2015/2/28

さようならコンサート  
 チームを去る雅○と裕○の最後の練習日は彼らの『さようならコンサート』を行った。男子組と女子組の2チームにして二人にセンターを務めてもらった。基本練習の後はその練習に当てて8:00から開始し各2度演奏をすることにした。演奏曲はともに『雄飛』である。
 開始まもなく知らないおじさんが会場に入ってきた。誰?・・・そして裕○のお父さんとお母さんが現れた。その頃は男子の1回目の演奏だった。・・・みんな力がついてきた。そして女子組である。
 去年の今頃である。裕○はこのチームに入ってきた。お父さんが挨拶に来て福島での様子を聞かされた。自宅は第一原発から20km圏内で『もう戻れない』と・・・元気が無かった。しかし裕○はいつも笑顔で明るかった。仲の良い同級生に教えてもらいながら彼女の演奏は上達していった。農業祭では『雄飛』のソロデビューをし、これまでの最短時間を更新した。ジュニアコンクールにも選抜され『今までに経験の無い緊張をした!』という感想を言っていた。
 その子にお土産として最後のプレッシャーを与えた。センターという大役である。恥じらいながらだったがその役目をしっかりやり遂げた。その姿をお母さんは撮影していた。
 あの災害から4年を栗沢の町で暮らしたことになる。友人が何人も出来てチームでも貴重なメンバーとなった。彼女には『新しい環境に慣れて新しい友人を沢山作ってください。メンバーのことはホームページを見てくれればまた会えます。頑張ってね!』・・・メンバー達と記念撮影を繰り返していた。
 後半に残った雅○とメンバーで過去の映像を見てみんなで大笑いとなった。彼やリーダー達の幼い頃の練習風景や活動の様子を今のメンバー達が興味深く見ていた。こういう記録をこまめにとって来たことが活かされるのである。新しいソロを習得する女子組に過去の映像を見せてそれぞれの目標を与えた。
 『さようならコンサート』に涙はなかった。むしろ新しいことへの飛躍するけじめになったかもしれない。・・・ところであのおじさんは誰だったのだろうか?
 
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2015/2/27

過去の映像・・・  
 4月から施設で使うPCをリース会社と打ち合わせをした。NPOのホームページのメインサーバーとなるPCはある程度のスペックがほしいと要望をしていた。少なくてもマイPCの能力と同じ以上の能力はほしかった。そして作成ソフトも同じソフトを入れてほしかった。担当者と打ち合わせをしてマイPCと同じメーカー・能力で見積もりをお願いした。
 最新のOSのこの8.1に少しずつだが慣れだしている。去年の今頃に新規購入して一年になるが、まだXPからの移行が上手くいっていない。一眼カメラからはまだこのPCに直接入れられないでいる。そのソフトが入っていないからである。PCもカメラも一世代前の物件である。いきなりPCだけが最新版になってしまったのである。
 ビデオもアナログからデジタルに移行できないでいる。練習場のAVはブラウン管のテレビデオである。父兄が撮影してくれた映像はブルーレイディスクだった。このPCはDVDドライブで慌てて外付けのブルーレードライブを購入した。時代の変化についていけないでいる。
 携帯もスマホになっているが、今だ・・・なんだったっけガラパゴスというのか・・それである。これにはあまり興味がない。ほしいのはタブレットPC・・・演奏を撮影してすぐに見せて指示できる。
 このチームはまだアナログから脱皮できないでいるがAVを上手く活用して活動していると思っている。発足当時の映像は無いが、その数年後から映像でも記録が残っている。これが大切なのである。この過去の映像で『栗沢の四季』を復活させることが出来た。それが姉妹都市への遠征となったのである。
 映像で今のメンバー達を育てる。過去の映像にある演奏を今のメンバーへ伝承し、それを活用して創造していく。それは先輩達が残した後輩達へのプレゼントである。どんな記憶媒体に変わったとしても、その記録を残してきたことが今の活動に生かされているのである。
 今のメンバー達の演奏の映像も、その次の世代にきっと生かされると思う。それにはその情報を残していかなければならないのである。
 
