2006/4/10

本当は11曲収録したアルバムだったけど・・・  月曜:ちょっと舞台裏

今夜は名古屋から日付けが変わってレギュラーの話題をアップ。

先週アルバムのリアジャケ写の話をした『SIX INTENTIONS』(TBMレコード/2002年12月発売)の裏話です。
実はこの録音では11曲のレコーディングを行ったのです。録音をしたのは02年4月、発売は12月でしたから、CDになるまで半年以上の時間がかかっている事になります。現在のCD制作の標準的なプレス(盤を作る為の工程)は約1ヶ月ですから宣材やらプレス(これはマスコミ関係の意)発表などを加えて3ヶ月程度の時間が準備期間というのが標準的な流れと言えるでしょう。
TBMレコードからは夏頃にはリリースが決定していましたから、それからまた1クール(3ヶ月)以上発売に時間が掛かるのは例外的です。

それは、このアルバムをTBMレコードが業務提携しているJVCの新技術による高品位録音でアルバムをパッケージする事を考えたからです。詳しくはアルバムに書かれていますが、要するに夏の段階ではまだJVCが新しいカッティング技術を開発中の為に試作を作っては破棄し、また作っては破棄、、、となかなか目標値をクリアーする事が出来ず(それだけ技術開発には時間と労力とコストが掛かる)、録音が終わった原盤をプレスする事にならなかったわけです。

9月に入ってようやく満足の行く成果が出たので「GO」という連絡が入り(それでもJVCでは試験プレスを繰り返しながらあらゆる想定項目のチェックは続いている)アルバムのジャケット制作が始まり、ようやく軌道に乗ったわけです。めでたし、めでたし

アルバムタイトルが決まり、曲順を決め、ライナーノーツはジャズジャーナリストの児山紀芳氏が担当と決まり、JVCのマスタリングスタジオでのマスタリングの日程も決まり一安心となり、こちらは秋のツアーに出掛けたのでした。












しかし





忘れもしません、それは中央道を車で走っている時の事、何度も携帯が鳴るのでSEに停まってチェック。
それはTBMレコードの社長F氏からの緊急コールでした。
「何時でもかまわないから連絡を」と。
何事??と思って深夜1時近くにも関わらずに社長に電話すると・・・・

こういう事だった。、、
新しい技術によるカッティングは技術的な理由からCDの収録時間が最大62分以内と制限される事が昨夜判明した。気になって社長が原盤の収録時間を計ったら65分あるという。断腸の思いだが、このままでは収まらないのでどうしても明後日のマスタリングまでに1曲落としてくれないだろうか。。。。。

正直、青ざめた
思い通りにならないのならやめてしまおうか、とも思った。参加してくれたミュージシャンの事を思うと、進めるべきか止めるべきか、大いに悩んだ。しかも明後日には返事しないといけない。
時間さえも待ってはくれないのだ

YESかNOか

やめてしまうのは簡単だが、辞めてしまったら全て世に出ない、その方が参加してくれたミュージシャンや協力してくれた人達に失望を残さないか?
若い頃なら「そんな事言うなら僕はやらない」と駄々をこねただろうな(笑)。すこしは大人のなったか。。。。かも。。

そこで選曲からやりなおし、翌日には該当する曲の関係者に事情を電話で説明し承諾を得てから1曲を削った10曲のラインナップをレーベルに送信した。

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『SIX INTENTIONS/赤松敏弘』(TBMレコード/2002年12月発売)

そんな舞台裏の苦悩と選択の中で無事にJVCの高音質録音XRCD24の世界初タイトルとして発売され世界各国で評価された10曲収録物語。選曲から外れた1曲(フェアリー・オブ・フォレスト)はVMEレーベルで音楽ファイルDL販売と、au着うた“着JAZZ”“着JAZZフル”という2チャンネル展開でしっかり世に出ている。

今の時代はパッケージCDの他にネットでの展開もあるので、選曲から外れても決してお蔵入りはしないのだ。いや、そうさせないプランをもって何事も展開する時代だとも思うんだ。やはり楽曲というのは僕ら制作に関わった人全ての大切な宝物だから、ね

おしまい

2006/4/9

・・・さらに名古屋  日記

昨日に引き続き本日も名古屋から。
今朝は10時から昨日と同じ電気文化会館へ。楽器メーカーK社のイベントである。午前の部、午後の部、そして昨日のステージと合わせて若い人の若い音楽にたくさん触れてこちらも清々しい気分だホント皆さんお疲れ様!そしてK社スタッフのみなさんお疲れ様 昨夜一緒に飲みに行った広島K社のMさん、また会いましょう
彼はネット検索でなぜか会場と反対側の名古屋駅裏にホテルを取っていて、“世界の山ちゃん”で解散後ホテルにチャックインし、さてネットに繋ごうとしたら、、、、ダイアルアップだったとかで昨夜僕が出したメールもまだ見ていないらしい、、、ダイアルアップでIT環境完備とは宣伝文句に書かないと思うのだが、、、、、やなり恐るべし・・名古屋。
ヒットといえば今日の司会のSさん。勿論K社の人だがナイスな司会に一発でファンになってしまった。がんがれ〜!

