2015/9/30

爆弾低気圧が・・・  
 爆弾低気圧が向かってくる。明日の夜から暴風雨の予報である。そして収穫祭当日もひどい天候が続く。これは館内を活用した収穫祭に変更せざるを得ない。ベランダに焼肉コンロを数台置く予定だった。しかし風が強い予報である。これをどうするか。テントの横幕で覆うか・・・その対応の模索である。
 コンロは数台に減らし、そこで焼いて館内に持ち込むことにするか。太鼓の演奏はどうする・・・台数を減らし玄関のアプローチでやってもらうか。ゲームは館内でやれるビンゴゲームに変更するか。ニアピン大会を館内で出来ないか?・・・。参加者はおよそ90名である。その収容は充分どころでないスペースがある。しかし炭コンロでやるということがやれる柔軟性を失っているのである。ここからの脱皮するいい機会になるかもしれない。
 今日の練習の後、クラインガルテンに持ち込む太鼓を軽トラに積み込んだ。まずは施設に入れておく。この施設内でこの全部を打ってしまえばひどい騒音となる。どう活用するかも考えたい。・・・今までに様々な環境で太鼓を打ってきた。狭い施設の中でどう生かせるかも経験してきたはずである。そのアイデンティティを・・・。
 『ドリーム館内でやる。外にテントを張らない。』それに決めた。天候を見越してなどはしない。結果がどうなってでもである。これに決めれば対応策のアイデアが次々に出てくるはずだ。明日の午前中が準備の勝負である。明後日は暴風雨で何も出来ない。一応の準備は明日一日でやってしまう。
 頭の中でその状況をイメージするのである。受付の場所、挨拶は・・・その音響、その場所・・・ビールサーバーや飲み物を置く場所・・・ets。それは楽しい演出である。
 キャンビーの時は、現地の会場も状況も何も解らないで行ったのである。その場所に行って初めてそこが解かったのである。そして状況を判断をして、そして決断をしてメンバー達に伝えたのである。それはビクビクものだった。しかしそれをしなければ彼らは自信を持って演奏は出来ないのである。結果を恐れない指示をしなければ彼らの実力は出せないのである。それがリーダーの役目だとつくづく感じたのである。しかしそれは長い練習をしてきたメンバー達との互いの信頼感があったから出来たことである。・・・今の施設には???。
 
 
 
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2015/9/29

本来の形に・・・  
 天気が続かない。3日の収穫祭の前日まで愚図ついた天気が続く予報だ。特に前日は大荒れに・・・準備にも支障をきたしそうだ。
 10月の第1週目が開催日でいいのか?・・・これも検討しなければと思っている。開催時期を遅らせればそれだけ余裕が生まれる。自然はコントロールができないのである。収穫時期は目途に過ぎないのである。
 外のイベントに限定すると、日ごとに寒くなるこの時期では早い日取りを計画してしまうのだろう。しかし施設内での事業に変えてしまえば余裕のある時期が選定できる。バーベキューでなければならないという頭に誇示しなくてもいいのではないかと思っている。
 たとえば新米を自分で握る手巻き寿司や、調理室を活用していろいろなアイスクリームを自分で作ることや、芋や南瓜のだんごを作ったり、餅つきをしたり・・・そんな参加型の収穫祭に変えられないか。今の収穫祭は施設が全てを準備してお出迎えする形である。こんな収穫祭でいいのだろうか?。
 そういうみんなでやる収穫祭に変えていきたいと思うのである。しかしすぐには変えれないと思う。まずはお手伝いできる利用者を募って、そして出来ることから始めなければと思うのである。それはここの施設の本来のコミュニティーではないかと思うのである。ラウベの住人にはそれを求めている人もいるのである。
 アパート代わりに…、怪しい使い方も・・・ここ本来の目的とは違う使い方をしている人がいる。そういう人達は施設の催しには全くの無関心である。そういう人達が、この施設を利用する資格があるのだろうか・・・。
 『ここに入りたい!、予約したい!』・・・ここ本来の目的に使いたい人達がリストとなってある。そういう人達にここを使ってほしいのである。そういう人達だけでここのコミュニティーを作っていきたいのである。それは全ての催しが変わっていくのである。
 もう過去のことをとやかく言ってもしょうがない。これからのことである。利用者も我々も一緒に楽しんでいける施設にしていかなければならない。そういう利用者とスタッフの関係を築いていかなければならないのである。・・・ここの施設本来の形にである。
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2015/9/28