 
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2015/2/26

成長への一歩  
 地域の子育てと文化活動の施設構想説明会があった。要は保育園と幼稚園を合併した『こども園』と新文化センターの構想である。『こども園』は来年度に工事が始まる。文化センターは再来年の工事となって30年度から移行する計画である。そこには我々の練習場となるホールとステージが計画されている。それも防音設備である。しかしこれからさらに煮詰めた会合が行われる。
 昨日の練習に過去のDVDとプレーヤーを持ち込んだ。14インチのテレビデオに繋ぎその映像を見せた。ミィーティングで中学生の女子4人に先輩達の曲を参考にすること。しかしコピーではなくその曲を利用して自分の曲を創作していくこと・・・そして全員に、絶えず研究して進化させることを告げた。
 チームの方針は与えて成長し考えて進化することである。過去をコピーした活動では今のメンバー達が持っているいい所を伸ばすことは出来ない。彼らはすごいポテンシャルがあると思っている。それをロートルの範囲内に納めたくはない。過去のデーター(先輩達の演奏)を利用して新しい発想をしていってほしい。それがチームに活力を生み意欲を育てることになるのである。
 さっそく怜○に彰○の演奏を見せて『これを覚えろ!』とDVDを貸した。キャンビー・ハワイ公演のハワイでの演奏である。あか○の曲を寧○に、秀○と坪○さん(これは太○が打っているがかなり編曲しているので)の曲を姫○と胡○に、どちらがどちらをはまだ?だが・・・。楓○はもう少しお預けで・・・。
 これで女子組は俄然張り切ってくれるはずだ。女子組が頑張れば男子も黙っていないだろう。しっかりしろ!!!。今月で去る雅○の曲を伝授されている小学生3人は俄然張り切っている。雅○も精力的に教え込んでいた。
 お別れとなる次回の練習日はお別れ演奏会とした。女子組と男子組でお別れ演奏をする。二人にはセンターを指定した。新人といっていい裕○に先輩女子達が教え込んでいた。北海道の思い出を残していってほしい・・・。
 新人の練習を私とやっていたが、晃○に応援をお願いした。・・・晃○が張り切りだした。先輩風を・・・これも成長への一歩である。
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2015/2/24

彼らは飢えている・・・  
 『雄飛』のソロ曲は男子の入門曲(佐久○曲)と女子の入門曲(○笠曲)で演奏技術を学びそしてデビューしていく。去年の農業祭で全員がソロデビューが出来たのはそういう方法を取ってきたからである。そして次へのステップアップは各自のオリジナリティーなのである。
 中・高校生の男子組はそのステップに入っている。先輩達が残した曲を受け継ぎ自分なりのアレンジをして各自のオリジナルなソロ曲にしている。しかし入会が遅かった女子組はそのステップに入るのはこれからなのである。
 まずは特徴ある振りをする桃○が同じ特徴の演奏をしていた先輩の曲を伝承する。元々は主任コーチが演奏していた曲である。それが2代目に継いで3代目の桃○に継承していくのである。
 2代目の演奏は初代の演奏とはまるで違っている。曲は同でも演奏技術が全く違うのである。その表現力の違いが新しいパフォーマンスを作ったのである。3代目も彼女の個性を生かした曲に進化させてほしいと思う。
 『絶世』という曲を今メンバー達が習得している。それは過去の曲を今のメンバーにコピーする作業である。しかし、練習を繰り返し彼らの物となったなら彼らの『絶世』は彼らの曲になるのである。それはもうコピーとは言えないのである。それは過去の曲であろうと今の彼らの演奏曲になるのである。
 『絶世』を習得するのにどれだけの時間を要したか・・・しかし今のメンバーは数回の練習であの難しいリズムを習得してしまうのである。始めた年齢も違うし聞いている音楽も違う。そして意欲の違いである。仕方なく太鼓をやり始めたのと、太鼓をやりたくて入ってきた子とは比べようがないのである・・・。
 曲を伝えることは新しい発想を彼らに与えることなのである。うちのメンバーはそれに飢えているのである。それだけの意欲を持っているのである。過去の先輩達の曲を利用して彼らは彼らの発想で新しい太鼓を創作していくのではないかと・・・思っている。
 
