2017/2/28

マニュアルは一つの指針に過ぎない  
 久しぶりに札幌へ行ってきた。といっても遊びではなく研修会である。それは肥料取締制度研修会である。施設で生ごみたい肥を作っている。その関係である。
 会場は札幌のど真ん中の道庁赤れんが庁舎である。渋滞と駐車を考えてバスで行くことにした。我が家前のバス停から札幌駅まで直通で行けるのである。ただし便数は限られている。帰りの便が終わってから待ちがあるのである。案の定、予定より早く終わって、さらに時間が余り『高速岩見沢号』で岩見沢へ、そして乗り継いで帰宅した。あと20分早く終われば早い便に間に合ったのだ。
 肥料の生産と販売の制度の話である。資料にそった説明だったが音響が悪く聞き取りずらかった。初めての開催なのだそうだ。100名の参加である。生産・販売業者が増えてトラブルがあるようでその事例を出して説明された。・・・状況が少し飲み込めた。要は肥料の規制の仕組みである。それがややこっしいのであるが、うちの肥料は一番単純で届け出だけで済むのである。人が口に入れる残飯が原料なのだから安全でなのである。しかし・・・ここまで来るのに何だか遠回りした生産となった。無知な連中が集まって主導権?目標?・・それが無く始まったのだから当たり前である。現場を預かる身としては・・・しかし早くにポイントは決めていた。それに嵌るように調整してきた。
 陶磁器工場の立ち上げの事を考えたならば何てことはなかった。ただ責任を誰が取るかのたらいまわしみたいだった。・・・関連の会社の一人がそれが原因で退職したのである。彼には何度も『お前の責任でないからな!』と励ましていたのだが残念である。それがあって機械の製造元の社長がやっと来るか・・・彼はいい犠牲者である。
 物を作る。人を育てる。それは簡単なことではないのである。幾度もの挑戦と経験をし、失敗を繰り返さえなければ本物にならないのである。机の上で、マニュアルは作れないのである。そしてマニュアルは一つの指針でしかないのである。
 数字だけを重んじたならば、良い製品を作ろうという考えを失ってしまうのである。チームも同じである。会員数、コンクールに入賞・・・それを求めたならば本物のチームにはならないのである。我々のチーム作りは次代を見越したものでなければならないのである。
 
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2017/2/24

隣の爺さんの役目と・・・  
 『よくやるね。』と冷やかしみたいに言われたこともあるが、それを続ければ誰もそんなことを言わなくなった。それは意地でやってきたことでは全く無い。それが普通の生活の中になっていた。
 初々しい子供達が次々に現れる。その子達と新しい付き合いがまた始まる。その度に新しい刺激を受けるのである。時には困った子も出現する。それもまた刺激になっている。どうしたら上達させていくか。どうしたら修正してやれるか・・・。
 彼らにとって我々の立場は親でも無ければ担任でもない。クラブ活動でもない。しかし、我々は同郷の子供達を育てなければならない役割があると思っている。どの立場にない隣の親父の役目を我々の会が担っていると思うのである。そういう立場となる存在は今の時代ではなかなかないのである。
 我々の子供の時代は、世間がみんなで子供達を育てていた。やかましい婆さんや、うるさい爺さんが他人の子を叱り誉めてくれていた。しかし今の時代はそんなことが希薄になっている。この田舎でもそうなっている。そして可愛さ余りに育てる親もいる。
 家庭で出来なことや学校で出来ないこと、それを補うことを我々はやっていると思っている。それは昔の世間の目なのかもしれない。
 我々はただ太鼓を教えるだけではない。彼らとは家族の様な気持ちとなって育てていきたいと思っている。みんなが幸せになってほしいと思っている。それは、時に厳しいことも言わざるを得ないのである・・・。
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2017/2/22

時にはガツンと・・・  
 ここ何年もメンバーを叱ったことが無かった。・・・さりげなく注意をしてきたが、何も変わらない態度に行動を起こした。彼は『メンバーが減っていくから何も言わないだろう。』と甘い考えを持っていたようだ。こういう子はガツンと言わなければ変われないのである。
 言い訳を言いだした頃から、そのタイミングを計っていた。今日は高校生達が試験で休んでいて人数も少なかった。かなりきつい言葉で彼をたしなめた。言い訳は一切耳にしなかった。失うことも想定内で注意したことである。・・・変わってくれるといいが。
 11月に仲間になって、わずか2ヶ月で『新年初打ち』でソロデビューである。その子が4月に6年生となる。最後の運動会である。『運動会で太鼓を打ちたいか?』と尋ねると『うん』という返事が来た。この子を入れて小学生が4人となった。彼女以外は4年生が2人、3年生が1人となる。その3人を口説き、この4人で運動会の演奏にチャレンジである。
 『運動会プロジェクト』が始まった。今の持っているスキルをただ磨いてと考えていたが2回の練習で考えを変えた。彼らの意欲を読み取り、これを機会にレベルを一気に上げることをである。
 反抗期か何か知らないが、言い訳をしてさっぱり上達しない中学生を追い越してやる。小学生達をバカにしていたようだが、そんな奴らを慌てさせてやる。奴らの尻を叩いてやる。
 