出たとこ勝負・・・  
 昨日久しぶりにトラクターで出勤した。試したい作業があったり、サブソイラーや2連のプラウの試験作業もしたかったからである。しかし雨となって一つしか出来なかった。
 今週末に収穫祭のイベントである。今日は休みだったが、製粉のそば粉を取りに行き買い物もしてきた。乾杯などの依頼の電話も入れた。快く引き受けてくれた。連休となって準備は前々日と前日の二日しかないが天気以外は見通しがついた。当日の人員配置を細かくして万全と?・・・したい。
 今回の収穫祭は大きな冒険をしていない。交流会の完成型を目指している。炭のコンロを使うバーベキューを中心とする外でのイベントはリスクが多いのである。雨という予報なら思い切ったことをやりたいと思っていた。ドリーム館を使ったイベントにいつかは変えたいと思っている。天候を気にしないで室内とベランダを活用した違った形に変貌できないかと・・・。
 一つのイベントを立ち上げて軌道に乗るとそのまま続けていくことが多い。上手くいっていることを変更するのは大きな冒険なのである。しかし農業祭は幾度も体制を変えてきた。発足当時のふんだんな資金や機動力は何分の一かになった。それでも何とか継続してきた。高齢化など課題は尽きないが、若い後継者が増えてきている。また違った形の祭りに変えていってほしいと思っている。
 この施設のイベントは立ち上げた町の時代から全く変わっていないのである。今年はそれを継承せざるを得なかった。何故なら今年の計画は我々が立てたものでないからである。前任者から受け継いだからである。同じ様な事となったが雰囲気や内容はまるで違うと思っている。(これまでのことは書類でしか解らないのである。)
 プログラムは大きく変えれないかもしれない。しかし構成は変えられるのである。決まりきったイベントも若いうちのメンバーがいるだけでも雰囲気は変貌するのである。いかに生き生きとした前向きなイベントにしていくか、そういうイベントはマンネリ化とはならないのである。
 想像した通りのことと違うことをする。消化する事業ではなく想像する事業である。収穫祭の次第は決まっている。やることは決まっている。しかし構成や進行はまだ煮詰まっていない。太鼓をどこで入れるか、新そばの提供のタイミングや打ち手の紹介、蒸した新芋の提供方法や新米のおにぎりの振る舞い方・・・ちょっと工夫するか。
 『あぐり王国北海道』の収録は進行の原稿は貰ったがほとんどはアドリブだった。収穫祭のMCもそういう風になる。出たとこ勝負である・・・毎回そうだが。
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2015/9/26

街灯とキノコ・・・  
 滞在型の通路の街灯が切れていると指摘を受けて電気会社に電球の取り換えを頼んだ。しかし指摘を受けた個所の街灯は点灯した?・・・その並びの街灯もチェックしてもらったが、その街灯は点灯しなかった。その街灯は電球ではなくその機材自体が壊れていてブレーカーが下されていた。『機材全部の交換ですよ。』・・・またか、これも引継ぎ前からそのままなのである。
 指摘をしてきた住人に電話を入れたが出なかった。その間もなく事務所に顔を出した。その旨を告げる。しかし『確かに暗闇だったと・・・』、その確認に『今晩泊まる・・・』といいだした。この住人は言いたいことを言うのだが、最近遠慮がちなのである。この街灯も掃除のおばさんを介して言ってきた。何を遠慮しているのか・・・しかしその心遣いに感謝している。
 ○号棟のは〇しさんが、リュックを背負い、片手に買い物袋にいっぱいのキノコを持ってニコニコ顔で現れた。先日までは『キノコが出ていないんです。』と・・・2〜3日前からキノコ採りが連日来ている。今年はキノコの豊作のようである。管理のおじさんも昼休みに『採ってきた。』と見せてくれた。
 この住人は春からラウベのセールスをしてくれた人である。しかし継続の確認の書類には『未定』と書いてきた。街灯の確認の途中で出くわしたのである。『施設長は良く動くなあ・・去年までの施設長は何もしなかったよ。』・・・彼から『室内の壁に湿気が入っているので対処してほしい。』と要望してきた。すぐに○の担当者にその事を繋いだ。『○の担当者は今は予算が無いので・・しかし補修をする。』と、しかし『いつやるということを言わなかったと・・・』それを確認できれば継続したい。』ということだった。そして『これまでは何もしてくれなかった。これまでの施設長は事務所から一歩も出なかった。』と・・・彼からの行政へのプレッシャーは私を介してやっているのである。・・・有難い存在と思わなければ。
 これまでも毎年アンケートをとってきた。しかしそれは形だけでそれを反映してこなかった。聞く耳を持っても何もしなければ何も変わらない。要望は精査して答えたい。
 ここの施設の問題点を全て出す。そしてそれを〇に提出する。
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2015/9/25