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2015/2/23

はがたらしい・・・  
 今年は高校進学が雅○一人でそれも内定となりまずは一安心である。しかし来年は一気に7人が受験である。どんなことになるのか・・・今から心配である。テスト前の練習は休む子が大半なのでそれなりに意識してやっているのだろうと思う。うるさいことは余り言わないが、時々『勉強は大丈夫か?』という問いかけはしている。本当は成績表をチェックしたい位なのだが、このチームに来てストレスを与えたならば逆効果である。彼らにはチームに来て溜まったものを吐き出してほしいと思う。大好きな太鼓を楽しんでやってほしい。
 ジュニア部を立ち上げて29年となった。その時はスキーのインストラクターを何年か経過して子供の扱いも慣れてきていた頃である。指導者としてはまだ微妙な時代である。それから29年という年月が経った。指導者としてはベテランということになるのかもしれないが決して自信は持ってはいない。それは音楽という能力が今までの経験の中でしかないのである。新しいリズムの発想や創作ができない中途半端な指導者だということである。それは経験を積んだ凡人の領域に過ぎないということである。これはじれったいのである。新しい曲を発想して彼らに提供できる。そんな能力は私にはまったくないのである。ただやれることはアレンジしたり運動の中での表現力である。しかしその発想も歳とともに無くなりつつある。
 キャンビーへ行く頃の爆発的な意欲は今はないかもしれない。子供達に無理難題も言わなくなった。優しいオヤジになっている。これは勘弁してほしい。厳しくは出来なくなったのである。もちろん悪さをすればそれなりに叱ると思う。しかし今のメンバーにはそんな子がいないのである。こんないい子ばかりのチームでいいのか・・・と思うぐらいである。それだけに彼らに新しさが提供できない自分にはがたらしいのである。
 
 
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2015/2/21

笑顔で再会したい。  
 後半組から始まった『絶世太鼓』の習得練習を今日から全体への練習にした。後半に残った連中で一応の形となったからである。そして彼らが師範となって全体のメンバーに広めていく。
 センターのリーダーもいい線になってきた。両サイドのパートの二人も少しづつ息があってきた。この曲のキーマンはセンターと両サイドの3人である。彼らが出来上がってきたならこのパートを他のメンバーにも広めていく。これらのパートを誰でも出来るのが望みである。
 雄飛のソロ曲も各自のオリジナルに成長させたい。中・高校生の男子はそれぞれの曲となっているが女子組である。・・・先輩達が残していったまだ使っていない曲をサンプルにしてそれぞれが進化してほしい。出来れば自分自身で創作してほしいが、まずは過去の映像を提供するか。
 今月で雅○と裕○がチームを去る。その最後の日となる来週の28日の練習日はお別れ演奏会にする。雅○とは小1からだから9年共にしてきた。バランス感覚が抜群で小1からしっかりとしたフォームで演奏していた。こういう子は今までにいなかった。それだけ運動能力があるということである。高校でも野球を続けたい意思である。頑張ってほしい。活躍を期待する。
 裕○は去年の4月からの短い間の付き合いとなった。福島に戻るということである。残念だが、早く新しい土地で友達を作って元気に成長してほしいと思う。時にはホームページでメンバー達の様子を見てほしい。頑張れ!
 メンバーが『絶世』の練習をしている頃、私は新人君と基本練習のリズムの練習だった。基本練習には2種類のリズムを使っている。その一つを何とか打てる様になった。次回の練習でみんなと合わせられるか?・・・一回でも出来ればと期待する。
 メンバー達は入れ替わりながら成長して次へと旅立っていく。出来れば社会人になっても継続していってほしいが…それは各自の未来である。・・・またいつか笑顔で再会できることを望んでいる。
 