で、夕方に終わってから、再び街に出て名古屋ウォッチング
そうそう、昨夜のレスでYELLさんが面白いウォッチングを提供してくれた。ちゃんと行く先々でチェキラしましたから、それは火曜日の「街ブラ・街ネタ」をお楽しみに。
で、名古屋寸景3点。

その1.
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JR名古屋駅にて
駅弁も全国にいろいろありますが、ことナニナニ系と名打ったコーナーがあるのは名古屋だけでしょう。他の駅では見たことないもんなァ。。。。

その2.
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JR名古屋駅にて
“きしめん”も名古屋を代表する名物(他にもういろとかと同列の)。しかし、いつ通っても人の列が途切れる事がないこの店。昨日着いた時も、今日通った時も、ホテルに戻る時もまだ行列でした。すごいすごい!

その3.
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おそらく昨夜Mさんが泊まったであろうホテル近辺まで飲みに出かけ時に信号待ちしていて目に飛び込んできたベタな看板。このベタさ加減がたまらない名古屋でもあります。なにやらキャッチーなコピーが流れていたが、信号が変わってしまい確認できず、、、、、残念!

まだまだミラクルゾーンの多い名古屋の夜は更け行くのでした。

おしまい

2006/4/8

そして名古屋・・・・  日記

只今名古屋です。今日から二日間は楽器メーカーK社の仕事で滞在。
名古屋と言えば“金の鯱”“味噌カツ”ときますが、、、僕的にはコレ↓
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栄交差点の観覧車
デパートの屋上とかはありますが、、、、ううん、、、かなり低い!
下半分はビルの中に埋没してます
やはり一筋縄では行かない、さすが名古屋です。

朝の新幹線で東京を出て、浜松辺りでは真っ黒の雲と雨で傘を持たずに出たのをやや後悔。しかし名古屋に近ずくにつれ晴れ間も
やはりのなせる業でしょうか。。

二日間ともお世話になるのはココ
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伏見の電気文化会館

第一日目は夕方に終了。K社の昔からの知り合いS主事と広島のK社から来ていたMさんとそのまま栄にある名古屋河合楽器を訪問。
そのまま(なぜか○PAホテルを通りぬけ)一路お約束の、、、、、、

ハイ、それがコレ↓
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もう名古屋と言えば“世界の山ちゃん”。東京にもありますけど、そんなことは気にもせずビールで乾杯  っんまい

さらに続々と運ばれるものの中にはこんなものも・・・
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“海老ふりゃー”とな
普通はキャベツに海老フライが乗っかるものですが、、、見事に逆
さすが名古屋です。
そんなこんなで「さすが」と思われる光景を味わいつつ、名古屋の夜は更け行くのでした。

おしまい

2006/4/7

手一杯!そんな時のフィンガーダンプ  金曜:vibraphoneやmarimbaの為のジャズクリニック

毎週金曜日はVibraphoneやMarimbaをやっている人向けのお話し。金曜第三回目の今日は補足技法のフィンガー・ダンプニングのお話しです。

今日はマリンバには無いヴァイブ独自の演奏技術の中から手を使った消音(Finger Dampning)を解説します。通常演奏で多用されるマレットやダンパー・ペダルを使ったダンプニングとは少し異なるのでよ〜く観察して下さい

マリンバでもマレットを使ったダンプニング(叉はミュート)を通常の演奏で使う事が多くなりましたが、歴史的にはヴァイブがこの分野では先行しています。
ダンプニング・テクニックを世界中に広めたヴァイブ奏者としては我が師匠ゲイリー・バートン氏が筆頭に上がります。バートン氏はバークリーの学生時代にドラマー、アラン・ドーソン氏からスティック・コントロールで多大な影響を受けたと伝わりますので、このテクニックは元々パーカッションやドラムのテクニックであったとも推測されます。(アラン・ドーソン氏は今日のジャズドラマーの基礎バイブルであるルーディメント奏法を開拓した事で有名)

通常の演奏で使われるダンプニングは二本のマレットとダンパー・ペダルを組み合わせて音のエッヂをクリアーにする事で、今日では広く一般に知られるようになったテクニックですが、今日ここで紹介するフィンガー・ダンプニングは片手でダンプニングを行う時の補足的なテクニックの一つです。