様々な考えが・・・  
 朝、交通安全の街頭啓発だった。途中で抜けてクラインガルテンに向かった。農産加工室にトマトジュースの加工が入ったからである。館を早めに開けてやらなければならない。
 ここの休館日は不規則で連休もずれて今週が3日間続き来週が2日続く。世間とズレる日が多く連絡が途切れることがある。そこに天候が重なると仕事も思う様に進まない。自前の機械は限られているし、それも古い物ばかりである。近くの農家に頼むことが多く、やりたい時にやれないもどかしさがある。しかし青年会時代からの付き合いの人達で協力的で助かっている。有難い。
 春に深土破砕を入念にやった。雨の多い年だったがそれが効いていると思っている。雨上がりの土壌の乾燥が早かった。来春は市民農園にもサブソイラーを入れたいと思っている。特に山際の『水はけが悪い。』というところには・・・。
 ここの畑は解らない。全畑の土壌をサンプリングして検査してもらう。それがたたき台となる。意見を言ってくれるのは有難いが、それが様々で思い切った行動が出来ないでいる。プラウ耕で深耕をしたいのだが、そこにまた意見が出る。確かに新しい土壌が入り土質は一変に変わる。翌年は苦しむかもしれないが、先を見ればきっといい方向に向くと思っている。プラウ耕をするのは畑作では当たり前の作業である。しかしここの土壌は粘土がきついからと反対する。秋耕では粘土地帯でも心配は無いと思っている。春耕はダメだが・・・。
 ここの24馬力のトラクターでは市民農園で精一杯である。体験農園の土壌はこのトラクターでは手におえない。去年まではそれだったのである。今年の春はうちの60馬力を投入した。しかし畑作用のロータリーでも細土はしんどかった。微速を使っての高速回転だった。
 秋に入念にサブソイラーを入れてプラウ耕をする。それをテストしていく。そこでの土壌検査でまた様子をうかがっていく。畑が変わればみんなも納得する。・・・これも2〜3年がかかりそうだ。
 
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2015/9/23

記憶媒体・・・  
 シルバーウィークの最後の日だが練習は行った。休んだのは一人だった。来月からはコンクールに向かって週3回の練習となる。
 支部から封書が届くが?・・・支部講習会の案内の中に『大締太鼓一本打ちコンクール』の案内があった。一部がそれで二部がジュニア太鼓コンクールなのだが、肝心のその要項が入っていないのである。???今年もこれか・・・信頼できるコンクールにいつなれるのか。出場するのは子供達である。みんな真剣に取り組んでいるのである。不信感を持たれる大会からいつ脱皮できるのか・・・しっかりした運営をしてもらいたいものである。
 新しいカメラのマニュアルを見て、まずは操作ボタンから勉強中である。この全てを操れるには実践で使って試していくしかない。オートモードにすれば殆どがカメラで処理をしてくれるが、その性能を生かす為にはこのカメラを知りつかさねばならない。当分はマニュアルを当てにしての撮影となりそうだ。
 写真のカメラが動画を撮影する・・・これが画期的である。何年も前からそうなっていたが、私の古いカメラは写真専用だった。これからはこのカメラがコンクールの練習の映像もハイビジョンで撮影する。それもテープなどではなくカードとなった記憶媒体に記録できるのである。いつかはそうなる予感をしていたが・・・その進歩の速さに驚きである。テープもハードディスクでもなく小さなカードに大量の情報が入れられるのである。そしてその値段もずいぶん安くなった。・・・無駄なお金を使ったものだ・・・ガックン・・・。これからも進化し続けるのだろう。もうすでに4K画像の撮影モードが入った一眼カメラが出現しているのである。
 新しいカメラでメンバー達の演奏画像がどう変わっていくか、それは撮影する私も解らない。毎秒5コマの連続撮影を多用するか、それともこれまでのワンポイントの撮影にこだわるか、或は動画となるか・・・面白い選択肢となった。どうなろうともメンバー達の生きた表情を記憶していく・・・活躍を願ってである。
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2015/9/22

