2007/1/25

僕のジャズへの入口・・・Larry Coryell(g)  木曜:Jazz & Classic Library

昨日は師匠でもあるヴィブラフォンのゲイリー・バートン氏の誕生日(現地時間)。バースデー・メールを送ると「トシ、また会おう」とレスをくれる。
数々のグラミー賞を受賞しヴィブラフォンの世界を一変させた偉大な人。そして僕がヴィブラフォン奏者を志す切っ掛けとなった人。お互いに歳は取りつつあるけど気持ちも音楽も“青年”のまま(笑)。

彼の音楽に触れる切っ掛けは今夜御紹介するギタリスト、ラリー・コリエル(Larry Coryell)にのめり込んだのが発端だった。

ジャズとの出会いはHPの「音楽体験記-1」に書いてるように小学校の低学年だった。ジャズのウンチクなど知らないで時々テレビで目撃していたんだけど、それが急速に膨らんだのは小学校5年の時、実家のテナントにジャズ喫茶が入って僕の部屋に毎晩アート・ブレイキーだのリー・モーガンだのビル・エバンスだのが店内から漏れ聴こえてきからだ。
小学生でも覚えられるメロディーとちょっと興味をソソラレるギターが聴こえてきたのはハービー・マン(fl)のアルバムだった。

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『Memphis Underground/Herbie Mann』(Atlantic/1969年)

ジャズ喫茶から漏れ聞こえる曲は覚えて自宅のピアノで真似して遊んだりしていたが、その中で普段ジャズ喫茶から漏れ聞こえるサウンドとはちょっと異質で、当時ラジオやテレビから聴こえてくるロックのようなサウンドのギターに惹かれ、そのアルバムがどうしてもほしくなり近所のレコード店の店員の前でメロディーを歌ってゲットした(この時のエピソードは上記『音楽体験記-1』に掲載)。

ジャズの人名などまだよく知らないからアルバムの解説を食い入るように読んだ。「ラリー・コリエルはヴィブラフォンのゲイリー・バートンのクァルテットで注目されたが常識人的なバートンとは合わずに飛出してしまった」と書いてあった。
子供心に「何をして“常識人”」なのかさっぱりわからなかったけど、取りあえず翌月にお小遣いをもらったらレコード屋に直行して「ゲイリー・バートン下さい」と
再びジャズコーナーの店員をつかまえて買った。
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『Lofty Fake Anagram/Gary Burton』(RCA/1967年)

何枚かのアルバムを出してくれたが迷ったあげくにこのアルバムにした。理由は単純。このアルバムのタスキに邦題で大きく「サイケデリック・ワールド/ゲーリー・バートン」と書かれてあったから。当時街中にヒッピー文化(フラワームーブメント)が溢れ、「サイケデリック」がファッションだった。
最初はコリエルのギターばかり聴いて、徐々にゲイリーの他のアルバムも集めつつ、家にあったガットギターにマイクを入れてレコーダーからステレオに繋いで音を歪ませてコリエルの真似をするものの、ギターのフレットがさっぱり判らず断念。気が付くと徐々にゲイリーのヴィブラフォンに耳が惹かれて行ったが、しばらくの間お小遣いを溜めつつコリエルのアルバムも買い揃えた。

コリエルのアルバムで最もジャズ色が強くしっかりとジャズ&ロックの香りがしてお薦めなのがこのアルバム。

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『SPACES/Larry Coryell』(Vanguard/1970年)*CD盤とはジャケットが異なる

何と言ってもコリエルの荒削りなピッキングで押し切って弾く勢いが痛快。参加しているミュージシャンもJohn McLaughlin(g)Chick Corea(el-p)Miroslav Vitous(ac-b)Billy Cobham(ds)と当時のコリエルのどのアルバムよりもジャズ度が濃い。
中でも06年10月19日のブログで紹介しているヴィトウス(b)は絶好調で鬼気迫る演奏。
1曲目「Spaces」と3曲目「Gloria's Step」はコリエルとヴィトウスの骨太ジャズが圧巻。マクラグリン(g)とのデュオで演奏される2曲目「Rene's Theme」は技巧派のマクラグリン相手に「気合い」のコリエルが炸裂。
ゲイリー・バートンとのラスト・パフォーマンスとなった68年2月のバートン・クァルテットのカーネギー・コンサートのライブ盤に収録されていたB面1曲目の「Wrong is Right」はテンポを上げてエネルギッシュな演奏に変化。コリア(el-p)が参加するB面2曲目の「Chris」はコンテンポラリーなワルツ。最後は抽象的なギターソロ「New Years Day in Los Angeles-1968」。
最近CD化された。

この頃コリエルもバートンもアルバム構成に共通点がある。
ひとつのバンドで全編を演奏するのではなく、編成の中で組み分けたり、独奏を入れたり、曲に対して最も的確な編成でアルバムを作る。
だから今聴いてもその時に本人達が「やりたかった事」が余計な飾り無く聴こえてくる。最初から最後まで同じサウンドでは時に時間が麻痺してしまう事も。「わかった、もういいよ」。
この渾沌とした時代にそれを実践していた事に改めて敬服。


最近になって当時入手出来なかったコリエルのアルバムがCDに。

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『CORYELL/Larry Coryell』(Vanguard/1969年)

バートン・クァルテットを退団した直後に発表した「Lady Coryell」と本作「Coryell」は当時のジャズのウルサガタからは不評で、地方でこれらのアルバムに出会う事はなかった。35年も経って(もちろん既にその当時のコリエル狂ではない僕)白紙の状態で聴きました。
しっかりしたコンセプト・アルバムだったんですねぇ。
翌年の「SPACES」がジャズ度85%とすれば、このアルバムはロック度85%。
60年代後半から70年代前半のグルーヴ感や世相が見えてきます。音楽はやはり時代の空気そのものなんです。

おしまい



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