このテクニックが必要とされる状態(事態)は、おおよそ次のようなものです。

・左手は伴奏をしながら同時に右手のメロディーのエッヂをクリアーにしたい
・音が跳躍していて左手でミュートするのが間に合わない

  ・・・・・・・・・・等々

要するに、マレットキーボーダー非常事態宣言 って時の隠し技って事よ


例えば、今、コードがA♭Maj7でメロディーが短い音符でD→E♭って動くとしようよ。左手や右手を使った伴奏(comping)のサウンドは響かせつつ、メロディーを弾きたい

しかしペダルを踏んだままメロディー(D→E♭)を弾くと半音で音が濁って、ちょっとアンタ、そのセンス「どうよ」って状態になる時。
しかもペダルを上げる(消音する)と鳴らしている伴奏も一緒に消えてしまう・・・・


・・・・・・トホホ、


そんな時にこのテクニックを使うと「こうよ」っていい感じに演奏出来るんだよね


まず、伴奏があると過程してペダルを踏んだまま「D」の音を弾く
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そのまま(ペダルは踏んだまま)「E♭」を弾く瞬間にグリップで丸くなっている指を使って「D」をミュートする

こんな感じ
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マレットの届く範囲なら半音じゃなくてもOK

同じようにペダルを踏んだまま「F」の音を弾き
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ペダルはそのままで「B♭」を弾く瞬間に指で「F」を消す

こうよ
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こんな感じで比較的演奏中に他のダンプニング・テクニックと組み合わせて使うと、単調なヴァイブの音色がいろんな表情を持つようになります。

もうペダルを踏みっぱなし・・・なんて事、やらなくてもいいゾ


しかし、このフィンガー・ダンプニングは基音側から派生音側への動きには有効ですが、その逆では使えないテクニック。あくまでも補足的な技術であるので、音楽的に必要である部分にしか用いないように。

また、マリンバで試した事がありますが・・・・・・・
鍵盤に段差のあるマリンバでは、失敗すると派生音側の鍵盤を「めくってナンボ」に。。。。
あくまでもヴァイブ専用のテクニックの一つです。

最後に、テクニックはテクニックの為のものじゃないゾ 
それを必要とする音楽と歌心がある時にだけ使うベシ
それを必要とする音楽の仕組みの勉強をしっかりとしなさい

おしまい

2006/4/6

時代と生きるジャズボーカリスト  木曜:Jazz & Classic Library

マイケル・フランクス(Michael Franks)と言うとジャズシンガーよりもAOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)の重鎮として認知されていると思うけど、CDショップに行くとしっかりジャズボーカルのコーナーに置かれているんだな、これが

こんな事を言うと世のジャズボーカリストから顰蹙(ひんしゅく)をかうかもしれないけど、僕は歌は耳もとで優しく歌ってくれるのがいい。インストの世界にだって様々なスタイルと音楽があるように、ジャズボーカルの世界にもいろいろとあっていいんじゃないか? わけのわからない発音で英語の歌を聞かせるくらいなら、日本語で歌ってもジャズを感じられる音楽もあってしかり。壮大で壮絶なスケールの歌もあり、鼻歌のような歌もあり。スタイルじゃなくメッセージとしてのジャズボーカルが今日もっとほしいと思うのは僕だけだろうか 

好むと好まざるに関わらず、ポップスやロック、ラップの世界では日本語もその他の言語も分け隔てないレベルにまで歌詞として成熟しているというのに。。。

アナタは相変わらず「雰囲気」というものがわからないのねってツッコミがチト怖い。。。(^へ^

さて、マイケル・フランクスである。
1977年、ちょうど楽器を運ぶ為に必須の運転免許を取得し学生時代も後半をむかえ楽器を積んであちらこちらと演奏に出掛け始めた頃だ。
小学校から始まったジャズ遍歴はますます佳境を迎え、“ジャズ=命”と、顔に書いてあったかどうかは定かでないが、かなりのめり込んでその影響は24時間、生活や精神までをも蝕んで(?)いたかもしれない。

そんな頃の夏休みに帰省先の松山で、行き付けのレコード屋『まるいレコード』の店長“KANちゃん”(松山の音楽シーンでこの人の事を知らないジャズ、クラシック・ファンはいないほどの名物店長)のところに顔を出した時の事だった。
「これ、売れると思うかね?」と取り出した1枚。
いつも行くと刺激的な音楽の最新情報を僕に提供してくれるのだ。
「うん?」
いつものシビアでシリアスなジャズと違ってそこに広がったのは「ポワ〜ン」とした世界。こりゃいいや!
歌に続くソロやバックのサウンドは当時聞き慣れていたウエスト・コースト・サウンズ。「ピアノだれ?」「ジョー・サンプル」「サックスは?」「マイケル・ブレッカー」「へぇ〜〜」。

