利潤、交易、一般貨幣、市場の外部性から続きます。
[すみちゃん]
「しかし、市場は、それほど表層的なものでしょうか?
市場は共同体に対して外から到来してきたものであり、商人に利潤の機会を与えることによって、利潤と同様に共同体に対して破壊的な作用をもたらすものではないかと思うわけです。」
(あっしら)
「市場は共同体に対して外から到来してきた」という説明を読んで、“市場”とは何かという定義が必要なのかもしれないと思っています。
市場は、(不特定)多数者が貨幣を含むあらゆる財と貨幣を交換する場で、個々の取引で実名を問われることなく交換取引(売買)に参加できるところだと考えています。
市場参加者は“誰”であるかは問題ではなく、非人格的存在である貨幣と財(ある貨幣に換えうるあらゆるモノ)が行き交うことで成立します。
貨幣もしくは財(使用価値)を市場に投じるという行為が人格(思惑)に支えられているとしても、市場において人格は意味を持ちません(捨象できます)。
市場参加者の人格は“市場の外”でのみ意味を持ちます。
このレベルで定義した市場であれば、共同体外部に由来するという必要はないし、利潤の発生も予定されているわけではありません。
(共同体内の市場であれば、ある特定の市場参加者が利潤を得るとしても長期的にはそれは誰かの損失に負っていると言えます)
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