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2015/2/20

のぶちゃん流・・・  
 4月からの仕事場となる施設に三役で挨拶と様子を見に行ってきた。指定管理のライバルとなった団体から引き継ぐことになる。その引継ぎが一番心配だった。スムーズな交代が出来ることを望んでいた。それは上手くいきそうである。少し安心した。しかし滞在型施設の入居者が埋まってなかったりその施設の老朽化が思った以上にひどい状況だった。こまめにペンキを塗ってやればこんな状況にならないのに・・・入居者が減っていくのもこんなことも影響したのではないかと・・・
 実は我が住宅は前の会社を辞めた年に屋根・壁面全てを私が塗装した。ネットで知り合った塗装ショップでどんな塗料が良いのかを聞いて塗装した。屋根は塗料を落とし錆止め塗料を塗り本塗装は2度塗りをした。(年数が経って今年は塗りなおさなければ・・・)外壁は下塗り剤を塗りこれも本塗装を2度塗りした。足場は玉ねぎのコンテナーを2段に組んでトラクターで移動しながら長い棒の先にローラーを付けて塗ったのである。もちろん窓周りはフイルムで覆った。費用は資材やペンキ代で10万円位となった。その後も毎年こまめにコーキングや部分的な塗装をしてきた。築30年以上となったがリフォームをしないでしのいでいる。
 この施設の外壁は木造である。もし2〜3年ごとに塗装をすればこんな状況にはならなかったと思う。この施設はまだ17年しか経っていないのである。それでこんな状況になった。いかにルーズな運営をしてきたかでる。・・・ペンキ屋もするか。
 拠点となる施設は外見では傷んでいなかったが床のフローリングが継ぎ目で浮き上がっていた。17年も経つので接着剤が劣化してきているのだろう。時間の問題で継ぎ目は浮き上がってくると思う。2〜3年後にはテープで抑える様になりそうだ。
 事務所の壁にはやたらに紙が貼られていた。訪れた人に仕事をしていることをアピールしているようにしか思えなかった。・・・こういう手もあるか。事務処理は青年会やチームで経験しているがこういう施設のボリュームとは雲泥の差である。アシスタントの頼もしい助っ人が頼りなのである。事務をしてくれる人とはまだ対面していないが理事長が選抜した人なのだからまちがいはないだろう。楽しくやっていきたい。
 札幌にいる従兄が貸農園を毎年借りて楽しんでいる。彼の姉とはメールのやり取りをしていたので彼女に勧誘をお願いした。苫小牧の叔父は機械も買って土地を借り野菜を育てているが気候が合わなくていい物が取れないらしい。これも狙いである。・・・まずは身内から攻めるか。
 この施設は幅が広く奥が深い。しかし今年も赤字だったのだという。それを平然と言った。民間の工場を預かっていた時代には恥ずかしくて言えなかった。幸いにそんなことは一度も無かったが・・・。
 厳しいところは相当にありそうだ。それは逆にやりがいも起こる。一つ一つ解決しながら楽しんで仕事をしたい。それがのぶちゃん流である。私の後ろには後押ししてくれるメンバーがいる。少しか弱い連中だがこの子達がいることはすごい力となっている。
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2015/2/19

