2006/9/19

飛んで飛んで・・・・  火曜:街ぶら・街ネタ

昨日のブログで国際線と書いて、あ、そうだ!と思い出したのが今日のネタです。

海外で最初に行った街。
それはシンガポールでした。
もちろん国家ですが、いわゆる一つの街が国家になっているわけで、本日の街ぶら街ネタはシンガポール変、もとい、シンガポール編。

さっきワサワサと探したら、ありましたその時の写真

勢い変な奴、登場

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(恐らく)タイガーバウム・ガーデンの何処か
余りの眩しさにテキトーな店でテキトーに買ったサングラスで登場(笑)

1985年1月5日とあります。
家族の正月旅行で行った時のもの。

両親は海外へよく出掛けていましたが僕はま〜ったく興味無し。実家に帰るといろんな国の話しを聞かされましたがそれでも全然興味無し。今度ドコソコの国に一緒に行こう、と誘われても「忙しいから」と断り続けてました。1984年までは。
ある時実家から電話が掛かってきて「今度の正月は松山に帰らなくてよろし。その替わりパスポートを用意して送るべし」とのお達し。。。
84年は前年倒れて手術を受けたりと散々で「おとなしい正月」だったのに、もう大丈夫でしょー、とばかりに家族旅行を計画。今思うと僕に元気になれとばかりに計画したんだろうと思う(でもブランド好きの両親の事だから半分以上は買い物が目的であったと察する)。
こちらも本調子になって来たところだったので、ちょっと誘われてもいいかなぁ、と。

で、正月早々に伊丹(当時)空港で合流し、行きましょう何処へでもと。

そして着いたのがシンガポール。1985年1月2日の事。

もちろん由緒正しく記念撮影
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シンガポールのランドマーク、マー・ライオン(左に小さく見えます)
現在はこの位置とは違うらしい

今でも覚えているのは、ウォークマンでこの道中ず〜っとD・サンボーン(as)の“バック・ストリート”というアルバムを聴いていた事。サンボーンのアルトサックスが何故かシンガポールにマッチしてたんですねぇ。

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これはチャイニーズ・ガーデンの橋で。いつも仲の良い両親の横で息子はイジケルの図(笑)

で、観光地はそれとして、やはり天の邪鬼なんでしょう、カメラに納めたシンガポールの街の印象とは・・・・

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泊まったマンダリン・ホテル(奥に見えるタワーが)から何処かに出掛ける時に道の左右で建物があまりにも違うのでパチリ。右は再開発ビル群、左は昔そのままのインド人街。僕としてはこのインド人街にソソラレるものがありましたが、ガイド嬢は「ここも数年の内に立派なビルになります」と一言で片付けられてしまった
シンガポールというイメージにピッタリだったんだけどなぁ。

滞在中の夜にレストランシアターに招待されました。父親の知合いの方がお嬢さんを連れてホテルにまで迎えに来てくれたのです。レストランシアターは円形の大きな建物で、ステージではバンドが演奏。僕らはバルコニー席のテーブルに。ツカツカとウエイトレスがやって来て「アナタ・トシヒロサン?」と声を掛けてくるので「ハイ」と、、

突然ステージのバンドが演奏を止めて、ドラムロールが始まりました
マジック・ショーの始まりかな、と思っていると、突然シアター内の照明が消え、一瞬真っ暗に
バンドのリーダーらしき人がマイクを持って、声高々にMCを始めたのです。



やっぱマジックショーだな



かな〜り聞き取りにくい英語(ブリテンだったかも)のMCは続き




突然、こちらに向けて強烈なスポットライトが



その、とっても聞き取りにくいMCで「ト〜シ〜ヒ〜ロ〜、アキャマ〜チュ」
ドロロロロロロロ(ドラムローム)・・ドタンッ!

うん?

なんか呼ばれてるよーな

再び「ト〜シ〜ヒ〜ロ〜、アキャマ〜チュ」!!


やっ、やっぱ




オ、オレだ


するとバンドがハッピバースディを演奏しはじめた。



突然のサプライズで、どーすりゃいーのよ、オレ、状態。
小声で両親に
「どーすりゃいいよ?」
と、問うと。
「と、と、取りあえず、手でも振ってなさいよ〜」
親も知らされていなかったようで動揺してる

取りあえず手を振って応えた“”

ふうーっ

そう、ちょうどこの日は僕の誕生日。すっかり忘れてた。

まぁ、今なら調子にのってナイトよろしくバルコニーから騎士風の挨拶などするところだけど、この時はホント冷汗タラタラ。

シンガポールもあちこち行く内に「街ネタ」をパチリ

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セントーサ島とかジョホールバールとか行く道すがらやたらと目につく光景。新年を祝って国旗でも掲げているのかと思ったらナント洗濯物でした。

太陽に向けて、みなさん窓から洗濯物を突き出して乾かすのだそうです。

ところ変れば洗濯物の干し方も違うのでありました

かくして初めての海外で始まった1985年。
確かに海外も「ちょっと」面白かったな、と思いながら帰途に。。。

まだこの時は、夏にまさかあのゲイリー・バートン氏にヴィブラフォンのレッスンを受けるとも、まさか自分がわざわざアメリカに渡ってバークリーに行く事になろうとも、予想していない海外欲ゼロ。人生明日は何が起こるかわからない。

おしまい



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