2007/5/26

4th Semester・・・・Fall 1987  ■新・音楽体験記/留学の頃

夏休みからの帰路でとんだアクシデントに見舞われたものの、何とかボストンに辿り着きレジストレーションに間に合って、、ホッ。
バークリー入学後、ちょうど1年が経った。
日本流に言えば2年生って事です。

9月とは言え、当時住んでいたボストン近郊のニュートンの日中はまだ夏の名残り。
家の近くのクリスタル・レイクで構想にふけるの図。

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なぜかと言えば、今セメのリサイタルが間近に控えていて、3回目ともなればやる事をどんどん突き詰めて卒業後の方向を目指した事を考えないと、ね。
今回は友人でもあり、素晴らしいピアニストのMakoto Ozoneに賛助出演を願ってデュオも予定している。
世界中を飛び回るOzoneがボストンにいる時は限られているので、夏セメの間(学校は留学生だけになるのでリハーサル場所も空いている)に時間をみつけて秘密裏にリハーサルも行っていた。残るはバンドの曲作りだ。

そもそも僕がバークリーに進む切っ掛けを辿って行くとそこにはOzoneとの出会いがある。
84年に後に師匠となるゲイリー・バートンのバンドのメンバーとして来日した演奏を斑尾ジャズフェスティバルで見た。その時に日中ミュージシャンがオフの時間帯を利用してミニ・クリニックが開催されていて泊まり掛けで来る観客がそのフリートークの時間に集まるのだ。
僕が泊まった翌日はOzoneの日だった。
その頃はゲイリーの演奏が見れるだけでも満足だったのに、そのメンバーとトーク出来るのだから興味津々。
その時に僕は当時のバンドのデモテープを持参していて、そのミニ・クリニックが終わった時に一緒に行ってた友人がテープをOzoneに渡した事から不思議な繋がりが始まった。
最初は「オイオイ」と照れくさかったが、これも何かの縁とばかりに「是非ゲイリーさんにも聴いてほしい」と告げると「よっしゃ、わかった!」と。

偶然とは連鎖的に重なるもので、その翌年(85年夏)にバークリーが日本で初めてセミナーを開催する事になった(しかもこのセミナー、初回のみ東京、二回目以降は浜松で行われたので既に演奏活動を行っていた僕らは東京以外で受講するのなら諦めていただろう)。こんなチャンスを見逃す手はない。だってゲイリーのヴィブラフォンのレッスンを受けられるという事で不無を言わず参加。その時セミナーのアンサンブルの振り分けで僕が入ったのがナントOzoneのアンサンブルだった。
「お!来たね」
「うん、来らずにはおれんかった」(笑)
「あん時のテープ」
「うんうん、斑尾の」
「帰りの飛行機でゲイリーにこんなテープがあるよと渡したら聴いとったで〜。スワロウも聴いとったわ〜」
「ほんま、嬉しいなぁ」・・・それが再会の会話だった。
(彼との会話はいつも関西弁。バイリンガルです/笑)

それからアンサンブルのアフターアワーズにチックの曲やOzoneのワルツをデュオったり、セミナー最終日のコンサート用のアレンジが間に合わないから、と突然「後は赤松っちゃん、頼むワ。みんな赤松センセの言う通りにやってや」とアンサンブルの指導を僕に丸投げされたり(こっちも一応受講者デス!/笑)、別の日にはバークリー行きの話しをゲイリーから薦められた時にも立ち会ってくれたり、と、いろいろなシーンで励ましてくれた恩人と言べき存在だ。
あの時一本のテープを持参してなかったら、あの時照れくささから会話を避けてたら、あの時バークリーのセミナーに出掛けなかったら、しかもそのセミナーが東京で開催されなかったら、、、あの時ゲイリーからバークリーに誘われて一歩を踏み出せなかったら、、、、そういう人生のターニング・ポイントに必ずいたのがOzoneだったのです。

そんな彼だからと言って気楽に演奏を頼むというのはお門違い。音楽に関しては真剣だからフル状態で挑む。バンドのメンバー、スクーリ(アイスランド出身)を加え3人用に作ったオリジナルとOzoneのデュオオリジナルで後半のステージをプログラム。
前半はバンドでこの時からドラムは大坂昌彦が加わった。このリサイタルほど緊張した事は無かった。狭いリサイタルホールは入り切れないほどの人で溢れ、しかもその客席にはゲイリーの姿も見える。ホールのように客席との距離があれば幾分冷静な環境があるのだけど、超至近距離に観客がいるのはなかなか落着かないものだ。でも、そういう場所にいつかは自分を追い込まないと成長しないのがこの世界。折角バークリーまで来ているのだからこの時とばかりに踏ん張ってみた。恐らく今までに一番緊張した時間だったと思う。

終演後、楽器を借してくれたゲイリーが優しく迎えてくれた。
「見ていてとても不思議な気持ちになった(当時ゲイリーとOzoneがレパートリーとしていたデュオ曲をやったので)。今夜の出来事は素晴らしく僕はとてもハッピーな気分だ」と。ゲイリーにそう言われると百万力のファイトと緊張の糸がほぐれて心地よい疲労感に包まれた。

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ニュートンの我家でお疲れさん!ステージを離れると飲んだり騒いだりダンス?したり・・・・時にはマイナス10度の真冬に我が家のガレージで車の改造をしたり、とOzoneとのボストンの思い出は尽きない。素晴らしき友人、ほんまお互い若かったです(笑)

僕の電車好きを知ってるので各国に演奏ツアーで行くとカメラで撮ってきてくれる優しい友人でもあるのです。

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きっと上はスイスで一番下はDBだからドイツね。

さあ、さらにビルドアップして次に進むゾ!
と、決意した4th Semester。1987年秋。

続く



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