「ちょっとジャケット見せて」と取り上げたのがコレ↓
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「Sleeping Gypsy/Michael Franks」<Warner Bros/1977年>

KANちゃんが「売れるかね?」と言った数カ月後、その言葉通りに、このアルバムの中の「アントニオの歌」はあらゆるFMステーションで流れ、ジャズアルバムとしては記録的にヒットした。

もちろん、あの夏“KANちゃん”と会った日以来、僕の車のカーステレオにはいつもこのアルバムがセットされ、1970年代後半の日本の風景と空気の中を、演奏に、ドライブに駆け巡る僕のドライバーズシートに一服の清涼剤のような空気を吹き込んでくれた。
ジョアン・ジルベルト、チェット・ベイカーといったジャズ、ボサノヴァ・ボーカルが好き、という事からは遅かれ早かれマイケル・フランクスに直結するのも時間の問題だったかも

後にスタジオの仕事を始めた時に、このアルバムのサウンド・アイテムは様々なシーンで役に立った。スタジオに入って、目の前に簡単なコード譜だけ、オケを一回聞いて、さぁ本番を録音、という今日のスタジオワークの原点とも言えるエキスが垣間見えるアルバムでもある。それだけ好きで聞き込んでいたからかもしれない。

そしてその後に知り合った、たくさんのジャズミュージシャンのその殆どがこのアルバムを愛聴していた事実。

マイケル・フランクスはAORのシンガー・ソングライターである。しかし、それは今日のジャズボーカルのあるべき姿を具体的に綴った、紛れも無いジャズシンガーだと思う。
最新のスタジオ・サウンド、時代のエッセンスを、リラックスして聴きたい時には、
是非最新のマイケル・フランクスを聴いてみてほしい

昔全国に居た“KANちゃん”のような耳と知識を持ったレコード屋のジャズ番がいれば、今日の音楽はもっと豊かで面白いものになっているんだが・・・

全国でジャズファンに成りかけの人達は、何を探せば良いかわからずに、あても無くさまよっているかもしれないんだよ

おしまい

2006/4/5

(続)カツ丼考察  水曜:これは好物!

先々週に紹介した福井のソースカツ丼と僕の中では「玉子でとじないカツ丼」の双璧を成しているのが今日御紹介する個人的な究極のカツ丼。
何処にでもある食べ物故に惹かれるからには独自の個性を放っています

我が家で「カツ二列」の称号をもって崇め奉っているこのカツ丼(ちょっとオーバーかな)は、先々週の福井のソースカツ丼と同じでご飯の上には揚げ立てのカツしか乗らない。
玉子もネギもタマネギもなし

シンプル故にごまかしが利かないんです。

再び深夜に狛江方面からネギ嫌いの元弟子sa-ki-koが奏でる歓喜のリズムが聞こえてきます よく聴くとカウベルのようでカウベルでなく、どうもたこ焼き器の底の音のようなんですが・・(^^;

池袋から東武電車に乗って終点の寄居駅。駅を出て左に道なりに曲がると、この店は何の飾り気もなく、多少軒先が斜に傾いていようが、ちっとも気にせずに、地元や東武電車の運転士さん達から愛され続けて100年以上。(調べたら創業は明治40年だとか!)

カツ丼『今井屋』

どう見ても最初は入るのにかなり勇気のいる店構え。中に入ると小さな店内は老若男女で溢れている事が多い。どう見ても昭和の大衆食堂。僕も初めて入った時は正直かなり不安だった





おばちゃんに「カツ丼下さい」と告げるとそこで初めて奥でカツを揚げる音が聞こえ始める。ちょっとラード独特の匂いも漂ってくる。これで安心(注文しても揚げ溜めしたカツを二度揚げするだけの店とは違う)。

しばし待つ事、、、
突如「はい、カツ丼ね」と言っておばちゃんがテーブルの上に運んでくるコレ↓を見て驚くはず

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ふ、蓋が、、、、し、、しまっとらんゾ〜

それもそのはず、ドンブリの蓋を取って驚いた

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カツでご飯が見えない
何とカツは二枚乗せられており、我が家の「カツ二列」の語源はここから。

ここは醤油ベースのすっきり系甘辛ダレなんです。揚げ立てのカツをそのたれにサッとくぐらせ、ご飯にもタレが諄くない程度の絶妙のバランスで染みているんですね。
また、このカツがクリスピーですっきり系の甘辛タレと素晴らしいハーモニーを奏でます。