2回の活用で・・・  
 休みの日がやっと天気のいい日となった。自家用の馬鈴薯をようやく掘っている。来年はクラインガルテンの芋で賄おうか・・・。
 クラインガルテンに始めて行ったのは市町村合併が決まった前の年の11月だった。町がそれまでの功績を称えてキャンビーのナンシーを招待し表彰したのである。その来日の一日を栗沢太鼓のメンバーと一緒に過ごしたいというナンシーの希望があった。それも町内でだった。そこでメンバー達と一緒に『讃岐うどん』を打って交流することにしたのである。その会場がクラインガルテンのドリーム館だった。町の施設だったが、クラインガルテンは我々には無縁の存在だった。それもよりによって合併の前の年にそこを使うことになったのである。うどんを打ち、それを食べて、そしてゲームをしてナンシーとメンバー達で交流をしたのだった。ナンシーが別れの時の挨拶で『またキャンビーに来てほしい!』と言ってくれた。再訪問に努力をしたが今だ実現できないでいる。
 2度目にクラインガルテンを使ったのは市町村合併をして和鼓連に加盟した年である。(現在は脱退している。)その交流会で前庭のスペースで開催してバーベキューをしている。それは市が管理運営の時代である。町の職員だった人が事務所にいた。しかし元気のない対応だったことを覚えている。コンロの置いている所に蛇がいて大騒ぎとなった。・・・まさかこの施設の施設長を私が今やっているとは・・・想像すらしていなかった。
 この二つの使い方は、これからの施設の活用方法の中にあるのではないかと思うのである。人が来てくれるヒントとなるのではないか・・・人がまず集まることが活力を生む。人が人を寄せるのである。厳ついドリーム館のイメージを変えていくことことが必要なのである・・・。
 
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            ナンシーとの交流

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               交流会風景
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2015/9/22

応援団は増えている・・・  
 明日から我々のシルバーウィークの3連休である。自宅の芋掘りをしなければ…。
 バインダーで刈った稲のはさ掛けを午前中行う。午後からはメロンの最終収穫を・・・後半に来て甘みが増してリピーターが来て買っていくのである。まだ蔓がもっているメロンだけを収穫してきた。サンテナに2箱があった。メロンはこれが最終である。ナスとピーマンとナンバンを収穫してきた。3連休でドリーム館は休む、販売は出来ないが収穫はしておかなければならない。これを目当てに来る人もいる。
 収穫祭の食材の発注をした。夏の交流会では赤字を出したが、それがたたき台になっている。参加人数は近くにならなければ把握ができないが、青写真があるのでやりやすい。事務のお姉さんが積極的なので心強い。収穫祭も間違いなく成功する・・・いや成功させてみせる。
 補修が必要なラウベや崩れかけている道路ののり面・階段の写真を撮りまくってきた。これから補修や要望をしたいことを全て絞りだしていく。そしてこれからのこの施設の未来も考えていきたい。
 『あぐり王国北海道』のTV放映は大きな反響となった。それだけでなく4月に立ち上げたホームページも貢献している。本州の人達からの問い合わせや訪問が続々とあるのである。しかし、ここの本来の目的に合わない使い方をしている人も見受けるのである。今使用している人には継続権がある。しかしアパート感覚で使っている人や怪しい使い方をしている人もいるのである。それを本来の使い方をしたい人達の楽園にしなければならないのである。・・・それには時間がかかるかもしれない。
 こういう場所を望んでいる人は潜在しているのである。それも想像以上にいるのである。そんな人達に知らせる方法を今までやっていなかったのである。そしてその努力も無かったのである。
 老朽化した施設と老朽化した考えが一緒にあったのである。それは両方とも変えていかなければならないのである。ハードとソフトを一新しなければ、ここの施設の復活はない。今は学んでいる段階である。そして冒険である。しかし理解してくれる応援団は増えてきている・・・。
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2015/9/20