大冒険・・・  
 『絶世』の習得や卒業する雅○の曲の伝承などチーム状況はまた変化した活動に向かっている。チームには単独公演が出来るレパートリーを持っている。しかし、レパートリーを増やしてもそれが活かされない現実がある。メンバーは中・高校生が中心となっている。一番伸びていく成長期なのである。もし、20周年の時の様なキャンビー公演という目標があったなら一年でその準備は出来ると思う。それだけの布陣がこのチームにはある。こういうポテンシャルを持ったチームは管内でも異例である。実際に我々のチームは二度の海外公演を実践しているのである。それだけのノウハウを持っているのである。
 そんな経験をしたコーチ達はプレーヤとして、人として他のチームの同年輩達と比べるとまるで違うのである。それはその経験が彼らを変えたのである。この管内でのプレッシャーなど比にならない経験を彼らはしてきたのである。太鼓が上手だとか下手だとかそれ以前の体験である。そんな体験は多少の状況など何もプレッシャーなど感じないでやってしまうのである。
 我々の活動は人を育てる活動なのである。太鼓を通じて大きな心を育てるのである。去年のコンクールは異常な状況で本来の演奏が出来なかった。それは彼らの大きな経験となった。もし、また同じ状況になったなら彼らは動揺しないで演奏が出来ると思う。その経験が彼らを成長させたと思う。失敗があって成長がある。それを経験したのである。
 海外公演も一発勝負である。コンクールと同じく失敗は許されないのである。しかしコンクールの5分の一曲でなく一時間以上のプログラムを消化しなければならないのである。一つの失敗で挫けることにはならないのである。それを引きずらないで次の曲を演奏するのである。
 コンクール挑戦だけでいいとは思っていない。NGOを含め今のメンバー達が大冒険が出来ないかを考えていきたい。その経験は一生涯に及ぶと思っている。キャンビーへ行ったメンバー達のその成長を見る度に思うのである。
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2015/2/18

テレビデオ・・・  
 後半の『絶世』の練習で保管庫に置いてあるテレビデオを引っ張りだしVHSの昔の画像をみんなに見せた。それは23年前の10周年演奏会の演奏である。その古い画像が今のメンバー達の練習に生かされているのである。数年、その曲から離れるとリズムは打てても順番や回数を忘れたりしてしまうのである。それをビデオが助けてくれるのである。
 このテレビデオは私の寝室に置いてあった私物である。これを練習場に持ってきたのはキャンビー公演に向けて『栗沢の四季』を復活させる為だったのである。ビデオで撮影された10周年の演奏を参考にして『栗沢の四季』を当時のメンバー達とリニューアルさせたのである。
 10周年の曲は途中でメンバー交代をした20分以上の曲だったのである。それでは公演曲として使えなかった。しかし時間を消化する為にはこの曲が肝心だった。この曲を使えることが1時間以上のプログラムに欠かせなかったのである。
 このテレビデオで10周年の演奏を見ながら当時のメンバー達と試行錯誤したのである。栗沢の春夏秋冬を太鼓の音で表現する。それをメンバーを途中交代させないで一曲に作り替える。それが目標だった。
 一部のリズムを冬に使ったり、新しい発想を加えて『栗沢の四季』は17分の曲として生まれ変わった。この曲を得てキャンビー公演への道が開けたのだった。1時間以上のプログラム・・・それが単独公演をする最低条件だと思っていた。それを彼らと一緒に作り上げたのである。
 今のメンバー達とまたそんなプロジェクトをやってみたい。しかし現実はそれに踏み込めれない。お金という大きな壁がある。太平洋はやはり大きい。
 今日のメールにユネスコ NGO 国際民間文化芸術交流協会 日本支部からタイからの文化交流の案内を貰った。自己負担は10〜12万円位である。この団体からは年間に10数回のこういう海外公演の案内を貰っている。
 キャンビーへという思いはある。それがはっきりとした目標となったならメンバー達の成長はすごいことになると思う。しかし現状では思いの様にいかない…が現実である。それに変わることがないかをこの団体とのやり取りで模索したい。その中には面白い事業も含まれている。条件など合致するものがなかなか無いのも現状である。
 このテレビデオ…アナログの代表物だがまだまだ現役で若いメンバー達の為に使えそうだ。歴史のメンバー達はアナログで現れてデジタル世代に伝えていく・・・それは先輩達が残した功績である。33年の歴史があってのことである・・・。
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2015/2/17

