「小部屋」(創作テキスト)
30年住んだ家を引っ越すので、
あの小部屋を開けることにした。
階段の下の、小部屋と呼ぶには余りにも小さい物入れのような場所だったけど。
あの部屋は絶対開けちゃいけませんって母に言われたのに、
一度だけ開けてしまった記憶があった。
大したものも入っていなかったので、すぐに閉めたと思う。
母が何故あんなことを言ったのかわからない。
母に聞いても「さあ、そんなこと言ったかしら」なんて返事
また小部屋を開けると、
そこには幸せそうな家族が小さいテーブルを囲んでいるのが見えた。
可愛い子供、優しそうな父親、健康そうに頬の張った母親。
そこにいるのは、紛れもない私だった。
この引越しをきっかけに、麻薬から更正するための施設に入る私の、
げっそりとした姿とは対象的な幸せな奥様だった。
知りたい という気持ちを追求しすぎて人はつまずくことがよくある。
あの時、好奇心で大麻に手を出さなかったら?
あの時、妙に好きだったあの男と駆け落ちしなかったら?
真実を知るほど、物凄いスピードで死に引っ張られる
真実って、知りすぎて 殺される
知りすぎて 死にたくなる
「だからあの時開けないほうが良かったのに」
後ろのほうで、母の声がした。

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