食欲が出るんだ・・・  
 2日休んで出勤すると販売ブースに並んでいたメロンと南瓜は綺麗に無くなっていた。全部売れた?・・・残っていたのはナスが一袋にナンバン・ピーマンだった。そのナンバンも今日お客さんが来て買っていった。これも完売となった。
 近くに住むご老体が食欲が無いと甘露を毎年買いに来ていた。自宅にも10数本の苗を植えていた。そのほとんどはそのご老体が買っていった。
 クラインガルテンに風で枯れたメロンの変わりに甘露を13本を植えたのである。それが遅れながらも実を大量に付けてくれた。小粒だったが味は良かった。評判も良くて絶えず在庫不足となった。そして収入にも貢献した。
 その中の売り物にならないハネ品をそのご老体に時々届けてやった。『あれがあると食欲が出て食べれるんだ。』と・・・昨日の夕方『食べてくれ。』とジンギスカンを持ってきた。『もう甘露が無いんだ。メロンでもいいか?』残念そうな顔をした。ドリーム館にヒビが入ったり傷みかけたメロンが残っていた。それを持って行ってやった。明日、もう一度メロン畑を見て回って収穫をして来ようと思う。・・・ちなみに館内にある大型の冷蔵庫には大量のメロンを確保している。これは収穫祭用である。
 去年まではこのハネ品のメロンやカンロを目当てに我が家に来る人が絶えなかった。作付数は施設の2倍以上である。ハネ品となる数も半端ではないのである。ヒビ・ワレのメロンをダンボール買いしていくのである。
 そしてこのご老体、冬からは食欲を増す為に『山わさび』を買いに来るのである。もう一人、ケガをして半身不随の人も『山わさび』で食欲を保っていると・・・これも提供してやらなければならない。
 そんな人達に提供する栽培を続けなければ・・・と思っている。
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2015/9/19

誤算が・・・  
 大きな誤算が・・・知り合いの奥さんから勤務している老人ホームの敬老会の太鼓演奏を頼まれた。隣の隣の町である。演奏時間が午後1:30ということで11:00に集合し太鼓を積み込み3台の車に分乗して向かった。当然昼食は取っていない。
 会場につくと紅白の饅頭とペットボトルのお茶を振る舞ってくれた。メンバーには帰りに食べ放題の焼肉屋に行くことを伝え『今はこれで我慢してくれ。』と言った。この時には幾らかの謝礼はくれるだろうと思っていた。いや、それを見越してみんなに告げたのである。これが最初の誤算だった。
 演奏する場所は雨でなければ建物の道路を挟んだ駐車場、雨が降れば玄関前の軒先である。結局雨が降りだし玄関前となった。しかしプログラムも無ければ打ち合わせも無い。どうやってやるのか全く解らない。聞けば去年は何のMCも無くただ太鼓を打って終わったらしい。そんな打ち合わせを始めたら小さなボックスの音響を用意しだした。
 玄関には入所者70名とその家族が所狭しと集まった。進行らしい職員からマイクを奪い取り挨拶と演奏曲を紹介した。そして私の母親の出身地だとも伝えた。2曲を続けて演奏する。
 3曲目の間に職員の孫もメンバーの中にいることを紹介する。そんな話を入れると入所者の老人達と一気に距離が近くなった。最後の曲を終わって最後の挨拶をする。すると質問が来た。『苗字は何と言う?』『○○です…』というと『小○郎さんかい?』『そうですよ』・・・帰りには手を振ってくれた。
 車椅子のお婆ちゃんは『女の子にあいたい」と言いだし楓○を呼んだ。手を繋いで記念撮影である。
 入所者の家族だと思う。人をかき分け私のところへやってきた。『栗沢の美流渡からなんです。これで子供達に何か食べさせてください。』とご祝儀を渡してくれた。これが二番目の誤算だった。この誤算は有難かった。
 太鼓を片付け帰りの挨拶をするが『ありがとうございました。』という言葉しかない。???そして依頼をしてきた奥さんが大きな包装をした物を持ってきた。そうか・・・これが謝礼か・・・ここで最初の誤算を知ることになる。メンバーには告げてしまったし焼肉屋に行くしかあるまい。
 そしてそこの焼肉屋に行くと3度目の誤算が来る。食べ放題は980円だと思っていた。ところが1,300円に上がっていた。
 食事代、車代・・・えらい赤字の出演となった。ちょっと常識とずれていないか?・・・我々はお金儲けとは思わない。しかし活動するには費用が掛かるのである。我々はボランティア活動ではないのである。最低の必要経費は負担してほしいのである。それでなければ期待には応えれないのである。残念だが同じ考えならば来年はお断りせざるを得ない。お年寄り達はまた来てほしいと言っていたが・・・。
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2015/9/18