間違いない人間・・・  
 このブログを訪問してくれる人は30人前後の常連である。そのデーターは管理画面で追跡できる。見ている人の半分はスマホで、携帯を合わせると70%ととなる。PCでのアクセスは3割ほどで、その内の三分の2は私のPCだった。最新のOSの8.1で見ている人は私だけだった。このブログを訪問してくれる人は常連が大半でチームの関係者が大半の様である。時には検索で訪問してくれる人もいるが月に何人もいない。
 このブログを始めて9年となった。この記事を書くことが日課となったがその話題を考えることは今でも苦痛である。この人間の傾向としてうれしいことや順調な時には文章を書く事に苦労をしているようである。逆に腹が立った時や問題があった時にはいいだけ書いている。この人間の傾向が出ていると思う。腹が立った自分に同感者を求めた弱い気持ちなのかもしれない。
 メンバーや父兄がこのページに訪れてくる。出来るだけメンバー達の様子を伝えたいし、私の考えも伝えたい。その中に嘘やおせいじは一切なく書いている。実際の我が子が私の目でどう思っているかを伝えたいと思っている。
 チームのメンバーは我が子である。親から預かった以上、間違ったことには毅然と注意をする。頑張ったことには大いに褒めたい。彼らとはそんな関係でいたい。しかし心配事はいっぱいある。その中でも成績である。『太鼓をやっているから勉強が出来ない…』そんな風になってほしくない。逆に太鼓をやっているから頑張っているという成績を残してほしいと思う。
 過去のメンバーには太鼓をやっていたことが入試や就職で役立ったことがある。継続してやり続ける気持ちや根性は素晴らしい能力だと思う。私が担当者なら同じ思いである。
 高校を卒業するまでチームで頑張った連中にはハンコを押して推薦状を出したい気持ちである。私が信頼おける人間は間違いない人間でなのある。
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2015/2/16

街に欠かせられないチームに・・・  
 春から小学生に上がる元気な男の子が入ってきた。兄弟4人の末っ子である。上の3人がメンバーで総会にも出て元気な声で『頑張ります!』と抱負を言った。練習初日から常連のホーム気取りである。別メニューで私と練習をしていたが本人は先輩達と同じことをやりたくてしょうがないのである。しばらくは彼がやりたいようにやらすことにしたのである。最上級生の太○と比べると身長は半分にも満たない。しかし声は先輩達を負かす。これは期待できる・・・。
 練習前のレクの時間、バスケットをやっていた先輩達のボールが顔に当たって初泣きとなった。慌てた先輩達が何人も彼を囲んで慰めている。このチームに入れば彼はメンバー達の可愛い弟なのである。特に一人っ子の海○などはよく面倒を見ている。歳の離れた彼の加入はチームに和やかさも持たらしているようだ。そしていつかは慌てさす存在にもなってほしい。
 今年の新一年生は30名位、去年のこの地域の新生児は20名位なのだそうだ。新しい文化センターは今ある幼稚園と保育園を一つにした環境も加わった施設になる。子供が減っていく地域になっているのである。それはチームにとっても危機感となることなのかもしれない。
 ジュニアチームを立ち上げて29年となった。その長い歴史の中で今が一番メンバー数が多いのである。子供達は徐々に減ってきたはずである。それでいてそういう現象になったのである。あの震災で福島から来た子が入ったことも一因かもしれない。しかしそれだけではないと思っている。
 大人でも組織に加わることが重たく思うことがある。それは日本人の生真面目さである。そんな重たさを無くしたいと思った。特に伝承する文化には昔ながらの師弟関係がある。そして強制的な運営もある。そんな関係を無くして大好きな太鼓が自由に出来るような環境を作ることだった。しかしルールを無視する様な組織であってはならない。それでいて自分がやりたいことが出来る環境のチームである。
 『親と子の会を作ったら…』ということもあった。しかしそれは新たな重たさを作るだけである。組織を作ればいいというものではないのである。困ったことがあれば『助けて!』といえば・・・父兄もメンバーも街の人達も駆けつけてくる。そんなチームを作ればいいのである。それは愛情があり、思いやりがあり、愉快で楽しくでありそして自分を成長させる厳しさもある。この街に欠かせられない存在感のあるチームにすることである。
 総会の挨拶で『自慢のメンバーです…』といった。これはおせいじではない本当のことである。それだけ暖かい気持ちのメンバーと一緒にやれることがうれしいのである。それが継続することに繋がっていくと思っている。
 