どうです?食べたくなったでしょ

カツ丼なんて、脂ぎってコテコテでしょー、って思ってる人もいるんじゃないかと思いますが、いえいえ、ココのは全然脂を感じさせませんって。

結構お年寄りが昼間にやって来て「カツ丼ね」、とぺろりと平らげているのを度々見掛けますから、すっきり系というのがおわかりいただけるかな。

最初の頃は、このカツ二列を制覇しながら、下に埋もれたタレご飯を食べるのに苦労していましたが、ある時、地元のお年寄りの食べ方を見て、

なるほど

まずドンブリの蓋を取り、テーブルに置き、
そこへ“カツ一列”を移動させるのです

ドンブリに残る“カツ一列”でご飯を半分食べ、後半のご飯を蓋に置いた“カツ一列”でいただくのです。
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これには恐れ入りました。やはり先人の流儀を知らなきゃいけません。
人生日々学習です

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「カツ丼『今井屋』」埼玉県寄居町1236-1
夕方になると売り切れの時がありますので御注意を!数回悲しい目に会いました
東武電車の運転士さんが弁当で頼んでいるのをよく見掛けます。

おしまい

2006/4/4

白海老と料亭街  火曜:街ぶら・街ネタ

今日は突然写真から

えい!

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この写真を見て、どこの街だかおわかりの人は、よっぽど街歩きをされている人でしょう。まず何処だかわかんない人が大半でしょうね。

いえいえ、別にクイズじゃないんです
街にはそれぞれの顔や風情があると言われますが、正直なところ僕だって、もしもこの写真が1枚だけあったとしたら、きっと何処だかわかんないですから。

これは北陸の中核都市、金沢市の中心地「香林坊」
金沢市はこの香林坊から数百メートル先の片町付近にかけてが中心地。初めてこの地を訪れたのは1975年の冬、僕が岡山の山の中の音楽科にいる頃です。雪の中を走る列車旅をしたくて学割の利く周遊券で大阪経由でふらりとやってきました。

その時の印象は、、、、、、、、

とにかく雪、雪、雪
当時周遊券だとタダで乗れた急行の向かい合わせボックスシートで同席になった見知らぬ“オバチャン”とたわいもない話しをしながら、窓の外の豪雪に曇るガラスをキュルキュル言わせながら何度も拭き拭き、昭和らしい旅

何を好んでこんな寒い目をしなきゃならんのだと、自分の無鉄砲さに後悔しつつも、それはそれで内心は「まんざらでもない」と思いつつ、まっ先に足を運んだのがココ香林坊でした。
以来何度か金沢は立ち寄った事がありますが、ゆっくり見たのはこの時が久し振り。しかも雪の無い金沢。僕にとっては新鮮なんです。

で、なぜ最初に特徴の無い写真を出したかと言えば、少し前までは、何処へ行っても明らかに「そこにしか無い」モノが被写体として納められたのに、最近は何処だかわからない風景が増えつつあって淋しい限りなんです

街の顔、と言うと、例えば金沢だと「兼六園」のような観光地だとは思いますが、僕的には普段使う何処にでもある乗り物の「色」や「形」と街の記憶が一緒に残っているんです。自家用車はまったく対象になりませんが、公共交通機関のタクシーやバス、市電や電車など、その土地ならではの「色」や「形」が街中に溢れているんですから、それを街の顔として思う旅行者は意外と多いはず。また、アーケード街も昔からの土地々々の創意工夫があって歩くのが好きです。




しかし







金沢のこの中心地で目に入る公共交通機関の「色」にはちょっとがっかりしました。

地方の運輸業社はどこも大変だとわかっているものの、

地方都市に行ってるのに目の前を●田急やら●急やらの中古車がそのまんまの配色で走っていると、写真を撮るとかえって何処の街だかわからなくなります。道路よりも目線を上げて写真を撮ったのはそんな理由でした。

片町の裏手にある昔印象深かった堅町商店街は、すっかり屋根を取られてポッカリ空の見える、最近何処にでもある開放型のショッピング・ストリートに変ってしまってガックシ
このほうが確かに健全で明るいかもしれないけど、、、、、個性がないんだな






しかし






ちょっと中心を外れると、まだまだ金沢は「いい感じ」が残っていました。
金沢市くらいの規模になれば「再開発」も近代化と保存の両方向で展開されるので、その点は心強い
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東山の料亭街の付近は道路が幾分整備されたものの、建物も丁寧に修繕を重ね、初めて訪れた時の記憶が蘇りました。雪のない東山は初めてだったかも。
この近くの橋の袂にある喫茶店(悔しいけど名前を忘れてしまった)も重厚なソファーが並ぶ(ドアにカウベルが付いていそうな感じ)正しく昭和レトロ。

