「不思議なまでに日本で話題にならないプーチンによる米大統領選介入問題「マガジン9」:想田和弘氏」
憲法・軍備・安全保障
2016年12月21日up映画作家・想田和弘の観察する日々第47回 不思議なまでに日本で話題にならないプーチンによる米大統領選介入問題 から転載します。
不思議なまでに日本で話題にならないプーチンによる米大統領選介入問題
日米の報道に接していて感じるのは、アメリカのメディアで大騒ぎになっている問題が、ときどき日本では不可思議なまでにアリバイ程度にしか報じられないということである。
無論、日本で大騒ぎになっていることがアメリカで報じられないことの方が圧倒的に多いので、お互い様といえばお互い様だ。だが、日本人が「宗主国」の動向にふだんは極めて敏感で、たいていのニュースがかなり詳しく伝わっていることを考えると、非常に重大なニュースなのに伝わらない現象を目の当たりにしたとき、この問題に限ってどうしてスルーされてしまうのだろうと首をかしげてしまう。
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ロシア政府とプーチン大統領がドナルド・トランプを当選させることを目的に、米民主党のコンピューターシステムやポデスタ選対委員長のGメールアカウントにサイバー攻撃を仕掛け、大量のメールを盗み、ウィキリークスなどを通じて公表したという一連の重大ニュースもその一つである。
ニューヨークタイムズによると、ロシアがポデスタ氏のGメールアカウントをハックした手口は、いわゆるフィッシングの手法を用いたものだった。つまり「あなたのパスワードを使って、何者かがログインしようとしました。Gメールはその行為を止めました。パスワードをただちに変更してください」というメールをポデスタ氏に送りつけ、ポデスタ氏はそのメールに添付されていた「パスワードを変更」ボタンをクリックしてしまった。その瞬間、彼のメール10年分(約6万件)がすべてロシア政府の手に渡ってしまったのである。
ウィキリークスは、盗んだポデスタ氏のメールを一挙に公開するのではなく、投票日の1ヶ月前になってから毎日のように小出しに公開していった。クリントンに与えるダメージを最大化するために、そうしたタイミングや手法が採られたであろうことは、想像に難くない。
というのも、メールの内容は必ずしもスキャンダラスなものではなかった。しかしアメリカのマスメディアは、新しいメールがリークされるたびに、その詳細を報じることになった。それがメディアの「性」だからである。しかしその結果、クリントン陣営には常にスキャンダルまみれの汚れたイメージがつくことになり、致命的なダメージを被った。つまり米国のメディアはそう意識することもなく、ロシアの陰謀の片棒を担いでしまったのである。
しかもトランプ陣営は、ウィキリークスのそうした戦略を事前に知っていたようである。トランプ選対の一人であるロジャー・ストーン氏は、ポデスタ氏のメールが公開される数日前、「水曜日になればクリントンは終わりだ。#wikileaks」というツイートをしている。ストーン氏は「そういう話を耳にしただけだ」と関与を否定しているが。
断っておくが、サイバー攻撃がロシア政府の手によるものだということは、別に民主党が選挙に負けた腹いせに流布している陰謀説ではない。CIAが調査の結果、そうした結論を出し、12月16日にはFBIもその結論が正しいものだと認証した。ジョン・マケイン上院議員など、共和党の重鎮も「ロシアが妨害行為をしたことは明らか」だとし、「党派を超えて調査すべき」としている。
共和党も含めたアメリカの政界がこの問題に強い危機感を抱き、米国のマスメディアが大騒ぎするのは当然だ。もし本当にロシアがトランプを勝たせるためにサイバー攻撃をしかけ、メールを戦略的に公表し、その結果トランプが当選したのなら、ドナルド・トランプはプーチンの傀儡と考えられても仕方がないからだ。
状況証拠も揃っている。他の問題では常に言を左右するトランプが、ことプーチンに限っては一貫して擁護・賞賛してきたことは、「トランプ傀儡説」を深める要因の一つである。もし彼がプーチンの策略と意図を知っていたのなら、ロシア政府を頑として批判しようとしなかった理由もよく分かるというものではないか。