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2015/2/15

メンバーが主役・・・  
 新文化センターの基本構想案の説明会の案内が来た。年前に3度の会合を持った。チームが求めることや協力が出来ることを全て話している。そして練習風景も見学してもらった。チームの拠点となる会場である。どんな構想案が出てくるか不安でもあり楽しみでもある。
 この拠点を失ったならチームは崩壊への道となる。それだけは何が何でも阻止する・・・現実に20名のジュニアメンバーが活発な活動をしていること、それを組織的に運営している事実はまぎれもないことなのである。それは目標でも夢でもないのである。現実の世界を無視は絶対に出来ないのである。そして彼らの演奏は決定的だと思っている。
 市町村合併で我々の活動は翻弄された。練習場の使用料は年40万円を超えた。何度も市に懇願した。その時の市長は子供達もいる総会の場で『任せてください。』といって使用料の減免を約束していったのである。しかしその市長は子供達の前でウソを言っていたのである。何も変わることはなかった。
 この市への不信感をいっぱい持っている。頑張っても苦労しても何も報えない。そんな行政の元で・・・そして市を網羅する太鼓組織だった。バカな親分気取りの勢力争いだった。情けなかった。あの罵声飛び交う中にメンバーを巻き込みたくなかった。その解体を試みたが・・・まだ残党がいる。もうしばらくは市を網羅する本当の組織は作れないだろう。
 後半組は、終了時間になっても練習を止めようとしない。強引に『時間だ!』といって9:30で練習を止めさせている。
 自分の太鼓は!、チームの太鼓は!・・・自尊心を持つことは大切かもしれないがそれを超えたら異常である。そんな異常な人間がこの太鼓界には多いのである。そして芸能という対価を求めることもある。考え方でそのチームの考え方はいろいろなのである。
 『上手になる!』それがメンバーの目標だと思うのである。メンバーの求めることがチームの目標とする活動にならなければならないのである。我々の活動は会員たるメンバーが主役なのである。
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2015/2/13

ホームページで得られたもの  
 ○○バーセンターのHP(ホームページ)を開けてみた。一目で制作会社が作ったHPである。どこにもスキが無いという完璧さで面白さが何もない。そしてPDFファイルを多用している。このPDFファイルとはアドビシステムズが提供しているものである。難しいことは解らないが、受ける側は無料で開示できる。ワードやエクセルのデーターを転換すればすぐに利用は出来る。しかし提供する側は有料だった。・・・今日の勉強である。この業者、幾らで作っているのか?はっきり言ってこのPDFを使って作るなら、データーさえあれば一日もかからなかったと思う。
 チームのHP立ち上げはPCを始めて最初に取り掛かった様なものだった。ワードもエクセルもちょっとかじった頃である。無謀な挑戦だったかもしれない。ソフトも何がいいのか悪いのかでもなく電気屋で購入し付いてきた解説書では足りず、書店で一冊買ってきた。その本に今でも付箋がいっぱい付いている。・・・何が何でもチームのホームページを立ち上げる。それが目標だった。
 その頃は失業中の身で給付金を貰い無料のPC講習を受けながらの時期だった。時には一つの事を解決するのに何時間もかかったこともあった。まずはトップページ作り・・・今とは違い凝っていた。一人一人の演奏写真を加工して全メンバーを載せた。その後にはその写真をクイックするとメンバーの個人のページに移行した。その頃はメンバー数が少なくそれも出来た。
 HPを立ち上げたかったのはキャンビー公演を公開したかったからである。そしてメンバー達に意欲を持たせたかったからである。そしてインターネットで公開することは一つのステータスとも考えたからである。
 田舎の太鼓チームである。しかし海外公演もやったんだよ!・・・そんな思いである。それはメンバー達に大きく影響を及ぼしたと思っている。彼らの成長がこのHPに記録されているのである。『もっと、もっと格好いい写真を・・・』という気持ちになるはずである。そして私は出来るだけ彼らが輝ける瞬間をショットしたいと努力をするのである。そこに彼らとの無言の絆が生まれていると思っている。
 業者に依頼すれば格好いいHPを作ってくれると思う。私が作ればそれなりになる。しかしそれをやれば間違いなく私は成長すると思う・・・コーチや子供達に与える課題と一緒である。
 
