるだろう。しかし地域は広範囲である。どうしても送迎という負担がある。親の理解が無いと活動は出来ないのである。
 『私も入りたいんだけど親が許してくれないんです。』と言ってきた子がいた。もう少し相談にのってやればと反省している。何か手助けが出来たかもしれない。
 新しいことが始まるとブームになることがある。このチームも立ち上げた時、次々に青年達が集まってきた。よさこいチームが出来た時も人がすぐに集まった。しかしブームは時間と共に去っていく。青年達は去り、よさこいも人は去っていった。よさこいチームは解散したが、我々のチームは苦しい状況を幾度も乗り越えて今がある。その差は何だったかである。それは与えられるか開拓していくかの差である。我々は苦しい時も決して守りに入らなかった。新しい模索を絶えずしてきたのである。その精神は後輩達も受け継いでいる。この気持が継続していくならばこのチームに挑戦する子がやってくると信じる。
 我々のチームは絶えず前に向かうことである。そこに魅力が生まれるのである。元気な子供達は元気なことをやりたいのである。そんな彼らに伸び伸びと太鼓を打たせたいと思う。
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2014/11/16

我々の文化・・・  
 管内の太鼓団体で農業祭の『大仮装盆踊り大会』のような主管する事業をやっているのは我々のチーム位である。演奏会等はやるチームは沢山あるがそういう発想を持ったチームは管内では聞いたことが無い。殆どは演奏で参加することぐらいである。そしてチームで発想して海外公演を独自でやったチームも無い。管内で海外公演をしたチームはもう一チームあるが彼らが発想したものではない。キャンビー公演は当時の中・高校生達と何年もかけて1時間以上のプログラムを完成させて実行できたのである。そんな大冒険をやったチームは我々ぐらいである。
 自分達で発想し考え夢を持つ、それが我々の文化である。数年前の小6のメンバー達が担任の先生を引き連れて『運動会で太鼓を打ちたい!』と…そして今年は中学生達が『学校祭で太鼓を打ちたい!』と言ってきたのである。それらは自分達が思う気持ちを実現させたいと行動してできたことである。私達が彼らに与えた目標ではないのである。
 小学校の運動会での演奏はその後の後輩達の大きな目標となったのである。それは先輩達が築いた後輩達への置き土産となった。そしてその演奏を見て太鼓に憧れてチームにやってきた子もいる。あの大やぐらで、或は演奏会を見て・・・。彼らが憧れてやってきて、そこに彼らの求めるものが無かったならこのチームに20人の子供達は集まらないはずである。
 コンクールの挑戦も彼らの目標なのである。我々が強制している訳ではない。彼らが求めていることなのである。今年の結果はともかく彼らは間違いなく成長していくのである。
 我々が築いてきた自分の夢・チームの夢を持ち行動し挑戦するその姿である。それが今のメンバー達に受け継がれているのである。その心を持ってもっともっとたくましくなってほしいと思う。

 
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