今日も稲を見た。出葉調査をしていると、隣接田の耕作者が 「 穂が大きくなった 」 と、茎を割いて幼穂を見せにきた。
5月22日植え、手の上の幼穂は1寸(3p)位である。田んぼをのぞくと、止葉が1/3位まで伸びていた。
調査田は、1本植え13株に印して出葉を見ているのだが、止葉先が見えた株と、まだのものが約半々くらいである。それでも幼穂5pがあったと息子の弁。生育にバラツキのあることはもちろんだが、どうも1本植え調査株と、3・4本植の一般株では、稲の生育実態に乖離があるようだ。
5月30日 中苗植え、今日 穂肥をいれた。
今日は 「
川口まつり 」、有難い陽射しで、梅雨あけが期待される。
家の前で、川口まつり を見る。

陽射しが傾いたころ、突然あらわれた騎馬武者。
「 川口まつり 」 のメインイベントとされる、
武者行列である。

つづいて幡幟をかついだ徒歩武者。
「 世界平和 」 は、現代ならでの旗印としてうなづけるが、「 南無八幡大菩薩 」 は何としたことであろうか。
八幡太郎 源義家 に模した武者行列に、中世の八幡船(
ばはんせん)の船印である。

つづいて騎乗の女武者が、姫武者を従えてあらわれる。

そのあとには、緋色のあでやかな女御の行列がつづく。
(写真はクリックで拡大)
川口に大きな まつり を創ろう。メインとなるイベントも創ろう。と、試行錯誤しながら長い期間の積み重ねで、今日の 川口まつり 武者行列 が定着したのである。
卒業年次の中学生がそろって地域行事に参加して、武者行列を構成することは、後の生き様のなかに、
ふるさと意識が意味を持つようにと配慮した計らいであった。この意味では続けたい
おまつり行事 である。
女子生徒も含めた全員参加であるから、姫武者と女御の登場も、自然の成りゆきとなっている。
この武者行列が、「 八幡太郎 源義家 」 を謳うのは、
川合神社(あおりさま)にまつわる伝承故事の物語によっている。
問題は、この
八幡太郎の物語の意味が問われていないことである。
「 まつり 」 のなかに、ただ華やかな印象づけとして取り込んだイベントであるだけで、伝承故事が地域との係わり合いの意味を探り確かめようとする動機が見えていない。
暑い夏の日に、中学生たちが演じた伝承行事に汗の憶えだけで、地域文化の意味を学ぶことなく卆るのは惜しいのである。
「 まつり 」 は地域を高めるエネルギーである。それは地域を識ることから始まる。川合神社の「八幡太郎」物語には、
読むべき川口の深みがある。武者行列に託された地域の真意は、いつか明かされなければならない。
夜には豪華な花火が打ち上げられた。こぞって参加の「
町民号」であった。


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