で、訪れた時の季節にしかとれない富山湾の珍味↓
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「白海老の素揚げ」
を片町でふらりと入った店で酒の肴に味わい(こりが旨いんだな)、東山の変らぬ風情を頭で合わせている内に、僕の中で再びグググッと好印象の街のレベルにまで押し上げてくれたのでした

街は少しずつ変って行くもの。良くも悪くも旅行者の感傷に過ぎんたわごとかもね 近所を●急が走ってても誰も困らんもんなぁ。。。

おしまい

2006/4/3

ジャケット写真の舞台裏  月曜:ちょっと舞台裏

CDアルバムのジャケット写真って自分で素材を揃えてみようと思うと、偶然記録した旅先のスナップなんかでも、不思議とアルバムの内容と馴染むものがあったりするものです。だから、これから自分で何か作ろうと思ってる人、日々の観察と記録はいつか何処かで役に立つかも、、、、かも、ですよ

第一週の雑談(分類なし)の中でジャケット素材集めとして撮った生写真を合成してジャケットに用いたお話しをしましたが、今回は単なる旅先でのスナップをジャケットに用いたお話し。

02年に『SIX INTENTIONS』(TBMレコード)というアルバムを発売しましたが、このアルバムはレコード会社がTBMに移った第一弾という事だけではなく、CDのカッティングがビクターの高音質XRCD-24シリーズの世界初タイトルという名誉を頂き、嬉しい事に今でも国内・海外で常にオーダーのトップに入っているものです。
そのように“気合い”の入った作品でしたから、是非僕自身のアイデアをアルバムのジャケットデザインに組み入れてほしい、という要望をレコード会社に出し、受理され初めて音以外の事でアルバム制作に関わった記念すべき作品でもありました。

ジャケット構成にはレーベルの「ひな形」があり、そのガイドラインに沿ってデザイナーと作業するのですが、正面(フロント)ジャケット、インナーの写真はスタジオでプロのカメラマンに撮ってもらった素材で構成出来ましたが、裏面(リア)ジャケットの写真になって、はた、、と行き詰まりに

レコーディングスタジオで撮影したものは全て屋内光で撮られているので、自然光のものがほしくなったのです。できればアルバムのイメージを膨らますようなもの、、、

アルバムのタイトルは6人の作曲家の曲を僕が6つの編成で録音した事をキーワードに『SIX INTENTIONS』と決まり、10曲が収録される事になっています。
フロントジャケットはカメラマンが連写した僕の6コマの画像を使うデザインが決まり、ならばリアジャケットのキーワードは何か違うものを、、、と考えつつ、当時旅先で記録した画像をMacに取込みながら観ていました

卓上に並べたスマートメディアを入れては出しの繰り返しをしていた時に、偶然一つの画面で閃きが!

それが、コレ
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まだ当時は200万画素のデジカメでパチパチやっていたのですが、自然光と背景の色調、ちょっと自然と戯れている所なんかはスタジオの写真には無い表情だし、、

しかも、偶然にもボートを繋留する杭は曲数の10曲と同じ10本という「10」というキーワードを満たしているし

無っちゃ風の強い日で、あんまり立っていられませんでしたから、偶然のショットの証拠に次のコマはこんな感じ
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「お疲れさん!」「寒〜〜ッ」とか言いながら

早速、デザイナーのクサノナオヒデ君にデータとして送信し、これをリアのジャケット写真としてレイアウトしてくれないか、と頼んだ。

数日後、彼から届いたファイルを開くと・・・

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「SIX INTENTIONS/赤松敏弘」(TBMXR-5043)のリアジャケット校正画面


正にイメージ通り

これは偶然だけど、偶然思い描いた曲を作って自分のストックを増やすのと、まったく同じじゃないかな、と、思いつつ、デザイナー、クサノナオヒデ君との共同作業は昨年までに4枚のアルバムとして形になりました。

何でもイメージを日々ストックしておくと、いざと、言う時に役に立ちますよ

さて、最後に問題

この撮影地は何処でしょう・・・・・・・・・








答えは










実は、






















北海道の「阿寒湖」です(きっぱり)


発売直後掲示板でもちょっと場所が話題になりました。「あれは何処の国?」 から「あの、河に落ちそうになっている写真」とまで(^^;

ジャケットとなる素材のヒントとしては、なるべく国籍不明に見えるもの、誰が見ても理解出来るもの、であれば良いと思います。
しかし、僕は自分の音楽は自分の住む国の光景が一番似合っていると思うので、外国や宇宙やバーチャルな世界は自分の中の素材にはないんです。

