震災後のまちづくり  飯岡津波 復興への歩み
    飯岡地区固有の課題とはー1
 下の写真は1昨年度、屏風ヶ浦写真展開催の折に寄贈された戦前の写真である。一枚目は現在の下永井にある波止の鳥居付近から屏風ヶ浦に向かって撮影したもので大正年代のものである。二枚目は逆に波止の鳥居に向けて撮影したもの、明治終わり頃と聞いている。
 何れも未発見のもので貴重な資料である。ここで判ることは侵食にあれこれ備える姿が彷彿できることだ。江戸後期から各地から集まった人々が集落を営み漁と侵食に明け暮れ、時には押し寄せた津波と相対し被害を偲び集落を維持して来た、今でいう絆が当時はどうであったのか、資料が無いので想像力に頼る以外にない。
 資料では七集落が侵食で移転したことが記されている。津波による高台移転ではなく侵食による集落の移動が海という自然へに対する飯岡の歴史であった、と理解できそうだ。これから先、集落の形成され方など震災後のまちづくりについて飯岡地区固有の課題を考えれる上で考えを整理して行きたい。
 
 
 
 
 
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