疲れが溜まったか・・・  
 先週から身体の凝りを感じていた。夏の収穫や祭りなど・・・その疲れが来たのか?。この状態ならまたぎっくり腰を起こしそうである。朝起きると耳鳴りまで、事務のお姉さんにお願いして今日は休ませてもらった。体を温めマッサージにストレッチ・・そしてよく寝た。耳鳴りが治まり少し楽になった。
 明日は太鼓の出演を一つ頼まれていて明日も休ませてもらう。前回の練習日は中学生が翌日にテストがあって殆どが休み、出演メンバーが全く解っていないのである。雨模様で太鼓の台数も持って行けそうにない。そして移動の車も把握していない状態である。集合時間に集まってそして演奏曲とオーダーを決めることになる。最低のメンバーは揃いそうなので?何とかなるか。
 2週間後にクラインガルテンの最大のイベントの『収穫祭』がある。その準備は少しづつやっている。今日は細かなところまで予算を組んで食材の発注をと思っていたのだが・・・。
 交流会では、無謀に冒険をしたのである。その結果大きな赤字を出してしまった。その分をどこかで削らなければならない。それが頭が痛い。飲食費を削りたいところなのだが・・・安い肉にすると?・・・コンロの台数を一台減らすか。これで炭も少なくなるし無駄な肉も無くならないか。豪華さを無くさないで費用を抑える方法か・・・子供達も参加してくれそうだ。子供達の部もゲームに入れたい・・・。
 予算内でやろうとすれば冒険が出来ないのである。冒険が出来ない気持ちでやるとイベントは盛り上がらないのである。去年までのイベントがそれである。今の会費の額の中ではやれることは知れているのである。・・・昨年の決算書を見ると???というところがある。それは別の収入源が???・・・それは想像の域である。
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2015/9/16

2台のカメラで・・・  
 練習場に新しいカメラを持ち込んでその性能を確認した。今までのカメラとの差は一目瞭然となった。ストロボ撮影とストロボ無しそして動画撮影と自由自在にすぐに切り替えできる。機能性抜群である。これは重宝する。撮影が楽しくなった。
 CANONを愛用してきたのでほしかった機種は8000Dモデルだった。EOS Kiss X8iも範疇にあった。しかしこれらの機種は余りにも出回っている。そして人気があり価格もそこそこである。購入したモデルは一つ古いが、それらの機種と同レベルの性能である。そして数万円が安いのである。それで思わず買ってしまった。損得は考えまい・・・出会えた縁を信じる。
 カメラも道具である。機能を上手く活用すれば今までとは違う写真が撮れるはずである。今日も時間の合間に施設の撮影をした。望遠ズームを活用した写真は今までに無い表現力があった。ホームページの写真も変わってくると思う。もちろん太鼓の演奏写真も全く変わるだろう。この機種を使いこなすテクニックをこれから模索である・・・楽しくなった。
 このクラスのカメラを手に入れれば、また次の上のクラスをきっと欲しがる。人間の性を失ってはならないと思っている。
 今までの愛用のカメラはこれからも活用する。まだまだ現役である。このカメラで様々な撮影をしてきた。栗沢太鼓のほとんどの写真はこのカメラである。このカメラがメンバー達の成長を写してきたのである。農業祭のポスターの写真もこのカメラだった。そしてクラインガルテンのホームページの写真もこのカメラである。10年前に20万円をはたいて買ったこのカメラはそれ以上の活躍をしてきたと思っている。そしてますます現役で活躍してもらう。
 新しいカメラはその補佐をやっていく。表現力のある写真をプラスしていくことになるだろう。2台のカメラで楽しんでいく・・・。
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2015/9/15

