2006/4/13

サンソン・フランソアとジャック・フェヴリエ  木曜:Jazz & Classic Library

僕はクラシックを聞く場合、同じ曲でもオーケストラ作品として聴くよりもピアノソロ曲集で聴くのが好きだ。そう言うと大半の人は怪訝な顔をする

オーケストラだと確かに色彩豊かで膨らみのある背景を音で演出しているし、ドラマチックで感動的である事くらいはわかっている。でも、僕はそれらをピアノで聴くのが好きなんだ。もちろん曲にもよる(と、いってもピアノでは表現出来ない曲に限定されるよ、例えばストラヴィンスキーの火の鳥や春の祭典などをピアノで聴くつもりはサラサラない、これらはオーケストラの為の作品だから)。

元はピアノ曲だった作品がオーケストラ用に編曲されたものって言えばわかるでしょう、きっと

作曲家ではラヴェルを子供の頃から愛好して聴いている。フランス近代音楽、叉は印象派などと呼ばれてドビュッシーと同列に見られるけど、昔からなぜかドビュッシーの音楽は衝動的で抽象的に感じてしまい、深く感動した事がないんだ。実際に高校の時の試験曲として弾いてはみたものの、僕には音の向こう側に何も感じられなかった。
音の使い方が僕の好みには淡泊過ぎるのかもしれない。革新的ではあるのだけど

ラヴェルと言えば管弦楽での「ボレロ」があまりにも有名だけど、僕はラヴェルの作ったピアノ曲(叉は元々ピアノ曲として作られたもの)が大好きだ。ハーモニーの選び方や曲の構成といったものが、ピアノ一本で綴られると、そこに作曲家が音符に立ち向かう背景を感じられるような気がするんだ。

ジャズでは譜面に書かれた主題を元にハーモニーとリズムの流れに沿って別のメロディーを瞬間的に生み出す事に重きが置かれているんだけど、クラシックの場合は一度書かれた譜面をどのように解釈して演奏するのか、が最大の魅力となっているよね。
不思議なもので、書いてある通りに演奏しているのに、まったく違う仕上がりになってしまう、それだけクラシックの音の持つ世界観は大きく、深く、それを表現する為の精巧な技術に加えて個性と言う物を打ち出さなければならず、一流と呼ばれる音楽家になるには並々成らぬ鍛練が要求される凄い世界だと思うんだ




ラヴェル弾きとして僕は二人のピアニストを敬愛しています。




一人はサンソン・フランソア(Sanson Francois)


彼の事は酷評も含めてフランス近代音楽のピアニストとして誰もが認める存在だったと思う。詳しくは
サンソン・フランソアWikipedia
を参照に。
最初にフランソアのピアノを知ったのは高校二年の時、ピアノ科の後輩(しかし僕はすぐに打楽器に転科)のI川君が僕のラヴェル好きを聞いてその存在を教えてくれた時だ。流れるようなタッチ、フランスのお国柄を色濃く感じさせるピアニストという言葉が僕にはピッタリで、こんな超絶技巧的なラヴェルを聞くのも初めてながら、まるで水面に波一つ立てずに曲を染めてゆくような楽曲の解釈、そして情熱的で流動的なダイナミクス、、、 きっと全てが例外的なピアニストである事は直ぐにわかった。
単に超絶的なだけでなく、フランソワの弾くルバートは、放物線を描きながらどこまでも音がゆったりと深く舞い降りて行くような浮遊感があり、その一瞬には優れたジャズピアニストが持つインスピレーションさえ感じてしまう。
アルコールや薬物で身を滅ぼして僅か46才で亡くなってしまった事が悔やまれるけど、間違い無くラヴェル弾きとして筆頭に挙げられるべきピアニストだと思う。


残念ながら今のところ彼のCDは入手出来ず、昔愛聴したLPの印象を浮かべながら書いているのが悔しい
特に好きな演奏はA minorで僅か27小節の小品“プレリュード”


もう一人はジャック・フェヴリエ(Jacques Fevrier)


恐らくパリのエコールノルマル音楽院で多くのピアニストを指導していたから世界中に彼のお弟子さんがいると思いますが、彼の演奏はアメリカ時代に初めて聞きました。
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「Maurice Ravel Integrale De L'oeuvre Pour Piano Vol.2 & 3/Jacques Fevrier」<Ades>

フェヴリエは子供の頃父親がラヴェルと親しかった関係で、ラヴェル自身がピアノで弾く彼の曲を覚えている貴重な存在でした。先のフランソアが自分とピアノの限界に挑んだ中で壮絶なラヴェルを表現していたとすれば、フェヴリエは何の飾り気もなくラヴェルが想いを託した楽曲の再現に専念していたと言えるでしょう。

ピアニストがピアニストの為の楽曲として弾くラヴェルに比べると、どの曲もテンポは遅く、しかも余計なダイナミクスは無く、実に淡泊な演奏ではあるのだけど、ピアニストというフィルターを除いたラヴェルというものが垣間見えて僕はこれも好きになってしまった。ラヴェル自身も「ピアニストは早く弾く事に命を賭け過ぎだ。私の曲はもっとゆったりと弾くべきなんだ」とフェヴリエに伝えたらしい。
好きな演奏は“夜のガスパール”


まったく同じ譜面から生まれる対照的な2つの音楽。
オーケストラとは違う、ピアニストだけが表現しうる孤高の世界は何度聴いても飽きないほどに、一音一音からピアニストの生き方までもが見えてくるようで、
僕はついついたまらなくなってしまうんだ。

日常の喧噪から離れた時に是非聴いてほしい音楽。
ピアノ一つの音色から自由に創造して音の色彩を楽しむ時間。
こういうのってやっぱり大切だよね。

おしまい



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