2006/8/7

小さくまとまらないように・・・バンドは新陳代謝の繰り返し!  月曜:ちょっと舞台裏

そもそも僕が師匠であるゲイリー・バートン氏と直接会う最初のチャンスを作ってくれたのは、他ならぬ世界的なマリンバ奏者でマリンバの師匠でもある安倍圭子氏でした。
その事はホームページの“「音楽体験記-4」の★突然の第5次接近遭遇”にも書いています。

当時桐朋学園大学の音楽科に留学していた留学生の記事として本に記録されていました。

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“percussive note”(1981年春夏号)

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世界的なパーカッションの団体である「The Percussive Art Society」(通称PAS)の季刊誌で、ちょうどチック・コリアとのデュオで来日していたバートン氏が安倍圭子氏の家を表敬訪問した時のレポート。後方中央にバートン氏、右前に安倍氏、他は当時の安倍圭子門下関連で左端が僕。よく見ると右端には吉岡孝悦氏もいます。

(この時に僕がいた事をバートン氏が覚えているかどうかは聞きそびれましたが、僕自身バークリーに行く事も、ましてバートン氏にヴィブラフォンを直接習う事など想像もしていませんでした。後にその切っ掛けを作ってくれたのは、何を隠そう友人のピアニスト小曽根真氏との出会いがあってからで、これはまた別の時に書きましょう)
それにしてもみんな若いですね

ま、それはそれ(笑)

でも、若いのはそれだけでは無かった。
クラシック、ジャズに限らず奏者間の交流が頻繁で、みんな「何か新しいもの」に向かって情熱を燃やしていた。
安倍圭子氏もそうだ。バートン氏との交流もその限りなき探究心の一つだけど、TOK(加古隆p、ケント・カーターb、オリバー・ジョンソンds)とのコンテンポラリー・ジャズとの共演からインプロヴィゼーションに並々ならぬ意欲を持って、御自身のフィールドから一歩も二歩を踏み出した所で一つ一つを形にしていました。
それは凄い事だったと今も思う。

その先進性がゆえに、時々若いはずの学生よりも斬新な「交流」を企画すると、それが学生だけでは対応しきれないとわかると・・・

「赤松さん、お時間あるかしら?」
と僕らが駆出される事もしばしば(笑)

もちろん二つ返事で駆けつける事になります。

それは僕にとっても刺激的で貴重な経験となり、プロとして駆け出しの自分が日々のフィールドの中で日本流に「小さくまとめられてしまう」かもしれない不安感を一掃してくれるものでした。そして、海外のミュージシャンと共通する視点を持つ事への意欲と自信を深める事に繋がりました。

ちょうど先日からココに登場している九州のマリンバ奏者、田代佳代子さんもその頃のお弟子さんの一人です。彼女が今日、マリンバの普及に意欲を燃やしているのも、そんな安倍圭子氏の情熱とチャレンジ精神を間近で見ていて大きな影響を受けているのだと思います。

最近、若い人達が悩んでいる場面をよく見掛けます。
学生時代に始めたグループやバンドが学校を卒業してそれぞれのライフスタイルという「個」の時間割に移行すると同時に、グループやバンドが崩壊の危機にさらされる、というケースです。
これは恐らく昔から繰り返されている事で、経験した人は音楽のジャンルを問わずたくさんいると思います。

そんな人達に「継続」という言葉を贈ります。

学生時代のように全員が同じサイクルで物事を見ていられるのは同じ時間割を共有している時だけです。その中で見つけた物は結果ではなくこれから先の「土台」になります。知合いや同趣向者だけの集まりはサークル、意見を出し合いながら結束したり時には分裂を繰り返す環境や主張を持たないとバンドとは呼べません。出来るなら、いろんな「土台」を持っている人と交流を深めて刺激を受け合いましょう。さらに出来るなら自分達よりももっと大きなスケールの「土台」を持っている人と巡り逢えるまで頑張りましょう。それが音楽で言う「継続」という事です。

念願は、継続する事さえ惜しまなければ必ず叶うものです

不安だからと言って、楽をしたり、小さくまとまらないように
若いのなら尚更でっせ〜。時にはメンバー構成の新陳代謝も恐れる事なかれ。

おしまい



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