人の気持ち・・・  
 カメラは買ったが記憶するカードがない。午後からそれを買いに行き、その帰りにクラインガルテンに寄ってメロンを収穫してきた。管理の人達が稲刈りを行っていた。昨日の雨で今日に変更した。
 カードをセットしマニュアルを見ながらテスト撮影である。バリアングル(可動式液晶)の液晶は3.2インチと大きい。動画撮影はボタン一発で撮影を開始する。モードボタンの変更も楽である。それも何種類もあって非常に扱いやすい。これはいい写真が取れそうだ。早速、夕日の写真を撮った。前のカメラでは(いやまだ現役だが)こういう撮影は難しかった。そしてレンズである。18〜140mmのズームレンズは機能的である。前のカメラには18〜55mmと28〜300mmの二本を持っていた。しかしその後者のレンズが壊れてしまった。修理?とも考えたが費用がバカになりそうもない。純粋でないこのレンズは一度修理に出していて信頼度が今一だったのである。望遠ズームという楽しさもあったのだが・・・電力の消耗が激しく焦点も今一だった。価格は安かったがそれなりだった。今回、メーカーを変えれたのもこの一本が使えなくなったのが大きな判断である。もしこのレンズが使えたならば同メーカーだっただろうと思う。
 これからはこの二台のカメラを使って撮影していく。雨や誇りなどが多いところは旧機種を使うことになる。演奏する写真や夕景などの難しい被写体は新しいカメラが受け持つだろう。そして動画もこのカメラが活躍する・・・私にはすごい進化だ。
 本州の利用者が収穫した荷物を送るのに運送費用が負担になっていることを聞いていた。郵便局に相談したが上手くいかなかった。農業祭の実行委員会の打ち上げで局長に相談しようと思っていた。そこに隣の同級生から電話が入った。退職した職員(青年会からの知り合い)が復帰し挨拶に来たのだそうである。それで『クラインガルテンが困っている。』と話したらしい。それならばと言ってくれていると…有難い。
 今は本州からの利用者は二人しかいないが、トウモロコシや馬鈴薯など送る荷物は半端ではない。そして次々にここを利用したいという本州の人が見学に来ているのである。来年は間違いなく本州の利用者が増えると思っている。それは荷物のやり取りが増えることになるはずである。ドリーム館で出せてそして安い運賃となれば、利用者も便利で負担も少なくなる。何とか実現したい。
 同級生、青年会時代の仲間、先輩達、後輩達・・・力を貸してくれている。感謝である。・・・この施設を預かって人の気持ちの有難さを改まって感じている。その気持ちを利用者に投げかけていきたいと思う。きっと暖かい施設になっていくと・・・。

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 テスト撮影
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2015/9/14