おしまい

2006/4/2

桜からセリ七賢  日記

比較的早い夕方から久し振りのオフ天気も良かったので日没前に近くの桜並木を観に行った。
世は花見のシーズン。少し行けば映画会社のスタジオ周辺や、CMやドラマで度々使われる土手沿いの桜並木などもあるが、

桜の花の数ほどの花見客もいるわけで、

当然道路は渋滞、宴と喧噪が桜の花の数ほどあるわけで、

特に明日(日曜日)は天気が下り坂との予報にあおられて凄い事になってるのは予想がつくのでパス。近所でつかの間の花見もいいもんだ。

同行した家人が言う。
「木の幹のところに咲いてるのに最近気が付いたんだ」
なるほど。
よく見ると根っこのところにも咲いてるのがある。気がつかんかった

「サクランボはこの桜から採れるわけじゃないんだよね」
たしかに。
これは後でネットで調べてみよ〜っと

こと、草木に関して僕は知識がさっぱり足りない、、、、、自然を眺めるのは大好きだが、人工的に生育された鑑賞用の草木となると、そこに突然「置かれて」いるので植物の草は草・花は花程度の認識レベルしかなく、名称となると「桜(でも時々梅と混同している時があるらしい・・・)」「つつじ(これは少し自信がある。昔庭にあったから/笑)」「梅(これも時々桜や桃と勘違いしているかもしれない)」・・・・

ま、それはともかく、取りあえず間違い無く桜の下を歩いている。

そもそも桜は日本の国花とされているが、根源は何処だろう? ネットでいろいろと見るが諸説いろいろとあって何処とは特定しにくい。ふーむ。。
ならば家人の言ってた「サクランボ」ってどうなんだろ?
これはなかなか具体的だぞ。やはり食べ物となるといろいろと文献に記録があるらしい。諸説によれば食用としての「サクランボ」は中東地域からヨーロッパ、アメリカへと渡り、日本に入ってきたのはナント明治になってアメリカから、という事らしい。
つまり、桜並木にある桜とサクランボの生る桜は別の起源だという事はわかった
人生日々学習デス

ちなみに日本で「サクランボ」と呼ばれるようになったのは最初「桜の坊」と呼ばれていたものがカタカナでサクランボと変形していったらしい。
長年の疑問の百分の一であったCherryがなぜサクランボと呼ばれているのかがやっとこれで判明した(←かなりオーバー)

で、この時期、ココまでの文脈から行けば、ココでドーーンと桜の写真が載るはずだけど、



あえてコレ

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ど〜よ。
何の関連もないって?
いえいえいいんです。
桜の下で花見をするときに欠かせないのが「お酒」。
な〜んだ、タダの飲んべえじゃん、って?
そ、そうじゃないですよ。古来桜の木の下で宴を催していたのは木に宿る神様を祭る行事とあります
あくまでも神聖なのです(^へ^;
っま、桜を観てたらちょっといい気分になったというのもありますが。。

そこで、お酒に合う今夜のメニューは、、、、、、
と思った途端に、なぜか温かい鴨蕎麦を思い付いたわけです。(←なんの意味もありません)
我が家では普段は絶対に蕎麦は冷たくシャキッといただくのが風習ですが、年に何度かだけは温かい蕎麦を食べたくなります。
そこで絶対条件として「せり」が手に入らなければ鴨蕎麦中止、という、これも殆ど意味の無い法則に基づいておりますので、無事に「せり」を入手。
合鴨、せり、とめでたく主役陣がキッチンを占領する事となりました。

かつお節、日本酒、醤油、砂糖、白出汁でシンプルにベースを作り牛蒡の煮汁と合わせつゆを作りつつ、合鴨と白ネギを軽くローストし別鍋で具を作る。蕎麦を茹で水を切り、熱々のつゆをかけ、具を乗せて完成。(ま、他にもメニューはあるのですがそれは省略)
先日山梨で買った「七賢」(純米吟醸)とともにいただく。


っんまい


何と言っても「七賢」と「せり」の相性が飛び抜けていい。
合鴨はまるで傍役に。。。。。

と、あれれ?
桜の話しじゃなかったっけな。

ま、いいっか。
と、新年度に突入。来年に入ればHPも開設10周年。いろいろとありますが、まずは本日の主役は桜でも花見でも合鴨でもなく、、、「七賢」と「せり」
でした。

