野口雨情と東日本大震災  自然災害との付き合い
 今年の夏はテレビに紹介されたこともあって多忙を極めた。9月に入り3日ほど休みを取った。この休暇で茨城の北部へ車で出かけ岡倉天心ゴ五浦美術館・五浦六角堂・野口雨情記念館・野口雨情生家、資料館などを訪ねた。
 雨情が少年期を過ごした旧家には資料館が併設されこれらを保存・維持している雨情のお孫さんに当たる野口不二子さんから説明を頂いた。
 *青い目の人形 *雨降りお月さん*赤い靴 *7つの子 *波浮の港*船頭小唄 など60代以降の人たちにはいずれも心に響く詩である。
 北茨城市は先の震災で津波被害を受けたことは周知していたがこの生家・資料館が大きな被害を受け再開に数ヶ月を要したこと、など館長の野口不二子さんから聞くことが出来た。1943年生まれ、後世に伝えるという意思の強さに打たれた。これらの詳細は野口不二子著郷愁と童心の詩人「野口雨情伝」で知ることが出来る。
 帰りから望む海岸は6M護岸の設置が進行し平地から海が見えなかった。先々のことを考えると震災・減災を引き換えに生活から海・海岸の喪失が当たり前の日常となる。子や孫たちにどう伝えていくのか!
        館長の野口不二子さん         

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     野口不二子著郷愁と童心の詩人「野口雨情伝」        

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