2006/7/15

セカンド・セメスター・・・・前半  ■新・音楽体験記/留学の頃

いろいろあった「冬休み」も終わり、セカンド・セメスターが始まった。

ファースト・セメスターは要領がわからず、余分な科目がスケジュールされていて戸惑ったが、要領も掴めてテストアウト(飛び級試験)を行ってほぼ必修科目は終了したので選択科目をレジストレーション期間に周りながら選んだ。
上手い具合に授業を固めて週の真ん中には休みが組めた
これで落着いてやりたい事をやれるゾ

と、喜んだのもつかの間、レジストレーション最終日に僕のメールボックスに黄色い紙が入っているのに気が付いた

学校からの「お達し」はいつも黄色い紙なので、、なんだろう?と読んでみると

「貴方は以下の日程で学生の音だしの為の演奏をする義務があります。レジストレーションが終わったら直ちに貴方のスケジュールを事務局まで提出しなさい」

う、うう。。。

奨学金で授業料を免除されている学生は、学校が要求する内外の演奏会や録音、リハーサル・バンドに加わって演奏しなければ奨学金を取り上げられてしまうのだ

これは条件だから従うしかない。事務所にスケジュールを出したら、、

「ハイ、ヨ・ロ・シ・ク」

と水曜日の休みのところに2-4,4-6.6-8と記入された。つまり午後2時から午後8時までアレンジや作曲の授業で学生が書いた作品を演奏する為に部屋で待機していなければならない。。
見事に月〜金は学校の予定で埋まった。。。ふうーっ

っま、それはさておき、セカンド・セメスターは始まった。
開始早々に、自分のリサイタルがある。
ファースト・セメスターでは自分のリサイタルやコンサートは出来なかった(物理的にも前のセメスターの内に申請するわけだから無理)が、これからは解禁だ。

ファースト・セメスターの時にアンサンブルで同じクラスになったベーシスト、スクーリと気が合ったのでバンドに誘った。そして普段からいろいろなところで顔を合わすメンバーが集まってくれて最初のリサイタルとなった。

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Toshihiro Akamatsu/vib Makio/g Masaaki Imaizumi/p & kb Skuli Sverrison/b Fumio Ishizaka/ds @ Berklee Recital Hall 1-A
1987年1月22日(火)午後7時開演

ただでさえ、ボストンに来てからオリジナルを演奏する時間に餓えていたのだから盛り上がったのはいうまでも無い。
バークリーは(当時)学内に2つのリサイタルホールと1つのコンサートホールがあり、リサイタルホールは昼の部・夜の部に分かれていたので一日に最大5つの演奏会がある。

本番よりも大変だったのがリハーサルの部屋取り。2時間単位で30前後のアンサンブル室を夜間貸出すのだが、夜6時の予約は当日の午前7時、夜8時の予約は午前8時、夜10時と深夜0時の予約は午前9時。リーダーになるとメンバーのスケジュールを合わせたら、まずこの朝の予約ラインに並ばなければならない。だから朝に授業があると、このラインに並んだ後で意識モウロヲのまんま受ける事になる。しかもリハーサルルームは学校行事が入ると全部を開放しないから、確実に部屋を取る為には受付時間の1時間前には並ばないとまずい。夜遅くまでセッションやリハーサルをやった翌朝、5時半には起きて学校へ行くわけだ。宿題とかやってたら寝るのが午前3時頃になる。レム睡眠どころではない日々が続いたおかげでかなりタフになった(笑)。

そうこうする内に学外へもお誘いがかかる。
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Kobi Hass/b Nimrod Elissar/ds Toshihiro Akamatsu/vib
@ The Wellow Jazz Club 2/10/87

コビーは近所に住んでいて僕が東京からボストンに連絡を取っていた時に大変お世話になった坂下君の紹介。原則として留学生は仕事をしてはいけない事になっているが、メンバー全員バークリーの学生なので仕事とは位置付けなかった。バートン氏から借りてるヴィブラフォンをコビーの車に積んでウィロウ・ジャズ・クラブへ。本番は満員の観客の9割り近くがイスラエル系の人という不思議な雰囲気。だけど変な日本人のヴァイビストは妙にウケました(笑)
目まぐるしく早いパッセージを弾くと「ウォー」という唸りとも祈りともつかない反応が

学校からも、授業の作品演奏の奉仕(奨学金支給済みによりノーギャラ)の他にボストンの他の学校で演奏する仕事(こちらは少額ながらギャラあり)も、例の「貴方は・・しなければならない」通達で出掛けました。
僕らの少し前にトランペット専攻のArai君のバンドが女子大で演奏して「エライもてた
」と盛り上がっていましたが
僕のバンドが「派遣」されたのは、、、

お堅いですゾ!

何と、ハーバード大学 そこのスプリング・アート・フェスティバルで演奏してきなさい、というもの。
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Spring Arts Festival @ Harvard 4/24/87
この時はワールド・バンジョー・コンテストで優勝したばかりの有田純弘をゲストにリサイタルのメンバーで。有田さんのバンジョーとヴァイブのデュオがウケました。
この時のギャラは145$。しっかりサインしたので覚えてます(笑)。それでも留学生にとっては貴重な財源でした。

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休憩でフードサービス。アイスランド出身のスクーリが真剣に見ている先には・・・にぎり寿司!その後彼は殆どのトロを平らげた

そんな慌ただしい日々が続く頃、住んでいたアパートに異変が!

後半へつづく



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