 『お前、うまくなろうとしていないんでないか。』・・『太鼓が好きだから来ています。上手くならなくてもいいです。』・・『それは好きだと言わないんだ。本当に好きなら上手くなりたいと思うんだよ。それが思わないのはお前のいい訳だ。そんな奴はうちにはいらない。みんなの邪魔をしているだけだ。もう来なくていい!』・・・帰ってしまうかと思ったが、練習に残っていた。
 これで彼が変われれば叱ったかいがあるというものである。そう願う。
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2017/2/13

心許される仲間・・・  
 メンバー達には悪かったが土曜日の練習を一日休んで、大人達スタッフと家族での温泉での親睦会を行った。去年、みな○君のお母さんが発起人になって開催して大盛り上がりとなった。『今年もやろうよ』とリクエストしていた。私の仕事のスケジュールに合わせてもらって日程が決まり、隣町の温泉に・・・。
 久しぶりに温泉に浸かった。温泉の暖かさが疲れた身体に浸みわたった。気を許せる仲間達との一夜は心も温まった。
 すっかり爺にされたが・・・それも癒しになっている。本物の爺にも懐かないという(その爺も同席である)もう一人の孫の隣に席を置いて、いろいろとアクションを起こすが・・・なかなか手ごわい。子供の扱いには自信を持っていたが、この子には参った。しかしもう少し時間があれば手なずけれると思うが・・・この子にも半天を用意してやるか。
 楽しかった時間はあっという間に終わってしまった。帰りのバスの中では『一泊にするか!』という話が・・・それもいいな。これは楽しみの一つになるな。
 春には社会人に二人が・・・そのお祝もしてやりたい。その子達もいつかはこの仲間に入って来るだろう。何も気を使わない、そして素でいられる仲間の集まりは笑顔でいっぱいである。そういう心豊かになれる時間は宝である。それが人生にあることは幸せである。
 太鼓を教えるのではなく、人を育てることである。手段と目的を間違えたならば、こんな仲間は作れなかっただろう。彼らは私にとっての貴重な財産であり、心許される仲間であり家族である。
 チームの発足から35年となった。運営の殆どは立ち上げから私が中心だった。35年も続けられたし、これからの未来の可能性もある。このチームのプロジェクトは大成功だったのだろうと思う・・・そして歴史はこれからも続くのである。楽しみがこれからもまだまだ続くのである。笑顔で溢れる活動を続けていきたいものだ・・・。
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2017/2/6

包容力を持った活動に・・・  
 休みだった今日、顧問・相談役の委嘱に回った。前会長は精米をしていた。作業小屋で「日にちを間違えてよ。日曜日に行ったら誰もいないのよ!」と・・・総会の日にちを間違えていたのである。しばらくの時間話し込んできた。議員さん二人は留守だった。委嘱状とお土産の山わさびを置いてきた。『これ美味しいんだよね。』と家族の人達が喜んでくれた。毎年の恒例のお土産である。
 総会の時の『新年の抱負』はみんな立派に発表してくれた。来賓に初めて出席してくれたNPOの副理事長は感心していた。初めての人は大概が驚く。
 我々の活動はいいかっこしいではない。内容も外ずらも何の隠し事もない正味の活動である。それは思いやりに満ちたファミリーなチームになっている。しかし組織としてはしっかりとしたルールの中で活動したい。特にお金に関することはルーズなことはしたくない。監事の一名を会員外の父兄にお願いしたのは、信頼を得た活動にしたいからである。
 総会に父兄の参加をお願いしているのは、預かる子供達をどう考えて育てるかを理解してほしいからである。父兄と共に我々も一緒に子供達を育てていきたいのである。
 大好きな太鼓をする為には、お父さんやお母さんに理解して貰わなければならないのである。まずは勉強をして、部活もして・・・それが大好きな太鼓がやれることになるのである。
 勉強、部活そして太鼓と選択しなければならないということにしたくない。やりたいことを続けれる体制にしていきたい。・・・包容力を持った活動をしていきたい。
 
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2017/2/2

チームの方針・・・  
 総会の挨拶でチームの方針をはっきりと伝えた。優先順位をしっかりと守って大好きな太鼓をやってほしいと・・・それは自分自身に言っていたのかもしれない。ほとんどの子はそれを理解して活動をしているが、2〜3の中学生の行動を心配している。
 総会に出席してくれた父兄達は、この方針を理解してくれたようだった。進学の勉強を心配していた父兄には子供達の代弁として語ったつもりでいる。勉強を取るか、部活を取るか・・・そんなことではない。我々の活動は人を育てる活動であって、チームを有名にする活動ではない。子供達のこれからの未来の為の何かに役立つ為の活動である。
 中学生や高校生が学校祭のパフォーマンスや独自のイベントを企画した。自分で発想して実現する。それはすごいことである。それは何を意味するかというと・・・我々の活動は今の流行りでいえばメンバー・ファーストということである。メンバーを束縛しない活動を我々がやっているからである。そして農業祭など、我々大人の活動を見てきたことではないかと思っている。それが彼らに影響したのではないかと・・・頼もしく感じている。
 メンバー達は太鼓が大好きなのである。その大好きな太鼓を続けていく為には、父兄の理解を得られなければならないのである。それはチームが継続していく為の手段でもあるのである。
 我々の活動は、たえずメンバー達に合わせている。しかし、それは常識のある活動の中でである。過去には逸脱した考えの父兄もいた。それは排除せざるを得なかった。それをしなければチームの方針を貫けられなくなるのである。
 今・・・ちょっと心配の子がいる。総会には父兄は現れなかった・・・そこも不安である。
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