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2015/2/12

新たなチャレンジ・・・  
 チームのホームページを立ち上げて10年が経った。その時はホームページがどんなものかもわからずソフトの解説書を見ながら強引に作り上げという感じだった。
 一番苦労したのはパソコンの能力不足だった。その時のノートPCは貧弱だった。写真の処理能力の無さには参った。それ以上に私の知識の無さだった。それは今でもである。冒険をしながら新発見をしている。それがPCの楽しいところでもある。
 普通の事務処理だけならばノートPCでも何ら問題はない。しかし写真や動画となると別だった。ホームページの為にPC2台をダメにした。
 今気になっていることがある。それを解決しようといろいろと試しているが解決できないでいる。新しいPCはワイド画面である。チームのページは左サイドに寄った画面で表示される。それを画面のセンターに表示したいのである。マニュアルにはどこにものっていない。ネットで検索して解決方法がのっていた。しかし試してもエラーが出る。中には『使っているソフトでは難しいですよ…』ですと・・・万事休すである。
 チームのホームページを見て、NPOからホームページの立ち上げと管理を頼まれている。チームのホームページは自分が勝手にやっていることなので今のままでいいかと思うのだが、NPOのホームページとなるとそんなことにもならないかと・・・しかしそれは後で解決できると信じ使い慣れている今のソフトで考えることにした。
 肝心なのはトップページなのである。チームのホームページはトップページから枝分かれして様々なページに移動するようにしている。NPOのページもそれと同じ様にしていきたいと思っている。しかしボリュームは非常に大きい。それをトップページにどうやって構築し各ページに導いていくか、それでいて最新情報のスペースとインパクトのある画面である。その策も・・・楽しくなってきた。
 新人のチビ、雅○の曲を継承する小学生、『絶世』にチャレンジするメンバー・・・新たなことにチャレンジすることは活力が生まれる源である・・・。
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2015/2/11

リスクのある曲・・・  
 胃腸の調子は良くなってきたが徹夜のトイレ通いで腰を冷やしたのか腰痛が・・・一日休養して何とか夜の練習に・・・。
 前半の練習はリーダーに全て任せている。基本練習をしてミィーティング、最近は曲の練習をしている。今月を最後に卒業する雅○のソロ曲を小男子3人に伝承する。その3人は別メニューでその曲の習得練習である。今日は雅○(受験)は休んだが章○がマスターしたということでその3人で教えあっていた。そこにお兄さんがアドバイスに入った。
 『後半に絶世太鼓の練習をします。』と前回のミィーティングで話してある。今日はいつもの倍以上の人数が残っていた。そこにお姉さんが現れた。やっとカムバックか。さっそく絶世の練習である。
 彼女から連盟の事務局次長を継続で引き受けた報告を受ける。現会長が再任するということでOKをだしたそうである。
 この『絶世太鼓』という曲は非常に難度の高い曲である。ベースリズムは3種類、何種類ものリズム、強弱、スピード変化など技術と表現力を要求されるのである。それは『雄飛』には無い難しさがある。一音一音の間の取り方や音の出し方、早いバチさばきの同調性・・・それは大人の曲と言えるかもしれない。キャンビー公演の時は彼らはこの曲を打てたが演奏曲には使わなかった。それは発足世代が全国大会へ行った曲が頭にあった。その当時の彼らにはそれだけの演奏は出来ていなかった。そして失敗するリスクを抱えていたからである。喝采を受けるか、失敗するか・・・その両極端になりかねない曲なのである。
 先へ進むにはこの曲はマスターする必要がある。それは表向きのリズムだけでなく、心の内面からでる感情を表現することでなのである。それが出来るプレーヤーに進化して本物になるのである。とても難しいことである。しかしこの域に進化しなければコンクールの優勝も海外公演も実現は出来ないと思う。
 先輩達はそれをやり遂げてきたのである。今のメンバーも絶対にやれる・・・。
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