おしまい

2006/4/1

カーテンじゃないブラインド、ブルーじゃないブルートレイン  日記

いよいよ新年度。HP開設10周年に突入しました

旅先ではいろいろと面白い話しや光景に遭遇する事があります。先日東京から松山までの移動に寝台特急と特急を乗継いだ時に小耳に挟んだお話し。

東京発夜の10時の寝台で一晩過ごすと朝陽を浴びながら瀬戸大橋を渡って翌朝7時に四国の「坂出」という駅に着きます。そこで僕は松山行きの特急に乗継ぐわけで、しばしの待ち合せに駅の喫茶店を利用します。この時期は観光客が多く、この駅はそれぞれの目的地に乗継ぐ人で溢れます。

喫茶店でモーニング・コーヒーを飲んでいると、隣の席に大きな旅行鞄を下げた“元気な三人組のオバチャマ”が。
朝から大きな声で賑やかにモーニング・タイムのようで、僕と同じ寝台で到着し乗換えの時間にモーニングをオーダー、これから始まる旅行の話しで盛上がっています

こちらは一人なので黙ってコーヒーを飲んでいるだけですが、どうしても“オバチャマ”達の元気な会話が聞こえてしまいます。

A「こんぴらさんの階段はいくつあるんだっけ?」
B「えーと、えーと、1500段くらいじゃなかったかしら」(筆者注釈:正確には1368段)
C「ずいぶんあるわねー」
A「だいえっとにいいわよ」
B「あはは。。」
C「おほほ。。」
A「キャッキャッキャ」、、、、、、

楽しそうである。

と、突然話が昨夜過ごした寝台の話しに、、、、
A「あのブルートレインでしたっけ? 揺れる揺れると心配してたけど思ったより揺れなかったわね。寝れないかと思ったら、あっと言う間に寝ちゃったわよ」
B「あはは。。。あたしも、もっと揺れるのかと思ったら個室で案外快適よね」
C「わたしは寝台列車はじめてだったの。ブルートレインって言うの、ね」

筆者注釈:寝台列車をブルートレインと呼んだのは昔の話し。車体がブルーに塗られていたからそう呼ばれたが、今は↓御覧の通りブルーじゃない。
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A「ラジオも付いてるのよね。窓の上に星が見えて綺麗だったわよ」
B「あたし電気消して星を見ようとしたらトンネルに入って真っ暗よ」
ABC「あははは」
B「珍しそうだから寝る前にちょっとロビーまで行ったら、自分の部屋がわかんなくなっちゃいそうだったわよ。だってみんな同じ扉なんですもの」
AC「あはは、おほほ」

筆者注釈:最近は全室個室なので部屋番号を忘れると泣きそうになる“オバチャマ”の心理は理解出来る。中央に通路、両側に個室が並んでいる。
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C「わたしはね、ちょっと寝れなかったのよ」
AB「あらま、揺れたのが気になって?」
C「ううん。そうじゃないの。カーテンがね・・・・・・・・・」

AB「ふん、ふん」










C「無いじゃない」









AB「っえ」 筆者注釈:同じく「っえ〜」






C「だからさ、こう、電線とかが、こう、、うねるのや、すれ違う電車の灯とか」

筆者注釈:それってこういう事?
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C「気になって、気になって・・・・」

AB「きゃははは!!」
B「あらやだ、窓の上から引き降ろすのよぅ」

筆者注釈:そ、そうだよ。窓の上からブラインドを↓こうやって出せば・・・
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A「そうよ、そうよ。それじゃあなた一晩中窓は・・・・・」
C「開けっぱなしよ」
AB「きゃははははは!!」
C「だって寝巻きに着替えようとしたら、、、横浜に着いて、ホームから見られそうになって慌てて隠れたり」
AB「ギャーハハハ!!。あなた、それじゃ、駅を通るたびに隠れてたの?」
C「そうよー。ホームから見られてるようで恥ずかしいじゃない」

筆者注釈:それってこういう事?
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AB「あっははははーー。じゃ、窓を開けたまま寝たの?」
C「だから、通過する駅とかすれ違う電車とかの灯が飛込んできて、寝れなかったのよー」
AB「アハハハハハ!!!」

“オバチャマC”さんが深夜まで駅を通過する度に窓から隠れたり、車窓から飛込む灯に安眠を妨害されている光景を想像してしまい、こちらも心の中で爆笑してしまうのでした。

ちなみに写真はこの話しをリアルに伝えようと、帰りの車中で撮ったもの。
旅はいろんな人と巡り会う時間でもある。春先の陽気の中を鉄道の旅でもいかがでしょう
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ブルーじゃないブルートレイン「サンライズ瀬戸・出雲」
二階建て全車個室で東京から四国・山陰へ毎晩「爆笑ネタ」を乗せて?
“オバチャマ”達はこの二階に乗ったのと思われ
全車個室寝台は他にも東京・大阪から北海道方面へ



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