のみならず、トランプはこの期に及んでプーチンを非難するのではなく、CIAの報告を「バカバカしい、私は信じない。選挙に負けた言い訳だろう。CIAはイラク戦争のときにも間違った報告をした」などとこき下ろしている。来年からトランプ自身の指揮下に入る予定のCIAを、さしたる根拠もなく全否定するような態度は、疑惑をますます深めている。
いずれにせよ、この問題がアメリカ社会を揺るがす、いや、日本を含めた世界に重大な影響をもたらし得る大問題であることは、理解していただけるのではないだろうか。なにしろアメリカの新政権がロシアの傀儡になろうとしている可能性が、ゼロではないのである。しかしおそらく大半の日本人は、この事態についてほとんど知らない。日本のメディアがアリバイ程度にしか報じていないからである。
奇しくもこの事態が進行する中、プーチン大統領は日本を訪問し、安倍首相と会談した。プーチン本人が来るのだから、さすがにこの問題をメディアも少しは詳細に報じるのではないかと思いきや、会談が始まる前から不調に終わるのが確実だった北方領土問題や、遅刻だの秋田犬だのといった瑣末なことばかりがクローズアップされ、僕が知る限りでは記者会見で取り上げられることもなかったようである(間違ってたらすみません)。加えて、プーチンのシリアへの介入を問題視する視点も、ほとんど見られなかった。
一方、安倍首相は会談の失敗をごまかすべく、各局のさまざまなテレビ番組に出演したようだ。フジテレビの「Mr.サンデー」では、あろうことか「日露首脳会談で本格的な領土交渉に入った」と、おそらくは自らの保身のため、誰でにもわかるような嘘を吐いた。その嘘はそのまま垂れ流された。
これでは戦時中の大本営発表と、何も変わらないと思う。
「第47回 不思議なまでに日本で話題にならないプーチンによる米大統領選介入問題」 に1件のコメント
magazine9 より:
2016年12月20日 3:31 PM
沖縄でのオスプレイ事故についても、海外のニュースサイトでは「墜落」(crash)と表現されていたものも多かったのに、日本の大手メディアでは政府発表の「不時着」だとする政府発表をそのまま流し、「大本営発表と同じだ」という批判の声があがりました。日本のニュースだけを見ていると、気づかないことがありそうです。一方で、今回の米国大統領選では、SNSを通じて広がった「フェイク・ニュース(虚偽のニュース)」の影響も問題になっています。隠された情報、拡散する嘘の情報……こうしたものが社会を変えかねない状況のなかで、私たち市民がどう情報に向き合うのか、これからの大きな課題です。
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想田和弘
想田和弘(そうだ かずひろ): 映画作家。ニューヨーク在住。東京大学文学部卒。テレビ用ドキュメンタリー番組を手がけた後、台本やナレーションを使わないドキュメンタリーの手法「観察映画シリーズ」を作り始める。『選挙』(観察映画第1弾、07年)で米ピーボディ賞を受賞。『精神』(同第2弾、08年)では釜山国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞を、『Peace』(同番外編、11年)では香港国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞などを受賞。『演劇1』『演劇2』(同第3弾、第4弾、12年)はナント三大陸映画祭で「若い審査員賞」を受賞した。2013年夏、『選挙2』(同第5弾)を日本全国で劇場公開。最新作『牡蠣工場』(同第6弾)はロカルノ国際映画祭に正式招待された。主な著書に『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)、『演劇 vs.映画』(岩波書店)、『日本人は民主主義を捨てたがっているのか?』(岩波ブックレット)、『熱狂なきファシズム』(河出書房)、『カメラを持て、町へ出よう ──「観察映画」論』(集英社インターナショナル)などがある。

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