デジタル一眼カメラ・・・  
 昨日の夕方だった。『明日見学に行きたい!』という電話があった。今日は私は休みである。来る時間を尋ねてその時間に待ち合わせをした。
 訪ねてきたのは老夫婦と乳飲み子を抱いた若いお母さんだった。『この施設をどう知りました?』と尋ねると『TVを見て・・・』という答えだった。その若いお母さんがTVを見て、横浜に住むご両親にこの施設があることを教えたのだそうである。
 ご両親はクラインガルテンに興味があって本州にあるクラインガルテンを見に行ったようである。『ここは静かですね。そこはすぐ近くが住宅地なんです。ここはいい…』そういう感想だった。嫁いだ娘さんは北海道の札幌に住んでいる。そして孫が生まれた。いつでも顔が見たいのだろう。・・・募集が始まったら連絡することを約束した。
 その一行を見送って間もなく、また見学の電話が入った。大阪の人である。11月にも大阪から見学者が来る。・・・うれしい悲鳴となりそうだ。
 無性に新しいカメラがほしくなっていた。今持っているのはデジタル一眼の初期のカメラである。画素数は630万画素でいかない。最新のモデルからとは比べようがない。10年余りを使い回し今でも活躍中である。このカメラでメンバーの演奏を撮影しホームページに掲載してきた。クラインガルテンやNPOのページもこのカメラでの撮影で賄ってきた。当時の価格は今の高級機が買える価格である。
 フイルムの時代から写真が好きだった。学生時代は叔父のカメラを借りて、社会人になって一眼カメラを買った。キャンビーの写真はそのカメラである。しかしその頃から時代はデジタルへと変わっていった。そして飛びついたのがそのカメラである。高い買い物だったがその使用頻度で充分に元は取った。
 フイルムの時代から〇コンのカメラが憧れだった。しかし値段が高かった。いつかは〇コンの一眼レフカメラを持ちたいと思っていた。デジタル時代になって○ANONが一眼カメラをリードしてきた。○コンは遅れを取っていた様に思う。しかしフイルム時代を知る私には憧れのメーカーなのである。
 手に入れたい○ANONの機種を電気屋に見に行った。その機種はそこにあった。その横に現品限りとという○コンのカメラが置かれてあった。最新機種の一つ前のものである。しかし撮影性能は3機種ともほとんど変わらないのである。画素数は2千4百万画素である。最新機種も余計な付録がついただけで代わり映えはないのである。それで価格は1万円ほど安い。そこに販売員が来て『見直してきます。』と・・・価格が一気に下がり・・・買ってしまった。
 これはいいぞ。今までのカメラとは10年の進化である。そして一眼カメラでは中型機である。そこそこの撮影も可能である。・・・本当はプロ用の域がほしいが。
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2015/9/13

冒険・・・  
 今日は朝から雨となった。市民農園には2〜3台の車が訪れただけだった。昨日現れた同級生が、お土産に持たせたメロンが美味しいかったと一箱を地方発送した。ドリーム館内にはあと一箱と数個のメロンしかなくなった。本当は畑を探せば幾らかはまだあると思うが、この雨で収穫は出来なかった。『美味しかった。』というリピーターで何だかんだと売れているのである。
 来月初めにある収穫祭の対策を考えていた。特に雨の時の対応である。頭にはドリーム館内でやれないか?・・・それにはどうしたらよいかと・・・80名位のスペースは充分にある。しかし炭を使うバーベキューがこの発想を妨げるのである。
 今日もそうだが、この時期の雨となれば気温も下がる。外での事業は非常にリスクがある。テントを並べても風や雨に打たれれば楽しさは半減どころではない。それでこのドリーム館を上手く活用できないかと、図面を持ち机を引きずったりしながら管内を回った。
 館内には広い談話室とこれまた広い廊下がある。80名位が座れるスペースは充分にある。風除室から玄関ポーチにも広いスペースがある。そしてバルコニーである。ここにはコンロ4台が楽々置けれる。玄関ポーチにも2〜3台は置ける。開会式やゲームなどは管内で、コンロで焼く食材はそれぞれ持って行って焼いてもらう。そこに新たな交流も起こると思っている。
 17年の歴史の中でこのドリーム館を利用した交流会や収穫祭は全く無かったのである。雨の時には格納庫を使っていたこともあった様だが、今の格納庫では清潔感がまるでない。食事をする環境ではない。今まで何故ドリーム館を使ってこなかったか、そちらの方が不思議なのである。・・・そういう暗黙の何かがあったのかもしれない。
 野菜販売ブースを作った。馬鈴薯も箱詰や紙袋詰めにして管内に持ち込んだ。それには清潔なパッケージにすることだったのである。人が来てくれる賑やかな場所にしたい。それには今までの考えの域を超えなければならない。掃除のおばさんが困る位に人が集まって来る。そんな場所にしなければと思うのである。
 外から見る建ち姿から威圧を感じる建物である。・・・ドリーム館は敷居が高かったのではないか?、胡坐をかいていたのではないか?・・・この建物に活動感を吹き込まなければならないのである。
 町の時代からあった陳列棚がそのままあった。華やかな時の商品が並べてあった。それを見ただけで何も冒険をしてこなかった運営と解った。それでは人は離れていく。新しい魅力を模索していかなければ楽しい施設とはならない。刺激のある冒険をしていくことが活力を生むのである。 
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